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はじめに(問題提起)

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(1)

運動実践を基盤に置いたスポーツ運動の「概論」構築iへの検討

三  浦  忠  雄*

(1993年10月18日受理)

An Attempt to Generalize Movement in Sports

  Tadao MIURA

(Received October l 8,1993)

はじめに(問題提起)

 1989年に発足した教育職員免許法(同法施行規則)の改正で課せられることになった「運動学」

の登場にあわせて,茨城大学教育学部においても,「運動学概論」という講義名で運動学の授業を1991

年に開講した。今回の教育職員免許法(同法施行規則)改正の趣旨は,一つは教員養成課程におけ

る専門性の一層の向上を図り,また,深い学識を備えた人が教職に就くことができるようにする,す

なわち,教員の専門性の向上とそれに対応した免許状の区分であり,二つには社会的経験を積んだ 教員にふさわしい人を招致する社会人の活用である。体育においても当然その専門性の向上が意

図されるのであるが,具体的には,中学校及び高等学校の教員については専門教育科目において,体

育実技の単位数の増加と「運動学」の必修化が施策された。その理由としては,生涯スポーツの基 礎づくりの観点に立った実技指導力が要請されていることと,現行規則では,実技指導力の充実に 直接役立つ科目(学問)の設定がされていないため,と説明されている%そして,運動学に対する 期待として,スポーツにおける実際の運動(生きている運動)を研究対象とし,各種スポーツの運 動形態の特徴や運動技能(技術,戦術,体力)の構造,運動技能の上達過程,運動技能の程度の把

握の仕方,及び運動技能を高めるための練習法の習得があげられている2)。

 本学の授業における運動学概論の意図は,上記の目的に加えて,スポーツの専門家たる保健体育 専攻の学生(もちろん授業は誰でも聴講できる)に対して,スポーツ実践の基盤である「人間の運 動」や「スポーツ運動」の「全体像」をどのように捉え,理解させるかということである。保健体 育専攻の学生は運動部に所属して活動しているが,それぞれのスポーツ種目を越えた,スポーツ運

動(Sportliche Bewegung)に関する共通認識を持たせること,また,音楽教育でいえば音,美術教育

でいえば光や色に相当するであろう,体育やスポーツ教育での基本単位ともいうべき,人間の「運

*茨城大学教育学部保健体育講座体育方法学研究室(〒310茨城県水戸市文京2−1−1),

(2)

動」とその「現れ」についての基本的知識を持たせることができないか,という意図である。

 しかし,さまざまな指摘にあるように,特にわが国においては,運動指導において,スポーツ種 目を越えた,共通の運動理論や運動研究を望むことは,大変に難しい状況になっている。その原因

は,まつ第一に,わが国では「体育運動の一般運動学(allgemeine Bewegungslehre der Leibestibungen)」

が確立されていないということであるが,運動実践との関連で言えば,その前に「一般体育運動方

法学(allgemeine Methodik der LeibesUbungen)」さえも確立されておらず,スポーツ種目毎の個別の 運動方法学(spezielle Methodik der LeibesUbungen)が独自に,というより他の種目とは絶縁的に研究 が進めら札共通の討議の場が成立しにくいという現実がある3)。また,このような個別の運動種目 の運動方法学が,例えば陸上競技運動学や球技運動学のように,「運動学」の名称を持つことがあり,

方法学と運動学の区別,その根底にある,Ubungslehreと Bewegungslehreの区別の曖昧さが結局,

運動学(Bewegungslehre)の立場を不明確にしており,このことが,運動研究や運動指導の一般理論 の成立を遅らせていると考えられるのである。

 本研究は,わが国において,その存在が今ひとつ不明である,運動実践や運動指導に貢献し,ス

ポーツ運動の全体像を見通す,スポーツ運動の総論(共通論)や概論はどういうものであるのか,ま た,その成立に関連する諸問題を,ヨーロッパ特にドイツ語圏で定立をみている運動学(Bewegung−

slehre)の先駆的研究者である, K.マイネル4)とF.フェッツ5)の文献を主要な手がかりとして検討す るものである。

スポーツ運動学の基本的問題圏

 わが国においては,「運動」に関する一般理論が育たなかった理由のひとつは,わが国においては 体育の世界において,「運動そのもの」が前面に押し出されず,運動することによって得られる,あ

るいは得られると期待される,健康や体力の問題,スポーツマンシップなどの精神性の問題等が大

きく取り扱われてきたからである。

 更にわが国においては,運動実践に関する領域設定が,どうしてもスポーツ種目区分に従属する

という傾向が強く,種目の底流となるべき共通理論の存在すら議論されてこなかった。事実,スポー

ツ種目を越えて共通理論を持つ必要もなかったのである。例えば,スポーツ運動の三大基本だと言 われている(何故,基本なのか不明確と思われるが)走,跳,投の運動研究は,種目特性(と言う より,種目に含まれているという理由の方が大きい)から,陸上競技運動学が伝統的に担当すれば よかったし,科学的説明は母体科学である,力学や生理学に求めればよかったのである。また,投 球動作は野球種目において,打つ動作は野球やゴルフ,テニス等の種目特性の中で論じられること

がよくおこなわれるが,その一つ基礎の人間の運動の側性現象の問題や,一側優位性の問題6),運動 類縁性に基づく学習転移などの問題は,種目を越えた共通的研究として進められていいはずなのに,

実際にはほとんど取りあげられてこなかった。また,自然科学的研究の中で生まれる,いわゆる科 学的説明が,どのように動けば良いのかという具体的な運動実践に,どのように結びつくのか,役

立っのかの議論もなかなか進まなかった。というよりも,「どのように動くのか」などの具体的な,

実践的問題は,経験的な課題であり,科学的な研究とは馴染まないということで,運動研究の前面

(3)

には出てこないのである。

 実践に結びつくという観点からみると,スポーツ活動のなかで学習者が求める情報とは,運動課

題の解決のために「どのように動くのか」という,いわば「こつ」と言えるものであり7),指導者か

らすれば,眼の前の学習者が,学習する前と何が変化しているのか,何が向上しているのかを即時 に把握し,学習者が次に進むべき方向はどこで,それに対して指導者がどのような指示を出すのか

