資本主義精神の成立
その他のタイトル Die Entstehung des Geists des Kapitalismus
著者 臼井 二尚
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 8
号 1
ページ 1‑12
発行年 1977‑01‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/00023130
臼 井 尚
I
資本主義の精神といえば,人は直ちにマックス・ウェーバーを思うであろう。この事は資本主 義の精神はウェーバを抜きにしては論じられない事を意味する。併しウェーバーの「新教倫理と 資本主義の精神」が世に出てから既に70余年が経過し,その間多数の人々がこのウェーバーの説 に対して論評を加えた。けれども,精緻厳明に構築されたウェーバーの説の大綱は,それらの論 評によっては些かもゆるがなかった。このウェーバーの所論について今更に論ずべき問題は残っ ていようとは思われず,いわんやこれに修正を加えんとするが如きことは,この方面を専攻する のでもない者の企て及ぶべきところではない。併しながら,ウェーバーの論じたところは,「新教 倫理と資本主義の精神」の問題の総てではない。即ち.この問題にはウェーバーが論じ残した側 面がある。この論じ残しをウェーバー自身明らかに知っており,彼みずからそれに注意しながら も,その側面をとりあげて論ずることはしなかった。ウェーバーと並ぶこの方面の大家がこの残 された側面を指摘し,なかには自分がこの残された側面の解明をしようと言った学者もあるが,
併しこの人も結局その解明の仕事のほんの一部に触れたに過ぎなかった。従って,この残された 側面について論究を試みることは可能であるばかりでなく,むしろこれをなすことは学界の資務 と言わねばならないであろう。本小論はこの残された側面について若千の考察を行なわんとする ものである。然らば,この残された側面とはそもそもいかなる側面であろうか。
かつて日本でウェーバーは唯物史観に反対して精神史観を樹立し,新教倫理によって資本主義 の精神が形成されて,この精神によって資本主義が発展せしめられた事を明らかにして,この史 観の正しさを証明したというようなことが言われたが, これに先立って欧州でも, 「資本主義の 精神」が宗教改革の確固たる影響の結果としてのみ成立し得たとか,更に一歩進んで,経済体制 としての資本主義は宗教改革の産出物であるとさえするような命題が,ウェーバーによって主張 されたと,再三再四言われたとのことである (Max
W e b e r , Geammelte A u f s a t z e z u r R e l i g ・
i o i i s s o z i o l o g i e , I , 1 9 2 2 , 8 3
頁)。併しこのような見解をウェーバーは甚だ馬鹿げた実際にうと い( t o r i c h t ‑ d o k t r i n a r )
ものとして断呼排撃し, こういうことが自分に臨いられるのを奇妙な 事としている(上同所)。これだけでも十分明らかなように,ウェーバーは決して唯物史槻を否定 したり,精神史観を樹立することを意図したりはしなかったのである。然らば,ウェーパーが意 図し,なし遂げたところは何であったか。それは彼みずからの言葉に従えば次の通りである。即関西大学『社会学部紀要」第8巻第1号
ち,宗教の影唇が果してかの「精神」の質的な錬成と世界を掩う拭的な伸長に関与していたか,
また(関与していたとすれば,それは)いかなる程度までであるか。更に,資本主義の基盤に 立つ文化のいかなる具体的側面がそれに帰せられるかを確めんとするのみである(上同頁)。こ の意図のもとに遂行したウェーバーの論究の結果,彼は,新教が資本主義の精神の形成に対して 決定的な促進的影署を与えたとするのである。而して,この論究が厳密犀利周到を極めているの で,この業績をこの方面の卓越した学者達も誉め称えているのである。例えば日本の大塚久雄氏 の如きも,ウェーバーの研究を抜群にして最も正しい方向を示すものとしている(大塚久雄,宗 教改革と近代社会,四訂版9頁)。
ウェーバーは宗教改革者達の思想がいかなるものであり,それがどのように資本主義の精神,
更にはこれを基盤とする文化を形作っていったかを明らかにするに専らであって,この事は立派 に遂行したが,併し彼は遡って宗教改革者達の思想がどのようにして形成されたかの問題は取り あげなかった。この事は例えばウェーバーのカルヴィンにおける思想態度の変動即ち初め頗る貴 族的な心術
( G e s i n n u n g )
を抱き,貴族との結びつきがあって,職業的な働きについても,貴族 的なものも認容する寛宏な見解をもっていたが,後には次第 1こ貴族的なものを否定排撃して,市 民的なもの以外は許容せぬ厳しく窮屈な態度を執るようになった市民化( V e r b i l r g e r l i c h u n g )
に注目し,階級と宗教生活との間に認められる興味深い現象として,初め社会層を貫いていた垂 直の裂け目(即ち,宗教を原因とする集団形成)が,宗教的立場と階級的階履とを合致せしめる 水平的裂け目への徐々の移行を指示し,ここに史的唯物論的解明の権能が始まると言っている。( E . T r o e l t s c h , D i e S o z i a l l e h r e n d e r c h r i s t l i c h e n K i r c h e n und G r u p p e n , 1 9 2 3 , 7 1 3
頁脚 註3 8 7 )
。けれども,ウェーバーはこの権能を生かして, カルヴィンのこの市民化というカルヴィ ンの教説と関連することの深い問題をとりあげて,市民化の原因を明らかにしようとは決してし なかった事は, トレルチの指摘する通りであり(上同書,7 1 5
頁脚註3 8 9 a ) ,
