医療過誤と重過失
前 田 雅 英
はじめに 医療不信と医療崩壊
医療事故と医療関係者の法的責任の問題︑医療安全の問題が︑大きな社会的関心事となっている︒国民の﹁医﹂
に関連する安全の要求は︑間違いなく強まっている︒と同時に︑﹁医療崩壊﹂が盛んに論じられている︒二〇〇六
年二月における福島県立大野病院の産婦人科医師逮捕は︑医療関係者の間に︑﹁医療過誤に刑事罰を与えることの
問題性﹂の議論を喚起した︒﹁これでは︑産婦人科医のなり手がいなくなってしまう﹂という議論である︒そして︑
より一般的に︑医療事故に対し刑事処分で対処する事案が増加しているという指摘がなされ︑﹁刑事処分という手
段だけで︑医療事故の真相究明と再発防止は図れない﹂という主張が︑主として医師側からなされるようになって
きた︒そして︑厳しい刑事責任の追求は︑小児科医︑産婦人科医のみならず︑医療現場全体の人材不足を加速する
という声が目立つようになってきていた︒
医療過誤と重過失 ︵都法四十九ー一︶ 八三
八四
たしかに︑医療事故の被害者が︑医療事故の民事的な処理に不満を持ち︑刑事司法に訴える傾向が強まったとい
う印象は否定できない︒それは︑当然︑国民一般の医療不信から生じたものと考えられる︒一九九九年に︑国民が
医療不信に陥らざるを得ない重大な事件が相次いで発生した︒一月には︑横浜市立大学病院での患者取り違え事件
が起こる︒肺の手術予定だった男性患者と心臓の手術予定の男性患者を取り違えて執刀したというもので︑最近最
高裁において︑医師の刑事責任が確定している︵後述九五頁︶︒次いで翌二月に都立広尾病院事件が生じた︒看護
師が点滴薬を取り違えて準備し︑他の看護師がそれを患者に注入し患者が死亡した事件である︒横浜市大の事件と
広尾病院事件が社会に医療不信を招く契機となったことは明らかであろう︒このような大病院ですらこれほど重大
な過誤をおかすという事実から︑医療全体がそのような体質を持っているのではないかとの漠然とした疑念を生じ
たといえよう︒さらに︑広尾病院事件では死亡診断書の虚偽記載がなされ︑事故を隠ぺいする病院の姿勢がマスコ
ミ等で厳しく指弾された︒その際には︑医師に対する行政処分が︑ほとんどの場合︑刑事処分が行われた後に︑し
かもそのうちの一部のみに課されており︑結局︑刑事処分以外に第三者的立場で死因を明らかにする場はないと︑
より強く意識されていったように思われる︒
さらに︑広尾病院事件では︑ミスをおかした看護師の業務上過失致死事件ばかりでなく︑事後処理にあたった主
治医︑病院長︑そして監督者たる東京都衛生局の責任が問われることになった︒そしてその際︑医師法二一条が注
目されることになったのである︒医師らが︑患者死亡確認後二四時間以内に警察届出がなされなかったとして医師
法二一条違反で起訴がなされたからである︒そして有罪が確定する︒このような経過の中で︑二〇〇〇年八月︑当
時の厚生省は︑国公立病院に対して医療事故が生じた場合︑積極的に警察に届け出るよう促す指示を出し︑次いで
私立大学病院︑特定機能病院に範囲を拡大した︒いくつかの医学会も警察届出のためのガイドラインを発表して︑
医療事故に警察が関与する方向性を強めた︒
そして︑広尾病院事件の裁判を契機に︑二〇〇五年六月二三日︑日本学術会議が﹁異常死等について﹂と題して
︵1︶提言を行うことになった︒提言の内容は︑異状死体の届出制度の立法の趣旨からすれば︑社会秩序の維持のために
も届出の範囲は領域的に広範であるべきであり︑異状死体とは︑①純然たる病死以外の状況が死体に認められた場
合のほか︑②まったく死因不詳の死体等︑③不自然な状況・場所などで発見された死体及び人体の部分等もこれに
加えるべきであるというものであった︒
ただ︑いわゆる診療︑服薬︑注射︑手術︑看護及び検査などの途上あるいはこれらの直後における死亡の内︑何
をもって異状死体・異状死とするかについては︑その階層的基準が示されなければならないとし︑医行為中あるい
はその直後の死亡にあっては︑まず明確な過誤・過失があった場合あるいはその疑いがあったときは︑純然たる病
死とはいえず︑届出義務が課せられるべきであり︑これにより︑医療者側に不利益を負う可能性があったとしても︑
医療の独占性と公益性︑さらに国民が望む医療の透明性などを勘案すれば届出義務は解除されるべきものではない
と︑明言したのである︒
もちろん︑﹁人の病死﹂を考えた場合︑疾患構造の複雑化などから︑必ずしも生前に診断を受けている病気・病
態が死因になるとは限らず︑それに続発する疾患や潜在する病態の顕性化などにより診断に到る間もなく急激に死
に到ることなども少なくない︒さらに︑危険性のある外科的処置等によってのみ救命できることもしばしばみられ
る中で︑人命救助を目的としたこれら措置が︑その危険性ゆえに死の契機となることもあり得る︒このような場合︑
その死が担当医師にとって医学的に十分な合理性をもって経過の上で病死と説明できたとしても︑自己の医療行為
に関わるこの合理性の判断を当該医師に委ねることは適切でない︒そこで︑第三者医師︵あるいは医師団︶の見解
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を求め︑当該医師や遺族を含めた関係者︵医療チームの一員等︶がその死因の説明の合理性に疑義を持つ場合には︑
異状死・異状死体とすることが妥当である︒ここにおける第三者医師はその診療に直接関与しなかった医師︵ある
いは医師団︶とし︑その当該病院医師であれ︑医師会員であれ︑あるいは遺族の指定するセカンドオピニオン医師
であれ差し支えはない︒このようなシステムを各病院あるいは医療圏単位で構築することを提言したのである︒
︵2︶そして︑具体的な制度として︑広く医療関連死の問題を総合的に解決するための第三者機関の設置を要請した︒
︵1︶ 日本学術会議は︑作成の背景について以下のように述べている︒﹁医師法第二一条は異状死体等の届出義務として﹁医師
は︑死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは︑二四時間以内に所轄警察署に届け出なければ
ならない﹂と規定している︒立法の趣旨は︑司法警察上の便宜のため死体等に犯罪を疑うに足る異状を認めた医師にその
届出義務を課したものであるが︑学説は︑従来その運用を抑制的に考えてきた︒平成六年︑日本法医学会は社会生活の多
様化・複雑化にともない異状死の解釈もかなり広義でなければならないという視点から︑異状死ガイドラインを同学会誌
に掲載した︒
