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博士学位論文審査結果報告書
(2020年 2月14日 提出)
1.審査委員 主査 三崎 秀央 印
副査 山口 隆英 印
副査 西井 進剛 印
2.提出者 宮崎 悟
3.論 題 日本の医療機器クラスターにおける大学病院のキーストーン戦略に 関する研究
4.論文の要旨
本論文は、日本の医療機器の産業クラスターの様相と、主たるプレーヤーである大学病 院の戦略的な役割についてエコシステム論の観点から検討し、収益性が見込める大学発医 療機器を開発するための戦略的な枠組みを提示する研究である。本論文は、以下の通り序 章と終章を含め、7章からなる。
序章
第1章 医療機器産業の現状と課題 第2章 先行研究のレビュー
第3章 研究の理論的枠組み 第4章 リサーチ・デザイン 第5章 事例研究
終章
序章では、本論文の問題意識と目的が示されている。厚生労働省によると、日本の医療 機器産業は、少数の大手製造販売企業と多種多様で多数の中小企業からなり、その市場規 模は安定的に拡大・成長している。世界的に見ても、医療機器産業の規模は拡大傾向にあ るが、日本に関しては輸入超過状態が続いておりこれが当該産業の課題の 1つであるとさ れている。
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世界的にみると、革新的な医療機器にかかわるイノベーションの多くは産学官の集積体 である医療機器クラスターから創出されている。特に米国の医療機器クラスターでは、創 発されたベンチャー企業を大手企業が取り込むといった起業から事業化までの循環システ ムが社会的に確立されている。これに対し、日本では医療機器産業の発展を推進してはい るものの、医療機器クラスターは、国の政策主導により地域中小企業を活用した産学官連 携により地域医療機器産業の活性化を図ることに重点が置かれているため国の競争優位に つながるようなイノベーションの創発までには至らず、十分な成果をあげているとは言い 難い。
このような現状の中、著者は、「日本の医療機器クラスターにおいて、上市後に収益性 が見込めるような大学発医療機器を開発するための医工連携のメカニズムはどのようなも のであり、そのために大学病院はどのような戦略を執ればよいか 」という問題意識を持つ に至っている。この問題意識を踏まえ、本論文では、①日本の医療機器クラスターにおい て、上市後に収益性が見込める大学発医療機器を開発するような医工連携のメカニズムを 解明するための理論枠組みを構築すること、②日本の医療機器クラスターにおいて、大学 病院が果たすべき役割や行動、能力などを明らかにすることを目的としている。
第1章は、医療機器に関する様々な情報を提示し医療機器産業を俯瞰するとともに、本 論文の問題意識につながる課題を明らかにしている。第1節では、医療機器とは何かにつ いて、医療機器の定義、製品特性、研究開発、ビジネス・システム に言及し、医薬品など とも比較しつつ、その実態を明かにしている。第 2節では、医療機器を研究開発とビジネ ス・システムの双方の視点から医工連携の概念を説明した上で、医工連携で重要となる医 師などによるユーザー・イノベーションと、医工連携の中心的存在となる研究型病院につ いて論じている。第 3節では、輸入超過が続いている日本の医療機器産業を概観し、その 課題を提示した上で、大学発医療機器を念頭に置いた上市後の収益性が見込める医療機器 の医工連携、米国および日本の医療機器クラスターの特徴を明らかにし、 本論文の問題意 識について言及している。
第 2章は、第 1章で提示された本論文の問題意識に基づいて、多様な先行研究のレビュ ーを行っている。第 1節ではMarshall(1922)や Jacobs(1969)といった伝統的な産業 集積論から Porter(1990)を中心とした産業クラスター論のレビューを行い、産業集積論 の系譜を整理している。第2節では、産業集積論のうちクラスター理論に焦点を当て、ク ラスターの地理的近接性を重視する Porter の研究をレビューし、Porter を中心に展開さ れたクラスター理論の特徴を示している。特に、協調と競争という相反する関係を結びつ ける地理的近接性に注目し、知識のスピルオーバーなどの効果について論じている。第 2 節の最後では、エコシステムという新しい枠組みが提示された背景について、近年のグロ
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ーバル化や産業をまたがった技術移転・活用という観点から説明し、クラスター理論の限 界について言及している。第 3節では、エコシステム理論に関する先行研究をレビューし、
