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租税回避否認の是非と 包括的否認規定の解釈

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(1)

Ⅰ は じ め に

平成26年3月18日にいわゆるヤフー事件の地判が,同年11月5日に高判が くだされた1)。本件は,「組織再編成に係る行為又は計算の否認」規定(法法 132の2)の適用要件が争われた事例である。本条項は,平成13年度税制改 正により創設されたものであり,従来から存在する「同族会社等の行為又は 計算の否認」規定(法法132,所法157,相法64等)および平成14年に創設さ れた「連結法人に係る行為又は計算の否認」規定(法法132の3)とともに 包括的租税回避否認規定である。本件において地判と高判は,ほぼ同旨のも のであり,包括的租税回避否認規定に新たな適用要件を示した判決として注 目されている2)。すなわち,「組織再編成に係る行為又は計算の否認」規定に 関して,従来の「同族会社等の行為又は計算の否認」規定とは異なる適用要 件を示したのである。

1) 東京高判,平成26115日,訟月60(9),1967頁(原審:東京地判,平成26 318日,判時(2236)25頁)。

2) 谷口勢津夫「ヤフー事件東京地裁判決と税法の解釈適用方法論 ― 租税回避アプ ローチと制度(権利)乱用アプローチを踏まえて」税研(177)20142030頁,

渡辺徹也「組織再編成と租税回避」岡村忠生『租税回避研究の展開と課題』ミネル ヴァ書房2015119152頁,金子友裕「ヤフー事件・IDCF事件東京地裁判決に みる組織再編税制における行為計算否認規定の検討」租税訴訟(8)2015129145 頁参照。

租税回避否認の是非と 包括的否認規定の解釈

髙 橋 秀 至

−633−

( 1 )

(2)

包括的租税回避否認規定間で異なる適用要件が示されたが,包括的租税回 避否認規定間の法的安定性および予測可能性は,担保されているといえるの だろうか。国民は法律の定めるところにより納税の義務を負うが(憲法30),

法的安定性および予測可能性の担保は,法律によらない課税の禁止を保障す るにあたって極めて重要な機能である。租税回避の否認は,国民の法的安定 性および予測可能性に重大な影響を及ぼすものであり,安易に租税回避を否 認すると,租税法律主義に反する結果をもたらすことになりかねない。

そこで本稿においては,そもそも租税回避を否認することができるのか否 か,また否認できるとすればその要件は何かを考察し,租税回避否認規定,

特に包括的否認規定がいかに解釈されるべきかを検討したい。

Ⅱ 租税回避の定義と特質

1.租税回避の定義

! 租税回避の本質と定義

租税回避の語義をその文字どおりにとらえると,それは税負担を避けるこ ととなる。課税要件を充足する事実が生じた場合に納税義務が成立すること から(憲法30),課税要件の充足を回避すれば,税負担が生じることはない。

このことから,税負担を避けるということは,課税要件の充足を回避すると いうことといえる。この点に関して,租税回避は脱税と異なる。脱税は充足 した課税要件をあたかも充足していなかったように偽ることによる税負担の 軽減である。これにたいして租税回避は,課税要件が充足した事実を偽るの ではなく,課税要件が充足しないようにするものである。したがって,租税 回避の本質は,「課税要件充足の回避」にあるということができる。

また,税負担を避けるということは,単に税負担を軽減するということで はない。通常であれば存するはずの税負担を軽減するということである。税

−634−

( 2 )

(3)

負担が軽減されることが通常であれば,その軽減を回避ということはない。

その意味において,租税回避は節税とも異なる。節税は法が予定している通 常の税負担軽減であるのに対して,租税回避は法が予定していない異常な税 負担の軽減である。法が予定している税負担の軽減行為は,税負担の軽減を 望む人には,その要件を満たせば誰にでも利用可能である。これに対して,

法が予定していない税負担の軽減行為をもちいる人は少なく,租税回避行為 を行ったものと行わなかったものとの間で,税負担に不公平が生じる。した がって,租税回避は不当な税負担の軽減ということができ,「税負担軽減の 不当性」も租税回避の本質的要素である。

