説 一 切 有 部 系 ア ー ガ マ の展 開 *
-『中 阿 含 』と 『雑阿 含 』を め ぐ
って-榎
本
文
雄
初 期 仏 教 研 究 にお い て, 説 一 切 有 部 系 の ア ー ガ マ (阿含) は, 南 方上 座 部 の パ
ー リ経 典 に次 い で貴 重 な資 料 と な る。 就 中, 諸 部 派 の 資 料 を駆 使 して, 部派 的変
化 を被 る以 前 の原 聖 典 に迫 ろ うとす る場 合, 時 に梵 本 を も我 々 に提 供 す る有 部 系
の ア ー ガ マ は, そ の律 ・論 所 引 の ア ー ガ マ と共 に, 不 可 欠 の 資 料 とな る。 しか し,
そ の一 方 で は, パ ー リ聖 典 に関 して そ の成 立 ・展 開 過 程 が 追 求 され て い る よ うに,
有 部 系 ア ー ガ マ に つ い て も この面 が解 明 され ね ば な らな い。 この面 の解 明 は, ま
た, 広 く有 部 系 諸 教 団 の関 係 や 経 量 部 の成 立 問 題 の解 明 に も資 す る所 が あ ろ う。
近 年, Schmithausen 教 授 は これ らの点 に関 して画 期 的 な研 究 を発表 され た1)。
そ の結 論 は次 の よ うに ま と め られ よ う。有 部 系 の Udanavarga
(=Uv) 写 本 に は
三 種 の伝 承 が あ る。 一 つ は比 較 的 古 い伝 承 で あ り, 古 訳 の ア ビ ダル マ文 献 は この
種 のUv伝
承 を示 して い る。残 りの二 種 は いず れ もか な り後 代 の 伝承 で あ り, そ
の うち一 方 は東 トル キ ス タ ン有 部 のみ の 伝承 で あ る。 他 方 は, 根 本 有 部 系 の伝 承
で あ り'そ れ は蔵 訳 のUVや,『喩
伽 論 』や 根 本 有 部 律 の梵 本 所 引 のUvと
一 致
し, ギル ギ ッ トや ネ パ ー ル や チ ベ ッ トで発 見 され た梵 語 仏 典 所 引 のUvは
ほ と ん
ど これ と一 致 す る。
で は, こ の よ うな伝 承 の 発 展 は, Uvの
み な らず, 有 部 系 の他 の ア ー ガ マ 〔例
え ば 『中阿 含 経 (=中 含)』や 『雑阿含 経 (=雑 含)』〕に も認 め られ る だ ろ うか。
こ の よ うな視 点 か ら, 以 前 に,『中 含 』は 古 い韻 文 の 伝 承 を よ く保 ち, 他 方 『雑
含 』は新 しい根 本 有 部 系 の (も し くは, 後 代, 根 本 有 部 伝 と称 せ られ る) 伝 承 で2),
『別訳 雑 阿 含 経 (二別雑)』も根 本 有 部 に近 い 伝 承 で あ る とい う試 論 を発 表 した3)。
その 際 に用 いた 方 法 は各 阿含 とUVと
のパ ラ レル を比 較 し, 当 該 の 阿含 がUV
の どの 伝 承 に一 致 す るか を検 討 す る こ と で あ つた。 す る と,『雑 含 』と 『別雑 』
は, Uvの
古 い伝 承 と は一 致 せ ず, そ れ を 改 め た根 本 有 部 系 の伝 承 と一 致 し て い
た。 ま た,『中 含 』は, Uvの
古 い 伝承 と一 致 し, 東 トル キ ス タ ン 有 部 伝 や 根 本
有 部 伝 とは, そ れ らが古 い伝 承 を保 存 して い る場 合 にお い ての み 一 致 して い た。
事 実,『中 含 』と 『雑含 』の パ ラ レル 部 分 を比 較 す る と, 前 者 は カ シ ュ ミ ー ル
-1073-説 一 切 有 部 系 ア ー ガ マ の展 開 (榎 本) (52) 有 部 説 と, 後 者 は 根 本 有 部 説 と 一 致 す る 例 の あ る こ と が 最 近 指 摘 さ れ て い る4)。
本 稿 で は, こ れ ら の 点 を 踏 ま え て, 各 ア ー ガ マ 〔こ こ で は 『中含 』相 当 の Madhyamagama (=MA) と 『雑含 』相 当 の Samyuktagama (=SA)〕の イ ン ド及
