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長谷川 進 学 位 の 種 類

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Academic year: 2021

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全文

(1)

氏 名 はせがわ しん

長谷川 進

学 位 の 種 類

博士(医学)

報 告 番 号

甲第

1866

学位授与の日付

令和

3

3

16

学位授与の要件

学位規則第

4

条第

1

項該当(課程博士)

学 位 論 文 題 目

The Therapeutic Effects of Dual Orexin Receptor Antagonists on Amyloid-Beta Protein-Induced Cytotoxicity

(アミロイドベータ蛋白質誘導細胞毒性に対するデュアルオレ キシン受容体拮抗薬の治療効果)

論 文 審 査 委 員 (主 査) 福岡大学 教授

坪井 義夫

(副 査) 福岡大学 教授

安永 晋一郎

福岡大学 講師

田頭 秀章

内 容 の 要 旨

【目的】

デュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA)であるスボレキサントの、Aβ誘導細胞毒性に 対する作用を、細胞生物学実験により調査する。

【対象と方法】

薬剤は、デュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA)である睡眠導入剤のスボレキサント を使用した。対照として、スボレキサントと同じ DORA であるアルモレキサント、及び蒸 留水(ddH

2

O)を使用した。スボレキサントとアルモレキサントはジメチルスルフォキシ ド(DMSO)に溶解し、最終濃度(FC; 0.001µM)まで PBS 及び F-12 培地で薄めた。

1-42

溶液は Chromy らにより報告された方法に準じて用意した。手短に言えば、先ず 固体 Aβペプチドから Aβ由来可溶性基質(Aβ-Derived Diffusible Ligand)(ADDL)を、

Lambert らの手法に従い準備した。それを DMSO に溶解し 2mM の stock solution とし、

更に PBS にて 20µM まで希釈した。4℃の低温室で 24 時間 incubate した後、溶液を 4~

8℃10 分間 14000g で遠心分離した。可溶性オリゴマーは上清中に含まれるため、その上

清を移し取り、20µM の reaction mixture(RM)として一旦冷凍保存した。使用時の培地中

最終濃度(FC)は 2µM とした。

(2)

細胞はヒト神経膠芽腫細胞である u-138 細胞を使用した。それを 10%PBS 及びペニシリ ン/ストレプトマイシンを添加した F-12 培地中で、95%の湿度及び 5%CO₂の存在下で、

37°C で保持した。培養した細胞は、血球計を使用し計測した。正常培養された細胞を、

MTT 試験用に 24-well plates に 3.0×10⁴cells per well の割合で蒔き、次の処理に先 立ち一晩置いた。

先ず薬剤自体の細胞毒性を調べるため、1nM スボレキサントと 1nM アルモレキサント、

及び ddH

2

O で 72 時間処理した u-138 細胞の細胞生存率を、MTT 試験により測定した。MTT 試験は、手短に言えば、先ず u-138 細胞を 5mg/ml MTT と共に 37℃にて 4 時間処理し、

媒体を除去した後、100µL DMSO(≧99%)を添加して、形成したフォルマザン水晶を溶解す ることにより行った。吸光度はマイクロプレート・リーダーを用い、570nm にて測定し た。

次に、薬剤の細胞保護作用を調べるため、1nM スボレキサントと 1nM アルモレキサン ト、及び ddH

2

O で 24 時間、前処理し、2µM の Aβ

1-42

を加えて更に 48 時間処理した u-138 細胞の細胞生存率を、MTT 試験により測定した。

実験は、3 つの独立したサンプルを用いて 3 回ずつ繰り返した。

【結果】

1nM アルモレキサント、及び 1nM スボレキサントはいずれも u-138 細胞の生存率を、

ddH

2

O 処理群と比較し有意に変化させることはなかった。2µM の Aβ

1-42

による処理は、

ddH

2

O で前処理した u-138 細胞の生存率を、Aβ非処理群に比し有意に低下させた。1nM アルモレキサントによる前処理は、Aβ

1-42

で処理した u-138 細胞の細胞生存率を、ddH

2

O 前処理群に比し、有意に上昇させた。1nM スボレキサントによる前処理は、Aβ

1-42

で処理 した u-138 細胞の細胞生存率を、ddH

2

O 前処理群に比し、有意ではないものの上昇させ、

Aβ非処理群と ddH

2

O 前処理群との間の有意差を消失させた。

【結論】

アルモレキサント、及びスボレキサントは、いずれも 1nM の濃度では細胞毒性を持た

ないことが示唆された。2µM の Aβ

1-42

は有意に高い細胞毒性を持つことが示唆され、こ

れは既報とも矛盾の無いものであった。1nM アルモレキサント、及び 1nM スボレキサント

は、いずれも in vitro でアミロイドβ蛋白誘導毒性に対し、直接的な細胞保護作用を持

つことが示唆された。アルモレキサントの方がより細胞生存率向上効果が大であるもの

の、スボレキサントも一定程度の効果を持つ可能性はあると考えられた。更に、今回の

細胞生物学実験では 1 回のスボレキサントの投与によりある程度の効果が認められたこ

とから、反復投与が可能な in vivo の実験や臨床においては更なる効果の増強が期待さ

れる。

(3)