租税回避の定義に関して,清永敬次教授は,「租税回避(tax avoidance,

Steuerumgehung)というのは,課税要件の充足を避けることによる租税負担 の不当な軽減又は排除をいう。」3)と定義づけておられる。この定義は,「課税 要件充足の回避」と「税負担軽減の不当性」を中核要素とするものであり,

これらは租税回避の本質的要素といえる。したがって,租税回避の本質的定 義は,「課税要件の充足を避けることによる税負担の不当な軽減または排 除」ということになろう。

! 租税回避の原因と手法

租税回避は,課税要件の充足を避けることによる税負担の不当な軽減また は排除であるが,租税回避は,どのような場合に生じるのであろうか。ある 経済成果を達成するにあたって,課税要件法に規定が存在しない行為を行え ば,その経済成果を生じせしめた事実は,課税要件が充足しない事実という ことになる。すなわち,租税回避は課税要件法に欠缺が存する場合に生じる ものであり,租税回避行為は課税要件法の欠缺をねらって行われるものであ

3) 清永敬次『税法[新装版]』ミネルヴァ書房201342頁。

租税回避否認の是非と包括的否認規定の解釈(髙橋) −635−

( 3 )

(4)

4)。したがって,租税回避の原因は,課税要件法の欠缺にあるといえよ う。

租税回避は,課税要件法の欠缺が存する場合に生じるものであるが,租税 回避行為は,どのような手法により行われるのであろうか。人々は私法に基 づいて種々の経済活動を行う。税法においては,このような私法上の取引を 課税要件事実として,課税要件法が適用される。ある経済成果に課税をしよ うとすると,当該経済成果を生む私法上の法形式を想定して,当該法形式に 適合するように課税要件法が制定される。これに対して,立法者が想定した 当該法形式と異なる法形式を納税者が選択した場合,その事実は当該課税要 件法に適合しないことになり,課税要件法が欠缺することになる。すなわち,

立法者が想定した当該法形式とそれと異なる法形式とで同一の経済成果を達 成する場合において,立法者が想定していない法形式を選択すれば,租税回 避が成立することになる。立法者が想定した法形式を通常の法形式とよび,

立法者が想定していない法形式を異常な法形式とよぶならば,租税回避行為 は,異常な法形式を選択することによって行われることになる。

このような租税回避の手法に着目したものとして,金子宏教授の定義があ る。金子教授は,「私法上の選択可能性を利用し,私的経済取引プロパーの 見地からは合理的理由がないのに,通常用いられない法形式を選択すること によって,結果的には意図した経済目的ないし経済成果を実現しながら,通 常用いられる法形式に対応する課税要件の充足を免れ,もって税負担を減少 させあるいは排除することを,租税回避(tax avoidance,Steuerumgehung)

という。」5)と定義づけておられる。

したがって,租税回避は,「課税要件充足の回避」と「税負担軽減の不当

4) 課税要件法の欠缺と租税回避の関係については,谷口勢津夫『租税回避論』清文 201469頁[初出2010年]参照。

5) 金子宏『租税法[第20版]』弘文堂2015124頁。

−636−

( 4 )

(5)

性」を本質的要素とするものであり,租税回避行為は,課税要件法の欠缺を ねらって,異常な法形式を選択して行われるものであるといえよう。

2.租税回避と税法の目的

! 租税回避における法目的と法文の関係

税法は,事実が課税要件に合致した場合に適用される。租税回避行為は,

課税要件法の欠缺をねらって,異常な法形式を選択するものであるため,課 税要件法を文理解釈する限り,法適用がなされることはない。文理解釈とは,

法文およびその文言に忠実な解釈である。立法者は,立法趣旨・目的を反映 するように法文として文言化するため,通常であれば,法文の文言と立法趣 旨・目的は,合致する。しかし,法に欠缺が生じれば,立法目的に合致する 事実が生じたとしても,その事実に適合すべき法文の文言は存在しないこと になり,法文の文言と立法趣旨・目的が合致しないことになる6)。租税回避 行為は,立法者が想定した法形式と異なる法形式を納税者が選択するもので あるため,当該事実は立法趣旨・目的には合致するものの,法文の文言には 合致しないことになる。

