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学校保健における救急処置・看護の問題点と外的事項・法制度の改善へ

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(1)

学校保健における救急処置・看護の問題点と外的事項・法制度の改善へ

中 村 朋 子*・内 山   源**

(1996年10月14日受理)

The Need for Reforming School Health ACT:Some issues of First Aid

Tomoko NAKAMuRA* Gen UcHIYAMA**

(Received October 14,1996)

1.学校保健問題とその構造的把握及び位置

これまで学校保健の問題というと,子どもの健康問題・疾病状況や体力の低下がマスコミや保健 界,学校教育界そして学会でも多くとりあげられてきた。学校保健の子どもの健康,安全に関する 現象面である。

       ト

サして近年では子どもの精神保健の問題がとりあげられるようになった。

確かにこれらは学校保健の基本的問題であることは言うまでもない。しかし,これだけが学校保健 の対象となる問題でないことも確かである。

子どもや教師の身体や心の状態の異常・病理に関することだけではないのだ。彼らの行動に関わ る問題も大きい。

性行動,喫煙行動,ドラッグ,アルコール,交通・バイクに関わる行動とライフスタイルである。こ れにメンタルな側面ではバーチャルイメージに関するメデアとの関わりである。子ども達の性行動 や遊び行動それに反社会的,非社会的行動は増える一方である。

中学生の喫煙や飲酒は他の非保健的行動と連動することを先に述べたが1),これらは「ヨコ」の関係 と「タテ」の関係で1990年代に入ると,小学生も関わっていることがマスコミにのるようになった。

小学生とドラッグである。覚醒剤との関係である。これは性行動とも関係している2)3)4)。女子中学 生や高校生の喫煙も進んでいる。これは女子大学生の調査で明らかとなった。女子学生は,今,ゼ

ミ室等で平然とタバコをくわえ乍ら作業をする。彼女らは大学生になってから常習喫煙者になった のではない。これらの健康に関する問題は健康状態の異常とか健康行動,生活の問題だけではない。

「長期的な発達,成長のゆがみ」である。身体的行動的な発育と知的知識的発達との「ずれ」であり,

情緒面と認知面の発達のインバランスである。倫理的,道徳的発達,行動的社会的スキルの発達と

*茨城大学教育学部教育保健講座(〒310水戸市文京2−1−1)

**茨城大学教育学部保健体育講座(〒310水戸市文京2−1−1)

(2)

学校における保健教育,保健指導の不振 不調,未定着等の諸活動上の周題

(外的事項)       (内的事項)

⑦政策,法,教育関係法,制度に関 学挾教育における健康教育活動に直 する問題健康教育内容と学習指 接的に関連する要素・成立条件 導要領の位置づけ,関連など ①健康教育担当教員の問題,指導意

②教育行政,指導の問題,教育委員 欲,資質能力,技能,態度,価値・

会指導のあり方,教員の研修やそ 教育観など

の機会など ②健康教育内容・教材の問題学習

③健康教育担当教員の養成機関等の 指導要領や教育委員会,手びきと 問題,大学,研究機関のあり方, の関運など

カリキュラム定員枠等の問題など ③健康教育指導方法,技術の問題,

④市民の意識PTA・保護者の健康 カウンセリングなど

教育に対する認識と運動,反対運 ④健康教育活動評価の問題,教育効

動など 果の測定把握など

[◎社会教育活動の中の健康教育のあ ◎学習者の条件,興味関心,態度,

[ り方,コンブリヘンシブヘルスエ 認識能力,学力などの問題

[ デュケーションなど ⑥準外的事項,管理職・校長,教頭,

⑥その他,教育体制,受験制度,マ 教務主任,学年主任との関連など スコミ,学歴社会,文化的条件, ⑦各種関連組織・委員会活動・道徳 ヘルスフロモーションの理念,文 教育,生徒指導,教育相談,学校

保健委員会など

⑦地域社会の人的物的資源の存在,

エンパワーメント活用のシステム など

\\ ①健康に関する科学。技術の成果 A健康教育に関する研究成果の問題

/7

(注)①各事項・領域内の組織・活動の「ツナギ」関連の問題は少なくない.た とえぱ外的事項の②と◎の関係である.両者が密接な関係を保つことは 少ない.

②各事項,領域間の「ツナギ」関連の問題はさらに大きい.

◎外的事項の態勢やトップへの整備,調整,準備などが早期に肝要である.

市民社会人への公的情報の提供,相談・助言などの公的機関,トラブ肱 パニックなどへの行政・活動の公的機関などである.

図1学校健康教育活動状況・問題の構造的把握

のギャップである。高校生,大学生になっても幼児性,非自立性,非主体性,依存性を示したり,非 社会的な自我主張,無関与,無責任性を示す者は少なくない。

これらの問題状況はどのような要因・条件で生起し,成立しているのであろうか。また,このよう な学校保健の問題はどのように把握したらよいのであろうか。学校保健の状態の良し悪しに影響す る要因と条件はおおよそ,図15)に示すような構造で考えることができる。

つまり,「内的事項」と「外的事項」であり,「理論・研究面」と「現実・実践面」の4側面である。

(図2参照)

(3)

2.学校保健 (1)内的事項 (2)外的事項

問題の評価 (A) (B)

の観点と外 教職員   (健康管理)←一→

校舎, O政策,文教,保健,医療,福祉など

 的事項

w校保健の状

(3)