これに対し︑平成一三年日本外科学会をはじめとする外科系=二学会︑日本内科学会︑全日本病院協会など︑臨床系学
協会から疑義や反論が出された︒その主要な論点は︑法医学会ガイドラインおける異状死に関する基準︑すなわち﹁基本
的には︑病気になり診療を受けつつ診断されている病気で死亡することがふつうの死であり︑それ以外を異状死とする﹂
こと︑及び同ガイドライン︵4︶項にみられる﹁診療行為に関連した予期しない死亡およびその疑いがあるもの﹂に対す
る見解の相違である︒
一方︑この件に関心を有する弁護士及び弁護士団体並びに市民団体からは︑医療過誤の隠ぺい防止や密室医療の透明化
などに資するものとしてこのガイドラインを評価する意見も示された︒こうした背景にあって︑日本学術会議は第七部
︵医・歯・薬学関連︶において異状死に関する学術的見地からの提言を表明すべく委員会を設置し︑その検討を開始した︒
検討の過程において︑本課題は第七部のみの議論では不十分であり︑広く第二部︵法律学・政治学関連︶を加えて見解を
まとめるべきであるとの認織に到り︑第一九期において第二部・第七部合同拡大役員会を発足させ継続して検討し︑本報
告書を提出するに到った﹂︒
︵2︶ 学術会議は﹁いわゆる突然死又は医療事故死︑広く医療関連死の問題を総合的に解決するための第三者機関を設置し︑
医療関連死が発生した場合︑その過誤・過失を問うことなく︑この第三者機関に届け出ることとすべきである︒この第三
者機関は︑単に異状死のみならず︑医療行為に関連した重大な後遺症をも含めた広範な事例を収集するものとすべきであ
り︑この上に立って医療事故の科学的分析と予防策樹立を図るものとする︒このような構想は︑すでに日本内科学会︑日
本外科学会︑日本病理学会︑日本医学学会の共同声明でも提唱されている︒この第三者機関は︑事例の集積と原因分析を
通じ︑医療事故の再発防止に資するとともに︑医学的に公正な裁定を確保し︑被害者側への有効で迅速な救済措置の実施
のために裁判以外の紛争解決促進制度︵ADR︶の導入や労働者災害補償保険制度に類似した被害補償制度の構築などを
図るべきものとする︒このような機関の設立は︑医療行政担当機関︑法曹界︑医療機関︑被事者側及び損害保険機関等の
協力によって進められることが望ましい︒今日︑国民の医療に関して︑このような第三者機関が存在しないことは︑わが
国医療体制の脆弱性を表すものであり︑日本学術会議は第三者機関のあるべき姿について︑さらなる稔合的検討をなすと
ともに︑関係機関に対し︑その実現のためのイニシアティヴを強く期待し︑ここに提言するものである﹂としたのである︒
一 診療行為に関連した死亡に係る死因究明などの在り方に関する検討会
このような提言を受けて︑診療行為に関連した死亡に係る死因究明などの在り方に関する厚生労働省の検討会が︑
二〇〇七年四月二〇日から二〇〇八年三月末までに︑一三回開催された︒そこでは︑診療行為に関連した死亡に関
し︑従来の医師法二一条に基づく届出の基準の不明確さに関する問題と︑後述の大野病院事件に見られる︑医療側
の﹁刑事司法不信﹂を軽減するため︑﹁医療事故調﹂を設置して︑医師の判断は加わった形で刑事介入がなされる ︵3︶
システムが模索されてきた︒検討会の設立の趣旨は︑患者にとって納得のいく安全・安心な医療の確保や不幸な事例の発生予防・再発防止等
に資する観点から︑診療関連死の死因究明の仕組みやその届出のあり方等について︑たたき台を提示し︑診療関連
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死の死因究明等のあり方について︑広く国民的な議論を展開していくことにあった︒診療行為に関連した死亡等に
ついての死因の調査や臨床経過の評価・分析等については︑これまで︑制度の構築等行政における対応が必ずしも
十分ではないことが共通の認識とされ︑さらに死因の調査や臨床経過の評価・分析︑再発防止策の検討等を行う専
門的な機関が設けられていないという問題意識が︑その前提に存在する︒一方で︑患者・家族にとって医療は安
全・安心であることが期待されるため︑医療従事者には︑その期待に応えるよう︑最大限の努力を講じることが求
められるが︑診療行為には︑一定の危険性が伴うものであり︑場合によっては︑死亡等の不幸な帰結につながる場
合がある︒しかし︑診療の内容に関わらず︑患者と医療従事者との意思疎通が不十分であることや認識の違いによ
る不信感により︑紛争が増加してきているのである︒
検討会では︑診療関連死の死因究明を行う組織については︑当初︑以下のように考えていた︒
(一
j まず︑診療関連死の臨床経過や死因究明を担当する調査組織には︑中立性・公正性や︑臨床・解剖等に関
する高度な専門性に加え︑事故調査に関する調査権限︑その際の秘密の保持等が求められる︒こうした特性
を考慮し︑調査組織のあり方については︑行政機関又は行政機関の中に置かれる委員会を中心に検討する︒
なお︑監察医制度等の現行の死因究明のための機構や制度との関係を整理する必要がある︒
︵二︶ 調査組織の設置単位としては︑医療従事者に対する処分権限が国にあることに着目した全国単位又は地方
ブロック単位の組織と︑医療機関に対する指導等を担当するのが都道府県であることや︑診療関連死の発生
時の迅速な対応に着目した都道府県単位の組織が考えられるが︑都道府県やブロック単位で調査組織を設け
る場合︑調査組織に対する支援や︑調査結果の集積・還元等を行うための中央機関の設置も併せて検討する
必要がある︒
︵三︶ 調査組織には︑高度の専門性が求められる一方で︑調査の実務も担当することとなると考えられる︒この
ため︑調査組織は︑調査結果の評価を行う解剖担当医︵例えば病理医や法医︶や臨床医︑法律家等の専門家
により構成される調査・評価委員会と委員会の指示の下で実務を担う事務局から構成されることを想定する︒
︵四︶診療関連死の届出制度のあり方が最も問題となると想定していたが︑現状では︑医療法に基づく医療事故
情報収集等事業以外には︑診療関連死の届出制度は設けられておらず︑当事者以外の第三者が診療関連死の
発生を把握することは困難となっていたので︑診療関連死に関する死因究明の仕組みを︑届出先や︑届出対
象となる診療関連死の範囲︑医師法第二一条の異状死の届出との関係等の且ハ体化を図ることを課題として設
定する︒具体的には︑①国又は都道府県が届出を受け付け︑調査組織に調査をさせる仕組みと︑②調査組織
が自ら届出を受け付け︑調査を行う仕組みの双方を念頭に検討を進めることとする︒
いずれにせよ︑本制度による届出制度と医師法二一条による異状死の届出制度との関係を整理する必要が