以上より、アルモレキサントと異なり人体毒性が無く、現在も睡眠導入剤として使用 されているスボレキサントが、アルツハイマー病に対する安全且つ有効な治療薬あるい は予防薬である可能性が示唆された。

尚、両者が解毒作用を持つ機序としては、両者に共通するオレキシン受容体拮抗作用 が最も考えられるが、その詳細は依然として不明である。

また本研究は in vitro の細胞生物学実験であり、スボレキサントによるアルツハイマ ー病患者の認知機能の改善効果やアルツハイマー病の予防効果を直接的に調べたもので はない。よって、臨床応用のためには 、in vivo の動物実験やヒトに対する臨床試験に より、実際の認知機能への影響や安全性等を確認する必要がある。

審査の結果の要旨

本論文は、睡眠とアルツハイマー病(AD)の病態生理との関連に注目し、睡眠導入剤であ るデュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA)が持つアミロイドベータ蛋白質(Aβ)誘導細胞 毒性に対する抑制作用を、細胞生物学実験により示した報告である。本研究は、「統合失 調症の長期入院患者において、入院中の AD の新規発症頻度が、一般健康人に較べて低い のではないか」という著者の臨床疑問に基づいた仮説を立て研究デザインを立案した。本 結果は、 in vitro における DORA の Aβ誘導細胞毒性の抑制を検証したものでかつて報告 されていないものである。

細胞生物学的な毒性を測定する試験としては、一般的な MTT 分析を用いた。実験結果と しては、1)実験に用いた DORA であるアルモレキサント(ALX) 、スボレキサント(SVX)は 共にそれ自体では、1nM の濃度では細胞毒性を持たないことが示された。また、2)Aβは 有意に細胞毒性を呈した。3)ALX は Aβの示す細胞毒性を有意に抑制した。4)SVX におい ても、Aβの示す細胞毒性を抑制する傾向が観察された。

以上から Aβ誘導細胞毒性に対する DORA の効果は、薬剤の直接効果によるものである ことを示した。その中で ALX に関しては Aβ誘導細胞毒性を有意に抑制することも初めて in vitro で示した。SVX も ALX 同様な傾向を示す可能性があるものと考えられた。

結論として、本実験により、DORA を AD の効果的な治療薬、或いは予防薬として利用で

きる可能性が考えられた。ALX は重篤な副作用のため臨床応用はなされなかったが、SVX は

より安全な治療薬、或いは予防薬として利用できる可能性が予想された。

(4)

以下に本論文の斬新さ、重要性、研究方法の正確性、表現の明瞭性、主な質疑応答の内 容についてそれぞれ記載する。

1. 斬新さ

DORA の Aβ誘導神経毒性に対する作用に関する先行研究は存在するが、いずれも in vitro のものではなく、DORA の直接作用か間接作用かの見解は分かれている。さらにその 作用の分子的機序は未だ不明であること等の問題点がある。本研究は神経膠芽腫細胞であ る u-138 細胞を使用し MTT 分析を施行することにより、Aβ誘導細胞毒性に対する DORA の 作用、及びそれが DORA の直接作用であることを、世界で初めて in vitro において確認し たものであり、分子的機序の解明に向けて新たな知見を提供するものと考える。

2. 重要性

AD は、患者のみでなく、その親族や介護者にも大きな身体的・心理的苦痛を与える疾患 であるにも拘わらず、現在その原因も根治的治療法も未知である。主因と考えられている Aβに対する DORA の効果やその作用機序を調査することは、原因及び根治的治療法の解明 に向けて新たな知見を提供するものであるため、本研究の重要性は高いと考える。

3. 研究方法の正確性

本研究は、物質の細胞毒性に対する薬物の作用を評価する際に標準的な実験手技に従い 行われている。また、本研究で使用されている培養細胞や試薬は広く利用されているもの で、その取扱い方も充分に確立されている。分析手法である MTT 分析も広く使用されてい る手法である。以上より、本研究の正確性は十分に保たれていると言える。

4. 表現の明瞭性

研究の背景や実験目的、方法、結果については明瞭かつ平易に記載されている。また結 果の考察に当たっては適切な統計学的手法を用いて評価している。以上から、本研究の明 瞭性は十分に保たれている。

5. 主な質疑応答

以上の研究内容の説明に対して、審査員により研究方法、結果の解釈、臨床的な意義に 関する質疑が行われた。下記のような多数の質問があり、活発な討議が行われた。

Q:溶媒として ddH

2

O を使用した理由は?溶媒としては DMSO の方が適切であったので は?DMSO を使用した実験も施行したのか?