び そ の 周 辺 に お け る 展 開 を 論 じ て み た い。 ま ず, MAに つ い て は, 東 トル キ ス タ ン で 発 見 さ れ た 梵 文 写 本 断 片 の 申 に, 東 トル キ ス タ ン有 部 伝 のMAが 見 出 さ れ る。 例 え ば, 有 部 所 伝 と さ れ て い る Turfan 写 本No. 412所 収 のMAの 数 経 を そ れ ら の パ ー リ伝,『中 含 』伝, 根 本 有 部 伝 と 比 較 す る と, 同 写 本 所 収 経 の 伝 承 の み が 相 違 し, 他 は 共 通 す る 場 合 が よ く見 ら れ る5)。 こ れ ら の 箇 所 は, 東 トル キ ス タ ン有 部 独 自 の 新 伝 承 を 示 す も の と見 て よ い, 次 に, MAの 根 本 有 部 伝 は, UVの 場 合 と 同 様, 有 部 ア ビ ダ ル マ 文 献, 根 本 有 部 律, 喩 伽 行 唯 識 学 派 の 論 書 な ど に 引 用 さ れ た 形 で 相 当 の 分 量 が 回 収 で き る。 さ ら に 蔵 訳 ・漢 訳 文 献 に 引 用 さ れ た も の を 含 め る と, 根 本 有 部 伝 のMAは 大 部 分 復 元 が 可 能 で は な い か と 期 待 さ れ る。 で は, SAに 関 し て は ど う で あ ろ うか。 ま ず, そ の 古 い 伝 承 が 古 訳 の 有 部 ア ビ ダ ル マ 文 献 の 中 に 確 認 で き る。 例 え ば,『尊 婆 須 蜜 菩 薩 所 集 論6) (=婆 須 論)』の 引 用 経 典 中 に はSAの 古 い 伝 承 を 反 映 し た 読 み が 認 め ら れ る。
Pali: evam esa kasi kattha sa hoti amatapphala/
etam kasim kasitva sabbadukkha pamuccati//(SN 7.2.1) 婆 須 論: 如 是 耕 田作 彼 日甘 露果 能 忽 如 是 業 一 切 苦 解 脱 (大 正 28. 806a) 雑 含: 如 是 耕 田者 逮 得 甘 露果 如是 耕 田 者 不還 受諸 有 (大正 2. 27b) 別 雑: 吾 所 耕 如 是 故 得 甘 露 果 超 昇 離 三 界 不 來 入 諸 有 (大 正 2. 466c) 太 字 を 配 し た pada d に 着 目 さ れ た い。 『婆須 論 』に 引 用 され て い るSAは パ ー リ伝 と 一 致 す る 読 み を 示 し て い る。 これ に 対 し て,『雑 含 』と 『別雑 』は, パ ー リ伝 と 異 な つ た 読 み を 伝 え て い る。 こ の 場 合,『婆 須 論 』に 引 用 され て い るSA は, パ ー リ伝 と 一 致 す る 点 か ら, よ り古 い 伝 承 で あ り,『雑 含 』な ど は 改 め ら れ た 伝 承 で あ る と 見 る べ き で あ る。 も つ と も, こ の 偶 に は, 東 トル キ ス タ ン 有 部 の 伝 承 が 現 存 し て い な い た め,『婆 須 論 』に 引 用 され て い るSAが 東 トル キ ス タ ン 有 部 に は 属 し て い な い と は 断 言 で き な い。 そ こ で, こ の 点 を 明 確 に す る た め に 『婆須 論 』に 引 用 さ れ たUvが 上 記 の 三 伝 承 の い ず れ に 属 す る か 検 討 し て み よ う。
Pali: jigaccha parama roga sankhara parama dukha/
etam natva yathabhutam nibbanam Paramam sukham// (Dhp 203) Gandhari Dharmapada: ...kitsa parama roka saghara parazna duha/
-1072-(53) 説 一 切 有 部 系 アー ガ マ の 展 開 (榎 本)
