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博士学位論文審査結果報告書
(2014年 3月3日 提出)
1.審査委員 主査 教授 當間 克雄 印
教授 山口 隆英 印
教授 三崎 秀央 印
2.提出者氏名 松浦 敏貴
3.論題 中小製造業における知的資産経営研究
4.論文の要旨
近年、日本のものづくり企業の競争力に関する議論が盛んに展開されている。それは、
特に日本のエレクトロニクス企業が、韓国や台湾、中国などを中心とする新興国企業に追 い上げられ、競争力を著しく低下させていることに起因し、議論は日本の大企業だけでな く、中小企業の競争力にまで及んでいる。本論文は、このような背景の中、ものづくり企 業の中でも中小製造業に視点を絞り、中小製造業を取り巻く環境状況が非常に厳しくなる 中で、経営改革に取り組み、競争力を向上させている中小製造業の競争力の源泉を、知的 資産経営という視点から分析し、知的資産経営のメカニズムを明らかにすることを目的と している。
論文は以下の 10 章構成となっている。まず第1章では、本論文の問題意識が議論され ている。第 2章では、本論文の中核概念である知的資産と知的資産経営について、その定 義や研究の流れが議論されている。第 3章では、知的資産経営に関する主たる研究アプロ ーチ会計学的アプローチについて紹介している。第4章では、企業の競争力の源泉を企業 の保有する資源や能力の視点から分析した戦略論的アプローチについて紹介し、知的資産 経営との理論的関連性を議論している。第5章では、中小企業の競争力の向上を図るため の政策として知的資産経営を実際に導入した欧州の政策的アプローチについて議論が展開 されている。第 6章では、日本の中小企業向けに展開された知的資産経営に関する政策・
支援について、議論が展開されている。以上のような理論的、実践的研究を渉猟した上で、
第 7章では、本稿の分析枠組みである知的資産経営のメカニズムに関する理論的分析枠組 みを構築している。そして、この理論的分析枠組みを用いて分析するスイコー株式会社の 事例を第 8章で紹介し、第 9章において、同社における知的資産経営の理論的分析が展開 されている。最後に、第 10章において、本論文のまとめと研究の意義が議論されている。
2 第1章 本論文の問題意識と論文構成
第2章 知的資産経営とは 第3章 会計学的アプローチ 第4章 戦略論的アプローチ 第5章 欧州の政策的アプローチ
第6章 日本の中小企業支援的アプローチ
第7章 知的資産経営の研究フレームワークの再構築 第8章 スイコーの知的資産経営への取組み
第9章 スイコーの知的資産経営の分析
第10章 本論文のまとめと今後の知的資産経営
第1章では、本研究の問題意識と目的が議論されている。近年、日本企業を取り巻く環 境状況は厳しさを増しており、様々な産業領域において、競争力の低下が懸念されている。
本研究は、日本企業の中でも、これまで日本企業の競争力を支えてきたものづくり中小企 業に焦点を絞り、これらの企業を取り巻く環境状況が厳しさを増す中で、競争力を維持・
向上させているものづくり中小企業の競争力の源泉を、知的資産経営という視点から分析 し、明らかにしていくことにあると著者は主張している。
第 2章では、「知的資産」および「知的資産経営」の概念定義について、議論が展 開さ れている。これまで知的資産に関しては、「知的資産(intellectual assets)」や「知的資本 (intellectual capital)」、「インタンジブルズ(intangibles)」、あるいは「intangible assets
(無形資産)」など、様々な概念が多様な研究領域において議論されてきた。本研究では、
知的資産経営研究の主要な研究領域である会計学的アプローチで使用されている「知的資 産」概念を使用し、それを「企業が成長・存続のために必要な資源であり、当該企業が所 有もしくはコントロールできる独自の資源や能力、およびその組み合わせ」と定義してい る。また知的資産経営を、「経営戦略や中期計画の策定を通じて、事業において目標を達成 するための活動指標を設定し、その活動を通じて保有・蓄積される経営資源や組織能力を 明らかにし、その中から企業の独自性(差別性)の向上に結びつく知的資産を見出し、効 果的に活用することで競争力の強化に結び付けていく経営方式」と定義している。
第 3章では、知的資産経営の主要な研究領域である会計学的アプローチが議論されてい る。このアプローチでは、既存のバランスシートに計上される資産と、市場における事業 価値の評価のギャップに対する問題意識から、そのギャップを生み出す無形資産(知的資 産)の評価に注目していることを紹介し、主として米国における知的資産経営の会計学研 究について議論が展開されている。