こういうところにウ ェーバーの限界があり,ウェーバーが残した領域があるのである。マックス・シェーラーは,ウェーバーの業績を礼諧するの余り,ウェーバーは,宗教体験のそ してまたこれに対応する新たな倫理的な生の理想の自発的な (spontan) 一~それの内面的必然 性からの
( a u ss e i n e m i n n e r e n N o t w e n d i g k e i t e n h e r a u s )
変化において, 資本主義の精神 の最も強い根源の一つを見ると言っているが(M.Sc h e l e r , Vom Umsturz d e r W e r t e ,
第2
巻,1 9 1 9 , 2 8 3
頁),この言葉を厳密に解すれば,宗教体験や生の理想はその体験の主体の属する社会 や階級の特質や状況によってなんら規定されることのないそれ自体に内在する必然性によって,ひとりでに生まれ動き変ずるものであるということになり,新教またそれの倫理は社会や経済と は無関係に発生したことになるわけであるが,これではウェーバーも興味深い現象としたカルヴ ィンの市民化の問題も,カルヴィンの精神内の問題として片附けられ,それ以上探究の余地が無 くならざるを得ない。併しながら,基督出でて
1 5 0 0
年余りにして,何故に初めて新教がドイツや スイスの小市民の間に発現し,何故に他の時代に他の所には生まれなかったかは,ただ自発的にとか内面的必然性に従ってとかいうのみでは解明されない。トレルチは,カルヴィンの市民化と 彼の教説との関係を明らかにする事が,宗教の社会的教説と資本主義との関係を扱う場合の主要 問題の一つであるが,この関係の解明をウェーバーは与えていないので,自分が逆にカルヴィン の(宗教思想の)発展に対する資本主義の意義を明らかならしめんと欲する
( T r o e l t s c h ,
前掲 害,7 1 5
頁上同脚註)と言いながらも, この事を頗る僅かしか出来なかった事を認めている。即 ち, トレルチも.カルヴィンの宗教思想がカルヴィン当時の資本主義の成長段階やカルヴィンを 取り巻いていた小市民の心術などによって,どのように規定変容されつつ形成されていったかを 解明せんとしたが,それは極めて不十分にしか出来なかったのであり,従ってウェーバーが残し た領域は依然として大部分が未墾の侭に残されているのである。イギリスの碩学トーニーも,ウェーバーの研究が占める地位と限界とを明らかにして,次のよ うに言っている。即ち, 今日では理解し難い程1こかつて宗教は人々の社会槻に影響を及ぼした し,また経済的・社会的な変化は強力に宗教に働きかけた。ウェーパーは特殊な関心をもってい たので,このうち第一の点を強調したのであって,この事は彼としては無理からぬ事であった。
彼はそこに蓋蓄を傾け洞察力を注いで, その点を強調したのであり, それはまさに賞讃に値す る。しかも私自身のように或点では彼の結論と敢て意見を異にする者ですら,賞讃を与えざるを 得なくなるのである。第二の点については,ウェーバーは通りすがりに触れたに過ぎない。ウェ ーバーは宗教改革がどの程度まで社会的必要に対応して生まれたかを尋ねることをしなかった。
言いかえれば,彼は宗教的心性を異常な洞察力を以て分析したけれども,その心性そのものの原 因も,またその結果も,探求することをしなかったと言って,ウェーバーを批評したゴードン・
ウォーカー氏の言葉は当たっている(トーニー著,宗教と資本主義の興隆. 出ロ・越智訳,岩波 文庫,
2 4
頁)。更にトーニーは語をついで,清教主義は社会秩序を形づくるに役立っ・‑たが,それは またそれ自体として, 益々大きく社会秩序によって形づくられていったのである. と述べてい る。即ちトーニーは清教主義ないし新教と社会秩序ないし階級関係との間に,前者が後者に及ぼ す影響の側面と,逆に後者が前者に影響を及ぼす側面との二面があるが,ウェーバーはそのう ちの第一面を見事に解明したが,第二面の究明は行なうことなく残している事を指摘しているの である。この事は,ウェーバー自身も気付いており, トレルチも指摘した事は上述の通りである が,これらの諸家が意識しながらも十分に究明するにいたらなかった問題が,即ちウェーバーの 資本主義精神論における残された問題であり,この資本主義の精神の形成に最も与かって力あっ た新教倫理の質的錬成と最的伸長とに対して決定的な促進的影響を与えたものは何であり.それ はどのように作用したかという残された側面に対して.社会学の立場から若千の考察を試みることが,この小論の期するところである。
右の問題に附随して,猶一つ顧盛に値する問題がある。それは近代資本主義の史的発展をあら ゆる角度から研究したゾンバルトによって提起された問題であって,彼は明確
I t :( a u s d r i i c k l i c h )
資本主義の精神(これはゾンバルトにあってはまた市民の徳と呼ばれる)は清教的またクェイカ関西大学『社会学部紀要」第8巻第1号
ー派的倫理から生まれたものであるとすることに反対して.次のように言う。即ち,市民の諸徳 そのものの基礎づけ並びに発達に対しては(清教主義のまたクェイカー主義の倫理は)責任はな いという事は全く確かである。それら(市民の諸徳)は清教主義が存在するより200年前に存在 していた。吾々はそれらを既にアルベルティの家政書の中に極めて完全な形において
( i na l l e r V o l l s t a n d i g k e i t )
見出した。従って,それらの成立の原因が或宗教体系にある限り.それは旧 教体系にある。新教倫理はトマス説が創造したものを取り入れる以上のことは何も出来なかった( W e r n e r S o m b a r t , Der B o u r g e o i s , 1 9 1 3 , 3 3 4
頁)。新教はトマス倫理の基本教義を新たに燃 えあがらせた情熱をこめて,また部分的には一層鋭くそして片寄った表現様式で鼓吹している。ー語ー語トマスの教則と同じに,品行を方正ならしめんとする新教倫理のすべての個々の訓戒は 述べられている。それの伝える市民の徳はスコラ学者のそれと寸分違わず同じである(上同書.
