茨城大学教育学部紀要(人文・社会科学・芸術),28号(1979),139−158. 139
Time PerspectiveとPersonalityとの関連
問題提起
芸
冝@高 三喜夫・吉 田 昭 久
(1978年10月18日受理)
On Time Perspective and Personality:
Against Previous Research
美
likio HITAKA and Teruhisa YosHIDA
(Reeeived October 18, 1978)
は じ め に
時間経験(time experience)に関する研究は,おもに, time sense, time perception, time eStimatiOnといった,時間に関する現象のいわばミクロな研究領域と,time OrientatiOn, time perspectiveといったマクロな領域とに分けてみることができる。前者の研究が,秒,分といった物 理的時間現象のかなり限定された部分を対象とすれぽ,後者は,過去,現在,未来といったその「人」
の「生」にかかわる広大なscopeにわたる時間経験をその対象とする。従来のこの研究領域を概観す ると,主に,社会的,文化的,パーソナリティーにかかわる要因,さらには発達的要因といった問題 との関連において研究が積み重ねられてきている。従って,この領域は,心理学の領域では社会心理 1)
w者,人格心理学者,臨床心理学者などの関心の対象となってきた。
しかしながら,その研究成果は,かなりの数にのぼりながら,そこでは一般化に耐え得るような知 見に乏しい。そこでの問題のいくつかをあげれば,①一貫した研究方法が確立されておらず,相互に 比較することが困難であり,いわぽ,取り出した現象は,その測定法に依存するといった問題を持つ からであり,⑤さらには,そのような研究を支えているtime perspectiveに関する理論化という点 の多くを,レヴィン(Lewin,K.)の理論に負うていることの問題であるぎ
この様な問題状況は,単にtime perspectiveの研究領域に限らず,心理学研究の一般的状況を反 映している。
すなわち,近年の心理学研究の動向のうちに,「人間存在」そのものへのアプローチの可能性の模 索という関心が高まりつつある。そこでは,心理学が「科学」であることを放棄することなく,いか にして一人の「生きる」人に接近できるのか,言いかえるなら,「生きる」実存をどのように,その 独自性においてとらえることができるのかといった問題である。そこでは,人間関係を前提として研 究を進めることが必要とされる,精神医学者や臨床心理学者の強い要請を背景に持っている。それは,
自然科学的な思考法を範とした従来の心理学が,人間の表出する現象を,自然現象のごとく対象化し,
苦教育学部教育専攻科教育心理学選修(Advanced Course of Edueational Psychology, Faculty of Education)
操作可能な部分のみを,その研究の対象としてきた事に対する懐疑を出発点としている。日常,具体
的な人間関係の中で生起するさまざまな人間の問題を追求する者にとって,人間把握の問題は,部分 3)
Iな認識のモザイク的組立からは,不可能であることを知るからである。
では「生きる」実存にせまるにはどうすれば良いのかといった問題について言えば,事象そのもの への接近を目指したフ・サールの現象学的研究や,ハイデ・ガーの世界内存在としての人間のとらえ 方,あるいはブ バーの関係的存在としての人間把握の方法などは,その様な接近を可能にする…つ の方向であったと言えよう。そして,その様な人間存在の把握の方法を,個々の具体的な人間へと適 用しつつ,科学としての位置づけを試みた者が,ミンコフスキー,ビンスワンガー,フランクルなど の精神病理学者であったと言える。その中で彼らは,人間存在と時間との関係についての基本的観点
@ 4)
提起している。
筆者らは以下の小論において,①彼らの人間存在と時間との関係についての位置づけを検討するこ とを通して,②従来,心理箏こおいてtime perspectiveとして研究されてきた現象把握の方法の 問題を検討し,⑧さらには,筆者らのtime perspectiveに関する研究の視点を明示し,④具体的研 究方法に関げる提起を課題としたい。
ちなみに,本論文構成の概要を示せば以下のごとくである。
1 現象学的実存的精神病理学における時間の問題 1−1 ミンコフスキー:「生きられる時間」とその変容 1 2 ビンスワンガー:精神病者とその時間性
1−3 フランクル 生きることの意味と「未来」への志向性 H 心理学における時間の問題
H…1 パ…ソナリティ論とtirne perspeetive Jl−−2 time perspectiveに関する諸研究 II−3 time perspectiveの測定法とその問題点
皿 人間存在と時間
m−1 人間と時間との関連に関する最近の諸研究 皿一2 人間存在とその時間性
皿一3 人間存在とtime perspective
W time perspectiveに関する深層個別面接法的接近
]V 1 深層個別面接のための面接視点の構造化 罪一2 被対象者の選定と具体的面接手続き 1>−3 因子分析法を用いた操作的検討
V 現象学的検討と今後の課題
但し,この第一一報ではゆるされた紙数の関係から,豆一3までの研究課題設定に至る問題提起の所ま でを論述したい。
1現象学的実存的精神病理学における時間の問題 1−1 ミンコフスキー:「生きられる時間」とその変容
ミンコフスキー(Minkowski,E.)は,彼の著,『生きられる時間」の序文において,「時間と空
日高・吉田:Time PerspectlveとPersonalityとの関連 141 間の問題は,心理学,哲学,そして言うなれば,現代文化全体さえもの中心問題」であり,「われわ れの実存に於て深い葛藤を生み出すこの問題は,われわれひとりひとりによってもっと綿密に吟味さ れる必要力・あ岩)」と述べている。この著書のなかでの彼の探究は,フ。サー・レ(Husser1, E.)の 現象学的塒間性、こついての研盛ベルグ・ン(Berg,。n, H.)・こ鮒る性の翻(dl・n vit・1】
に関する研究1と負うていることは序文にも明らかである。しかし,フ。サー・レが主観的時間か蕗観 的時間を構成することを目的としたのに比べ,ミンコフスキーは,むしろ,ベルグソンの基本的な立
@ 8)
黷ノ立ち,時間は構成の対象というより「直観」の所与である,と考えていると思われる。
ミンコフスキーにとって,ベルグソンの「生の躍動」の問題は人間存在の基礎的,動的な源泉とな っている。 「自己」は「生命の躍動」のなかでのみ生きた人格として自分自身を主張することが可能
9) . ・ ・ . o o
