EU における気候変動政策に係る法的根拠と政策枠組み
奥 真 美 1.はじめに
2011 年 12 月に南アフリカのダーバンで開催された第 17 回国連気候変動 枠組条約締約国会議(COP17)では、新たな国際枠組みの合意には至らず、
2013 年以降も現行の京都議定書の枠組みを維持しつつ、2015 年までに新枠 組みについて合意することを柱とする「ダーバン宣言」が採択されて、閉幕 した。日本は、同会議において、気候変動問題には引き続き積極的に取り組 んでいくとする一方で、すべての主要排出国が参加する公平かつ実効性のあ る国際枠組みを構築する必要性を主張し、これまでどおり一部の先進国のみ が削減義務を負うとする京都議定書の第二約束期間には参加しないことを明 らかにした。
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災とその後の福島第一原発事故によって、
日本のエネルギー政策そのものの根本的な見直しが迫られる事態となり、現 在、国家環境戦略室に設けられたエネルギー・環境会議において「革新的エ ネルギー・環境戦略」の策定に向けた検討が進められている。また、COP17 に向けて日本のイニシアティブを示すとして、同年 11 月末には、地球温暖 化問題に関する閣僚委員会において「世界低炭素成長ビジョン―日本の提言」
が了承され、このなかで①先進国間の連携:さらなる排出削減に向けた技術 革新への取組み、②途上国との連携:低炭素技術の普及・促進、新たな市場 メカニズムの構築、③途上国支援:脆弱国への配慮という柱からなる日本の 姿勢が明らかにされた。今後、日本のエネルギーの供給構造、各エネルギー 源の構成比率、温室効果ガスの削減目標値がいかに見直され、変化しようと も、日本として、他の国々とともに、気候変動問題に取り組んでいかなけれ ばならないことには変わりはない。
これまで日本では、地球温暖化対策推進法、エネルギー使用の合理化に関
1 EU 環境法のより詳細については、奥真美『EC の環境法制度と環境管理手法』
(財団法人東京市政調査会、1998 年 3 月)、奥真美「EC 環境法政策の動向」ジュ リスト増刊号(1999 年 5 月)338 ~ 343 頁、奥真美「第 28 章 EU の環境法政策」
黒川哲志・奥田進一編『環境法へのアプローチ』(成文堂、2007 年 12 月)241
~ 248 頁、奥真美「EU 環境法の動向」『環境法体系』(商事法務、2012 年 2 月)
1063 ~ 1088 頁を参照されたい。
する法律(省エネ法)、新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法(新 エネ法)、電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法(新 エネ発電法)、国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律(グリー ン購入法)、国等における温室効果ガス等の排出の削減に配慮した契約の推 進に関する法律(環境配慮契約法)、電力事業者による再生可能エネルギー 電気の調達に関する特別措置法(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)
の制定/改正、京都議定書目標達成計画ならびに低炭素社会づくり行動計画 の策定/改定を行ってきたところである。今後は、さらに、中長期的な目標 に対して確たる法的根拠を付与したうえで、当該目標達成に向けての明確か つ具体的なプロジェクションと方途を示していくことが求められており、そ れを可能とする法的枠組みの整備ならびに関連法令の改正、具体的な施策や プログラムの提示は喫緊の課題であるといえる。法的対応を含む気候変動政 策パッケージの構築と実現は急務であることから、本稿は、気候変動に係る 法的枠組みの再構築ならびに政策パッケージのあり方について検討していく 際の参考とすべく、EU における気候変動政策の法的根拠と政策枠組みを把 握し、整理することを目的とする。
なお、本稿は、平成 23 年度科学研究費補助金(基盤研究(C))『気候変 動政策パッケージの提案に向けた法政策的研究―日欧比較調査を踏まえて』
の成果の一部である。
2.EU における環境および気候変動に係る法政策の発展経緯1 欧州経済共同体(EEC)が共通市場の形成を目的として 1957 年に創設さ
れた当初、EEC 条約(ローマ条約、後に EC 条約)には環境政策に関する 明確な規定は存在しなかった。同条約では、環境に関連すると思われる事項 として、第 2 条で経済活動の協和的発展を図りつつ、生活の質の向上を促進 していくことに触れるとともに、第 36 条で人間や動植物の健康と生活の保 護を目的とした貿易の禁止または規制を認めていたにとどまる。このことは、
たとえば農業や運輸といった共同体の共通政策分野として条約中に明示され ていたものとは対照的に、その当時は環境政策や環境保全に対する社会的関 心はさほど高くはなかったことを意味している。
しかし、1960 年代以降、環境問題の顕在化と深刻化にともない人々の関 心が世界的に高まり、1972 年には国連人間環境会議(ストックホルム会議)
が開催されたことなどを受けて、共同体でも環境保全の取組みの重要性が認 識されるようになった。そして、同年 10 月にパリで開催された加盟国首脳 会議において、共同体の共通政策として環境保全に取り組んでいく姿勢が明 確に打ち出されるに至った。同首脳会議では、経済の拡大は生活の質ととも にその水準の向上をもたらすものでなければならず、特に無形の価値と環境 の保全に留意されるべきであることが確認されるとともに、環境の保全に取 り組むにあたって環境行動計画(EAP)を策定していくことなどが決定さ れた。これを受けてさっそく翌年には第 1 次 EAP が策定された。こうした ことから、1972 年は共同体の環境政策元年として位置づけることができる。
以降、1986 年までの間に三次にわたる EAP が策定された。
1987 年、共同体の環境政策はひとつの転機を迎えた。同年 7 月に発効し た単一欧州議定書による改正を受けて、ローマ条約中に初めて環境に関する 3 つの条項(第 130r、130s、130t 条)からなる章が盛り込まれた。この前年 にはチェルノブイリ原発事故とスイスのバーゼルでのライン川汚染事故が発 生しており、このことが EU レベルでの環境政策の重要性を強く人々に認識 させたことは想像に難くない。こうして、共同体として環境政策に携わるこ とをめぐる法的な曖昧さは一応取り除かれることとなり、1987 年には環境 に関する 3 条項の趣旨を踏まえて、第 4 次 EAP が策定された。この第 4 次 EAP は、EU の EAP としては初めて人為的な活動にともなう温室効果と気
2 The Greenhouse effect and the Community, COM(89)656.
3 Bulletin of the European Communities, October 1990, no.1.3.77.
4 Council Decision 94/69/EC of 15 December 1993 concerning the conclusion of the United Nations Framework Convention on Climate Change.
