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博士学位論文審査結果報告書
(2020年3月2 日 提出)
1.審査委員 主査 山口 隆英 印 副査 西井 進剛 印 副査 内田 康郎 印
2.提 出 者 三浦 佳子
3.論題 タイの中小企業振興政策の変遷および ASEAN経済共同体が政策立案に 与える影響
4.論文の要旨
本論文は、2 つの課題から成り立っている。1つはタイの中小企業振興政策がどのよ うな経緯で策定され、どのような変遷をたどっているのかという点である。そして、2 つ目は、ASEAN 経済共同体がタイの中小企業振興政策立案にどのような影響を与えた かである。本論文では、この 2つの課題に答えることで、タイの中小企業政策の立案過 程を明らかにしている。本論文は、以下の通り、はじめにと終章を含め10 章からなる。
はじめに 問題意識と本論文の目的 第1章 AEC とは何か
第2章 タイの中小企業振興政策への転換 参考資料 タイ中小企業振興法の翻訳)
第3章 タイの中小企業白書から見る中小企業振興 第4章 タイの中小企業振興計画
第5章 ASEAN の中小企業振興
参考資料 ASEAN Strategic Action Plan for SME Development (ASAP) 2016
~2025
第6章 AEC による影響
第7章 タイの食品産業とAECに向けた政府の支援策 第8章 中小企業振興政策の分析・評価
終章 成果と課題
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はじめにでは筆者の問題意識が説明されている。タイの中小企業振興政策に関する研 究は、大辻(2016)や Regnier(2000)による先行研究が存在している。しかし、その 分析は、いずれもアジア通貨・経済危機直後の政策研究にとどまってい る。そのような 先行研究の到達点に対して、筆者は、タイ中小企業振興法や中小企業振興計画について 資料に基づいて歴史的にその政策立案過程が明らかにされていない、外部環境の変化と なる AEC(ASEAN Economic Community の略。アセアン経済共同体と訳されている が、以下 AEC と記載)の成立がタイの中小企業政策の立案にどのような影響を与えた かが分析されていないと批判している。そして、この 2つの課題が本論文を貫く課題で あることが説明されている。
第 1 章 で は 、 ア ジ ア 通 貨 ・ 経 済 危 機 が 勃 発 し 経 済 が 落 ち 込 ん だ こ と か ら 、ASEAN
(Association of South‐East Asian Nationsの略。東南アジア諸国連合と訳されてい るが以下ではASEAN と記載)では、経済、政治・安全保障、社会・文化の 3つの共同 体からなる ASEAN 共同体構想が協議され、AECが実現に向けて動き出した。AEC の 実現は、ビジネス環境の変化をもたらす。ASEAN 域内外の企業にとってビジネスを発 展させることのできる有利な機会であると同時に、自由化により競争が激化することか ら、特に経営資源が不足がちなASEAN の中小企業にとっては脅威となる。このような 視点から、タイの中小企業振興政策を考える上での重要な要素に、AECの出現があげら れることが示されている。
第2章では、AECがASEAN の産業にどのような影響を与えているのかという課題に 対する先行研究が検討された。石川・清水・助川(2009)は、AEC によって自動車や 電機といった日本企業の生産拠点の見直し、Park, Ungson and Francisco(2017)は ASEAN 内の大手優良企業の経営戦略、Kunanoppadol(2014)はタイ国内の中小企業 に対するAECに関する認識調査、そして、Charoenrat and Harvie(2017)は AECが タイの中小企業全般にあたえる影響に関する研究を行っている。AEC発足に伴って発生 する関税や競争激化に対する個別企業の対応やAECへのとらえ方などが議論されたが、
タイの中小企業振興策が、AECによってどのような影響を受けたのかという点について は十分に議論している研究がないことが示されている。
第3章では、タイの中小企業振興政策の策定に関連して、タイの中小企業振興法が制 定されるまでの歴史的経緯が明らかにされている。アジア通貨・経済危機によりタイ経 済が破綻するまで、中小企業振興政策は国家経済社会開発計画の一部であり、単独では 存在していなかった。経済立て直しのために産業構造改革が進められることになり、経 済発展の要として中小企業振興の重要性と必要性が言われるようになった。その結果、