あり︑届出対象となる診療関連死の範囲については︑現在︑医療事故情報収集等事業において︑特定機能病
院等に対して一定の範囲で医療事故等の発生の報告を求めているところであり︑この実績も踏まえて検討す
る︒ ︵五︶ 調査組織における調査としては︑①死因調査のため︑必要に応じ︑解剖︑CT等の画像検査︑尿・血液検
査等︑②診療録の調査︑関係者への聞き取り等を行い︑臨床経過及び死因等を分析︑③解剖報告書︑臨床経
過等の調査結果等を調査・評価委員会において評価・検討︑④評価・検討結果を踏まえた調査報告書の作成︑
︵4︶⑤調査報告書の当事者への交付及び個人情報を削除した形での公表等を念頭に置く︒
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︵六︶再発防止のため︑①調査報告書を通じて得られた診療関連死に関する知見や再発防止策等の集積と還元︑
②調査報告書に記載された再発防止策等の医療機関における実施について︑行政機関等による指導等も視野
に入れる︒
︵七︶ 最も困難課題が︑行政処分︑民事紛争及び刑事手続との関係を整序することであり︑①調査組織の調査報
告書において医療従事者の過失責任の可能性等が指摘されている場合の国による迅速な行政処分との関係︑
②調査報告書の活用や当事者間の対話の促進等による︑当事者間や第三者を介した形での民事紛争︵裁判を
含む︶の解決の仕組み︑③刑事訴追の可能性がある場合における調査結果の取扱い等︑刑事手続との関係に
関する制度設計であることは︑当初から意識されていた︒
︵3︶ 委員は︑座長の前田に加え︑鮎澤純子︵九州大学大学院医学研究院医療経営 管理学講座准教授︶加藤良夫︵南山大学
大学院法務研究科教授弁護士︶︑木下勝之︵日本医師会常任理事︶︑楠本万里子︵日本看護協会常任理事︶︑児玉安司︵三宅
坂総合法律事務所弁護士︶︑堺秀人︵神奈川県病院事業管理者・病院事業庁長︶︑高本眞一︵東京大学医学部心臓外科教授︶︑
辻本好子︵NPO法人COML理事長︶︑豊田郁子︵医療事故被害者・遺族︑新葛飾病院セーフティーマネージャー︶︑樋口範雄︵東京大学大学院法学政治学研究科教授︶︑南砂︵読売新聞東京本社編集委員︶︑山口徹︵国家公務員共済組合連合
会虎の門病院院長︶︑山本和彦︵一橋大学大学院法学研究科教授︶の各氏で︑オブザーバーとして︑片岡弘法務省刑事局刑
事課長︑北村滋警察庁刑事局刑事企画課長が参加した︒
︵4︶なお︑以下の点がより詳細な論点として想定されていた︒①死亡に至らない事例を届出及び調査の対象とするか否か︑
②遺族等からの申出による調査開始の可否や遺族の範囲をどう考えるか︑③解剖の必要性の判断基準︑解剖の執刀医や解
剖に立ち会う者の選定の条件︑臨床経過を確認するため担当医の解剖への立会いの是非︑④電話受付から︑解剖実施の判
断︑解剖担当医の派遣調整等を迅速に行うための仕組み︑⑤事故の可能性がないことが判明した場合などの調査の終了の
基準︑⑥院内の事故調査委員会等との関係と一定規模以上の病院等に対する院内事故調査委員会等の設置の義務付けの可
否︑⑦調査過程及び調査報告における遺族等に対する配慮等である︒
一一
垬J省の試案とそれについての批判
検討会の議論を踏まえ︑厚労省は︑﹁医療版事故調﹂に関する試案︵二次案と呼ばれる︶を︑二〇〇七年九月に
公表する︒
︵一︶まず︑組織の在り方について︑①診療関連死の死因の調査や臨床経過の評価・分析を担当する組織として
医療事故調査委員会を設置する︒この組織には︑中立性・公正性に加えて︑事故調査に関する調査権限やそ
の際の秘密の保持等が求められるため︑行政機関に置かれる委員会として設置する︵厚生労働省内を想定︶︒
また︑ブロック単位に委員会の分科会を設置し︑日本全国における調査の体制を整える︒②委員会は︑真相
究明・再発防止を目的とし︑医学的な観点からの死因究明と医療事故の発生に至った原因分析を行う︒なお︑
インフォームドコンセントをはじめとした患者・遺族と医療従事者とのコミュニケーション等の評価に関し
ては︑その実施方法について更に検討する︒③医療事故の調査は︑解剖に加えて臨床経過の評価が不可欠で
あることから︑監察医制度とは別の制度として運用する必要があるが︑監察医制度との十分な連携を図る︒
︵二︶委員会の構成は︑①委員会は︑医療従事者︵臨床医︑病理医︑法医等︶︑法律関係者︑遺族の立場を代表
する者等により構成し︑②委員会の下に設置される地方ブロック分科会は︑個別の事例の評価及び調査報告
書の作成・決定を行う︒③個別の事例の評価及び調査報告書原案の作成は︑分科会の下に置かれるチームが
担当し︵解剖担当医︵病理医や法医︶や臨床医︑医師以外の医療従事者︵例えば︑薬剤師や看護師︶︑法律
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関係者︑遺族の立場を代表する者等により構成される︒︶︑④委員会及び地方ブロック分科会の指示の下で庶
︵5︶ 務を担う部署を設置する︒︵三︶ 最も核となる﹁診療関連死の届出制度の在り方について﹂に関しては︑以下の考え方を示した︒①同様の
事例の再発防止︑医療事故の発生動向の正確な把握︑医療に係る透明性の向上等を図るため︑医療機関から
の診療関連死の届出を義務化する︒なお︑届出を怠った場合には何らかのペナルティを課すことができるこ
ととし︑②届出先は委員会を主管する大臣とし︑当該大臣が委員会に調査を依頼することとする︒③届出対
象となる診療関連死の範囲については︑現在の医療事故情報収集等事業における医療事故等報告範囲を踏ま
えて定め︑④診療関連死については︑全ての事例について委員会を主管する大臣がまず届出を受理し︑必要
な場合には警察に通報する︒︵診療関連死の中にも刑事責任を追及すべき事例もあり得ることから︑警察に
対して速やかに連絡される仕組みとする︒︶なお︑本制度に基づく届出と医師法二一条に基づく届出につい
ては︑本制度に基づく届出がなされた場合における医師法一=条に基づく届出の在り方について整理する︒
︵四︶委員会における調査の在り方については︑①調査の対象事例は︑当面死亡事例のみとし︑②遺族からの相
談も受け付け︑医療機関からの届出がなされていない事例であっても︑診療関連死が発生したおそれが認め
︵6︶られる場合は︑調査を開始するとした︒
︵五︶ 院内事故調査委員会における調査・評価が極めて重要であり︑外部委員を加える等により︑その体制の充
実を図り︑再発防止のため︑委員会は︑個別の事例の分析に加え︑集積された事例の分析を行い︑全国の医