灘饗ま」[…画=      ‡管理職   (健康教育)←一一一→↓1  道鰍育

学施設

Z設備環など境 社会 文化

o法律,学校教青法,文部省設置法,教育職

@  員免許法,学校保健法など

n卸度,教員養成制度,研修,内留   制度,大掌院進学,昇任登   用など

況は,どのよ 実践 学級運営 生徒指導 教育

I O行政,財政,管理,組織,運営など

うにあるかを 活動 保健室運営 学級活動

環境 ネど

定員枠,人事異動,予算,行政設計など

「詳察」した 学年運営 クラブ・部活動 O機関・組織 り「評価」し 各種委員会運営 学校行事

公官庁,教育委員会,研究所,大学,保健所,メディカルセンター県教育研

なくてはなら 学校管理運営ネど 学校保健委員会活動   究会・支部会,県教研連など n人・地域人的資源など

ないが,その 教育相談など O物・物的資源・施設,設備など

対象を「内的 O事・社会行事・活動など

事項」に焦点 Oその他自主的研究,活動組織,部会など

化して評価対 (C》       (Dl

象を示したの (4)

(1)。(4)      (2)・(4}

(健康教育の研究・理論)

が表1であ (学校保健の研究・理論)…卜例えば,人,コト,モノの記述,説明,それらの関連の記述,

る。 (保健学習の研究・理論) 説明が欠落している.行政,財政制度論,設計論,組織・運営

むろん,こ (保健指導の研究・理論) 論,養成,研修制度論など,ヘルスプロモーション,ヘルスケ

こでも評価の (養護教諭の研究・理論) アサーヴィス,地域資源との関連など,管理職の役割,研修論 ネど.

(その他       )

対象は論理的

には4側面に (注)①この枠組で学校保健の内容(専門書)をみると,内的事項はともかくとして,外的事項及びその なることはい      関連の多くが欠落している・

②学校保健の事象の「記述」と「説明」からf問題性認識」がなされなくてはならない。

うまでもな     法制の解説解釈や調査データ_の羅ダllであってはならない.

い。しかし乍    ③問題性認識において要因 条件の位置・構造等をとらえ,対応 対策の方法゜過程が考えられ なくてはならない.

ら・現実的実    ④①の例として,地域資鳳行事との無関連は大きい.海外の研究成果.理論との関連が弱い.

践で当面する      図2学校保健の問題構造と諸側面 課題として,

表1学校保健活動評価・「活性化」の指標 迫ってくるの

1)学校保健活動の把握,現状認識評価のための観点

は,その場の ①ルーチンとしての制度化,行事化された日常的な活動の有無,水準の評価 直接的対応で ② インシデンタルな事態の生起による対応,対策,対処活動の有無状態,水

@準の評価

ある。時間的 ③発育・発達面の身体的,精神的,生活・行動的側面の問題の有無,状態,水 余裕もなけれ   準の評価

C 一般的健康,安全に関する量的指標による評価 ば,人的,物 2)活性化の指標

的支持条件も ① 人,組織 @認識と理解,⑤意欲,態度,ニーズ(主体性,モラール)など,

@◎行動・実践の日常性の状態,水準

その場で限定 ②活動(個人および集団)の状態④連続性,⑤一貫性,◎発展性,⑥共同性 された時間枠 ◎協調性,①組織性⑧組織間の関連性,⑮明朗性,展望性,①現実の反映性,

?P性などの状態,水準

の中でなされ ③ 物,予集施設,設備,教具教育,学校保健活動関連機器など

(4)

なければならない。こ 表2 中学校における保健授業実施の定期性

のような理由から表1 調査年度 48 49 50 51 52 53 54

が対象となる。1)一 定期性 n=203 n=209 n=192 n=200 n=182 n=204 n=202

①は学校保健の2領域 保健授業は定期的に

45.3 37.8 42.2 42.5 52.3 51.0 52.6

の実施状況の「有無」 実施された であり,「有」の場合は 保健授業は定期的に

51.7 62.1 52.6 50.5 43.2 48.0 46.5

「程度」・量的側面と 実施されなかった

「良好・不良」の質的側 その他・NA 2.9 0 5.2 6.1 4.5 11.0 L9

面でる。 調査年度 55 56 57 60 61 平3 平8

健康管理や健康教育を 定期性 n=204 n=209 nニ205 nニ203 n=202 n=206 n=392 法的規定通りに「実施 保健授業は定期的に 48.0 52.6 51.7 39.4 38.6 42.7 17.5

しているか,いない 実施された か」「関連があるか,な 保健授業は定期的に

51.5 46.9 47.3 58.7 59.9 52.9 79.8

いか」が問われなくて 実施されなかった

サの他・NA

0.5 0.5 1.0 1.9 1.5 4.4 2.6 はならないし,実施し

ている場合はその有効 (注)①「実施されない」理由:(a)雨の日,雨の時梅雨期,(b)先生の出張,(c>先

@   生の都合,(d)冬期集中,(e)まったく行われなかった,など.