候変動に簡単に触れ、大気中の CO2の増加に起因して起こり得る気候変動 のような、長期的な問題を対象として EU の研究プログラムを展開していく ことに言及していた。1989 年には、委員会が理事会に対して気候変動とそ の影響に関する最初のコミュニケーション2を提出し、理事会はこれを受け て、1990 年には、2000 年までに CO2排出量を 1990 年レベルに安定化させ る旨の決議3を行った。これは法的拘束力をともなうものではないが、EU として気候変動問題に取り組んでいくという政治的な姿勢を明らかにしたも のであるといえる。さらに、1991 年に、委員会は気候変動対策に関するコミュ ニケーションを採択して、このなかで省エネルギーとエネルギー技術の改善、
排出をモニタリングする仕組み、財政措置という 3 つの基本的な措置を提案 した。後に排出削減策もこれらの措置のなかに含まれるとされた。
1993 年には EU 条約(通称、マーストリヒト条約)の発効により、従来 の EEC は欧州共同体(EC)に改められるとともに、この EC と、欧州石炭 鉄鋼共同体(ECSC、2002 年に消滅)、欧州原子力共同体(EURATOM)の 3 つの共同体を包含し、さらに共通外交・安全保障政策および司法・内務分 野での協力という機能を備えた欧州連合(EU)が誕生した。さらに、EU 条約は、EC 条約の環境関連規定を充実・強化したことに加え、共同体の目 的に環境配慮を追加して、環境政策に対して EC の共通政策のひとつとして の確たる地位を付与した。1993 年には第 5 次 EAP が 2000 年までを対象期 間として策定された。第 5 次 EAP は、気候変動問題に一つのセクションを 割いて、主要な温室効果ガスとして CO2、CFCs、N2O、CH4を挙げて、こ れらのガスが自然の吸収量を上回らないようにすることを目指して、2000 年までの目標と実施されるべき取組みを提示した。そして、1994 年には、
EU は国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に則り気候変動問題に積極的に取 り組む姿勢を打ち出した4。さらに、1997 年の京都議定書の署名を受けて、
2000 年に委員会は温室効果ガスの削減に向けた欧州戦略案を提示5し、同 年 6 月には京都議定書が掲げる目標達成に向けた必要な事項について検討す るために、欧州気候変動プログラム(ECCP)が設けられることになった。
2002 年には、京都議定書の承認に関する決定6が採択されて、同議定書に則っ た行動を展開していく姿勢が明らかにされた。
その間に、1999 年にはアムステルダム条約が発効し、EU 条約の前文に
「持続可能な発展の原則を考慮しながら」という文言が追加されるとともに、
EC 条約に「経済活動の持続可能な発展」と「環境の質の高いレベルの保全 と改善」が明記された。また、従来の環境に関する 3 条項が第 174 ~ 176 条 に改められたほか、環境立法の手続きにおいて欧州議会の権限を強めるな どの見直しが行われた。さらに、2002 年には 10 年間を対象とする第 6 次 EAP が策定された。第 6 次 EAP は、産業革命以前のレベルからの気温上昇 を 2 度に、そして、CO2濃度を 550ppm 以下に抑えるという長期的な目標 の達成を目指すべきであるとした。
その後、2003 年に発効したニース条約によっては環境政策分野に関わる 特筆すべき変化はもたらされなかったが、2009 年発効のリスボン条約では いくつか重要な改正が EU 条約ならびに EC 条約に加えられた7。まず、EU 条約には、第 3 条第 3 項として EU が「環境の質の高いレベルの保護と改善」
等を目指して「欧州の持続可能な発展」のために機能する旨の規定(旧 2 条)
が引き継がれるとともに、第 3 条第 5 項に EU が「地球の持続可能な発展」
に貢献する旨が新たに規定された。そして、EC 条約は「EU の機能に関す る条約」(Treaty of the Functioning of the European Union)(以下、「EU
5 Communication on EU policies and measures to reduce greenhouse gas emissions: towards a European Climate Change Programme(ECCP), COM
(2000)88.
6 Council Decision 2002/358/EC of 25 April 2002 concerning the approval, on behalf of the European Community, of the Kyoto Protocol to the United Nations Framework convention on Climate Change and the joint fulfillment of commitments thereunder.
7 東史彦「EU 基本条約における環境関連規定の発展」庄司克宏・編『EU 環境法』
63 ~ 64 頁(慶應義塾大学出版会、2009 年 11 月)。このほか、以下のものを参照。
European Commission, Your Guide to the Lisbon Treaty, 2009.
European Union, Consolidated Treaties Charter of Fundamental Rights, March 2010.
Treaty of Lisbon amending the Treaty on European Union and the Treaty establishing the European Community, signed at Lisbon, 13 December 2007 – Amendments to the Treaty on European Union and to the Treaty establishing the European Community.