という,運動の全体的把握への情報なのである。

 スポーツ活動において,運動はどのようにして起こり,現れ,どのような特徴を持っているのか,

運動はどのように学習されるのか,学習や成長によって運動はどのように変化するのか。それぞれ

のスPt  ツ種目の特性を越えて,それらの底流となるべき,共通理論の内容はどんなものになるの であろうか。議論されるべき課題は多い。

 体育運動の方法学と同様に,体育運動学も「体育運動の一般運動学(allgemeine Bewegungslehre der LeibesUbungen)」と「体育運動の個別運動学(spezielle Bewegungslehre der LeibesUbungen)」に区分さ れs),個別運動学は,個々のスポーツ種目や運動領域に固有の問題を取り扱い,スポーツ種目に対応

して,例えば陸上競技運動学,水泳運動学,スキー運動学などの領域を持つのであるが,それに対 して,スポーツ運動の全体に共通する問題を担う体育運動の一般運動学とはどのような内容になる

のであろうか。

 K.マイネルは,体育の実践の立場に立脚して,運動学が解決すべき課題を次のように示している%

これらは,スポーッ運動学の基本的問題圏であり,スポーッ運動における基礎的な,共通理論に通

じるものとみることができる。

1,スポーツの運動経過(sportlicher Bewegungsablaufe)のもっともよい遂行における,

  本質的徴表(wesentlichen Merkmale)の明示。

2,スポーツの運動形態(sportlichen Bewegungsformen)の分類と体系化。

3,スポーツ活動の視点に基づいた,個人生活の経過における,運動発達の研究。

4,運動系の学習の特性。

5,人類史的視点に基づいたスポーツ技術やスポーツ運動系の史的発展の研究。

6,運動観察(Bewegungssehens)の訓練。

7,教育実践のなかで獲得された運動系の知識(der・erworbenen・motorische   Kenntnisse in der Unterrichtspraxis)の利用。

 第1の課題において,スポーツ運動系の質(Qualitat der sportlichen Motorik)というものを浮き彫 りにする本質的徴表を明確に規定していくことは,運動学の第1の問題であるとマイネルは考えてい

る。マイネルによれば,この研究のねらいは,理想的な運動形態を捜し求め,その特徴を明らかに しようとするものではなく,すぐれた協調を示すスポーツ運動の経過に,特徴的に現れてくる本質

的な諸運動徴表を浮き彫りにするのが問題の中心なのである。

 ところで,運動の量的な諸徴表,例えば,運動全体の速度,運動の出現回数などはかなり正確に 捉えられ,算出されて,しばしば研究対象にされてきていることは周知のことであるが,それに比

(4)

べて,質的な諸徴表というものは,極めて捉えにくく,はっきりと表すことが難しく,なかなか研 究にとりあげられなかった。しかしながら,実践においては,運動の質的徴表にこそ,大きな意義 が寄せられると,マイネルは指摘するのである。運動系の個体発生におけるたえざる変化は,まず

第1に,特に質的把握から,すなわち質的な諸徴表を明らかにしていくことから捉えられるのである。

このことは,「観察」を主とするスポーツ指導者にとって特に重要なことである。マイネルは「カテ ゴリー」を用いて運動の本質的特性を捉えた。

 第2の課題,分類・体系論の必要性についてマイネルは,多くの形態を持つ素材を体系的に位置づ けることは,研究活動とその組織更にその将来の方向づけを押し進めていくのに大きな意義を持 ち,また一方,明確な体系論を通して,知識を教育学的に効果的に伝達できるようにもなるのであ

るとしている。木村1°川}は,学校体育は,どのような運動財を媒介にして,いったい何を陶冶しよ

うとしているのかということを明確にしたうえで,計画され,実行されなければならない。そのた めには,体育教材となりえる多様な運動の広がりを把握するとともに,陶冶目標と関連させてそれ らを分類し,位置づけておかなければならない,と分類・体系論の必要性を指摘する。我々が学ぶ 対象としてのスポーツ運動はどんな特性を持っているのか。例えば労働運動系の運動との違いはど

こにあるのか。スポーツ教育学的見地から,スポーツ運動は,どんな意義を持つのか,などが検討

される必要があるだろう。

 具体的な研究では,スポーツ運動系を,他の運動系と区分し,その特性を明確にすることが必要

である。マイネルはスポーツ運動の「行為性」に注目して,スポーツ運動は,ある目標に向けられ,

多かれ少なかれ,意識された一定の動機から出発し,また意識的に制御され,修正され,改善され

ていく行動形式であると,まず「意識された目標指向性」をあげるのである。

 このスポーツ運動の行為性というものは,内容や運動課題によって規定され,ある目的の実現過 程のなかで初めて発生するものであるから,スポーツ運動系の区分や分類も,具体的な課題設定や

情況というものを考慮にいれて行わなければならないのである。

その場合に,運動学の立場からは,次の問題に関心が払われなければならない。すなわち

●運動課題はどのように解決されていくのか。

●具体的な条件のもとで,どんな運動形態が形成されるのか。

●これらの運動形態は,個々にどのような状況になっているか。

 このようにマイネルは,スポーツの課題を解決するに,どんな基本形態(Grundformen)の運動が 使われるのかという視点で,基本運動を分類している。

 第3の運動発達の問題は,運動研究にとってきわめて重要である。スポーツ指導者は,人間の運動

系の発達とその本質を根本的に認識し,把握しておく必要がある。なぜなら,人間の運動は,それ

によって全人を陶冶し,教育しようとするのに特有な手段だからであると,マイネルは指摘する。

しかし,子供が,いつ,どこで,ある運動技能,例えばボールを投げたり,捕ったり,よじ登った

り,自転車に乗ったりすることを身につけたのか,両親にさえわからないのが現実の実態である。マ

(5)

