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解 説 解 説 正 解 を 得 るために 必 要 な 知 識 の 難 易 度 が 絶 対 暗 記 レベルなら 初 級 G MARCH( 学 習 院 明 治 青 学 立 教 中 央 法 政 )で 差 がつくレベルなら 中 級 早 慶 上 智 で 差 がつくレベ ルなら 上 級 受 験 生 が 明 確

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(1)

― 早稲田大学 ―

2 月 18 日 人間科学部 世界史

設問X:A・d B・a C・d D・b E・d

設問Y:①b ②d ③b ④c ⑤c

設問X:

(1)b (2)e (3)d (4)e (5)d

設問Y:①(エ) ②(イ) ③(ウ) ④(イ) ⑤(エ)

設問X:A・c B・c C・b

設問Y:①a ②c ③b ④c ⑤d ⑥a

設問X:

(ア)b (イ)d (ウ)d (エ)c (オ)a

設問Y:①a ②c ③a ④d ⑤c

設問X:A・b B・c C・b D・d E・a

設問Y:①a ②d ③b ④d ⑤d

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増田塾は早慶上智・GMARCH・関関同立などをはじめとした難関大学の解答解説を随時公開していきます。

解 答

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(2)

【解説】

正解を得るために必要な知識の難易度が絶対暗記レベルなら初級、G・MARCH(学習

院、明治、青学、立教、中央、法政)で差がつくレベルなら中級、早慶上智で差がつくレベ

ルなら上級、受験生が明確な解答根拠を持って正解を導くのが困難なレベルなら難問と表

示しました。なお、解説で掲載されているまとめは全て、著者(増田塾・世界史・鈴木靖則)

が作成し、授業で使っているオリジナルテキストの抜粋です。太字は基礎・標準、☆はハイ

レベル、★は合否に関係のないマニアックな知識、下線部は正誤判定問題の選択肢によく登

場する一文という意味です。また、解答の根拠となった情報を

赤字

で示しました。

Ⅰ【古代オリエント史】

設問X:

A・中級「アムル人がバビロン第1王朝(古バビロニア王国)を興し,第6代のハンムラビ王

時代に最盛期を迎える。彼はシュメールの( A )などを継承したとされるハンムラビ法典

を制定」とありますが、以下の通り、dの「ウルナンム法典」が入ります。

BC3000 頃~ 最古の都市文明を 築いた シュメール人 (民族系統不明) atメソポタミア南部 ① 約 20 の都市国家(それぞれ固有の守護神を持つ。☆インダス文明と交易?) =ex.ウル(英ウーリーが発掘した王墓から殉死者や黄金製の武具、宝石。日干し 煉瓦レ ン ガで囲まれた聖域の中にジッグラトが存在、塔上に守護神の月の神をまつる神 殿)、ウルク(現☆ワルカ、ドイツ隊が発掘、最古の円筒印章や文字が発見 12 青学法)、ラガシュ(現テルロ、フランス隊が発掘))、ウンマ、ニップル、キシ ュ etc ② ギルガメシュ叙事詩=ウルク王ギルガメシュが主人公、親友はエンキドゥ → 旧約聖書のノアの洪水伝説に影響(06 愛知淑徳、09 関学、09 中央文、10 明治情) ③ 最古の楔形文字 on 粘 土 板クレイ・タブレット、印章(契約、私有の観念)④神権政治 ④ ジッグラト(聖塔)建設 → 旧約聖書のバベルの塔伝説に影響? アッカド人 ① BC24Cアッカド王国を建国、メソポタミア統一 by サルゴン(1世)(四界の王) ② 最盛期=★ナラム・シン王 シュメール人 BC2114~BC2004 復活し、☆ウル第3王朝を建国 by ウルナンム王 → ☆ウルナンム法典(世界最古の成文法、ハンムラビ法典×)★滅亡 by エラム人 BC1900~ アムル人 (アモリ人) BC1894~BC1595バビロン第1王朝(古バビロニア王国)を建国 ① 都=ユーフラテス河畔のバビロン(守護神=☆マルドゥク神) ② 第6代ハンムラビ王(BC18C頃)=全メソポタミア統一、運河・治水事業、官僚機構 整備 ハンムラビ法典発布(強者が弱者を虐げないように制定) ・特徴=同害復讐法の原則(身分差規定あり、刑法だけでなく民法・商法も)

解 説

解答根拠を 赤字で明示

(3)

・特徴を表す言葉=“目には目を、歯には歯を” ※問われ方で答えを変える! ・スサで発見、現ルーヴル美術館所蔵、楔形文字で書かれている、全 282 条 ★ウルナンムとリピト・イシュタル法典の影響、★アッシリア、ヒッタイト、ヘブライ法へ影響 ③ 滅亡 by ヒッタイト

B・中級「( B )を首都とする強力な国家を建設していたヒッタイト人」とあるので、以下

の通り、aの「ハットゥシャ」です。

ヒッタイト(人) at 小アジア (アナトリア) ※鉄器独占 ① 古バビロニア王国を征服 ※↓最古の国際条約を締結 ② ☆カデシュの戦い at シリア=★ムワタリ王vs△△新王国(ラメス2世) ③ 滅亡 by 海の民(BC12C)← この年号で差がつく ④ 都=☆ハットゥシャ(現ボアズキョイ)→ ★独ヴィンクラーが発掘

C・初級「前12世紀,ヒッタイト王国もまた,( C )の侵入や内紛などで衰退」とあるので、

上記の通り、dの「海の民」です。

D・

初級「メソポタミアは~旧約聖書~にも影響を与えたとされる( D )などを生んでもい

る。

」とあるので、以下の通り、bの「ギルガメシュ叙事詩」です。

BC3000 頃~ 最古の都市文明を 築いた シュメール人 (民族系統不明) atメソポタミア南部 ⑤ 約 20 の都市国家(それぞれ固有の守護神を持つ。☆インダス文明と交易?) =ex.ウル(英ウーリーが発掘した王墓から殉死者や黄金製の武具、宝石。日干し 煉瓦レ ン ガで囲まれた聖域の中にジッグラトが存在、塔上に守護神の月の神をまつる神 殿)、ウルク(現☆ワルカ、ドイツ隊が発掘、最古の円筒印章や文字が発見 12 青学法)、ラガシュ(現テルロ、フランス隊が発掘))、ウンマ、ニップル、キシ ュ etc ⑥ ギルガメシュ叙事詩=ウルク王ギルガメシュが主人公、親友はエンキドゥ → 旧約聖書のノアの洪水伝説に影響(06 愛知淑徳、09 関学、09 中央文、10 明治情) ⑦ 最古の楔形文字 on 粘 土 板クレイ・タブレット、印章(契約、私有の観念)④神権政治 ⑧ ジッグラト(聖塔)建設 → 旧約聖書のバベルの塔伝説に影響?

