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(1)

数学教育研究,第7号,上越教育大学

,1 9 9 2

,p p . 3卜4 0

わ カ ギ巨ヨの 筆軒数 一 数 学 亘)手受 業 の 特 徴 日 ・米の授業に関する報告を もとに

1

.はじめに

教育は文化そのものであると言われること もあるが,少なくとも,学校教育の中心にあ る授業は,文化を反映 した側面を有 している と考え られる。 もちろん,算数 ・数学の授業 もその例外ではない。算数 ・数学の授業の研 究にあたって,文化を反映 した側面は,非常 に重要であるが,容易に意識することはでき ないOただ し,ある文化的背景をもつ人が他 の文化的背景の中で行われている授業を観察, 分析 したとき,ある文化独自の側面が意識さ れる可能性がある。例えば,一方で,わが国 の研究者が米国の授業をみるとき,わが国の 授業の文化的背景を もとにみるだろう。その とき,米国の授業への報告, コメン トは,そ の文化的側面が背景 となって, 日本の授業と の凄いに焦点があたるだろう。逆に考えると, その焦点化されたところが 日本の授業が もっ ている特徴 となる可能性がある。他方で,栄 国の研究者が 日本の授業をみるとき, 日本で は当たり前 と感 じて特に着目されないことが, 明確になることもある。 このように,互いに 異なる文化的背景を有 している人の授業に関 する研究の結果,報告を比較,検討すること で,一斉授業の特徴が浮かびあが って くると 考える。

本稿では,日本と米国の研究者が互いに他 国の授業を観察,分析 した結果,観察の報告 等をとりあげ,それ らを比較,考察すること を通 して,わが国の一斉授業の特徴を明確に することを目的 とする。特に,言語的 コ ミュ ニケーションの視点か らの考察をすすめるこ, とにする。

80

0

0

6

4 . 20 0

熊谷 光‑

2.

授業の組織 り横断的組織

∫. W. Sti gl er l)

は日本 (仙台),台湾 ( 北),米国(

M i n ea p ol i s)

のfJ学校

1

年生と

5

生の授業の観察,分析を行い。 クラスでの教 師と子 どもの活動に関 して資料を示 している。

まず,子どもと教師のそれぞれが,授業時 間を通 して,クラス全体での活動

( C l)

,グル ープでの活動

( G r)

,そ して,個人での活動

( 工 n d)のいずれにどの程度の割合でかかわっ

ているかを示 している。 【図.

J AP AN

d∩

r G

C TAIWAN

CI Gr lnd 子 ども

C I

Gr lnd No

C

J Gr Jnd No

C J

Gr lnd ト

教師 、

良 し

」̲ 様 々の活動に費やす時間の割合

‑3 1‑

(2)

日本,台湾では,子 どもが クラス全体で活 動す ることが非常に多い

( 8 2%,7 5%)

れに対 して,米国の子 どもは,個人で活動す る時間が全体の

5 2%

の割合で,クラス全体で 子 どもが活動 している時間の割合

41 %

を越え ている。

また,教師の視点か らみると,教師が子 ど も全体 と活動 している時間の割合は,日本 と 台湾で,それぞれ

8 6%

7 7%

と非常に高

い 。

これに対 して,米国の教師は,全体で活動す る時間は授業時間全体の

4 6%

で,個 々の子 ど もと接す る時間は

3 3%

である

日本 と台湾 に おいて,個 々の子 どもと接する時間の割合は それぞれわずか

1 1 %

1 号%

である。

次に,どの程度の時間,教師が子 どもを指 導 しているかを報告 している。 【

・ 2 】

8

0

60 40 20 0

80 60 40 20

0 T ch No JAPAN

T ch No T ch No TN WAN USA

国J 教師と子 どものかかわ り

日本,台湾では,教師が子 どもを指導 して いる時間の割合は,それぞれ.74%

,9 0%

非常に高 くなっている。 これに対 して,米国 では教師が子 どもを指導 している時間の割合 は,

4 6%

とな っている

また,子 どもを指導 している人がいない時間の割合は

i

日本,台

湾,米国では,それぞれ

,2 6% ,9

%,そ し

,51 %

となっている。

三輪辰郎氏は米国の生徒の活動 について,

生徒か らの質問は,教師の巡回中に限 られ ているよ うで,クラス全体のときには記録 さ れていない

」 2)