性Effectiveness Effi一   ②高校1年生を対象に入学直後に,主として中学3年生時の保健授業につい

。i,ncey, R。1・vanc・等   て調査したもの が問われることになる。

例えば,その中の教科保健体育の中の保健学習の実施状況である。「雨降り保健」と評されてから 50年ほどになる。法的にはぱらぱらで曖昧なのではない。学習指導要領で「時間枠」から「内容枠」

までがっちり規定されている。それが実施されていないのである。このような低劣な実施状況は保 健だけである。表2はそれらを示したものである。この状況は他の調査でも明らかとなっている6)7)。

となると,これはどうしてかとなってくる。「内的事項」と「外的事項」の要因・条件とこの実施状 況との関連の追求が必要となってくる。法的基準で明確化されていても不良な状況が長年に至って 放置黙認,無視されていることである。法的規定で明示化されていても実施されていない学校保 健の現実は別の種類のものがある。

学校保健法の規定と現場との実践のずれである。「実施」が「無」でなくて,「有」なのだが,法 規上の方は「無」であったり,「無」に近いものがある。この法規定でない方の「実践」が「有」で あり,それが現実的には有効性が高く,不可決なものがある。それは,「健康相談」や「救急処置」

等である。法的規定とか基準が「無い」場合で,学校保健の実践が「有」の場合どこから論理的に 導出されるか,法の方が「無」であり乍ら,実践が有りの場合は少なくない。つまり,昭和33年度 制定の学校保健法は歴史的変遷や社会的変化に対応しないまま「金科玉条的観念」の基に学校保健 活動を縛ってきたことになる。学校保健法だけではない。学校教育法も,である。

「養護をつかさどる」の規定である。何を意味しているのか不鮮明で曖昧である。如何ようにも解 釈し易い。行政側にとって自由度の高い規定となっている。養護教諭の規定と異なり一般教諭の方 は明解・単純でとまどうことは少ない。

学校保健の状況は先にふれたようにきびしい。その中でキイパーソンである多くの養護教諭は悪

(5)

戦苦闘している。表1の実施状況の中のルーチンだけを行ったとしてもむごいほどの労働量である。

むろん,教育行政のルーズさから児童15人の学校規模の中の養護教諭の配置もあって,このきびし い状況は全体的一般というわけにはいかない。

しかし,多くの養護教諭は200〜800人規模の小,中,高校に一人配置で勤務している。問題状況 の対象は,子どもの健康状態の良し悪しに関わる養護教諭の活動,学校保健の活動と関連して,こ れらを規定する「外的事項」の一つである法的条件にも密接に関連していることがわかる。

3.外的事項・法的規定と実践的現実とのずれ・養護教諭の位置,役割の曖昧・不安定性,恣意性

このようにみてくると,「内的事項」の要素だけを,学校保健の状況,成立の要因・条件としてみ ることは大きな偏りになることがわかる。科学的説明の要素を欠くことになる。つまり,「外的事項」

との関連である。その中の一つが「法的規定」である。これらは学校保健の実践との関連でみると 次のような枠組みが概略できる。

①学校保健法とか学習指導要領等法的規定や基準が存在しているが,実践状況が無いもの,有って も規定も対応せず規定対象としては「無」のもの,不良なものがる。これは,どうしてか。

②法的規定は有り,実践も有りであっても,それの規定の内容とは対応せず,ずれているもの,ず れていることで,不良なもの,逆にそのことで効果を高めていることがある。これはどのような要 因,構造から生じるか。

③法的規定は無いが,実践があり,しかも多く,質の高いものがある。

④法的規定が無いし,実践もない。これには法的規制を根拠としないために実践が無いものと,ニー ズが有るのに,法的規定がないから,実践しないに大別できる。

また,⑤として②の亜型であるが,ごく一般的に法的規定があって,これに従って日常的実践が 全国的一般的に行われているものがある。健康診断等のルーチンである。これまでわが国の学校保 健を評価する場合,「世界的に優れている」「他の国ではみられない優れた学校保健活動である」と 自画自賛されたのはこの⑤である。

だから,これらの①〜④について,先述の「内的事項」と「外的事項」の「要因と関連」をみる と,どのような評価になるかは,容易に理解できる。「学校保健に理論がない,少ない」と発表・報 告してから20年程になるが,この視点と枠組みで追究したものは他にない。

やはり,「理論的構築」は「スローガン」のまま放置されたことになる。ごく最近,アメリカの健 康教育学会でも「健康教育における理論と何か」が問われている。

日本国とのそれとの大差である。だが,これらの紹介,検討を発表報告しても何の反応すらない。

「基礎的研究」を無視放置することはわが国の習いではあるが,さほど基礎的研究でもない「理論 的研究」まで無視,放置する事は,やはり,学会のレベルを示したものといえる。ここ数年の学会 誌の これらに関係すべき 総説の類にしても全く同様のレベルといってよい。

海外の状況を実践面でも理論面でもじっくりと把握する姿勢が欠落しているのである。これらは 若手の研究者に求められることではない。中堅以上の研究者にもとめなくてはならない。学会レベ ルでも「ハウツウ」ものの「こうやると子どもが面白がる」「興味をおこす」式の教材化とか単一指 導方法が提唱・主張されている。

(6)

これは他教科では20年前に「卒業」した事項であり,多様な方法の一部に位置づけられている。し かし,保健教育界だけはどういうわけか,非理論的,非論理的,感情やエートスで現在も特異的状 況のままである。ここでも理論的研究が欠落し,ずれていることになる。

これらは図1に示したように「外的事項」の一部であり,これらが現実の学校保健のの現実に関連 し,成立要因・条件となっている。

これらの教材化とか方法化の具体的内容に長所は内的事項として評価で十分容認されたものであ る。しかし,外的事項との関連でみると片寄りやずれが生じてくる。理論的研究の弱さである。と ころで②の観点で養護教諭の現実をみると,どうであろうか,法的規定から導出されるキイパーソ ンは誰か,である。バーンアウト寸前の状況で学校保健を支えている養護教諭の現実とその役割が あっても,導出されるものは養護教諭にはならない。つまり,立法の論理の一つである現実との「ず れ」である。