E・初級「メソポタミア~塔建築の原型とされる階段状神殿の( E )」とあるので、上記の

通り、dの「ジッグラト」が適切です。なお、ジッグラトを原型としてバベルの塔伝説が

成立するので、aの「バベル」はダメです。

設問Y:

①初級「メソポタミアの原義」とあるので、以下の通り、bの「川と川の間の地域」です。

①メソポタミアat ティグリス川&ユーフラテス川流域(両者が合流し、★シャトルアラブ川になる) =“川のあいだの土地”、現イラク → 北部はアッシリア、南部はバビロニア ※小アジアのアナトリア高原東部が源 早稲田(教) ②エジプト:ナイル川の定期的な氾濫によって形成された肥沃な土壌の上に、古代エジプト文明が繁栄し たことを表現した名言=“エジプトはナイルのたまもの”byヘロドトス(ギリシアの歴史家)の「歴史 (ペルシア戦争史)」

②初級「アッカド人およびその王国」について正しいものを選ぶ問題ですが、以下の通り、

dの「アッカド王国崩壊後,シュメール人によるウル第3王朝が建設された。

」が正文です。

(4)

アッカド人 ① BC24Cアッカド王国を建国、メソポタミア統一 by サルゴン(1世)(四界の王) ② 最盛期=★ナラム・シン王 シュメール人 BC2114~BC2004復活し、☆ウル第3王朝を建国by ウルナンム王 → ☆ウルナンム法典(世界最古の成文法、ハンムラビ法典×)★滅亡 by エラム人

なお、aの「メソポタミア北部に興ったハム語系の農耕民で,彼らの言語であるアッカ

ド語はオリエント世界の共通語となった。

」は誤文です。以下の通り、オリエント世界の

共通語となったのは、アッカド語ではなく、アラム語です。

アラム人 at シリア ① 陸上(内陸)貿易:拠点=シリア地方のダマスクス → ラクダを利用 ② アラム語=当時の国際商業語に → 後のイエス・キリストも話した? 06 成蹊(経済)、07 南山(人文)、10 日本女子(人間社会)、13 佛教、13 法政(経済、 社会、スポ)、10 早稲田(国際教養) ③ フェニキア文字の影響を受けたアラム文字 on 粘土板 → 商用の文字に。 → ソグディアナ地方のソグド文字、モンゴル高原の突厥文字に伝播 ※↑アム川とシル川の間の地域、イラン系内陸商業民族ソグド人(粟得、胡人)居住

また、bの「

「四界の王」を称したサルゴン1世が前21世紀に築いたアッカド王国は,以

後3世紀にわたって栄えた。

」も誤文です。以下の通り、

「前21世紀」ではなく、前24世紀

です。

アッカド人 ① BC24Cアッカド王国を建国、メソポタミア統一by サルゴン(1世)(四界の王) ② 最盛期=★ナラム・シン王

さらに、cの「選民思想と多神教に基づくアッカド王国は,ノモスと呼ばれる行政単位

から構成されていた。

」も誤文です。

「選民思想」は、アッカド人ではなく、ヘブライ人(ユ

ダヤ人)の思想ですね。また、

「ノモス」は、以下の通り、アッカド人ではなく、エジプ

ト人の行政単位です。

エジプトの王朝 ファラオ(大きな家) 業績 BC3100~BC2686 ☆第1王朝 (都☆メンフィス) ☆メネス王 (ナルメル王) ① BC3150 上エジプト(ナイル川上流)に 22、下エジプ ト(ナイル川下流)に 20、独自の守護神と標章を持つ計 42 のノモス(都市国家)を統一し、第1王朝を建国 ② ★メネス王自身は上エジプト出身、メンフィスを建設

③上級「ミタンニ王国」について正しいものを選ぶ問題ですが、aの「前2千年紀前半にユ

ーフラテス川下流域を支配下に置いた国家で,エジプトや小アジアなどと広域的な交易を

行った。

」は誤文です。以下の通り、ミタンニ王国は北メソポタミア(ユーフラテス川上

流)に存在したので、

「ユーフラテス川下流域」が誤りです。

ミタンニ(人) at 北メソポタミア ① 前2千年紀後半(しかし、教科書ではBC16Cとある)ミタンニ王国を建国 ② 都=★ワシュガンニ ③ 住民の大多数はミタンニ人ではなく、フルリ人(馬を調教する技術で有名) ④ 滅亡 by アッシリア

なお、山川出版社の用語集には「前2千年紀後半」とあるので、「前2千年紀前半」も

誤りと考えられなくもありません(しかし、新課程の山川出版社の教科書 p.19 では「前

(5)

16 世紀」、つまり、前2千年紀前半になっており、用語集と教科書で矛盾しています)。

(・_・?)…ん?

前○○千年紀って? 前4千年紀=前 4000 年から前 3001 年までの 1000 年間 前3千年紀=前 3000 年から前 2001 年までの 1000 年間 前2千年紀=前 2000 年から前 1001 年までの 1000 年間 前1千年紀=前 1000 年から前 1 年までの 1000 年間

次に、cの「強力な神権政治を確立し,マルドゥク神を国家の守護神として信仰した。

も誤文です。以下の通り、

「マルドゥク神」は、

「ミタンニ王国」ではなく、バビロン第1

王朝の都バビロンの守護神です。

BC1900~ アムル(アモリ)人 BC1894~BC1595バビロン第1王朝(古バビロニア王国)を建国 ① 都=ユーフラテス河畔のバビロン(守護神=☆マルドゥク神) ② 第6代ハンムラビ王(BC18C頃)=全メソポタミア統一、運河・治水事業、官僚機構 整備 ハンムラビ法典発布(強者が弱者を虐げないように制定) ・特徴=同害復讐法の原則(身分差規定あり、刑法だけでなく民法・商法も) ・特徴を表す言葉=“目には目を、歯には歯を” ※問われ方で答えを変える! ・スサで発見、現ルーヴル美術館所蔵、楔形文字で書かれている、全 282 条 ★ウルナンムとリピト・イシュタル法典の影響、★アッシリア、ヒッタイト、ヘブライ法へ影響 ③ 滅亡 by ヒッタイト