療機関に向けた再発防止策の提言い︑医療安全のために講ずべき施策について︑必要に応じて行政庁に対す
る勧告・建議を行うとした︒
︵六︶行政処分・民事紛争・刑事手続における判断が適切に行われるよう︑これらにおいて委員会の調査報告書
を活用できることとし︑①行政処分は委員会の調査報告書を活用し︑医道審議会等の既存の仕組みに基づ
いて行い︑個人に対する処分のみではなく︑医療機関への改善勧告等︑システムエラーに対応する仕組みを
設けるべきであるとし︑②民事裁判における対応に加え︑民事紛争における裁判外紛争処理機関相互の情
報.意見交換等を促進していく場を設けることを提言した︒そして︑③刑事手続については︑警察に通報さ
れた事例や遺族等から警察に直接相談等があった場合における捜査と委員会の調査との調整を図るための仕
組みを設けることとし︑事例によっては︑委員会の調査報告書は︑刑事手続で使用されることもあり得るこ
とを明示した︒
この試案に関しては︑医療側の一部から厳しい批判がなされることになった︒例えば︑鈴木寛参議院議員は﹁こ
の法案には問題があります︒診療関連死を全件︑厚労省の傘下の調査委員会に届け出させ︑行政処分や刑事処分に
つなげる点です︒⁝⁝診療関連死の解釈いかんでは︑後から届出義務違反で摘発される可能性がある以上︑医師や
病院側は︑ほぼ全件届け出ざるを得ません︒担当した医師なりに時間制約の中で最善を尽くしたつもりでも︑振り
返れば誤りや改善点を指摘できるケースはあるでしょうから︑調査次第では処分の可能性も否定できません︒⁝⁝
また︑調査委員会の立ち入り検査︑事情聴取には︑担当医だけでなく医長や看護師も診療時間を削って応じなけれ
ばならず︑翌日からの患者対応に支障が出ます︒⁝⁝法案成立後は︑重症患者を引き受け︑もしものことがあれば︑
担当医は医師人生を絶たれ︑病院も当分機能停止に陥る可能性が増します︒よって︑万全の受け入れ体制がない病
院は︑患者の受け入れを拒まざるを得なくなり︑救急医療は完全に崩壊してしまうのです﹂と批判された︵﹁医療改
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革の﹁今﹂を知る﹂ ロハス・メディカルニ○〇八年三月号三〇頁︶︒
また︑高久史麿日本医学会会長も﹁医療者の不安を取り除くには︑足りないところがあります︒一つは︑医療機
関が第三者機関へ届け出を義務付けられるという﹁診療関連死﹂の定義が︑よく分からないことです︒届出を怠る
と罰則が科せられるということもあって︑現場では不安の声が多いようです︒⁝⁝もう一つ︑刑事処分相当として
警察へ通報される事案として︑﹁故意のもの﹂の他に﹁重大な過失﹂があった場合も含まれるのですが︑﹁重大な過
失﹂とは︑間違え方が常軌を逸したことなのか︑引き起こした結果が重大なことなのか︑どの辺りから重大になる
のか︑あいまいです﹂と批判された︵﹁医療版事故調に注文があります﹂前掲ロハス・メディカルニ四頁︶︒
この制度では︑﹁医師や病院側は︑ほぼ全件届け出ざるを得﹂ないという指摘は︑届出義務違反が処罰される医
師法二一条の運用などから見ても︑誇張があるようにも思われる︒また︑﹁担当した医師なりに時間制約の中で最
善を尽くしたつもりでも︑振り返れば誤りや改善点を指摘できるケースはあるでしょうから︑調査次第では処分の
可能性も否定できません﹂という指摘も︑問題があるように思われる︒今回の制度によって︑医師の視点をより多
く取り入れて刑事責任を検討することになることは明らかであり︑医療現場から見て﹁水準からの大きな逸脱﹂が
無い限り刑事責任は問われなくなるのである︒たしかに︑﹁届け出るべき範囲﹂﹁刑事システムに通報する範囲﹂が
曖昧だという指摘は︑一定の合理性があり︑それを明確化する努力が︑検討会でも積み重ねられていったのである︒
批判の中には︑二〇〇七年三月に出された産婦人科学会声明のように︑﹁重過失﹂という概念が曖昧なので︑刑
事責任を問題とするのは﹁故意﹂のある場合に限るべきであるという主張も見られる︒しかし︑過失致死傷罪の主
体は人一般であり︑当然医師も含まれる︒はじめから﹁医師の処罰は故意ある場合に限る﹂というのであれば︑刑
法を﹁医師を除くもの﹂が過って人を死傷させた場合に処罰を行うという形に改正しなければならないことになる︒
しかし︑そのような議論が支持を得るとは思われない︒そもそもここ一連の動きが︑国民の医療不信から発してい
ることを想起する必要があるのである︒ごく最近でも︑横浜市大事件の最高裁判決は︑死亡事案ではあるが︑過失 ︵7︶ の処罰を正面から認めた︒そして︑その結論に関し︑法律の世界では強い批判は存在しないといってよいのである︒
︵5︶遺族との調整を担う者や解剖担当医等をはじめとした調査の実務を担う人材の育成・確保を行っていくというものであ
った︒
︵6︶委員会における調査の手順は以下のように構想された︒
個別事例の評価は︑地方ブロック分科会が行うこととし︑原則として︑遺族の同意を得て解剖が行える事例について︑以
下の手順で調査を行う︒①解剖︑診療録等の評価︑遺族等への聞き取り調査等を行う︒②解剖結果︑臨床経過等の調査結
果等に基づき︑調査・評価委員会において︑死因︑死亡等に至る臨床経過︑診療行為の内容や背景要因︑再発防止策等に
ついての評価.検討を行う︒③評価・検討結果を踏まえた調査報告書を作成する︒なお︑この際には︑個人情報は削除し
たものとする︒④調査報告書の遺族及び医療機関への交付及び公表を行う︒⑤調査報告書の作成・交付に当たっては︑専
門用語等について遺族に分かりやすい表現を用いる等︑遺族が理解しやすいよう十分配慮する︒ ︵7︶ 最決平成一九年三月二六日︵刑集六一巻二号二一二頁︶は︑﹁所論にかんがみ︑業務上過失傷害罪の成否につき︑職権で
判断する︒﹂として医師の過失を認めた︒現時点での医療に関する過失の判例の考え方を知る上で︑最も重要は資料である︒
横浜市立大学医学部附属病院の麻酔科医師の刑責に関し︑﹁医療行為において︑対象となる患者の同一性を確認すること
は︑当該医療行為を正当化する大前提であり︑医療関係者の初歩的︑基本的な注意義務であって︑病院全体が組織的なシ
ステムを構築し︑医療を担当する医師や看護婦の間でも役割分担を取り決め︑周知徹底し︑患者の同一性確認を徹底する
ことが望ましいところ︑これらの状況を欠いていた本件の事実関係を前提にすると︑手術に関与する医師︑看護婦等の関
係者は︑他の関係者が上記確認を行っていると信頼し︑自ら上記確認をする必要がないと判断することは許されず︑各人
