重複障害幼児の感覚機能の発達
‑ 振動覚 ・聴覚のなりたち と発声行動の変容‑
荒 川 哲 郎 (障害児教育研究室 )
要 旨
乳児期か ら入 院生活 を繰 りか えしていた‑重複 障害幼児の初期学習 におけ る変容過程 を記録 し、その分析 ・検討 を した。感覚機能が初期の レベルにあ る本児が振動刺激 に興味 を示 した ことを きっかけ として振動刺激 による課題 学習 を始 めた。 そこで、振動刺激 を媒介 とした 「他者」 との コ ミュニケーシ ョンが確立 して きた。触 ・視 ・振動覚 と共 に、聴覚横能の発達 もみ られた。
とくに、聴覚 一音声 フ ィー ド・バ ック系の確立 に ともない発声行動 に変容が み られた。そ して、 コ ミニ ュケーシ ョン行動 に も変容がみ られ、他者の本児 への理解 を深め ることがで きた。
Ⅰ 問 題
感覚機能の発達 が初期の レベルに とどま り他人 との コ ミュニケーシ ョンが確立 していない重複障害児 の教育開 始の手がか りを見つ け出す ことは非常 に困難 である。 し か し、教育 の開始 をあ きらめ、子 どもを放置 してお くと 感覚 は受動的で固定化 して しまい、発達 がみ られない。
いつ まで も自分の指 を しゃぶっていた り、自分の好 きな モ ノだけを触 わった りして、他人 とのかかわ りの芽生 え がみ られない。そ こで、「この子 を放置 しておけない、な ん とか しなければな らない。」とい う考 えを礎 に して 「意 味のない行動
」
「理解 しがたい行動」 として捨て去 って き た子供の行動 を丹念 に再度 とらえ直 さなければならない。そ して、子 どものそれぞれの行動 に 「内在す る意味」 を 発見 し、その意味に対応 した教育的働 きかけを行 な うこ とが必要である。 このよ うな教育的指導 の手 がか りを求 める行動観察の基本的考 えを獲得す るためには、 まず私 達 自身が、子 どもの主体性 を認 め、小 さいけれ ども大切 な意味 を もつ子 どもの行動の変化 に気 づ く視点 を育 てな ければな らない。
( 6)
中島 (7)は 「感覚 を、外界 を機械のよ うに正確 に写す受動的 な もの と考 えないで、探 し、区別 し、選択 し、外界 を構成 し運動 を調節す る、生 きた積極 的な人間の感覚」 として とらえている。本事例 において も、外界 を探索す る積極的 な感覚機能 の発達 をめざした。このよ うな目標 を踏 えて次の間題 を設定 した。①現在 、 本児 が外界 をとらえている感覚 には、 どんな感覚 がある のか。それ を使 い、 コ ミュニケーシ ョンは確立するのか。
② このよ うな基礎 になる感覚 を高 めるためには、 どのよ うな初期学習が必要 なのか。⑨ さらに他の諸感覚 の機能
を発達 させ るためには、 どのよ うな課題学習 が準備 され なければな らないのか。
このよ うな問題 巻本事例 において解明す ることは、子 どもの行動 の理解 だけではな く、子 どもに とって意味の ある適切 な課題設定の再構築につなが ると考 えられ る。
本研究では、振動刺激 に興味を示 した‑重複障害幼児 が 初期学習 において振動刺激 を使 いなが ら、人 との コ ミュ ニケーシ ョンを確立 させ、深 めてい く過程、 さらに、補 聴器装用 による聴覚 ‑音声 フ ィー ド・バ ック系の発達 に よ り、本児 の聴覚機能、発声行動 が どのよ うな変容過程 を示 したかに焦点 をあて報告 し、若干 の考察 を試 みる。
ⅠⅠ 事 例
l
・S
(男児 )1 9 7 5
年t
り∃生 まれ。1 .
生育歴(I)、胎児期 ;妊娠 2ケ月 じん ま疹 で 3日間発疹。 3ケ 月 目に勝朕災。その後、過労 と睡眠不足、食欲不振続 く。
( 2)
、周産期;9
ケ月 の早産、前早期破水、正常分娩、生下時体重
2 5 0 0
g、身長4 8 . 0 c m
、胸囲2 8 . 5 c m
、頭囲3 3 . 5 c m
、生後1
週間晴育器 に入 る。( 3)
、乳幼児期 ;生後4
日目に後鼻腔閉鎖 と診断 される。ヘルニアの手術 を受 けて
7
ケ月 まで通院。8
ケ月後鼻腔 閉鎖 の手術o
l歳 まで通院0 1
歳6
ケ月、肺炎. 2
歳 ま で吸引器使用。首のすわ り1
歳6
ケ月。2 .
