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感覚・知覚機能の発生に関する一考察 : 重度・重複障害児教育の現場から

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感覚 ・知覚機能の発生 に関す る一考察

―重度・重複障害児教育の現場から―

Early ontogenesis of sensori-perceptual function

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Tomio Hosobuchi

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は じ め に

各種の感覚系に よ り外界の事物や事象を知 る働 きを、 ここでは感覚 ・知覚機能 と呼ぶ ことにす る。 人間は各種 の感覚系を基本的には生 まれた ときか らすべて備 えているが、出生直後か らこれ らが成 人 と同様に組織だ って機能 しえるわけではない。 われわれが 日常苦 もな く行 ってい るごく単純 な形 の弁別 ・識別な ども、その背後には、長期にわた る感覚 ・知覚機能の習得の過程がある。 この よ うな事実をわれわれに端的に示 して くれ るのが、いわゆ る重度 ・重複障害児たちである。 一般に これ らの子 どもたちは、 「取 り立ててい う ほ どの感覚の障害がないに もかかわ らず、その人 自身が感覚 を全 く使お うとしなか った り、あるい は使 って もその使い方が ご く初期の状態に とどま って」 [中島

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]いる場合が多い。 しか し、 長期にわた る組織的かつ系統的な働 きかけに よっ ては、その感覚 ・知覚機能を形成す ることが可能 であることがわか って きた。同時に、心理携能に 対す る発生的 アブ p-チ としての こ うした実践研 究 は感覚 ・知覚機能の発生 とその高次化 に とって 重要 と思われ るい くつかの事実を明 らかに しつつ あ る。 もちろん、具体的な方策 となるとまだ不明 な点が多いが、少な くともこの ような実践研究の 后み上げは、感覚 ・知覚機能の発生の メカニズム とその高次化 に到 る遺す じを解明す るためのひ と つの有効なアプローチ とな りうるだ ろ う。本稿で は、知覚を行為 として把握 し、知覚の発生 とその 高次化 に関わ る重要な側面について触れ、最後に 視知覚 に焦点をあて、事例に倒 してその具体的な 展開過程を述べ ることにす る。

2.

感 覚 と知 覚 ここまで感覚 と知覚を特に区別せずに述べてき たが、厳密にいえは、次の ような違いがあ るとさ れている。 感覚は感覚器官に対す る物質の作用に よって生 まれ るものであ り、 これ らの物質の個 々の性質を 反映す る意識 の働 きである。感覚には視覚 ・聴覚 ・臭覚 ・味覚 ・触覚のいわゆ る五感があ り、眼 ・ 耳 ・鼻 ・舌 ・皮膚 な どの感覚器官を とお して さま ざまな性質が反映 され る。 これに対 して、 これ ら の感覚を基礎 に しなが らも、 もろ もろの感覚を相 互に孤立 した もの としてではな く統合 された もの として、すなわちひ とつの像 として反映す るのが 知覚 であ る。 この点 で個 々の性質だけの、つ ま り 要素的な ものの反映である感覚 とは区別 され る。 知覚は感覚を媒介 とした、ひ とつのま とま りを もった対象の反映であるが、感覚のたんな る寄せ 集めではない。 この ことを ミラー

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は知覚は感覚情報を飛躍 していると表現 した。つ ま り、知覚 とは、単に光や音 などの刺数を受容す ることでは決 してない。知覚はたんなる感覚刺激 の受容を超 えるものであ り、む しろ主体 に よって 構成 され るもの といえる[石原

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。 われわれが ものを見た り、聞いた り、触れた り す る世界では、感覚を直接体験す ることは困難で ある。 ものを見た とき、見えるのはわれわれに と って意味ある行為の対象 としての もの自体 であっ て、 ものの性質 としての色や形ではない。 つま り、 われわれは もののさまざまな性質を個別 にぬ きだ して感覚 しているわけではな く、全体 としての も のを知覚 してい るのである。ポス トの色が 「赤」 だ とい うのは、ひ とつのまとま りのあ る対象 とし

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てのポス トのある側面に、われわれのすでに持 っ てい る 「赤」概念をあ とか ら当てはめているので あ って、 「赤」その ものの感覚は意識 されない。 個 々の感覚的要素を反映 してか らそれ らを統合 し てひ とつの知覚像を構成す るのではな く、われわ れはむ しろ知覚内容を分析す ることに よっては じ めて個 々の感覚的要素を把握できるのであ る。 この ように知覚は実際の行為の対象 としての事 物 ・事象の特性を抜 き出 し構成す るはた らきであ り、発生的には感覚の方が先であ るが、現実に機 能 してい る場合には知覚 として楼能 してい る。そ れゆえわれわれが通常見聞きす る世界は知覚の世 界であ る。 ところで、有琉体 としての主体は一定の環境の なかで生活 してお り、その主体がひ とつの系 とし て生 きてい くためには、 自己の環境に適応す るか、 さもな くば環境を変革 していかな くてはな らない。 いずれに して も、環境は刻々と変化す るものであ るか ら、主体はそれに応 じて環境の変化を予測 し つつ、 自己の活動を組織 し、対処 していかな くて ほならない。 このよ うな実践的、適応的な行為 の 過程においては、主体は環童の諸特性をその とき の課題の条件に応 じて知覚す る必要が生 じる。 こ うした知覚はそのときの主体の課題に よって決定 され、時にかな りの分析 ・総合作用を必要 とす る 複雑かつ能動的な行為である。