ニなる。そして,それを理解するためには,「私は前に赴き,かくして何事かを実現する,という現
躯分析しなければならな潟と述べて、・る.しかし,ある「川ことってのある「目的」嫉際 11)に実現するということは,単に二次的な重要さを持つに過ぎないことであるという。なぜなら,結局
はある「人」にとって失敗に終る行為でさえも,一般的なその「人」の生命の躍動の一部として自己
を主張することだからである。言いかえるなら,重要なことは,日常の「生」において何事かを実現 12) 13)
キることであり,単に実現しようと努めることではないからである。この「人格的躍動」が・主要な 要素であり
ロは,次のようなベクトルで表現されている。
/4)
,従って,それは分析のために分割されることはできないものと位置づけられる。この現
躍 動
自我 実現されるもの Fig.1
そして,このような基礎的な現象の空間的,時間的な性格を強調している。一方において,それは常 に指向的に方向づけられているベクトルのように「・・の方へ」直接的に向いており,他方・何事かを 実現することは,その「躍動」から突然にあらわれるのではなく,序々にその中に現前するものとな 驕Dかくして自己と飢遂げられ煉物は,「生成(d。v。n謂の収包み込まれてはう.・ンコフス キーが第一に強調するのは,生命の躍動のこの時間的な側面であり,同時に,その躍動のベクトル的 16)
ネ特性としての空間性に関してである。
ミンコフスキ曽ことって,生の本質は,存在や実存の「感じ」ではなく,流動への「参加の感じ」 17)
であり,これは必然的に時間によって,そして,二次的には空間によって表わされることになる。こ こから,精神病者における根本的な精神生活の混乱は,生命の躍動の変様と弱化を意味することにな
る。
ミンコフスキーのいう時間は,年,秒によって測定される日常生活の時間ではなく,さらには,病 院でどのくらい過したかを患者に問うたり,一定の信号の持続を患者に査定するよう求めたりすると
きの時間ではな諭このよう塒間規定は,ただ時間現象の小さな部分,即ち注きている実存の小 19)さな部分にあてはまるにすぎず,彼の言う時間は「生きられる持続」と呼ばれている。彼は,時間を 20)ベルグソンに従って,「この流動する塊,この動く,神秘的で,壮麗で,力強い大海原である」と
定義している。それは,普遍的,非個人的な生成であり,より以上には定義されえないものとなる。
というのは,それは,「語」の広い意味での「生命」と同義であり,本質的に非合理的な現象だから である。
そして,ミンコフスキーは,第一に非合理な現象,次に直線によって表わされる物理的な現象とい う二つの極端な時間相を仮定した後で,「故え蒔間あと乳らゐ丘らゐ廠端な操相ゐ商庭痛入きれ,ふ
o ・ ● o o ■ ●
@ o ● ● ・ ・ . o ● ● ● ● o o ● ● o
つ,重なり合いつつ,一方から他方への移行を可能にするような諸現象が存在するのでなけれぽなら
・21)
ぬ。」と結論している。彼によって導入された,この空間一時間的な諸現象の把握の方法は,人間の 生きられる体験を,時間性と空間性とによって分析することを可能にしたということであろう。そし て,その視点から,彼は,時間的な規準を,体験される時間性の三つの段階によって定位している。
賜,それは「現在」(pre、ent)・「今」(m。i。t,na。駅「未来」(。v。nill)と過去(P。,、e lの の三つとなる。
さて,次に,このような時間性の分析方法が,具体的に適用された精神病者に関する症例を見てい 25)
ォたい。一般に「人」の「私一ここ 今」という感じ取り方は,すべての合理的な知識や記憶像から は独立しており,生命の力動の基本的な肯定を意味する。むしろ,それはすべての心像や認識を支え
るものである。精神分裂病者は,まさにその感じ方のひずみの現われであり,ミンコフスキーは,そ
26)のひずみを空間,時間による「現実との生命的接触の喪失」と規定している。つまり,精神分裂病者
は,経過とともにしだいに不動化し,純粋に空間的な諸関係のうちに,彼の心的作用をとじ込めてし
27)まう。その結果として,生の力動性が冒されて,「病的合理主義」をひき起こすことになる。患者は,
現実とのすべての生命的接触を失ない,一方で完全に静止的で合理的な世界のとりこになってしまう。
28)ミンコフスキーは,うつ病者の時間体験についても症例を上げて検討している。患者は,26才の若
い人であるが,この症例においては時間観念の完全な崩壊の例があげられている。精神的混乱の症状 は,いくつかのカテゴリーにまとめられていて,第一に患者は,一般的な生成のリズムにとって代わ る「感じ」を語っている。「私は時間が逃げさるように感じるのです。が,動きを追うという感じでは ありません。地球とは逆に回転しているように感じます。…時間が非常に速く,他の人々に対するよ
29)りもずっと速く,あまりにも速く過ぎるような気がします…」
このような,患者の言葉に対し,ミンコフスキーは,「われわれの活動性と周囲の生成との間の生 30)
ォられる共時性が,不可分の一体を成していることを確認させる」と述べ,この共時性が欠けた場合 に「人」は人生に遅れを取ると感じ,「人」としての生成自体が通常のリズムを保てなくなるとして
いる。生成はすべての方向と尺度を失ってしまい,原初の混沌状態に戻り,患者が述べているように 31) 32>「動物的な恐怖」の感じを発生させるのだという。第二鴎患者は次のようにも述べている。「私は時
間が流れるのを感じます。しかし流れた時間の価値の観念がまるでありません。病床のこの一年を通 33)
オて,これといって取りあげるものがないのです…」 患者は,周囲の出来事,彼に直接関連するは ずの出来事に,参加の感情を持たない。そのことをミンコフスキーは,ベルグソンの言葉を借りて
歴史略瀦鮪噺しいもの」を患者は生きることができないと表肌て、、謂結果として,彼 は,自分が「いま」の中に生きつつあるという印象を持つことになる。そこでは「過去」と「未来」
とは,もはや一緒につながれてはいない。「私が現在の中に存在するのはもっぼら観念によるのであ って,感情や情動によるのではありません。私は過去につきまとわれています。…私にはあらゆるも
のを過去に関係づける傾向があります。…私が未来のことを話すときには,未来のことは考えに入れ 35)ていません」。患者がこのように述べる時,そこでは,現在,過去,未来の結合は崩壊していること
になり,現在は,「観念」にすぎなくなる。「過去」の事実は,その一つ一つがある価値内容をもっ て体験され,それらが「現在」体験されていることであるかのように思われてくる。未来はと言えぽ,
日高・吉田:Time PerspectiveとPersonalityとの関連 143 36)