と述べている

教師が個 々の子 どもの反応を 個人的 に処理 しでいることがわか る。

米国では,個 々の子 どもを個別に指導 し, その間,他の子 どもは個別に自分ひとりで活 動 しているために,教師 と子 どもが接 してい る時間,すなわち,教師による指導の時間が 短 くな っている。 しか し, 日本や台湾では, 教師 と子 どもが個 々に接す るよ りは,教師が 子 ども全体 と接 しているために,教師が子 ど もを指導 している時間の割合が大 きくなって いる。 このよ うにみ ると, 日本の授業では, 教師 と子 どものかかわ りが多 くとり入れ られ ていることになる。それ も, 日本の授業では ひとりの教師が多 くの子 どもを一斉に相手 し ているとい う特徴を有 している。

(2)縦断的組織

次に,授業の縦断的組織,すなわち,1 間の授業を時間の経過 とともにみたときの組 織 について考えてみる

。J・ P・ B e ek er

は, 日本 の算数 ・数学の授業が次のよ うに組織 されて いると指摘 している。

3)

・起立一礼

・前時の復習,問題解決の話題の導入

( 5

分)

・話題の理解

( 5

分)

・子 どもの問題の解決

(個人またはグループ)

( 2 0 12 5

分)

・比較 と議論

( 1 0

分)

・教師によるまとめ

( 5

分)

・練習問題の指示

( 2

‑4 題)

・チ ャイムがなって,起立一礼

日本の授業は

,4 5 l j0

分の間に,問題が導 入され,それを子 どもが個 々に解決 し,その 解決を もとに,比較 と議論がなされ,そ して,

(3)

教師が最後にまとめるという形式をとること が報告されている。

また,J.

W. Sti g l e r4)は,

「よい物語 りのよ うに,授業は導入,結論, そ して,一貫 した(

C on si s t en t)

テーマを有 し ている

。」

と述べている。そ して,J.

P. B e c k er 5)

は, r一斉授業の 目標 は一つであ り, ・・ (中 略) ・・すべてのクラスでの活動がその目標 に焦点化され,意図が明確であった。そ して, 時間の最後に,終わるのであった

。 J

と述べている。

このように,日本の授業は,一貫 したテー マを もって,言い換えると,ひとつの目標を もって,意図を明確に しなが ら,展開される のが特徴であろう。

J・ W・ Sti gl e rも )は, 5

年生の授業の中で扱 われる問題の数 【

・ 3】

を日本と米国の間で 比較 して,

0 0 0 6 4 2 sIU a E 6a s

o a 6 e l UO 3

J

ad 0 80 60 40 20 sIU O E 6a s

0 0 6 elU 03

J

a d

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 >1 0 Nu mb e ro fPr o b l e ms

0

1 2 3 4 5 6 7

8 9>1 0

国J 授業で扱われる問題の数

r注意が一つの問題にそそがれているのは, 米国では1

7

パーセン トであり, 日本では

7 5%

である

と述べている。また,米国の授業の観察報告 として,杉山吉茂氏

7

)は

「1

時間の授業の中に

3

つの内容が入れ られ ている。われわれに対するサービスかと患っ たら,そうではなく,いっ もそうしていると いうことであった。その理由は,子どもは

1 0

分以上集中できないか ら,活動を変えている という ・・・ (中略) ・・・このような授業 をすることはお もしろい試みではあるが,私 はやはり日本のように続いた展開がなされる 方がよいよ うに患 う。」

とコメン トを している。また,J.

W. Sti g l e r

は,

l)

アジアの教師にとって,たった一つの問題 の解決をめ ぐって授業全体を組織することは 珍 しくないことである

と述べている。

このよ うに,米国の授業では,様 々の問題 が一時間の中で示される。 これに対 して,わ が国の授業はそうではなく,ひとつの問題を もとに一時間の授業が展開される。 これは一 貫 した展開のあらわれと考え られる。

わが国の一斉授業は,二つの特徴をもって いるといえそ うである。

一つは,約40人の知識の異なる,多様な考 えをもつ子どもが,教師と多 くの時間かかわ っているということ,他の一つは,何 らかの 一貫 したテーマの もとに授業が展開されてい ることである。

これ らの二つの特徴を考えあわせると,敬 師と子どものかかわ り方をより詳 しく検討す ることが,日本の一斉授業の特徴をより明確 にとらえる可能性をもた らすと考え られる。

そこで,次には,教師と子どものかかわり に焦点をあてて,考察を進める。

(4)

3.