4.学校保健における救急処置活動の位置と役割の問題

ここでは救急処置に関する医療的技術水準での学校保健での救急処置の位置についてはふれない。

これらについては今までにも医学側や看護側からいくらでも述べられているからである。それらは 学校保健の特性の中での位置づけはどのようになっているであろうか。これらについては触れられ ているのもは少ない。要するに,これまでのものは学校という空間と時間枠の中に医療サイドー救 急処置を水準に応じて採り入れたほどのものでしかない。

これでは学校保健との関連はでてこない。そこで先に見たように外的事項としての法的規定,基 準はどのようになっていて,その実際はどのように関連しているかるがか問われることになる。

つまり,①②の法規定は「有」だが,実践はどのような条件にあるか,となってくる。実践も法的 規定や基準に従って「有」なのか,「存在」する救急処置があるとすれば,その中身はどうなのか。

学校保健の目的や性格に即応し,その達成に寄与・関与しているか,が問われることになる。これ らの関係について具体的な法規定や実践の内容に入る前に少し触れておくことによう。

言うまでもないことであるが,学校保健の目的達成のために外的事項と内的事項がある。この外 的事項の一つとして,学校保健法があり,「救急処置」に関する法規定がある。そしてこの法規定を 根拠として教育行政や学校保健行政がなされており,教育行政は法規定に従って指示,指令,指導 等を公的権力,国家権力として実践に働きかけてくる。ところで実践の側もその目的達成のために 社会,生活,子どもの変化,変動に対応して多様な実践が求あられている。

そこでもし現場の多様な実践と法規定の内容が「ずれたり,対立,矛盾,偏ったり,」したとすれば どういうことになるであろうか。

教育行政官は両方にはさまれて,「矛盾や対立」には目をつぶって「妥協,調和,調合」等を強い られることになる。

もっときびしいのは「上」から降りてきたものと現実問題との別の種類「下」からの両方挟まれ て日々実践する現場の養護教諭等となる。「上」からのものは固定的画一的,一・般的な「規定内容」

と「行政解釈」「恣意性」においてなされるものであり,「下」からのものは,変動的,流動的,突 発的,個別的な事態現象においてなされるものである。これでは「統一」「統合」は始めから難し

(7)

い。もっとも「法規定」の「有限性」と「現実対応性」等に関して何十年も放置,放任するのでは なく,社会や生活の歴史的変化,国際的状況に対応して10年単位で修正,改正を行うならば,まだ 救われる。だが,現実にはそうではない。固定化であり,画一化のままである。

このような事態は法理論,法哲学的にもおかしなことと言わねばならない。

①学校保健法の内部の矛盾や学校保健法と密接に関連する学習指導要領の改訂,変更等との齪館 や矛盾,②学校保健に関係する法律,規則,規定間のずれや矛盾,③同一目的を有し,同一問題状 況や社会,文化的条件の中での法律,規定と他の関連理論とのズレや矛盾 ④ほぼ③の条件に現実 とのずれと,矛盾の4つの問題的側面をもって,学校救急処置の位置を考える必要がでてくる。

④の観点で一昨年問題となったのは「らい予防法」とか,「優生保護法」である。これらは③の観点 でも問題となる。国際的状況との関連である。また,これらは幼児,児童,生徒,学生を対象にし た場合,健康の保持,増進,人権,健康権の保障を目的とする学校保健の理念や目的とも関連し,対 立,矛盾する。

5.法,制度的規定内容と実践活動内容とのずれ

学校保健法に限ったことではないが,法は適用する対象の変化や条件等によって①プラスに機能す る場合もあれば,②マイナスに機能する場合もある。

昭和33年に制定されたかなり現実的で具体的な内容規定のある法律がおよそ40年もそのままに 固定化され画一化されていれば「ずれや対立,矛盾」が出てこない方がおかしい。対象は生きた人 間の個人であり,集団,社会,である。変動,変化は大きい。

制度化した当初は優れたものであっても陳腐化し,無能化しマイナスの機能を果たすようになる。

それは現実の生活や社会が変化し推移するからである。科学技術が進み,社会が変われば,健康,安 全に関わる生活も変わる。そして健康問題も変わっている。社会や情報の変化に応じた教育とか学 力をと言っていながら基本となる法律や制度を固定化したままであれば,どこかに無理や問題がで

てくる。

その一つが救急処置である。

これまでそのすじの専門家達は救急処置では,症状に対して学校でどのように処置看護すればよ いかについて多く述べられている。そして,「法的根拠」との関係についてはふれられていない。

これは先述の②に相当する問題でもある。現実とのずれだけではなく,法律間の矛盾であり,不 整合である。では,次にどのように先述したギャップがあるかみていくとしょう。

先ず,昭和22年の学校教育法の第28条によると,「⑦養護教諭は養護を掌どる」と規定されてい る。昭和33年では「養護をつかさどる」となっている。それまでは「養護教諭」ではなくて,「養 護訓導」であり,それ以前は「学校看護婦」である。それが,ここで「養護」をつかさどるになっ たのである。

法律の用語は,それなりに「概念の検討」があって規定されないと,この規定の基に動く「行政」や

「下位」の活動等は「行政」のあり方や思想次第でぐらぐら動くことになる。いわゆる「解釈」の利 便性であり,恣意性である8)。

下方の養護教諭は何がなんだかわからない「立場」と「地位」「役割」に混乱し不満が募ることに

(8)

なってしまう。

学校保健界の関係者は,養護教諭活動の現実が何であり,どのような状況にあるか,等を凡そ認 知しているので,これらに「養護」という「名称・看板」を付与することはさほど混乱はない。