サれは投企された行為の瞬間的幻影にすぎなくなってしまうという。ミンコフスキーは,このような 事態を説明して次のように結論する。即ち,「この事態は,生き生きとした思い出とは,単に過ぎ去
った事実,かつてあり.もはやない事実の想起ではなく,同時に,否,むしろなによりもまず,まさ しくこの現在がそこから生じてきたところの過去に属する事実の想起であり,われわれの投企とは,
未来に生じるであろう事実の単なる幻影ではなく,なによりもまず,この現在から新たに湧出してく 37)
@ 」そして常態であれば感じさせるそのような動的な統合機能が,症例の患者のる未来の創造である
38)
?ナは消失してしまっていると指摘している。
以上のようなミンコフスキーの研究から示唆されることは,大部分の精神病者は,体験される持続 の三つの構成要素一過去一現在一未来のうちの一つが無力化しており,また,それにひずみがあると いうことによって特色づけられよう。従って精神病理学者は,患者が,自分の空間 時間的なper一 39)
唐垂?モ狽奄魔? 再建することを,助力する方向へその努力を向けなければならないということになろう。
次節では,ミンコフスキーと同様に,精神病者における時間性を重要視し,そのことを研究の中心 においていると考えられるビンスワンガ について触れてみよう。
1−2 ビンスワンガー:精神病者における時間性
ビンスワンガー(Binswanger,L)の精神病理学的研究と,その思想的展開は,宮本によれぽ,4 40)
冾ノ分けて考えられるという。以下,宮本の論文に即して,各期においてビンスワンガーに思想的転 換を持たらす契機となった科学的,哲学的な背景について概観してみよう。
ビンスワンガーは,最初,ボンフェッファー(Bonhoeffer, K.),ブロイラー(Bleuler,E.),
ビンスワンガー(Binswanger,0.)といった精神分析理解者のもとで育ち,更には,ユング(Ju㎎,
C.G)との親交もあって,彼の学問的態度は,精神分析への強い傾斜を滞びて展開していく。そこに おける彼の課題は,フロイド(Freud,S.)の思想を臨床精神医学の中でどう展開していくかに置か れていた。
41)
サの時の思索と実践は,最初の著書「一般心理学の諸問題への序論」となって結実する。この著書 は,同時に1920年代への現象学的研究の方向を確立していく端緒となるものであるが,その後に続く
42)
烽フとして「現象学について』の講演報告がある。そこでは自然科学的認識に対する現象学的認識の 本質が,フッサールへの強い共感のうちに述べられている。その後,フッサールの現象学へ深く浸 43)
ァしてゆく中で,彼は,歴史的に展開する主体としての人間の現象学的把握へと向かうのである。
44)
第2の思想的展開は,1927年,ハイデッガー(Heidegger, M.)の「存在と時間」の出版による影 響によって始まり,1930年以後はハイデッガーの哲学的思索の展開に立脚した人間存在への接近が試 45)
ンられる。『夢と実存』はこうした転回の第一作であり,「世界内存在」としての現存在というハイ デッガー的把握に基づいて,「上昇と落下」という人間存在の独自の意味方向を描きだしている。か
菊)
ュして現存在分析と呼ぼれる研究方向が確立してゆく。
1940年代以降のピンスワンガーは,一方で精神病,とりわけ分裂病の本質を捉えようという精神医 47)
w的研究を重ね,他方でそれの基礎となる人間論を哲学的に展開していく。こうして『精神分裂病』
49) 48)
ニ「失敗した現存在の三形式』の著作を生み,後者の成果として『人間的現存在の根本形式と認識』
が生まれた。
1956年以降になってビンスワンガーは,再び,フッサールの思想へと向かう。特に,晩年の先験的 自我論的現象学、こ依りr.ランコリーと躁謂を書き,1965年には「妄剥を発表して、、81)
以上ビンスワンガーの思想的展開を簡略にたどってきたわけであるが,次に本節での課題である精 神分裂病者,躁うつ病者の時間性に関して,ビンスワンガーの研究を追ってみよう。
彼の「精神分裂病」は,大部分が病者の症例記述にあてられており,その方法は宮本によれぽ「現 存在から現存在への自由な交通のなかであらわれてくるものの入念な経験(Frfahrung)から,従っ て,全く経験的な仕方で病者一人「人の生きる現存在様式及び,存在変転を精密に記載するものであ
53)
る 」と言う。
54)
アこでは,ビンスワンガーが最も力を注いだと思われるエレン・ウェストの症例についてあげ,ビ ンスワンガーの時間性に関する見解について考察してみよう。
エレン・ウェストは神経質な母親とメランコリー一型の父親との問に生まれ,さらに四つ年上の快活
55)
な兄,神経のかたまりのような弟という家族のもとで育った。わがままで気性の激しい子供であった 56)
ェ,時に,すべてが空虚に見え,自分でもわけのわからない圧迫に苦しむといった幼年時代を過した。
15,6歳頃から気分の動揺があらわれ,18歳になる頃に,それは,さらに激しくなり,一方で,陽の 光や春の微笑,広々とした大地をおおう晴れやかな青空,歓びと幸福などを歌い,他方で,ぎらぎら
57)
ニ輝く生命もとどかぬ暗闇への憧れが歌われる,というように気分の対立があらわれる。
21歳以後はたびたび仰うつ的になり,死を憧れ,生の充溢と創造への衝動を感じる時でも,破滅的 な不安と疑惑とを同時に感じるようになる。食事の面では,肥満に対する不安があらわれ,やせよう として食事を抜いたり,激しい散歩で苦行し始める。その後もふとることに対する不安と,他方,食 物に対するはげしい欲求との葛藤にとらわれ,やがて,身体はやせおとろえて骨と皮ぽかりになり,
床に就くようになる。その間,精神分析治療を受け,病院生活を続けるが,著名な効果はあがらず,
三回にわたる自殺の企てもみられた。33歳の3月,彼女は病院を退院する。しかし,3日後服毒をし
58)
て自殺をはかる。
以上のような症例記述の後にビンスワンガーは,彼女の世界を現象学的に記述していく。彼は,エ レンの生きた世界を,自由への衝動にかられて飛翔しようとする「空気のように軽やかな」世界と,
59)
痰「世界,「すなわち彼女がそこからよじのぼってくる穴害」との対立としてとらえ,エレンの絶望 を,上昇を試みながらも沈降しなければならない悲劇として分析した後,この二律背反する世界を時 間性の見地から考察する。なぜなら,ピンスワンガ にとって「時間性があらゆる実存を解明する基 礎的地平であ劉からである。
「人」は,願望や希望,そして憧憬などを抱いて生きているが,希望は未来に向って開かれており,
その具体的な内容は未来に属しているといえよう。そして「人」にとっては,その未来に向っての企 てや,願望や希望を実現していくことに,人生の意味があるといえる。しかし,同時に「人」は,必 然の世界,厳しい現実の中に最初から投げ出されている。このような「宿命」から「人」はのがれる