機能条約」)に名称が改められ、同時に、従来の EC は消滅して、EU とい う単一の法的主体が対外的にもまた域内においても環境政策を含む共通政策 の担い手として位置づけられた。これにより、域内における環境政策の法的 担い手は EC である一方、気候変動に係る国際交渉のように対外的な交渉は 外交に係る事項として EU が担うという、極めて分かりにくい従来の状況が 解消されたことは大きな変化であるといえる。
そ し て、EU 機 能 条 約 中 に は、 通 常 立 法 手 続(ordinary legislative procedure)(従来の共同決定手続(co-decision procedure))の拡大による 欧州議会の権限の強化、加盟国議会の関与の拡大、100 万人以上の欧州市民 の発意による委員会に対する政策提案機会の保障など、民主的で透明性の高 い意思決定プロセスを確保するための規定が加えられるとともに、従来の第 174 条から第 176 条にかけての環境に関する 3 条項は第 191 条、第 192 条、
第 193 条に改められた。加えて、環境分野における国際レベルでの措置の推 進という目的のために「とりわけ気候変動への対応」を図っていくとする文 言が第 191 条に追加された。
さらに、第 194 条という 1 ヶ条からなるエネルギーに関する章が新たに設 けられた意義は大きい。これまで、エネルギー政策については、旧 EC 条約 第 3 条のなかに商業、農漁業、交通、消費者保護、観光、環境といった政策 分野とともに共同体として取り組むべき政策領域のひとつに列挙されてはい たものの、それ以上の具体的な法的根拠は与えられていなかった。従来、加 盟国は、エネルギー源の選択やエネルギーの供給構造といったエネルギー政
策の核心に関わる事項は国家主権に属するものとして、EU レベルで真正面 から議論することを避けてきたといえる。リスボン条約によって EU 機能条 約のなかに第 194 条が挿入されたことにより、エネルギーの安定供給、エネ ルギー効率の向上、省エネルギー、再生可能エネルギーや新エネルギーの 開発、エネルギーネットワークの充実といった事項に、EU が前面に立って 取り組むことが法的に裏付けられたことになる。2010 年 11 月には 2020 年 エネルギー戦略8が、さらに、2011 年 12 月には 2050 年エネルギー・ロード マップ9が委員会によって採択され、これらのなかでエネルギー政策分野に おける EU レベルでの政策形成と行動の必要性が強調されている。こうして、
EU は、加盟国の主権よりも場合によっては EU における統一政策が優先さ れ、そのために EU が主導権を発揮していくという姿勢を鮮明にしてきてお り、EU のエネルギー政策は新たな段階に入ったということができよう。
以上のような、EU における環境政策と気候変動政策におけるこれまでの 主要な動き整理したものが表 1 である。
表 1 EU 環境政策・気候変動政策の主な動き
年 環境政策に係る動き 気候変動政策に係る動き
1957 欧州経済共同体(EEC)創設。ロー マ条約中に環境政策に関する明 確な規定なし。
1972 国連人間環境会議の開催などを受 け、パリでの加盟国首脳会議で共 同体の共通政策として環境保全に 取り組んでいく姿勢を打ち出し、
環境行動計画の策定などを決定。
1973 第 1 次環境行動計画(EAP)策定。
8 Energy 2020 – A Strategy for competitive, sustainable and secure energy, COM(2010)639 final.
9 Energy Roadmap 2050, COM(2011)885/2.
1977 第 2 次 EAP 策定。
1982 第 3 次 EAP 策定。
1987
第 4 次 EAP 策定。
単一欧州議定書による改正を受 け、ローマ条約中に初めて環境 関連 3 条項(第 130r、130s、130t 条)
からなる章を挿入。
第 4 次 EAP は、EU の EAP とし ては初めて人為的な活動にともな う温室効果と気候変動に言及し、
気候変動のような長期的な問題を 対象として EU の研究プログラム を展開していくことに言及。
1989
委員会が理事会に対して気候変 動とその影響に関する最初のコ ミュニケーションを提出。
1990 理事会が 2000 年までに CO2排出 量を 1990 年レベルに安定化させ る旨を決議。
1991 委員会が気候変動対策に関する
コミュニケーションを採択し、省 エネルギーとエネルギー技術の改 善、排出をモニタリングする仕組 み、財政措置の 3 つの基本的な措 置を提案。
1993 EU 条約(通称、マーストリヒト 条約)の発効により EU 誕生。同 条約により、EC 条約の環境関連 規定の充実・強化に加え、共同体 の目的に環境配慮を追加し、環境 政策に EC の共通政策のひとつと しての確たる地位を付与。
1993 第 5 次 EAP 策定。 第 5 次 EAP が、気候変動問題に 一つのセクションを割き、主要な 温室効果ガスとして CO2、CFCs、
N2O、CH4を挙げて、これらのガ スが自然の吸収量を上回らないよ うにすることを目指して、2000 年 までの目標と実施されるべき取組 みを提示。
1994 EU が 国 連 気 候 変 動 枠 組 条 約
(UNFCCC)に則り気候変動問題 に積極的に取り組む姿勢を表明。
1997 京都議定書に署名。
1999 アムステルダム条約が発効。EU 条約の前文に「持続可能な発展の 原則を考慮しながら」という文言 を追加し、EC 条約に「経済活動 の持続可能な発展」と「環境の質 の高いレベルの保全と改善」を明 記。従来の環境関連 3 条項を第 174 ~ 176 条を改めたほか、環境 立法の手続きにおいて欧州議会の 権限を強めるなどの見直しを実施。
2000 委員会は温室効果ガスの削減に
向けた欧州戦略案を提示。6 月に は京都議定書が掲げる目標達成 に向けた必要な事項について検 討するために、欧州気候変動プ ログラム(ECCP)を設置。
2002 第 6 次 EAP 策定。 京都議定書の承認に関する決定 を採択。
第 6 次 EAP では、産業革命以前 のレベルからの気温上昇を 2 度 に、CO2濃 度 を 550ppm 以 下 に 抑えるという長期的な目標の達成 を提示。
2003 ニース条約発効。
2009 リスボン条約発効。