330頁)。ゾンバルトは続いてこの事を勤勉・有益な物事への没頭・節制・倹約などの諸徳1こつい て証拠だてている。
併しながら.ゾンバルトの上の言葉は言い過ぎであろう。人間が生きていく上で守るべき心得 ないし踏み行なうぺき道を説く倫理上の教えは,いかなる宗教においても極めて重要な構成部分 であり,この重要な部分を他の特定の派からその侭に受け入れた宗派の如きは,宗派としての独立 性を疑われざるを得ないであろう。新教が旧教から分離しこれに対立する別個の宗派として存立 してきたという事実そのものが,既にゾンバルトの言葉が当らざる事を示唆するものであると見 られよう。ソンバルトが上の諸徳について引用しているところに誤りはないとしても.それらは 新旧両教の倫理のほんの一部に過ぎない。両教に同じ言葉は上のほかにもいくらでも拾い出せる のであるが,同じ言辞を用いる精神・目的・理由ないし意図が異なる事は大いにあり得る。世の おおかたの学者達もゾンバルトを非なりとし.ウェーバーを正しとしている。そのなかでもマッ クス・・シェーラーはこの両教の倫理の先後の問題について.立ち入った考察を行なっているが,
彼は自己の見解を展開するに当たり,次のように述べている。即ち, 2人の卓抜なる学者の対立 において.旧教及び新教一般の資本主義精神への関係を旋る限りにおいては,外観上いかにゾン バルトが正しいようでも.究極の正しさは全くマックス・ウェーパーの側にあるように私には思 われる。ゾンバルトがトマス倫理の精神と経済生活との関係についてなしている叙述は.これが ために新たに掲げられた根本資料が頗る感謝に値するものなるにもかかわらず,私たちをして彼 の主張に確信を抱かしめることは出来なかった
( M .S c h e l e r ,
前掲書,2 8 5
頁)。シェーラーは 4つの点についてゾンバルトに批判を加えている。ところが甚だ残念な事に,シ ェーラーの論述はいずれも的に当たっていない事を感ぜしめる。と言うのは,シェーラーがゾン バルト説として論難を加えているところは.仔細に検討してみれば.ゾンバルトの述べていると ころとは一致していないことが見出されるのである。即ち.シェーラーはゾンバルトが言っては いない事柄に分析批判を加えて.それの非なる事を明らかにしているのであって.この限りにお いてシェーラーの議論は追憾ながら私たちの論究に教えるところは少ない。(この事を明らかに
‑ 4 ‑
するために,シェーラーの議論の具体的な紹介批評をなすべきであるが,紙数の都合上この事は 後日に譲らざるを得ないo)
宗教思想や倫理思想というものは頗る複雑多彩なもので,様々な要素から成っており,それら 要素の或ものは古くから存在し,或ものは極めて新しい。しかもそれらはいずれも時とともに変 動し,或ものはその形状を拡大または縮小し,或ものはその強度を上昇せしめ,または低下せし める。而して斯くの如き程度上の変化が或限度を超えれば,質的変化を生じて,別異のもの更に は反対のものにさえ転化する。更に或ものは初めは無意識的な崩芽の状態に在り,後には明確な 形態を執って意識の中枢を占めるにいたる。また古いものは脱落し去って,初めは無かったもの が中途に登場する。一端衰退しまたは消失したものが,後になって再興しまたは復活することも ある。この事は特定個人の思想にも当て嵌まるのであって,すべての要素が全く新しい思想体系 をなして突如として特定個人に現れるという突然変異の発生する事は極めて稀な場合に属する。
従って或思想体系の新古は一概には断定し難いのであって,それを構成する各個の要素の時間的 ないし時代的推移に注意しつつ論究するを要する場合が少なくない。新教倫理の形成の問題を考 察するに当たっても,上の事を念頭に置く必要があるであろう。
I I
これまで資本主義という言葉を無規定の侭に使用したが,資本主義は中国にも印度にもバビロ ニアにも,更にまた古代にも中世にもあった。併しウェーバーが資本主義と呼んでいるのは近代 資本主義であり, 西欧的ーアメリカ的資本主義である(ウェーバー,前掲害,
3 4
頁)。この近代 資本主義の史的発展を詳細に研究したゾンバルトは,この資本主義をそれの発展段階によって,早期資本主義
( F r i i h k a p i t a l i s m u s )
と高期ないし高度資本主義( H o c h k a p i t a l i s m u s )
の二段 階に分け, これに更に後期資本主義( S p a t k a p i t a l i s m u s )
の段階を附加することもあるが,ゥェーバーは早期資本主義を精神の差異に基づいて二段に分かち,前段を賤民資本主義
( P a r i a
・k a p i t a l i s m u s )