ことができない。そして,その必然とか「宿命」というものは,すでに定められたという性格を持ち,
61)
サの様な世界は本来,過去に属しているといえよう。
62) 63>
サのように考えるならば,エレンの「空気の精の世界」と「穴害の世界」は,それぞれ,未来と過 去に属しているといえる。彼女は,その未来への希望をはばむすべての宿命的要因と戦い,「人」に
とって必然の流れとしての時間にさえ抵抗を続けたのである。
しかし,エレンの悲劇は,彼女の空気の精の世界が単なる空想の世界であり,実践の世界とのつな がりを欠いていたことにある。実践の契機のない希望や,未来への企てを欠いた空想は,未来には属
さず,ただ無時間にしか属さない。未来を欠いた空想の世界,即ち,「空気の精の世界」へと自己を 64)
驍トていったがゆえに,ビンスワンガーは彼女を精神分裂病者と診断したのである。
日高・吉田:Time PerspectiveとPersonalityとの関連 145
それでは,躁うつ病者における時間性はビンスワンガーの中でどのようになっているのであろうか。
ビンスワンガ_は,前記したように最後期の作である「メランコリーと躁病』において,フッサールの
分枷こならい儲の時間髄未来過去・現在という湘的対象の融的己,稗騰造契機・購
「来志向(P・・t・nti・)過去志向(R・t・・ti・)・「現表象」(P・菖sent・t ・)という点から瘤し ていく。普通は,これらの契機が互いに協同し合って,その時々の「人」の主題を構成している。
例えば,「わたくし」が話すときは「現表象」においてであるが,しかしその時にはすでに「未来 志向控持っている・同様に・「わたくし」は「現麹」の間に「過去志向」を持ってし誘・この二 つの契機なしに「わたくし」は自分が何について話しているかもわからなくなるであろう。
メランコリーでは,こうした志向的行為の協同がうまくいかなくなって,それらの統一が弛緩し,
様々な欠陥態をまねくことになる。そして弛緩した糸が独特に編み直されることによって,過去志向 的な契機に,未来志向的なそれが混入したり(メランコリー性自己非難),その逆が起ったり(メラ
68)
ンコリー性妄想)する。
躁病者は,現象的には移ろいやすい飛躍的で断片的な世界に生きているが,これを志向的契機から みると,彼らは全く弧立した現在の中に生きて,その間に結びつきがなくなり・生活史的な展開もな い。言いかえるなら,彼らはその現在を内的生活史の連続の中に組み入れることができない。そのこ とは,「未来志向」も「過去志向」もここでは挫折していて,眼の前の瞬間的な存在もないし,「現 表象」だけで自己を満足させていることを意味している。従って病者は自己自身を統一的な人格とし て経験することができなくなる・そして凋囲の燗をも統納にと部ることができなくなり洪 通の客観的世界とその「現在」を構成することが困難となってしまう。
即ち,志向的構成契機が乱れるという点では,躁病者にせよ・うつ病者にせよ同様であって・この ことが「人」と「人」との共同世界と真の「現在」を共有することを困難にすることになるのは明ら かなところである。
以上ビンスワンガーにおける精神分裂病者と躁うつ病者の時間性に関する視点について,その考え 方を見てきたわけであるが,次に彼と同じくフロイドの精神分析から出発しながらも,ピンスワンガ 一が病者の存在様態を精密に記述し分析していったのに対し,フロイドにおける治療的実践をさらに 深め,病者との治療的かかわりから離れることなく,その独自ρ理論体系を築いていった フランク ルについて見てみよう。ここでは,彼の人間における,生きることの意味と未来への志向性との関連 について触れていきたい。
1−3 フランクル:生きることの意味と「未来」への志向性
フランクル(Frankle,V. E.)は,1905年,ウィーンに生まれた。彼はウィーン大学医学部を卒 業後,同地で研究を続けたが,その間,当時ウィーンで活動していたフロイド及びアドラー(Adler,
A。)に師事して,精神分析学及び,個人心理学を学んだ。彼は,第二次大戦中,ユダヤ人であると いうそれだけの理由で両親,妻,二人の子供とともに,ナチスによってとらわれ,アウシュビッツの
ユダヤ人強制収容所に送られた。そこで,彼の家族はことごとく死亡したが,彼のみが生きのび得た。
@ 70)
サの収容所でめ漢惨な体験は,戦後の著作「夜と霧』に結実する。
その著作において,フランクルは,強制収容所内での人間の心理を考察しているが,後の神経症論 とも通ずる彼の人間存在についての基本的なとらえ方が提出されている。しかも,筆者らにとっての 関心である人間と時間性との関連についても考察がなされているので,以下,『夜と霧』を中心に,
彼のいう「生きる意味」と未来志向性についてみてみよう。
フラン・・レによると取容所に鮒る囚人の反応には三つの段階枢別されると、、ろ11即ち,囎 所に収容される段階と本来の収容所生活の段階,そして,収容所からの解放の段階である。第一の段 階において,収容所に新たに入った囚人は,今までの生活と遮断され,わずかに眼鏡のみを残して,
糊難欝識徽奪灘対する若干の人たちの反応は・「繍こ走り込む」か・
を蹴鰍犠1驚糟騨欝詳讐露騨熱欝瞥灘
に対する一種の心理的適応現象である。即ち,環境からの刺激は弱められて意識に達し,感情生活は 低い水準に引き下げられる。そして,人間の関心は食・排泄・睡眠といった直接的な,最も緊要な要 求に限定されてしまう・あらゆる努力1よ海日を生き抜くという一点喋中され,この徽中で,生 命雄持するということ以外はすべて贅沢であると見なされ,あらゆる高級娯味は減退して行く。
瘧Oとして藷しい政治的関心と,宗教的関心が融る例があるというひ)
肚の様撫騒とともに・刺灘も著しくなるという7P)原因として指摘されていることは,生理 的には,栄養失調が人々を無感動にするとともに,慢性的な睡眠不足が人々を刺激的にするというこ
とであり,その上に,正常な生活では,無感動や刺激性を柔げる働きをするカフェインとニコチンが 欠けてしリとも囎するとしている・さらに・そのよう姓理的要因に加えて 麟姻子が加わるという。即ち,多くの囚人は,かつては「誰か」であったのに,今は「何ものでもない」無名のも
のとして取り扱われるというコンプレックスの中で生きることを余儀無くされるからである。そのよ うな中で,少数の者が徒党を組み,囚人を抑圧する権利が与えられるカポーとなり,他の大多数の囚 人との問噛突を起こすこと湘常となる.その時,刺激性は爆発し最高点燵するという17)
フランクルは,この様な状況に対する人間の内的自由について考察を加えていく。そして,「一見
齢嚇強制的な状況において躰的鷺心理的な原因から発した醐収容所の諸徴候は,また,精神的なものからもつくられるものである」ことを明らかにしている。すなわち,それらの徴候は靴,