イネルの指摘によれば,子供の言語の発達や知的発達については,かなり研究が進められているが,

それらに比較して,運動系の発達の研究があまり進められていないのである。次のような事項が研

究課題としてあげられよう。

●運動系の基本形態(motorische Grundformen)はどのように発達するのか。

●運動の組合せの発達はどうなのか。

●新しい技能を獲得するに最適な時期はいつなのか。

●メッケルマンやホムブルガーが指摘する,思春期の運動系の乱れ(St6rung)はどのようにして おこるのか。

●言語や音楽伴奏などの手段は,どのような意味があるのか。

●生涯スポーツを考慮した場合,壮年期や老年期の運動系の変化どのようにして捉えるのか。

 第4の課題の運動系の学習論では,運動系の学習過程の諸位相を明確にする,いわゆる習熟位相論

が,中心課題となる。位相というものは,運動学習の一般的な筋道を特徴づけるもの,と概念づけ

られる。マイネルは,新しい運動の習得に特徴的に表れる,発展段階としての位相を次の3つにとら えている。

位相 A:粗形態における基礎経過の獲得 運動の粗協調 位相 B:修正,洗練,分化       運動の精協調 位相 C:定着と変化条件への適応   :運動の安定化

注意すべきことは,この位相は固定的に考えるものではなく,また,個々の位相間には明確な区分 線があるものではない。また,個々の種目の,特殊な運動技能の発達は,それぞれに応じて研究さ

れるべきで,それは個々のスポーツの「個別運動学」の研究内容になるのである。

 マイネルによると,運動系の学習過程の本質的研究には,次のような課題が浮かびあがってくる

と言う。

●新しい運動はどのように発生するのか。

●どんな前提条件がそこにあるのか。

●運動が徐々に磨きあげられ,定着していくプロセスはどのように説明されるのか。

●環界刺激や内的環境からくる刺激は,どのような役割を果たすのか。

●運動の発生と維持を説明できるという,中枢神経系のある種の刺激痕跡は残るのであろうか。

●学習過程において,意識言語,運動表象,示範,説明,練習はどのような役割を演ずるのか

 第5の課題における,運動系の史的変遷については,簡潔性と合目的性の方向,運動経過の合理化,

経済性の向上など,変化の流れの要因の確認。また,スポーツの補償的な意義などが考察される。

 第6の課題すなわち,運動観察力は,音楽教師が音楽を聴き分けることとまったく同様に,体育教

師にとって,基本的な,また極めて重要な能力である。体育教師は,眼の前に展開する子供達の運

(6)

動経過の中から,運動課題解決のために,子供達はなにを始めようとしているのか,運動経過の中

にひそむ本質的なものは何であるか,見抜くべきなのである。具体的に言えば,運動質を見抜き,

運動形態の発生を確認することこそ,体育教師やスポーツ指導者の第1の任務なのである。

 この人間の運動観察力は,その人間が生活の中で収集し,獲得した膨大な運動経験と運動知識よ

って育成されるのであるが,重要なことは,このように運動を見抜き,分析し,判断する能力は,訓 練することによって発達するということである。「運動分析一運動判断一運動指示」は,スポーツ指 導者にとって,運動指導の中核といえるものである。

 第7の課題で大切なことは,運動学は単に理論にとどまってはならず,積極的に利用していくとい うことである。そのためには,どのようなガイダンスが必要なのか,検討されなければならない。

一方,フェッツは,一般運動学の課題として,次の6つの問題圏を設定しているL2)。

1,運動研究の基礎としての体育運動の体系の確立。

2,人間の運動系(体育運動と関係のある)の一般的法則性と原理の研究。

  そして成果の期待できる諸理論の中にそれらを統合すること。

3,運動系特質(motorische Eigenschaften)ならびに

  運動特質(Bewegungseigenschaften)と運動徴表(Bewegungsmerkmale)の研究。

4,体育運動の方法学の基礎として,運動の補償(Ausgleich),形成(Formung),達成   (Leistung)のための最良の条件,可能性,限界の研究に力点を持った,運動系の学   習過程の研究。

5,効果的な体育の前提としての人間の運動に関わる発達の研究と,それらを可能なモデ

  ルの中に表すこと。

6,運動系の類型学(motorische Typologie)。

フェッツはこれらの課題について,次のように解説しているka)。

 第2の研究課題では,疲労,協調,恒常的図形時間の原理,相反性の原理,運動ゲシュタルトの諸

問題経済性と合目的性の原理,運動の先取りの原理などが研究の例としてあげられる。

 第3の研究課題は,第2の課題と密接に関連している。運動系特質をそれらの要因と一緒に研究し,

また運動特質[例えば,運動の流動(Bewegungsfluss),運動の調和(Bewegungsharmonie),運動の リズム]をわかりやすくとらえ,かつ測定しうるようにすることが大切である。

 第4の課題は,運動系の指導過程と学習過程の問題である。粗形成(Grobformung)から精形成

(Feinformung)を経て,いわゆる第2次自動化(Sekundarautomatisierung)に至るまでの重要な課題

がある。またここでは,シュトライヒャーの示唆によると,運動形成(Bewegungsformung)の問題 が課題となってくる。また,柔軟性,部分的筋力強化と脱力の際の生理学的適応時間,脱力と解緊 の範囲での筋伸長の問題姿勢形成の諸問題が課題となると指摘する。フェッツはまた,サイバネ

テイッククス的視点に特別な注意を払うべきだとしている。

 バイテンデイクの研究によってその基礎が与えられた「人間の運動の類型学」を,運動学の一領

(7)

域に定立したことは,その後の運動学の発展に大きな影響を与えている。これによって,マイネル が運動発達論のなかで取り扱った,人間の運動の年齢や性にもとつく類型学的研究に加えて,運動 の自然性,技術的完全性,優雅さといった新たな問題圏が,運動学の課題領域に位置づけられたの

である。

 両者を比較すると,K.マイネルは,運動学の課題領域をより広げて設定しているla)。1つが「運動 観察の訓練(die Schulung des Bewegungssehens)であり,2つに「教育実践のなかで獲得された運動 系の知識の実践における利用」である。金子の指摘15 を待つまでもなく,運動指導に際して,この

運動観察の訓練の示す意味はきわめて大きいものがあるが,フェッツも,体育指導者の養成のなか で,運動観察の訓練の重要性は認めているが,体育運動学の主要課題としてはあまりふさわしくな