A:効果を薬剤と比較するための、代わりの薬剤として ddH

2

O を選んだが、DMSO と比較

して適切であったのか否かは分からない。

(5)

Q:DMSO の濃度は 1%以下であったのか?

A:DMSO の濃度は、測定していないので分からない。

Q:DMSO の濃度が 1%を越えていたら、そのために細胞生存率が低下していたのかも知れ ない。それが、スボレキサントの効果に有意差が出なかった原因かも知れない。

A:今後の研究に活かして参りたい。

Q:スボレキサントの Aβ毒性に対する効果が、レンボレキサントのそれを越えている可 能性はあるか?

A:現時点では不明だが、今回、スボレキサントには有意差が無く、アルモレキサントに はあったのは、後者の方のオレキシン受容体拮抗作用が強いからである。レンボレキサン トの拮抗作用についてはそれがスボレキサントより強いので、Aβ毒性に対する効果もよ り強い可能性が考えられる。

Q:オレキシン1受容体とオレキシン2受容体との違いは?

A:いずれも睡眠・覚醒を司る神経系の受容体だが、オレキシン2受容体の方が、覚醒か ら睡眠への移行、及び REM 睡眠・non-REM 睡眠の維持に対して、より強い作用を有すると されている。

Q:オレキシンの分泌部位と、投射部位は?

A:分泌部位は視床下部である。投射部位は、オレキシン1受容体とオレキシン2受容 体とで各々異なり、また、両者が存在する部位もある。

Q:投射部位による働きの違いはあるのか?

A:オレキシン2受容体が発現している部位の方が、睡眠に大きく影響しているものと 考えられる。

Q:オレキシン受容体と Aβの関係については何か提唱されているか?

A:それについては調べることができなかった。

Q:細胞に Aβをかけた時の毒性だが、オレキシンが Aβを抑制する、或いは作用する、

ということはないのか?

A:オレキシンの Aβに対する作用を調べた研究は極めて少なく、調べ得た限りでは、当

初に説明したように、マウスにオレキシンを脳室内投与したところ Aβが増加した、との

文献のみであった。

(6)

Q:u-138 細胞にオレキシン受容体が存在することは確認されているのか?

A:そのような文献も確認している。

Q:この実験にオレキシン受容体は発現しているか?

A:発現している。

Q:この実験にはオレキシンは入っていないが、オレキシン受容体拮抗薬を使用するこ とに意味はあるのか?

A:培地中に混じた血清・FBS 中にオレキシンが含まれており、また使用した細胞にはオ レキシン2受容体が存在している。よって、本実験は細胞を使用した実験だが、生体内、

脳内の環境を in vitro で再現したものと言える。

Q:オレキシンはホルモンなのか、神経伝達物質なのか?

A:神経伝達物質と考えられる。

Q:オレキシンは血液中に循環するものであるか?

A:それに関しては不明である。

Q:ダイレクトな細胞保護作用、とのことだが、オレキシンのシグナルを阻害したこと により保護したのか?その他の作用で細胞を保護したのか?

A:直接的にオレキシンの有害作用を阻害したものと思われた。オレキシン自体の有害 作用も報告されている。

Q:薬剤のダイレクトな作用、とのことだが、(濃度が)1nM というのは、通常量を投与 した時の脳内における生理的な濃度なのか?

A:それを意識した訳ではなく、先行文献を参考にして、幾つかの濃度を試みた結果、細 胞毒性が低く、効果も高かった量が 1nM であった、ということである。脳内の生理的な濃 度は意識していない。

Q:ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系等の睡眠導入剤を投与した場合、Aβは どうなるのか?

A:臨床的にはベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系等の睡眠導入剤は認知症の 原因となりうる、と報告されているが、Aβに対する作用を調べた先行研究は無いと思わ れる。

Q:ベンゾジアゼピン系睡眠導入剤は、本当に認知症の原因になるのか?