さらに、dの「前15世紀頃に最盛期を迎えたこの(ミタンニ)王国は,前11世紀にヒッ

タイトに敗れたのち,最終的にエジプトに併合された。

」も誤文です。以下の通り、最終

的に「エジプト」ではなく、アッシリアに併合されます。

ミタンニ(人) at 北メソポタミア ① 前2千年紀後半(しかし、教科書ではBC16Cとある)ミタンニ王国を建国 ② 都=★ワシュガンニ ③ 住民の大多数はミタンニ人ではなく、フルリ人(馬を調教する技術で有名) ④ 滅亡 by アッシリア

よって、残ったbの「前16世紀に成立したこの(ミタンニ)王国の住民は,大部分が先

住民族のフルリ人だった。彼らは冶金術に長け,馬の調教技術も有していた。

」が正文だ

と分かります。

「冶金術に長け」の部分は受験生には判断不能だと思いますが、他の選択

肢が確実に誤文なので、正解を導くことが出来ます。

④初級「カデシュの戦い」について正しいものを選ぶ問題ですが、aの「エジプト中王国の

王ラメス(ラムセス)2世と~」は誤文です。以下の通り、

「中王国」ではなく、新王国

ですね。

また、bの「この戦いに勝利したエジプトは,以後,メソポタミアにまで支配地を拡大

した。

」も誤文です。以下の通り、

「勝利」したわけでもなく、メソポタミアを手に入れた

わけでもありません。

次に、cの「この戦いは勝敗の決着がつかぬまま膠着状態に入ったため,両者は記録に

(6)

残る最古の講和条約を結んで休戦した。

」が、以下の通り、正文です。

エジプト新王国 第 19 王朝.ラメス2世 (ラメセス2世) BC13C(BC1279~B C1213) ① vs モーセ=ヘブライ人指導者、約束の地☆カナーン(パレスチナ)目指し、 出エジプトを指導、☆シナイ山で唯一神ヤハウェからユダヤ教の立法の中 核となる十戒じっかいを授かる ② vs△△ヒッタイトの★ムワタリ王 at シリア地方の☆カデシュ → 最古の国際 条約を締結 ※↓金・銅の産地 ③ ☆アブシンベル神殿、シリア、ヌビア(現スーダン)遠征

なお、d の「シャンポリオンによって解読されたロゼッタストーンは,この戦いの様子

を記したものである。

」も誤文です。以下の通り、

「ロゼッタストーン」は、カデシュの戦

いの様子を記したものではなく、プトレマイオス朝のプトレマイオス5世の勅令を刻んだ

ものです。

(・_・?)…ん?

解読者 ① 神聖文字(ヒエログリフ) =1822 仏シャンポリオン byロゼッタ・ストーン=上から神聖文字、民用文字、ギリシア文字でプトレマイオス朝エジプトの プトレマイオス5世の勅令記載 → 1798 ナポレオンのエジプト遠征で 1799 発見 at ロゼッタ → ☆大英博物館が所蔵 ② 楔形文字 =19C独グローテフェント by☆ペルセポリス碑文 =19C英ローリンソン by ベヒストゥーン碑文 → ダレイオス1世即位後の反乱に対する戦勝記念碑 ※↑イラン(ペルシア)のペルセポリス北方の都市

⑤初級「新約聖書とギリシア神話」について誤ったものを選ぶ問題ですが、cの「ギリシア

神話はオリンポスの12神を中心とする古来の伝承を,主にホメロスとピンダロスが体系化

したものである。

」が誤文です。以下の通り、

「ピンダロス」ではなく、ヘシオドスです。

叙事詩 (BC8 C、ポリ ス・植民市 の建設期) ホメロス (ホーマー) ※実在を疑問視 する説もある ① トロイア戦争での英雄の活躍を描いた「イリアス」 ※ギリシアの英雄アキレウスやトロイア王子ヘクトールの活躍を描く ② トロイア戦争から帰国後までを描く「オデュッセイア」 ※知将オデュッセウスのトロイア攻略後の冒険と帰国後の妻との再会 を描く ③ 独シュリーマンが愛読 → 彼の著作は「古代への情熱」 ④ ☆ボッカチオがホメロスの作品をラテン語訳 ヘシオドス (BC700 頃) ① ☆ボイオティア出身 ② 農民の苦しさ、勤労の尊さを説いた「労働と日々(仕事と日々、労 働と暦日)」 ③ オリンポス 12 神の系譜を描いた「神統記(テオゴニア)」 叙情詩 サッフォー (BC612 頃~) ① 女性詩人、レスボス島出身 ② 学園を作り、若い女性に詩や舞踏を教育

(7)

アナクレオン (BC570 頃~) 酒、恋愛が題材 ピンダロス (BC518~BC 438) オリンピア競技などの勝利者を讃えた「競技祝勝歌」 ★シモニデス テルモピュレーの戦いでの戦死者を悼む詩

(8)

Ⅱ【現代史、戦後史】

設問X:

(1)初級「日本は1932年1月に( 1 )で軍事行動をおこし」とあるので、以下の通り、b

の「上海」が適切です。

日本

昭和(1926~1989) 1931★9月 18 日(11 立教全)柳条湖事件 =奉天郊外の柳条湖で、関東軍は南満州鉄道を自ら爆破し、張学良の仕業として軍事行動を起こし、1931 ~33 満州事変を開始した事件 1932.1~5月上海事変=日本人僧殴打事件を口実に、日本海軍が戦闘を開始 but 苦戦の後に停戦 1932.3月~45 関東軍の傀儡国家満州国が成立 → 都=新京(現長春) ※清朝最後の皇帝だった溥儀が 1932 執政、1934 皇帝に就任 ☆五族協 . 和=満州国建国の標語、五族とは漢、満、蒙、日、朝鮮人 ☆五族共 . 和=中華民国建国の標語、五族は漢、満、蒙、回、チベット人 編集の都合上、以下省略

(2)

初級「中国共産党は,1931年に江西省の( 2 )に中華ソヴィエト共和国臨時政府をた

てた。

」とあるので、以下の通り、eの「瑞金」が適切ですね。

中華民国

1931★11 月7日(11 立教全)

共 中華ソヴィエト共和国臨時政府設立 ※拠点(首都)=江西省の瑞金 ずいきん ※主席=毛沢東、外交=周恩来、軍事=朱徳 ★中華ソヴィエト共和国憲法、土地法を制定 1934