の職責や持ち場に応じ︑重畳的に︑それぞれが責任を持って患者の同一性を確認する義務があり︑この確認は︑遅くとも
患者の身体への侵襲である麻酔の導入前に行われなければならないものというべきであるし︑また︑麻酔導入後であって
も︑患者の同一性について疑念を生じさせる事情が生じたときは︑手術を中止し又は中断することが困難な段階に至って
いる場合でない限り︑手術の進行を止め︑関係者それぞれが改めてその同一性を確認する義務があるというべきである︒
医療過誤と重過失 ︵都法四十九ー一︶ 九五
九六
これを被告人についてみると︑①麻酔導入前にあっては︑患者への問い掛けや容ぼう等の外見的特徴の確認等︑患者の
状況に応じた適切な方法で︑その同一性を確認する注意義務があるものというべきであるところ︑上記の問い掛けに際し︑
患者の姓だけを呼び︑更には姓にあいさつ等を加えて呼ぶなどの方法については︑患者が手術を前に極度の不安や緊張状
態に陥り︑あるいは病状や前投薬の影響等により意識が清明でないため︑異なった姓で呼び掛けられたことに気付かず︑
あるいは言い間違いと考えて言及しないなどの可能性があるから︑上記の呼び掛け方法が同病院における従前からの慣行
であったとしても︑患者の同一性の確認の手立てとして不十分であったというほかなく︑患者の容ぼうその他の外見的特
徴などをも併せて確認をしなかった点において︑②更に麻酔導入後にあっては︑外見的特徴や経食道心エコー検査の所
見等から患者の同一性について疑いを持つに至ったところ︑他の関係者に対しても疑問を提起し︑一定程度の確認のため
の措置は採ったものの︑確実な確認措置を採らなかった点において︑過失があるというべきである︒この点に関し︑他の
関係者が被告人の疑問を真しに受け止めず︑そのために確実な同一性確認措置が採られなかった事情が認められ︑被告人
としては取り違え防止のため一応の努力をしたと評価することはできる︒しかしながら︑患者の同一性という最も基本的
な事項に関して相当の根拠をもって疑いが生じた以上︑たとえ上記事情があったとしても︑なお︑被告人において注意義
務を尽くしたということはできないといわざるを得ない︒﹂と判示した︒
三 三次試案の骨格
︵1︶委員会構成
︵8︶
このような批判に応える形で︑厚労省は﹁三次案﹂を作成する︒そこでは︑医療安全調査委員会の構成・役割が
より詳細に示された︒医療死亡事故の原因究明・再発防止を行い︑医療の安全の確保を目的とした︑国の組織であ
る医療安全調査委員会を創設し︑それは︑中央に設置する委員会と地方ブロック単位に設置する委員会からなり︑
後者は調査を主目的とする調査委員会と調査チームより構成される︒
調査チームは︑関係者からの意見や解剖の結果に基づいて︑臨床経過の評価等について議論を行い︑調査報告書
案を作成する︒調査チームのメンバーは︑臨床医を中心として構成し︑具体的には日本内科学会が関連学会と協力
して実施中の﹁診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業﹂の︑解剖担当医二名︑臨床医五〜六名︑法律家や
一般の有識者一〜二名という構成を参考とする︒原因究明委員会は︑調査チームの作成した調査報告書案を審議の
︵9︶上︑委員会の調査報告書としてとりまとめる︒そして︑再発防止委員会は︑委員会の基本的な運営方針等を定める
とともに︑医療の安全の確保のための施策等に関して関係行政機関等への勧告︑建議等を行う︒再発防止委員会︑
原因究明委員会及び調査チームは︑いずれも︑医療の専門家︵解剖担当医︵病理医や法医︶や臨床医︑医師以外の
医療関係者︵例えば︑歯科医師︒薬剤師・看護師︶︶を中心に︑法律関係者及びその他の有識者︵医療を受ける立
場を代表する者等︶の参画を得て構成することとさ九越︒
個別事例の調査は︑原則として︑遺族の同意を得て解剖が行える事例について︑原因究明委員会の下に置かれる
調査チ去が行う・なお︑既に遺体のない事例等についても原因究明委員会が必要と認める場合には調査を恥・
遺族の利益を代表する者が法律家などで+分であるかに三ては・議論の余地が残さ廷・
︵2︶医療死亡事故の届出
医療死亡事故の再発防止︑医療死亡事故の発生動向の正確な把握︑医療に係る透明性の向上等を図る上で︑医療
機関からの医療死亡事故の届出が重要な位置を占める︒まず︑届出義務の範囲については︑死亡事例すべてとする
医療過誤と重過失 ︵都法四十九−一︶ 九七
九八
のではなく︑現行の医療事故情報収集等事業における届出範囲を踏まえ︑
①誤った医療を行ったことが明らかな場合とそうでない場合に分け︑前者については︑﹁その行った医療に
起因せず患者が死亡したこと﹂が認定できれば届出は不要となる︒しかしそうでない場合は︑届出が必要とな
る︒起因したという疑いがあれば︑届出が必要となる︒
②後者の場合にも︑﹁その行った医療に起因せず患者が死亡したこと﹂が認定できた場合は︑届出は不要と
なる︒ここでも︑起因したという疑いがあれば︑届出が必要となる︒そうでない場合には︑﹁医療を行った後
に死亡することを予期していたか否か﹂というテストを行い︑予期しなかった場合には届出が必要となる︒
日本学術会議は﹁医行為中あるいはその直後の死亡にあっては︑まず明確な過誤・過失があった場合あるいはそ
の疑いがあったときは︑純然たる病死とはいえず︑届出義務が課せられるべきであり︑これにより︑医療者側に不
利益を負う可能性があったとしても︑医療の独占性と公益性︑さらに国民が望む医療の透明性などを勘案すれば届
出義務は解除されるべきものではない﹂としていたが︑医師の不安を解消するため︑厚労省は届出の範囲を若干限
定したといえよう︒
このような届出を医療機関が行った場合には︑医師法第二一条に基づく異状死の届出は不要となる︒なお︑医療
法では医療機関における医療安全管理の責任は︑その管理者にあることを踏まえ︑届出範囲に該当するか否かの判
断及び届出は︑死体を検案した医師︵主治医等︶ではなく︑必要に応じて院内での検討を行った上で︑当該医療機
関の管理者が行うこととされた︒
そして︑届出範囲に該当すると医療機関の管理者が判断したにもかかわらず︑故意に届出を怠った場合︑又は虚
偽の届出を行った場合や管理者に報告が行われなかったために届出が行われなかった場合には︑医療機関の管理者
に︑まずは届け出るべき事例が適切に届け出られる体制を整備すること等を命令する行政処分を科すことが示され
た︒このように︑届出義務違反については︑医師法第二一条のように直接刑事罰が適用される仕組みではない︵医