! 租税回避の合法性と不当性

租税回避行為は,立法趣旨・目的には合致するものの,法文の文言には合 致しないものであるため,租税回避は文理解釈による限り,合法な税負担の 軽減ということになる。すなわち,課税要件法に規定されている要件に合致 する法形式による場合と同じ経済成果を達成しているにもかかわらず,当該 課税要件法を文理解釈する限り租税回避行為に対して課税ができず,当該税 負担軽減は合法ということになる。この点で,租税回避は節税と類似性を有

6) 租税回避と税法目的との関係については,清永敬次『租税回避の研究』ミネル ヴァ書房1995388頁[初出1982年]参照。

租税回避否認の是非と包括的否認規定の解釈(髙橋) −637−

( 5 )

(6)

する。

しかし,租税回避行為は,立法趣旨・目的には合致するものであって,当 該立法趣旨・目的によるならば,課税すべきものということになる。特に,

租税回避は,租税回避行為を行わなかったものとの間で,税負担の不公平を もたらすものである。このように,租税回避は公平負担原則に反する結果を もたらすものであり,当該税負担軽減は,公平負担原則にてらすと,不当な 税負担軽減ということになる。この点で,租税回避は脱税と類似性を有する。

したがって,節税が合法かつ正当な税負担の軽減であり,脱税が違法かつ 不当な税負担の軽減であるのに対して,租税回避は合法でありながら不当な 税負担の軽減であるといえよう。

Ⅲ 租税回避と税法解釈

1.武富士事件最判の意義

租税回避は公平負担原則にてらして不当な税負担の軽減であるが,税法解 釈において否認することはできるのだろうか。租税回避否認の是非について 争われた事例として,いわゆる武富士事件最判がある7)。本件は「住所」と いう借用概念の解釈について争われた事例であり,当該文言を通常の用語法 にしたがって解釈すべきか否かが問題とされた。すなわち「住所」について,

借用元の概念と同義に解すべきか,それとも租税回避否認のために特別な法 解釈をすべきかが,争われたのである。

最高裁は,住所に関する民法の最判を引用し,住所を「客観的に生活の本 拠たる実態を具備しているか否かによって決すべきもの」とした。そのうえ

7) 最判(第2小)平成23218日,判時(2111),3頁。拙稿「公平負担原則に 基づく税法解釈の是非 ― 法人税法第22条の解釈を中心として ― 」『税法学』

(567),2012117119頁参照。

−638−

( 6 )

(7)

で,最高裁は,「贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえて国外に 長期の滞在をするという行為が課税実務上想定されていなかった事態であり,

このような方法による租税回避を容認することが適当でないというのであれ ば,法の解釈には限界があるので,そのような事態に対応できるような立法 によって対処すべきものである。」と判示した。

本判決は,本件における住所という借用概念の解釈について,借用元であ る民法と同義に解すべしとしたのであって,このことは,租税回避行為に対 しても,課税要件法の法文およびその文言における通常の用語法にしたがっ た解釈が貫かれるべきとするものといえる。また本判決は,租税回避の否認 を法解釈の限界とし,立法府の責務と位置づけたものといえる。すなわち,

本判決は,課税要件法の欠缺を法解釈で補うことはできず,租税回避の否認 には,必ず否認規定が必要であって,否認規定なしでの否認は認められない ことを意味するものである。

2.公平負担原則と租税回避否認の是非

武富士事件最判は,否認規定なしでの租税回避否認を否定している。そも そも租税法律主義は,法律によらない課税を禁止することによって国民の財 産権を保障することにその意義を有するものであり,税法の解釈は文理解釈 によらなければならない8)。その一方で,公平負担原則は,租税法律の中身 に関する原則であり,立法時に考慮されるべき原則である。租税回避は,「税 負担軽減の不当性」を本質的要素のひとつとするものであり,ここにいう不 当性は,公平負担原則にてらしての不当性である。公平負担原則にてらすな らば,租税回避は否認すべきものであるが,公平負担原則は立法原則であっ て解釈原則ではない9)。したがって,租税回避を課税要件法の解釈により否