と呼び,後段をただ資本主義とのみ呼んでいる。この後段の資本主義の精神をウ ェーバーはとりあげ,これと新教倫理との関係を究明しているのである。賤民資本主義なる名称 の由来は,この段階の資本家は賤民と見倣され,資本家自身もまたみずからを賤民と感ずる気持 ちから脱し切れなかったという事態に存する。これに対して次の段階では,この賤民なる観念が 全く消失して跡形も止めないのみならず,前段階においては賤民視された者がかえって最もよく 神の意にかない,神に選ばれ神の恩寵に最も多く浴する者,即ち選民たるの信念に満ちつつ経済 活動に出精するのである。この意味からすれば,この段階の資本主義は前段階の賤民なる語に代 えるに選民なる語を以てし,選民資本主義と呼ばれて然るべきであると思われるのである。高期 資本主義の精神は簡明にこれを性格づける言葉を見出し難いが,人間の貴賤や神の意志から全く自由になり,経済的ないし物質的利益従って貨幣の獲得を唯一至高の目的として,これの合理的 追求に専らになり,この目的以外のものを顧慮しこれに心を動かされ仮借することのない態度,
関西大学『社会学部紀要』第8巻第1号
従って他人の運命に対する全き無関心と無顧殿性
( v o l l i g eI n t e r e s s e n ‑ u n d R i i c k s i c h t s l o s i g ‑ k e i t gegen das S c h i c k s a l d e s M e n s c h e n ) ,
否人間のみならず,国家・芸術・道徳・ 宗教・その他一切の文化に対して,更に自然に対しても,関心なく顧慮なく,ひたすらに経済的収益を 合理的手段によって追求するのが高期資本主義の精神である。故にこの精神の特質を表わし示す ものとして無顧殿性とか当体化ないし即物化
( V e r s a c h l i c h u n g )
などの言葉が用いられるので ある。但しこの無顧慮性は,目的達成のためにはいかなる手段をとることをも躊躇しないという 意味の無躊躇性( S k r u p e l l o s i g k e i t )
とは異なり,特に武力による掠奪はつつしみ,飽くまでも 生産せる物資の市場における交換による収益を目指すものである点において,近代性を保持して いるのである。ウェーバーが問題としたのは選民資本主義の精神と新教の倫理との関係である。この関係の実 のりある究明にとっては,関係する両者即ち選民資本主義の精神と新教倫理とのそれぞれが,ま ず正確に把捉される事が前提条件である事は自明の理であろう。若しもこれら両者或いはそのい ずれか一方の把捉ないし解釈が誤っていれば,全論議が無意義なものになるは明らかである。全 論議にとって基本的重要性を有する資本主義の精神の概念は,あらゆる資本家になんらかの程度 において存在する精神の理念型にほかならぬが故に,ウェーバーはこの理念型を彼みずからが説 いた理念型構成の手続きに従って構成することが当然期待されるのであるが,然るにこの期待に 反してウェーバーはこのことを回避し, •この精神の把捉は研究に先立って得られるものではな く,研究の結果として明らかにされるのであるとして,少なくとも先ず最初には,ここに資本主 義の「精神」と考えられるものの一つの応急の例証が問題となると言い,研究対象を理解せしめ るために不可欠な例証の一つとして,かの「精神」の一資料をとり,それがここに差し当たり問 題となっているものをほとんど古典的純粋さにおいて包蔵しているとして(ウェーバー,前掲 害, 31頁),この具体例の解説から出発する。その具体例として提示されるのは周知の通りペンジ ャミン・フランクリンの書き物であり,この害き物に表れているフランクリンの精神を手掛りと して全論述が進められていくのである。
この論述の進め方は一見奇異の感じを生ぜしめはしないであろうか。というのは, フランクリ ンは代表的資本家ではなく,資本家と呼ばれる資格があるという事さえ認められ難い人物なので ある。彼は初め印刷業に従事したが,彼のこの企業はその形態の上からは何かの手工業と少しも 異なるところの無いものであった(ウェーバー,前掲書,
4 9
頁)。また彼は新聞社も経営したが,これとてもとるに足りぬ小規模なものであったのみならず,間もなく彼はその新聞への寄稿を主 とするようになり,やがて著述家として活動するにいたったが,更に彼は科学者また政治家特に 外交官として知られるようになった。このような資本家とは呼び難い経歴の人物の精神を分析し ても,そこからは資本主義の精神がいかなるものであるかは把捉出来難いではないかと感ぜられ 易いであろう。常識的には,資本主義の精神と考えられるものの研究ないし探究は,代表的な資 本家と認められる幾人もの人々の言行や害物,それらについての研究の結果を盛った書物などを
資料としてなさるべきであると考えられ,資本家ならぬ人物の書き物に資本主義の精神が極めて 純粋に現れていると断定する理由はどこにあるのか。その理由を明らかに示すことなく,ただ天 下り的に断定を下だすのみでは,独断論の色彩が強く,全面的には承服し難いという感じを払い 難いであろう。
フランクリンの書き物に資本主義の精神が純粋に表れていると断定するためには,既に資本主 義の精神は何ぞやという問題が一応解決されている必要があるが,ウェーバーの脳裡にはこの問 題の答が既に出ており,その答としての資本主義の精神の理念型が出来上がっていて,これに照 らしてフランクリンの書き物を検討したところ.そこにこの理念型を構成する諸要素ないしウェ ーバーのいわゆる諸特相 (Ziige)が明確に見出されるのみならず, それ以外の突雑物は殆ど認 められないので,この書き物こそ資本主義の精神を純粋に示すものとしてとりあげ,これを説明 の手掛りとしたのであると考えられる。即ち.ウェーバーは資本主義の精神の内実
