一四二七年のカタストに見るフィレンツェの家内使用人
濱野敦史
はじめに
中世末期のイタリアにおいて︑家内使用人が都市人口に占める割合は小さいものではなかった︒一五世紀のヴェロー
②
ナや少し時代の下った一六世紀のフィレンツェでは︑その割合は一〇人に一人をこえていたと考えられている︒この数字に従えば︑都市の富裕な世帯の多くで︑家内使用人の働いている姿が見られたことになる︒ところが︑中世末期イタ
リァ都市社会における家内使用人の利用実態やその経済状態については︑ほとんど知られていない︒相対的に研究の進
んでいるトスカーナ地方でも︑注目すべき研究としては︑ノヴェッラ(ポッカッチョ︑サッケッティ︑セルミー二︑セル
カンビなど)を主な史料としたグアルドウッチとオッタネッリ︑多数のリコルダンツェ(一種の備忘録および帳簿を総称
してこのように呼んでいる)を利用したクラピッシューーズベールによるものをあげることができるにすぎない︒前者は
たとえば主人と家内使用人のあいだに複雑な関係があり︑親愛の情で結びつくこともあれば︑反対に険悪な状態になる
③
こともあることなどを示した︒後者は女性労働者としての家内使用人に注目し︑男性と競合関係にあったと見なしたうω
えで︑一五世紀がその前後よりも女性家内使用人にとって有利な状況にあったと主張している︒家内使用人が研究者の注目を集めてこなかった理由としては︑賃金労働者のうちでも経済面で大きな役割を果たし
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ていた毛織物業などに関心が集中していたことに加えて︑利用できる史料が限られていることがあげられる︒だが︑家一 四 二 七 年 の カ タ ス ト に 見 る フ ィ レ ン ツ ェ の 家 内 使 用 人 ( 濱 野 )
九三メ ト ロ ポ リ タ ン 史 学 七 号 二 〇 = 年 一 二 月
九四内使用人についての情報を含んでいる史料が前述のものしかないわけではない︒一四二七年にフィレンツェでおこなわ
れたカタスト(課税のための調査)の記録には︑各世帯が雇用している家内使用人についての記述が数多く含まれてい
る︒カタストの調査に際して︑住民は世帯ごとに資産状況や家族構成などを記した申告書oo辞讐鋤を提出することが義
務づけられ︑これをもとにカタスト役人が課税のための台帳$ヨ且o⇒Φを作成した︒ここで注目すべきことは︑申告書の
なかで時折︑家内使用人が世帯の構成員に準じる形で扱われているか︑家計の一部に組み込まれていることで︑そのこ
㈲
と自体は驚くにあたらないものの︑その内容を検討することで家内使用人の雇用状況を知ることができる︒また︑そこに付随する情報(職名︑性別︑賃金など)も考察の対象となりうる︒さらに︑カタストには家内使用人が提出した申告書
も存在しており︑こちらからは家内使用人の経済状態などを知ることができる︒こうした豊富な情報を含んでいるもの
の︑カタストは家内使用人について知るための史料としてほとんど利用されたことがない︒そこで︑このカタストを調査
の対象とすることで︑フィレンツェの家内使用人について上述の先行研究によって利用された史料とは異なる情報を引
き出し︑これまでの研究を補足することを本稿の目的とする︒具体的には︑世帯あたりの人数および男女構成や賃金の
把握︑それに加えて︑資産状況を確認し︑家内使用人の置かれた状況の一端を明らかにすることを目指したい︒なお︑同
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様の資産調査は一五世紀中に数度おこなわれたが︑前述の一四二七年の各世帯の申告書をここでの分析対象としたい︒一四二七年のものを対象とする利点としては︑ハーリヒとクラピッシュ"ズベールが同年のカタストの台帳を利用して
おこなった家族研究があり︑その際に作成されたデータベースを参照することで︑家内使用人が提出した申告書をたど
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ることができる︒また︑申告書を利用するのは︑台帳では情報の一部が削除されてしまっているという事情による︒一家内使用人の構成と費用
雇用者側の記録からは︑家内使用人の雇用者数とその構成︑および必要な賃金や費用を確認することができる︒この
情報の収集に際して︑申告書の記述内容をすべて確認することは難しいため︑調査する部分は原則として世帯の構成者
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σo︒9①と負担宣8旨匡の記述に絞った︒ここには家内使用人の情報がまとめて記入されていることが多く︑申告書の作成時に雇用されていた家内使用人を把握するには都合がよい︒一四二七年のフィレンツェ住民の申告書について当該部
分を調べたところ︑すくなくとも三一八人の家内使用人の存在を見出すことができた︒さらに︑同様の働きをしている
と見なせる人物も加えることができるため︑これを合計して二五六世帯の申告書
㎝
から三六九人分の情報を抽出した︒以下ではこのサンプルを用いて分析を進める︒Cただし︑その際に奴隷の存在を無視するわけにはいかない︒中世末期のフィレン数ツェにおいては少なからぬ奴隷が利用されており︑カタストでも財産の一部として人用扱われている︒一四二七年のカタストの台帳には二九四人が記録されているという使数ω内帯B︒もちろん︑この数字から自由人の家内使用人と奴隷の割合を知ることはできない︒家の世ここでは︑家内使用人のサンプル収集時に確認できた五五人分の情報をサンプルにとωご加えておく︒帯世
それでは分析に鷺まず家内使用人を雇用している世帯費何人程度の家内劃A
使用人を抱えていたかを確認する(表1参照)︒各世帯の使用人数は二人以下とい
うことがほとんどで︑しかも全体の七割近くまでが一人だけを雇っているにすぎな数人い︒この結果は︑これらの世帯が所有している奴隷を考慮に入れてもほとんど変わ
28 4
㎜ 59 19 5 2 2
備59162111
﹂ーハ∠34τFOハ07
合計
256 256 32
A琢 の み の 学a'
B:Aの 世 帯 で 奴 隷 が い る 場 合 に は そ れ を 加 え た もの C:奴 隷 の み が 見 られ る 世 帯 の もの
史 料)ASF,Catasto,15‑31,34‑38,40‑62.
