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南アジア研究 第28号 009書評・松浦 正孝「田辺明生・杉原薫・脇村孝平(編)『現代インド1 多様性社会の挑戦』」

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Academic year: 2021

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(1)南アジア研究第28号( 2016年). 書評. 田辺明生・杉原薫・脇村孝平(編)『現代イ ンド1 多様性社会の挑戦』 東京:東京大学出版会、2015 年、368 頁、5400 円+税、ISBN9784130343015. 松浦正孝 1 はじめに 評者は、インドに行ったこともない全く畑違いの日本研究者である。 何も知らない者がどう読んだかを正直に書きつけることで書評の責め を塞がせて頂くが、無知ゆえに、ないものねだりをし、言いがかりを つけるだけの失礼なものになるのではないだろうか。初めに幾重にもお 詫びしなければならない。 編者の一人田辺は、33 頁の註 3という慎ましやかな場で、「現在必要 なのは頭の中で作り上げた原理を徹底して政治統合や経済成長を実現 しようということではなく、歴史の中で世界の諸地域がつくりあげてき た生存維持のメカニズムから学ぶことではないだろうか」と高らかに述 べている。大いに共感した。まずは、頭でっかちの西洋由来の理論で はなく、実際の地域や歴史に即し、地に足の着いた現地発信のモデル 構築を目指すという志を貫いて「田辺ワールド」を作り上げたことに 大いに敬意を表したい。 これだけ大きな共同研究の5 年目で6 巻にも及ぶシリーズの刊行を成 し遂げるというのは、編者たちによる超人的な努力の賜物であろう。し かも、各巻では、序章で同一巻についての行き届いた紹介を含む展望 を示し、本文中には注記の形で、関連する別の巻・章が丹念に記され ている。巻やシリーズとしての統一性を図る編集の努力が払われている ことは、特記すべき点である。. 2 インドの多様性について 本書のタイトルは「多様性社会の挑戦」である。しかし、序章執筆 者の田辺が使っている「多様性」という言葉と、他の論者が使ってい る「多様性」とは、果たして同じものだろうか。ただ様々な属性によ って違いや差異、格差があるものが集まっていることと、それらが寛. 110.

(2) 書評 田辺明生・杉原薫・脇村孝平 (編) 『現代インド 1 多様性社会の挑戦』. 容に共存し、相互に補完し影響しあい、全体を活性化すると共に新た なものへと脱皮する可能性に満ちていることとは、当然ながら違う。ま た、多様性とは、何にとって、誰にとっての多様性だろうか。おそら く、本書のタイトルの「多様性」の主語は「現代インド」であろう。し かし、インドという国家の括りから見た多様性は、州、民族、宗教、言 語、共同体、家族それぞれに帰属する人たちにとっても、多様性とし て認識されているのだろうか。 例えば、第 1章(佐藤・杉原)では、インドが熱帯において例外的 に人口稠密を維持した事実を指摘した上で、人口は農業・医療の発達、 環境によって大きな影響を受けることを確認し、さらに環境の制約に 適応できた結果人口増大が可能になり、宗教と言語という文化の多様 性を支えることができた結果として、生存基盤的発展図式が成立した と述べている。しかし、インドに環境の多様性があるということと、文 化の多様性があるということとの間には、またそれらと生存基盤の確 保との間には、若干の数量的な相関関係があること以上に、どのよう な関係があるのだろうか。率直に言って、評者にはこの章の論理的関 係が十分には理解できなかった。このわかりづらさは、序章 7 頁で示さ れた生存基盤論的発展図式の説明図に対する評者の違和感ともつなが っている。エネルギー問題という、疫病(感染症)問題と共に生存基 盤確保に極めて重要な問題を扱った第 3 章(神田)は、結論部分にお いて、高い燃料費と低賃金の結果、燃料を労働で代替する方向に向か ったことが地域性を持続させたとやや苦しげに結論づけているが、この 問題がどのように多様性を確保することになるのかも、評者にはよくわ からなかった。 序章(田辺)を読み始めた時まず、インドについての常識を転換し た斬新な解釈に驚いた。本書のキーワードの一つ「人口稠密」がカー ストを形成し、多文化による共存の可能性を築いたという解釈には、初 め面白さに感心し、そして改めて本当だろうかと考えた。田辺は、す でに2010 年に単著『カーストと平等性』、さらに2012 年に共編著『歴 史のなかの熱帯生存圏』の「多様性のなかの平等」で職分権体制論や カースト論を世に問うており、カースト再解釈に対する批判を十分に 承知しての再論であろう。田辺は第12 章でさらに丁寧に、親族制度の 差異と多様性及びその承認、多一論という哲学、多中心の諸ネットワ. 111.