医学的所見2歳 3ケ月 、両側感音性難聴、両側網膜 、脈絡膜欠損 症 (内斜視、固定眼は右眼、右方視 の時 に眼振)、精神 発達遅滞 、小奇形、(耳介 )(K県子 ども医療 セ ンター)
主 な学習課題
2
歳7
ケ月1.興味の あるモ ノを さわ らせ る
2.
振動覚 ・聴覚 の反応の観察 。㊦ は指導者 、㊥ は母親 を示 す。
振動覚 ・聴覚活用 2歳 7ケ月
2歳 8ケ月
3 .
興味の あ るバ イブ レー タで、手 や足や あ ごで振動 を受容 させ るO2
歳9
ケ月4 .
補聴器 を装用 させ る。(オーチ コ ンPPX.Vol.3)5.母親 に補聴器の マイクを もち名
前 をよびかけ させ る。(㊥ に家庭 で の補聴器活用 を指導 )6.日 と手 の協応 の訓練 として玉 を
ぴんの中にいれ る。2
歳11ケ月7.バ イブレータo n
の時碁石 を ビン に入 れ させ る。3歳 0ケ月
8.バ イプレ‑ タ o f
fの状態 で 〔ナ‑イ〕のサ インを見せ る。
3
歳1
ケ月9 .
タンスの前へ移動 させて発声 を 促すO3
歳2
ケ月1 0.
ミュージュク ・パ ックでいろん な音楽 を きかせ る。ll .タンスの中に本児 が興 味 ある も
のを入れ、 さが させ る。3
歳3
ケ月1 2 .
㊦が タンスの ひ さだ Lをあけて や る前 に 「ちょ うだい」のサ イン をみせ る。3歳 4ケ月
1 3 .
食事場面での発声 を促 しサイン の習得 を させ る。T. .音楽 のなってい る ミュー ジュク
・ボ ックスを近づけるとス ピーカへ 手 を出す。
2歳 8ケ月
T
2.聴力検査時250Hz : 、9 0dBで 「
笑 い」「目の動 きとまる」「発声 〔ウー〕」「ス ピーカに手 をだ しきわ る」の反 応 がみ られた。
2
歳9
ケ月T
,.バ イブ レー タに手 をだすoO n
になると 「笑 い」 がみ ら̀れ る。
2
歳11ケ月Al.補聴器装用時 (オーチ コンPPX.
Vo
l .3
)マイクに近 づいて名前 をよ ぶ と 「笑 い」がみ られ る。3
歳0
ケ月T▲ .バ イブレータをo n
にす る と、 ご 石 をぴんに入れ る。3
歳1
ケ月T
s. ミュージ ュク ・ボ ックス を両手 でかか えて じっとして いる。(補聴器 装用時 ‑ベナ トーンⅩ600.γol.5)T
̀.振動板 がo f
fにな ると発声 。㊦の手 をひいて きわ らせ た りす る。
3
歳3
ケ月A..補聴器 を装用 しての (オーチ コ ンPl
l V.Vol .5)
聴力検査50 0
Hz.7 0dB、 1KHヱ70d Bで 反応 がみ とめ
られた。(行動の停止 )
3歳 4ケ月
T
,. うしろか らの大 ダイコ(90dBS
PL)
の音 にふ りむいて、身 をの りだ して タイコを さがす。発声行動 2歳 7ケ月
V..要求時 は㊦ の手 を引 っぼ るが、
声 はだ さない。
2
歳11ケ月V
2.バ イブレータで振動刺激 をだす と 〔ウー〕様 の発声 がみ られ る。3歳 0ケ月
V
,.寝 ころんではめ板 の台 を顔 の上 で さわ りなが ら 〔アーアーアー〕様 の発声 がみ られ る。V. .