第4章では、企業の競争力の源泉を、企業の保有する資源や能力の視点から分析する資 源ベース視角について紹介し、知的資産経営との理論的関連性から 、知的資産経営の戦略
3 論的アプローチと称している。ここでは、資源ベース理論に大きな影響を与えた Penrose
(1959)の未利用資源の活用による企業成長や、伊丹(1984,1987)による見えざる資産 の蓄積・活用による競争力強化や企業成長などを議論し、Barney(1991,2002)が提唱す る価値ある保有資源や能力が持続的競争優位に結びつくという資源ベース理論と、その理 論的枠組みである VRIO分析が紹介されている。
第5章では、中小企業の競争力の向上を図るための政策として知的資産経営を実際に導 入した欧州の政策的アプローチを紹介している。ここでは特に、スウェーデン、フィンラ ンド、ノルウェー、デンマーク、フランス、スペインの 6カ国、9つの大学・研究機関の 参 加 を 得 て 実 施 さ れ 、 本 研 究 の 理 論 的 な 支 柱 に も な っ て い る MERITUM (MEasuRing Intangibies To Undersrand and improve innovation Management)プロジェクトを取り 上げ、本プロジェクトでは、企業の保有する知的資産を、人的資産、構造資産、関係資産 に 3つに分類し、事業活動を通じたこれらの知的資産の活用と蓄積の重要性と、中小企業 によるこれらの資産の蓄積・活用による競争力の強化を奨励する政策を提言していること が紹介されている。
第6章では、日本の中小企業向けに展開された知的資産経営に関する政策・支援につい て、議論が展開されている。第 5章で紹介した欧州での動きを参考に、経済産業省や中小 企業庁が知的資産経営の中小企業への普及活動を行い、多くの中小企業が知的資産経営報 告書を作成し、経営力の向上に結びつけたことを紹介している。また金融庁も、中小企業 が作成した知的資産経営報告書を活用して、銀行などの金融機関からの融資に結びつける ことを検討し、政策として進めようとしていることが紹介されている。
第7章では、これまで議論してきた知的資産経営の 4つの理論的アプローチでの議論を もとに、本研究の基盤となる理論的分析枠組みの構築を試みている。その分析枠組みでは、
まず企業が保有する経営資源や能力を分析し、その中から競争力の源泉となる知的資産を 見出す。このような知的資産を活用するための中期 経営計画や経営戦略をもとに、経営活 動を展開することで、企業は競争力を強化していく。また、このような一連の活動を通じ て、企業は将来的に必要となる知的資産を形成・構築していくのである。このような理論 的分析枠組みを構築することで、中小企業における知的資産経営を分析していく。
第8章では、兵庫県尼崎を拠点に競争力を向上させているスイコー株式会社の知的資産 経営に関する活動を紹介している。本研究の事例研究では、2001年から2013年の間にス イコー株式会社で行われた経営改革の取組みについて、同社の経営陣や従業員、実際に経 営改革の支援にあたった中小企業診断士(実際に著者も中小企業診断士と支援機関の立場 で、同社の経営改革に携わっている)、および金融機関などへのインタビュー調査をもとに、
スイコー株式会社における知的資産経営活動の詳細が紹介されている。
第8 章で紹介したスイコー株式会社では、3 次にわたる中期経営計画が策定・実行され たが、その内容がどのように変化し、同社の改革に影響しているのかを第 9章において分 析している。分析に当たっては、第 7章で構築した本研究の知的資産経営のメカニズムに
4 関する理論的分析枠組みを活用して、スイコー株式会社における十数年、3 次にわたる中 期経営計画の実行内容について、詳細に分析が行われている。
当初、スイコー株式会社では、将来の経営に対する問題意識から中期経営計画を策定す るも、目標を達成するためにどのように取り組めば良いのか、体制も知識も全くなかった ため、中小企業診断士などの外部の専門家や支援機関を活用して経営改革に取り組んだ。
その中で、知的資産経営報告書の作成に取り組み、知的資産経営の第一歩を踏み出すこと になる。さらに、中期経営計画を進める中で、同社の独自技術としての「回転成形」技術 を基盤に、大型容器市場や家具・デザイン市場を開拓し、競争力を強化するという知的資 産経営を展開したことが分析されている。スイコー 株式会社では、このような成果を、中 小企業に特有のトップダウン型で取り組むのではなく、ミドルマネジメントを中心に、中 期経営計画の内容と日常的な活動がどのようにリンクするのか、社員個々人まで浸透させ る取り組みが行われた。このような特徴を著者はミドル・アップダウンのマネジメントス タイルと称し、スイコー株式会社の場合は、こうしたミドルマネジメントが中心となって 知的資産経営を展開したことが分析されている。