少なくとも「学校」「看護婦」という「名称・看板」よりは,内実を忠実に指示,反映していると 見ることができる。「看護婦」とか「看護」ということば・文字の記号が背負う意味は暗くて低い。

かなり,長い間「赤チン姉チャン」等と蔑称ともとれる「呼び名」が与えられたほど,軽くて教育 機能とは遠い存在とされてきた。

その意味では大きな進展である。まさに日本人的,文化的意味のしばりである。

これより先のアメリカでは,戦前からSchool Nurseであり,現在でもShool Nufseである。また,

School Health Nursingでもある。 School Nurseの意味や背景条件が異なるのである。

Nurseの概念も時代や社会の動きとともに変容拡大してきているからであり,養成制度の条件や研 究教育歴,資格等の条件が異なるからである。ph. Dが沢山おり,ドクターコースが56もある国と大き な差異である。これであれば看護は「暗くて,軽い」ことはない。

社会的文化的なNurseもSchool Nurseも決して「低く,安っぽい」のではない。博士も修士もおり,

高い地位や優れた研究業績に社会的貢献をしているものが少なくないからである。

これは「日本国」の社会的文化的条件と大きな違いとなる。

6.「養護」の用語と概念

「養護」という記号を付与して「掌る」で「出発」したが,このことは学校保健界の内的了解であ り,外的にはどうか,問われなくてはならないし,問われなければならなかったのである。

学校保健界の外には,同一の「看板」を背負っていて,長い歴史をもつ「養護学校」「養護学校教 諭」がいるし,いたのである。

同じように教育界の外で「養護」の概念をどのようにとらえていたかも,問題となる。これらの 問いに「ずれ」や「差異」があるとすれば,「学理的概念,記号」として,不適切であるし,まして,

法的規定の用語として用いることは,概念上と実践上に大きな混乱や曖昧さを残すからである。

(1)そこで,まず,養護について国語辞典から,みてみよう。

辞海(1952年)児童を保護し,鍛錬し,成長を助けること。

広辞苑(1955年)①危険がないように保護すること。②児童の体質や心身の発達に応じて,適当な保 護と鍛錬を加え,その成長・発展を助けること。とくに,虚弱児の教育に重視される。

新言海(1959年)①やしないまもること。養育し保護すること②体格意識の発達が遅れている児 童に対し特別の指導を適用すること。

岩波国語辞典(1965年)特別な保護のもとに育てること。

小学館国語辞典(1982年)①やしない世話をすること,②学校教育で,一般の児童・生徒の保健に ついて配慮すること,③特に保護を必要とする児童・生徒を保護し,教育する。

っまり,1980年代になって,一般の国語辞典でも「新しい意味」が付されるようになってきたのであ る。1950年代には,学校保健界だけの意味だったことになる。

(2>これを和英辞典でみると,どうなるであろうか。日本語辞典(研究社1944年)には「養護教諭」

(9)

は載っていない。新和英大辞典(研究社1954年)では anu・se−teacherとなっている。その後の辞典 はanurse−teacherとなっているものが多い。しかし,小学館の Progressive Japanese−English Dicstionarジ1988年では, Ateacher−for handicaped childrenとなっている。これでは混同混乱となる。

問題は昭和33年以前の法的規制に伴う概念,用語の検討,研究の「有無」とその内容である。

昭和33年には学校保健法が制定された。これはきわめて画期的なことである。だが,養護をつかさ る「人」は学校保健法の「第1条 目的」を達成する人的資源として,「どこに」どのような「位置」

「役割」で規定され存在しているのであろうか。

学校保健法による規定上の位置は多くが「従者的存在」であり「支援的背後者」である。「ずれ」

である。主導的キイパーソンではない。

これを現実的活動でみると,さらに,「ずれ」は大きい。

学校という公的組織体が所定の目的で活動する時,健康,安全に関する「役割」を不可欠とする が,この「ずれ」も大きい。また,「養護」は一般市民の国語辞典レベルではなく,教育専門職では どのようにとらえられていたか,も関連する問題となる。

(3)教育学史的にはヘルバルトをあげなくてはならない。篠原は9)「ヘルバルト派に由来する養護,

教授,訓練の3分法が今も尚,広く,我国に行われているのはいかがなものであらう。これはしかし,

養護,即ち,体育を軽視するというのではさらさらない。いわゆる養護の大部分が訓練に属するこ とは後説くところによって明らかになるであろう。・・」と述べており,養護に少なくとも体育,訓 練がふくまれているが(訓練の対象が不明であるが),当時の学校看護婦と言われた時代の看護の要 素に体育,訓練は入っていない。戦前の学校看護婦はトラホーム洗眼,点眼,救急処置,身体検査 補助,校外行事付き添いなどの仕事をしていた。ここでも養護に即学校看護の概念はなかったので

ある。

(4)養護学校の養護:(養護・訓練指導事典(1975第一法規出版))戦前の身体虚弱中心の養護学校 における養護・訓練「当時,養護学園,海浜学校,林間学校と呼ばれていた施設においては,内容 的には日光浴,皮膚まさつ,軽体操,自由遊戯,栄養食等のことを実施していたが,それらを包括 した用語としては,特別養護あるいは養護と称していた。各学校の要覧などではほとんど包括した 用語を使用していない。これは,当時は,学校衛生における身体虚弱児に対する処置として実施さ れたことにもよる。…昭和12年の学校身体検査規程においてr・・学校衛生上特別ノ必要アリと認 ムルモノヲ「要養護」トシ・・』とあるところから,養護の内容として前述のようなものが取り上げ られたのである。」 この場合,養護の概念は看護の概念に関係が無いわけではないが,養護=学校 看護とはならない。