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九六らない︒また︑奴隷の所有のみが確認できた世帯の多くでも︑奴隷の利用は一人にとどまっている︒複数の家内使用人を
雇用していたのは一部の裕福な世帯に限られており︑このことはこれまでの研究者の見解とも一致する︒事実︑多数の
家内使用人を雇用している世帯のほとんどは︑アルビッツィ家などの有力家門に属している︒
なお︑家内使用人の存在が確認できる世帯に限定して考えると︑一五世紀前半のフィレンツェ
における一世帯あたりの家内使用人数は︑一六世紀半ばとくらべて少ないだけでなく︑一五世
紀半ばのヴェローナをも下回っている︒
次に︑家内使用人の性別とそれぞれの主な名称を確認する︒性別が判明する家内使用人は︑
男性が一〇五人︑女性が二五八人で︑女性の占める割合が多い︒奴隷を考慮に入れれば︑男女
比はさらに女性優位に傾くことになる︒というのも︑男性の奴隷はきわめて少なく︑五五人の
サンプルのなかにも男性奴隷は一人しか含まれていない︒ただし︑奴隷の利用は限定的であっ
たと見られ︑家内使用人のほとんどが女性であったというわけでもない︒男性の内訳は︑主に
㎝
三つに分けて考えることができる︒もっとも多いのがファミーリオとファットーレで四五人︑それよりは下級と見なされた可能性があるファンテが二七人︑子どもを意味するファンチュッ
姻
ロが一九人いる︒ただし︑上記に分類できない人物も一四人確認できる︒これに対して︑女性はファンテが一六二人で大多数を占め︑ファンチュッロの女性形︑ファンチュッラの五九人が
続く︒さらに︑これらに分類できない女性が三七人いる︒性別不明の者が七人いるが︑そのう
ち六人はファンテとなってい衝︒男女の子どもが少なからぬ数を占めていることは見逃せな
肋・このうち女子については・結婚に必要な嫁資を提供することが明示されている,﹂ともあ
る︒労働期問の長さを考えれば︑最後に提供する嫁資は一般的な女性家内使用人に支払う賃
金よりも安く上がるため︑それほど裕福でない家庭では現実的な解決策としてこうした子ど
合計
167
71 8 3 0 2 251(世 帯) 女4
2
表2家 内使 用人の 男女の組 み合 わせ(世 帯数)
女0(人)女1
女2
女316 2 2
148 42
4 1
15 9 2
4 2
2
もを利用するという選択肢もあった︒
全体から見た内訳は明らかになったが︑もう少し個々の世帯の状況に近い視点で男女比を捉えておく必要がある(表
2参照)︒それぞれの世帯が雇用している家内使用人の性別を見ると︑家内使用人が一人だけしかいない世帯では女性が
雇用されていることが圧倒的に多いが︑二人いる場合には男女それぞれ一人ずつの組み合わせがもつとも多い︒これに
ついては︑仕事の内容の違いに加えて︑男女の家内使用人にそれ以上の異なる役割が期待されていた可能性もある︒ファ
ミリーオ︑ファットーレ︑男性ファンテを雇用している世帯のおよそ三分の二は︑家名からフィレンツェの有力家門に属
していると判断できる︒男性家内使用人を雇用することは︑社会的地位に少なからず関連があり︑ステータスシンボル
のように見なされたのではないだろうか︒反対に︑寡婦が代表者となっている世帯では︑女性家内使用人しか雇用しな
い傾向が顕著にあらわれている︒こうした点を考えると︑男女の選択にはそれぞれでなければならない必然性がある程
度は存在したはずで︑両者が完全に競合関係にあったとは言いがたい︒もちろん︑多くの世帯では女性を一人雇うだけ
の余力しかないか︑あるいは二人以上を利用する必要がなかったことは認めなければならない︒また︑家内使用人の利
用実態は世帯の構成にも左右される︒家内使用人の数が多い世帯の状況を見ることで︑世帯の状況が家内使用人の雇用
に関連していないか確かめてみよう︒ジョヴァンニ・ディ・バルドウッチョは︑ファミーリオを一人︑ファンチユッラを
二人︑女奴隷を二人と合計五人を抱えているほか︑乳母を一人置いている︒ジョヴァンニの家族は九人で構成されており︑
そのうち本人と妻を除く七人は子どもで︑最年長でも九歳にすぎない︒ピエーロ・アルディンゲッリの世帯の申告には︑
本人と妻以外に︑年齢の記入がないが乳児と見られる子ども︑一〇歳から一三歳の女子が三人︑さらに七〇歳という高
齢の女性が含まれている︒この家の家内使用人としては︑ファットーレが二人︑ファミーリオが三人︑セルヴァω興く鋤が
二人︑そしてやはり乳母が一人いる︒この二つの家での役割のなかに︑子どもや高齢の家族の面倒を見ることが含まれ
ていたことは疑いない︒また︑これらの家には管理すべき資産が多く︑そのことも複数の家内使用人を利用する動機と
なっていた︒