● EU 条約中に、第 3 条第 3 項と して EU が「環境の質の高いレベ ルの保護と改善」等を目指して「欧 州の持続可能な発展」のために機 能する旨の規定(旧 2 条)を引き 継ぎ、第 3 条第 5 項に EU が「地 球の持続可能な発展」に貢献する 旨を新たに規定。
● EC 条約の名称を「EU 機能条 約 」(Treaty of the Functioning of the European Union)に改め、
同時に、従来の EC は消滅。
● EU 機能条約中に、通常立法手続
(ordinary legislative procedure)
の拡大による欧州議会の権限の 強化、加盟国議会の関与の拡大、
100 万人以上の欧州市民の発意に よる委員会に対する政策提案機会 の保障など、民主的で透明性の高 い意思決定プロセスを確保するた めの規定を追加。
● EU 機能条約中、従来の第 174 条から第 176 条の環境関連 3 条項 を第191条から第193 条に改める。
●第 191 条に、環境分野における 国際レベルでの措置の推進という 目的のために「とりわけ気候変動 への対応」を図っていくとする文 言を追加。
●第 194 条という 1 ヶ条からなる エネルギーに関する章を新たに創 設。
3.気候変動政策を含む EU 環境政策の法的根拠
ここでは、リスボン条約による改正後の、すなわち現行の EU 条約および EU 機能条約における環境関連の規定を整理する。
EU 条約は、前文において、「持続可能な発展の原則を考慮しながら、また、
域内市場の達成および一層の団結と環境保全という文脈において、人々のた めに経済的および社会的な進展をもたらすことを目指すとともに、他分野で の進展も同時に確保しながら、経済的統合における進展を実現する政策を実 施することを決意する」としている。そのうえで、EU の目的について規定 する第 3 条(旧第 2 条)では、第 3 項に EU は「完全雇用と社会的進歩、環 境の質の高いレベルの保全と改善を目指して、均衡のとれた経済的成長と価 格の安定、高い競争性を有する社会市場経済に根差した欧州の持続可能な発 展に向けた役割を果たす」旨を、また、第 5 項に EU が「平和、安全、地球 の持続可能な発展、人々の間における団結と相互尊重、自由かつ公正な貿易、
貧困の撲滅と人権の保障」に貢献していく旨を規定する。
EU 機能条約は、第 3 条(新設)において、EU の排他的に管轄する分野 として、関税同盟、域内市場機能に必要な競争上のルール設定、ユーロを導 入している加盟国に係る通貨政策、共通漁業政策のもとでの海洋生物資源の 保全、共通通商政策を挙げたうえで、第 4 条において、EU と加盟国とが権
限を共有する分野として、域内市場、社会政策、経済的・社会的・領域的な 団結、農業および漁業(海洋生物資源の保全を除く)、消費者保護、交通、
欧州横断ネットワーク等と並んで、環境とエネルギーの分野を列挙している。
これらの分野は、旧 EC 条約第 3 条においても共同体の活動に含まれるもの として掲げられていたところであるが、EU 機能条約第 4 条ではこれらの分 野について EU が「加盟国と権限を共有(share competence)する」旨が 新たに明記されている。そして、第 11 条(旧 EC 条約第 6 条)では、特に 持続可能な発展を推進するという観点をもって、EU の政策と活動の定義と 実施のなかに環境保全上の要求事項が統合されなければならない旨が明ら かにされている。そのうえで、環境に関する第 20 章(旧 EC 条約第 19 章第 174 ~ 176 条)には、環境政策の目的、基本理念、意思決定手続き等を規定 する 3 つの条項が第 191 条から第 193 条にかけて置かれている。
第 191 条第 1 項は、EU 環境政策の目的として、①環境の質の保全・保護・
改善、②人の健康の保護、③天然資源の慎重かつ合理的な利用、④広域的ま たは地球規模の環境問題、とりわけ気候変動に立ち向かうための、国際レベ ルでの措置の推進を掲げている。このうち、④の気候変動への対処を重要な ものとする認識は、リスボン条約による改正で新たに明らかにされたもので ある。同条第 2 項は、EU 環境政策が域内の多様な状況を考慮に入れつつ高 いレベルの保護を目指すものであり、それが予防原則、未然防止原則、環境 被害の発生源における是正の原則、汚染者負担原則という基本原則に則って 展開されることを求めている。同条 3 項は、環境政策の形成において考慮す べき事項として、①入手可能な科学的・技術的なデータ、② EU の多様な地 域の環境状況、③行動することまたはしないことにともなって生じ得る利益 と費用、④域内全体の経済的・社会的発展および地域間におけるバランスの とれた発展を挙げている。同条 4 項は、相互の権限内において、EU と加盟 国は第三国および国際機関と協力するものとしている。
第 192 条は、第 191 条が掲げる目的を達成するうえで EU がなすべき環境 に係る立法や措置の決定手続き等について定めている。第 192 条は、その法 案が環境保全そのものを目的とする場合に適用される。同条は単一欧州議
定書によって当初は第 130s 条として規定され、後にアムステルダム条約に より EC 条約第 175 条とされていたものである。第 192 条を根拠とする場合 には、「通常立法手続」(ordinary legislative procedure)によるか、もしく は理事会の全会一致による「特別立法手続」(special legislative procedure)
を経るかの二通りに分かれる(EU 機能条約第 289 条)。図 1 が「通常立法手続」
の流れを示したものであるが、これが採用されるのは、第 191 条が規定する 目的の達成を目指して立法措置が講じられようとする場合および優先目標を 定める総合的な行動プログラムを策定しようとする場合である(第 192 条第 1 項および第 3 項)。これは、従来、共同決定手続(co-decision procedure)
と呼ばれていたものである。また、「特別立法手続」は、法案の内容が、① 主に財政的措置に関するもの、②都市・農村計画に影響を与える措置、③水 資源の量的管理またはそうした資源の入手可能性に直接/間接に影響を及ぼ す措置、④廃棄物管理を除く、土地利用に関する措置、⑤異なるエネルギー 源およびエネルギー供給の一般的な構造に関する加盟国の選択に著しい影響 を及ぼす措置である場合に採用されるもので、欧州議会、経済社会評議会、
地域評議会への諮問を経た後に、理事会による全会一致によって当該法案は 採択されることになる(第 192 条第 2 項第一パラグラフ)。これは、従来、