( G e h a l t )
を 示す理念型の構成の手続き,換言すれば,この精神が何であるかの研究ないし究明の経過は一切 略し,その究明の結果明らかにされた資本主義の精神の構成要索を, フランクリンの害物を具体 例として利用しつつ説明ないし解明をしているのである。それにしても,資本主義の精神が資本家ならぬ者によって純粋に表明されているとするのは奇 妙な事ではないかとも言われようが,この事もウェーバーは十分に意識しているのであって.彼 に従えば一般に近代の入口においては,彼が彼の害物において「資本主義の精神」と呼びなした ところの心術(即ち選民資本主義の心術)の運載者は,決して商業貴族と呼ばれた資本主義的企 業者のみではなく,また主として彼らであったのでもなくて,むしろ遥かに多く商工業に従事す る中間身分層
( M i t t e l s t a n d )
といわれる上昇に努力しつつあった階囲であったのである(ウェ ーバー,前掲害,49‑50
頁)。即ち,ウェーバーの言うところの資本主義の精神は, 資本家ない し実業家とは階屈を異にし,一段下の中小商工業者に主として宿り,彼らを資本家に仕立ててい った心術である。従ってこの心術の主体は上屈の資本家に成ろうとして努力しつつあるところ の.未だ資本家には成っていない人々なのである。このような資本家ならぬ人々の心術を資本主 義の精神と呼ぶのは何故であろうか。斯かる事が許される根拠は奈辺に存するのであろうか。こ の疑問を解くためには次のように考えるのほかはない。即ち,賤民資本主義から選民資本主義へ の移行段階においては,資本家と目せられる人々は都市商業貴族と呼ばれた人々であるが,彼ら の多くは未だ賤民資本主義の心術を脱し切らず,選民資本主義の心術を抱いている人々は.未だ 資本家には成れないでいたであろう。従って選民資本主義の精神の荷い手は,未来の可能的資本 家たるに止まり,現実には資本家に上昇する途上にある中間身分層の所属員,資本家に成る準備 の段階にある中小市民であったが.彼らの子孫が後に資本家に成っても,同一精神を抱いていた ので,ウェーバーはこの未来の資本家ないし資本家たるべく努力を積み資本主義の心術を錬りつ つあった人々に着目したのであろう。以上指摘したように,ウェーバーの諭述には種々不審不安な点があるのであるが,彼の所論に
関西大学r社会学部紀要」第8巻第1号
対しては様々な批判も加えられたにもかかわらず,資本主義の精神についての論述に対してはな に人も論難を加えなかったのみならず,上述のように他の点に対しては断呼たる反対を表明して いるゾンバルトさえ,この点についてはウェーバーと全く同じ意見を唱え, しかもウェーパーと は異なって,
1 5
世紀から1 8
世紀即ちフランクリンの時代に及んで,「市民的な」徳を扱っている 書物をスペイン・フランス・イクリア・イギリス・アメリカにわたって検討して, フランクリンを以 て,この方面における最高の完成体( h o c h s t ev o l l e n d e t e A u s b i l d u n g )
となし( W .S o m b a r t , Der modeme K a p i t a l i s m u s ,
第2
巻,第1
篇,1 9 1 6
年,3 0
頁),またフランクリンにおいて市 民的世界銀はその頂点に連したと記している( S o m b a r t ,Der B o u r g e o i s , 1 5 2
頁)。ここにおい て私たちはウェーバーの一見天下り的独断の銀のある論述が正しく的を射たものであり.正鵠を 得ている事を悟らしめられるのである。即ちフランクリンなる資本家らしからぬ新・教徒の心術 は,資本主義の精神の主要構成要素をあわせ備えていた事が知られるのである。他方フランクリンは敬虔な清教徒である。彼は幼少年の頃宗教心の厚い父によって,新教精神 に満ちた訓育を受け,その精神を時によって程度の変動はあっても,終生保持した事は,彼の自 叙伝によっても明らかである。例えば,彼は,私の処世の法—それが神様のお蔭でたいそう成 功したのだが,と言って自己の成功をすべて神に帰しており,更にまた,次のようにも言ってい る。即ち.私の幸運は全く神の助けによるもので,私は神に導かれて自分の処世の法を見出し,
成功を獲ち得たのである。 このことを私はうやうやしく言っておき度い。そしてこの信念の故 に,今までの幸福が将来も続くように,または他の人々と同様に私の運命の逆転に逢うような場 合には,これに堪えることのできるように,神の好意が今後も私の上に働くであろうと一~神の 意志を推し測ってはならぬけれども一~信じるのである。今後の運命の転変は神の知り給うとこ ろであるが,その神の御手にあっては,我らに苦難を下だし給う時でさえ,そは我らへの祝福な のである(フランクリン,自叙伝,岩波文庫.