教師と子どもの間のコミュニケ‑ ヨンの 手段の特徴

教師と子どものかかわ り方についての特徴 をとらえていくために,教師と子どもの間の コ ミュニケーション,特に,言語的 コミュニ ケーションに限定 し,考察をすすめる。そこ で,まず,言語的 コミュニケーションの手段 の特徴について言及する

日)ことば

日 本 の 授 業 の 特 徴 の 一 つ と して ,

J. W. S t i g l e r, ) は

「日本の教室での最 も印象的な観点の一つは

‑特に第‑学年において十数学の授業にお

て生 じたことばによる説明の量である

と述べている。 【

. 4 ]

5 0 4 0

30 20

1 0

0

雷 st u d e n t 囚 Ta n dS

[

コ T e a c h e r

S e n d a i Ch i c a g o Se n d a i Ch i c a g o l s t Gr a d e 5 t hGr a d e

国 L

A ことばによる説明の占める割合 日本の教室では,説明にあたって,非常に多 くのことばが利用されている。また,三輪氏

10)

は米国の授業を観察 して,

教師の質間数は多いが,短答を要求するも のが多 く,当然生徒の答えも短い

と報告 している

明 らかに,日米の授業での 教師,子どものことばの利用の しかたに違い があると考え られる

。J. W. S t i g l e r

は,E]米 で行われた分数の導入の授業を例として,数 学の授業でのことばの利用の しかたに関 して 議論 している。

第二の例 (日本の授業の例 ;筆者注)にお いて,分数の概念は意味のある経験か ら生 じ

てい る。第‑の例 (米国の授業の例 ;筆者 注)において,それは最初抽象的概念として 導入された。第二の例において用語 と操作は 自然に教室の質問と議論か らでて きた。第‑

の例では, ことばはおもに規則を定義 し要約 するために利用された

。 J H )

と述べている。

さらに,

rわれわれは,合衆国の小学校の教師が,ア ジアの教師より用語を定義 し,規則を述べる ためにことばを利用する傾向があることを兄 いだ している。アジアの教師は,数学を意味 のあるものにするために,数学の異なる観点 を明確にするために,そ して,子 どもが数学 について知 っていることを現実の問題の要求 と統合するために,ことばを利用 している。

12)

と述べている。

日本の授業では,数学を意味あるものにす るとき,ことばが用いられていることがわか る。すなわち,一分数は何かということについ て形式的に定義するのではなく,現実場面 と 分数のかかわ りを考えたりするために,こと ばが多 く利用されているのである。

また,∫.

P. B e c k e r 13

)は,授業の中でのこ とばの利用について,次のような例をあげて いる。

教師は授業の終わ りに,生徒に彼 らが学ん だことは何かを聞いて授業を終わった。そ し て,それをことばに表現 し,書いた

。 」

同様に,J.

W. S t i g l e r

lt)も教師と子どもの ことばの利用で最 も記憶に残 っていることと して,

「日本の第‑学年の教師がひとりの子どもに 次の質問をすることで授業を開始 した。 日の授業で学んだことと,今日の授業の準備 でや って きたことの間にどのような違いがあ りますか」。その子どもは長い間考えた, し か し,知的にその質問に答えた。」

と述べている。

(5)

このように,教師の発間は,非常に抽象的 である。子どもは,単に,はい,いいえを答 えるのみでな く,自分の考えを説明すること になる。子どもにとって,数学を意味あるも のにするために,子ども自身の考えを明確に するときにことばが利用されている。

( 2)

算数 ・数学でのコ ミュニケ‑ヨンのための 重要な道具 として式がある。米国での小学校 の授業を観察 し,式の利用について,杉山氏

15)