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中小企業振興法が 2000 年に制定され、中小企業の定義が閣議決定され、中小企業振興 政策とその実行計画の策定へとつながっていった。それ まで中小企業振興に関連する省 庁を調整することができず、統一した政策や方針を打ち出すことができなかった反省か ら、中小企業振興法では中小企業振興の実施体制について明確化されたのが特徴である と指摘している。
第4章では、中小企業振興法制定後に策定された中小企業振興計画 が議論されている。
中小企業振興計画は 2002 年から 5 か年計画として策定され、最終目標数値に対して評 価を行い、次の 5か年の目標が設定される。目標を設定することで支援関係者の意識付 けが可能になった。しかし、結果を見ると、第1次・第 2次・第3次中小企業振興計画 の数値目標はいずれも達成できていない。理由として、タイ国政府の中小企業に関する 認識不足、官民セクターの連携不足、中小企業への情報不足が指摘されており、中小企 業支援の実施体制の整備や情報収集のための制度整備が今後の課題として示されている。
第5章では、2001 年よりタイで発行されている中小企業白書が取り上げられている 。 中小企業白書で取り上げるトピックスはタイを取り巻く環境をタイ国政府がどのように 考えているのかを表している。2009年度版からはAECに関するトピックスが取り上げ られ、海外市場における消費者行動の調査結果やタイ企業が優位に立つことが可能な産 業の分析がなされている。中小企業白書の分析を通じて、タイ政府が、どのような政策 や行動計画を考え、タイ経済や中小企業の現状と課題をどのように把握していたかを明 らかにしている。また、中小企業白書を通じてなされた中小企業支援策の告知の効果が 限定的だったことが示されている。
第6章では、タイのターゲット産業である食品産業を取り上げ、どのような支援策 が 実施されているのかが考察されている。2003年よりタイ国政府は食品の輸出促進として、
官民一体となって「世界の台所(Kitchen of the World)」プロジェクトを進めている。
後発加盟国であるCLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)は豊富な 資源と人材を活用して、タイに追いつこうとしており、その競争に勝ち残るためには高 品質化・高付加価値化が求められている。また、AEC発足を受けて中小企業間の情報共 有 を 行 う 場 と し て 立 ち 上 げ ら れ た 工 業 省 産 業 振 興 局 (Department of Industrial Promotion:以下 DIPと記述する)中小企業ネットワークが考察されている 。このネッ トワークでは、海外へ視野を広げるための人材育成や技術支援、情報共有を促進し、ビ ジネスマッチングを通してビジネス拡大の機会を提供していることが示されている。タ イで成功している中小企業が中心メンバーとなり、研修の機会を設け、成功や失敗の経 験を共有し、国内外のビジネスマッチングをアレンジし、タイ国政府の支援策への提言 が行われるようになった反面、DIP中小企業ネットワークの運営方法に課題があること
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第7章では、ASEAN としての中小企業振興であるASAPが考察されている。アジア 通貨・経済危機以降、ASEAN各国が競争力を強化していくためには、国単位ではなく、
ASEAN という経済圏を重視し、ASEAN のプレゼンスを強化する必要があった。中国
やインドの台頭に伴う危機感から、AECの必要性も理解され、経済統合のスピードも速 まった。AECは、投資や経済の流れに変化が起こるために、中小企業にとっては発展と 同時に脅威ともなる。中小企業の自助努力としての体質強化と共に、公約支援による強 化も必要となる。経済格差のある国々の経済統合は困難であり、 そのために中小企業振 興に関してASAP を策定し、ASEANとして中小企業振興に取り組むと同時に、先発加 盟国と後発加盟国との間の格差是正に向けての行動をコミットしていることが論じられ ている。
第8章では、DIP 中小企業ネットワークを活用し、AECに伴う外部環境の変化と競争 激化に向けての対策を取っているタイの食品加工業に取り組む中小企業が事例研究とし て取り上げられている。成功している3社の共通点として、①食品に直接関係ないよう な外部環境に関する情報すら収集を行っていること、②従業員の人材育成を行っている こと、③タイ国政府の支援策を活用していることが挙げられる。DIP中小企業ネットワ ークの活用により、情報収集が容易であったことがビジネスの拡大につながったとの主 張を行っている。