鷺触ものの結果や心理的なものの遡である齢りでなく・また渓存の献でもあると主張す る。強制収容所における人間の性格変化は,生理学的な状態変化(飢餓,睡眠不足など)の結果であ
り,また心理学的に与えられたもの(劣等感など)の表現であると共に,更に本質的には,精神的な
駿蝋螺灘凝二灘竃謝なる場合にも人騰からの影響に対して態
強制収容所という環境にあって,その心理的な影響に陥る人間の手の中にも何らかの形で自由と可
能性繊っており忌1や影響から逃れなければならないということは・人間の「加と「責任」との中に横たわっており,そして,それでもなお,人間が精神的に転落し,環境の身体的心理的諸影響の
難鍔騰麗礎鍛馳〜灘禦轡;勢雛鶴凶鴛存徽萎1「仮の存在」と呼ぶ・「燗の実喬のこの形式・こおいては仮の生活ということが問題であるばかりでなく,期限のない仮の生活が問題」であるという。そして,この存在様式を未来性の観点から分析し
ていく。
強制収容所における存在様式の無期限性は,未来がないという体験の中に囚人を追い込んで行く。
囚人の鮪では・囎ミ別な囎所に送られていく時・あたかも自分自身の屍体の後力・ら歩いて行くかの感を持ったという。それほど囚人の生命には未来がなく,ちょうど死者のように過去があるだけで
日高・吉田:Time PerspectiveとPersonalityとの関連 147
あるような感じを囚人は受け取っている。囚人にとっての考えは常に繰り返し同じ過去の体験の細目 の回りを巡るだけとなる。しかし,「人間は未来における或る一定の時点がなくしては,本来存在す
86)
ることができない」とフランクルは述べ,「人間の現在のすべては未来によって形成され,ちょう ど鉄片が磁石の方に向くように,未来に向けられているものなのである。反対にもし人間が『その未 87>
?xを失うならぽ,常に内的時間,体験時間はその全構造を失う」と述べている。
88)フランクルによれば,ラテン語の fin玉s は終末を意味すると同時にまた目的をも意味する。人
間がその「仮の生活」の終末を見ることができないとき,彼は,何の目的も立てられず,何の使命も 感じられなくなる。すなわち,生命は,彼の目には内容と意味を失ったものとならざるを得ない。反 89)
ホに「終末」を意識し,未来における目的点を認めることは精神的な拠り所を与える,と述べ,人間 の存在における未来性を強調している。
従って,そこでの心理療法,あるいは精神衛生を試みるとすれば,それは未来における目的点とし ての確固とした精神的拠り所を与え,あるいは生きなければならないということを未来の観点から意 go)
ッさせるときにのみ,可能であるという。
以上,強制収容所における囚人の体験を,フランクルの『夜と霧」,『死と愛」にそって見てきた わけであるが,そこで示されている人間存在についての捉え方は,後の神経症論における「精神因性 91) 92)
̲経症」の捉え方,さらに,「時代精神の病理」における現代人の生きる意味の喪失についての捉え 方に連なっている。すなわち,人間は,たとえどのような生理的・心理的・社会的な環境におかれよ
うとも,それに対し,なおさまざまな態度を取り得る可能性を持っている。そして,そのことを支え
93)
ているものが,人間存在における実存的なもの,すなわち,精神性・自由性・責任性となる。そして その実存的なものに方向性を与えるものが,「仮の生活」態度の例を通してみてきたような,未来の 目標へ向かって生きること,意味と価値とを追求しつつ「生きる」ことである。このことが「人」に とっての人生に意味を与えるものである。
これまで,精神病者とその時間性について,ミンコフスキー,ビンスワンガー,フランクルの見解を 通してみてきたわけであるが,次に,そこで捉えちれてきた「実存」としての人間存在という観点か
ら,従来の心理学におけるpersonality論と時間との関連について捉え返してみよう。
ll 心理学における時間の問題 ll−1 パーソナリティ論とtime perspective
オルポート(Allport,G.W)は,プロプリウム的希零(Propriate Striving)に関する説明の中 で次のように述べている。「希求が,つねに,未来に準拠をもっていることは明らかです。事実,こ ころの状態のおおくは,その未来性という点からのみ適切な記述がなされるのであります。わたした
● ● o ● ● ● o ● ●
ちは,希求(striving)とならべて,関心(interest),性向(tendency),傾向性(気質)(dis一
● ● ■ ● ● ○ ● ● ■ ●
position),期待(expectation),計画(planning),問題解決(problem solving)および志向
(intention)などを数えあげることができます」「かならずしも未来指向的なもの(future direct一 edness)はみながみな明白にプロプリウム(中核)的だというのではありませんが,未来指向的な ものはすべて,もっぱら過去の出来事という見地からこころの状態を説明する現在流行の傾向を超克 する一種の心理学を要求します。ひとびとはその生活を未来に導き入れることに多忙であるのに心理 94)
wは,その大部分が,過去に証跡を追い求めることで多忙だと思われます」。
やや長い引用となったが,ここでナルポートは,現在の行動は過去によってのみ規定されると考え,
未来性の観点からのパーソナリティの研究を見過してきた心理学に対し批判を述べている。そしてま た,「個人が断片的な動因,強制,もしくは環界の風の吹きまわしによって支配される場合には:そ の人は希求の主要な方向を保持することからのみ生まれ出る統合性を失っているのであります。人の 人格的存在にとって中心だと思われる遠大な希望をもっていることが人間と動物を分ち,成人を子ど もから区別し,そしてまた多くの場合,健全なパーソナリティと病めるパーソナリティとのちがいと なりま謂と述べ,未紺(志勤とパー,ナリテ,の統誰との関連について言及している。こ れらのオルポートによる批判は,今日においても生きている課題であるように思われる。
96)
ッ様に,マスロー(Maslow, A.H.)は,「心理学が実存主義から学びうるもの」と題する論文のな かで,その影響という点で,「時間性」の問題を取り上げ心理学における未来の時間について考察し
97) …
ている。そして,「人格理論に関する真面目な学徒であるかぎり,どんな人にとってもそうであった と思う。シャーロッテ・ピューラー(Charlotte BUhler),ゴードン・オルホート(Gordon W. All一
port),クルト・ゴルトシュタイン(Kurt Goldstein)もまた,現存する人格における未来の力動的 98>
割をとらえ,これを体系化することの必要性に眼を開かせてくれた」と述べ,たとえぽ,成長と 生成,未来を指向する可能性はもとより,潜在能力,希望,願望や想像といった概念を挙げている。