いのではないかとしている。

 また,スポーツ技術やその史的発展の考察は,マイネル独自のものだが,全体的にみて「体系論」,

「運動指導論」,「運動発達論」など主要な部分で,共通の問題意識を持っていると言える。特に,マ

イネルが,運動学の最も大切な課題とした「運動質」の問題は,用語上の差異はあっても,フェッ ツも大きな問題圏を認めている。すなわち,マイネルの「運動徴表」に対して,フェッツの「運動 特質」も,運動のリズム,運動の調和,運動の流動などの運動経過の本質的特性を明らかにしよう

とするものであり,同一の路線をたどっていると言える16)。

 体育運動の運動学は,原則的に人間の達成(menschliche Leistung)としての「具体的な運動経過」

から出発すべし,とフェッツも指摘する。すなわち,個々の研究の往々にして狭い視点から離れて,

体育やスポーツの運動経過を,人間の達成全体として,また行動様式として,できるだけ広く洞察 するようになることが大切なのである。体育に利用される多様な運動形態の現実の構造に対して深

い洞察をすすめること,すなわち我々は,経験的一帰納的に対処することが,体育の方法学(Methodik

der Korperlichen Erziehung)へ有用な基礎資料を提供することが期待されるのである。これによっ

て同時に,体育運動の運動学が素描されていくことになる。それは体育指導者に体育運動の運動系

への洞察を与えようとするのである。

 バルライヒの指摘によると,フェッツは,マイネルの提起する問題圏を   ●運動系の類型学

  ●運動系の原理

  ●スポーツ運動系の徴表

という視点によって,また

  ●個別運動学(spezielle Bewegungslehre)あるいは,個別スポーツ種目運動学(Bewegungslehre    der einzelnen Sportdisziplinen)

の強い問題意識をもって拡大しているという。そして,マイネルとフェッツ両者の体育運動学の課 題領域を展望すると,スポーツ実践に問題意識を持ち,いわば有用性の立場を貫いており,応用科 学としての性格が印象的であり,この意味において,体育運動の運動学は,広大な領域をもつ一般

運動学(allgemeine Bewegungslehre)の応用科学と見なすことができる,とバルライヒは指摘する17、。

(8)

 わが国で初めて,一般体育運動学の立場を鮮明にして,運動の全体的把握を論ずる「序説運動学・

運動学の対象と研究領域」 8 を著した岸野は,運動学の研究領域として,次の4点をまとめている。

岸野の著作は,ヨーロッパではすでに定立をみている,マイネルやフェッツに代表される運動学(Be−

wegungslehre)を紹介するという役割を果たしたが,マイネルやフェッツを十分にふまえての論展開 であり,重点的な課題に集約している19)。この4点はまた,運動学概論のような共通的な運動基礎論 の中核的内容を示唆するものであろう。

1,運動経過の把握。

2,発達に関する運動学的考察。

3,学習に関する運動学的考察。

4,運動分類論の問題。

 運動学の対象は「運動」であるから,スポーツの運動学原論でも,まず「運動経過の本質的特性」

を理解して,それを方法論的な独自性において,自覚していくことが重要である,とまず岸野は指

摘する。岸野によると,マイネルの第1の功績は,運動学的な「カテゴリー(Kategorie)」を用いて,

運動の本質的特性を捉えた点にある。マイネルのカテゴリーは,運動の「協応性(Koordination)」の

程度,つまり運動の熟練のレベルを捉える,運動学独自の基本概念なのであり,スポーツ運動の全 体的把握(特に,発達や学習における習熟のレベルを判断するのに有効的)に,極めて有効的な示

唆を与えてくれるものである。

 前述したように,運動発達に対して,マイネルのカテゴリー論は興味深い方向を示すものである。

すなわち,発達(習熟と捉えてもよいが)のレベルを判断する,導入局面の有無をはじめとする,3 局面の明確さをみる局面構造(運動構造),運動組合せの発達を判断する局面融合や先取性の問題な

ど重要な課題の存在を示している。

 また,マイネル同様岸野も,生涯スポーツ時代を迎えて,従来,幼少年期特有の問題であった運

動発達の研究を,更に成人期,老人期まで進められるべきと主張している2°)。特に,老年期における

運動自動化の崩壊,先取の減衰,非律動化,非弾性化など発達に関するネガティブな面の研究の必

要性を論じている。

 岸野によると,運動学的な学習の主題は,運動の本質的特性を示すカテゴリーをもって,運動形 態学的な視点から,学習過程を研究することだと,マイネルは考えている。マイネルは学習過程を

3つの段階(Phase)に区分して捉えている。

 運動学習の第1段階では,大ざっぱなフォーム(Grobform)で習得する段階であるが,新しい運動 の学習の際の,パブロフ理論での,第1信号系に基づく「運動的表象(Kinasthetische Vorstellung)」や,

第2信号系(言語)を媒介とした「運動表象(Bewegungsvorstellung)」による運動の認知の問題が運

動学的に課題となってくる。この段階では,流動性や伝導性の欠除,先取の不足などが現れ,運動

経過の特性は十分に反映されていない。

 運動学習の第2段階は,荒けづりのフォームがリファインされる時期である。子供時代に覚えた基

(9)

本形態,例えば,「跳」が幅とび,高とび,ダイビングなどへ,「投」がさまざまな対象物の,さま

ざまな投げや球技のシュートなどへと「分化」する段階である。形態学的に言えば,準備局面が明

確化し,調節された筋緊張の力動的構造が現れ,洗練化の度合いに応じて,運動の伝導性,弾性,流 動性がみられ,先取や正確性が認あられるようになる。

 第3段階に達すると,運動の質的特性が明確化し,運動が「自動化」されるために,安定したもの になる。

 運動分類論では,有名なバイテンデイクの一般的運動分類論2])を視野に入れなければならないが,

深遠な世界に立ち入らなければならないので,スポーツ運動の分類に限定しての研究になるだろう。

 マイネルは,あらゆるスポーツ運動の基本形態(Grundformen)を考慮して,運動学的な包括的分

類をしている。岸野によると,分類論では,改めて,運動学の対象は「運動」であるということを

確認するわけであるが,マイネルの分類はUbungの効果からではなく, Bewegungの,しかも運動形

態自体から考慮された,優れた運動学的分類論であるとしている。しかし岸野は,分類を体系化す

るためには,運動学的分類としての基準を確立し,従来の分類との比較検討を行い,運動分類学と

しての理論構成を確立することがなによりの急務だと指摘する22)。マイネル自身も,スポーツ運動学 の分類と体系論については,まだその緒についたばかりだと著書で述べている2%