国 蔣介石が共産党の拠点瑞金を攻撃 1935

国 蔣介石の幣制 へいせい 改革 with 銀行家の英☆リース・ロス&米 ☆法幣 ほうへい =中華民国唯一の通貨として流通 編集の都合上、以下の省略

(3)初級「1948年,南部にアメリカが支援する( 3 )を大統領とする大韓民国」とある

ので、以下の通り、dの「李承晩」が入ります。

1910 韓国併合以来、日本領 butWWⅡ中の 43 カイロ宣言で、戦後の朝鮮独立を承認 1943 年 11 月 カイロ会談 at エジプト 米=フランクリン・ロ ーズヴェルト 英=チャーチル 中華民国=蔣介石 ①対日戦の基本方針を討議 ②カイロ宣言(11 月調印、12 月発表)=日本が 1914 年 以降に奪った太平洋上の島の放棄、中国東北地方と台 湾の中国への返還、戦後の朝鮮の独立など ↓ 1945WWⅡ後、日本から独立 but 北緯 38 度線を境界に北はソ連、南はアメリカが占領 1945☆建国準備委員会が李承イ ス ン晩マンを主席とする☆朝鮮人民共和国の設立を宣言 but 米軍が押さえ込み、解散 ※↑10 上智、慶應、12 國學院

(9)

↓ 1948南北分裂、南北両朝鮮の成立(東西ドイツの成立は 1949) 北:朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)(都 平 壌ピョンヤン)=初代金キム日成イルソン → 社会主義国なのでソ連、中国が支援 南:大韓民国(韓国) (都京城ソ ウ ル) =初代李承晩イ ス ン マ ン → 資本主義国なのでアメリカが支援 編集の都合上、以下省略

(4)初級「アメリカは,1951年9月,サンフランシスコ講和会議を開いて対日平和条約を

締結するとともに( 4 )を結んで」とあるので、以下の通り、eの「日米安全保障条

約」が入ります。

吉田茂=46 日本国憲法(主権在民、象徴天皇制、平和主義、基本的人権の尊重)公布、施行は 47 年 50~53 朝鮮戦争でアメリカからの製品発注を受け、特需が発生、急速に景気回復へ 50 警察予備隊(GHQのマッカーサーの指令で創設、52○用保安隊、54 自衛隊に改称) 51連合国 48 カ国とのサンフランシスコ平和条約で主権回復 .... (独立国として国際復帰) ※朝鮮、台湾、南樺太、千島を放棄。沖縄、奄美、小笠原はアメリカの信託統治に ☆ソ連、ポーランド、チェコスロヴァキアは調印を拒否 ※↓中華民国は招かれず ※51 サンフランシスコ講和会議(ビルマ、ユーゴスラヴィア、インドは不参加)で調印 ※51○用日米安全保障条約と共に調印 ※↑中国は招かれなかった

(5)

初級「朝鮮戦争の物資調達や武器・装備の修理などに起因する( 5 )で経済が活性化

し,国力を回復した日本」とあるので,上記の通り、dの「特需景気」です。

設問Y:

①中級「世界恐慌時における各国の政治経済政策」として誤っているものを選ぶ問題ですが、

(エ)の「ドイツのシュトレーゼマンは,首相としてレンテンマルクを発行して通貨の安

定と経済再建に取り組み,のち外相に転じてドイツの国際社会への復帰とヨーロッパの安

定を目指した。

」が誤文です。文章自体は正しいですが、シュトレーゼマンの活躍は1929

年の世界恐慌の発生前であり、

「世界恐慌時における各国の政治経済政策」に該当しませ

ん。

① シュトレーゼマン首相、外相(☆ドイツ人民党) =1923レンテンマルク紙幣発行してインフレは急速に奇跡的に収拾、1924ドーズ案、1925ロカルノ条 約、1926ドイツの国際連盟加入など国際協調に貢献、ノーベル平和賞を受賞 編集の都合上、以下省略

②初級「1930年,日本は海軍軍縮条約に調印」

「この海軍軍縮条約の説明として正しいもの」

を選ぶ問題ですが、以下の通り、

(イ)の「三大海軍国とされたアメリカ・イギリス・日

本の補助艦艇の保有比率をほぼlO:1O:7とした。

」が正文です。

次に、

(ウ)の「五大国が保有する主力艦の総トン数比率をアメリカ・イギリスは5,

日本は3,フランス・イタリアは1.67とした。

」は、以下の通り、1922年のワシントン海

軍軍備制限条約です。

(10)

1921~1922 ワシントン会議 by 米ハーディング大統領 ※目的=日本を封じ込め ※意義=WWⅠ後のアメリ カの国際的発言力増大を示 した ①1921四カ国し か こ く条約 by 米・英・日・仏 =太平洋問題を討論。太平洋の領土と権益の相互尊重、諸島嶼の非軍事 化を約束。 → 1921 日英同盟解消 ②1922 ワシントン海軍軍備制限条約 by 米・英・日・仏・伊 =主力艦保有比率を討議 ※「保有トン数」なら○、「新規建造トン数」は× → 米・英・日・仏・伊=5:5:3:1.67:1.67 の比率 ※1934 日本は☆ワシントン海軍軍備制限条約破棄 ③1922 九カ国条約 by 英・伊・葡・中・米・白(ベルギー)・仏・日・蘭 =中国問題を討論。中国の主権と独立の尊重、領土保全、機会均等、門 戸開放の原則を確認。 → 1917 年に締結していた石井・ランシング協定失効 ※中国に関するアメリカの主張が通り、日本の中国進出が二十一カ条 (の)要求以前の状態に後退(13 上智) 1927☆ジュネーヴ軍縮会議 by 米クーリッジ大統領 補助艦軍縮を討議 but 仏・伊は不参加 1930 ロンドン軍縮会議 by 英マクドナルド首相 補助艦保有比率を討議 → 米・英・日=10:10:7弱の比率 ※日本の軍部・右翼が猛反発、日本は軍国主義化へ 1932 ジュネーヴ軍縮会議 by 国際連盟 ①アメリカ・ソ連も参加 ②1933 ナチス・ドイツの脱退で、特に成果もなく失敗

なお、

(ア)の「イギリスは,ドイツに対してイギリス海軍が保有する艦船の35パーセ

ント以内の軍艦保有を承認した。

」は、以下の通り、英独海軍協定の説明です。

1935 英独海軍協定 =英ボールドウィンがドイツの再軍備(独に英海軍の 35%の艦船(軍艦と潜水艦)の保有)を容認、英 自身がヴェルサイユ条約を無視(初の宥和政策) ※宥和政策=相手に譲歩することで決定的な対立を回避しようとする政策。ドイツの反ソ的態度に期待 して、ドイツと対決・戦争したくない。