eda natva yadhabhudu nivana paramo suha// (GDhp 163) 東 トル キ ス: ksudha parama rogapam samskara dubkham eva tu/
タ ン 有部 伝 etaj jhatva yathabhutam nirvamparamo bhavet// (Uv 26. 7) 根 本 有 部 伝: hdu byed sdug bshal ma ruh ba/nad kyi nah na bkres mi bzah/
de ltar ji bzin ses na ni/mya han. hdas pa mchog tu hgyur// (Tib. Uv 26. 7) 婆 須 論: 飢 渇 第 一病 行 爲 第 一 苦 如 實知 是 者 浬 藥 第 一 樂 (大 正 28. 807a) 太 字 を 配 し た pada d に着 目 さ れ た い。 『婆須 論 』に 引 用 さ れ たUvは, パ ー リ伝 や Gandhari Dharmapada 伝 と も一 致 す る。 こ れ に 対 し て, 東 トル キ ス タ ン 有 部 伝 や 根 本 有 部 伝 は, そ れ ら と は 異 な っ た 読 み を 伝 え る。 こ の 場 合 は,『婆 須 論 』に 引 用 さ れ て い るUvは 古 い 伝 承 で あ り, 東 トル キ タ ン 有 部 伝 と 根 本 有 部 伝 のUvは 新 し い 読 み を 示 して い る。 こ れ 以 外 に も,『婆 須 論 』所 引 の も の は, 東 トル キ ス タ ン有 部 や 根 本 有 部 所 伝 のUVと は 異 な る 古 いUV伝 承 と 一 致 す る 例 が み ら れ る7)。 従 っ て,『婆 須 論 』が 前 提 と し て い るSAも, 古 い 伝 承 と み て 差 し支 え な か ろ う。 こ の よ う な, SAの 古 伝 承 は, 他 の 古 訳 の 有 部 系 論 書 の 引 用 経 典 中 に も見 出 さ れ る で あ ろ う。 次 に, 東 トル キ ス タ ン で 発 見 さ れ た 梵 文 写 本 の 中 に は, 東 トル キ ス タ ン有 部 伝 のSAが 確 認 さ れ る。 以 前 に 指 摘 し た よ う に8), 例 え ば Turfan 写 本No. 50に は, 当 地 の 有 部 固 有 の 新 し い 伝 承 が 見 出 さ れ る。 以 上, MA, SAい ず れ の 場 合 に お い て も, 古 伝 承, 東 トル キ ス タ ン有 部 に よ る 新 伝 承, 根 本 有 部 に よ る 新 伝 承 と い う, 少 な く と も 二 方 向 の 展 開 を 含 ん だ 三 種 の 伝 承 が 確 認 で き た。 こ の う ち, 現 存 の 『中含 』は 少 な く と も そ の 韻 文 部 に 関 し て ほ ぼMAの 古 伝 承 に,『雑 含 』はSAの 根 本 有 部 伝 に 相 当 す る。 と こ ろ が, 現 存 の 『雑含 』は, 中 国 で 訳 出 後, 大 幅 な 変 化 を被 っ て い る。 周 知 の よ う に, 現 存 の 『雑含 』は 調 巻 が 乱 れ て い る が, つ と に 呂 徴 は 次 の よ うな 重 要 な 事 実 を 論 証 し て い る9)。 『雑含 』は, 訳 出 後, そ の 巻23, 25が 消 失 し, 代 わ っ て 『無憂 王 経 』が そ の 箇 所 に 混 入 し て い る。 と こ ろ が,『喩 伽 論 』の 「摂事 分 」 は, 調 巻 の 乱 れ を き た す 以 前 の 『雑含 』の 内 容 に 沿 つ て 論 述 を 進 め て お り, そ こ か ら, ま た,『雑 含 』の 本 来 の 巻23, 25を 構 成 し て い た 「念住 相 応 」の 一 部 (巻 23, 25) や 「正断 相 応, 神 足 相 応 」,「根 相 応 」の 一 部 (以上 巻25) の 内 容 が 窺 え る。 こ の 呂 徴 の 論 述 に よ っ て 次 の よ う な 問 題 も解 消 す る。 最 近, Waldschmidt 博 士 は.根 本 有 部 律 の 梵 本 に お い て, SA所 収 の 経 と し て 引 用 さ れ る Otalayanasutra10)