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知 覚 と行 為 (1)知覚の発生におけ る実践的行為の役割 実践的行為は、生活のなかに生 じた 目標を達成 す るために、直接対象に向け られた行為である。 一般に、対象を直接に取 り扱 う実践的行為 と知覚 の間には特別 な機能的関係があ る。ザボ ロージ ェ ツ[Zaporozhets.1967]は主体 の実践 的行為 が知 覚過程 に対 して持つ重要な役割を指摘 し、知覚行 為 と知覚像 との対応関係を強調 した。それに よれ は、対象の知覚像はその対象に向か う実践的行為 の感覚運動的変換、つ ま り、知覚行為に よっての み形成 され るとい う。その知覚行為 とは、 自己調 節的な情報の探索 ・操作の過程であって、それは 主体に とっての課題に よって決定 され、対象の特 性に合わせて調整 され るものである。それは主体 - 12 -が周囲の世界に対 して定位 し、実践的行為を遂行 す る うえでの条件を調べ ることを保障 してお り、 そのために定位的行為 とも呼ばれてい る。 子 どもは周囲の対象物を直接 に取 り扱 う実践的 行為を通 じて、つま り、ガ ラガ ラをふ ること、ス プーンで食べ ること、 コップで飲む こと、積木を つむ ことな どに よって、その対象の諸特徴を知 る。 いわば、 これ らの実践的行為の副産物 として知覚 行為が成立す るのであ る。 したが って、知覚行為 が成立す るまではこれ らの実践的行為が唯一の認 識手段 となる。事実、乳児は5、 6ケ月頃には対 象 と実践的にかかわ り、 8、 9ケ月頃か ら対象を 眺め る行動が優勢になることを指摘 し、 これを実 践的認識か ら静観的認識-の変化 とす る報告 もあ る[山臥 1982

子 どもは実践的行為をつ うじて外界認識を深め 周囲の文化遺産を身につけてい く。 その結果、子 どもは さらに複雑な知覚課題に直面 し、新 たな知 覚行為を組織 し、その知覚行為に よ り実践的行為 は さらに高次化 してい く。 この ように知覚行為は 初期の段階 では主体の実践的行為に基づいて形成 され、方向を与えられ、調節 され るが、進展の過 程では両者は円環的関係にあ るといえ よう。 (2)知覚の発生におけ る運動成分の意義 すでに述べた ように、主体がその環境を把握 し よ うとす る知覚は、その本性 として能動的な性格 を もってい る。そ して、個体発生の初期段階では 主体は周囲の対象物を直接 に取 り扱 う実践的行為 を通 じて対象の諸特徴を知覚す る。 この実践的行 為は次第に知覚行為に よる対象の吟味へ と内化 さ れてい く。 この過程で一貫 して重要 な役割を果た してい るのが実践的行為に含 まれ る運動成分であ る。た とえば、 ものを触知す る手の運動、 ものの 輪郭をた どる眼の運動、聞 こえる音 に対 してはそ れを再生す る咽頭の運動がそれにあたる。 レオ ソ チ ェフ【Leontiev,1965コは、「われ われの感覚は、 運動の関与がないな らば、 もともと感覚や知覚を 心理現象であ らしめ る唯一 の ものであるところの、 対象性 とい う質、つ ま り、外界 の諸対象 との係わ り合い とい う質を もたないであろ う」 と述べ、知 覚におけ る運動の意義を強調 した。 しか し視知覚の場合で言 えば、われわれの 日常