療機関の管理者が︑医師の専門的な知見に基づき届出不要と判断した場合には︑遺族が原因究明委員会による調査
の依頼を行ったとしても︑届出義務違反に問われることはない︶︒ただ︑届出が不完全であれば︑本制度の土台が
崩壊することに注意しなければならない︒
なお︑届出範囲に該当しないと医療機関が責任をもって判断した場合であっても︑遺族が原因究明を求める場合
は︑原因究明委員会による調査を依頬することができるものとする︒また︑このような原因究明委員会への調査依
頼については︑遺族に代わって医療機関が行うこともできることとする︒この点は︑医療に対する不信感を払拭す
︵13︶るためにも︑非常に重要な部分である︒
︵4︶捜査機関への通知 刑事責任との関係
医療事故による死亡の中にも︑故意行為や過失行為を原因とするものがあり刑事責任を問われるべき事例が含ま
れることは当然である︒医療機関に対して医療死亡事故の届出を義務付け︑届出があった場合には医師法第二一条
の届出を不要とするという制度への変更は︑調査委員会が届出を受けた事例の中にこのような事例を認めた場合に
ついては︑捜査機関に適時適切に通知を行うことが必須の要件となる︒問題は︑通知する事案の選別の基準である︒
医療過誤と重過失 ︵都法四十九ー一︶ 九九
一〇〇
この点が︑今回の一連の議論の核心部分といえよう︒そして︑検討会の議論を踏まえ︑厚労省は︑﹁医療事故の特
性にかんがみ︑故意や重大な過失のある事例その他悪質な事例に限定する﹂という選択をした︒
その理由は︑医療はまさに国民のためになる有用な行為であり︑誤って不幸な結果が生じたとしても︑交通事故
による死傷などとは︑全く異なるという点である︒診療行為そのものがリスクを内在するものであること︑また︑
医療事故は個人の過ちのみではなくシステムエラーに起因するものが多いこと等も意識されたと言えよう︒そして︑
その結果として︑調査委員会から捜査機関に通知を行う事例は︑以下のような悪質な事例に限定されるという案が
示された︒
①医療事故が起きた後に診療録等を改ざん︑隠蔽するなどの場合︑
②過失による医療事故を繰り返しているなどの場合︵いわゆるリピーター医師など︶︑
③故意や重大な過失があった場合︵なお︑ここでいう﹁重大な過失﹂とは︑死亡という結果の重大性に着目
したものではなく︑標準的な医療行為から著しく逸脱した医療であると︑原因究明委員会が認めるものをいう︒ま
た︑この判断は︑あくまで医療の専門家を中心とした地方委員会による医学的な判断であり︑法的評価を行うもの
ではない︶︒
ただ︑これは︑刑事法理論から見れば︑若干問題を含むものであることに注意しなければならない︒①︑②は医
療行為そのものの問題というより︑問題となる医療関係者の﹁量刑事情﹂であり︑起訴するべきか否かの際に問題
となる事情といってもよく︑実体的な違法性や責任の大小とは別個の問題ともいえよう︒ただ︑処罰価値という意
味では重要で︑この点を捉えて刑事司法に通報するとすることは必ずしも不合理ではない︒
問題は︑﹁重過失﹂に限ったという点である︒過失とは︑注意義務違反であり︑通常は﹁意識を集中していれば
結果が予見でき︑それに基づいて結果の発生を回避し得たのに︑集中を欠いたため結果予見義務を果たさず︑結果
を回避し得なかったこと﹂を意味する︒注意義務とは︑結果予見義務と結果回避義務とからなり︑重大な過失はこ
の﹁注意義務違反の程度が著しい場合﹂ということになる︒
刑法は︑人を死傷させた場合︑重過失に加えて過失一般を処罰する︵刑法二一〇条︶︒重過失の場合には重く処
罰されるのである︵二一一条︶︒そこで︑今回の制度案が︑﹁医療過誤に関しては︑刑事司法に通報される場合を重
過失に絞る﹂としていることは︑公的に﹁医療行為については︑重過失と認定されない限り︑過失責任を問わな
い﹂ということを意味することになりかねない︒二一〇条の主体から事実上︑医師などを除くということに近い︒
もちろん︑それだけでは裁判所を﹁直接﹂拘束する規範とはならないが︑これまでの医療過誤の実務処理を前提に
考えれば︑すくなくとも﹁解釈指針﹂を明示化したものとして︑実質的拘束力を有することになる︵実体法規範が
改正されれば︑当然直接の拘束力を有する︶︒
なお︑厚労省は︑行政処分を拡大することにより︑刑事罰を限定しようと試みる︒医療事故は︑システムエラー
により発生することが多いことが指摘されているが︑医療事故に対する現在の行政処分は︑医師法や保健師助産師
看護師法等に基づく医療従事者個人の処分が中心となっている︒原因究明委員会では︑医療の安全の観点からの調
査が実施されることから︑医療事故に対する行政処分は︑医療の安全の向上を目的とし︑事故調査委員会の調査結
果を参考に︑システムエラーの改善に重点を置いたものとすべきだとする︒具体的には︑以下のとおりとする︒
①システムエラーの改善の観点から医療機関に対する処分を医療法に創設する︒具体的には︑医療機関
に対し︑医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出を命じ︑再発防止策を講ずるよう求め
る︒これにより︑個人に対する行政処分については抑制することとする︒
医療過誤と重過失 ︵都法四十九ー一︶ 一〇一
一〇二
②医師法や保健師助産師看護師法等に基づく医療従事者個人に対する処分は︑医道審議会の意見を聴い
て厚生労働大臣が実施している︒医療事故がシステムエラーだけでなく個人の注意義務違反等も原因として
発生していると認められ︑医療機関からの医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出等で
は不十分な場合に限っては︑個人に対する処分が必要となる場合もある︒その際は︑業務の停止を伴う処分
よりも︑再教育を重視した方向で実施する︒
なお︑医療事故に対する行政処分については︑医療従事者の注意義務違反の程度の他︑医療機関の管理体
制︑医療体制︑他の医療従事者における注意義務の程度等を踏まえて判断する︒このため︑医道審議会にお
ける審議については︑見直しを行う︒
ただ︑注意しておかねばならないのは︑システムエラーの一部は監督過失として︑個人の刑事責任でカバーして
きているという事実である︒監督者としての医師が︑看護師も介在した医療過誤につき刑事罰を負うということに
対し︑一時期︑﹁信頼の原則﹂が強調され︑その処罰範囲を限定しようとする動きも見られた︒札幌地判昭和四九
年六月二九日︵判時七五〇号二九頁︶は︑看護婦の電気メス器ケーブルの誤接続により熱傷を生ぜしめた 事案に