エコシステムの概念とエコシステム先行研究の 3つの方向性を分類・整理した上で、Moore
(1993, 1966)、Adner and Kapoor(2010)、Iansiti and Levien(2004)、椙山・高尾(2011)
などの研究に焦点をあてて詳説している。
第 3 章は、第 2 章の先行研究レビューを基に本論文のフレームワークを構築している。
第 1節では、クラスター理論とエコシステム理論の比較検討、次いで、Adner and Kapoor
と Iansiti and Levien の比較検討を行い、これを踏まえた日本の医療機器クラスターに対
するエコシステム理論の適合性について論じている。クラスター理論に依拠する研究では、
競争と協調という相反する活動が実現するロジックを提示するなど優れた視点を提供して いるものの、原(2014)などの一部の研究を除くと、クラスター外部への関心が低い傾向 がある。一方、エコシステム理論では、経済のグローバル化や技術の移転・活用が活発に なっている現状を踏まえ、多様なエージェントが競争・協調・共生しながら業界や地理的 な範囲を超えて拡張していく現象を捉える枠組みを提示している点に特徴がある。本論文 では、これらの違いを、地理的近接性を重視する考え方と、グローバル化の進展に伴う技 術や経済主体間連携の複雑さがもたらす産業の境界の広がりという 2つの概念が、トレー ドオフの関係として捉えられているのではないかと 考察している。そして、これら 2つの 概念をトレードオフの関係ではなく、互いに補完する概念として捉えることが必要である と主張する。
第2節では、日本の医療機器クラスターをエコシステムとして捉え、顧客、価値、人工 物、主要なエージェントを軸に医療機器エコシステムの概念を定義し、医療機器エコシス テムの全体像を示している。そして、医療機器エコシステムを構成するエージェントの役 割について検討した上で、キーストーンとしての大学病院、ニッチ・プレーヤーとしての 中小企業、医療機器クラスターを形成する地域内の関連する製造業・卸売企業・一般病院、
さらには地域外エージェントという医療機器エコシステムの全体像を示すモデルを提示し ている。特に、キーストーンである大学病院については、地理的近接性と範囲の拡張を戦 略的に使い分けることが医療機器クラスターの成否を分けるポイントであるとして、その 重要性を強調している。
第 4章は、第 3章で構築した理論的フレームワークを基に、本論文の実証研究の枠組み を構築している。第1節では、研究課題と理論、推論技法を検討し、本論文の理論的位置 づけを明確にしている。第 2 節では、具体的な研究手法として、Yin(1994)が示す事例 研究における事例の選択とデータ収集についての知見に基づき、本論文における事例の選 択や分析手法について論じている。
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第5章は、第 4章のリサーチ・デザインを基に、実証研究として比較事例研究を行って いる。第 1節では事例研究の具体的な手順・内容を説明し、第2節では浜松地域(浜松医 科大学医学部附属病院)、第 3節では信州地域(信州大学医学部附属病院)、第 4節では岡 山地域(岡山大学病院)について、事例研究を実施している。そして、これら 3地域にお ける事例研究の結果から、第 5節では総合考察として、クラスターの地理的近 接性と範囲 の拡張に関する考察、大学病院の戦略に関する考察を行う。そして第 6節では本論文の問 題意識に関する考察を行い、インプリケーションを提示している。
第2節の浜松地域の医療機器クラスターは、地理的近接性が高く小規模なクラスターで あること、光・電子関連技術に特化したものであるといった特徴がある。浜松医科大学を 中心に、地域の中小企業の連携で試作品が開発され、製造販売企業や地域卸売企業あるい は地域の基幹病院が医工連携に関わっている。浜松地域では、地域収束型の医工連携モデ ルを県外に展開するという活動も実施している。第3節の信州地域では、信州版シリコン バレーを目指すという目標のもと、県単位の比較的大規模なクラスターが形成されている。
信州大学病院が起点となり、大学の医工連携コーディネーターが積極的にかかわり、域内 中小企業との関係性を強化するとともに、域外の卸売企業や製造販売企業に対するマーケ ティングも行っている。第 4 節の岡山地域では、メディカルテクノバレー構想のもとで、
県単位の比較的大規模なクラスターが形成されている。岡山大学病院が中心となり、岡山 県の産業振興財団を通じ、地域の中小企業との連携が図られている。