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経験か らす ると、眼をあけれは眼前の事物はほ と んど即座に何であるか把握できるので、特別な運 動は必要ない ように思われ る。だが、眼を閉 じて ものの形を知覚 しなければな らない とした ら、わ れわれは どの よ うにふ るま うであろ うか。おそ ら く試行錯誤に も似た仕方で、また ときには一定の プラソにそった仕方で手を勤かすに違いない。対 象の識別あるいは再認を必要 とす る複雑な知覚は、 一般に能動的な運動な しには不可能であることが 確認 されてい る。眼を閉 じて対象を識別す る触知 覚においては、その対象に受動的に触れただけで は困難であ り、触探索す る手を能動的に動か さな くてはな らない。 さらに複雑な知覚課題になると その運動 もい きあた りば った りのでた らめな もの ではな く、何 らかの ≠プランOを もつ十分に制御 された ものが必要 となる。結城[1952]は正方形の 知覚課題において、手 の運動 と眼球運動を記録 し 「触れ る場合には手が、視 る場合には眼球が、そ れぞれ この とき運動 していなければな らない」 こ とを明らかに した。そ して、 「視 と蝕 とは、か く の ごとく対象認知の際におけ る対象-の対処の仕 方や、それ と対象 の 『現れ方 』との関係の点で全 く趣 きを同 じうしてい る。 『視 る 』とい うことは 視点 で 『さぐる 』ことに外ならぬのであ る。 ここ に 『視 る 』と 『触れ る 』とにはその背後に同 じ操 作がひそんでい る」 と述べてい る。 この指摘は、 ものを見 ることに困難を示す重度 ・ 重複障害児の教育を考 えてい くうえできわめて重 要 な示唆を含 んでいるよ うに思われ る。すなわち 知覚過程 におけ るこ うした運動成分は成人の完成 された知覚の水準において不可欠な成分であるは か りでな く、知覚その ものの発生を支え、方向づ け る役割 も果た しているのではないか、 もしそ う だ とした ら外的に操作可能な運動系を介 して視覚 系に働 きかけ ることができるのではないか。 及川[1979]は 「盲」 と診断 されていた重度 ・重 複障害児 との教育的係わ りにおいて、視機能を向 上 させ るには子 どもの側の手の運動を組織す る一 連の課題学習の積み上げが必要であることを示 し た。 また、先天盲の 「開眼手術」 (白内障に対す る水晶体摘出手術、混濁 した角膜を透明な角膜 と 交換す る角膜移植手術な どがその具体例である) 後の視機能の成立過程に関す る研究で も同様の事 実が報告 されてい る。鳥居[1983a]に よれ は 、開 眼者の視覚形成過程 の比較的初期の段階において、 単純 な平面図形を視覚的に弁別す る際に、 「頭部 または台紙を動か しつつ、あたか も手でた どると きの よ うに走査や探索を繰 り返す」時期が存在す るとい う。 しか も、 この ようなた どる運動は次第 に 自動的にな り、それが全体 として短縮 された も のにな ってい くとい う。 また、逆に網膜像を実験 的に固定 した り、手や指先の触運動を制限 した り す ると、 ものの知覚が困錐 となることが報告 され てい る。 これ らの研究か ら、一般に視知覚を形成す る際 には、何 らかの運動器官の活動を介在 させ ること が不可欠の条件であると考 えることができる。鳥 居[1983b]は、 人間の知覚 ・認知活動 とは 「基本 的には、能動的な情報探索 ・収集活動」であ ると し、その過程では 「いかなる場合で も (それが外 部か らは もはや直接観察 し得 ない状態に変換 され て も)、眼や頭部の、 または手や指先や足 な どの、 あ るいはまた 口唇や舌 などの身体の各器官 に よる 十分制御 された運動の成分がそこには必ず相伴 っ ているとみて間違いない」 と述べている。 この指 摘 は、運動的に も重度の障害を伴 うことの多い重 度 ・重複障害児で も、 どんな運動器官であれ、そ れが十分制御 された ものに しえれは感覚 ・知覚機 能の促進が可能であることを示唆 している。 以上か ら、視知覚形成の初期段階においては、 子 ども自身 の もの-の直接的かつ能動的な運動を 組織す る必要があることがわか る。では この運動 を担 う運動器官は何にすべ きか。一般に もの-の 働 きかけは手が担 っている。手は直接に対象の特 性に左右 され、実践的に対象 と相互作用す る器官 であ り、眼はその手の動 きをモニターす る ことが できる、 とい う事実に注 目す る必要がある。 この ことは、視野内の手が対象の輪郭にそ って動 く過 程 で、眼は対象の客観的特性を手の運動か ら学ぶ ことができるとい うことを意味 してい る。 つ ま り 手の運動を組織す ることに よって、眼は対 象の知 覚に必要な操作を手か ら学ぶ ことができる。ザボ ロージ ェツ[1960】ほ この経 過を次の よ うに述べ てい る。 「手の運動を追 う目は、 しだいに手の経 験 を蓄 積 し、す こしずつ、その機能を自主的に遂 行す る

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ことができるようにな る。・--中略・・-・この段階 で、触覚 と視覚の関係 は、ある意味で逆転 し、訓 練 された 目は 〈手の教 師 )となる。 目は手の実際 活動に先行 し、それを方向づけ る--・後略」 このよ うに知覚発生 の初期段階においては、対 象 と能動的に接触す る手の運動が重要な意義を持 ってい る。 もちろん手 の運動が困難であれは、他 の運動器官がそれを代行 しうる。た とえば、四肢 に重度の運動障害があ り対象-の外的活動が制限 された脳性マ ヒ児や手 の運動が極端に制限 された サ リドマイ ド児でも、頭部

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口)や足の運動を支 えとした視知覚の形成 が可能であ り、 より高次な 認識-の到達 も可能 であ る[大竹 ら.1977]。 しか し、視知覚の形成において手の運動が もっとも有 利な条件を備えてい る ことは間違いないであろ う。

4.