「おはよ う」「あ りが とう」 と㊥が補聴器のマイクにむか って い うと 同 じ様 な調子の声 をだす。(補聴器装 用時 ‑オーチ コンPPX.Vol.3)
3
歳1
ケ月VS.興 味のあるタンスの前 に くると
〔アーアー〕様 の発声 がみ られ、 タ ンスの ひさだ Lに手 をだ して 〔アイ アイアーイ〕様の発声、 ひ きだ Lをの ぞいて 〔アーアー〕様 の発声 O
3歳 2ケ月
V
.. タンスの ひ さだ Lを自分 であけ よ うとす るD あ く時 は自分 であける があかない時 は 〔アーアー〕様 の発■
声 がみ られ、指導者 の手 をひっぼ り にい く。
3
歳3
ケ月V,. タンスをっ たい歩 きしなが らす みにい って、歩 けな くな ると指導者 の方 をみて手 をのば し 〔アーアー〕
様 の発声 。
Ⅴ。.机 の上 にあ るパ ンをみて 〔ダウ ダウダウ〕様 の発声 。㊦の手 をつか みパ ンを食べ る。
3 .
教育相談開始時の行動観察( 1 9 7 8
年5 月、
2
歳6 ケ月)
(内 田(1)の記録 に よ る) (1)、姿勢 ・移動 ;仰臥位 や横臥位 の姿勢が多 く、自発 的な移動 が少 ないがボール をころがす と寝返 り (右回転 が多い)や這行 によ り移動す る。 また、指導者 (以下、㊦ と略す)が両手 を出す と手 につか ま り座位姿勢 をとら ずに立つが支 えをな くそ うとす ると㊦ に もたれかか って くるO
( 2)
、祝 ・聴覚 ;前方2‑3m
の地点 のボールや ミニカ ーを見つ けるが耳側方向 (とくに左眼)か らの玩具 を見 つけることが困難 である。 また、玩具 をゆっくり動かす と追祝 で きる。聴覚面 につ いては、ガラガラや呼びか け に対す る反応 は認 め られなか ったが 、 バ イ ブ レー ター(Vi b r at o r ySe ns a t i o nMet e r
,Mo d elAu‑0 2 , Ri ‑ o n)
を呈示す ると振動盤 に手 を出 して触れている。(3)、身辺 自立 ;食事 はパ ンを好 み固形物、野菜類、そ の他新奇 な食物 な どを嫌 う。食物 を見て も手 を出 さず母 親 (以下㊥ と略す)の手 を口 もとまで引 っ張 り食物が口 に触れ ると自分の手で押 し込 む。水 は透明ガラスコップ か らしか飲 まない (㊥の介助 を要す る)。排 掛 ま、おむつ 使用で全面介助 である。
(4)、 コ ミュニケーシ ョン ;頭 をT:た く、指 をしゃぶる、
タオル を手か ら離 さないな どの 自己刺激的な行動が顕著 にみ られ る。 また、音声言話の受信 ・発信 ともに困難 で あるが、機嫌 のよい時 に稀 に明瞭ではないが発声 が認 め られ る。また、㊥や㊦の手 を引 っ張 るな どして自分の要 求 を他者 に伝達 しょうとす る行為 もみ られる。
l I l
方 法本論文のデータは、著者の教育相談活動 における観察 指導 をとお して記録 された。 とくにS児 の 2歳 6ケ月か ら3歳 4ケ月 にわた る指導時の記録 を とりあげる。行動 変容の分析 は次の観点 でお こなった。(1)主な学習課題、
(2凝 動覚 ・聴覚活用、(3)発声行動。
Ⅳ
結 果上記の方法 によ り表
1
を得 た。なお、課題 には数字1
‑13、振動覚活用 にはTl‑ T7、聴覚活用 にはAl〜A2、 発声行動 には
V . ‑V
8の記号 を使 った。Ⅴ
考 察t .