5
頁,6‑7
頁)。このように自己の運命の一切を 神意に帰し,神の恩寵を確信している篤信な新教徒フランクリンの心術が,新教倫理によって育 成され規制されていた事は当然であり,従って,フランクリンの精神が近代資本主義の精神に合 致する限り,フランクリンを一証左として,近代資本主義の精神は新教倫理によって形成された とすることは容易であり,むしろ当然の事となるので,同じ精神を新教倫理から導き出さんとす るウェーバーの理論にとっては,フランクリンを以て資本主義の精神の体現者とする事は,極め て有利な論法の確立となるわけである。併しながら,これは飽くまでフランクリンの精神が資本 主義の精神と合致する限りの事であって,この合致が確認されぬ限りは,または両者の合致が否 認されるならば,新教倫理からの資本主義の精神の導出も極めて困難になるのは明らかである。ウェーバーは資本主義の精神が何であるかをフランクリンの心術を具体例として解明するのみ で,この解明の根拠ないし理由を呈示すべきこの精神の究明の過程を示さなかったが故9こ,不審 不安の感を抱かしめたのであるが,ウェーバーは決してこの研究究明の労を省いて.独断的に説 明解明を行なったのではなく,彼も周到克明に究明の過程を辿ったのである。ただ彼はこの過程
には全く触れることなく,この過程の最後に到達した結果のみを提示し,これを解説したのであ ると解せられる。この事は,ウェーバーの著書に載せられている多数大量の脚註によっても示唆 されるところであって,これらの脚註の多くは,初め雑誌に発表されたウェーバーの論文に対し て加えられた批判論難に対するウェーバーの反論を,先の論文を書物として刊行するに当たって 附加したものと想われるが.この細字で組まれ,往々にして頁の大部分を占める脚註を読む時,
ウェーバーの断定や主張が,いずれもその背後に,犀利にして広汎周到な研究検討の結果の堆放 をもっている事を思わしめられるのである。この堆積によって裏づけられているが故
I C ,
天下り の感を与え易い断定に接する人々も或いは明確にまたは漢然とその断定が肯緊に当たる妥当な ものなる事を感じて, 異議を唱えたり非難を加えることをしないのであろう。(上のように, 十 分の理由や根拠のある断定や主張を,それらの理由や根拠を説明することなしに,いわば天下り 式に提示しつつ論議を進める事は,碩学・大家に往々にしてみられるところである。例えば,実 存哲学を以て盛名のあるハイデッガーの如きも,彼の主著S e i nund Z e i t
において同様な天下 りの観ある断定を並ぺている。かつて私たち若干名の者が,ハイデッガーと並んで同じ大学で哲 学を講じていたオスカー・ベッカー教授の宅で,同教授とともにハイデッガーの上の書物を読み あっていた際に,私がハイデッガーの基礎づけないし証明抜きの断定の並列について疑謗の申立 てをペッカー教授に対してしたところ, 同教授日<,「ハイデッガーだからこそ, これで通るの だ。吾々がこれをやると物議が生ずるだろう」と。これ即ちハイデッガー級の人物ともなれば,形の上では独断のように見える断定も,みなそれの背後に十分の理由を伴なっており,この事を 読者に感ぜしめるので, それらの断定が説得力をもち, 物議を防止する事を指したものであろ
うo)
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フランクリンにありとされる資本主義の精神の構成要索.換言すれば市民の徳なるものをウェ ーバーが紹介しているフランクリンからの引用文から拾い出せば,その主なものとして勤勉・節 制・几帳面・公正・誠実・正直・信用などが挙げられる。フランクリンの有名な言葉—~時は金
(かね)なりは,時を空費することなく.これを労働を以て埋めれば,金が儲かるという事をい い表わしたもので,動勉の勧めにほかならない。節制は節約に通じ,これは快楽の追求の抑制圧 殺となり,これと勤勉とを結合すれば,勤勉によって得た金は浪費されることなく蓄積され.蓄 積された金は快楽のためには使用されぬが故に,勤勉なる労働を助けるために使用されて,労働 による儲けを大ならしめる。このことを果てしなく繰り返すことは,営利活動を果てしなく拡大 することにほかならず,斯くの如くにして.果てしなく営利を追求してゆくのが資本主義である ということになるのである。また几帳面というのは守るべき義務を必ず守り物事をなおざりにし ない事であり.また物事を胡麿化さぬ事であり,従って信用出来る事である。これに誠実・正直 が加われば, いよいよ信頼出来る人物また「固い」人物になり, 斯かる人物は一屑信用を厚く
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し,従って営利資金の獲得が容易となり,ますます営利活動を拡大出来る。
このように資本主義の精神を構成するのは.貨幣即ち資本の最を増大せしめ,仕事の規模を拡 大するに役立つ心得ないし心構えの数々であるが.これらの心構えの多くはゾンバルトの指摘し たように,新教の発生以前に既に存在した事が認められる。但し.それらがアルペルティの書物 にフランクリンの言葉と片言隻句まで同じに揃って見出されるとするのは,確かにゾンバルトの 言い過ぎであり,この事はウェーバーが自著の脚註において綿密的確に論述している