感 覚 教 育 にお け る運動 の重 視 自律的 ・能動的な知覚行為の形成 とい う課題は、 感覚教育の名の もとに障害を もつ子 どもたちの教 育ではきわめて重要 な位置を占めてきた。障害児 の感覚教育の源流は、ル ソーに思想的影響を うけ たイタールにまで遡 ることができる。 イタール [Itard,1801]はアヴ ェロンの野生児 ヴィク トール が ピス トルの音には反応 しないが クル ミを割 るか すかな音には敏感であ り、また、煮た った湯の中 のジャガイモを平気 で取 り出す といった感覚的か た よ りを示す ことか ら、多 くの感覚教育を行 った。 イタールは、人間の精 神活動の基礎には、すべて 感覚があると考 えていた。そこでヴィク トールを 社会生活に結びつけ るためには、まず感覚面の訓 練が必要だ と考 えた。 イタールは ヴィク トールに まず聴覚の訓練か らは じめたが、 これはのちにセ ガンに よって批判 され ることになる[津 田1982] 。 そのはか寒暖に関す る皮膚感覚を高め ようとして 彼に服をきせた り、家 の中の温度を相対的に高 く 保つ ことに よって、外 にでたときにその温度差を 感 じとらせた りした。 また、 これ と同 じ発想で高 い温度の風呂に一 目何 度 も入れた りもしている。 その結果、3ケ月後 には 「すべての感覚機能を呼 び覚 ます ことができた」 と報告 されている。 しか し、 ヴィク トールが思春期の狂乱に直面 したため、 イタ-ルはその教育 を打 ち切 らざるをえな くなっ - 14 -た 。 イタールの試みは結果的には不幸な結末 となっ たが、彼の開発 した独創的な方法は、 「白痴」教 育に大 き く貢献す ることになる。 イタールの直接 の弟子であ るセガ ソほイタールを批判的に継承 .L つつ、は じめて 「白痴」教育を体系化 した。セガ ソ[Seguin.1907]の教育方法は生理学的教育 と呼 ばれているが、 まず運動の訓練か らは じま り、諸 感覚の教育- と進む ものである。そ して、運動の 訓練のなかに感覚教育の契機が組み込 まれていた。 セガソにおいて運動の訓練が同時 に感覚教育 と結 びついていた ことは注 目に値す る。 しか もセガ ソ は 「あ らゆ る感覚は触覚の変形 といえ る」 ことを 指摘 し、触覚を感覚教育 の第一にあげた。 この よ うに障害を もつ子 どもたちの知覚 の形成過程にお け る触覚 もしくは運動の重要性については、かな り早 くか ら気づかれていた といえ る。 イタールやセガ ンの感覚教育にみ られ る運動の 重視は、今 日ではケファー ト、 フ ロスティックら の知覚運動学派の教育法に引き継がれてお り、ユ アーズの感覚統合療法に もその影響をみいだす こ とができる。た とえは、 ケファー トは運動 と知覚 の相互のつなが りを重視 し、教育 の第一段階に粗 大運動の制御を位置づけた し、 フ ロスティックは その名の とお りムーブ メソ ト教育を提唱 してい る (詳 しくはそれぞれの解説書を参照 されたい)0 ところでわが国では、特に重度 ・重複障害教育 の分野で感覚教育 (定位 ・探索に関わ る教育)が 中心課題 となってい るが [細さ凱 1986]、中島 らは 重複障害児 との教育的係わ りか ら、 「感覚 と運動 は本来不可分の ものであって」、 「運動を考える とき感覚を無視できない し、同様 に感覚の問題は 即運動の問題 ともいえる」 と述べ、 「感覚を使 う」 とい う表現で感覚におけ る運動の重要性を強調 し た[中島,1977]。そ して さらに、運動の自発 こそ 人間行動の原点であるとし、 「感覚が運動に追従 し、同調 し、 さらに先取 りし、やがて運動を支え、 それを調整す る過程は、人間行動 の成 り立ちの初 期において極めて重要な意味を持つ」[中島.1982] とい うように、眼 と手の機能的関係について前述 のザボ ロージ ェツと同様の見解を述べている。 以上の よ うに、感覚教育の分野 では触覚 (触運 動) もしくは運動の重要性に早 くか ら気付いてお

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り、比較的軽度の障害児に対す る教育法 として発 展 しつつあるが、重度 ・最重度の障害児の感覚の 形成教育の分野において運動の持つ意義が理解さ れ体系的 ・組織的な研究が開始 されたのは、わず 10数年前なのである。

5.