第 10 章では、本論文で議論したことをまとめた上で、本研究の理論的貢献と実践的貢 献、および研究の限界が議論されている。本研究の理論的な貢献については、これまで企 業の競争力の源泉としての知的資産や経営資源・組織能力の重要性は、会計学や経営戦略、
産業・企業政策などの分野で独立して個々に論じられていたが、これらの研究分野を知的 資産経営という視点で統一的に吟味・検討し、ものづくり中小企業の知的資産経営を分析 する理論的枠組みまで結びつけたことにあることが主張されている。また、実践的貢献に ついては、本研究で提示した理論的分析枠組みを活用して、スイコー株式会社の知的資産 経営の分析を行うことで、ものづくり中小企業が知的資産経営を進める上で重要な視点(例 えば、中期経営計画の重要性、ミドルマネジメントを中心とした全社的取り組み、中小企 業診断士や支援機関など外部資源の効果的活用など)を指摘している。 研究の限界として は、本研究はアクションリサーチ(特定の課題を解決するために、研究者と当事者の企業 や組織、もしくは個々人が共同で取り組む実践のこと)により、中小製造業における知的 資産経営の取り組みについてのメカニズムを明らかにすることができた ものの、1 社のみ のケーススタディに終わっているため、汎用性の高いアンケート調査等により一般化する 必要があることを議論している。
5.論文の評価
知的資産経営は、近年、経営学や会計学分野において注目され、研究が進んでいる領域 であり、日本では経済産業省や中小企業庁、および金融庁などが、中小企業の競争力の向 上を進める政策として検討してきた分野でもある。本論文は、この新しい研究領域に積極 的に取り組み、欧米および日本の先行研究を丹念に渉猟し、会計学や経営学、中小企業政 策などの分野で、独立して個々に議論されていた研究を、知的資産経営という視点で統一
5 的に議論している。この点で学術的に評価することができる。
また、知的資産あるいは経営資源・組織能力に関する 4 つの研究アプローチを吟味し、
それぞれのアプローチにおいて独立して議論されてきた理論を、ものづくり中小企業の知 的資産経営を分析する理論的枠組みを統一的に構築した点も、本論文の特徴であり、学術 的にも高く評価できる点と言えよう。
さらに、実際取り組んだのは 1社のみのケースであるが、アクションリサーチと いう研 究方法で、スイコー株式会社における十数年の経営改革を、知的資産経営という視点で詳 細かつ長期にわたって記述・分析した点も、本論文の大きな特徴であり、理論的にも実践 的にも意義のある研究と評価することができる。
しかし、本論文にも課題はある。まず第1に、知的資産経営に関する4つの理論的アプ ローチと、本論文が提示している知的資産経営を分析する理論的分析枠組みの結びつきに 関する説明が弱い点である。先行研究において議論されてきた知的資産経営に関する 4つ の個々の研究アプローチが、どのように結びついて、あるいは統合されて、本論文で提示 している理論的分析枠組みを形成・構築しているのか、本文中では説明はされているが、
より詳細な説明と議論が必要と感じた。この点は、今後、ものづくり中小企業の知的資産 経営の研究を進めていくうえで修正していくべきであろう。
第2に、理論的一般化の問題である。本論文の目的は、ものづくり中小企業の競争力を 知的資産経営という視点から解明することにあり、スイコー株式会社を取り上げて、同社 における知的資産経営を詳細に分析しているが、今回の理論的、実践的な研究成果は、こ の分析限りでのことであり、特に本論文が提示している理論的分析枠組みは、今後も検証・
チェックしていく必要がある。この点は、著者も理解しており、より一層の実証的研究を 積み上げる必要がある。
第3に、本論文の議論を進める上での視点や立場の問題である。著者は、中小企業診断 士の資格を持ち、現在支援機関で勤務し、実際に中小企業支援を行っているが、本 論文の 中で、支援機関の視点で議論をしているのか、あるいは支援される中小企業側の視点で議 論しているのか、ないしは中小企業を分析する金融機関側の視点で議論しているのか、混 在している点が散見される。この点は、今後の研究を進める上で、意識して整理していく 必要があると考えられる。
以上の3点が本論文の課題であり、今後一層の研鑽を通じて検討・解決して欲しい点で ある。しかし、これらの課題はあるものの、上で述べた本論文の経営学、特に中小企業の 経営戦略の研究における理論的、実証的貢献は非常に大きいと評価できる。
6.判定
本論文の貢献および所定の試験の成績を考慮して、本 論文の提出者が博士(経営学)の 学位を授与されるのに十分な資格をもつものと判定する。