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ジョイス と イプセン
「追放されし人々」をめぐって(1)
人文科学教育第二研究室 大』 沢 正 佳
1、 Silenced and smothered by my past
Like the lewd knight in dirty Iinen Istruggle forth to swell the cast And air a long−suppressed opinion.
Epilogue to Ibsen,s駅Ghosts .
1934年4月,パリでのイプセン劇上演に際して此のエピローグを書いた時,ジョイスはイ プセン論によって文筆生活への第一歩を踏み出した往時を想起していたに相違ないのだ。
1900年17才の青年ジョイスがFortnightly Reviewに寄稿した「イプセンの新劇」(Ib一 sen s New Drama)と題する「我等死者,目覚めし時」(When We Dead Awaken)論 は,イプセンに対して讃辞を呈することによって,同時にジョイス自身の人間並びに芸術 家としての態度を宣言したものであり,彼の生涯へのプロローグともなっているものであ ったo
ジョイの作家活動が,過去の文化遺産に深く根ざしているということは,周知の事実で ある。ホメロス・アリストテレス・アクィナス,シェイクスピア,ヴイコ等々,思いつく ままに書き並べても・ジョイスの名と結びつく過去の作家,思想家の数は枚挙にいとまが ない・就屯青年ジョイとイプセンとの結びρきは,此の両者の社会的背景を考慮に入れ る時際立って重要な意義を帯びてくるのである。(1)社会に対立する存在としての芸術家,
社会からの追放者としての芸術家の位置に自らを設定した把握の仕方に於るイプセンの 影響は・単に一方的受動的な関係として見ることは出来ないものであって,それはジョイ
スの積極的な志向の表れと言えるものなのである。つまりジョイスはイプセンの生涯の中
に・世に容れられぬ挑戦的な芸術家の運命を見,そして其の運命が自らの歩むべき道であ
ることを既にして予感し決意していたのである。それ故,ジョイスの生涯の軌跡がイプセ
ンのそれと奇妙な程に類似した平行線を辿っているという事実も,単に偶然として片附け
られないものがあるのだ。イプセンとジョイスとの此の結びつきは何を意味しているので
66 茨城大学教育学部紀要第八号
、あろうか一これは現存するジョイスの唯一の戯曲「追放されし人々」(Exiles)(2)を論 ずるに当って,先ず解明されなければならない点だと僕は考える。
@ 、
@ 皿
@ ● .
@ As he went by Baird s stone cutting works in Talbot Place the splrlt of Ibsen would blow throngh him like a keen wmd, a spirit of way一 ward boylsh beauty.(1)
ダブリンのユニヴァースィティ・カレッジの学生時代,ジョイスは言語習得に対する熱 心さと能力の点で他の学生に抜きんでていた。イタリー語,フランス語,ドイツ語には比 較的容易に熟達していた。然し此等は何れもいわば西欧文化の伝統の主流をなす言語であ
るのに対して,その主流から離れているノルウェー語を唯イプセンの戯曲を原語で読む為 幽
ノのみ熱心に勉強した②ということは,ジョイスのイプセンに対する異常な迄の傾倒ぶり の一端を示すものと言える。そして1901年にはイプセン第73回目の誕室日を祝福する手紙
を,彼はノルウェー語で書き綴っているのである。この様な熱心さに比べると,当時アイ ルランドを風靡していたアイルランド文芸復興運動の一環としてのゲイリック語再興運動 に対するジョイスの冷淡さは注目に値するものがある。彼は学友に誘われてゲイリック語 の授業に出てみるが,すぐに止めてしまう。此の問の事情をゴーマンは次の如く述べてい
る。
He(=Joyce)feared that a national immersion in Gaelic would cut Ire land still further off than she was from the great central current of European culture, a culture that recognized no fixed country boundari一 es but universal to all.(3)
ジョイス自身も後に「追放されし人々」の中の一人物に次の様に言わせることによって,
地方的なものに閉籠ることの危険を指摘しているのである。 」
@ If Ireland is to become a new Ireland she must first become Europe一
an.(4}
この様な立場に立つジョイスが,当時のダブリンの文学界の大勢であった国民文学運動
つまりアイルランド文芸復興の動きに対して批判的であったのは当然のことである。当侍
の集団的な熱狂に対する抗議として,彼は前述のイプセン誕生祝いの手紙を書いてから半
年程して,「騒乱の時代」(The Day of the Rabblement)と題するパンフレットを出
版した。(5>彼は先ず,
、
大沢:ジョイスとイプセン「追放されし人々」をめぐって 67 No man, said the No】歌n,can be a lover of the true or the good unless he abhors the multitude.