は,

「これ らの考えは,日本の子どもか らでて く るものである。ただ日本と違 っていることは, 式に書かないことである

J

と指摘 している。同様に,三輪氏も,中学校 の授業をみて,生徒の様子について次のよう に述べている。

生徒の解答についてみると,日本では,多 くが式を使 って表現される。教師は,答えの 数億だけでな く,その根拠の説明を求めるが, その際,図や表 も使われるが,大多数の場合, 式が使われる。 この授業では,それは r答え を求める筋道を示す」算数の式であった。 こ れに対 して,米国の場合は,式を積極的に使 うという態度ではないように見える

。 」 = )

また,生徒の解決のみでな く,教師について ち,

授業の中で,教師の説明において,式を説 明することが非常に少ないことが目立 った

17)

と述べている。米国の授業では,小学校,中 学校のいずれにおいて も,教師と子ども両者 ともに式を利用する機会が少ないことを指摘 している。 これ らに対 して,両氏の指摘か ら わかるわかるように,わが国では式が積極的 に利用されていることが うかがえる。

また,日米共同研究における共通問題の調 査において,式の利用に関 して藤井斉売氏

1

8

)が次のように報告 している

米国イ リノイ州の児童は,日本の児童に比

ベて,解答に 「

を書かない。主な表現方 法は, 「

のみか

のみである。特に,

4年生において この傾向は顕著である

例えば,日本の

4

年生では,式を書いた児童 は全体の

6 4. 4%

であり,

6

年生では

,7 8. 5%

である。 これに対 して,米国の

4

年生ではわ ずか

6. 8

%,

6

年生では

4 8. 3%

と日本の四年 生にも及ばない。

また,長崎栄三氏‖り は,おはじきの問題 の分析において,日米の子どもの解決におけ る表現の利用について言及 している。その中

r日米比較 してみると,最 も有効な言語的方 略である,式 ・乗法を使用 している児童の場 合は,日本

60%,アメリ が 0%で明 らかに差

がある

。 」

以上のように,米国の授業では,子どもが 式をあまり利用 しない し,教師自身さえ もあ まり積極的 に式を利用 していない。 これに対 して 日本の授業では,多 くのコメン トにみる ように,式を積極的に利用 していることが伺 える。また,共通問題による調査の成果にみ らるように,米国の子どもと較ペて,日本の 子どもが非常に式を積極的に利用 しているこ

とがわかる。

これ らは,日本の授業で式が大切に扱われ ていることを示 していると考え られる。‑

( 3)

具体物

日本の授業では,式,ことばが大切にされ て い る こ と を 述 べ た が , 他 方 で ,

J. W. Sti gl er 20)

は,

合衆国の教師は,中国や日本の教師はど具 体的な対象を利用 しない。第

5

学年において, 仙台の教師は, シカゴの教師の

2

倍程度具体 的対象を利用 している。そ して,台北の教師

は,おおよそ

5

倍利用 している

。 J

として,具体物の利用の頻度について言及 し ている。

このように具体物が多 く利用されているこ とは,子どもの算数 ・数学を理解 していくと

(6)

きの助けとなっていることが予測できる。例 えば,J.

W. St i gl e r 21

)は

われわれが観察 した日本の4年生の算数の 授業に例をみることができる。教師が提示 し た問題は,

4

年生にとっては困難な問題であ った。そ して,その解決は合衆国では随分あ とにな ってか らしか教授されない。 これが問 題である。

明のクラスの子どもは全部で3

8

人いる。女子 より男子が 6人多い。 このクラスに,男子は 何人,女子は何人いるで しょう

。 」

と述べ,具体物を通 して,米国の子 どもより はるかに早い時期に日本の子どもが学習す る 問題があることを指摘 している。

さらに, 日米での具体物の利用の しかたに 違いがあることも指摘 している。

22)

「日本の教師は,算数セ ットのなかにあるも のを小学校の段階を通 じて利用す る。そ して, われわれが観察 した第‑学年の授業では,非 常に高い割合で,小さいタイルが導入に利用 される。合衆国の教師は,多様性を追究 し, ある授業では,アイスキ ャンデ ィーの棒を利 用 し,他の授業では,おはじき,Ch

eeri os

,

H& Ms

,チェッカー,ポーカーのチ ップ,ま たはプラスチ ックの動物をつか った りす る。

日本の授業には,具体物を利用す る機会が 非常に多いのという特徴があるのに加えて, 加法,減法など問題がかわ って も.同 じ具体 物を使 うことが特徴がある。 これに対 して, 米国の教師は,様 々の具体物を様 々の場面で 使 うことが指摘されている。