A:短期的には前向性健忘を引き起こすが、長期的にベンゾジアゼピン系睡眠導入剤を

(7)

服薬するとアルツハイマー病になりやすいか、という点については、少なくとも in vivo の研究はなされていないと思われる。おそらく統計的なデータから導かれた見解だと思わ れるが、分子的な機序は不明なので、ベンゾジアゼピン系睡眠導入剤が真にアルツハイマ ー病の原因になるのか否かは明らかでないと思われる。

Q:Aβの調整法について、ADDL とは、どのようなものか?

A:我々が購入した試薬は粉末状のものであったため、生理学的なものに近い液体とす るために、必要な過程であったと考える。

Q:ADDL にすることにより、何が変わったのか?

A:基本的には、液体にして、Aβを溶解しやすいものにするためである。

Q:Aβはどの様な細胞毒性を発揮するのか?

A:私が調べた範囲では、細胞に酸化ストレスを与えることや、アポトーシスを促進す る、というものがあるが、分子的な機序については調べていない。

Q:イントロで、統合失調症の長期入院患者において、アルツハイマー病の新規発症が 少ない印象、とのことであったが、病理データ、Aβの剖検例、等はあるのか?

A:その点は調べたが、先行研究は見つけられなかった。

Q:長期入院患者の寿命は長いのか?

A:正式な統計を確認した訳ではないが、個人差が大きい。ただ、長期入院患者は、疾病 の早期発見・治療が可能なので、長寿の患者が多い印象はある。ただ、中には短命の患者 もいるので、一概には言えない。

Q:Aβは様々な形で存在するが、薬剤を入れることにより凝集形態が変わる、という可 能性はあるか?

A:薬剤投与による Aβの状態像の変化に関するデータは見つけられなかった。

Q:薬剤により Aβそのものの変化はあったのか?定量化はしたのか?

A:それは、今回は測定していない。あくまで、細胞生存率を測定したのみである。

Q:Aβは細胞内に入るのか?細胞外であるのか?

A:細胞外である。

Q:細胞を肉眼的に見た時に、Aβ添加による形態変化はみられたか?

A:顕微鏡では、明らかに細胞数の減少が見られた。形態として大きく変わるというよ

(8)

りは、数が減り、海の様な培地の部分が増えていた。

Q:浮いている、ということか?

A:死滅して、浮いてくるのだと思われる。

Q:MTT 以外に、肉眼的にカウンティングする方法は無いのか?

A:私が調べた中では分からなかった。ただ、MTT 分析が、私の様な初学者には簡便で確 実であるため、使用した。

Q:薬剤は、Aβ毒性を、どういう形でブロックするのか?オレキシン受容体を遮断する ことによる細胞内カスケードの変化あるのか?

A:細胞内カスケードまでは調べていないが、オレキシン自体に毒性があり、内因性グ ルコース産生を増加させて耐糖能異常を来す、細胞のアポトーシスを促進する、との作用 も報告されているため、オレキシンの働きを阻害することにより、これらの有害作用を抑 える、ということは考えられる。

Q:と、いうことは、Aβ は要らないのでは?オレキシンの毒性を薬剤がブロックするこ とが、細胞生存率向上に奏功したのではないか?

A:それが、今回の薬剤による効果の原因の一つであった、との可能性は考えられる。

Q:Aβ と、オレキシンの毒性のリンクついて、整理を。

A:Aβ の細胞毒性と、オレキシンの毒性とは、別個のものである。Aβ の細胞毒性の機 序は、あくまで仮説だが、酸化ストレスの増大が主であると言われている。オレキシンの 毒性については、アポトーシスの促進や内因性グルコース産生増加による耐糖能障害の促 進、といったものが報告されている。今回、私達はデュアルオレキシン受容体拮抗薬によ りオレキシン神経系を阻害することにより、Aβで障害された細胞の細胞生存率を上げる、

というところで Aβ毒性に対する効果を調べようとしたのだが、オレキシンそのものの有 害作用もあり、そこに薬剤が働いており、Aβは別のストレスをかけていた、ということ も考えられる。

Q:ベルソムラでは、なぜ悪夢を見やすいのか?

A:ベルソムラはオレキシン1受容体とオレキシン2受容体の両者を阻害するものであ るが、特に後者を阻害することにより REM 睡眠が増える。それにより、悪夢が増えるもの と思われる。

本論文は、Aβ蛋白質誘導細胞毒性に対するデュアルオレキシン受容体拮抗薬の治療効

果を、世界で初めて in vitro で確認し、また、それが薬剤の直接作用であることも新た

(9)

に確認した研究である。内容の斬新さ、重要性、研究方法の正確性、表現の明瞭性及び主

な質疑応答の内容の結果を踏まえ、審査員で討議の結果、本論文は学位論文に値すると評

価された。

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