また、

(エ)の「ドイツ海軍の兵力は1万5000人まで,軍艦保有量は10万トンに制限し,

潜水艦と航空母艦の保有を禁止した。

」は、以下の通り、1919年のヴェルサイユ条約です。

1919 年6月 28 日:独に対する

ヴェルサイユ条約

at ヴェルサイユ宮殿(バロック様式)の☆鏡の間 ① ドイツの軍備制限 =陸軍は徴兵制を禁止、兵力・兵器の保有を制限 海軍は潜水艦を禁止、艦艇・兵員を制限 空軍は一切禁止 ※陸軍は徴兵制を禁止,兵力は 10 万までに制限、重火器・機甲 兵器の保有は禁止。海軍は艦艇 36 隻,兵員1万5千まで、1 隻1万トンまでに制限,潜水艦・航空母艦の保有禁止。空軍は 一切禁止(軍用機の開発・保有も禁止)。

(11)

編集の都合上、以下省略

さらに、

(オ)の「締結国は国際紛争を解決するため戦争に訴えることを非難したこと

から,戦争違法化という考えが生まれた。

」は、以下の通り、1928年の不戦条約を指して

いると思われます。

1928 不戦条約(ブリアン・ケロッグ条約)at パリで日独など 15 カ国が調印 → 後に 63 カ国が参加 ※人物=米クーリッジ大統領の国務長官ケロッグ ∽ 仏外相ブリアン ※内容=戦争の違法化、国際紛争の解決に武力を用いない(自衛戦争はOK、15 早文構) ※問題=実効力に乏しい

③初級「国際連盟」について誤っているものを選ぶ問題ですが、

(ウ)の「国際連盟は,ド

イツ帝国やオスマン帝国の旧領を特定の国の保護下に置く信託統治の制度を用いた。

」が

誤文です。以下の通り、

「信託統治」ではなく、委任統治です。

※委任統治=名目上、国際連盟に統治を委任された形式を取るが、事実上の植民地化 ※信託統治=名目上、国際連合に統治を委任された形式を取るが、事実上の植民地化

④初級「同国(中華人民共和国)の政治家」について誤っているものを選ぶ問題ですが、

(イ)

の「周恩来は,1954年にインド共和国を訪問し,ネルーと会談して平和十原則をまとめ,

共同声明を発表した。

」が誤文です。以下の通り、

「平和十原則」ではなく、平和五原則で

す。

(・_・?)…ん?

第三勢力(非同盟諸国)の4つの会議

54 コロンボ会議 at セイロン(現スリランカ)の首都コロンボ =インド(ネルー)、インドネシア、セイロン(現スリランカ)、パキスタン、ビルマ(ウー・ヌー) ※上記の参加5カ国=☆コロンボグループ ※インドシナ戦争の早期解決、核兵器の使用禁止、中国の国連加盟、アジア・アフリカ会議の開催など を協議。大国主導のジュネーヴ休戦協定に反発して開催。 54 ネルー・周恩来会談=平和五原則を発表at インドのデリー ※平和五原則=領土保全と主権の尊重・相互不侵略・内政不干渉・平等と互恵・平和的共存 55 第1回アジア・アフリカ(バンドン)会議=平和十原則を発表 at インドネシアのジャワ島西部の都市バンドン ※主な出席者 インドネシア・主催者=スカルノ 中華人民共和国 =周恩来 エジプト共和国 =ナセル インド共和国 =ネルー 日本 =☆高崎達之助 ※開催地のバンドンはインドネシアのジャワ西部の都市だが、首都ではない。首都はジャワ西部のジャ カルタ(旧バタヴィア)なので注意しよう。 ※29 カ国が参加、反植民地主義と平和共存を主張、史上初の有色人種のみの会議 ☆第2回はアルジェリアで開催の予定だったが、アルジェリア独立運動で開催されず

(12)

★平和十原則=基本的人権と国連憲章の尊重、主権と領土の保全、人権と国家間の平等、内政不干渉、 自衛権の尊重、集団防衛の排除、武力侵略の否定、国際紛争の平和的解決、相互協力の 促進、正義と義務の尊重 ※55 ジュネーヴ4巨頭会談、アジア・アフリカ諸国の独立に影響を与える 編集の都合上、以下省略

⑤上級「サンフランシスコ講和会議と対日平和条約」について誤っているものを選ぶ問題で

すが、

(エ)の「この条約によって,日本は朝鮮,台湾,北樺太,千島の領有権を放棄し

た。

」が誤文です。以下の通り、

「北樺太」ではなく、南樺太です。他の選択肢も、渋い情

報が盛り沢山なので、以下のまとめで確認しておきましょう。

吉田茂=46 日本国憲法(主権在民、象徴天皇制、平和主義、基本的人権の尊重)公布、施行は 47 年 50~53 朝鮮戦争でアメリカからの製品発注を受け、特需が発生、急速に景気回復へ 50 警察予備隊(GHQのマッカーサーの指令で創設、52○用保安隊、54 自衛隊に改称) 51連合国 48 カ国とのサンフランシスコ平和条約で主権回復 .... (独立国として国際復帰) ※朝鮮、台湾、南樺太、千島を放棄。沖縄、奄美、小笠原はアメリカの信託統治に ☆ソ連、ポーランド、チェコスロヴァキアは調印を拒否 ※↓中華民国は招かれず ※51 サンフランシスコ講和会議(ビルマ、ユーゴスラヴィア、インドは不参加)で調印 ※51○用日米安全保障条約と共に調印 ※↑中国は招かれなかった

(13)

Ⅲ【中世ヨーロッパ、絶対主義時代】

設問X:

A・初級「フランスでは,1328年にカぺー朝が断絶すると,ヴァロワ朝のフィリップ6世が

王位についた。しかし,当時のイギリス王 A が,カぺー家出身の母をもつことを根拠

に王位継承権を主張したことにより,両国の間に戦争が勃発した。

」とありますが、以

下の通り、cの「エドワード3世」が入りますね。

1339~1453英仏百年戦争 原因①カペー朝の王位継承問題(英エドワード3世の母がカペー朝フランスのフィリップ4世の娘なの で、フランスの王位継承を主張、仏フィリップ6世による 1328 ヴァロワ朝建国に抗議、フランス に侵入) ②フランスがイギリスの羊毛の輸出先であるフランドル地方(毛織物)とギエンヌ(ギュイエンヌ) 地方(ボルドーの葡萄酒)の支配を狙う ※宗教的背景はない 編集の都合上、以下省略