おける執刀医の責任について︑﹁具体的な危険発生の予兆﹂を欠く以上︑﹁補助的・準備的作業﹂については︑補助
者が注意を払うであろうことを期待してよいとしたのである︵札幌高判昭和五一年三月一八日高刑集二九巻一号七
八頁も︑信頼の原則を認めた︶︒
しかし︑森永ヒ素ミルク事件の差し戻し後判決以降︑次第に監督過失が強調され︑システムを統括する者の個人
責任が強調されるようになってきた︒前述の︑横浜市大事件判決も︑システムとしての過誤であるにも関わらず︑
個人の刑事責任が認められた例なのである︒
︵8︶ 本試案は︑医療事故による死亡の原因究明・再発防止という仕組みについて︑平成一九年四月に設置した厚生労働省医
政局長の私的懇談会である﹁診療行為に係る死因究明等の在り方に関する検討会﹂での議論や︑平成一九年一〇月に公表
した厚生労働省第二次試案への各方面からの意見を参考に︑平成一九年一二月に自由民主党においてとりまとめられた
﹁診療行為に係る死因究明制度について﹂において示された﹁新制度の骨格﹂を踏まえ︑そこで示された﹁政府における留
意事項﹂を検討した上で︑改めて現時点における厚生労働省としての考え方をとりまとめたものである︒
︵9︶ この他調査報告書の作成に当たっては︑専門用語について分かりやすい表現を用いるなど︑医療関係者以外の者が理解
しやすいよう十分配慮する︒また︑原因究明委員会の事務局には︑モデル事業における﹁調整看護師﹂のように︑調査の
業務を支えるとともに︑調査開始後︑調査の進捗状況等を遺族に伝えるとともに︑遺族の感情を受け止め︑それを原因究
明委員会や更には医療機関と共有していく役割を担うことが必要であり︑その業務を行える者の育成を図る︒
︵10︶ 地方委員会において調査が開始された事例であっても︑医療機関は医療を提供した当事者として医療安全の観点から独
自に原因究明を行う責務がある︒原因究明委員会に調査をすべて委ねるのでは︑当該医療機関内における医療安全の向上
に結びつかない︒院内において自らも事実関係の調査・整理を行い︑原因究明・再発防止策の検討等を行うことが重要で
ある︒このため︑一定の規模や機能を持った病院︵特定機能病院等︶については︑医療法に基づき設置が義務付けられて
いる﹁安全管理委員会﹂の業務として︑原因究明委員会に届け出た事例に関する調査を行うことを位置付ける︒院内にお
いて調査・整理された事例の概要や臨床経過一覧表等の事実関係記録については︑原因究明委員会が収集した診療録等と
の整合性を検証した上で︑原因究明委員会での審議の材料とする︒一定の親模や機能を持った病院︵特定機能病院等︶に
ついては︑安全管理委員会の業務として︑医療事故調査を行うこととし︑①当該医療機関以外の医師や弁護士など外部の
委員の参画︑②調査結果の患者・家族への説明を行うこととする︒なお︑その具体的な運営の在り方については︑引き続
き検討する︒また︑中小病院や診療所については︑自施設での医療事故調査には様々な困難があることから︑その支援体
制についても併せて検討する︒さらに︑院内の事故調査を充実させるためにも︑原因究明委員会は︑調査チームによる解
剖の結果について︑できる限り速やかに当該医療機関に情報提供し︑院内の調査に活用できるようにする︒なお︑医療事
故の再発防止の観点からは︑平成一六年より財団法人日本医療機能評価機構が︑医療事故情報収集等事業を実施している︒
この事業は︑平成一九年二月一日現在︑特定機能病院や国立病院機構の病院等全国の二七三の医療機関の参加によるもの
であるが︑患者に有害事象が発生した事例︑さらには事故には至らないインシデント︵ヒヤリハット︶まで含めて幅広く
医療過誤と重過失 ︵都法四十九ー一︶ 一〇三
一〇四
事例の収集.分析を行っている︒この収集︒分析した情報を日本医療機能評価機構から再発防止委員会に情報提供を行う
こととし︑再発防止委員会では︑原因究明委員会の調査報告書だけでなく日本医療機能評価機構からの情報も参考として︑ 再発防止策を検討する必要がある︒
︵11︶第三次試案では︑①まずは医療機関に診療録等の提出を求めるとともに︑医療関係者や遺族等への聞き取り調査等を行
う︒これらの業務は︑医師や看護師など医療の知識を有する者を含む事務局が中心となって行う︒②臨床的な見解を踏ま
えて︑解剖担当医が解剖を行って解剖結果をとりまとめる︒③診療録等からとりまとめられた臨床経過や解剖結果に基づ
き︑死因︑死亡等に至る臨床経過︑診療行為の内容や背景要因︑再発防止策等についての評価︒検討を調査チームの臨床
医が中心となって行う︒④臨床医が中心となってとりまとめた臨床経過の評価をもとに︑解剖担当医や臨床医︑法律家等
からなる調査チームにより議論を行い調査報告書案としてとりまとめる︒⑤地方委員会は︑調査チームの作成した調査報
告書案を審議の上︑原因究明委員会の調査報告書としてとりまとめ︑再発防止委員会及び主管大臣に提出する︒同時に︑
原因究明委員会が作成する調査報告書を遺族及び医療機関に交付し︑併せて再発防止の観点から︑個人情報等の保護に配
慮しつつ︑公表を行う︒⑥地方委員会には︑医療機関への立入検査や︑診療録等の提出命令︑医療従事者等の関係者から
の聞き取り調査等を行う権限を付与する︒ただし︑医療従事者等の関係者が︑原因究明委員会からの質問に答えることは
強制されない︒⑦原因究明委員会は︑個別事例の調査を終える前に︑当該個別事例に関係する医療関係者や遺族等から意
見を聴く梯会を設けることとする︒⑧調査報告書のとりまとめに当たっては︑原因究明委員会の議論によって意見の集約
を図ることとなるが︑議論の結果︑原因究明委員会の委員の間で意見の合致に至らなかった場合は︑調査報告書に少数意
見を付記することとする︒また︑原因究明委員会の意見と当該個別事例に関係する医療関係者や遺族等の意見が異なる場
合は︑その旨も付記すると規定されている︒
︵12︶ 届出の手続や調査の手順等に関する医療機関からの相談を受け付ける機能を整備する︒
︵13︶ 遺族と医療機関との関係にとって最も重要なことは︑﹁信頼関係﹂である︒一般に︑診療行為に関連した予期しない死亡
を始めとした医療事故が発生した場合に医療機関に対して求められることは︑﹁隠さない︑逃げない︑ごまかさない﹂こと
である︒こうした初期の対応が適切になされない場合に︑患者︒家族と医療機関の意思疎通は悪化し︑遺族の医療機関へ
の不信感が募り︑紛争に発展している︒医療事故の発生時には︑医療機関から患者・家族に︑事故の経緯や原因等につい
て︑十分な説明がなされることが重要である︒このためには︑日常診療の中で医療従事者と患者・家族が十分な対話を重