重 度 ・重 複 障 害 児 にお け る視 機能 の 発生 と発達 (1)注視 ・追視の形成 細調 [1981]は重度 ・重複障害児を対象に注視 ・追視の形成を試みている。その係わ りの経過に は、注視 ・追祝をは じめ とす る祝機能の発生に関 わ る基本的な観点が含 まれているように思われ る。 以下にその概要を紹介 しつつ、そこで採 られた方 策の心理学的意義について考えてみたい。 H児は指導開始当時6歳で、重度精神薄弱 と脳 性マ ヒを併せ もつ重症心身障害児である。 どうに か寝返 りができ、座位 も保持可能であった。ひ と りで置かれ ると、手 こす り、指 しゃぶ り等の 「常 同行動」に終始 しがちであった。抗てんかん薬の 影響 もあ り、覚醒 した状態が長 く続かず、まどろ んだ状態 でいることが多か った。 したがって、 も のを呈示 しても明確な注視 ・追祝はほとんど認め られず、 ましてや、 ものやひ とに手を伸ば した り、 働 きかけた りす ることはまった く見 られなかった。 このように、本児は外界に対す る能動性はもと より、周囲か らの働 きかけに対す る応答に も乏 し く、周囲の事物に手を出す こともなければ、人が 呼びかけても表情を変えた り、振 り返 った りす る こともまった くなか った。そこで、本児の注視 ・ 追視の高次化をめざして教育的かかわ りが開始 さ れた。 本児 との係わ りには、主 として起 き上が り小法 師が用い られた。その理由は、第一に、起 き上が り小法師にはわずかなが ら反応 らしきものが認め られたか らである。子 どもが最 も反応性を示す事 物 ・債域を確かめなが ら、子 どもの反応を より高 め る方向でアプローチす ることは、教育的かかわ りの原則であろ う。第二に、起 き上が り小法師は 子 どもに とって人間の顔 とい う 「信号的意味」を もったきわめて人間的事物であ り、視覚 ・聴覚に 作用す る複合刺激だか らである。 本児に座位を とらせ、起 き上が り小法師を本児 の正面、右、左に望示 し、ゆ らして音をだす。 さ らに、本児の手をガイ ドして触れ させ る、 とい う かかわ りを繰 り返 した。その結果、 1ケ月後には 本児の視線方向に呈示 した起 き上が り小法師には 注視 とわずかな追視が見 られ るようになった。 ところで、その頃の追祝は頭部の回転が伴わず、 いわば眼球だけで事物を追いかけるとい うもので あった。頭部の回転を伴 った追視 も約3ケ月後に 発現 したが、それで も眼球の動 きを後追いす るぎ こちないものであった。 この ことは、この段階で の追視があ くまで も受動的な ものであ り、一定の 条件にある対象が子 どもの視線を引きつけている にす ぎないことを示唆 している。つま り、外界の 諸対象-能動的に視線を移動 させ ることができる 段階には到達 していないように思われた。 さらに、 これ までのかかわ りでは、起 き上が り小法師-の 能動的な手の触運動 もまった く見 られなか った。 以上のように、事物の呈示 と受動運動的な手の 運動のガイ ドでは、受動的な追祝を引きだす こと はできて も、能動性を支えとした追視や手の運動 の形成は困難であった。 そ こで、新たなかかわ りの方略を求めて、 さま ざまな状況設定のなかで、本児の行動を見直 した。 その結果、本児の手の運動に関 してふたつの事実 が見出 された。ひとつは、本児の顔-のタオルか けに対 して、いやが る手の運動が発現す ることで あ り、 もうひ とつは、 自発的に発現す る手の運動 (例えは、手 こす り)は顔前や胸上 といったかな り狭い空間に限定 されていることである。 ところで、人間に とって必要な手の運動は無限 にある。 これ らすべてを形成す ることは到底不可 能であ り、その必要 もない。 まず重要なことは、 コン トロールされた自律的な手の運動ゐ発現であ って、その レパー トリーが多いか どうかではない。 そ こで、最初は子 どもにとって コン トロール しや すい手の運動がかかわ りの 目標 として取 り上げら れなければならないであろ う。 コン トロールのしやす さは、手の運動 として単 純であることとは対応 しない。む しろ、 この よう なコン トロールは、子 どもに とって意味のある実 践的活動のなかで、 コソ トロールを必要 とす る行 為の 目標が明確になることに よって達成 され ると 考え られる。行為の 目標が明確になると、手の運