茨城大学における授業実践・「運動学概論」

 筑波大学においては,その発足と同時に,運動学(Bewegungslehre)の立場を鮮明にした「スポー ツ運動学系」の研究,教育体制(講座に相当)が設置されており2 ),この意味で,筑波大学が日本に

おける運動学の研究,教育をリードしてきたと言えるわけだが,しかしBewegungslehreの意味の運 動学が十分に日本の体育,教育の世界に浸透しているかといわれると,そうとは言い切れない。例 えば,今回の教育職員免許法の改正にともなって出現した「運動学」だが,それをバイオメカニク ス系の運動学ととらえるか,あるいは方法論に近い意味の運動学ととらえるか,現場においてはさ

まざまにとらえられているのが現実である鮒。しかし,教員養成との関連性を考えると,肝心なこと はその様態がどうであれ,運動の実践に反映されるものであるかどうかである。

 茨城大学においては,1991年から運動学概論(半期講義)を開講した。本研究において示した授業

実践例は1993年に実施したものである。授業内容については試行錯誤を続けている段階で,更に検 討していく予定であるが,前段で述べたマイネルやフェッツ,岸野の先例的研究を土台にして,講 義の中核を,運動の質的な変化をどうとらえるかと,運動学習の諸問題に置き,前者では,運動発 達と習熟に伴う運動の質的な変化を,後者では,示範などの情報を得た学習者が,どのような経過 で運動を獲得していくのか,効果的な運動学習には何が必要なのか等の問題を講義の根幹に設定し

た(表1)。

 茨城大学の場合,筑波大学ほどの先鋭的な体育専門学系ではなく(学生達が日常活動するスポー

ツのレベルと多様さにおいての意味),教員養成(小・中学校課程が中心)を主眼としているので,

また授業時数にも限りがあるので,運動学概論においても,運動学とは何かというような根本的な

(10)

      表1:茨城大学における「運動学概論」授業例

「運動学概論」の授業例  茨城大学教育学部(1993年)4月〜7月

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

授 業  内 容

・さまざまな運動学の存在

・教育免許の改訂と運動学の開講

・学習や発達の中に見られる 変化の全体的把握

。運動の質の観察

・運動学からみた運動発達

・運動発達の概観

・運動発達と学校体育

・運動の基本構造とその変容

・循環運動,非循環運動

・三局面構造

・局面融合

・運動の組合せの発達

・運動の先取り

・運動学習

・学習の三位相

・運動学習

・「できる」ということ

・運動を「知る」から「できる」

・運動類縁性

・学習転移

・運動の自己観察

・他者観察

・運動技術

・公共的図式技術

・それぞれのレベルの技術

学生に配布した授業資料

指導現場の運動学に対する期待:スポーツ運動学研究:浦井孝夫(1990)

運動研究における理論と実践の断層に関する一考察:茨城大学教育   学部紀要:三浦忠雄(1992)

写真資料:Bewegungslehre:K, Meinel(1960)

運動図資料:宮丸凱史(1991)

子どもの動作の発達:保健の科学:宮丸凱史(1991)

発達からみた運動教材の再編成:体育の科学:吉田茂(1976)

発達現状からの見直し:体育教育学(福村出版):佐藤裕(1990)

局面構造からみた運動の善し悪し:学校体育:朝岡正雄(1989)

運動構造の運動学的認識:運動学講義(大修館):吉田茂(1990)

運動組合せの発達をどうとらえるか:運動学講義:川口鉄二(1990)

運動の先取りをどうとらえるか:運動学講義:石塚浩(1990)

運動の学習位相の展開:学校体育1朝岡正雄(1990)

習熟位相の展望:運動学講義:渡辺伸(1990)

できるということ:茨城大学教育学部教育研究所報:三浦忠雄       (1990)

知るからできるの間をどうとらえるか:運動学講義:鵜川是(1990)

運動の学習転移:運動学講義:塩野克己(1990)

運動モルフォルギーの研究方法と手法:マイネル・スポーツ運動学:

金子明友訳(1981)

運動技術の特性:運動学講i義:佐藤徹(1990)

図式技術を個人にどう具体化するか:運動学講義:三上肇(1990)

(11)

問題より,実践面での活用や,指導場面における運動の全体的把握を十分に視野にいれた展開の必

要があると考えられた。また実際の講義においては,できるだけ具体的な運動実例をとりあげて,学

生が理解しやすいということを心がけたが,三局面構造や局面融合,運動の組合せの発達,運動の 先取り,伝導性など視覚的にも理解が持たれやすい内容から入り,運動質の問題や運動学のあり方

などの本質的な問題に少しつつ触れていった。

この運動学概論は,2年生以上の学生が対象であり,3年生以降に展開される体育諸科学を前にして,

スポーツ運動の全体を把握するという授業の意図は,重要な意味をもつものであると考えている。

 授業終了時に受講学生に対して実施したアンケートの内容と結果を資料に示す(表2,表3)。授 業の意図や内容については,概ね理解されたと思われるが,本学においては,専門学的な授業は3年 生から多く開講されることになっているので,運動生理学やバイオメカニクス等の知識にもまだ触

れていないので,比較対照されずに学生に受け取られた,という背景も無視できないだろう。ただ,

授業においては,できるだけ具体的な運動例を挙げて講義することに心がけたことは,運動への関 心を深めたことだろうと思われた。しかし,ビデオや運動連続図等の視覚的な教材の準備が進んで おらず,それらが十分あれば,更に理解が深まっただろうとの学生の指摘があった。質問事項ごと

に学生が記述したコメントの事例を以下にしめす(原文のまま)。

質問1

 ●運動学という言葉からイメージして,科学的な見方での抽象的な内容なのかと思いましたが,

  具体的な運動例を踏まえた,わかりやすい授業だったと思う(回答A)。

 ●運動することが好きでここにいる私だが,しかし「運動って何?」という基本的な事実はわ   かっていなっかたし,知ろうともしなかった。この道で食べていくのだから,もっといろい

  ろなことを知りたい(回答A)。

 ●言葉の説明や写真だとニュアンスはわかるが,つっこんだ部分というか,本当に知りたいと

  ころが見えかくれするような感じだった(回答B)。

質問2

 ●自分が今3年次になって,下級生に技術を教える立場におかれ,自分の体験を客観化し,表   現することがどれだけ難しいかをひしひしと感じています。自分はセッターなのですが,自   分のトスをあげるタイミングだとか,体の状態とかを表現するのができずいっも悩んでいま

  す(回答A)

 ●身体や運動の説明をよく知っていても,そのことと,うまく運動できることは関係ないわけ

  だが,多くならずとも少しは頭のほうも大切ではないか(回答B).