と,集団的熱狂の警戒すぺきことを説き,次にアイルランドはそれ自身の劇を持つべきだ
との主張の下にイェィツを中心として組織されたアイルランド文学座(The Irish Lit− ●
erary Theatre)に対しては,
The Irish L.iterary Theatre must now be considered the』 垂窒盾垂?窒狽凵@of
. the rabblement of the most belated race in Europe.
と手厳しく批判し,そこには芸術の未来との繋りは全く期待出来ないとしている。そして 自らの文学上の典型を外国に求めるのだと言って,イプセン,ツルゲーネフ,トルストイ,
ハウプトマン,フローベルの名を挙げている。騒乱の時代に於て,芸術家が大衆の動きに 屈服し,それに巻き込まれてしまうならば,彼は芸術家としての生命を自ら断つに等しい というのである。ジョイスは斯かる危機に直面している芸術家の在るべき姿を次の様に規 定するのである。
Until the artist has freed himself from the mean influences about him sodden enthusiasm and clever insinuation and every flattering illfluence of vanity and low ambition no man is an artist at all.
ジョイスがイプセンに惹かれたのは,アイルランド同様,文化的に見て地方的後進国で あるノルウェーにあって,外的影響力から超然として自己の本質を堅持している芸術家の 典型を彼の中に認めたからであった。ジョイスは自分こそイプセンの伝統を継ぐものであ るという自覚を,イプセンに宛てた手紙の中で次の様に述べている。
Elsewhere there are men who are worthy to carry on the tradition of the old master who is dying in Christiania. He had already found his successor in the writer of M励α召1κrα初耀7, and the third minister will not be found wanting when his hour comes. Even now that hour may be standing by the door.(6)
ハウプトマンに次いで,自分をイプセンの後継者であるとする青年ジョイスの若々しい自 信を支えているものを十分に理解する為には,彼の作品系列に於て主要なテーマを成す「
父と子」の問題を考慮に入れることが必要になってくる。
肉身の父に対するジョイスの態度は,「若き日の芸術家の肖像」(APortrait of the Artist as a Young Man)に於て明確に示されている。
He(=Stephen Dedalus)felt that he was hardly of the one with them
68 茨城ノ(学教育学部紀要第八号
but stood rather to them in the mystical kinship of forsterage, forster child and forster brother.(7)
肉身の父に対する此の違和感に対応するものとして,精神上の父の探求というテーマが生
ずるのである。現実的社会的秩序を放棄した彼にとって,精神的父の探求とは,彼自身の
新しい秩序,つまり現実的秩序に対立する精神的秩序の探求を象徴しているのである。「
肖像」は使徒承伝(apostolic succession)としての父子関係探求という基調にもとずい て,スティーヴン・ディーダラスが精神上の父として古えの巨匠ダイダロスを発見する過 程,及びその過程を通じてスティーヴンの芸術家としての誕生を描き出したものである。
更に「ユリシーズ」(Ulysses)に於てスティーヴンは父サイモン・ディーダラスを拒否 し,芸術家にとって単なる父r関係は法律的な虚構(legal fiction)に過ぎないという 認識に到達するのである。青年ジョイスが自らをイプセンの後継者としての位置に置いた
のは,イプセンを精神上の父として見る意識に基いてのことなのである。前述のイプセン 論に於て,ジョイスがイプセンの芸術家としての正しさを説き,その偉大さを讃えたのは 精神的な子としての彼自身の前途の自己確認でもあったのである。此の精神的父子関係の 絆を,ジョイスは次の様な言葉でイプセンに語りかけている。
Ho面your battles inspired me−not the obvious material battles but those fought and won beyond your forehead,how your wilful resolution te wrest the secret from life gave me heart and how in your absolute indifference to public cannons of art, friends and shibboleths you
,!