振動刺激 に対 する変容過程本児 は教育相談当初 、自分の指 を寝 ころびなが らし ゃぶっていた り、 タオルをロに入れてかんだ り、いつ ま で もさわ っていた。玩具の音 や呼びか けに対 して も一貫 性のある反応 が認 め られなか った。 このよ うに、 自分の 身休の一部分や特定 の 「モノ」 に固執 して、他のモ ノや ヒ トにかかわろ うとしないため、本児 との コ ミュニケー
シ ョンを確立す ることが困難 であった。 それは、本児 の 乳幼児期 にお ける入院生活の くりか えしが一つの発達 を 阻害 している原因 とも考 えられ る。入院生活中の単調 な 生活 の リズム、狭 いベ ッ ド、母親や ごく一部の人 に限 ら れた人間関係 が、視 ・聴覚の障害 に併せて発達 を一層遅
らせ た と推測 され る。外界の刺激 に対応 した運動の自発 が み とめ られ なか ったの は、残 され た感 覚 機 能 が う ま く使 われ て い なか った た め と も考 え られ る。「自分 の指 をいつ まで もしゃぶ っている」つ ま り自己が刺激 を 発信 し、それ を自己が受信す る自己刺激的様相か ら脱 し てまず、外界 を安定 して受容 し、運動 を自発す る初期学 習 をお し進 めることが重要 になる。 さらに運動の 自発 を 調節 し、外界 を選択的に とらえることへ と高 めていかな
ければな らない。
「睡眠中に足音の響 きで起 きる」 と母親 の家庭 での観 察 による報告 があった り、行動観察中に 「音楽のなって いる ミュージックボ ックスを近づ けると、ス ピーカ‑辛 を出す」(Tl)ことがみ られた。そ こで、指導者 は、本児 が振動刺激 に対応 し、それに興味 を もっていると考えた。
そ して、バ イブレータを使 い振動覚 にお ける反応 の観察 をお こな った。す ると、本児 が自分か ら 「あご」「手」な どで振動刺激 を受容す ることがみ られた。本児の振動刺 激受容 の問題点 として、本児 がバ イブレータを手 で触 わ る時 に視覚 によ り手の動 きが調整 されていないことがあ げ られ る。 ここでは、手 で触わっている 「モノ」を見 る 一 手 で触 わっている 「モノ」 を注視す る一一さらに指先 ま
でみつ めるよ うにな る。つ ま り、バイブレータの注視 、 そ して、手 の動 きの追視 がバイブレータの位置づ けに必 要 な条件 となる。そのためには、内田ら(1)が指摘 してい る 「安定 した座位」 を確立す ることが基本的な課題 とな る.逆 に、本児が興味のあるバ イブレータを注視 の対象 として とらえ、対象の機能 を認知す ることによ り、姿勢 の変化 が生 じることが予想 され る。
補聴器の適用 を目標 とす る聴覚域値の把握のために、
くりか えし聴力検査 をお こなった。聴力検査 は条件詮索 反射聴力検査
(Co n di t i o n e d Ori e n t at i o n Re f l ex Au di o me t r y :COR Au di o met r y)
をお こなった。最 初 は室 に慣れないためなのか、母親のひざの上 での座位 が不快 なのか、そ りくり返 り泣 いた。菅原 (5)は 「重複 し た障害 を もつ幼児 の場合、聴力検査時、部屋か ら部屋へ の移動 や母親以外の者か らのかかわ りを拒否 した り、い わゆ る用心深 い と患 われ る傾向が強 い。」ことを指摘 して い るが、本児 の場合 も検査室への慣れ、検査者 との コ ミ ュニケーシ ョン関係の確立 に長時間 を要 した。本児 は母 親 のひざを離 れてス ピーカに近づ くことが しば しばみ ら れ、COR
検査の光 と音 に よ る条件反応形成 が困難 であ った。 しか も、聴性反応 の指標 となる 「眼の動 き」が、眼振 ・内斜視 であるために使 えなかった。本児 と光刺激
との距離が約
1 . 5 m
あ り、本児 の視野の狭 さを考えると、光刺激 をとらえに くいのではないか と思われ る。
振動 として受容 されやすい
2 5 0H2 : 、9 0d B
で、 「発声〔ウ‑
〕」
「ス ピーカに手 をだ し、 じっとさわる」
.「ス ピー カに頭 をつ ける」の反応 がみ られた。(T2)ここでは、振 動 に対応す る 「ス ピーカに頭 をつ ける.ス ピーカに手 を だす。」「発声」な どのいろいろな振動刺激 に対応 してい ると思 われ る行動がみ られた。2
歳9