(3) 南アジア研究第28号( 2016年). ークなどからもインド文明を周到に説明することで、政治文化論的な 「インド人論」への批判を回避している。しかし、多様性を軸とするイ ンド社会の構造を多面的に予定調和的かつ美しく説明しているのを読 むと、やはり疑問も湧く。本書を読む間ずっと、感嘆と疑問との間を 揺れ続けた。 差別と不平等と対立か、成長と開放性と多様性か。分析者が初めに インド像をどう設定し、どちらの側面を強調するかによって、どちら にも書けるのではないかという気がした。序章で「開放性、多様性、階 層性、多中心性という地域的特徴の上に立ちつつ、多元的集団の参加. と分有を推進しつつある現代インド」(28 -29 頁)というテーゼが設定. されているわけだが、各論者の「多様性」という言葉の使い方やその 意味合いは、当然ながらそれぞれに多様である。それらが同一化を強 制されずに一巻として統合されているのを見ると、これが「現代イン ド」なのかという感もないわけではない。第 10 章(藤田)で紹介され ているインドの階層間格差は、農村村落、都市、企業、工場等各単位 では中国よりはるかに大きく、構造改革は将来にわたっても非常に困 難とされる。一方で地域格差は中国より小さいが拡大傾向にあると指 摘されており、最底辺層に代表される格差問題の多様性は極めて深刻 と言わざるを得ない。 インドが多様性への対応に成功しているのかどうかについても、各 論者のトーンは同じではない。例えば第 4 章(粟屋)と第 8 章(長崎) を読むと、カースト問題や格差問題の深刻さを改めて感じる。後者で 紹介されているアンベードカルの事例は、不可触民カースト出身の14 人兄弟の末子でありながら留学して博士号を取得しインドの法務大臣 になったこと、ヒンドゥー教から仏教に改宗することで社会改革を実 現したことから、差別の構造を乗り越える術があることを示している が、他方でガーンディーとのサティヤーグラハをめぐる対立の深さも印 象的である。第 9 章(外川)は、ベンガルの聖者廟における宥和例を 紹介しているが、これは民衆の寛容性の伝統とは対局にある宗教対立 の例外として読むべきであろう。 第 11章(中溝・石坂)が議会制民主主義を補完するものとして分析 した社会運動は、社会を統合するだけでなく、むしろ遠心化させるこ とが多いことも知られている。議会政治と異なる経路が民主主義に必. 112.

(4) 書評 田辺明生・杉原薫・脇村孝平 (編) 『現代インド 1 多様性社会の挑戦』. 要であることは論を待たないし、インドで社会運動がその役割を果た した事例の存在は本論文で証明されている。しかしそもそも、インド で社会運動が代議制を補完するのに成功したのか否か、成功したとす るならどのような条件があったからなのかをきちんと論じなければ、本 書のテーゼは証明されないだろう。多様性ないしその可能性があったか 否かではなく、インドにどうしてそれがより重要な意味を持つものとし て存在したかを論じなければならないはずである。 以上のような疑問を解くためには、例えば、対立よりも宥和が、通 時的に増加し広がっていることを数量的指標によって客観的に示すこ とができれば、より説得力あるものになったと思われる。第10 章が唯 一行っているような、他の社会との比較の視座を積極的に取り入れる ことも有効であろう。また、多様性が実現している場面とうまくいか ない場面とを分けて、そこにはどのような背景や条件があるのかを問う ことも必要であろう。その条件とは、例えば、海域や植民地時代の統 治形態、言語・宗教の構成など地域性なのか、あるいは政治家・宗教 家などの個人的リーダーシップなのだろうか。是非詳しく知りたいとこ ろである。. 3 人口稠密と分節性について 本書では、 「人口稠密」も大事な論点になっている。これまで過剰人 口は国家の発展にとって解決しなければならない問題と考えられるこ とが多かったが、近年は、人口ボーナスという言葉にも見られるよう に、多くの人口を維持していること自体が評価されるようになった。そ のため、長期にわたり過酷な湿潤熱帯においても人口稠密を維持し続 けてきたインドが、経済発展を続ける大国として注目されている。本 書では、先に紹介した田辺理論だけでなく、生産効率性の向上よりも 食料・住居・衛生など人間の生存基盤の維持・拡充こそが重要だとい う杉原の生存基盤論や脇村の感染症研究の蓄積に基づく「南アジア型 発展経路」論が、もう一つの基軸となっている。 第 2 章(脇村)は、紀元前一千年紀半ばに、人類生存に過酷な湿潤 熱帯ガンガー中流域で人口稠密な都市が成立したことを、インドにお ける長期的発展経路の原型と見て、乾燥地域と湿潤地域との間で繰り 返された開墾・定住過程の長期にわたる歴史の壮大な仮説を描く。第. 113.