Y/ walked in the light of your inward heroism.(8)
これは17才の青年が,北欧の巨人に棒げた讃辞であると同時に,内面の英雄主義に従って 自ら追放の道を撰びとった若き芸術家の信条告白でもあったのだ。最も強き者は独り立つ 者だ,というイプセンの姿は,そのままジョイス自身の,スティーヴン・ディーダラスの 更には「追放されし人々」に於るリチァード・ロウアン(Richard Rowan)の姿なのだ。
青年ジョイスがイプセンとの出合いに見出した喜びは,宗教を捨て去り,周囲の騒乱に背 ッて独り立つ若者が,自分と同じ内面の戦いを闘って来,そして現在も闘いつつある 精神的な父を見出した歓びなのだ。ノルウエーとアイルランドと一共に芸術家を窒息さ せる様な世界に住んで芸術に生きようとする者の運命を此の両者は共に担っていたのだ。
自己の独立を貫くということは,彼等にとって自己の誠実を,つまり芸術家としての生命
を賭けた問題であって,その為にこそ此の二人は故国を後に追放者の途を撰び取ったので
ある。追放一一それは単に故国を後にするという肉体的な追放にとどまらず,社会的規制
及び宗教的な亡霊から逃れ出るという精神的な面での追放をも意味していたのだ。我々は
、
大沢:ジョイスとイプセン「追放されし人々」をめぐって 69 此処に現代に生きて芸術の純粋を了る為に,人は如何なる代償を払わねばならないかとい
う問題に対する一つの示唆を見るのである。
次に「追放されし人々」に於て,自ら撰び取った追放者の運命がどの様な展開を見せて いるかを,イプセンの「我等死者,目覚めし時」との関連に於て見ることになるのである
が,その前にジョイスとその母との関係について触れなければならない。というのは,此 の母子関係は彼の追放者意識の重要な動因となったものであり,又,母の死という事件は 彼の芸術家としての誠実さに対する重大な試錬だったからである。
@ 皿
@ Welcome, O life!lgo to encounter for the millionth time the reality of experience and to forge in the smithy of my soul the uncreated conscience of my race.(1)
20才のジョイスがダブリンを去ってパリに向ったのは,故国の偏狭な地方的文化を捨て て其処には見出すことが出来なかった新しい現実と美を,ヨーロッパという文化の主流に 求めてのことであった。これは1902年の晩秋,つまり彼がイプセンに祝福の手紙を送って から約半年後のことである。
だがパリでのボヘミヤン生活も1903年の春,故国からの母危篤の電報によって中断され ねばならなかった。死の床にある母(Mary Jane Joyce),息子ジェイムズの背信を悲し み,憎悪して来た母に対して,彼は最後迄妥協を示すことがなかったのだ。母の死は当然 のことながら,人の子としてのジョイスに深い悔恨の念いを植えつけたのだった。然し其 の為に自らの節を破ること,此の様な妥協は彼の追放者としての意志を捨て去る自己背信 の行為に外ならず,それは彼にとって自己の存在の否定を意味することになるのだ。母と 子という平面に於る自己と芸術家としての自我が,母の死を前にして激しく相争い,そして 彼の内なる芸術家が勝ったのだ。然し此の戦いの傷跡は良心の苛責(agenbite of inwit)
となって,ジョイスの作品に常に隠見するのである。父と子,母と子,という永遠の問題 は,ジョイスの場合自我の問題と鋭く噛み合って自らの追放者意識を抜き難くした主要動 因となるのである。
「追放されし人灯」第一幕で,イタリーから帰国した作家リチャード・ロゥアンは,彼 の追放生活の原因に就て語る。
She(=his mother)died alone not having forgiven me and fortified by the rites of holy church……Ifought against her spirit while she lived
一
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to the bitter end……She drove me away. On account of her I have liv。d years in・xile and p・v・・ty t……・・Iw・it・d・t…n・t f°・he「
death but for some understanding of me, her own son, her own flesh and blood;that never came.②
ジョイスに於て母のイメージは故国アイルランド及び教会と結びついているのである。
母,故国そし徽会一これら一切のものと対立し泊らを解き放とうとする非人間的と も言える意志は,その裏面に深い罪の意識を伴わずにはすまないものなのだ。亡き母のイ メ_ジは罪の意識と結びついて,一種の固定観念となり・特に「ユリシーズ」に於てはス テーヴンの意識に繰返しその姿を表わすのである。「追放されし人々」に於ても,母のイ メ_ジは,妻バーサ(B・・th・)及び音楽教師ビアトリス(Beat・ice Ju・tice)のi賭に 与えられており,母欄係はリチャづと微達との関係と二鰐しになって・劇全体゜)
基調を成しているのである。 レ
IV