 ●鋳型にはまらない指導というのは理解できたが,局面構造などを実際の指導していくうえで

  どう役立てるかなどがわからなかった(回答B).

質問3

 ●自分でわりとスムーズにこなせている運動でも,その運動経過の一つ一つを見てみると,複   雑な運動の組合せであるから,段階を追って練習すれば難しい技もできるのではないかと思

  う(回答A)。

 ●子どもがボールを投げる形を覚えるまでに,あんなに時間がかかるとは思わなかった。講義

(12)

 以来,幼い子がボールを投げるのを注意深く観察するようになった(回答A)。

●理論を考えて運動すると,自分の場合はおそろしくぎごちない運動になるだろう(回答A)

質問4

 ●「運動の学習・指導」の講義で,「できるということ」はとても興味深かった。他の授業の時,

  私は,私がやった見本(示範)について,見ただけではわからないと言われたが,その時は   理解できなかったが,その人に,受ける基盤がなかったのだなということが,講義を聞いて

  思った(回答A)。

 ●自分がいくらできても,他人にそのことを指導することは難しい。自分がなんとなくわかっ

  ていても,言葉に表すことができず,他人に伝えにくい(回答B)。

 ●他人は他人であり,自分の中のものさしではかったことを他人に伝えても,時には何ら役に

  立たないばかりか,障害になってしまうことがあるのではないかと感じた(回答A)。

質問5

 ●運動をするにあたって,その人の持っている情報というのはとても重要なのだと思った。情   報をつかみ,大体の型をやり,修正して初めてきちんとした運動になるなんて,できない人   にとってはとても難しいことだと思う。運動をできない人をできるようにさせるには,こう

  いった経過をきちんと知らなくてはならないと思った(回答A)。

 ●学習者の個性に応じてとらえ方が違ったり,実際にやってみるとしても,それまでの過程と   してのレデイネスがあるかないかで,その運動を身につけるまでには,さまざまな経過を要

  するのだなということがわかった(回答A)。

 ●「運動ができるようになる」という課題から「よりうまくなる」という課題に取り組んでい   る自分にとって,今の状態からうまくなるためにはどうしたらよいかと日々考えています。

  結局,筋力を上げるとか,体重を落とすとかにばかり重点がおかれ,「運動」というもので

  大きくとらえ,理解することにかけていたなと思います(回答A)。

質問6

 ●運動学を学ぽうとすることが,指導方法に大いに役立つと気づいたことが大きかった。当然

  関心も深まり,いろんなスポーツを注意深く観るようになった(回答A)。

 ●この講義を聞くと,運動は,するのと,見るのとでは大きな違いがあるというのが一番見え

  たし,先生もそれが言いたそうだった(回答B)。

 ●やはり自分の専門分野なので,運動には関心があったが,新たな見方を学んだと思う。概論   なので漠然としている部分が多いが,あらゆる種目や指導に共通するので,これからに生か

  していきたい(回答B)。

また質問7で,関心を持てたと回答した項目は次の通りである(複数回答)。

運動を知る・できる(38)

運動の学習転移   (36)

運動発達      (31)

運動の組合わせ   (31)

運動共感 運動の先取り 運動の示範 運動の自己観察

(30)

(30)

(24)

(20)

局面融合 運動の三局面 運動の洗練化

(18)

(17)

(16)

(13)

 学生は日々部活動に励んでおり,よりうまくなろうという意識や,学生同士で教え合うという経 験を十分に持っており,運動やその実践方法についての関心がきわめて高いことがアンケートから

も伺われた。しかし体育科といっても学生のスポーツ経験は余り多くなく(種目数においても),

そんな学生に,自分の専門種目以外の運動に興味を持たせたり,種目を越えて運動の学習や指導に

関心を向け,スポーツ運動の全体を提示する意味は大きいものだと考える。

まとめ(実践につながる運動理論について)

 わが国においては,運動(スポーツ領野に限らず,人間としての)の全体を見渡す総論というよ うな考え方が生起しずらいようである。特に,運動実践に関連しての運動論はほとんど無いと言っ てよいだろう。運動実践に関連するということは,人間の運動を物体としての物理的現象として冷 やかに対象化するのではなく,生きた運動として,具体的な運動課題や運動実施感覚を背景にした

現象に立脚するということである。

 自然科学的立場においては,特定な性質を数値に置き換えることから始まる。それが測定である。

しかも続けて行なった2度の測定で始めと後とで大きな差があったり,測定する人によって測定値が

ちがったりしたのでは,その測定は自然現象の性質の抜きだしの役にはたたない。従って同一測定 は,同一条件のもとで,だれが行なっても,いつでも同じ測定値の得られる再現性のあるものでな ければならない,と考えるのである。このことが自然科学的,測定的研究の基本であると主張され

るのであるが26 ,このような立場では,人間の運動研究は再現可能な条件の中での,機械的な運動認

識に置き換えられてしまう。実際,身体運動に関する多くの出版においては,まず人体解剖学から 始まり,次に力学的説明,そしてエネルギー論で構成されるのが典型的で,これだけでは,どうす

れば運動がうまくなり,どのように指導するのかなどの具体的な運動課題の解決には連動しない。笠

井は運動技術の研究が体育科学に遅れて始められたことについて,独自の研究法が見出せないこと もあったが,それとともにスポーツ技術が現場で行われ,真剣でスピーディ動きを伴う実践的な行 動であったり,精密な条件のもとの実験ができにくかったり,また精密な研究機器機材が開発され なかったりしたことが理由と考えられる,としたうえで,また体育・スポーツ関係者が,ともすれ ば技術を個人の体験による主観的理論によって説明したり,せいぜい数人の体験を客観化すること

