博士学位論文審査の要旨
【学位論文審査の要旨】
本学位申請論文は、糖尿病足病変入院患者と看護師たちの関係を、看護師に同伴したフ ィールドワークをもとに、現象学によって記述的に開示した研究である。フィールドワー クは、中核病院の形成外科・整形外科病棟において、5名の看護師を主たる研究参加者とし て行われた。研究結果では、1名の患者を柱として複数の看護師が関わる場面の経時的分析、
および、患者と看護師との関わりのバリエーションの分析が記述され、身体主体である患 者と看護師の身体交流が、関係を成り立たせていることが考察された。
審査会では、足病変患者の経験というテーマの独自性、日常のありふれた場面から丁寧 に意味が汲み取られている点、現象学的研究として読み応えがあること、調査方法と問い の立て方そのものが現象学的である点がまずは評価された。審査者からは、研究者の立ち 位置、患者と看護師のあり方が二元的でないことの意味、意識に上がってくる手前の経験 を言語化する方法、「みんな」という視点をもって探究した理由、エキスパート看護師の知 覚や判断との違い、フットケアに対する提案等々が質問された。また、「知覚」という用語 の使用に関する課題が述べられた。公聴会では、足病変患者にかかわる看護師の葛藤や言 葉になり難い実践の重要性などについて、質問とコメントがなされた。
申請者からは、いずれに対しても根拠をもった妥当な回答が得られ、自身の今後の課題 や研究の発展可能性にも言及できており、指摘を受けた課題についても真摯に受け止めら れていた。そのうえで、本論文は次の点において、看護学および看護実践に貢献し得ると 評価された。
第 1 に、研究方法および記述が、現象学的研究として徹底している点が評価された。本 論文では、糖尿病足病変に関する医学的知識や作成されたガイドラインに沿って実践する ことでは見出せない事象を探究することが丁寧に議論され、それゆえ、既存の知識や枠組 みを棚上げし、足病変患者と看護師たちの関係において起こっていることの記述研究へと 至った。この議論や記述は、真に「現象学的」であると評価された。
第 2 に、参加観察における研究者の立ち位置が、独創的である点が評価された。本論文 は、申請者が足病変患者に接して感じ取った感覚的経験を動機としている。それゆえ、研 究方法においても、申請者は研究参加者である看護師や患者に応じつつ関与し、その場で 起こっていることを自らの「身体」で感じ取り、その関与をもデータとして分析して見せ た。この関係という事象をその内側から探究する方法に独創性が認められ、新たな研究方 法の提案に繋がるものであると評価された。
第 3 に、患者と看護師たちの関係を、自覚される手前の身体の交流として記述し、開示 した点に独創性が認められた。この関係の成り立ちは、「一人ひとりの看護師を支える「み んな」」という匿名的で共同的な身体の志向性、看護師に訴えかけ揺さぶってくる「足病変 患者の身体主体」、「患者を知覚し行為へと働きかける看護師の身体」という 3 つの切り口 から検討され、これらが円環をなしていることが示された。この成果は、看護学に新たな 知見をもたらすのみではなく、現象学という哲学そのものにも寄与しうる研究として評価
博士学位論文審査の要旨
された。
以上より、申請者の研究は博士論文として妥当な水準に至っており、公聴会、および最 終試験での議論を含めて、博士(看護学)の学位にふさわしい専門的知識と能力を備えて いると判断した。