ケ月 になると、バイブレータの振動刺激 に対応 して 「笑 い (ほほえみ)」がみ られた。(T3)ここには指導 者がつ くりだす快的情況 を本児 が共有 していることが う かがわれ、人 との同調性 (2)が現 われ始 め対人関係の基礎 が形成 された といえる。中島 (7)は、『ヒ トとしての感覚が成立 し、運動の自発が 盛んになる最初の大切 な芽生 えは 「ほほえみ」 と 「運動 の停止」である。』と指適 している。 ここにみ られ る本児 の 「笑い (ほほえみ)」は、大 きな興奮 をともな う緊張状 態ではな く、安定 した状態で振動刺激 を受容 していると 考 えられ、一外界の刺激 に対応す る運動の自発が活発 に始
まる前兆 となった。 このよ うに 「ほはえみ
」
「行動の停止」 は本児の場合 も発達の大 きな節 になっていると思われる。このよ うな発達の節 において、運動の自発 を もた らす課 題学習の設定 が必要である (課題7)、そこで、バ イブレ ータの振動刺激 を受容す ると指導者 が本児の手 を もち、
碁石 をビンの中に入れ ることを課題 とした。「碁石 をビン の中に入れも」課題学習においては、対象を感荒で とらえ、さ らに視覚によって手の操作を諏節することを目標 としたO振 動刺激 を10秒か ら
2 0
秒受容 した後 に、バイブレータの振 動 をとめ、本児 の手 を もち碁石 をビンの中に入れ ること を くり返 した。本児 の手 を もつ ことをしだいに減 らし、指導者 は碁石 を見せて、本児 に手 わたすように した。振 動刺激 に対応 して、 しだいに指導者 との約束 された課題 を遂行で きるよ うになったO これは他者 との間に共通な 事象 を共有 し、それを記号化 してい く出発点であろ うと 考 えられ る。次 に、碁石 をビンの中に入れると、す ぐに バイブレータに手 をのせ ることがみ られた。(
T一 )
これが 繰 り返 しみ られた ことによ り、本児 はバイブレータの振 動 を要求 していることが うかがわれた。つま り、「振動刺 激の受容一一ビンに碁石 を入れ る」課題が繰 り返 し重なる うちに、 ビンに碁石 を入れ る‑振動刺激の受容‑ 「ほほ えむ」 とい うよ うに、 ビシに碁石 を入れることが、振動 刺激 を獲得す る手段 に変イヒして きた と思われる。 ビンの 中に碁石 を入れ ると、振動刺激 を得 られるとい う期待が 本児 に生 じて きたのではないか と推測 され る。岡本(4)は、「このよ うな期待が刺激 とな り、行動 を生起 させ る」 と 述べている。本児 にみ られ る振動刺激 に対す る期待は、
「碁石 をビンの中に入れ る」 とい う自発的行動 を もた ら す大 きな動因 にな り、 さらに、現前の ものだけにとらわ
れることな く、みずか ら期待す る状況 を構成す ることを お こないつつ あると患われ る。
振動刺激 を要求 しているのに、振動刺激 をoffの状態 のままに してお くと、発声 し、指導者の手 をひいてノヾイ プレータをさわ らせ ることがみ られた.(T6)これは、ま わ りの 「ヒ ト」の手 を もち、その 「ヒ ト」の手 によって 自分の期待す る状況 を要求 していると考 えられた。 ここ では、「他人」の手の機能 を知 り、自分の手がか りに使 っ てい ることが注 目され る。「自己」 と 「他者」の手 を区別 して とらえていることか ら、「自己」 と 「他者」 との距離 化が始 ま り、言話機能の基盤 が獲得 されているよ うに患 われ る。 しか も 「ヒ ト」に働 きかけることによ り「モノ」
を獲得す る、 自己‑ ヒ ト (他人)‑ モノ (振動刺激 ) と い うコ ミュニケーシ ョンの様相へ と変わって きた。 これ は (T3)におけるヒ ト (他者)I‑モノ (振動 )‑ 自己 と は質的に異 なるコ ミュニケーシ ョン様相である.そして、
「他者」 との関係 をさらに深 めるために、振動刺激 がo・
ffの状態 を規約性の高い身ぶ りサインによ り表 してい く 課題 (課題
8
) も必要 とな って くる。 しか しなが ら、(T
S)にみ られ るよ うに、聴覚だけではまだ外界 をとら えることが困難 である場合、刺激 を手で さわ り、みつめ なが ら確認す ることが、外界把握の大 きな支 えになる。このよ うに、聴覚 が十分 に使 いこなせないとき、聴覚の 受容休制 を支 える基礎の感覚 として、触 ・振動覚 が重要
となる0
2 .