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動は 目標達成 の条件に転化 し、行為の結果に よっ て調整 され るよ うになる。 したが って、何 らかの 生活状況のなかに手の運動 コソ トロールの必要性 を組み込む ことが重要 と思われた。 さらに、手の 運動 コン トロールをすすめ るには、新たな運動を 組み立ててい くよりは、た とえわずかな動 きであ って も、一定の能動性を背景に持つす でに可能な 運動を利用すべ きであろ う。 この ような観点か らす ると、 「タオルかけ」に よるかかわ りが、 もっとも適当 と思われた。そ こ で、本児に声かけ しなが ら顔にゆ っくりタオルを かけ、 このタオルを取 るとい う目標の もとで、手 の運動が よ りコソ トロールされた手の運動になる ことをね らった。その際重視 した ことは、 こ うし た係わ りの場全体を 「イナイ ・イナイ ・パー」遊 び として行 うことである。 その結果、本児は寝返 りでタオルを落 とす段階 を経て、 タオルを左手人 さし指でひ っかけて払 う ことが可能にな った。 さらに、仰臥位の本児の眼 前に、起 き上が り小法師、風船な どをつ りさげ る と、身体をゆす り、大 きな声であ らいなが ら、 こ れ らを能動的にたた くよ うになった。 この よ うに 手の運動の コソ トロールがある程度可能になると ともに、そこに能動性 も認め られ るよ うになった。 では、 この間追祝の様相は どの ように変化 した であろ うか。本児は手に よる対象操作を比較的活 発に行 うなかで、 ようや く呈示 された事物の移動 に対応 した滑 らかな頭部の回転を伴 う追視が可能 となった。 ところが詳 しく観察 してみると、本児が たたいてい る事物を左右に移動させても、状況に応 じた手の運動 コン トロールはみ られず、空振 りし て しま うことが多いことがわか った。 また、空振 りして も、その手の運動を変えることな く繰 り返 すのであった。 さらに、 タオルがずれて片方の眼 の覆いが とれて しま うと、 もはや タオルを とろ う とは しない し、 タオルに変えて透明 ビニールや黒 ビニールを用 い ると、黒 ビニールは取 るが、透 明 ビニールには何の反応 もしめ きなか った。 これ ら の事実は、本児の視機能は手の運動の発現には関 与 してい るが、事物の空間的特性 (方 向、距離 ) を抽出できず、発現 された運動の コン トロールは まだ十分でない ことを示唆 しているよ うに思われ た。 - 16-そ こで呈示 した事物をゆ っ くりと移動 させなが ら、本児の手をガイ ドしてたたかせ るとい った係 わ りを繰 り返 した。 その結果、約2ケ月の係わ り で、不十分 ではあ るが、事物の移動 に応 じた手の 運動 コン トロールがで きるようにな った。 さらに、 こうした手の動 きは 日常生活場面で も観察 され る よ うになった。た とえば、食事場面 において、従 来本児は嫌 いな食物があると首を振 って拒否す る か、吐 き出すか していたが、その後呈示 されたス プ-ソに手をのは して、スプ-ソをは らいのけ よ うとした り、介護者が本児の ロにあてた コ ップの 縁に手をそえてお茶を飲む とい った こともみ られ てい る。 以上の経過で重要 なことは、第- に、手の運動 を単に運動それ 自体 として形成す るのではな く、 かけ られた タオルを取 るとい う、子 どもに とって 実践的意義を もつ行為 として形成 した こと、第二 に、それ らの行為を大人が子 どもの手をガイ ドし た こと、す なわち子 どもと大人の共 同活動 として 行 ったこと、第三に、 これ らのかかわ りの場の全 体状況を情動的な交流を伴 う活動 として組織 した ことであろ う。 感覚の形成教育 とい うと、やや もすれば感覚器 官の訓練にな りがちであ り、子 どもに とっての意 味が不明なまま機械的な運動の反復 に終始 しがち である。 しか し、本事例の指導経過が示す ように、 感覚の形成教育は子 どもの一定の要求を背景に も つ課題の遂行過程を組み込 んだ活動 と結びつ くよ うに組織だて られ るべ きである。つ ま り、知覚行 為の習得が、活動の結果得 られたもの と関連づけ られ ることが大切で、そ うした活動 の組織化に よ って、いわゆ る一般化 された形の定位的行為が形 成 され るよ うに思われ る。 (2) ご く初期の定位的行為の形成 前記の事例の ように眼前に呈示 された対象を見 てたた く、見て取 るといった運動の コソ トロール には、自己身体 と対象 との関係づけが必要 とされ る。 この水準の関係づけはそれほど困難ではない。 しか し、次の水準の関係づけ、すなわち、外的な 対象 ど うしの関係づけはかな り困難 であ り、 ここ でつまづ く重度 ・重複障害児は少な くない。 対象 どうしの関係づけ とは、積木 をつむ、はめ

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板 をはめ る、玉を穴に入れ るとい った実践的行為 に必要 とされ る関係づけであ り、発達的には生後 9ケ月頃か ら発現す る。対象 ど うしの関係づけに おいて、重要な役割を演 じるのが、課題状況の吟 味 と行為の経路を予知す る定位的行為である。重 度 ・重複障害児において こ うした関係づけに もと づ く実践的行為の遂行が困難なのは、 この定位的 行為が形成 されていないため と考 え られ る。そこ で この定位的行為をいかに形成す るか とい う問題 がわれわれ の前に浮かびあが って くる。 すでに述べた よ うに、定位的行為はそれ 自体を 取 りだ した ところで形成す ることはで きない。必 ず何 らかの実践的活動 と結びついて、 その活動の 遂行過程で形成 され る (図 1)。 この ような観点 定位的行為 課題の予備的 実践的活動