これらの比較事例研究を通じて、医療クラスターとして、地理的近接性を活用した取り 組みをしているかどうか、クラスターの範囲を拡張しているかどうか、という点が大学発 医療機器の開発に影響を与えている可能性があると結論づけている。つまり、地理的近接 性と範囲の拡張はトレードオフの関係にあるのではなく、相互補完的な関係りあり、二項 対立の関係ではないという主張である。成功している医療機器クラスターにおいては、地 理的近接性をより重視したクラスターであっても、その限界を認識し、範囲の拡張によっ て補完する、あるいは反対に、範囲の拡張を重視しつつも、その限界を地理的近接性によ って補完する、という特徴がみられたのである。その際に、キーストーンとしての役割を 担う大学病院が、医療機器エコシステムにおいて価値構想を提示し、他の主要なエージェ ントを巻き込みながら合意を形成し、構想実現に向けてイノベーション創出の主導的役割 を果たす必要がある。大学病院は、地理的近接性を生かすための組織能力として、「アイデ アレベルでも話し合える」ような環境を整えたり、「医工連携が進まない停滞感を感じさせ ないような仕組み」を作ったりすることが必要となる。
終章は、本論文の要約と結論を確認し、理論的含意、実践的含意を提示し、今後の研究 課題について言及している。終章では、本論文の総括として、既存の製造販売企業と特定
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の病院(医師)との 2者間のみで完結する企業主導型の連携では、開発リスクの高い新規 革新的な医療機器の開発は進まず、大学病院と中小企業との連携を中心に、そこに多様な 経済主体が関連し合う大学病院主導型の連携を進めることで、より革新的な医療機器の開 発ができると結論づけている。
実践的含意として、社会経済システムが異なるシリコンバレーのシステムを導入するの ではなく、「大学病院がキーストーンとしてクラスターにおける地理的近接性と範囲の拡張 を使い分け活用して収益性の見込める大学発医療機器を開発する」ことによって、日本の 医療機器クラスターの地域特性を活かすことができるとしている。
5.論文の評価
日本における医療機器産業は、輸入超過状態が続いており、強い産業であるとは言い難 い状況にある。本論文は、日本の医療機器クラスターにおいて、上市後に収益性が見込め るような大学発医療機器を開発するための医工連携のメカニズムはどのようなものであり、
そのために大学病院はどのような戦略を執ればよいかを明らかにする研究である。
本論文は、当該領域の先行研究を丹念に渉猟し、産業クラスター理論およびエコシステ ム理論の特徴を明らかにしたうえで、地理的近接性と範囲の拡大という観点から、それぞ れの理論的・実践的な有効性と限界を示している。これをもとに、本論文ではこれらを補 完的な関係として捉えなおした新しい視座を構築し、理論的な貢献を果たしている。この 点で、本論文は文献研究・理論研究としても一定の水準に達しており、評価に値する研究 であると判断することができる。
また、本論文は詳細なインタビューをもとにした丁寧な事例研究を行っており、自ら構 築した理論的な枠組みを検証している。事例研究においては、対象の選定や手続きも堅実 に進められ、貴重な 1次データに基づく分析は納得性が高く、実証研究としても一定の水 準に達していると評価することができる。
一方で、本論文には以下の点で課題がある。第 1に、研究対象が治療に使用する機器に 限定されている点である。医療機器には診断などに関わるものもあり、これらは日本の医 療機器メーカーの得意とする分野でもある。研究対象を広げることで、日本の医療機器ク ラスターの全貌を知ることができるのではなかろうか。
第 2に、エコシステム理論の特徴でもある範囲の拡大について、グローバル規模で検討 するといった視野の広さに欠けている点である。事例研究をもとにした現状分析と大学病 院がとるべき戦略的な行動については一定の結論を示しているものの、より広い市場を志 向した到達点を意識することも意義があるのではなかろうか。
第 3に、事例研究に関する限界である。これは本論文の限界というよりは、方法論に起
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因する限界であるといえるかもしれないが、本研究の結果を一般化するには、多方面にわ たる詳細なインタビュー調査を実施することによる因果関係の連鎖についての解明(理論 的一般化)、大量サンプルによる定量的な調査を併用したりテキストマイニングを活用した りすることによるトライアンギュレーションの採用等、さらなる実証研究の蓄積が必要と されるであろう。今後の調査・研究に期待したい。
6.判定
本論文の学術的貢献および所定の試験の成績を考慮して、本論文の提出者が博士(経 営 学)の学位を授与されるのに十分な資格を持つものと判定する。