ねることが重要であり︑また︑事故発生直後から医療機関内での対応が適切になされる必要があり︑患者・家族の感情を
受け止め︑真筆にサポートする人材︵いわゆる︑﹁院内医療メディエーター﹂︶の院内の配置が望まれることから︑その育
成を図る︒また︑医療機関と遺族との話し合いを促進する観点から︑原因究明委員会の調査報告書は︑第三者による客観
的な評価結果として遺族への説明や示談の際の資料とし七活用されることが想定される︒これにより︑早期の紛争解決︑
遺族の救済につながることが期待される︒医療機関と遺族との間では紛争が解決しない場合の選択肢としては︑民事訴訟
や裁判所による調停︑弁護士会の紛争解決センダー等の裁判外紛争処理︵ADR︶機関の活用等がある︒いずれの場合に
おいても︑事実関係の明確化と正確な原因究明が不可欠であり︑原因究明委員会の調査報告書は︑早期の紛争解決︑遺族
の早期救済に役立つものと考えられる︒
なお︑民事訴訟制度による紛争解決には︑解決までに時間がかかる︑費用が高い︑経過や結果が公開される等︑様々な
制約もあることから︑医療においても︑裁判外紛争処理︵ADR︶制度の活用の推進を図る必要がある︒このため︑医療
界︑法曹界︑医療法に基づき各都道府県等に設置された医療安全支援センター︑関係省庁等からなる協議会を設置し︑情
報や意見の交換等を促進する場を設ける︒
四 具体的届出範囲と重過失
刑事法の側から見て最も関心があるのは︑新設の﹁事故調査委員会﹂が刑事司法に通報する基準︑就中﹁重過
失﹂の意義であり︑その前提として︑刑事責任を問うべき事案が漏れなく事故調に届け出られるかである︒そして︑
実は︑この両者の基準の議論は深く結びついて論じられてきた︒もとより︑届出範囲のごく一部について刑事責任
を問うことになるという構成ではあるが︑届出範囲の明確化は︑不適切な医療行為︵過失行為にかなり重なる︶を
限定し︑因果関係も明確なものに限定することになっていきがちなのである︒そして︑検討会では︑届出範囲に関
してのみ︑具体的事例を踏まえた議論を若干行った︒
届出範囲の第一グループは︑明らかに誤った医療行為︵注意義務違反行為︶が認められ︑それに起因して患者が
死亡した事例︑すなわち︑過失行為と死との因果関係が明確であるか︑因果関係が認められる疑いがある場合であ
医療過誤と重過失 ︵都法四十九ー一︶ 一〇五
一〇六
る︒検討会の場で︑厚労省側が説明に用いたのは︑例えば塩化カリウムの急速な静脈内への投与による死亡や︑消
毒薬の静脈内への誤注入による死亡等の事案である︒
届出範囲の第ニグループは︑誤った医療を行ったことは必ずしも明らかではないが︑すなわち注意義務違反行為
の存在は明確に認定できないが︑実際に行われ医療行為と患者の死亡の因果関係が認定できるか︑因果関係の存在
が疑われる事件である︒ただし︑﹁死亡を予期しなかったもの﹂に限られる︒例えば︑ある診療行為を実施するこ
とに伴い一定の確率で発生する事象︵いわゆる合併症︶としては︑医学的に合理的な説明ができない予期しない死
亡や︑その疑いのあるものが想定されてきた︒医療行為を行っても︑合併症としてしばしば発生する死の結果であ
れば︑それは報告しなくてもよいという趣旨である︒刑事過失の理論の側から見ると︑﹁合併症のような︑ある程
度の確率で発生する行為が予見されている場合に︑そのような危険を承知で危険な医療行為を行う以上︑不幸な結
果が生じても許される場合﹂ということになる︒死亡を予期したにもかかわらず届けでなくてもよいのは︑あえて
行わざるを得なかった必要性があるということを意味するのである︒本稿では︑届出範囲の具体例の整理を通して︑
重過失に関しても若干の検討を加えることにしたい︒
︵1︶ 誤った医療であったことが明らかな場合の届出範囲
誤った医療を行ったことが明らかな場合︑﹁その行った医療に起因せず患者が死亡したこと﹂が明らかであれば
届出は不要となるが︑起因したという疑いがあれば︑届出が必要となる︒そのような意味で︑医療機関において届
出範囲と判断される可能性が高いと考えられる事例として︑厚労省は以下の八の例を︑検討会に提示した︒
1 高カロリー輸液を中心静脈ラインから投与する際︑看護師が混注用コネクタ部の接続方法がわからずに
苦労し︑強い力をかけてねじり接続した︒それ以上の確認はせずにただちに退出し︑他の業務を行った︒
数時間後に訪室したところ︑患者は呼吸停止状態であり︑ベッド下には大量の血液を確認︒中心静脈ライ
ンを確認したところ︑混注用コネクタ部が破損しており︑そこから血液が逆流してベッド下に溜まってい
た︒直ちに救命処置を行ったが死亡︒
2 癌患者に化学療法︵抗がん剤による治療︶を開始した際︑二日間かけて持続的に抗がん剤を投与すべき
ところ︑二日間分の量を数時間で急速に投与した︒投与判明後︑副作用に対する治療を行ったが死亡︒
3 多発性肝細胞癌の末期状態の患者で︑明らかに手術の適応はなかったが︑主治医の独断で強引に肝臓切
除手術を行ったところ︑手術直後から肝不全となり回復することなく死亡︒
4 気管内挿管し人工呼吸器による管理を行っていたが︑呼吸状態が安定してきたため︑気管内チューブを
抜去し︑簡便な鼻マスクによる在宅人工呼吸療法︵非侵襲的換気療法︶に移行する方針とし︑人工呼吸器
の離脱を開始していた︒深夜︑病室で人工呼吸器の異常アラームが鳴っていたことに長時間気づかず︑看
護師が巡回した際に人工呼吸器の管が外れているのを発見し︑心肺蘇生を開始したが死亡︒
5 不整脈を有する脳腫瘍の患者に対し︑腫瘍摘出術を実施し︑術後も心電図をモニターしていた︒しかし
心電図のアラームを正しく設定していなかつたため︑電極異常アラームに気づかず︑看護師が訪室時に心
電図モニターと患者の体表面に装着した電極をつないでいるケーブルが外れていることを発見し︑接続し
たところ心停止の状態であった︒心肺蘇生を開始したが死亡︒
医療過誤と重過失 ︵都法四十九ー一︶ 一〇七
一〇八
6 不穏状態で危険認識が十分でない患者であり︑過去に何度も点滴の自己抜去︵患者が自ら点滴を引き抜
く行為︶を認めていたため︑手指の動きを制限して自己抜去できないようにするための手袋を装着する等
の危険回避の対策を行うこととした︒その後︑急患が発生したため︑患者に手袋を装着することを忘れた
まま︑30分程度看護師は側を離れた︒再度訪室した際︑右単径部から挿入され皮膚に縫合固定されていた
透析用のカテーテルが抜けており︑自己抜去と考えられた︒患者は出血性ショックの状態であり︑直ちに
救命処置を行ったが死亡︒