諮問手続(consultation procedure)と呼ばれていたものである。ただし、「特 別立法手続」によるとされている上述の措置に関する提案について、理事会 が、欧州議会、経済社会評議会、地域評議会への諮問を経て、全会一致で議 決した場合には、「通常立法手続」によることも可能とされている(第 192 条第 2 項第二パラグラフ)。また、第 193 条は、加盟国が EU レベルよりも さらに厳しい保全措置を、それが EU の諸条約に適合している限りにおいて、
維持または導入することを許容する規定である。この場合、加盟国には当該 措置について委員会に通知する義務が課されている。
さらに、既述のとおり、EU 機能条約には、第 21 章第 194 条としてエネ ルギーに関する規定が新設されている。同条第 1 項は、域内市場の機能の 確立と環境の保全・改善の必要性に鑑みて、加盟国との結束の精神に基づき EU が展開するエネルギー政策の目的として、①エネルギー市場の機能の確
保、② EU におけるエネルギー供給の安全確保、③エネルギー効率と省エネ ルギー、および、新たな再生可能エネルギーの開発の推進、④エネルギーネッ トワークの系統連係の推進を掲げている。続く第 2 項と第 3 項においては、
第 1 項の目的を達成するための措置の決定に係る手続について定めている。
なお、表 2 において、EU の諸条約における主要規定を訳出したので、参 照されたい。
表 2 EU 環境政策・気候変動政策の法的根拠
EU 条約 前文 「持続可能な発展の原則を考慮しながら、ま た、域内市場の達成および一層の団結と環境 保全という文脈において、人々のために経済 的および社会的な進展をもたらすことを目指 すとともに、他分野での進展も同時に確保し ながら、経済的統合における進展を実現する 政策を実施することを決意する。」
第 3 条
(旧第 2 条)
【第 3 項】EU は「完全雇用と社会的進歩、環 境の質の高いレベルの保全と改善を目指して、
均衡のとれた経済的成長と価格の安定、高い 競争性を有する社会市場経済に根差した欧州 の持続可能な発展に向けた役割を果たす。」
【第 5 項】EU は「平和、安全、地球の持続 可能な発展、人々の間における団結と相互尊 重、自由かつ公正な貿易、貧困の撲滅と人権 とりわけ子どもの権利の保障とともに、国連 憲章の理念の尊重を含む、国際法の厳格な遵 守と発展に、貢献していく。」
EU 機能条約 第 3 条(新設)EU は、「関税同盟、域内市場機能に必要な競 争上のルール設定、ユーロを導入している加 盟国に係る通貨政策、共通漁業政策のもとで の海洋生物資源の保全、共通通商政策の分野 を、排他的に管轄する。」
第 4 条 【第 2 項】EU と「加盟国との権限の共有(share competence)は、域内市場、本条約が規定 する側面に関する社会政策、経済的・社会的・
領域的な団結、海洋生物資源の保全を除く農 業および漁業、環境、消費者保護、交通、欧 州横断ネットワーク、エネルギー、自由・安全・
正義(justice)、本条約が規定する側面に関 する公衆衛生の安全に関する共通事項の分野 においてなされる。」
第 11 条
(旧 EC 条約第 6 条)
「とりわけ持続可能な発展を推進するという 観点をもって、EU の政策と活動の定義と実 施のなかに環境保全上の要求事項が統合され なければならない。」
第 20 章 環境 第 191 条
(旧 EC 条約第 174 条)
「1.環境に関する EU 政策は、以下の目的 の達成に寄与するものとする。
―環境の質の保全・保護・改善、
―人の健康の保護、
―天然資源の慎重かつ合理的な利用、
―広域的なまたは地球規模の環境問題への 対応、とりわけ気候変動に立ち向かうため の、国際レベルでの措置の推進。」
2.環境に関する EU 政策は、域内の多様な状 況を考慮に入れつつ、高いレベルの保護を目 指すものとする。それは予防原則および未然 防止的行動を求め、環境被害は発生源におい て是正されることを優先し、そして、汚染者が 負担すべきとする諸原則に則ったものとする。
この文脈において、環境保護上の要求事項 に応える調和的措置は、EU による検証手続 を経て、適切な場合には、非経済的な環境上 の理由から、加盟国が暫定的措置を講じるこ とを許容する保障条項を含むものとする。
3. 環境政策の形成において、EU は、
―入手可能な科学的・技術的なデータ、
―EU の多様な地域の環境状況、
―行動することまたはしないことにとも なって生じ得る利益と費用、
―域内全体の経済的・社会的発展および地 域間におけるバランスのとれた発展、を考 慮するものとする。
4.相互の権限内において、EU と加盟国は、
第三国および権限ある国際機関と協力する ものとする。EU の協力に関する取決めは、
EU と関係する第三者間での合意の対象とな り得る。
前段落は、加盟国が国際機関において交 渉し、国際合意を締結する権限を害しない ものとする。」
第 192 条
(旧 EC 条約第 175 条)
「1.欧州議会および理事会は、通常立法手 続に従うとともに、経済社会評議会および 地域評議会に諮問した後に、第 191 条に規 定する目的達成のために EU によってとら れるべき行動を決定するものとする。
2.1.に規定する意思決定手続を経ることな く、また、第 114 条に反することなく、理 事会は特定立法手続に基づく全会一致を もって、そして、欧州議会、経済社会評議会、
地域評議会に諮問した後に、
(a)主として財政に関する規定、
(b)以下に影響する措置、
―都市・農村計画
―水資源の量的管理、または直接・間接に 水資源の利用可能性に影響を及ぼすもの
―廃棄物管理を除く、土地利用、
(c)異なるエネルギー源およびエネルギー 供給の一般的な構造をめぐる加盟国の選択 を著しく左右する措置、を採択するものと する。
理事会は、委員会からの提案について全 会一致をもって、そして、欧州議会、経済 社会評議会、地域評議会に諮問した後に、
第 1 段落に規定する事項について通常立法 手続を適用できるようにすることができる。
3.達成されるべき優先的目標を掲げている 総合的な行動プログラムは、通常立法手続 に従うとともに、経済社会評議会および地 域評議会に諮問した後に、欧州議会および 理事会によって採択されるものとする。
これらのプログラムの実施に必要な措置 は、場合に応じて、1.または 2.の条項に基 づき、採択されるものとする。
4.EU によって採択された特定の措置に反 することなく、加盟国は環境政策の財源を 確保し、実施するものとする。
5.汚染者負担の原則に反することなく、1.