第9章では、OECDが考案したASEAN SME Policy Indexを取り上げて、ASEANと しての中小企業振興政策の分析・評価について考察している。OECD は、ASEAN全体 としての包括的な政策の不足、データ収集・分析の不足をあげている。OECDは同時に タイの中小企業振興政策に対しては、フレームワークはあるが有効的に機能していない と指摘している。正確なデータに基づいた政策の立案と同時に、環境の変化に伴う政策 の見直しができるのかどうか、また支援策に関する情報伝達、適切な実施といった面で、
タイの中小企業振興政策は有効的に機能していない ことを指摘している。
以上のように、本論文ではタイの中小企業振興政策と AEC が政策立案に与える影響 が考察されている。
5.論文の評価
本論文の課題は、第1に、タイの中小企業振興政策の策定プロセスを歴史的事実とし てまとめ、タイの中小企業振興政策の歴史を書くことであった。そして、第2にタイの 中小企業振興政策への AEC の影響を明らかにすることであった。これらの課題に取り 組んだ結果、以下の3つの点については評価できる。
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第1に、タイの中小企業振興政策に関して1900年代から2000年代にかけて、タイ語、
英語、日本の資料を渉猟して、歴史的事実をまとめ、2000年のタイの中小企業振興法制 定前後の動きをまとめ、中小企業振興法を境に、タイがどのような中小企業振興政策を 実施したのかを明確にした点は評価できる。タイ語でしか公表されていない文献もあり、
データソースを精読し、歴史的推移がわかる記述している。タイの法律や中小企業白書 など、日本では紹介されていない資料を活用したことで、のちに続く研究者にとって、
参考にする研究となっている。
第2に、タイと AEC の中小企業振興政策の整合性や齟齬を丹念に明らかにした点は 重要である。通常、中小企業振興政策というと、それぞれの中小企業が所属する国の政 策となりがちである。しかし、AECという傘が地域における統合によってかかることで、
各国の政策に影響を与えることになる。政策決定者とタイの中小企業者といった 形にな り、政策を決定するものと政策の影響を受けるものとの距離ができることで、策定側か らすると情報伝達の難しさ、中小企業側からすると情報報獲得の難しさが出てしまうと いう点は、地域の経済統合の実際という点でも意味のある記述であった。
そして、第3に、AECに伴う外部環境の変化と競争激化に向けての対策を取っている タイの食品加工業の事例研究は、インタビューデータの収集を含め、DIP中小企業ネッ トワークという政策の効果を検討する貴重な資料となっている。DIP中小企業ネットワ ークの活用により、情報収集が容易であったことがビジネスの拡大につながったとの主 張を引き出しており、政策の一定の効果を明らかにしている。
以上のように、本論文ではタイの中小企業振興策の歴史的経緯を明らかにする という 点と、タイの中小企業振興策に対する AEC の影響を明らかにするという点で当初の目 的を達しているが、いくつかの課題も残されている。
第1に、本論文では、2000年前後の記述を参考に、タイの中小企業振興政策の確立プ ロセスをまとめたが、2 次資料が中心になった。オーラルヒストリー等の収集等を行う ことで、2000年前後のタイ政府の動きやタイ政府をサポートした日本政府の動きなどを 明らかにすることができ、実際の人間の動きに即した政策立案プロセスを明らかにする ことができる。時間的な制約ためにできなかったが、中小企業振興策策定にかかわった 人にインタビュー調査する等の形で政策立案のプロセスをより詳細に明らかにする必要 がある。
第2に、中小企業の経営研究の不十分さという点である。政策立案のプロセスと政策 の変化を歴史的に資料に基づいて明らかにすることが本論文の課題であった。中小企業 政策の研究であったといえるが、中小企業経営の研究としては、タイでの中小企業政策 の確立がタイの中小企業経営にどのような影響を与えたかという点まで踏み込んだ研究
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が必要であったといえる。AEC の影響について、踏み込んだ調査をしており、2000 年 前後、タイの中小企業が中小企業振興法の制定にどのように対応したかを研究 し、その 影響を明らかにするという研究が残されているといえる。
そして、第3に、タイの中小企業振興政策に特化した研究であるが、中小企業振興政 策が、他の国と比較してどうだったのかは明らかにされていない。国際比較 をすること で、タイの中小企業振興政策の特徴も明らかになるはずである。中小企業振興政策の比 較を時系列に行ったり、経済成長の度合いで行ったり、日本と比較したりすることで、
タイの中小企業振興政策の特徴をより明確にすることができる。
以上のような今後の課題があるものの、当初の目的を達しており、一定の水準に達し ているといえる。
6.判定
本論文の貢献および所定の試験の成績を考慮して、本論文の提出者が博士(経営学)
の学位を授与されるのに十分な資格を持つものと判定する。