また,具体性への変貌は,未来の喪失であり,脅威や懸念も未来を指向している(未来のないこと一
99)
神経症のないこと),自己実現は,現在に働く未来との関係を持つことなくしては無意味であるなど の例をあげている。そして,「わたくしの考えるのに,いやしくも心理学の理論で人間は自己のうち に未来をもち,この現在の瞬間においても力動的にはたらいているという考え方を,中心におりこま ないものは訣して完全なものではな、、といってよ鴨と述べ,その意味での「未来」をレヴ,ンの
101)
言う非歴史性として扱うことができるとしている。
たしかに,心理学の中で時間性の問題を,初めてその理論体系の中に位置づけたのは,レヴィン(Le一 win, K.)であると考えられる。彼の主張した場の理論(field theory)の中における生活空間構成
要素の一つとしての,t㎞e perspect iveの概念そのものは,レヴィンの創出に拠るものではなく・彼も 102) 従って,まずフランクの時間性に関する見述べている様に,フランク(Frank,L.K.)に由来する。
103)
をワレイス(Wallace,M.)とラピン(Rabin,A.1.)の論文によってみてみよう。
フランクの見解に従えば,人間の行動は,個人の,あるいは文化的に決定されたtime perspective によって影響されるという。そして,過去と未来という概念の間の力動的な相互作用が,特に現在の 概念に常に影響を与えるという点を強調している。
さらには,time perspectiveの研究にフランクを向かわせた基本的なものは以下のような点にあ ると思われる。すなわち,フランクによれば,過去300年の間の社会的変化は,特に科学的革命の影
104)
響を受け,個人のばかりでなく,社会のtime perspectiveに根本的な影響を与えたという。彼は,
現代人は新しいtime perspectiveを創造することに対し責任とその機会を持っていることを示唆し,
心理学は,非現実的な過去と未来の観念に追従することから人間を自由にすることにより,社会が 105)
狽奄高?@perspectiveを創造するという課題に出会うのを可能にすることができる,と述べている。こ のような彼の見解は,レヴィンにおいてどのように展開されていくのであろうか。
レヴィンは次のようにtime perspectiveを定義している。 「ある与えられた時に存在する個人の心 理学的未来及び心理学的過去の見解の総体を, 時間的展望 と呼ぶことができる」。更に心理学的 生活空間内では,現実と非現実の次元を区別することができるとして,「心理学的過去,現在,未来 の実在水準は,実際にありしところの事態,個人の信ずるところに従って未来に存在するであろう事 106)
ヤに対応するものである」と述べている。
日高。吉田:Time PerspectiveとPersonalityとの関連 149
彼は1944年の「場の理論における構成概念」という論文の中で,希望や期待,恐1布といった概念に 関し,検討を加えている。すなわち,「恐怖(Fear)は嫌悪と同一の次元をもっているように思われ る。しかしながら大抵の場合,恐怖は心理学的未来に関係づけられている。それは time perspec一
tive のある側面を取り扱わなけれぽならないのであって,この点で希望,プラン,期待の如き概 念に類似している。期待(Expectation)は心理学的未来の実在水準における心理学的構造及び力の
分布に関係する。希望(hope)は実在水準の構造と心理学的未来の願望水準の構i造との間の関係に 108)
ヨ連する。罪業(guilt)は実在水準の構造と心理学的過去の願望水準との間の関係に関連する」と 述べている。
次に,tilne perspectiveの発達的側面について彼の見解を追って見ると,生活空間の時間的次元 のscopeは,時間から日,月及び年へと増大し,年少の子どもは直接の現在に住んでいる。その目標は,
直接目の前にある目標であり,年令的成長とともに一層遠い心理学的過去と未来とが現在の行動に影 響するようになる。しかも,同時に,time perspectiveの広さと並んで,もう一つの側面,つまり 現実一非現実の次元が同様に分化してゆくことになる。すなわち,幼少の子どもは空想と現実とがは
っきりと区別できず,願望や恐れが大きく判断に影響する。個人が自己統制できるようになると,願 望と期待とをはっきりと区別するようになり,彼の生活空間は「現実の水準」と空想や夢のような種
109)
々の「非現実の水準」とに分化するようになるのである。
長じて青年期は,time perspectiveに関して,特に深刻な変化の時期である。未来を表現してい る生活空間の部分において,現実と非現実の水準が漸次分化して来る。夢みられ,希望されているも の一未来における非現実水準 と,期待されているもの一未来における現実水準 とが分離するよう になる。職業についても,今までの曖昧な着想の代りに,多かれ少なかれはっきりした決意が生まれ,
準備され始める。すなわち, 計画 しなければならなくなる。換言すると,一一方に自分自身の理想 目標や価値,他方には期待の現実的構造化が考慮されなけれぽならない現実(reality)という両者に 一致するような仕方でtime perspectiveを構造化することが要請される。青年期の事態の特色はこ
の点で,特に広くかつ未知な場に関して,time perspectiveを形成しなけれぽならないところにある。
さまざまな点で青年は,成人(彼が入ろうとする集団)が,矛盾にみちていることを見出すが,この 集団内では様々な葛藤している宗教的,政治的,社会的,職業的価値が支配していることは明らかで ある。青年のtime perspectiveの構造は,「何をなしうるか」というだけでなく,「何をなすべきか」
についても不確定であるが故に,不安定かつ未決定なものとなる。このような理想と価値が不確定な ために,青年は葛藤と緊張の状態におかれ,これらの問題が中枢的であればあるほど,その状態も激
110)
しいことになる。
time perspectiveに関して,その定義,希望,期待,恐怖といった概念がどのようにとらえられ ているか,さらにはtime perspectiveの発達的側面について,レ茜ンの見解を追ってきたわけであ るが,まず指摘しうることは,定義に関して,その定義の中に含まれる「語」がより正確な規定を必 要とする点である。すなわち,「心理学的過去」「心理学的未来」といった概念は多くの解釈を生む 素地を持っている。従って,彼の公式化に依拠した研究も,それらの「語」の十分な定義がなければ 曖昧なものとならざるを翫、ll1)また,希望潮待,肺については,それらカミ個人の未来において