(5)児童福祉の養護について 児童学事典(昭和45年光生館)養護:養護の意味をもっとも広く解 釈すると,家庭における親を中心とした肉親による育児から,施設などによる社会的な育児まで多

くが含まれる。

これらの諸点から養護の規定概念は,学校保健界内的意味で,外との関連,検討された節はなく出 されたことになる。

7.救急処置を中心とした養護教諭の活動

(10)

先にふれたように,多くのずれを残したまま,また,行政的解釈や無関連的内容の規定のままに,

「現実活動」の「重み」とのずれを大きくしている。

養護教諭の今日的役割は大きい。「役割」である。「項目」とか「機能」ではない。ごく最近,ア メリカではSchool NurseのRoleが見直され,重要性が指摘されている。行政指導的職務内容1°)11)の 11項目,あるいは8項目との「ずれ」も大きい。

ここでも養護教諭は「影的存在」であり「従者的」である。現実は違う。養護教諭「無し」には「学 校保健」は動かない。次にその実際をみてみよう。

1)頭痛・腹痛等内科的愁訴の原因疾患の判断について

児童・生徒が学校教育の場で救急看護を求めてくることは,日常的常態の生活行動の中にある。そ れは必ずしも学校という空間内のことだけではない。

学校教育の活動として学校を離れて,地域社会や修学旅行,共同宿泊学習,スポーツ・運動行事 等,「他所」に移動して実施する活動もある。いずれも,その場に,直接的に関係する教職員の役割 となる。その役割を主として担っているのが養護教諭である。

表3,表4は現職養護教諭に内科的主訴を訴えてきて,受診させた事例や文献による事例のうち 判断の難しかったものについて調査したものである12)。救急看護時の「判断の内容」と「専門医と の「差異」を示したものであるが,その内容からみれば明らかなように,いかに重大な判断が求め られるか,その判断に基づいて「看護処置」がなされていることがわかる。

一般に適切に判断するための条件として次のようなことが挙げられる。1,学校で主訴を訴えて来 る時はまだ,症状がはっきり現れていない場合が多いので経過観察を慎重に行うことである。たと え,軽い訴えであっても,何度も繰り返すようであったら,よく聴取・観察し,念のために受診さ せた方がよいと思われる。2,判断するときには,一つの側面にとらわれず,全体的に観察した方が よいであろう。本人の訴え以外にも,情報を収集し,症状と重ね合わせて総合的に判断すると,よ り正しくなると思われる。3,聴取,観察検査は十分することである。例えば腹痛を訴えてきた時 は,聴取とともに腹部触診を行うべきであろう。触診をすることにより腹壁緊張や,反動性癒痛を 発見でき,緊急度の判断がし易い。4,さらに養護教諭は時間的余裕のない中で,いろいろな情報を 集め,医療機関に送るべきかどうか,どんな疾患が考えられるか判断している(表5)。保健健調査 票,本人以外〜では,担任から,友人からの情報を役立てている。学校で保健の専門家ということ で医師と同じように判断できるのではないかと期待されているが,厳しく,低劣な条件下でこのよ うな救急看護を必要とする「担当者」の「位置」と「役割」の明示的整理,改善が必要とされなけ ればなるまい。判断をミスすると,これに続く対応・処置は,論理的一貫性と連続性をもって誤っ た方向と過程を呈す。表4は,また「誤判断」の多さも示している。これらの事実の意味対象は①先 に述べたように,法律,規則,制度上の規定の「ずれ」がその一つである。「内的条件」としての「判 断の方法」に関する改善も一つであるが,それだけに終わってはならない。

次は②学校保健理論・研究における学校保健,看護理論の「空白部・欠落点」である。

さらに,③学校保健の実践面における養護教諭活動の「位置」と「条件」であり,学校保健救急看 護に関わる「人的資源」(三師や地域社会の保健的資源)とのコミュニケーション,関連機関等であ

る。①の「ずれ」は実質上の「役割担当者」は養護教諭であることの事実認識との逸脱である。

(11)