Istand, the self・doomed, unafraid,
Unfellowed, friendless and alone,
Indifferent as the herring−bone,
Firm as the mountain ridges where Iflash my antlers on the air.(1)
追放者としての自己規定は,「若き日の芸術家の肖像」に於てはスティーヴンの「沈黙 と追放と巧智」という宣言として表れ,「ユリシーズ」に於ては二人の追放者ブルームと スティーヴンとのからみ合いの中に追求されているのだが,ジョイスの作品系列に於て「
肖像」と「ユリシーズ」との中間に位置する戯曲が「放追されし人々」という表題をつけ られているのも,ジョイスに於る追放者テーマ追求の直接的な表れなのである。
「追放されし人々」とイプセンの「我等死者,目覚めし時」との類似は多くの批評家の 指摘するところてある。この両作品は構成上からみても共通点が多い。(2)主役は共に国外 での追放生活から帰国した芸術家である。「我等死者,目覚めし時」のルベック(Rubek)
は彫刻家であり,「追放されし人々」のリチプード・ロウアンは作家である。リチァード に対するロバート・ハンド(Robert Hand),ルベックに対するウルフハイム(Ulfheim)
は共に,芸術家である主人公に対するアンチテーゼとしての行動的な世俗人である。リチァ
_ドの妻バーサ,知的なビァトリス・ジャステイスはそれぞれルベックの妻マイア(Maia
大沢:ジョイスとイプセン「追放さ れし人々」をめぐって 71
),及びモデルのイレーネ(Irene)に対応する。此等四人の登場人物のからみ合いに於 る両作品の対応も明確に認められるのである。即ちイプセンに於てはルベック・妻・ウル フハイム及びルベックとイレーネという二つの三角関係が展開し,ジョイスの場合にはリ チァード・バーサ・ロバート及びリチァード・ビァトリスという二つの三角関係が交錯す 臼 る。然しこういったいわば表面的な構成上の類似よりも更に重要なことは,芸術家の本質
とは何か,芸術家はその本質の故に人間的な愛情の絆を断ら切らねばならないものか,更 に一人の人間の中に存在する芸術家と市民との対立は如何に処理されるべきものか,とい
う基本的なテーマに於る類似なのである。
先ず「我等死者,目覚めし時」に目をやって,その問題点を探ってみょう。ルベックは
モデルのイレーネとの過去を想い起して言う。 」
And the superstition took hold of me that if I touched you, if I desired you with my senses, my soul would be 垂窒盾?≠獅?пC so that I should be
unable to accomplish what I was striving for.一一 And I still think there was some truth in that.
この言葉に対してイレーネは, 「
The work of art first;after it, the human being.(3)
と軽蔑の調子をまじえてそっけなく言う。終幕に近く,ウルフハイムは,無謀にも近づく
嵐の中をイレーネと共に高山を目指して登ろうとするルベックに向って言う 鴨 But presently you may come to a tight place where you can neither
get forward nor back. And then you stick fa3t, Profe3sor!Mountain一
fast, as we hunters call it.(4)
人間の絆にまといつかれて,進むことも退くことも出来ない状態から脱出し,再生を目指 し自由を求めて白雪の中を登りつめて行くルベックとイレーネの二人は,
Yes, through all the mists, and then right up to the summit of the tower that shines in the sunrise.(5)
というイレーネの声と共に雪崩の下に埋められてしまう一谷間では彼の妻マイアが勝ち 誇った様に Iam free!Iam free! と叫び続 ナるのである。
「追放されし人々」と同様,イプセンの此の戯曲も二つの三角謁係が交錯しつつ劇が進 展して行くのであるが,問題の本質はイプセンが此処で何を言おうとしているかというこ となのである。イプセンに於て,山と太陽は屡々自由の象徴として用いられているのであ るが,今引用した幕切れの場合にも,混迷の霧に耐えて自由の山頂に挑む芸術家の死と,
低俗な谷間に現世杓自由を謳歌する現実家のヒステリックな歓声とを二重写しにすること
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によって,イプセンは芸術家の運命を象徴的に暗示しているのである。
ジョイスはそのイプセン論の中で,此の点を明確に把握して次の様に述ぺている。
Ibsen・s plays do not depend for their interest on the action・or on the incidents. Even the characters・…・・are not the first thing in his plays.