補聴器の適用 と聴覚機能の発達 気分のよい時み られ る発声や振動刺激 によ り誘発 され た発声 を聴覚 ‑音声 フ ィー ド・バ ック系 を確立す ること によ り本児 が自己調節す ることは、本児の言語機能獲得 の一つの重要 な必要条件 となる.聴覚機能の自己調節獲 得 は下記のはた らきを もた らす と考 えられる。①外界の 刺激 の中か ら自分 にとり大事 な信号 を探索 し、選択的に とらえる。② 自己の発声の調節によ り、発声 を道具的に 使い分 ける。また、補聴器の適用 (課題 4)によ り、母 親 との音声 による情緒的や りとり、また母親の情緒的よ びかけによる本児の音声受容のたかま りがみ られ ること を期待 した。(課題5)
このように母親 と子供が音声 によ って も心 を通 わす ことが母 一子共 同体 関係 の一層 の深 ま りを もた らす と考 えられる。母親が補聴器のマイクロ ホンを持 ち、笑顔 で名前 を呼びかける力動的な行動 こそ 聴覚補償の出発の姿であろ う。補聴器装用当初 は、最大出力
1 4 0d B
程贋の補聴器 を装 用 したためか耳 を床 にす りつけるよ うな行動がみ られた が、 しだいに慣れて きたようで、母親がマイクロホンに 近づ きゆっ くり名前 をよぶ と 「笑 い」がみ られた。( Al)
また、母親か らのよびかけに も明確 な反応が認 め られな かったが、晴語様の発声の回数が増 え、 しか も、連続 し た 1)ズムを持つ発声がみ られるよ うになった。(V,)この
よ うな補聴器装用 によ りあ らたにみ られた行動の出現が、
「モノ」 を じっと見て、 さわった り、人 を注視す る行動 と重 な りみ られた ことで聴性反応の確立 と本児 の他者や
「モ ノ」 との関係 を深 めてい くことは関連 があるのでは ないか と予想 され る。
補聴器適用の確認 のために行動観察 ・聴力検査 を くり か えしお こなった。発声量の増加 と共 に、場面状況の中 で意味 を もつ発声 が しばしばあ らわれて きた ことは、補 聴器 によって聴覚補償 がな され聴覚 一音声 フ ィー ド・バ ック系 の発達 によ り、発声行動の 自己調節がお こなわれ て きた と考 え られ る。 また、母親が 「補聴器 をかけるの をよろこんでいるみたい。」と補聴器 を大切 な もの として しだいに信頼 して きたよ うである。 このよ うに、補聴器 が母子関係 の中で意味のある役割を もつよ うになって、
コ ミュニケーシ ョンには不可欠 な ものになって きた.
補聴器 を装用 しての聴力検査 では、5
0 0Hz、 7 0dB、 1 KHz
;、7 0dBで行動 停 止 の聴性反応行動がみ られた。 こ
のよ うに、低周波数 の刺激 だけに反応 していた本児 は、次第 に高 い周波数の音刺激 に も反応 が認 め られた。 この 聴覚受容 の周波数帯域 の広 が りは音声言語の受容 ・認知 に必要 な条件 とな る。指導者 との振動刺激 を媒介 とした コ ミュニケーシ ョン行動 の深 ま りのなかで、(T7)うしろ か らの大 ダイコ
( 9 0dBSPL)の音 にふ りむいて タイコ
をさがす行動 がみ られた。見 えない音源への探索行動は、本児 の場合 「モ ノ」 を さが し、「モノ」 を注視 し見比べて 確かめる、 とい う視覚 の発達、まわ りの ヒ トに働 きか け るコ ミュニケーシ ョン行動の発達のたかま りのなかでみ られた。聴性反応、特 に音源 を探索す る行動 は、その行 動の基礎 とな る 「注視行動」、 「モ ノ‑の認 知」 「人とのコ
ミュニケーシ ョン」等 の全体的発達 がたかまるなかであ らわれ るのではないだろ うか。
3.
発声行動のなりたちと言語機能の獲得 相談開始時 は、指導者が抱 っこす ると、そ りか え り泣 いていたが、「気分が よい時」 は 「ウ‑ウ‑ウ」 とい う発 声がみ られた。 自分 がほ しい もの を要求す る時 は、母親 や指導者の手 を引 っぼ る。(Ⅴ.)