また, 日本の教師が,算数 ・数学の授業で,〜

具体物を多 く利用 しているこということは, そこに操作が介在 していることを考慮す る必 要がある。

以上のようにコ ミュニケ‑ ヨンの視点か ら 日本の授業の特徴をみてい くとき,ことばが 非常に多 く利用されていること,そ して,そ のことばの利用の しかたも子 どもが数学を意

味あるの もとして理解す るためになされてい ることがわかる。また,一方で,式を通 して のコ ミュニケーションが 日本の授業では大切 にされている。 しか し他方で,具体物の利用 が頻繁になされていることがわかる。 このよ うに,様 々のコ ミュニケーションの手段が, 積極的 に利用されていることが特徴のようで ある。

4.

コ ミュニケーションの組織

(1) コ ミュニケーションの生ずる場面 様 々のコ ミュニケーションの手段が利用さ れ,一貫 したテーマで授業が展開されている が,果た して,どのような場面でコ ミュニケ ーションが生 じているかについてまず検討す る。

∫. W. Sti gl er 23)

は,米国での教師と子 ども のかかわ りについて

合衆国の教師は, しば しば,活動について 話 し合わない し,授業の目標 とそのかかわ り について も議論 しない。または,その正確 さ についての評価さえ しない。個人の机での活 動は,観察された合衆国の教室の うちの

4 8 %

で,評価されない し,議論 されない。比較す ると,日本のクラスでは,

3

%,台湾のクラ スでは

6%

のみである

。 」

と述べている。

個人の机での活動が多いことで,活動につ いての話 し合いがないことが指摘されている が,杉山氏,三輪氏はそれぞれ 米国の授業 を観察を通 して,

同 じよ うな内容の発表に何か価値があるの か と思 ったが,ともか く全 グループが発表を した。同 じ内容の発表なので,発表者以外は ほとんどだれ も聞いていない状態であった。

J

2

rパタン,従 って表の利用,図,同 じ答えが コメン トされる。 これ らの黒板に示された各 グループの解決が,多 く共通 しているためで あろ。 しか し,コメン トの程度であって,討

(7)

議は深 く進行 しない

」 25)

と報告 している。

米国の授業では, クラス全体へ個 々の子 ど もの解決が発表される場面 もある。 しか し, 同 じ内容が何度 も発表されたりで,発表が何

らかの観点か ら組織されているわけではない。

さらに,発表された内容は話 し合いの対象に なるわけで もない。

これに対 して,

J. P. B e c k e r 2

6)は,日本の 授業を観察 して,

多 くのクラスにおいて,われわれは,教師 が問題の解決への異なる接近方法について焦 点をあてているのを観察 した。J

と報告 し,また

,J. W. S t i g l e r 2

7)は

われわれの研究に参加 している日本の教師 が行 っているもっとも共通の方法は,誤 った 解決を した生徒が彼の解決をクラス全体の生 徒に提示することである。通常,議論のため であ り,訂正のためである。 これに対 して, 米国の教師は,個人的に評価を している

。 」

と報告 している。

日本の授業では,三輪氏が指摘 しているこ とか ら,討議が深 く進行するし,また,杉山 氏が指摘 していることか ら,発表には何 らか の組織がなされていることが暗黙に示されて いる。そ して,米国の研究者の指摘か ら,異 なる接近方法,そ して,子 どもの間違いを含 めて, 日本の授要では子どもの様 々の解決が 授業でのコ ミュヒケ‑ションをすすめるため の場面をつ くっていることがわかる。

(2)コ ミ土ニケ‑ションの組織

子 どもの様 々の解決がコ ミュニケーション を引き起 こす場面をっ くっているのであるが, そこでのコ ミュニケーションがどのように組 織されているのかを検討する。

まず,中学校での授業を観察 したときの報 告をみる。

オハジキを一つの辺に

5

こずつおいて正方 形をっ くった ら,オハジキはいくついるか

という問題が提示され,それが具体的に数え

ることで解決された後に,一辺が

1 2

個の場合 が確かめ られた,そ して,一辺

50

個の場合を 子どもが考える場面に関 して杉山氏

28)