( W e b e r ,
前 掲書, 38頁脚註)。またウェーバーによれば,これらの心得の扱い方ないし遵守の仕方は,新教以 前と以後とにおいて根本的に相違するのである。即ち,新教以前にはこれらの心得は単なる仕事 の上の知恵( G e s c h a f t s k l u g h e i t ) ( W e b e r ,
前掲書,3 2
頁).生活上のオ智( L e b e n s k l u g h e i t )
処世訓( L e b e n s k u n s t l e h e r e )
として扱われたに過ぎないが( W e b e r ,
同上,4 0
頁).新教にあっ ては,それは処世の倫理的色彩を帯びた格律の性格をもつにいたった(同上,3 2
頁)。即ち. 職 業における有能性を義務とする一つの性格ないし気風が新教では生じたのである。西欧ーアメリ 力的な資本主義の精神とはこの特有の性格をもつものである(同上,34頁)。職業における有能性 はフランクリンの道徳のアルファにしてオメガであり(同上, 36頁). 職業における義務の思想 は資本主義的文化の社会倫理の特色をなすものであり.これに対して構成的な意義をもっている ものである(同上, 36頁)。アルベルティにもまた彼が随所に引用している古代の著作者達にも,上の倫理的性格ないし気風は欠如する(同上,
4 0
頁脚註)。 15世紀から16世紀にかけて全欧州第 ーの富豪であったヤコプ・フッガーの言葉にも,この倫理的色彩は見られず,倫理的には無記なる傾向性が認められるのみである(同上,
4 0
頁)。即ちウェーバーは,等しく処世訓であっても,倫理的な性格ないし気風の有無によって,新教 以前と以後とを峻別し,以前のものを単なる暮らしの知恵ないし処世の術を教えるものとすると ともに.以後のものはそれの心構えに倫理的情熱が伴ない籠っているとするのである。併し,ゥ ェーバーがフランクリンの書物から引用して並べている文章には,ウェーバーが強調するほど倫 理的情熱は感じられ難く,フランクリンも経済的利得ないし金儲けに役立つが故に特定の心構え を説くに止まっていて,善なるが故に,また義務なるが故に.その心構えを説き命ずるのではな いという功利主義的態度に止まっている銀なきにしも非ざる教説もない事はない。例えば. 「思 いみょ—諺に従えば-よく支払いをする者は,各人の財布の主(ぬし)であるという事を。
几帳面に約束の時に支払いをするので有名な者は.いつでも彼の友人達が差し当り使わない金を すべて借用することが出来る。これは時として非常に有利な事である。勤勉と節制と並んで若者 を立身出世させる
( i nd e r W e l t v o r w a r t s b r i n g e n )
ものとしては,すべての仕事に際しての 几脹面と公正に如(し)くものは無い。故に借り入れた金を汝が約束の時より 1時間もよけいに 手許に置くことは決してしてはならない。これは汝の友のその事に対する念激が汝に対して財布 を永久に閉じることをなからしめるためである」( W e b e r ,
前掲書,3 2
頁)。ここには,几帳面に借 金を返済する事は将来の借金を容易ならしめるに大いに役立つから.この事を実行せよと教える‑10 ‑
のであって,決してその事が善であり,義務であり,人の道に合する徳なるが故に,為すべしと 説いているのではない。或行為を勧めるに当たって,それがいかに利益をもたらすかを示してそ の行為を勧告するのは,功利主義に立つものと言わねばならぬ。この立場を一歩進めれば,道か らはずれ義務に背く行為でも,それが自己に利益をもたらすならば,それの反道義性を掩い隠し て, 道義に合するような外観のもとにそれを実行することさえ勧めるにいたりかねないであろ う。ウェーバーが異例的に長く引用しているフランクリンの言葉には,上に例示した箇所と類似 したものが多く,倫理的な性格や気分を感ぜしめるものは少ない。そして,ウェーバーもフラン クリンのすべての道徳的訓戒は,特定の徳目がいかなる効果をもたらすが故に有利であるという 言い方で述べられている事を認めている
( W e b e r ,
前掲書,3 4
頁)。然るにもかかわらず,ウェー バーは,資本主義的心術の新たな独特な性格として道義性・義務の感情を幾度も強調している。これも,ウェーバーが資本主義の精神の体現者の具体的一例として,フランクリンをとりあげる 前から,既に倫理性を重視していたところからであろう。
ウェーバーは更に資本主義の精神の上の倫理性は宗教と堅く結ばれて
( v e r a n k e r t )
いるとす る。ウェーバーが強調する義務の感情は,行為の主体が神に対して感ずる感情であり,倫理感の 基礎には宗教的銀念が存在するのである。この事も,ウェーバーのフランクリンの書物からの引 用からは,明確には感知され難いのであるが,先に掲げたフランクリンの神に対する態度から,十分に察知されるであろう。目的合理主義