■ aut the naked drama either the perception of a great truth, or the
opening up of a great guestion, or a great conflict which is almost independent of the conflicting actors, and has been and is of far−reach・
ing importanice this is what primarily rivets our attention・(6)
ジョイスが此処で naked drama と言っているのは人生のありのままの真実を描き出 した劇のことを指しているのであって,「我等死者,目覚めし時」の場合ルベックに焦点 を絞って,人間の自由と尊厳を求める過程に於いて彼が現実祉会と衝突する相を跡づけて いるのである。そして劇の展開と共に人間精神の奥底にひそむ秘密が赤裸々に暴き出され てゆくのである。
人生の真実を冷静な態度でありのままに追求するという此の naked drama という 問題の把え方は.そのままジョイス自身の「追放されし人々」にあてはめ得るものなので ある。そして彼が提出するのは,イプセンの場合と同様・結婚という状況に於る人間の白 由と尊厳という問題であって,これは主人公リチアード・ロウアンの精神内部に見出され o る相剋一一現実的平而に立つ夫としての自己と人問本来の自由と尊厳をその純粋な形で守
り通そうとする自我との相剋という形で把えられているのだ。
ジョイスの他0作品と同様,「追放されし人々」にも・彼自身の自伝的要素がうかがわ れる。リチァードは9年間の海外生活の後に妻バーサと子供のアーチー(Archie)を伴っ
て帰国する。時は1912年の夏である。ジョイスが「ダブリンの人々」(Dubliners)の出 ψ
ナの交渉の為に妻子と共にダブリンに帰って来たのも同じ年のことである。
リチァードは白らが自由であることを欲すると共に,妻バーサも同様自由でなければな らないと主張する。彼が此の様な態度をとるのは,自分が妻を含めて他人の自由の領域に 入り込んで行くことを怖れるからである。彼が妻のことに関して自らを責めることがある
、 ニすれば,その理由は,
because I would not suffer her to give to another what was hers
and not mine to give, because I accepted from her her loyalty and
made her life poorer in Iove。 That is my fear. That I stand between
her and any moments of Iife that should be hers, between her and yo叫
between her and anyone, between her and anything. I will not do it.
大 沢:ジョイスとイプセン「追放されし人々」をめぐって 73 Icannot and I will not. I dare not.(7)
それ故ロウアンは妻とロバートとの関係に何の干渉も加えないのであるが,一方妻にロバ 一トとの関係を隅々迄も語る様に要求する。リチァードがバーサに対して此の様な態度を とるのは,イプセンの「我等死者,目覚めし時」のルベックとイレーネとの関係を土台に して,問題を更に先に進めているのである。ルベックがイレーネをモデルとして創造した 彫像は,彼にとっては肉身を備えたイレーネとは別のそれ自身の存在を主張するに至り,
彼等は其の彫像を私達の子供と呼んでいるのである。然し彫像の完成直前に姿を消したイ レーネが再びルベックに出会った時,彼女は,
Igave you my young, living sou1. And that gift left me empty within 一sou11ess. It was that I died of, Arnold.(8)
と言う。「追放されし人々」に於る問題は,ここから出発する。つまり人が他人の肉体を・
そしてその魂を所有するということの意味を追求しているのである。
「我等死者,目覚めし時」と「追放されし人々」と比べてみる時,先ず気がつく相違は 前者に於てはルベックとイレーネの世界とマイアとウルフハイムの世界とが激しく対立し 劇的な展開を辿るのに反して,後者の場合にはリチァードの独白劇だと言われる程ずっと 主観的な色合が濃くなり他の登場人物は彼の真理探求の為の道具,つまり彼をめぐるコー
ラスの役割しか果していないということである。
リチァードは自分が理想とする男女の関係を,バーサに向って語る。
To hold you by no bonds, even of love, to be united with you in body and soul in utter nakedness−for this I longed.(9)
この様な関係を期待し,又逆に言えば自分が夫という絆で彼女を縛ることによって彼女の 人生を貧しくすることを怖れて,彼は妻に一切の自由を与えるのである。イプセン劇に於 る女性の自由が内発的であるのに対して,バーサの得た自由はいわば押しつけられた自由 であって,リチプードは丁度彫刻家ルベックが自分の理想像を彫あ上げる様に,妻の性格
を形づくって行くのである。バーサが素朴に唯夫の愛のみを欲しているにも拘らず,リチ ・ アードは彼女に自由を押しつけ真実を要求する。彼は妻を誘惑者ロバートの手に委ねるが
ままにして,然もロバートと彼女との間にとり交された言葉,彼等の関係を彼女に語らせ るのだ。いわば妻を素材とする此の徹底した自由と真実の追求の結果,幕切れに近く,夫 としての彼に復讐がはね返って来るのだ。バーサにとって与えられた自由は過重な負担以 外の何物でもないのだ。彼女は夫との問にある超え難い断絶を意識して,
Happy!When I do not understand anything that he writes, when
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Icannot help him in any way, when I don t even understand half of what he says to me sometimes!(101
と自分の不幸を嘆き,更に此の断絶は単に知的な問題であるだけではないということに気 つくのだ。彼女は夫の中に自己中心的な観察者の冷酷さを認めて,
Don t touch me!You are a stranger to me. You do not understand anything in me−not one thing in my heart or soul. A stranger!