(5) 南アジア研究第28号( 2016年). 7 章(杉原)は、インドが近代以前からの経済社会を継続・発展させ て国内的・内発的発展をしていることの例として、1910 年段階で世界 第 4 位だったインドの鉄道が、例外的に人口希薄で広大な開拓地域でも 工業国でもなく、膨大な人口がすでに旧来ルートでつながっていた地域 に敷かれたことを指摘する。第 5 章(太田)も、経済社会や商人にお ける前近代以来の継続性を解明している。しかし、植民地前後の断絶・ 連続を論ずるだけではもったいない。多様性や人口稠密、人の流れの 観点から、近代・植民地制度という経糸と伝統という緯糸がどのよう に絡み合っているのか、植民地期の変性を強調する第 6 章(大石)の ようにミクロに解きほぐす章がもっとあっても良かったように思う。第 6 章を第 5 章と併せて読むと、インド商人が近代以前からの特性を生か し、植民地化による制度(プランテーション・植民都市・居留地など インフラや経済制度・法制度)を利用しつつ、しかも制度が意図して いない形での変幻自在の変態(大石は「逸脱」と呼ぶ)を遂げていっ たことがわかる。 人口問題は政治経済システムを大きく規定する。産業革命や勤勉革 命はその例であるし、移民はマフィアやマシーン政治を作った。近代 日本においては、不況期には農村が都市から過剰人口を吸収した。宮 崎学は近代ヤクザの発生を、近代化が進む過程の余剰人口と海運・水 運・陸運などの労働需要変動に対応するために生じたプールという観 点から説明している。戦後の引き揚げによる過剰人口に対しては、土 建業を始めとする労働集約型の産業が発生し、公共事業などによって 余剰人員を吸収し、田中角栄のような地方への利益誘導型政治家が力 を持つ時代が生まれた。インドについて、序章ではカーストの成立も 乾期と雨期に対応した分節的な職分制の成立として説明しているが、 人口の拡大・収縮により、その後さらにカーストを含む政治システム が変化することはないのだろうか。 田辺テーゼにおいては、分節性がインドを説明する重要なキーワード になっている。第 12 章(田辺)では、インドの特徴である混淆は、融 解ではなく、それぞれが分節を保ちながら分業と分配の秩序の下に統 合されるという(338 頁)。分節化された各単位は、内部に多くの人口 を蓄える余裕を持ち、他の単位との間の不用意な浸透を避けることで 衝撃を緩和すると考えられているようである。そして、こうした分節. 114.

(6) 書評 田辺明生・杉原薫・脇村孝平 (編) 『現代インド 1 多様性社会の挑戦』. のままでの保存がなされる条件として重視されるのが、「存在の平等」 の思想であると言う(339 頁)。中国、朝鮮、日本など東アジアにおけ る氏族と比べて、インドのカーストは特に固い分節を保ち続けている のだろうか。もしそうなら、それは何故だろう。固い分節は、内部に おける抑圧を維持するための砦とはなっていないのだろうか。さらに知 りたいことが次々と出てくる。 分節を構成する言語、宗教、人種など、これまで対立の原因とされ てきた要因が、それぞれの集団を包む膜のように内部を保護し、外部 集団との共存や対話を可能にしてきたという解釈は面白いと思う。そ れをさらに民主主義モデルに(西洋型の二項対立ではなく)結び付け た点は、西洋モデルから封建的・抑圧的とされてきた日本のムラ社会 を、相互尊重や熟議などの側面から評価するイエ型・ムラ型社会論を 想起させる。第 4 章(粟屋)も取り上げているジェンダーと家族制度・ 社会構造との関係が一筋縄ではいかない点は、非西洋社会に共通して いる。やや趣は異なるが、「工場の中の神霊」を扱った補論 3(石井) も、伝統社会と近代資本主義との関係を扱って興味深い。今なおこう したものが生きているのが、インドらしいと言えるのだろうか。. 4 他の政治経済システムに対する批判としての意義 本書はインド分析としても有効なのだろうが、むしろ、行き詰まっ ている他の世界に対する処方箋としての価値が高いように思われた。 それは、労働生産性向上を指向する「西洋型発展経路」、土地生産性 を指向する「東亜型発展経路」に対し、環境リスクに対応しながら多 様な社会集団による「分節的な参加と分有」を根幹とする多元的社会 秩序の再生産を指向する「インド型発展経路」というモデルを提示し た点においてである。インド型社会は、多様性はありながら分散と遠 心力により戦争に向かった南米インディオ社会とも違い、多様な集団 が競争し同時に補完しあう関係を持つ社会だという。 「インド型発展経路」モデルは、これまで理想的モデルとして提示さ れてきた政治システムの諸要素を併せ持つように思われる。 例えば、 1989 年から継続する連立政権と州政治への財政権移管による地方分権. は、 EU について言われた重層的な補完性原理や、柱状型ポリアーキー を実現した多極共存型デモクラシーを想起させる。しかし、かつては. 115.