は次 のように述べている。

次の子は,2xx2 (Ⅹ‑2)と言 った。

これは① (筆者注 ;一つの辺に

5

個のおはじ きがあるときの具体的に数える方法の一つ) の一般化である。 しか し,そのことにはふれ られず, この公式 も正 しいと認め られただけ であった。 この教師の場合 も,考えた方法が 一般性をもつかどうかということを考えさせ る姿勢がないように患われる。式に表 して, 式を利用 して考えるというような考えも認め

られない。」

杉山氏が期待 しているのは,式によるコ ミ ュニケーション,そ して,その式の一般性を た しかめるためのコ ミュニケーションである。

これに関 して,杉山氏2!)は,次のように述 べている。

式に対する考え方に基本的なちがいがある ように患われる。われわれは式は考え方の簡 潔な表現方法と考え,それを見ることによっ てどのように考えたかを知ることができるも のと考えている。また,式に表す ことによっ て,問題が一般化されたときにも容易に対応 できるよさがある。 このことは前の授業につ いて述べた通 りである。アメリカの先生は式 にか くことの難易だけを問題にして,そのよ さを知 らないのではないかと患われてならな

い 」

式に表現することで,互いに子どもの考え を伝えることが可能となり.一般化をすると きの助けともなる。 コ ミュニケーションが可 能となるし.思考の助けともなる。そ して, 式の一般性の根拠を,一辺が

5

個の場合につ いての数え方,操作に求めることに閑 Lで 教師と子どもの話 し合いが,日本の授業では なされると考え られる。

さらに, 日米の違いを明確にするために, 共通問題 (電話線の問題)を用いて実施され

(8)

た中学校での授業の報告をみる。その中で米 国の授業に関 して三輪氏

30)

は,次のような 報告を している。

「この (米国 ;筆者注)授業にみ られる生徒 の問題解決方略は,画をか く,パタン発見 (表を使 う)が中心であった。そ して,加法 的な解決だけが兄いだされ,乗法による表現 は和を積に直す計算の簡便法として しか与え られていない。乗法的な解決は生徒か ら出て 来なか った。何故,乗法的な解決がでて こな かったのかについては考慮の余地があろう。

従 って,公式が生徒にとって意味をもつかど うか,よく理解できたかどうかの疑問はそこ か ら来るものである

さらに,日本の授業との比較を して三輪氏

3 日

は次のように述べている。

「日本では,加法的な解決

( 20

軒の場合

,1 +2 +・・・+ 1 9‑1 90

)と乗法的 な解決

( 1 9×2 0

÷2

‑1 9 0

)の両方が提出され,そ の答えの一致が問題 とされたのに対 し,米国 では,加法的な解決だけが提出され,その計 算方法の簡便法の公式として横の式が与え ら れた

。」

米国の授業では,加法的な解決を導 く方法 の説明が中心になされた。その方法とは,画 をかいたり,蓑を使 ったりである。 これ らは, 数学的に解決結果の一般性,正さを保証する

ことにはならない。また,乗法的な解決と加 法的な解決のかかわりについて議論されない し,乗法的な解決の意味についてのコミュニ ケーションもなされていない。

日本の授業では,二つの解決の方法が式に よって表現され,それぞれの式の正 しさが検 討されるとともに,それ らの式の間のかかわ

りが教師と子どもの間で話 し合いがなされた。

その話 し合いにおいて,日本の授業では式を 導 くときの考え方が,加法的な解決の場合, 加数がなぜ

1

ずつ増加するのか,また乗法的 な解決の場合,なぜ

2

で割るのかなどについ ての議論がなされた。その議論での説明は,

図を用いたり,操作を しなが らなされた

の議論によって,式の正さ,一般性が保証さ れることになる。

日本の中学校の授業では,いずれの場合 も, 数学的根拠を明確にしたり,数学的発展性を 求めるためにコ ミュニケーションがなされて いる。例えば,具体物を操作 したり,ことば で説明することや,数学的根拠を明確にする ことがそうである。また,一般性を求めたり, その保証をするとき,式に表現 し, ことば, 図,操作を用いて説明 したりすることがそう である。 これ らのコミュニケーションは,千 どもが数学をより深 く発展的に学習 していく ことにかかわ っている。