このよ うな人 とのかかわ りを促がす場面 を設定 し、人 を介 して物 とかかわ り、物 を介 して人 とかかわ る「三項関係」(3)の確立 をす ること が、言語機能発達 の重要 な基盤 になると考 える。そのた めには次の二つが基本的 な課題 にな る。①本児 はいろい ろな 「モノ」 に触れ、それを注視す る。(課題1
)②母親 や指導者が本児 と経験 の共有 を重ね る。 とくに本児 の要 求行動がみ られ る時 は、本児 の手の届 く範囲にいること、(物の介在 した動作 の共有)
さらに、発声量 の少 な さは、本児 の聴覚 一音声 フ ィー ド・バ ッグ系 が発達 していないため、発声の自己調節が うま くで きていないため と考 えられ る。それは、本児 の 全体的な発達 のお くれ と同時 に聴覚 の障害に対す る補償
が なされていなか った ことによる。そ こで、本児 の聴覚
‑音声 フ ィー ド・バ ック系 の確立のため、補聴器 の装用 をめ ざした。外界か らの音受容 を高 めるだけでな く、振 動刺激 な どによ り誘発 きれた自己の発声の調節 に も補聴 器装用の意義 を追求 した。補聴器装用後 には、自発す る 発声量、発声 の種類 が増加 しただけではな く、発声 が連 続す る リズムを もって きた ことが観察 された。それは特 に、本児 が興味 を示す 「モノ」 とかかわ りあっている時 にみ られた。(Ⅴ})しか し、他人の顔 をみなが ら発声す る ことはみ られず、 自己 ‑モノの間だけの発声であ り、伝 達 の意図 はみ とめ られない。
補聴器のマイクロホンを もって名前 をよびかけた り「オ ハ ヨウ
」
「ア リガ トウ」 などを指導者や母親 が本児 の顔 を みなが ら語 りかけると 「ほほえみ」 がみ られた り、まれ に呼びか け られた声 と同 じ様 な調子の声 をだ した。(A‑、Ⅴ
.
)このよ うな母親か らの働 きか けに本児 が「ほは えみ」それをみて母親 がす ぐに話 しかけるよ うな母 と子 の交互 作用 は、模倣行動の基盤 になるだけではな く、母親 の養 育 を支 える大 きな力 とな りえたと思 う。岡本ら(2)も乳児 の研究 において 「初期 の安定 した豊 かな人間関係 、つ ま り情動 の一体性が発達 の出発点 になっていることがわか る。」と述べてい るが、本児 の場合、母親が一体性 を獲得 で きた ことによ り安定 した情動の共有 を もた らした と思 われ る。
3
歳1
ケ月頃か ら、 タンスのひさだLをひっぼ ること に興味 を示 し始 め (課題9)、しだいにタンスの中にはい っている 「モ ノ」 に興味が変 わって きた。(課題11)「家 で タンスの中のモノを全部 だ して、ちらかしてばか りいる。」 との母親の報告 は印象深 い。そ して、 タンスの前 に きた 時や、 タンスの ひさだ Lに手 をかけた時、ひきだ Lをの ぞいた時 な どに発声行動が頻繁 に出現 した。(V5 )このよ うな特定 の状況 における特定のモノ (タンスや タンスの 中の人形 )に向 って発声 されている。 これは発声 と対象 の対応関係 が確立 きれ発声 がある特定の意味を もち始 め て きた と推察 され る。そ して、本児 は 「モノ」 を注視 し た り、さが した りす ることが多 くな り、タンスにそって の 伝 え歩 きが、み られ るよ うになった。こ
のよ うな 「モ ノ」を探索す る行動 を支 える基本的な行動 として、モ ノを さ わ り、モノを注視 し、モノを追視す ることがあげられる。
(V6)本児 はタンスの中の 「モノ」 をとりたいため、 タ ンスの前‑伝 え歩 きで行 くよ うになった。本児 が タンス の前へ行 くと必 らず母親 もタンスの前へ行 き、本児 一母 親 ‑タンスの中のモ ノ、(人形 )の三項関係 をつ くりだ し た。本児 は、 タンスの ひ きだ Lがあ く時 は自分 であけ、