B・初級「最終的には B を除いた全国土からイギリス勢力を駆逐することで,戦争は終

結した。

」とありますが、以下の通り、cの「カレー」が入りますね。

※↓フランス中部、ロワール河畔の都市、MAP! 戦局後半=1429 オルレアン解放 by ジャンヌ・ダルクが仏シャルルを救出 結果=イギリスがフランスから撤退(カレー市を除く) ※↑後のシャルル7世 ※ジャンヌ・ダルク=ドンレミ村出身、神のお告げ、ランスでシャルル7世の戴冠式実現、英が宗 教裁判にてルーアンで火刑 意義=戦術の変化(長弓・火砲の出現)で諸侯・騎士の没落、王権の強大化 文化=「カンタベリ物語」で有名な英チョーサーが従軍

C・初級「 C 年にランカスター派のへンリがへンリ7世として即位しテューダー朝を開

いた。

」とあるので、以下の通り、bの「1485」が入ります。

絶対王政の基礎 ヘンリ7世 (1485~1509) ※ランカスター家 の流れを汲むテュ ーダー家出身 ① 1485 バラ戦争終結=ランカスター家の流れを汲むテューダー家のヘンリ(7世) が☆ボズワースの戦いでヨーク家の☆リチャード3世を撃破、混乱を平定、テュ ーダー朝を建国 ② 枢密院=王の諮問し も ん機関(王が意見を求めるための議会) ③ 1497 ジェノヴァのカボット父子(父ジョバンニ・カボット)の北米探検(ニュ ーファンドランド、北米のニューイングランド沿岸に到達)を援助

設問Y:

①初級 増田塾ホームページの「直前特別講義(映像授業)

:テーマ史(音楽史)

が的中!

誤っているものを選ぶ問題ですが、aの「中世に設置された大学では,教養的科目とし

て,一般的に自由7科といわれる,文法・修辞・弁証の初級3学科と算術・幾何学・天文・

物理の上級4学科が教えられた。

」が誤文です。以下の通り、

「物理」ではなく、音楽です。

(14)

中 世 の 音 楽 大教皇 グレゴリウス1世 ①6C末:ゲルマン人(イギリスのアングロ・サクソン人)への布教 ②☆ランゴバルド人と講和 ③グレゴリオ聖歌作成 06 青学(法)、11 成城(文芸)、06 立教(経済、法) 中世の大学 (ウニヴェルシタ ス universitas) ↓ university の語源 ①3学部=法学部、医学部、神学部(最重要)→ ☆人文学部を加える説あり ②自由7科=一般教養科目、基礎科目 → 下級3学(文法学、修辞学、弁証法) → 上級4学(算術学、幾何学、天文学、音楽)

②初級 誤っているものを選ぶ問題ですが、cの「シャルル9世の時代は,母親のマリ=ド=

メディシスが政治を補佐した。

」が誤文です。以下の通り、

「マリ=ド=メディシス」では

なく、

カトリーヌ=ド=メディシスです。ちなみに、マリ=ド=メディシスはルイ13世の

母で、ルーベンスが肖像画「マリ=ド=メディシスの生涯」を描いたことで有名です。

シャルル9世 (1560~1574) ※母=カトリー ヌ・ド・メディシ ス(伊フィレンツ ェのメディチ家 出身、アンリ2世 の妃)

1562~1598 ユグノー戦争

※「随想録エ セ ー」の著者モンテーニュが終結に尽力 vs ※1572 サンバルテルミの虐殺 at パリ =新旧両派の宥和を目的に開かれた、ユグノーの首領であるブルボン家の新教貴 族ナヴァル王アンリと王シャルル9世の妹の結婚式で、カトリーヌ・ド・メデ ィシスの主導で旧教(カトリック)が新教(ユグノー)を虐殺 ルイ 13 世 (1610~43) ※宰相 =リシュリュー (1624~42) ↑12 青学総合 ① 1615 三部会召集停止(創設年と創設者は?)→ 1789 フランス革命直前に再開 ② 1635 三十年戦争に旧教国であるにも関わらず、新教側で .... 介入 ③ 1635☆アカデミー・フランセーズ(1795 創設のフランス学士院に統合される)by リシュリュー → フランス語の統一と純化が目的、当時の国際語に ④ 妃は☆アンヌ・ドートリッシュ(12 慶文)、母は☆マリ(ー)・ド・メディシス(ル ーベンスの肖像画に 13 上智)

③初級 誤っているものを選ぶ問題ですが、bの「フランスのアンジュー伯アンリは,国王へ

ンリ1世としてイキリスのプランタジネット朝の創始者となった。

」が誤文です。以下の

通り、

「ヘンリ1世」ではなく、ヘンリ2世です。

ヘンリ2世 (1154~89) 1154 プランタジネット朝を建国。仏西部の大貴族アンジュー伯出身(ノルマン家と 婚姻関係を結び、英に進出)、後に仏南西部のアキテーヌ get、仏西半分を領有

④初級 誤っているものを選ぶ問題ですが、cの「フランス北部で,貴族を中心にジャックリ

ーの反乱がおこった。

」が誤文です。以下の通り、

「貴族」ではなく、農民です。

旧教(カトリック)側 拠点=パリ シャルル9世 カトリーヌ・ド・メディシス ☆ギーズ公アンリ 新教(ユグノー=カルヴァン派)側 拠点=★オルレアン、ラ・ロシェル ナヴァル王アンリ(後のアンリ4世) ☆コリニー提督 旧教国のスペイン・南ドイツ 新教国の北ドイツ・蘭・英

(15)

封建反動への不満、百年戦争の疲弊から、農奴制廃止を要求する農民反乱が発生 1358ジャックリーの乱 (仏)by☆ギョーム・カール(ジャックリーは農民への蔑称) 1381 ワット・タイラーの乱(英)by ワット・タイラー、理論的指導者ジョン・ボール 1450★ジャック・ケイドの乱を機に、イギリスでは農奴解放がほぼ達成