で終わっていたりしたことも,大きい理由だと指摘している27)。測定上の再現性にとらわれ,研究室

での実験研究だけでは現実の運動現象から遊離する危険が大きい。マイネルは,運動者の運動(

Bewegung )というものは,ある具体的な情況のなかで,一定の競技規則のもとで,固有なある目

標設定とともに,ある一定の競技者の運動として,具体的にのみ存在し,完全に同一な2つの運動現 象は存在しない,という「スポーツ運動系の個別性の原理」を主張する2B>。金子は「スポーツ運動の

一回性の原理」を説明し,どんなに客観性を求めようとしても,環界との全面的な対峠関係のなか

で現れた運動の変化は,時間経過のなかに消失してゆき,二度と同じ運動は再現できないのである,

と論ずる29)。われわれのスポーツ科学としての運動学は経験科学であり,「事実の学」ととらえるべ

きなのである3°)。

 従来のサイエンスは複雑なものを理解するために,細分化し,単純化する手法をとってきた。人 間を理解するのに,臓器に分け,細胞を調べ,遺伝子を調べるというように。しかしこれだけでは

人間を本当に理解できない。「複雑系」の研究は,まず全体をありのままにとらえることから始まる31}。

(14)

スポーツ運動が複雑だからといって,その複雑さから離れて,単純なモデル化したものから研究し

ても,特に,意味一価値系を背景にした,「行動」としてのスポーツ運動の理解にはつながらない。

スポーツ運動が実際にどのように現れるのか,まず詳細に観察記述していくことが大切である。「科

学は物を巧みに操作するが,物に住みつくことは断念している」と言うメルロ・ポンテイは,科学

における〈考える〉について,そこでは,試験し,操作し,変換することにほかならないが,それ も,高度に「処理された」現象しか,つまりわれわれの装置によってく記録される〉というよりは むしろ〈作り出された〉現象しか入りこめないように実験を調整しておいての話なのだ,と指摘す

る32)。

 木村の言う,単に「見る」だけの立場を放棄し33),金子の指摘するように,「不参加」の態度から

の「射影」としての知識ではなく,何かを生み出し,つくり出す「実践知」としての運動理論を追

求すことが必要である34)。バイオメカニクスの著作で,「体育科教育のバイオ・ダイナミクス」と題 した単元に代表的な表現を見ることができる35 。マット運動の側方倒立回転について説明した文章で,

「横向きに倒立をしながら回転する。(中略)人間のからだは四肢がついた複雑な物体のために,倒

立回転では不安定になりやすい。できるだけ単純な物体にした方が安定度が高くなるから,からだ の各関節を伸ばして固定化し,関節についている筋を引き伸ばした(ストレッチ)状態をつくると

よい」とある。このi著作は体育科学と体育科教育の密接なつながりをめざし,指導のなかに科学的

な知識を積極的に反映させようという,具体的な運動をあげながら説明していく素晴らしい内容と なっているが,このような科学的運動説明と実際の運動実践的,筋感覚的知識をいかに連結させる かが大変に難しいと思われた。側方倒立回転が習熟すると,いかにも側方へ車輪が回るような簡潔 な回転に見えるが,それはあくまで結果であり,事実,体の前後軸を中心にする側方回転は,運動

全経過の中央局面部分の両手をマットについている瞬間だけであり,その前後は,長体軸,左右軸,

前後軸が複合した複雑な運動になっている。側方への回転という説明や,熟練者による示範から得

た情報と実際の複合的な運動実践感覚をどのようにつなげるかが運動学習のポイントになる。更に,

「側方回転には得手と不得手な方向があるから,踏み込み足を早く決めることが大切である。できる ようになったら両方向の回転を交互に練習するとうまくなる」とある。側方への倒立といっても,真 側方への倒立振り上げは現実的でなく,3軸の複合で対応していくのである。そしてそれは正面への

倒立振り上げの脚さばきに基礎づけられる。確かに両方向の回転ができれば素晴らしいが,体操的

な意味から言って,また側性の問題からみて実現性に乏しく,その必要性も薄いだろう。木村ぱ 、,

科学的認識の対象はすべてファクトウムとして「すでになされたこと⊥「すでに作られたもの」で あり,データ(所与)として「すでに与えられたもの」であると言う。行為が完了して形態の定ま ったものだけが,正確で精密な観察と計測の対象になりうるのである。これに対して生命的な現実 において問題になるのはいつも,行為においてそのつどかたちを形成し消滅させる生命の動きその

ものである。

 運動学(Bewegungslehreの意味の)が体育の指導現場に不可欠な,スポーツ運動に関する体系的知

識を提供しようとする限りでは,マイネルやフェッツによって提起された研究課題は,今日でもそ

の中核に位置づけられる37}。運動学では,体育の教育内容を構成しているスポーツ運動そのものの構

造,発生,変化をとらえていこうとするものであり,運動についての共通的な基礎知識を提供する

運動概論のようなものも,その方向で構築されるものであろう。

(15)

1)浦井孝夫「指導現場の運動学に対する期待」rスポーツ運動学研究』3(1990)pp.62−72.

2)浦井孝夫「指導現場の運動学に対する期待」『第3回スポーツ運動学研究会講演資料』(1990)

3)金子明友「運動学からみたスポーツ」『スポーツの科学的原理』(大修館書店,1977)pp.272−273.

4)KMeinel,金子明友訳rマイネル・スポーツ運動学』(大修館書店,1981)

5)F.Fetz,金子明友,朝岡正雄共訳rフェッツ体育運動学』(不昧堂出版,1979)

6)運動における側性現象はきわめて複雑である。利き手,利き脚,支持脚から始まり,ひねり等の回転の問   題等スポーツ運動では重要な課題を含む。マイネルもその重要性を提言しているが(Meinel,前掲書,

  p.424.),フェッツも詳細に論じている(Fetz,前掲書, pp.214−234.)。

7)金子明友「新性向体育学習へのスポーツ運動学の貢献」r体育・保健科教育論』(東信堂,1988)

 pp.60−62.