8) 拙稿,前掲論文,114117頁参照。

9) 中川一郎『税法学巻頭言集』清文社2013253頁[初出1964年]。

租税回避否認の是非と包括的否認規定の解釈(髙橋) −639−

( 7 )

(8)

認することはできず,租税回避の否認には租税回避を否認するための規定を 立法して対処しなければならない。

Ⅳ 個別否認規定と一般的・包括的否認規定

1.個別否認規定

租税回避を課税要件法の解釈により否認することはできず,租税回避の否 認には租税回避否認規定が必要であるが,租税回避否認規定はいかなる法規 定によるべきであろうか。租税回避否認規定は,個別否認規定と一般的・包 括的否認規定に区別される10)。個別否認規定は,個別具体的な租税回避に対 処すべく,個別に制定される否認規定である。租税回避は課税要件法に欠缺 が存する場合に生じるものであるため,当該課税要件法の欠缺を埋める立法 措置を講じれば課税要件法の欠缺は治癒される。すなわち,特定の租税回避 行為に対して,税法が予定する法形式による場合と同一の法効果が生じるよ うに,当該租税回避行為にかかる法形式を課税要件に取り込んだ課税要件法 を制定することにより,当該改正法施行後には当該租税回避は成立しなくな る。このように,租税回避が発見される都度制定される課税要件法が個別否 認規定である。

2.一般的・包括的否認規定

一般的否認規定とは,範囲または行為を限定せず,税法が予定していない 法形式による税負担の軽減を税法が予定する法形式に引きなおして課税処分 を行うことを認める規定である。包括的否認規定とは,ある一定の範囲また は行為について,税法が予定していない法形式による税負担の軽減を税法が

10) 租税回避否認規定の区分に関しては,谷口勢津夫『税法基本講義[第5版]』弘 文堂20166970頁参照。

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( 8 )

(9)

予定する法形式に引きなおして課税処分を行うことを認める規定である。両 者は共に,租税回避行為を特定せずに否認を認める規定であるため,不確定 概念を使用せざるをえず,租税手続法に規定を置かざるをえない。

納税義務は課税要件の充足によってのみ成立するもの,すなわち課税要件 法に基づいて成立するものであって,租税手続法に基づいて成立するもので はない。また,課税要件は明確なものでなければならず,不確定概念の使用 はできる限り避けるべきである11)。したがって,租税回避否認規定は,一般 的・包括的否認規定ではなく,個別否認規定によるべきである。

Ⅴ 包括的租税回避否認規定の解釈

1.「同族会社等の行為又は計算の否認」規定の解釈

! 不当性に関する実定法の文言と租税回避の定義

租税回避否認規定として包括的否認規定は,好ましくないものであるが,

実定法上,包括的否認規定がすでに存在している(法法132,同132の2,同 132の3,所法157,相法64等)。実定法として包括的否認規定が存在してい る以上,解釈論としては,明確な要件が存するという前提で,その要件をみ いだす必要がある12)。それでは,実定法上の包括的否認規定は,いかに解釈 すべきであろうか。

従来から存在する包括的否認規定として,「同族会社等の行為又は計算の 否認」規定がある(法法132,所法157,相法64等)。法人税法第132条には,

「税務署長は,次に掲げる法人に係る法人税につき更正又は決定をする場合 11) 立法論として,一般的・包括的否認規定が必ずしも明確でないことについては,

清永敬次,前掲書(注6)424425頁[初出1985年]参照。

12) 法人税法132条第1項が課税要件明確主義に反するものではないとする裁判例が あり(最判(第2小)昭和53421日(光楽園旅館事件),訟月24(8),1694 頁),税法には立法裁量が存在するとする裁判例もある(最判(大)昭和603 27日,民集39(2),247頁)。

租税回避否認の是非と包括的否認規定の解釈(髙橋) −641−

( 9 )

(10)

において,その法人の行為又は計算で,これを容認した場合には法人税の負 担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは,その行為 又は計算にかかわらず,税務署長の認めるところにより,その法人に係る法 人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができ る。」と規定されている。本条項は,同族会社等に範囲を限定したうえで,