米国の小学校の授業で

「 1

0フィー トの木の 棒を等 しく

1 0

等分 したい。

1

回切るのに

1

かか ると した ら,1

0

個作 るのに何分かか る

という問題の解決がなされた。その後に,

「6階までの建物で 1階か ら3階まで上がる のに,1

0

秒かか った。そのエ レベーターで

6

階まであがるのに何秒かかるか」という問題 が示された。そのときの授業について次のよ

うに杉山氏

32)

は述べている。

「この授業での問題の解決 (エ レベーターの 問題 ;筆者注)は図をか くことによってなさ れた。 「絵をかいてみよう

というス トラテ ジーが使われているのであろうが,それでは 前の問題の発展問題という意味がなくなって しまう。そのようにできないのは,前の問題 で考え方やアイデ ィアについてまとめがない か らである。植木算の問題の性質,つまり木

n

なら間は

n‑

1ということを法則として 抽象 しておかないために,そのことが使えな い。教師にも,それを使お うという姿勢がみ られない

。 」

杉山氏の主張をみると, 日本の授業では, 考え方やアイデ ィアを大切にし,それ らをこ

とばや式でまとめることを行 っていると考え られる。

例えば,杉山氏

33)

は次のようにも述べて

(9)

いる。

「日本では幾つかの解が出されると,共通 し たアイデ ィアは何か問われる

このように,解決のためのアイデ ィアを明 らかに し,理解 していくためにコ ミュニケー シ ョンがなされ,そのときも,式, ことば, 具体物が利用されている。

J. P. B e ck er 34)

は,日本の授業の数学的な 組織に関 して,

われわれは,授業で議論される場面に関す る数学を強調することが印象深か った。 これ が典型的な米国と日本の授業の間の重要な違 いではないかと考える。例えば,図

. 2

筆者 注 :オープンエン ドの問題の具体例が書かれ ている〕に示されている間瀬場面は,多 くの 解決の筋道があり,それ らの評価,そ して拡 張をともなっている。そのような問題が,坐 徒が問題の本質を捕まえ,数学をすることを 助けている

。 」

と述べている

ことば,式,具体物というコミュニケーシ ョンの様 々の手段をもちいなが ら,数学的根 拠,事実,アイデ ィア,数学的考えをコ ミュ ニケーションし,さらに,そこで数学的発展 性を求めているのが日本の授業の特徴 といえ そ うである。 この意味で,J.

P. B e e k e r

が述べ ているように授業が数学的側面を大切に組織 されていると言える。

5.

おわ りに

日本の一斉授業の特徴をとらえるために, 米国の研究者が 日本の授業を観察 ・分析 した ときの報告,日本の研究者が米国の授業を観 察分析 したときの報告に関 して考察をすすめ てた。

ことば,式,そ して,具体物が日本の授業 でのコ ミュニケ‑ヨンの手段の特徴であった。

そ して,数学的根拠,事実,アイデ ィア,考 えに関 して コミュニケーションし,発展性を もつようにコ ミュニケ‑ヨションの手段が租

織されていることがわか った。

日本の一斉授業には,40人の子どもとひと りの教師が参加 している。そ して

,4 0

人の子 どもが個 々に考えるとき,豊かな多様性が生 じている。 このような状況において,日本の 授業におけるコ ミュニケ‑ヨンの組織は,個 々の子どもの学習を大切に扱 うことのできる 可能性を有 している。なぜならば, ことば, 式,具体物によるコ ミュニケーションがなさ れることで,個々の子どもが自分なりに数学 を意味のあるものとしてとらえる機会を提供

しているか らである。

また,数学的根拠,事実,考え,アイデ ィ アに関 して発展的に,コ ミュニケーションす ることは,次の新 しい数学の学習におけるコ

ミュニケーションを支えている。

以上のように,日本の授業の特徴に関 して, 言語的 コ ミュニケーションを中心に議論 した。

今後は,非言語的 コ ミュニケーションの観点 か らの考察をすすめること,さらには, この ような言語的 コ ミュニケーションを可能にし ている文化的背景に接近 してい くことが課層 となる

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参照

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