(7) 南アジア研究第28号( 2016年). 言語対立を調整する多極共存型デモクラシーの代表とされたものの、 言語ナショナリズムの対立に苦しんでいるベルギーや、統合不全あるい は解体の危機に喘ぐEUを引き合いに出すまでもなく、かつて理想的と されたモデルは行き詰まっている。序章を読むと、インドは、それら の良い所だけを持ち合わせているようにも見える。 またインドは、開発独裁とは違い、高い経済成長を実現しつつも国 家権力による強圧から自由な「調整国家」による開発民主主義として 描かれる。外資や輸出に頼り経済成長の失速を招いた中国に対しては、 インドは内需中心の内発的発展に基づいており、今後も安定した成長 が見込まれるとされる。さらにインド・モデルは、東南アジアをモデ ルとして論ずる「生産性の政治」対「再分配の政治」パラダイムに対 する批判ともなっている(22 頁)。 本書の提示するインドの調和は、具体的にどのような形で制度的・ 機構的に実現されているのだろうか。第 12 章(田辺)の言う、人々に 新たなライフチャンスを与えるモビリティを支える「従来のカースト、 宗教、階層、ジェンダーのネットワーク」(355 頁)とは、実際にどう 機能し、グローカルなネットワークとどうつながっているのだろうか。 残念ながら、本書の中には、詳しい分析はないようである。 なお、評者が最も興味を持ったのは、こうしたインドの成り立ちと、 第 12 章(田辺)でも少し触れられている国際政治ないし外交との関連 である。補論 4(藤倉)の紹介した言語州を始めとする連邦制の運用は、 大変示唆的である。単一文化への同化政策をとらず民族主義イデオロ ギーをとらないとされる共存モデルは、「決められない外交」(必ずし もそれが悪いこととは限らないが)に陥ることなく、近年の世界にお けるナショナリズムの衝突から自由たり得るのだろうか。しかし、政治 や外交については第 3 巻の扱うところであるので、ここではこれ以上は 触れない。. 5 「大きな歴史」としての面白さ 本書には、様々な切り口が豊かに盛り込まれている。例えば、 「移動 する人々、越境する人々」という切り口からは、補論 1(水谷)の紹 介するユーレィジアン、補論 2(野村)の扱うインド企業、第 6 章(大 石)の分析するインド海域で活躍するインド商人が扱われる。それぞ. 116.

(8) 書評 田辺明生・杉原薫・脇村孝平 (編) 『現代インド 1 多様性社会の挑戦』. れの事例の示唆するオセアニア、アフリカ、東南アジア、東アジアに 広がるインド・ネットワークは、シリコンバレーやグローバルなIT産 業のトップの多くがインド人によって占められるようになりつつある 現在、現代インド論をどう再構成すべきかという問題をも提起してい る。そもそも、「現代インド」の「インド」とは、何なのか。その領 域は、どこからどこまでなのか。先に触れた移民など、海外に出たイ ンド出身者はどうなのか。紀元前以前から連続する「インド」とは、何 なのだろうか。ありきたりの問いだが、重要な問題である。インド人 ネットワーク・企業と、華僑や日本移民など、他のネットワークの比 較や提携・対立・棲み分けなどの相互関係にも、関心を大いにそそら れる。 なお、第 10 章(藤田)が、「中国研究者は時代で分かれるのに対し、 インド研究者は地域で分かれる」(280 頁)と指摘しているのは、大変 興味深い。但し「中国研究者」でも、例えば「満洲」やモンゴル、新 疆、台湾、香港の研究者は地域で分かれるようにも思われ、インドや 中国をどう考えるかという問題とも絡んでいることは指摘しておきた い。もしかすると、インドにおける時間や空間の認識は、他の地域や 国家におけるそれとは異質なのだろうか。また、個人的には、現代イ ンドにおける歴史観の変容を扱う章があっても良かったのではないか と考えた。 グローバル・ヒストリーからの切り口については、本書では、第 2 章 (脇村)、第 5 章(太田)、第 6 章(大石)、第 7 章(杉原)、第 12 章(田 辺)などが、その成果を縦横に披露している。特に第 7 章はアジア間 貿易論で一世を風靡した手法をインドに適用しており、その有効性を 改めて感じさせられた。 但し、本巻は、近年流行のグローバル・ヒストリーのみではなく、編 者となっている田辺・杉原・脇村の3 氏らが関わっていたアジア・アフ リカ地域に関する京都大学グローバルCOEプログラム「生存基盤持続. 型の発展を目指す地域研究拠点」(2007 -12 年)の成果の延長上にもあ. る。それは、デビッド・クリスチャンのビッグ・ヒストリーや中村桂子. の生命誌をも消化し、宗教的・哲学的な奥行きを持つ地球圏・生命圏・ 人間圏という世界観・宇宙観に立っている。多様性を尊重する持続型 生存基盤パラダイムは、歴史研究のみならず、法学・政治学・経済学・. 117.