8)Fetz,前掲書, p.58.

9)Meinel,前掲書, pp.136−143.

10)木村真知子「運動とは何か」r体育原理講義』(大修館書店,1990)pp.34−44

11)木村真知子「ドイツ・オーストリアにおける運動分類論の一考察」rスポーツ運動学研究』1(1988)p.2.

12)Fetz,前掲書, pp.58−59.

13)Fetz,前掲書, pp.59−62.

14)Fetz,前掲書, p.61.

15)金子明友「運動観察力の重要性」『新体育』43−4(1973)p.14.

  金子の指摘は,その他に「体操競技とイメージ」r体育の科学』6(1980)pp.420−422.や「教師としての    トレーニング」r体育の科学』1(1983)pp.32−33。にも明確iにみることができるし,その運動学的論点は   「運動観察のモルフォロギー」r筑波大学体育科学系紀要』10(1987)に集約する。運動観察の能力,運   動内観の能力,運動共感の能力について教師自身がトレーニングすることは,古い運動認識の殻を破    るエネルギーを与えてくれると指摘する。

16)金子明友,文献3),p. 276.

17)Fetz,前掲書, pp.62−63.

18)岸野雄三「運動学の対象と研究領域」r序説運動学』(大修館書店,1968)

19)同書,pp. 25−45.

20)Meine1,前掲書, pp.358−360.

21)一般運動学はBuytendijk, F, J, J,(ユトレヒト大学心理学教授)によって論ぜられた。代表著作rAllgemeine    Theorie der menschliche Halutung und Bewegung」(1956,ドイツ語版)は,デアヴォルト(Derwort)に    よって翻訳された。

  バイテンデイクは,運動の研究に主体概念を導入し,価値と意味の関連系をもつ自己運動として人間    の運動を認識してこそ,はじめて運動の科学は成立するとした。そのためには,運動現象の全体構造    の本質を記述する運動モルフォロギー(Bewegungsmo叩horogie)が不可欠であることを指摘したのはよ    く知られている。バイテンデイクの運動モルフォロギーに大きな関心を寄せ,実践に密着した運動問   題を提議したのが,ドイツのマイネルである(金子明友「運動の科学をめぐる諸問題」r体育科教育』

  2(1984)p.12.)。

  参考資料として,三浦忠雄「運動研究における理論と実践の断層に関する一考察」r茨城大学教育学部   紀要(教育科学)』41(1992)がある。

22)岸野雄三,前掲書,p.42.

23)Meinel,前掲書, p.95.

24)朝岡正雄「筑波大学における運動学の位置づけと内容」rスポーツ運動学研究』5(1992)pp.95−99.

25)笹倉清則「必修科目としての運動学に関する実態調査」rスポーツ運動学研究』5(1992)pp.88−92.

(16)

26)前川峯雄,猪飼道夫,笠井恵雄,菅原礼,藤田厚,宮下充正編著r現代体育学研究法』(大修館書店,1978)

  pp.92−93.

27)同書,p.67.

28)Meine1,前掲書,pp.146−147.

29)金子明友,文献3),p.289.

30)金子明友「スポーツ科学における運動研究の地平」『運動学講義』(大修館書店,1990)p.17.

31)「カオス越え,進む複雑系研究」r企画特集・知の交流』毎日新聞,1992・11・24付朝刊 32)M,メルロ・ポンテイ滝浦静雄,木田元訳『眼と精神』(みすず書房,1970)p.253.

33)木村敏r生命のかたち』(青土社,1992)pp.16−17.

34)金子明友「国際競技力向上とスポーツ科学を考える」rスポーツと健康』6(1993)pp.11−12.

35)永田晟「スポーツ・ダイナミクス』(朝倉書店,1988)pp.74−75.

36)木村敏前掲書,pp.226−227.

37)朝岡正雄r運動学講義』(大修館書店,1990)p.24.

(17)

       表2:「運動学概論」授業後のアンケート(その1)

   「運動学概論」アンケート    [学生番号・氏名       ]

1,こまかいことよりも,運動の全体的な理解や全体像をつかむことを目指した講義の内容は理解で

 きましたか?

      A・理解できた   B・一部は理解できた   C・理解できなかった

  (コメント)

      (回答数 A:30   B:30   C:0   回答なし:1)

2,運動の学習や指導の実践に役立つ理論を目指した講義の意図は理解できましたか?

      A・理解できた   B・一部は理解できた   C・理解できなかった

  (コメント)

      (回答数  A:37   B:24   C:0)

3,講義を通じて,人間の運動やスポーツ運動は以外に複雑なものだな,と思いましたか?

      A・思った      B・思わない

  (コメント)

      (回答数  A:57   B:3   回答なし:1)

4,講義を通じて,運動の学習や指導には複雑なものがあるということが理解できましたか?

      A・理解できた   B・一部は理解できた   C・理解できなかった

  (コメント)

      (回答数 A:48   B:12   C:0   回答なし:1)

5,運動の仕方について,何かをつかみ,実際に運動をやってみるまでには,さまざまな経過がある   ことが理解できましたか?

      A・理解できた   B・一部は理解できた   C・理解できなかった

  (コメント)

      (回答数 A:43   B:16   C:2)

(18)

       表3:「運動学概論」授業後のアンケート(その2)

6,講義を通じて,運動に関する学問への興味や関心は深まりましたか?

      A・深まった    B・少し深まった      C・関心ない

  (コメント)

      (回答数  A:41   B:18   C:1

7,次の項目について,興味や関心を持てましたか?

  興味や関心を持てたものに○印をつけてください(幾つでも)。

  特に興味や関心を持てたものには◎印をつけてください。

    運動学      運動の自己観察(内観)

    運動分類       運動共感

    運動発達      運動(指導)の鋳型化     動作の洗練化       運動の学習移転     動作への全身の参与       運動類縁性     運動の分化       側性現象     運動構造       一側優位性     運動の三局面       運動技術     局面融合       技術の公共性     循環運動・非循環運動

    運動の組合せ     運動の先取り     運動表象     運動投企

    運動を知る・できる     運動の示範

    情報(図式技術)の個人化     運動学習

    運動修正

回答なし:1)

参照

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