の規定に基づく措置が、ある加盟国の公的機 関に対して不均衡な費用をともなうものであ ると考えられる場合には、そうした措置では、
―一次的な適用除外、および/または、
―第 177 条に基づき創設された団結基金(the Cohesion Fund)からの財政的支援といった 形での適切な規定を置くものとする。」
第 193 条
(旧 EC 条約第 176 条)
「第 192 条に基づき採択された保全措置は、
加盟国がさらに厳しい保全措置を維持または 導入することを妨げないものとする。そうし た措置は諸条約に適合しなければならない。
それらは委員会に通知されるものとする。」
第 21 章 エネルギー
第 194 条 「1.域内市場の確立と機能の文脈において、
そして、環境の保全と改善の必要性に鑑み て、エネルギーに関する EU の政策は、加 盟国間の団結の精神をもって、
(a)エネルギー市場の機能の確保、
(b) EU におけるエネルギー供給の安全確保、
(c)エネルギー効率と省エネルギー、および、
新たな再生可能な形でのエネルギーの開発の 推進、
(d)エネルギーネットワークの系統連係の 推進、を目指すものとする。
2.諸条約の他の規定の適用に反することな く、欧州議会および理事会は、通常立法手 続に従って、1.の目標を達成するために必 要な措置を構築するものとする。それらの 措置は、経済社会評議会および地域評議会 に諮問した後に採択されるものとする。
それらの措置は、第 192 条(2)(c)に反する ことなく、自国のエネルギー資源を開発する 加盟国の権利、異なるエネルギー源の間での 加盟国の選択、加盟国のエネルギー供給の 全体的な構造に影響をもたらさないものとす る。
3.ここにいう措置が主に財政的な性質を有 する場合には、2.の適用除外によって、理 事会は、特別立法手続に従って、全会一致 をもって、そして、欧州議会への諮問を経て、
これらを採択するものとする。」
図 1 通常立法手続の流れ
1.委員会からの法案提出
2.第一読会における欧州議会の 立場の採択
1A.加盟国議会からの意見
1B.経済社会評議会および/
または地域評議会からの意見
3.委員会からの修正提案
4.理事会による第一読会
5.理事会による欧州議会 からの修正案すべての 承認
6.理事会による法案の採択
(さらなる修正をともなわず、
かつ、欧州議会の立場どおりの 文案を採択する場合)
7.委員会からの提案を そのまま欧州議会が 承認
8.理事会による採択(修正なし で、欧州議会の立場どおりの文 案を採択する場合)
9.第一読会における 理事会の立場の採択
10.第一読会での理事会の 立場に関する委員会からの コミュニケーション
11.欧州議会による第二読会
12.欧州議会が共通の立場を 承認するか、もしくは意見表示 をせず
13.法案は採択されたものと みなされる
14.欧州議会が多数決に より第一読会での理事会 の立場を拒否
15.法案は採択されなかった ものとみなされる
16.第一読会での理事会の 立場に対して、欧州議会が 多数決により修正を提案
17.欧州議会の修正案 に対する委員会からの 意見
18.理事会による第二読会
19.第一読会での理事会の立場への修正を理事会が採択
(ⅰ)委員会が賛成の意見を提出していた場合には特定多数決による
(ⅱ)委員会が反対の意見を提出していた場合には全会一致による
21.第一読会での理事会の立場に対する 修正を理事会が特定多数決により不承認
20.修正どおりに法案を採択 22.調停委員会を招集
23.欧州議会と理事会に よる調停手続 24.調停委員会において共同の文案に合意
(理事会メンバーは特定多数決、欧州議会 メンバーは多数決による)
25.欧州議会と理事会が共同の文案に従い法案 を採択
26.法案採択
27.欧州議会と理事会が共同の 文案を合意するに至らず
29.調停委員会において共同の文案 に関する合意に至らず
28.法案不採択 30.法案不採択
(原則3カ月以内)
(原則3カ月以内)
(原則6週間以内)
(原則6週間以内)
(6週間以内)
出典:http://ec.europa.eu/codecision/images/codecision-flowchart_en.gif および EU 機能条約第 294 条に基づき筆者作成。
4.気候変動・エネルギー政策パーケージの提案
4 - 1.気候変動政策パッケージ(“20-20-20”)10
2007 年に入ると、欧州委員会は、前年 10 月に公表されたスターン・レ ビュー11による指摘を基本認識としたうえで、2013 年以降の国際的な制度 設計をにらみ、国際交渉の場において世界のリーダーシップをとるべく、気 候変動およびエネルギー分野に係る複数の提案を矢継ぎ早に公表した12。欧 州委員会は、産業革命以前のレベルからの気温上昇を 2 度以内に抑制するた めに、温室効果ガスの排出量を 2020 年までに 90 年レベルから先進国全体で 30%削減という目標について国際的な合意形成を目指すとともに、当該目標 値に係る国際合意が得られるのを待つまでもなく、EU は独自に 20%の排出 削減に強くコミットすべきであるとした。そして、この達成に向けて、2020 年までにエネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合を 20%、バ イオ燃料の交通燃料消費に占める割合を 10%にし、エネルギー効率の 20%
改善を図るという、具体的な数値目標を示すとともに、最小のコストで削減 目標を達成するための主要なツールとして排出枠取引制度(EU-ETS)を位 置づけ、そのさらなる活用を図っていく旨を明らかにした。
2007 年 3 月に開催された欧州理事会では、上述の委員会の提案について、
特に具体的な数値目標を法的拘束力のあるものとして規定していくことも含 めて、合意がなされた。欧州理事会のこの合意は、野心的な目標値に法的拘 束力をもたせることで、目指すべき方向性となすべきことを加盟国に明確に 認識させるとともに、欧州経済を低炭素・高エネルギー効率型に転換させて いくうえで必要な長期的投資への安心感と正当性を民間セクターに対して付 10 同パッケージが掲げる立法案の段階について紹介したものとして、奥真美「第 五章 EU 気候変動政策とポスト 2012 年」環境法研究(特集 ポスト京都議 定書の法政策)第 33 号(2008 年 11 月)91 ~ 112 頁。
11 Stern Review: The Economics of Climate Change, October 2006.
12 Limiting Global Climate Change to 2 degrees Celsius: The way ahead for 2020 and beyond, COM(2007)2, Brussels, 10 January 2007. An Energy Policy for Europe, COM(2007)1final, Brussels, 10.1.2007.