表3主訴,随伴症状と養護教諭の判断名・医師の診断名

養護教諭の 医師の診断名 随伴症状 養護教諭の 医師の診断名 随伴症状

判断名 判断名

虫垂炎4,食あ 虫垂炎7 吐き気4,前かがみ3,顔面蒼白, 貧血 急性白血病2 顔面蒼白2,発熱,傷の治癒が遅い

たり 便秘,下痢,頭痛,気分不良

4 消化器疾患 十二指腸潰瘍 下血,タール便,顔面蒼白,脈微弱

2 下痢,微熱

3 尿路結石4 貧血

虫垂炎, 顔面蒼白,前かがみ,反動性癒痛,

縺C怠学傾向

消化性潰瘍4

微熱 白血病,接触皮 急性白血病2 頭痛,微熱

内蔵損傷2 腹部損傷3 嘔吐2,内部の痛み 3 膚炎

胃・または十二 胃穿孔 吐き気,微熱,顔面蒼白,嘔吐,腹

紫斑病 血小板減少症

指腸穿孔 壁緊張 胃疾患 ネフローゼ

虫垂炎 卵巣膿腫

腫2

胃疾患 急性腎炎

過呼吸発作 過呼吸痘候群 手足の痺れ,気分不良,脈微弱,顔

ハ蒼白,意識障害,手足の硬直 神経性大腸炎 潰瘍性大腸炎 体重減少

胃潰瘍 不安神経症 血圧・脈拍上昇,肌が湿っぽい 2 心身症 うつ病の疑い 睡眠障害,頭痛,幻聴,悪心 心身症 悪心,耳介のはれ,聴力障害 発疹 じんましん

眼鏡の調節障 脳腫瘍2 目の充血,顔面蒼白,気分不良,め 2 帯状庖疹

害,脳の異常 まい,吐き気,生あくび,一般状

態悪い 耳下 唾石 唾石

1

1 閃輝暗点 閃輝暗点2 目の霞み,閃輝,嘔吐 腺膿 伝染性単核球症 頭痛,微熱,体調不良

風邪,疲労 特発性脳内出血 発熱 2

慢性疲労 脳動脈の奇形 潰瘍性大腸炎 血便

疲労 くも膜下血腫 吐き気,痙攣発作 心室中隔欠損 心室中隔欠損症 心臓発作,虚血発作,胸部異常

症,心臓疾患 2 髄膜炎2 発熱2,扁桃発赤,気分不良,嘔吐,

風邪

頭部硬直 9 関節炎または心 多発性硬化症 両膝の痛み

感冒 流行性脳脊髄膜 気分不艮,発熱,寒気 身症

脱水症 低血糖ショック 意識朦朧,眠気,脈拍減少

感冒 糖尿病 気分不良,微熱 思春期やせ症 思春期やせ症 食欲不振,体重減少

虫垂炎,胃痙攣,エ冒

虫垂炎3 嘔吐2,腹痛2,発熱,顔面蒼白 網膜剥離 白黒にしか見えない

食中毒 食中毒 嘔吐,下痢 薬物中毒 薬物中毒 発熱,全身脱力感,手足の痺れ

良8

虫垂炎 卵巣炎 微熱,腹痛 てんかん 疲労,風邪 もどり

心因性疾患 過呼吸症候群 呼吸困難

貧血 鉄欠乏性貧血 顔・口唇・眼瞼が白っぽい 表4養護教諭の判断名と医師の診断名が

@     一致した事例・一致しなかった事例

喘息発作 アレルギーショック 嘔吐,ショック症状,呼吸困難,チアノーゼ

n=95

心電図の異常 心室中隔欠損症 口唇が青い,座り込む 養護教諭の判断名と医師の診断名が一致 31(326%)

した事例

吸困

心ショック 硬貨大の葬麻疹,脈拍頻数,顔面

g潮,血圧低下 養護教諭の判断名と医師の診断名が一致 38(40.0%)

4 肋骨にひび 自然気胸 顔面蒼白,冷汗,胸痛

その他 26(27.4%)

過呼吸症候群 過呼吸症候群 手足の痙攣

倦怠 急性白血病,疲 J・怠学傾向

急性白血病2 めまい,出血斑,月経不順,風邪

C味の状態が続き治らない,体調不 表5 判断に役立った情報(複数回答)n−57

校種

4 怠学 樋尿病 気分不良

項目

ミオグロビン尿

顔面蒼白,頭痛 資料・保険調査票 103 134 259 4816

自然気胸 自然気胸2 呼吸困難2,吸いこめない,空気が ・健康診断票 3 5 7 15

入りすぎる ・健康観察記録等 3 8 11

4 過呼吸発作 過呼吸症候群 胸が苦しい,顔面紅潮,呼吸困難

・医学辞典・その他

1

13 1 24

ヘルペス 帯状庖疹 手足の痺れ,神経の走るような痛み,

発疹 本人以外からの情報 12 11 23 46

麻痺 脳の異常 脳血管の奇形2 ふらつき,口が開けない,動作の

・担任から・友人から・部活顧問から 81 74 12

Q5

27

V5

4 顔面麻痺 顔面神経麻痺 口元が斜めになる,右頬の痛み ・保護者から 2 3 5

・その他の職員から 1 1

耳疾悠 ハント症候群 顔半分麻庫,耳介の後の痛み ・知人から 1 1

(12)

確かに,資質,力量において,「判断」「処置」等の内容で問題は大きい。だが,現実的,常態的負 担者は養護教諭である。もし,これらが,法規定通りに校医が常態的に学校保健活動の担当者とし て,常に学校救急看護に当たっているなら,この種の「判断のずれ」をもたらすような「人的存在」

は不要となる。

つまり,「学校看護婦」であれ,「養護教諭」であれ,「不要」ということになる。

ところが,現実はその逆である。法規定も対応していないし,「理論もどき」は研究が未熟で「空 白部・欠落部」のまま,コンセプトすら,存在していない状況である。だが,現実はそのような問 題だけではない。「判断」のレベルの問題とは別である。

それは,学校救急看護の「役割」が学校という公的な集団組織の構造において,存在しているの に,この「役割」を放棄したかのような対応が見られている事態である。

「事」が起きると「ナンデモ」「カンデモ」救急車を呼ぷ「養護教諭」がいるという不評である。「救 急車」を呼ぶことも,「公的」な「判断」である。個人的で私的な秘事的な「判断」とは異なるもの である。

その前に「医事的判断」がある。先の表3はそれを示したものである。学校救急看護に関わる「判 断」は,単なる「医事的判断」だけではない。この判断の過程とその後は何かである。「組織的意思 決定」の「過程」が続いている。