の系--分触析覚行為) 遂行的行為の系 図1 定位的行為の発生 (ザボ ロージェツ、 1965 ) か ら、細捌 [1985]は重度 ・重複障害児を対象に定 位的行為の形成を試みている。では、その概略を 紹介 しつつ、定位的行為の形成過程をた どってみ よ う。 Y児 はかかわ り開始当時10歳で、重度精神薄弱 と脳性 マ ヒを併せ もつ重症心身障害児である。 自 力で仰臥位か ら座位-の変換が可能であ り、通常 は座位 でいる。 しか し、移動は寝返 りに よる場合 が多か った。名前の呼びかけ-の反応は不明確だ が、鈴 の音 には敏感で、強い関心を示 した。鈴を 呈示す ると手を伸はすが、鈴か ら視線がはずれて い ることが少な くない。 このため、時に手探 り様 の手の動 きが見 られ る。他の事物-の関心は うす く、鈴を取 り上げなければ、長時間鈴を持 ったま ま常同的な爪かみ、指 しゃぶ りを していた。 この よ うに本児は対象に手を伸 ば しつかむ ことはでき るが、その対象が きわめて限定 されてお り、手の 運動 のコン トp-ル も不十分であ り、 ましてや対 象 ど うしの関係づけはできていなか った。 そ こで、一連の教具に よる課題状況を設定 して、 手の運動の コソ トロ-ルを促 し、定位的行為の形 成を試みた。 これ らの課題はすべて、本児 の鈴-の欲求に基づ く実践的活動 として組織 された。鈴 を利用す ることは、一見本児の 「常同行動」を強 化す るかの よ うに思われ るが、鈴 こそ本児の能動 性の源泉であることに注 目す る必要がある。 課題 Aは提示用のお盆の中に置かれた鈴を取れ るか ど うかを検討 した ものであるが、本児 はこの 設定場面では苦 もな く鈴を手に入れ ることができ た。 この ことか ら、 このお盆で示 され る範 囲内で 課題を構成す ることが可能であ ることが確かめ ら れた。課題B∼Dは棒 か ら鈴を抜 き取 る課題であ り、 この課題の解決には視覚的に コソ トロール さ れた手の運動が必要 とされ る。課題Bは カギ型に 曲が った棒か ら鈴を抜 く課題であ るが、 この課題 では、強引に鈴を手前に引いて しまったため、抜 く方向を分割 した課題

C

と課題

D

に よ り、上方向、 左右方向の手の運動 コン トロールを促 した。 これ らの課題では、それぞれの方向-のガイ ドを繰 り 返す ことに よって、 ど うにか鈴をはずせ るように なった。 しか も、はず す手の運動を 目で追 うこと も観察 された。 そ こで、再 度、課題

B

に戻 った ところ、 ここで 注 目すべ き行動が観察 された。それは、本児が一 方の手を棒の屈 曲点に置 き、 もう一方の手で鈴を 引 き上げて屈曲点 まで くると、屈曲点に置かれた 手を棒 の先端 に移動 させてか ら、その手 に向か っ て両手をあわせ るように して鈴をはず したのであ る (表1)。棒 の先端に手を置いてお くことは、 表1 リング抜 き課題での遂行パタンの変化 1981年 1982年 6月10日 1月12日 ちらつと見て、すば や く引き寄せ る 7 2 そのままもて遊ぶ 4

/

棒の角や先端に手を置いて、抜 く

/

7 数字は出現試行数

(8)

課題C、課題 Dで援助 していたが、 ここでは新た に棒 の屈 曲点に手を置 く行動 まで出現 したのであ る。 この行動 の定位的意義は明 らかであろ う。 そ の後、 この行動は次第 にみ られ な くな るとともに、 滑 らかに鈴をはずせ るよ うにな った。 以上 の経過を まとめ ると、 まず予測的な手 の運 動が発行 し、次に視覚 と手の運動が同調 し、その 後視覚が手 の運動を方 向づけ るよ うにな った とい える。 この よ うな現象は 「感覚に よる運動の先取 り」な どとよばれ、い くつかの事例で観察 されて い るが、外的に展開 された定位的行為が視覚的な 定位的行為- と内化 されてい くことに よって生 じ るもの と考 え ることがで きる。 次に、ふたつの箱か ら鈴の入 った方 の箱を選択 す るとい う選択課題F∼Hを導入 した (課題Eは、 その事前学習にあた るもので箱か ら鈴を取れ るこ とを確認す るための課題であ る)。 こ うした選択 課題 は見比べ る日の動 き、す なわ ち、 よ り高次な 定位的行為を必要 とす る課題であ る。 また、 これ らの課題は、 よ り分化 した運動を作 り出す ことに よって、外界 の よ り分節的 な把握を可能にす る課 題で もある。課題Fは二個 の木箱か ら鈴 の入 って い る木 箱を選択す る課題であ る。 この課題では、 手 の出 し方が衝動的で、事前に予測的、かつ見比 べ るよ うな 目の動 きはなか った。 したが って、誤 りも多 く、同時に両方の箱に手を出す ことさえ見 られ た (表2に示 した3月1日の成績 )。そ こで、 表2.選択課題での遂行パタンの変化 1982年3月1日 1983年4月6日 (11歳 1ケ月)(12歳 2ケ月) ち らつと見て 票変 モ 有 り 慧変 至 有 り ヽ すばや く片煮 両 方 )に手を伸ば すを仲はすが、途中で修正す るち らつと見て手 ll1((4)1) 3(2(11)) 2(73((2)02)) 3(1(2(0)11)) 数字 は出現試行数、()内は誤反応 課題Gの ように本児 と木箱の問に、 「透 明板」(ア ク リル梨 )を置 いて、衝 動的 な手の運動 を制限す るとともに、 よ く見比べ て選択 でき るよ うにな る ことを期待 した。 このかかわ りを繰 り返す なかで、衝動的な手 の 出 し方 は次第に減少 し、本児は 「透 明板」の うえ に 、手を置 いて待 ちタ、 「透 明板」が取 り除かれ てか ら手を伸 ば して鈴 を取 るよ うにな った (表3)0 表3. 透明板を利用 した選択課題での遂行パタンの変化 1982年6月16日 1982年8月11日 1982年10月20日 (11歳4ケ月) (11歳6ケ月) (11歳8ケ月) 数字 は出現試行数、()内は誤反応 - 1