中のモ ノを とりだすが、あかない時 は、発声 し、 そばの 母親の手 をひっぼ りにい く行動 がみ られた。本児 が現前 しないタンスの中の 「モン」 に要求 を示 したことは注 目 され る。 これは本児 の過去 の経験 (タンスの中の人形 を
さわ った り、 みた り、母親へ わた した りした)が、 イメ ージ化 され、 その イメージによ り、 目にみ えないモ ノへ の要求がでて きた と思 われ る。 このよ うな未来への予想 ・ 期待 を内合 した発声 であり、要求行動 であると考 えられる。
そ こには 「私 ハ人形 ヲと りたいので タンスの ひ きだ Lを あけてホ シィ。」とい う文構造 が兄 い出せ る。(V7)この発 声 は、遠 くにいる 「他者」 に意 図 を もって向 け られてい ると考 え られ る。「他者」 の距離 を接近 させ、「他者」 によ り、 自分 の現在 の状況 を変 えよ うとす る ものである。発 声 の内容 を場面状況 とあわせ て、意 味づ けを して い くと
「私ハ今 、困 ってい るか ら助 けてほ しい。」と解釈 されるo ここには、 自分 の現在 の状況 を叙述 し、他者へ要求 して い るパ ターンが、 うかが え られ る。 このよ うに発声 の意 味の含 らみ とともに子音様 の発声 もみ られ るよ うにな っ て きた。
謝 辞
稿 を終 わ るにあた り、本児 の教育相談 を「緒に行ない、
本研究 に も協力 して いただいた国立特殊教育総合研究所 重複障害教育研究部研究員 内田芳夫氏 (現鹿児 島大学 ) 重複障害教育研究部長大坪 明徳先生 、聴覚 ・言語障害教 育研究部長今井秀雄先生 をは じめ国立特殊教育総合研究 所員の方 々へ感謝申 し上 げます。
なお本論文 の要 旨 は日本特殊教育学会第1
7
回大会 にお いて口頭発表 をお こな った。引用文献
(1) 内田芳夫、大坪明徳 祝 ・聴覚障害 を伴 う重複障害 児の課題学習について、事例的考察、国立特殊教育 総合研究所研究紀要、第
7
巻、12 1‑1 3 1、1 9 8 0.
(2)岡本夏木、野村庄吾 共鳴動作から模倣行動へ、同 型パターンによる人 とのかかわ り、ゼロ、一歳児の 発達の特徴 と保育、幼年期発達段階 と教育
1
、子 どもの発達 と教育
4、4 6‑5 4.
岩波書店、19 7 9.
(3)岡本夏木、野村庄吉 三項関係の成立、物を介 して 人 と、人を介 して物 と交わる 「や りとりのパターン」、
ゼロ、一歳児の発達の特徴 と保育、幼年期発達段階 と教育
1
、子 どもの発達 と教育4、54‑5 7.
岩波書 店、19 7 9.
(4)岡本夏木 言語機能の成立過程 (その
Ⅰ Ⅰ)
、会話的行 動の成立、京都学芸大学紀要A.No . 2 7.7 3‑8 0.
1 9 6 5.
(5)菅原慶一 重複障害児の言語発達、ろう教育科学、
1 9( 2) 、7 6‑8 9.1 9 7 7 .
(6)高杉弘之、山下滋夫 重度 ・重複障害児の行動観察 の意義、発達の把握 と日常生活の指導、3
9‑5 4.
岩 崎学術 出版社、1 9 7 9.
(7) 中島昭美 人間行動の成 り立 ち、重複障害教育の基 本的立場か ら、重複障害教育研究所研究紀要、第
1
巻、第2
号、 1‑39.1 9 7 7.
参考文献
荒川哲郎 重複障害幼児の行動変容過程、事例による考 察、1
9 2‑1 9 3
,日本特殊教育学会第17
回大会発表論 文集 .1 9 7 9.
荒川哲郎他.聾 ・精神遅滞児の振動覚 ・聴覚の活用、国 立特殊教育総合研究所研究紀要、第
6
巻、79‑8 7
、1 9 7 9.
荒川哲郎他 重複障害児に対す る振動覚 と聴覚の活用‑
フォネ一夕の利用 と補聴器の適用について‑、
A
ndi ol o g yJa pn,2 0(5),1 9 7 7.
村井潤一 ことばの獲得のメカニズム、乳幼児期の言語 発達、ことばの発達 とその障害、第一法規、1