Iam living with a stranger!ω と叫ぶのである。
ルベックは寒風吹きすさぶ白雪の山頂に自由を求めてイレーネと共に登りつめて行くの に反して,リチァードはそれよりも更は荒涼たる荒野を心中に抱いて其処に独り彼の自由 の世界を構成しようとするのである。ルベックの妻マイアは彼を離れて谷間低くに恋人ウ ルフハイムと降って自由を謳歌するのに反して,バーサは夫の心中に拡がる荒野から彼の 魂を昔の姿に呼び返そうと空しく眩くのだ。
Forget me, Dick. Forget me and love me again as you did the first time.……0, my strange wild lover, come back to me again!(1匂 リチァードの世界とバーサの世界は遂に触れ合うことはないのだ。リチァードは日我の 真を追う永遠の求心運動を続けて行くのだ。幕切れ近くの彼の言葉は,此の不毛を認めざ るを得なくなった者の吐息なのぞある。
And now I am tired for a while, Bertha. My wound tires me.(1鋤 故国からの追放,社会的規範,宗教的信条からの追放を経て,ジョイスの追放者テーマ の追求は遂に自己からの追放に迄徹底したのだ。其処に展開するものは,互いに結び合う ことのない精神的追放者達の集りであり,絶望的な暗灰色の「荒地」の世界が「追放され し人々」の底に流れる基調となっているのである。「我等死者,目覚めし時」と「追放さ れし人々」との終幕に表れた相違は,現代の絶望的状況がその暗さをより深くして来たこ
とを示しているのだ。 1
此の追放の劇がダブリンの町に展開する時,我々は其処に巨大なる二十世紀の叙事詩「
ユリシーズ」の姿を見るのである。
ρ
大 沢ゴジョイスとイプセン「追放されし人々」をめぐって 75
(註)
@1
@ (1)ジョイスは1918年頃依然として劇作家としてはイプセンをシェイクスピアよりも上位に置い ている。
Frank Budgen, James Joyce and the Making of Ulysses. P.179
(2)ジョイスは璽憤Brilliant Career と題する戯曲を書いたが,これは失われている。
P(1)James Joyce, A Portrait of the Artist as a Young Man. P.204.(Modern Library)
(2)Herbert Gorman, James Joyce. P.59.
(3) ibid,,P.60.
㈲ James Joyce, Exlles. P.57,(Jonathan Cape.1952)
⑤ Gorman, op. cit., PP.71〜73.
(6) ibid., P.73.
(7) op.cit., P.111.
(8)Gorman, op. cit., P.70.
g (1)APortrait of the Artlst as a Young Man. P.299.
(2) Exiles. P.27.
1▽
(1) Gorman, op. cit.,P.140.
℃
i2)V.K.Macleod,曜聖The Influence of Ibsen on Joyce P.M. L. A. Vol.Lx No.3P.894.
(3)The Collected Works of Henrik Ibsen, Vol x1. P.372(Heinemann,1921.)
〔4) ibid., P.448.
(5) ibid., P.455.
(6)Gorman, oP. cit., P.66.
(7) Exiles, P.96.
(8) Ibsen, op. cit., P.379.
⑨ Exiles, P.162.⑳ibid., P.140.
α1) 丘bid., P.149.
(12) ibid., P.162