⑤初級「15世紀前半のブルゴーニュ公国のもとで芸術活動を展開した画家」とありますが、

以下の通り、dの「ファン=アイク兄弟」のみが14・15世紀です。他は全員、主に16世紀

に活躍しました。

16C北方ルネサンス

at アルプス以北

(広義にはイタリア以外のルネサンス) ※特徴=絵画では、理想ではなく、ありのままの姿を描き出す陰影に満ちた表現 ※英のチョーサーは 14C、ネーデルラントのファン・アイク兄弟は 14~15C、他は全員 16Cの人

⑥初級 古い順に並べると、aの「国王至上法(首長法)の初制定(1534年、ヘンリ8世)━ 一

般祈禱書の初制定(1549年、エドワード6世)━ メアリ1世の反動政治(1553~1558)

━ 無敵艦隊(アルマダ)の撃破(1588年、エリザベス1世)

」となります。年号を覚えてい

なくても、国王の順番を覚えていれば正解を取れますね。

(16)

Ⅳ【モンゴル史】

設問X:

(ア)初級「13世紀初になると,モンゴル族のなかでテムジンが勢力をのばし,モンゴル族

を統合し,1206年,( ア )でハンに選ばれてチンギス=ハンと称した。

」とあるので、

以下の通り、bの「クリルタイ」が入ります。

モンゴル帝国 初代 太祖チンギス・ハン (☆成吉思汗) 1206~27 ※即位前の幼名= テムジン(鉄木真) ① 1206 クリルタイ(集会)でハンの称号 get、全モンゴル部族統一、モンゴル帝 国を建国 ② 駅伝制(ジャムチ or☆站赤)創設、行政・軍事制度の千戸せ ん こ制を組織 ③ 外征 → 占領地にモンゴル人官僚(☆ダルガチ)を派遣 ・トルコ系遊牧民ナイマン(部)征服 ※ウイグル文字を使用。1204 即位前のチンギスに敗れ、王子★クチュルクが中 央アジアに逃れて西遼を乗っ取る but1218 チンギスに滅ぼされる。 ・15 金遠征(燕京を占領) ・20イランのイスラーム王朝ホラズム(・シャー)朝征服 ※モンゴルの使節を殺害したオトラル事件が契機 ・27 オルドス地方の西夏を征服 but 帰国途上で病没 ④ モンゴル人の慣習による法令(☆ヤサ)を発布 ⑤ ☆キルギスを征服

(イ)初級「イランを支配する( イ )を倒して」とあるので、上記の通り、dの「ホラズ

ム・シャー朝」です。

(ウ)

中級「( ウ )を滅ぼしたが,その途上で病死した。

」とあるので、上記の通り、dの「西

夏」が適切ですね。

(エ)初級「フビライ~( エ )に都を定め,国名を中国風に元と称し」とあるので、以下

の通り、cの「大都」です。

1271~1368

都=1264大都(カンバリク、現北京)→ 内陸にありながらも港を持つ ① 建国=1260~94 世祖フビライ・ハン(☆忽必烈汗) 内政 ① ラマ教(チベット仏教)盲信 ② 中国的官制、銀やこうしょう交 鈔(宋、金、元、明で使用 15 早法)など貨幣制度 ③ 隋の大運河補修、さらに済州河さいしゅうが・会通河か い つ う がなどの新運河を建設 外征 ① 1274・81 日本遠征(蒙古襲来・元寇)失敗(鎌倉幕府の北条時宗と暴風雨が撃退) ※1274 文永の役=高麗軍も従軍、1281 弘安の役=高麗軍・旧南宋軍も従軍 ② 1276 南宋の臨安占領、征服。1279☆厓山がいざんの戦いで宋軍も壊滅(☆ペルシア人製作の投石機☆ 回回砲 かいかいほう 、 襄 陽じょうよう砲を使用)、南宋の忠臣★陸秀夫も元軍に敗れ自殺 → 元は旧南宋の住民を南人と呼び、待遇を差別 ③ 1287 ビルマ(現ミャンマー)のパガン朝を征服(滅亡は 1299) ④ ベトナム北部の陳朝大越国に3回敗北(陳 興 道チャンフンダオが撃退) ⑤ 1293 ジャワ島遠征

(17)

※原因=ジャワ島東部のシンガサリ朝がフビライ・ハンの使者を追い返したから ※結果=元軍到着の前年の 1292 シンガサリ朝は滅亡、王の女婿が元の干渉を退けて 1293 マジャパヒト王国を建国 編集の都合上、以下省略

(オ)初級「元曲が流行し,( オ ),『漢宮秋』

『琵琶記』などの作品があらわれた。

」とあ

りますが、以下の通り、aの『西廂記』が入ります。

元曲

元で完

成した

歌劇(宋

代の☆

雑劇か

ら発展)

★弦楽器が伴奏の北曲 at 大都、笛などが伴奏の南曲 at 江南

北曲「

西廂記

せ い そ う き

」by

王実甫

お う じ つ ぽ

→ 書生と令嬢の身分を越えた恋愛

南曲「

琵琶記

」by

高則誠

→ 夫の出世と妻の苦労を対比

北曲「

漢宮秋

」by

馬致遠

ば ち え ん

→ 東匈奴の呼韓邪

こ か ん や

単于に嫁ぐ王昭君の悲話

設問Y:

①初級「契丹(遼)

」について正しいものを選ぶ問題ですが、以下の通り、aの「耶律阿保機

は契丹諸部族を統合して皇帝と称し,上京臨潢府を都とした。

」が正文です。

916~1125遼(契丹) 1038~1227 西夏(大夏 た い か ) 1115~1234金 都 ☆上京臨潢府じょうけいりんこうふ ※五京の制度に基づき、都は5 つ。ex.南京析津府(現北京) ☆上京興慶府じょうけいこうけいふ(銀川) ☆上 京 会じょうけいかい寧府ね い ふ → 1153☆中都(燕京 or 現北京)by☆海陵王 → ★開封(汴 州・汴京) 皇帝 ①建国:太祖耶律や り つ阿保機あ ぼ き =契丹 文字を制定、926 渤海(国)を 征服、帰国途上で病死 ②2代:★太宗(☆耶律 堯 骨ぎょうこつ09 中央法)=国号を遼と改め、 後晋(石敬瑭とう)の建国を援 助して 936 燕雲十六州 get ※燕は北京(幽州)、雲は山西 省大同タートン(雲州) ③6代:☆聖宗=1004