仮に「医事的判断」が専

表6 内用薬品使用についての意見 門医と同一であり,「正しい」

校  種 ノ1、学校 その他

とされても,その後の対応 意  見 n=45 n量55 n=100 が,この「理論」だけで運ば 1.学校での内用薬使用はのぞましくない 17 20 37

医師の診断が必要 15 13 28

れるわけではない。だからこ 内用薬は副作用をおこす危険がある 7 2 9

そ組織的意思決定が必要にな 医師にかかるのがおそくなり診断をさまたげ重症化におちいる 2 4 6

学校は教育の場であり医療を施す場所ではない 1 3 4

るわけだ。このように見てく 家庭に帰すべきである 1 1 2

ると学校救急看護の機能とそ その他 2 2

の意味は大きい。表3に示し 2.校医の指導助言した範囲であれば内用薬を使用してもよい 13 17 30 たように現実的要請は大きい 校医の指導助言があれば正しい処置ができる 10 6 16

一定の薬のみよい 3 1 4

とみなさなくてはならない。 あくまでの応急処置である 1 2 3

前に述べた,「救急車」を呼 体質,病歴を知った上ならよい 2 2

その他 7 9 16

ぶ「養護教諭」の場合でも,

「車」がくるまでに「何」をす a 家庭常備薬程度のものであれば養護教諭の判断で使用してよい 13 22 35

一定の条件っきで使用してよい 5 10 15

るかである。早くても「5分」 副作用がないので 2 5 7

遅くなると「30分から1時間 応急拠置であるから 1 4 5

医療機関まで遠い 1 3 4

以上」もかかってしまう。そ その他 5 5

10 の「間」の「手当」は「何を」

4.いちがいに云えない 5 7 12

するかできるか,となってく へき地などでは使わざるを得ない 2 7 9

る。おろおろして何も手がで 児童生徒の体質に違いがある 2 2 4

範囲を限ってなら与えてよい 1 1

ないこともある。 疾病の程度,病名によりいちがいにいえない 1 1

その他 4 4

(13)

「力量」,「意欲,態度」      表7内容薬品の使用基準についての意見

の形成が望まれる。そのた

め,養成機関では,それな       校  種 モ  見

ノト学校

氏≠S5 その他

氏G55

 計 氏≠P00

りのカリキュラムが作成さ 1.養護教諭などが使用基準にっいて相談にくれば指導している 16 14 30 れている。病院実習も当然 処置の一覧表,薬品名を指導している

樺kがあれば指導している

91 74 16

@5 その一環となる。 個々の疾病に対して指導している 2 1 3

相談にこない 2 1 3

その他 3 3 6

2)救急薬品の使用につい

2 あらかじめ使用基準を作成し学校側に指導している 0 1 1

学校ではけがの手当をす 3.とくに使用基準の必要はないと思う 13 14 27 る時に消毒薬,湿布剤等の A校医の診察をはやめに受けさせるべきである

@あくまでの救急処置であるから

52 33 85

外用薬や鎮痛剤等の内用薬 内用薬の使用は認めていない 1 1

を使用する。本来医師は患 B養護教諭の判断でよいので使用基準はいらない 1 3 4

者を診察した結果薬を処方 常備薬程度の薬なので必要ない 1 2 3

一般常識があればできる程度の疾病が多いから 1 1

する事になっている。表6 その他 3 2 5

内用薬品の使用につてい

4.薬品の使用基準についてまだみたことがない 11 11 22

て,表7は学校で使用する

場合使用基準(どの程度症 5 その他 8 4 12

状にはどんな薬品をどのく

らい使用するか等)にっい 表8薬品かぶれの事例 一バファリンー

て校医に調査した結果であ 校種 児童生徒の主訴と養護教諭の判断 その後の症状 対応・処置 る13)。「自分は学校に常駐し

校医が居合わせて,指示されて職員の胃痛にパファリ 60分程して発疹 受診。

ていないのだから,学校で 職中学 ) ンをのませた。 がからだ中にで驕B は薬を使うのは良くない」

2 頭痛を訴え来室。 1時間後,目のま 家庭に連絡し,病

から,「養護教諭の判断で ●孝 検温36.5度oファリン1錠服用させた。

わり,顔面全体に ュ疹。

院受診薬疹とい 墲黷ス。

使用して良い」までさまざ

遠足先で38度以上の発熱のため小児用バファリンを飲 本人がかゆみを訴 帰校後,自宅まで

まだった。また,校医の意 § ませたところ,数時間後,じん麻疹が目のまわりにで ス。

えた。 送り母親に説明

オた。受診する

見が様々だと養護教諭は学

男子 ほどではなかっ

ス。

校の異動により使用したり 2,3日来頭痛がするのでと申し出た教頭先生にパフ 顔面に等麻疹の吹 受診したが異常

しなかったりで子どもへの

員曾 アリンを昼食後あげた。 出あり。

R時間位で,だん

はなかった。

保健指導等も混乱してしま だん消失していっス。

う。養護教諭は事例毎に学 痛み止めにバファリンを副酢用はないことを確かめて, 口唇に水泡。 家庭に連絡して

1錠与えた。 受診。

校医に薬を使用してよいか

歯痛の生徒に昼食前にバファリン1錠服用させる。 30分後,顔面より

どうか聞く余裕はないし, 高校 (以前の服用を確認して) 全身に暮麻疹発

生。

校医も診療中に養護教諭の

職高 歯痛がありすぐ歯科へ行くことができない状況にあっ 2〜3時間後,気分 自然に回復した。

相談に応じることは出来な 員落 たため,バファリン2錠与える。 不快,嘔気脱力感

いであろう。小学校では内 頭痛のためバファリン服用。 しばらくしてから 受診したが,心配 胸がドキドキして ないといわれた。

用薬は使用しないことも多 気分が悪くなっ

た。

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