どのような具体的様相を持ち,相互に関連するのか,定義のみからは明らかではない。tlme per一 spec廿veの発達的側面に関しても,様々な典型的な事実について,説明するのみで,新しい事態への
@ 112)
¥測に欠けていると言えよう。
II−2 time perspectiveに関する諸研究
time perspectiveに関する研究の多くは, future time perspectiveと精神病理学的知見,非行,
113)
s安,自我統制の機能,衝動抑制,達成動機といった変数との関係についてなされてきている。ここ では,筆者らの研究に最も関係があると考えられる精神病理学,さらには,情緒の問題(とくに不安)
との関連についての研究に関して,傭鰍してみよう。
大学生に対して自分の将来についての予想を質問票をもとに尋ねることによって,イズレリ(
Israeli)は,将来へのtime perspectiveが現在の気分に影響することと,逆に現在の気分が将来の展 114)
]に影響するという事実を明らかにした。
レヴィンは,失業者の行動の分析を行なった研究の結果から,ふつう「希望」と呼ばれている心理学 115)
I要因がどんなに大切であるかということに関して言及している。人は希望を放棄したときにはじめ て「積極的に手を伸ばす」ことをやめる。彼はエネルギーを喪失し,計画することをやめ,遂には,
より良き未来を望むことすらやめてしまう。そうなったときにはじめて彼はプリミティブな受け身の ll6)
カ活に閉じ込もる ,と述べている。個人は未来を,ときにはあまりにもバラ色に彩られたものと見,
ときにはあまりにも色あせたものとみるが故に,心理学的未来の性格は,希望と絶望の間をしばしば 動揺することになる。しかし,個人の未来像がその時々にどのようなものであれ,そうした像はその 117)
@ と結論している。個人のその時の気分や行動に深く影響を及ぼす,
また,レヴィンは同じ論文の中で,ファーパ《Farber,M.L.)の研究に関して言及している。そ の研究は,刑務所における囚人が,現在苦痛を感ずる程度は,現在の待遇や服役してからの時間の長 さ,および過去の展望に関する要因とは関係がなく,むしろ,将来彼が仮釈放される見込みがあるか,
ないかといったfuture time perspectiveの明暗に関係があることを明らかにしたものである。
さらに,ファーパーは,アメリカの大学生に週の曜日を好ましさに従って分類させる研究を行なっ ているが,それによると,土曜日が最も好まれ,反対に日曜日が最も好まれない日であるという結果 を得ている。彼によると,土曜日は,スポ…ツや映画などの自由活動で満たされるので好ましい日で あるが,同時に,休息日の展望を経験することができるからであり,反対に,日曜日が最も好ましく ないというのは,単なる活動の関係ではなく,この日が次に続く仕事日の展望のもとに経験されるか らであるという。週の日が進むにつれて,曜日の不快さは勾配をなして段々と減じ,好ましい日の前 日の金曜日は,日曜日と好ましさの程度において同程度となる。気分はまず現在の活動に関係してい るが,しかし,近づく将来の現実(すなわちfuture time perspeetive)によって強く特色づけられ
118)
ていると言う。
小宮山こよれば1}%レイ(Epl。yρ.)とリ。クス(Ri,k、,D.R.)は, tim, perspecti。,の長 さと衝動を引き伸ぽすことに対する耐性は,情緒的な成熟とその統合に依存していることを示してい るという。また時間的展望の長さと不安との間には関連があり,未来の展望が長い学生は,短い学生 よりも日々の自己統制において不安感が少ないことを見出している。
エスカロナ(Escalona,S.K.)は,入院中の精神病患者の要求水準に関する実験を行なった結果,
うつ病の患者には,失敗および成功の経験が要求水準や自己評価に,実質的には影響しないことを見 出した。そしてまた,普通の人は実現可能であると期待しうるtime perspectiveによって行動が導 かれるのに反し,精神病患者の行動は,心理学的現在によってすべてが決定されていると述べてい
120)
る。
TATを用いて分裂病患者の時間志向(time orientation)と自我との関係を研究したパルケン
日高。吉田:Time PerspectiveとPersonalityとの関連 151
(Balken, E.R.)は,分裂病患者は,あらゆる刺激,出来事をあたかもそれが現在の次元において,
実際に生起したものと認知する傾向のあることを示している。また,過去の経験から学んだこと,お よび,記憶を未来の行動に役に立てるように積極的に使うことにおいては無力であることを示す と
121)
いう。
神経症者と精神分裂病者の活動の好みと,time perspectiveとの関係について,スタイン(Stein,
K.B.)とクレイク (Craik.KH.)は,観念的活動(ideational activity)を好む人は,運 動的活動(m・t・ric activity)を好む人よりも一層広いfuture time perspectiveを示すことを明
122)
らかにした。
またデゥ・ラ・ゴルザ(De La Gorza, C.0.)とウォーケル(Worche1,P.)の研究は,精神分裂 123)
a患者はtime perspectiveσこおいて,正常者よりも一層貧弱であったと報告している。
ワレイス(waUace,M.)は,入院期間の長さがある程度統制された精神分裂病患者を用いて,彼ら
124)の持つ狭いfuture time perspectivdこ関して実験的に証明した。彼は従来の研究ではtime
sense・time orientation・time perspective, tirne preception などの概念が同じ研究におい ても交換可能なもののごとく使用されていることを指摘し,より厳密さを保つためにfuture time
perspectiveの内容を広さ(extens玉on)と凝集性(coherence)という二つの概念のもとに操作的 125)
ノ定義している。 future time perspectiveのextensionとは,反応の中に明らかにされた,概念 化されているtime spanの長さと定義した。一方, coherenceの方は,将来の展望の組織化の程度
と定義している。結果は,分裂病患者は,一般の内科の患者と比較して,time perspectiveの広さ 126)
煖テ集性も,ともに著しく小さいことを示した。このことは,激しい情緒的動揺が,futur time perspectiveに対して積極的な影響を与えることを示している。
future time perspectiveと不安との間の関連に関する研究においてリップマン(Lipman,R.