不当な税負担の軽減に対して,納税者が選択した法形式を引き直す権限を税 務署長に与えるものである。

本条項において,「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認めら れるもの」という文言が否認規定の適用要件であり,「不当」という文言を いかに解すべきかが問題となる。「税負担軽減の不当性」が租税回避の本質 的要素であることにかんがみると,この「不当」という文言は,「課税要件 法の立法趣旨・目的への適合性があるにもかかわらず」という意味になる。

しかし,本条項が実定法の条項である以上,このような解釈はできない。実 定法上の文言は,課税要件明確主義により,明確に定められているとの前提 があり,このような不明確な解釈はできない。したがって,本条項における 不当性は,租税回避の定義における不当性とは異なり,明確な要件を備える ものとして解すべきである。

! 「同族会社等の行為又は計算の否認」規定に関する裁判例

実定税法における「不当」という文言は,租税回避の定義における不当性 の意義とは別義に解すべきであるが,「同族会社等の行為又は計算の否認」

規定における不当性の意義は,いかに解すべきであろうか。法人税法第132 条の適用要件に関する裁判例として,いわゆる光楽園旅館事件最判がある13) まず,本件における原審である札幌高裁は,「……右の「法人税の負担を不

13) 前掲最判(注12)昭和53421日。

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( 10 )

(11)

当に減少させる結果になると認められる」か否かは,もっぱら経済的,実質 的見地において当該行為計算が純粋経済人の行為として不合理,不自然なも のと認められるか否かを基準として判定すべきものと解される。」14)と判示し た。これを受けて最高裁は,「法人税法132条の規定の趣旨,目的に照らせば,

右規定は,原審が判示するような客観的,合理的基準に従って同族会社の行 為計算を否認すべき権限を税務署長に与えているものと解することができる のであるから,……。」と判示した。すなわち,最高裁は,経済的合理性の 有無を不当性の判断基準とし,経済的合理性の欠如を本条項における否認要 件としたのである。

それでは,上記最判は,今日において,判例として確立されているといえ るのだろうか。同条項に関する最近の事例として,いわゆるIBM事件があ 15)。本件において東京高裁は,「……同項にいう「これを容認した場合に は法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」か否かは,

専ら経済的,実質的見地において当該行為又は計算が純粋経済人として不合 理,不自然なものと認められるか否かという客観的,合理的基準に従って判 断すべきものと解される。」と判示した。本件においても,経済的合理性の 欠如を本条項における否認要件としており,少なくとも「同族会社等の行為 又は計算の否認」規定に関しては,光楽園旅館事件最判が今日においても踏 襲されているものと解される。

2.「組織再編成に係る行為又は計算の否認」規定の解釈

! 法人税法第132条の2の文言

「同族会社等の行為又は計算の否認」規定に関しては,経済的合理性の有

14) 札幌高判,昭和51113日,訟月22(3),756頁。

15) 東京高判,平成27325日,TAINS,Z8881926,https://app.tains.org/(平成 28119日)。

租税回避否認の是非と包括的否認規定の解釈(髙橋) −643−

( 11 )

(12)

無を不当性の判断基準としているが,その他の包括的否認規定においても同 様のことがいえるのだろうか。法人税法第132条の2に「組織再編成に係る 行為又は計算の否認」規定がある。本条項には,「税務署長は,合併,分割,

現物出資若しくは現物分配(第二条第十二号の六(定義)に規定する現物分 配をいう。)又は株式交換若しくは株式移転(以下この条において「合併等」

という。)に係る次に掲げる法人の法人税につき更正又は決定をする場合に おいて,その法人の行為又は計算で,これを容認した場合には,合併等によ り移転する資産及び負債の譲渡に係る利益の額の減少又は損失の額の増加,

法人税の額から控除する金額の増加,第一号又は第二号に掲げる法人の株式

(出資を含む。第二号において同じ。)の譲渡に係る利益の額の減少又は損失 の額の増加,みなし配当金額(第二十四条第一項(配当等の額とみなす金 額)の規定により第二十三条第一項第一号(受取配当等の益金不算入)に掲 げる金額とみなされる金額をいう。)の減少その他の事由により法人税の負 担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは,その行為 又は計算にかかわらず,税務署長の認めるところにより,その法人に係る法 人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができ る。」と規定されている。