(9) 南アジア研究第28号( 2016年). 社会学や歴史学を始めとする多くの人文社会科学研究に裨益するもの と考えられる。本書の最大の魅力は、インド研究者が集まって現代イ ンド論についてのシリーズを出したということではなく、「大きな歴 史」としての面白さを持つこと、あるいは「大きな歴史」とつながる 奥行きを持っていることであろう。 特に、乾燥地帯と湿潤地帯との狭間に位置するインドの地理から、食 糧・感染症を中心に文明論的に論じる第 2 章(脇村)のスケールの大 きさと歴史再解釈の面白さには目を見張らせられたし、脇村の成果を 大いに取り入れつつ古今東西の諸文明を論じる第 12 章(田辺)には、梅 棹忠夫と中根千枝との止揚を彷彿とさせる新たな文明論の誕生を感じ、 興奮した。しかし、それと同時に、和辻哲郎の『風土』を思い浮かべ たのも事実である。地形・地理、気候条件、民族、宗教などからの経 路依存を重視し、開放性を持つ多様性社会として現代インドを描き出 すというアプローチは、日本に関する「単一民族神話」について小熊 英二が指摘したように、政治的必要性によって、予め措定されたパタ ンの民族論が、都合良く引き出されたり引っ込められたりするというこ とにはならないだろうか。そのことは、スケールの大きな歴史を論じる ことの裏返しでもあるように思われる。歴史の尺度・スパンが広がる と、現代的・世俗的なヒューマニズム・リベラリズムに基づく社会科 学・人文科学の世界には、あるいは現実社会に生きる様々な人々の論 理には、受け入れられにくいこともあると思う。 とは言え、文明論が必ずしも悪いというわけではない。本書は、地 域や共同体に特有とされる特質を、環境、社会構造などによる長期的 な継続性と、災害・流行病などの一時的要因、リーダーシップやイノ ベーション、制度導入などの政治経済的な作為などとの関係から分析 しようというプロジェクトの偉大なる第一歩である。壮大な宇宙観か ら下界の衆生へと梯子を下ろす作業には、まだまだこれから数多の仕 掛けが試みられていくのだろう。. 6 終わりに 最後に、「多様性」故に、明るく前向きな生成発展が将来期待され ているインドを分析した本書を読みながら、評者は気が付くと日本の ことを考えていた。国連の発表によれば、インドはここ数年のうちに. 118.

(10) 書評 田辺明生・杉原薫・脇村孝平 (編) 『現代インド 1 多様性社会の挑戦』. 中国を抜いて世界最大の人口を抱えることになるという。本書は、経 済、技術、教育で活気にあふれ、今後のさらなる発展が期待されてい るインドの明るい側面に光を当てている。翻って日本においては、人口 減少と少子高齢化が現実の問題となっているのみならず、地方自治体 や集落の消滅、政治・社会における多様性への抑圧、同調圧力の強化 などが、日々報じられている。本書を読み進める中で浮き上がってきた のは、本書の提示したインド像とことごとく反対の道を辿っている日 本の現状であった。 本書は、南アジア研究者のみならず、比較政治を始めとする政治学、 経済学、社会学などに関心のある人に、是非とも読んで頂きたい。対 象地域・テーマを異にする人でも、否、異にする人ほど、得られるも のは多いに違いない。 まつうら まさたか ●立教大学. 119.

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