S.)は,精神科の患者ではなくMMPIに基づいたMASを用い,不安の測定を行った上での高得点 を示した大学生を対象とした研究の結果,不安は強く未来性と関連しているという仮説を検証した。
そして個人の不安は彼の心に描かれているfuture time perspectiveの明瞭さ,将来に対する希望
127)の程度,将来に予想される恐怖といったようなものによって影響されることが見出せるという。
ll−3 time perspectiveの測定法とその間題点
timeperspectiveの測定法は,小宮山によれば投影法的方法と質問紙法とに分けることができ,
投影法的方法はさらにTAT法と物語構成法(文章完成法story−telling technique)とに分ける 128)ことができるという。これらの方法論的問題に関して以下順に検討してみよう。
129) 130)TAT法は,ティーハン(Teahan,J.B.), イプレイとリックス, ゴルドリッチ(Goldrich,J.
131) 132)
l.),キリンバーグ(Kl ineberg,S.L.)らによって使用されている。何枚かのTATカードを提出 された被験者は,絵の人物は何をしているか,何を考え何を感じているか,この前に何が起こったか,
この絵の先はどうなっていくだろうかなどの事柄を含む物語を書くこと,あるいは,話すことが要求 される。被験者によって作成された物語は,未来への広がり(prospective span)と過去への広がり
(retrospecti∀e span)を測定するために,物語に示された過去あるいは未来への言及の長さによっ て得点化される。得点化に際しては,数人の評定者によって一定の基準に基づいて別々に評定が行な われている。
133)
ィ語構成法は,レザン(Leshan)によって最初に考案され,パーント(Barndt, R. J.)とジ。ン
。ン(J。h。、。n,。.M囲。レイ贈)テ,_♂』ステン.・ウム(K。、t。nbaum,R弛によって用、・
られている。
この方法においては,物語の最初の部分がすでに作られており(Ex.5月の太陽が明るく輝く午後 3時,2人の男が町の中を歩いていた・…・・その物語を続けて完成するように被験者は求められる。
教示としては,「私はあなたがどのような物語を作るか知りたい。最初の部分は私が作りますから,
それに続けて物語を完成させて下さい」と告げる。被験者によって作られた物語は速記され,作成さ れた物語の中に時間についての言及がなされていない場合には,その物語の中にはどのくらいの長さ の時間が含まれているかを尋ねる。
このような方法によって,行為の経過を述べた物語の中に含まれている時間の長さによって,時間 の広がり得点(time span score)が算出される。
質問(紙)法による手続きにおいては様々な力法が用いられている。エーソン(Eson,M.S.)と 138)
グリーンフェルド(Greenfeld,N.)は,被験者に最近,1,2週間を通じて,自分がだれかと話し たり,あるいは自分で考えたりした事柄の内容を25書くことと,それらの事柄が過去,現在,未来の いずれの時間次元に属しているかの記述を求める方法を取ってtime orientationの方向とtime perspectiveの広さを測定している。
ワレイス(Wa】lace,M.)はtime perspectiveの広さ(extension)と凝集性(coherence)の
139>
測定を次のように行なっている。
step 1 実験者は被験者に対して「あなたのこれからの人生において起りうる事柄を10あげなさ い」と要求する。被験者が答えた事柄はその順序に従って別々のcardに記録される。
step 2 実験者は, step 1で語られた事柄を記録した10枚のカードを被験者に渡し,カードに 記録された事柄が起こりうると思われる順に並べることを要求する。結果は別の用紙に記録する。
step 3 step 1で得られた10の事柄に対し,それが起こるのは何歳の時であるかを尋ね,その 年令を記録する。
以上の手続きから,彼はtime perspectiveの「広さ」を,将来最も遠い時点で起こると思われる 事柄とその時の年齢から現在の自分の年齢を引いて算出する。また「凝集性」は起こると思われる事
140)
柄の順位と,それらの事柄が起こると考える年齢に基づく順位との間の相関で示している。スィーグ
141)
マン(Siegman,A.W.)も同様の方法を用いている。
以上,time perspectiveの測定法について概観してきたわけであるが,次に問題点を指摘し,そ れについて検討を加えてみよう。
まず,TATや物語構成法で得られた,あるいは質問法によって得られたデータは,小宮山も指摘 しているように被験者のtime perspectiveをどこまで反映し得るデータとなっているかが閲題とな
142>
?、。前者については投影法一般における問題と同様に,得られたデータが個人の空想や想像ではない という確証を得ることがむずかしいと考えられ,後者については,個人の想像力や予測力を測る結果 に終わってしまう可能性を持っていると考えられる。第2に指摘できる問題点は,殆んどの検査にお いて,得点化がなされているが,そのときの指標として,いわゆる客観的な時間を見積る,日,月,
年などの単位が用いられていることである。しかし,その様な指標によって測定されるtime per一 spectiveの広がりは,個人が実際に持っていると思われる広がりを反映しているであろうか。 すな わち,物理的な時間の長さに還元することができるかという問題である。中埜は①過去・現在・未来
143)
という時間観念,と②日・月・年という構造的な単位を区別しているが,①の時間については,ある 個人が体験した「今」という時点を基準にして時の流れを区切ったものであるから,個人の主体的な