本条項においても,「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認め られるものがあるときは,」という文言が用いられており,否認規定適用要 件に関しては,同法第132条と同一の文言によっているのである。

! ヤフー事件東京高判の判示事項

法人税法第132条の2は,否認規定適用要件に関しては,同法第132条と同 じ文言によっているが,これらの適用要件は同様に解されているのだろうか。

「組織再編成に係る行為又は計算の否認」規定に関する事例として,いわゆ るヤフー事件がある16)。本件において,東京高裁は,「同条が定める「法人

−644−

( 12 )

(13)

税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは,(ⅰ)法 132条と同様に,取引が経済的取引として不自然・不合理である場合のほか,

(ⅱ)組織再編成に係る行為の一部が,組織再編成に係る個別規定の要件を 形式的には充足し,当該行為を含む一連の組織再編成に係る税負担を減少さ せる効果を有するものの,当該効果を容認することが組織再編税制の趣旨・

目的又は当該個別規定の趣旨・目的に反することが明らかであるものも含む と解することが相当である。」と判示した。

「(ⅰ)法132条と同様に,取引が経済的取引として不自然・不合理である 場合」と判示しているところから,本判決においても,経済的合理性の欠如 を否認要件としているものといえる。しかし,本判決は,これに加えて,

「(ⅱ)組織再編成に係る行為の一部が,組織再編成に係る個別規定の要件を 形式的には充足し,当該行為を含む一連の組織再編成に係る税負担を減少さ せる効果を有するものの,当該効果を容認することが組織再編税制の趣旨・

目的又は当該個別規定の趣旨・目的に反することが明らかであるものも含 む」としており,課税要件法目的相反要件をも課している。

このように,ヤフー事件高判は,法人税法第132条の2における「不当」

という文言の解釈として,経済的合理性欠如要件と課税要件法目的相反要件 の2つの要件をみいだし,これら2つの要件のいずれかを充たせば,税務署 長に否認権限が与えられるとしたのである。

! ヤフー事件東京高判の問題点

ヤフー事件高判は,法人税法第132条の2における「不当」という文言の 解釈として,課税要件法目的相反要件を課すものであるが,このような解釈 は本条項の解釈として妥当なものであろうか。光楽園旅館事件最判が法人税

16) 前掲高判(注1)。

租税回避否認の是非と包括的否認規定の解釈(髙橋) −645−

( 13 )

(14)

法第132条を対象とした判例であるのに対して,ヤフー事件高判は,法人税 法第132条の2の解釈を問題としたものであって,その意味では,両判決は 射程を異にするものといえるかもしれない。しかし,両判決ともに,「法人 税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは,」

という同一文言の解釈を問題にするものである。同一文言の解釈であるにも かかわらず,ヤフー事件高判が最判と異なる判示を示すということは,法的 安定性を阻害するものといわざるをえない。

また,ヤフー事件高判は,課税要件法目的相反要件を否認要件のひとつと している。これは,課税要件法の目的に反する税負担の軽減に対して,包括 的租税回避否認規定による否認を認めることを意味する。すなわち本条項は,

法目的に合致するように課税要件法の法文を読み代える権限を税務署長に与 える規定であるということになる。このように考えると,同条項は,課税要 件法の欠缺を手続法で埋めるための規定ということになり,課税要件法の法 創造を認めるための手続規定ということになる。このようなことを認めると,

包括的租税回避否認規定さえ置けば,課税要件法の欠缺を埋めることができ るということになる。これは,租税法律主義の自己否定といっても過言では ない。

租税法律主義の要請により,実定税法の規定は明確なものでなければなら ず,法目的をその要件にするようなことは,認められるべきものではない。

法目的は,課税要件法の文言を解釈するにあたっての文理解釈の補完にはな りえても,法目的そのものを要件とすることがあってはならないのである17)