13 20 20 by 2020 Europe’s Climate Change Opportunity, Brussels, 23.1.2008, COM(2008)30final.
14 IP/09/628, Commission welcomes adoption of climate and energy package, Brussels, 23 April 2009.
15 Directive 2009/29/EC of the European Parliament and of the Council of 23 April 2009 amending Directive 2003/87/EC so as to improve and extend the greenhouse gas emission allowance trading scheme of the Community.
16 従来の EU-ETS については、奥真美「第 1 章 EU の排出枠取引制度(EU-ETS)」
『地球温暖化対策の国際レジームと国内法対策-平成 18 年度環境法制班研究 報告書』日本エネルギー法研究所(2008 年 3 月)73 ~ 92 頁。
与することができるという考え方に立っている。同時に、国際社会に対して は、EU の政治的意思を行動に移していく準備があるというシグナルを送り、
国際合意形成に向けた積極的な交渉を EU がリードしていくという意欲を示 すものである。この欧州理事会の合意に沿って、欧州委員会は 2008 年に入 るとすぐに、気候変動、エネルギー安全保障、競争力の維持を同時に実現し ていくための、一貫性のある包括的な道筋を提供する政策パッケージ13を提 案した。同パッケージは、2009 年 4 月 23 日に、以下に概要を説明する一連 の法的措置として採択され、具体化された14。
(1) EU-ETS 指 令(2003/87/EC) の 改 正 指 令(2009/29/EC)15- EU-ETS の拡大・強化・効率化
EU は、2003 年 10 月に、排出枠取引指令を採択し、2005 年 1 月 1 日から、
世界に先駆けてキャップ・アンド・トレード型の EU-ETS を始動させた16。 これまで、EU-ETS は、2005 年から 2007 年までを第一期間、2008 年から 2012 年までを第二期間として展開されてきたが、今般の改正は 2013 年以降 の第三期間に対応するものとなっている。主要な柱を紹介する。
1)EU-ETS の対象範囲の拡大
従来の制度は、発電施設、石油精製施設、製鉄所を含む、EU 域内にある およそ 1 万の産業施設を対象としていた。これらのセクターからの CO2排 出量は EU 全体の約半分に相当するものの、さらなる削減を図るには適用対
象範囲の拡大が必要であることが指摘されていたことから、これまでカバー されていなかったセクターとガスへの拡大が図られることになった。具体的 には、①石油化学、アンモニア、アルミニウム産業セクターから排出される CO2、②窒素、アジピン酸、グリオキサリン酸の生産から出る N2O、③アル ミニウム産業セクターからの PFC が追加されている。
2)排出枠(allowance)の配分
① 各加盟国が国家配分計画(NAP)をとおして排出枠を配分する従来の方 法に代えて、欧州委員会が EU 全体のキャップを設定したうえで各国に 配分することとした。
② 2020 年までに確実に 20%の排出削減を図るとともに、そこに向けた長 期的な見通しを提供するために、2013 年から 2020 年の間に、EU 全体の キャップを毎年 1.74% ずつ削減していく。
③ セクターへの排出枠の配分はオークションをとおしてなされることを基 本とする。
④ 電力セクターについては、より効率的な発電を促すために、2013 年以降 の排出枠についてはその全量をオークションによって購入してこなけれ ばならないものとする。ただし、送電グリッドの整備状況、発電に占め る化石燃料の割合、27 加盟国平均と比した一人当たり GDP といった要素 を踏まえ、一部加盟国は当該ルールの適用を免れる。この場合も、発電 施設への排出枠の無償配分は第一フェーズにおける類似施設からの CO2
排出量の 70% を上限とし、以降は年々割合を引き下げる。第三フェーズ に無償配分を受けることができる発電施設は 2008 年末までに稼働/建設 が開始されたものに限定される。ただし、地域暖房または工業施設向け 熱供給には無償で排出枠が割り当てられる。
⑤ 航空業を含む他のセクターについては、最初の年は排出枠の 80% を無償 で割り当て、以降は毎年一定割合ずつ無償配分枠を削減していき、2020 年には無償配分の割合を 30%(オークション 70%)、2027 年にはゼロ(オー クションを 100%)とする。なお、航空業を EU-ETS の対象とする指令は 別途採択(2008/101/EC)されている。
17 Commission Regulation(EU)No 1031/2010 of 12 November 2010 on the timing, administration and other aspects of auctioning of greenhouse gas emission allowances pursuant to Directive 2003/87/EC of the European Parliament and of the Council establishing a scheme for greenhouse gas emission allowances trading within the Community.