( Z w e c k r a t i o n a l i s r n u s )
わけても経済合理主義を本質 とする資本主義の根抵に神が厳存するという事は,奇異に更には不可解に感ぜられるかも知れな い。フランクリン自身もいずれの教派にも属しない理神論者( D e i s t )
であったにもかかわらず,自己の運命のすべてを神に帰する敬虔なる篤信者であった一事を以てしても,中世から近世前期 迄の欧州ーアメリカでは,日本人には思いも及ばぬほど,キリスト教の支配力が強かった事が知 られよう。 この事はトーニーの論述も明示しているところである。彼は次の如く説いている。
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年代においては,典型的な経済学の体系はスコラ哲学のそれであり,……道義上の問題で困 ることが起きると,頼りにするものはきまって聖書・教父・教会法及びその註釈者達の説くとこ ろであったのである。また典型的な論争は通例道徳上・宗教上の言葉でもって行なわれるにきま っていた(トーニー著,前掲害,3 4
頁)。1 6
世紀が受けついだ遺産は人間生活の全分野を包含する ものとしての宗教の理念であった(同上, 53頁)。彼等(中世の著作者たち)の根本的な考え方 には……経済的な行為は人格的な行為の一面であるから,それは道徳の規範に拘束されていると いう考え方である。……中世の経済理論では道徳目的に関連のないような経済的な行為は全く考 えられていない(同上, 68頁)。(当時即ち16世紀に)堅固な道徳的規準を一般人が信奉していな かったとは言えない。火急な三つの問題ー~ ・資本と利子・英国における土地問題一1こついて,
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年と1 5 5 0
年との間に起こった論争に目を通す者は,当時の新しい,そしてロ 喧しい実業家たちによって,伝統的なキリスト教倫理がたえず引合いに出されているのを見て,驚かないではいられない。個人と個人との関係においても,社会組織においても,その倫理はな
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お究極的な権威であると考えられていたのである。だからこそ教会の役員たちは社会政策上の問 題についても,その主張を曲げようとせず,また旧教徒・英国国教徒・ルクー派・カルヴィン派 では,教理や教会政治に関しては意見をことにしていたにもかかわず,ルクー・カルヴィン・ラ テイマートロード・ジョンノックスとビルグリムファーザーズたちは,社会道徳が教会の領分で あることについては,意見が一致していた。彼らがそれを教えようとするとともに,必要とあら ば,適当な規律を設けてでも,これを強制しようという態度を示したのも,それに権威を認めて いたればこそであった(同上, 35頁)。 16世紀にひきつがれた第一の根本的な命題は, 人間のい ろいろの制度と活動との究極的な標準となるものは宗教であるという事であった(同上,
49‑50
頁)。教会は生活の全分野を包し,その権威は究極的なものであった(同上,5 0
頁)。上のフランクリン自身の言葉やトーニーの説述によって,フランクリンの心術ないし心根に宗 教が力強く坐を占めていた事,更に彼以前の資本主義の発展を荷っていた中小市民たちの精神を 一層力強く宗教が支配していた事は十分に明らかである。またこの事は16世紀から17世紀にかけ て西欧から東欧に及んで荒れ狂った宗教戦争によっても推知されるところである。宗教戦争には 確かに国内的及び国際的な政治上の利害関係がからんでいたが,併し新旧両教の対立抗争が有力 な要因として加わっていた事は,宗教戦争という名称そのものによって明示されるのであって.
絶大な犠牲を伴う戦争をも自己の信奉する宗教のためには敢えて辞さなかった当時の人々にあっ ては,狂信に近いほどに,人間生活のすべてが,神と結ばれていたのであった。
以上述べ来たったところによって,選民資本主義の精神の構成要素がいかなるものであるかが,
一応明らかになったと云えよう。次にくる問題は,これらの要素のうち16世紀が中世からひきつ いだものは何と何とであるか,またそれらの各々は中世のいつ頃いかなる人によって説かれ,ど の程度に強化されまたは変容されて16世紀にひきわたされたかの問題,またそれらの要素がそれ らの人々によってその時強化変容されたのは何故であるかの問題であり,次いで現れるのは, 16 世紀には,中世からうけついだ要素のほかに,いかなる全く別の新しいものがいつ誰によってつ け加えられたか,その人がその時にその要素をつけ加えたのは何故であるかの問題,またそれら の要素は,その後いつ誰によっていかように変容されたか,それらの変容は何故に生じたのであ るかなどの問題である。これらの問題はウェーバーによって残された問題であり,他の諸家もま た十分に究明することをしなかった問題である。これらの問題の解明を主として当時の社会の構 造の変動との関連において試みんとするのが,この小論の期するところである。 (以下次号)