そもそも,「不当」という文言は,租税回避の本質的要素を示す文言であ り,課税要件法目的相反を意味するものである。しかし,ひとたび,実定法

17) 趣旨目的の規範化を問題視する見解として,谷口勢津夫「租税回避と税法の解釈 適用方法論 ― 税法の目的論的解釈の「過形成」を中心に ― 」岡村忠生,前掲書13 28頁がある。

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( 14 )

(15)

の概念として当該文言が用いられると,明確な要件が存するという前提で解 釈がなされなければならない。その意味において,実定法上の不当という文 言を租税回避の本質的要素を示す文言と同義に解釈してはならず,当該文言 を課税要件法目的相反要件ととらえてはならない。したがって,ヤフー事件 高判は,不当な判決といわざるをえない。

3.包括的否認規定解釈の限界と立法措置の必要性

ヤフー事件高判は,不当な判決であって,最高裁の動向が注視されるべき であるが,仮にこのような解釈が,法人税法第132条の2の解釈として定着 することになれば,きわめて深刻な事態になりかねない。包括的否認規定は,

そのすべてにおいて,不当性を否認要件にしており,法人税法第132条の2 の解釈が他条項の解釈に影響を与えることになりかねない。すなわち,課税 要件法目的相反要件が,すべての包括的否認規定に関する否認要件になる危 険性をはらんでいるのである。

課税要件法目的相反は租税回避の本質的要素であり,租税回避の本質にて らせば,その不当性は公平負担原則に対する不当性である。課税要件法目的 相反要件を包括的否認規定の否認要件と解釈することは,公平負担原則に基 づく否認に道を開きかねない。このようになると,武富士事件最判が租税回 避の否認を法解釈の限界と位置づけた趣旨に反することになる。租税回避の 本質的要素である不当性が公平負担原則にてらしての不当性であることにか んがみると,租税回避の否認を法解釈の限界と位置づけるということは,公 平負担原則に基づく租税回避の否認を法解釈の限界と位置づけるということ になる。公平負担原則に基づく租税回避の否認を法解釈の限界と位置づけた としても,包括否認規定の解釈に公平負担原則を持ち込むことができれば,

それは画餅となりかねない。

課税要件法目的相反要件を包括的否認規定の否認要件と解釈することは,

租税回避否認の是非と包括的否認規定の解釈(髙橋) −647−

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阻止すべきではあるが,包括的否認規定が不当性を否認要件にしている限り,

この危険性を払拭することはできない。そもそも租税回避の否認は,個別否 認規定によるべきであって,包括的否認規定によるべきではない。したがっ て,このような危険性をはらんだ包括的否認規定は,廃止すべきであろう。

Ⅵ お わ り に

本稿においては,租税回避否認の是非および包括的否認規定の解釈につい て検討した。租税回避を課税要件法の解釈により否認することはできず,租 税回避の否認には租税回避を否認するための規定を立法して対処しなければ ならない。租税回避否認規定は,個別否認規定によるべきではあるが,実定 法として包括的否認規定が存在している以上,解釈論としては,明確な要件 が存するという前提で,その要件をみいだす必要がある。「同族会社等の行 為又は計算の否認」規定に関しては,経済的合理性の欠如を否認要件とする ことが判例上確立されている。これに対して,「組織再編成に係る行為又は 計算の否認」規定に関しては,ヤフー事件高判が経済的合理性欠如要件に加 えて課税要件法目的相反要件を課した。課税要件法目的相反要件を包括的租 税回避否認規定の否認要件とすることは,租税法律主義の自己否定につなが り,このような解釈は認められるべきものではない。

課税要件法目的相反要件を包括的否認規定の否認要件と解釈することは,

阻止すべきではあるが,包括的否認規定が不当性を否認要件にしている限り,

このような解釈が定着し,公平負担原則に基づく税法解釈に道を開く危険性 もぬぐいきれない。したがって,このような危険性をはらんだ包括的否認規 定は,廃止すべきである。

包括的否認規定を廃止することになると,租税回避が発見される都度,課 税要件法を改正して租税回避に対応する必要がある。このような個別否認規 定の立法に関する詳細については,今後検討を要するものである。

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参照

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