-1071-説 一 切 有 部 系 ア ー ガ マ の 展 開 (榎 本) (54)
が 『雑 含 』中 に 見 出 さ れ な い と い う 問 題 点 を 指 摘 さ れ た の で あ る11)。 と こ ろ が,
こ の Otalayanasatra の パ ー リ 対 応 経 は, Samyuttanikaya の Indriyasamyutta に
収 め ら れ て お り, そ し て こ れ に 対 応 す る の が, 先 の, 訳 出 後 一 部 消 失 し た 『雑 含 』の 「根 相 応 」に 他 な ら な い。 し か も, こ の 「根 相 応 」に 対 応 す る 「摂 事 分 」 の 論 述 の 中 に 当 該 の Otalayanasntra の 経 文 が 散 見 さ れ る の で あ る12)。 従 っ て, こ の 経 は,『雑 含 』の 巻25に 収 め ら れ て い た た め, 現 在 は 消 失 し て し ま つ て い る と 考 え る べ き で あ る。 か く て, 現 存 の 『雑 含 』は, 厳 密 に 言 え ば, 根 本 有 部 伝 のSAの 変 形 と 名 付 け る べ き で あ る。 以 上, SAは, そ の 漢 訳 も 含 め る と, 少 な く と も 四 種 の 伝 承 が 成 立 し た こ と が 明 ら か と な る。 す な わ ち, 先 述 の 三 伝 承 の 内 の 根 本 有 部 伝 に 二 種 が あ り, 一 つ は 『喩 伽 論 』な ど に 引 用 さ れ る 本 来 の も の, も う 一 つ は, そ れ の 変 形 で あ る 現 存 の 『雑 含 』で あ る。 *本 稿 で は, 根 本 説 一 切 有 部 も含 め て 説 一 切 有 部 系 と称 す。
1) "Zu den Rezensionen des Udanavargah," WZKSO 14, 1970, p. 47ff.
2) な お, 中 国 の 呂徴 も 同 じ 見 解 を 出 し て い る が, そ の 論 拠 は 必 要 十 分 条 件 た り え て い な い (EB 1, p. 242)。
3) 拙 稿 「Udanavarga 諸 本 と雑 阿 含 経, 別 訳 雑 阿 含 経, 中 阿 含 経 の 部 派 帰 属 」(『印 仏 研 』28-2, 昭 和55年, p. 931ff.)。
4) 伴 呂 昇 空 「漢訳 雑 阿 含 考 」(『印 仏 研 』30-2, 昭 和57年, p. 347ff.)。 5) 紙 幅 の 関 係 で 一 例 に 留 め る と, L. Sander and E. Waldschmidt,
Sanskrithandschri-ften aus den Turfanfunden 4, 1980 Wiesbaden, p. 24, R6が 挙 げ ら れ る。 6) こ の 論 書 の 帰 属 に 関 し て は, 非 有 部 説 も 出 さ れ て い る が, 一 般 に は 有 部 系 の も の と さ れ て い る。 7) 大 正28. 807bc: Uv 33. 25。 8) 拙 稿 「雑阿 含 経1299経 と1329経 を め ぐ っ て 」(『印 仏 研 』30-2, 昭 和57年, p. 957 ff.)。 9)「雑 阿 含 経 刊 定 記 」(『内 学 』1, 1924年, p. 104ff)。 10)『根 本 説 一 切 有 部 毘 奈 耶 薬 事 』, 大 正24. 43c-44aに そ の 経 文 が 引 用 さ れ て い る。 11) "Central Asian Sutra Fragments and their Relation to the Chinese Agamas,"
Die Sprache der altesten buddhistischen Uberlieferung, ed. H. Bechert, Gottingen 1980, p. 136ff.
12) 大 正30, 863b。
(京 都 大 学 助 手)