(9)

8-「透 明板 」を取 り除 くと当初は誤 りが増 えたが、 その後遂行前 に箱を見比べ るよ うな定位的行為が 明確 に認め られ るよ うにな った (蓑 2に示 した4 月6日の成績 )0 以上の よ うに、選択課題で も鈴抜 き課題 で観察 された (棒 の角や先端 に手を置 く)行為 と頒似 し た く 「透 明板 」 の上に手を置 く)行為が発現 した。 したが って、 この ( 「透 明板」の上に手を置 く) 行為 も、視覚的 な定位行為に先行す る、外的に展 開 された定位的行為 とみ なす ことができる (表4)。 表4 指導経過 のま とめ リソグ抜 き 選 択 課 題 ち らつと見て、すばや ち らつと見てすはや く く引 き寄せ る 手 を伸 ばす 炎 ↓ 米 ↓ 棒 の角や先端 に手 透明板 の上に手を を置 いて、抜 く 置いて待 ち、透 明板が取 り除かれて I か ら手を伸 ばす

I

見較ベてか ら、手を じっと見て、棒 に沿 ・X外的定位的行為 「透 明板」は本児が鈴を取 る行為に ブ レーキをか け る役割 を果たす とともに、本児が 自分の行為を、 行為の対象か ら抜 き出す ことを容易に し、結果 と して外的定位的行為の形成 を助けた と考 え られ る。 これ らの観察 か ら視覚的な定位的行為の形成には、 まず外的な定位的行為を形成 してい く必要がある ことが示唆 され る。 ところで、外的な定位的行為は、 こ うした選択 課題はか りでな く、多 くの課題 の達成過程 で観察 され る。 た とえは、乳幼児が積木 を構成す るとき や、はめ板 をす るときに見 られ る 「照合」や 「重 ね合わせ」の行為が これに相当す る。障害を もた ない子 どもたちでは、特別な援助がな くて も、 こ れ らの行為を行 うよ うにな り、視覚的に対象の特 性を関係づけた り、比較 した りで きるよ うになる が、障害の重 い子 どもたちでは、上記の よ うな適 切 な状況設定や教具の工夫を通 して、 まず外的定 位的行為の形成 を援助 してい くことが必要 であ る。 さらに重要 な ことは こ うした係わ りのい っさい が コ ミュニケーシ ョソ関係に支 え られてい るとい う事実であ る。 あ る1歳児は筆者がに こに こ笑 っ て見てい る状況では熱心にはめ板 に取 り組 んだが、 見てはい るが表情をかえすにい ると、早 々とはめ 板 に興味 を失 った。 また、あ る3歳児 ははめ板 が は まるたびに、見てい る筆者 とその ことを確認す るかの よ うに笑顔 を送 って よこした (写真1)0 写真1.ハメ板ができたことを他者に伝え、 共に喜ぶO課題解決は大人との共同活 動によって支えられている。 したが って、我 々が障害を もつ子 どもた ちに呈示 す る ≠課題J' も実の ところ我 々に とっての課題 で もあ り、 これ らの課題 の解決は まさに共 同活動 の

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結 果 な の で あ る。 以上 、 視 覚 機 能 の発 生 に 関 して 、重 度 ・重 複障 害 児二 事 例 との教育 的 係 わ りの概 略 を紹 介 して き た が 、知 覚 を行 為 と して把 握 し、外 的 な運 動 を介 して知 覚 に働 きか け る とい うア プ ローチの有効 性 は 明 らか で あ ろ う。 こ うした観 点 で個 別事 例 の具 体 的 な方 略 ・方 策 を標 み 上 げ 、 そ こに また何 らか の法 則 性 を見 出 して い くこ とが 、筆 者 らの実践 研 究 の課 題 で あ る。 (1989. 8. 3受理) 文 献 細網富夫 (1981) 重度 ・重複障害児の感覚運動接能 に関す る事例的研究 .日本特殊教育学会第19回大会 発表論文集、 286-287. 細網富夫 (1985) 重症心身障害児におけ る定位探索 活動の形成 .日本教育心理学会第27回大会発表論文 集、 940-941. 紙剤富夫 (1986) 重度 .重複障害児における員と手 の操作の高次化に関する指導内容 と方法 (教具 )一 研究の現状 と課題一 .発達障害研究、7(4)I304-312. 石原岩太郎 (1982) 意味 と記号の世界 .誠信書房 . Itard,J.M .G.(1801) アヴェロンの野生児.中 野 ・松 田訳 (1978) 福村出版 . Leontiev,A.N.(1965) 認識の心理学 .松野 ・木 村訳 (1967) 世界書院 . Miller

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参照

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