⑥ 新規参入事業者向けに、2013 年から 2020 年の間、毎年、EU 排出枠総量 の 5%までをリザーブする。ただし、発電を行う新規参入者への無償配分 は行わない。
⑦ オークションにかけられる排出枠総量の 88% は、各加盟国の 2005 年の 排出割合に応じて、各国に配分される。
⑧ オークションにかけられる排出枠総量の 10%については、一人当たりの 収入が EU 平均よりも 20%以上上回る加盟国から、それ以外の加盟国に 再配分する(表 3 を参照)。
⑨ オークションにかけられる排出枠総量の 2% は、2005 年の時点で京都議 定書の基準年に比して少なくとも 20% の削減を達成していた加盟国に配 分される(表 4 を参照)。
⑩ 排出枠のオークションは各加盟国が実施し、その収益は加盟国の歳入と なる。ただし、EU 機能条約第 191 条第 2 項(旧 EC 条約第 174 条第 2 項)
が規定する予防原則に則って、少なくとも当該収益の 20%を、温室効果 ガスの削減や気候変動への適応、再生可能エネルギーの開発、温室効果 ガスの回収・貯留、世界エネルギー効率・再生可能エネルギー基金への 貢献、森林減少の回避や途上国による適応への支援、低・中所得者層に 対するエネルギー効率や設備改善といった社会的側面での対応などに当 てなければならない。
なお、排出枠のオークションに関する詳細は、委員会規則 No.1031/201017 において別途規定されている。
表 3 オークションにかけることができる排出枠割合の増加分
加盟国 割 合 加盟国 割 合
ベルギー 10% ルクセンブルグ 10%
ブルガリア 53% ハンガリー 28%
チェコ共和国 31% マルタ 23%
エストニア 42% ポーランド 39%
ギリシャ 17% ポルトガル 16%
スペイン 13% ルーマニア 53%
イタリア 2% スロヴェニア 20%
キプロス 20% スロヴァキア 41%
ラトビア 56% スウェーデン 10%
リトアニア 46%
表 4 オークションにかけることができる排出枠総量の 2% 分の配分割合 加盟国 2% の内訳
ブルガリア 15%
チェコ共和国 4%
エストニア 6%
ハンガリー 5%
ラトビア 4%
リトアニア 7%
ポーランド 27%
ルーマニア 29%
スロヴァキア 3%
3)カーボン ・ リーケージへの対応
① エネルギー多消費セクターのなかでも、国際競争上の圧力にさらされ、
温室効果ガスの排出規制が緩い第三国への移転を余儀なくされるという、
いわゆる「カーボン ・ リーケージ」のリスクに直面する可能性が高いセ クターについては、2020 年まで 100%無償配分とする。当面は、化学、
鉄鋼、セメント業界が主にこの恩恵を受けるが、利用可能な最善の技術
18 Decision No 406/2009/EC of the European Parliament and of the Council of 23 April 2009 on the effort of Member States to reduce their greenhouse gas emissions to meet the Community’s greenhouse gas emission reduction commitments up to 2020.
(BAT)のベンチマークを満たしていることが前提となる。
② 欧州委員会は、2010 年 6 月 30 日までに、カーボン ・ リーケージに直面す る可能性の高いエネルギー多消費セクターもしくはサブ ・ セクターを見 極め、さらに、遅くともその一年後までには、2013 年以降に向けた国際 的またはセクター間の気候変動に係る合意を踏まえて、当該セクターの 保護に関する適切な提案を行っていくとしており、2010 年 5 月 26 日に、
「温室効果ガスの 20% 削減より先に進むための選択肢の分析とカーボン・
リーケージのリスク評価」に関するコミュニケーションが公表されてい る。2010 年以降は 3 年ごとに、カーボン ・ リーケージのリスクに曝され ているセクターの特定を行っていく。
(2) Effort-sharing 決定(406/2009/EC)18-国別排出削減目標値等の設定 これまで委員会や欧州理事会によって表明されてきたように、気候変動枠 組条約が掲げる究極の目標達成には、地球全体の気温上昇を産業革命以前の レベルから 2 度に抑える必要があり、そのためには 2050 年までに 1990 年 レベルに比して少なくとも 50% の温室効果ガスの削減が必要であることを 意味する。このことを前提として、その達成に向けて、EU として、また、
EU が他の先進国とともに、2020 年までに達成すべき削減値(EU 単独では 20%、他の先進国が同等の措置を講じる場合には 30%)およびエネルギー効 率の向上(エネルギー消費量の 20% 削減)に係る目標値を法定するものと して、Effort-sharing 決定が採択されている。これらの目標値は、世界全体 で 2050 年までに 1990 年レベルに比して 60 ~ 80%の削減をにらんだものと なっている。
目標値の特徴として、EU-ETS の対象外のセクターからの排出のみを対象 としていること、最も確実な直近のデータが入手可能な 2005 年の排出をベー
スラインとして算出したものであること、各加盟国の富裕度(GDP/capita)
を踏まえて設定されているといった点がある。EU-ETS 対象外のセクター に係る排出削減目標値は EU 全体では- 10%で、各国には一人当たり GDP に基づいて目標値が割り当てられる(図 2 および表 5 を参照)。すべての加 盟国は、2013 年の排出量が 2008 年から 2010 年までの平均排出量を下回る ようにするとともに、2013 年以降は 2020 年の目標値達成に向けて一定量を 毎年削減する。2013 年から 2019 年の間、各国はバンキングとボロイング
(次年度以降の年間排出割当量の 5%を上限とする)をすることも可能であ り、また、余剰分の排出分を他の加盟国に移転することも可能とされてい る。加盟国による不遵守の場合、欧州委員会への是正措置計画の提出および 是正措置の実施に加えて、未達成分につきそれに 1.08 を乗じた量を次年度 に達成しなければならないほか、欧州委員会による違反手続(infringement procedure)もあり得る。
将来的な国際合意が成立するまでの間、加盟国は排出削減義務を果たすた めに、当該加盟国の 2005 年排出量の 3%を上限として毎年 CDM のクレジッ ト(CER)および/または JI のクレジット(ERU)の活用を可能とする柔 軟性措置も用意されている。また、イギリスを除く 12 加盟国(オーストリア、
フィンランド、デンマーク、イタリア、スペイン、ベルギー、ルクセンブル グ、ポルトガル、アイルランド、スロヴェニア、キプロス、スウェーデン)は、
最低発展国と小さな島しょ国から 2005 年排出量の 1%に相当する追加的な クレジットを購入することができる。
このほか、加盟国には、年間の排出とクレジットの利用状況に関する年次 報告を委員会に提出するともに、2016 年 7 月 1 日までに進捗の見通しに関 して報告することが求められている。他方、欧州委員会は、2013 年以降に ついては 2 年ごとに十分な進捗がみられるかどうかを評価し報告書を作成の うえ、2016 年 10 月末までに欧州議会および理事会に対して報告書を提出す るものとされている。