淵の盟 ①建国以前 オルドスの夏州と中 心とした平夏部の族 長★拓跋たくばつ思恭しきょうが黄巣 の乱平定の功績によ って、唐から李姓を 賜る ②建国以後 景帝李り元昊げんこう=北宋の 制度や文物を導入、 西 夏 文 字 を 制 定 、 1044 慶暦の和約 ①建国:太祖完顔阿ワ ン ヤ ン ア骨打グ ダ =遼から独 立、女真族には熟女真族と生女真族 がいるが、後者に属する完顔部族か ら 出 て 、 両 者 を 統 一 し て 建 国 、 猛安もうあん・謀ぼう克こく、1119 女真文字を制定、 遼を追討中病没 ②2代:★太宗=1125 遼を征服 with 北宋の徽宗、1126~27 靖康の変で北 宋を征服 ③3代:★熙宗=1142☆紹興の和約、 女真文字の小字を創始 ④4代:☆海陵王=1153☆中都(燕京 or 現北京)に遷都

(18)

制度 二重統治体制 ①契丹族などの遊牧民に対して は北面官による部族制と軍政 ②燕雲十六州の漢民族、渤海人 などの農耕民に対しては南面 官による州県制と文政 二重統治体制 ①女真族に対しては完顔阿骨打が創 始した猛安もうあん・謀ぼう克こく(軍事行政組織制 度。行政的には 300 戸を1謀克、10 謀克を1猛安とし、その長をそれぞ れ猛安もうあん・謀ぼう克こくと呼び、軍事的には1 謀克から約 100 人を徴兵し、軍団を 形成) ②漢民族に対しては州県制

なお、bの「契丹は後梁の石敬瑭

と う

の建国を援助した見返りとして,燕雲十六州を獲得し

た。

」は誤文です。上記の通り、

「後梁」ではなく、後晋です。

また、cの「契丹は猛安・謀克制によって契丹族の戦力を保持する一方,燕雲十六州で

は州県制を維持した。

」も誤文です。上記の通り、

「猛安・謀克制」を用いたのは、

「契丹

族」ではなく、女真族の金です。

さらに、dの「契丹の聖宗は宋の真宗との間で澶淵の盟と呼ばれる講和条約を結んだが,

その内容は,契丹を兄,宋を弟とし,宋は契丹に歳幣を贈り,国境は現状維持とすること

などであった。

」も誤文です。以下の通り、北宋が兄で契丹が弟なので、

「契丹を兄,宋を

弟」の部分が誤りです。

北宋・第3代 ☆真宗 ①1004

澶淵

せんえんの盟 ∽ 遼の☆聖宗 → 北宋が兄、遼が弟、遼は毎年絹 20 万匹、銀 10 万 両(歳弊さいへい)get、国境は現状維持(燕雲十六州は返還せず)、一時的平和 at 河南省澶 州(開封の北東) ②日照りに強い早稲種占城稲を輸入、流布 from 中部ベトナムのチャンパー(占城)

②中級 時代順に並べると、cの「キプチャク=ハン国の建国(1243年)→ 武人政権が倒れ

た高麗を属国化 → 第2回目の日本出兵(弘安の役、1281年、高麗軍も従軍)→ マルコ

=ポーロが帰国(1290~95年)

」となります。弘安の役のときに高麗軍が従軍していたの

で、高麗の属国化はその前ですね。

③初級「フラグ」について正しいものを選ぶ問題ですが、以下の通り、aの「フラグはバグ

ダードを占領してアッバース朝を滅ぼした。

」が正文です。

モンゴル帝国 第4代 憲宗 モンケ・ハン 1251~59 ① 仏ルイ9世の命で仏ルブルック(フランチェスコ修道会)が都カラコルムに、 モンケ・ハンと会見for 十字軍での対イスラーム同盟の要請&布教 ② 弟フビライの遠征=朝鮮半島の高麗、チベット、南詔滅亡後に白蛮系豪族が建 てた王権の弱い仏教文化が栄えた雲南省の 937~1254 大理(国)征服、ベトナ ム遠征 ※↑8C唐の時は南詔 ※意義=チベット遠征でサキャ派のラマ教(チベット仏教)受容。雲南地方の 大理国のタイ人はこれを機にタイに南下し、アンコール朝真臘に服属するが、 自立してスコータイ朝を建国。 ③ 弟フラグの西アジア遠征=1258 バグダードを占領してアッバース朝を征服、イ ランにイル・ハン国(○新フラグ・ウルス)を建国

(19)

なお、bの「フラグはモンケ=ハン死後,ハンの地位を巡ってハイドゥと連携してフビ

ライと対立した。

」は誤文です。以下の通り、

「フラグ」ではなく、アリクブケの説明です。

1260フビライがクリルタイを開き第5代ハンに強引に即位at 上都(開平府) 1260~64対抗して即位した末弟☆アリクブケの乱を平定、1264 フビライ・ハンが大都(現北京)に遷都 1266~1301 オゴタイの孫ハイドゥの乱(親戚抗争)=オゴタイ家弾圧に反対、ハイドゥは☆アリクブケを 支援、チャガタイ家など不満勢力を結集、モンゴル帝国の5分裂が決定的に、ハイドゥの死で終了

また、cの「フラグはイラン・西トルキスタンを支配し,サライを都にイル=ハン国を

建てた。

」も誤文です。以下の通り、

「サライ」ではなく、タブリーズです。

1258~1353

イル・ハン国

(○新フラグ・ウルス)(都タブリーズ、★スルターニーヤ) ① 建国=フラグ(イル・ハン「国の王」)at アッバース朝の跡地のペルシア(イラン)やメソポタミア ② 宗教の変化 景教(ネストリウス派キリスト教)を保護、☆ラバン・ソーマ司教が西欧へ伝道 ↓ 1295回教(イスラーム教、清真教)改宗、国教化 by第7代ガザン・ハン(イクター制採用なども) ※宰相=ラシード・アッディーン(イラン人)→ ペルシア語の「(蒙古)集史」を著す ① 外征 成功=小アジアの☆ルーム・セルジューク朝征服 失敗=エジプトのマムルーク朝(バイバルス)に敗北 ※★アイン・ジャールートの戦い ② 元を宗主国として友好、キプチャク・チャガタイ両ハン国と対立 ③ 衰退=君主継承権を巡る内紛 ④ 滅亡 by ティムール朝

さらに、dの「フラグはラシード=アッディーンを宰相に任命し,イクター制を導入し

た。

」も誤文です。上記の通り、

「フラグ」ではなく、ガザン・ハンです。

④初級「南宋時代」について誤っているものを選ぶ問題ですが、dの「朱熹は四書を儒学の

根本経典とし,周敦頤・陸九淵・李贄らの学説を総合して宋学を大成した。

」が誤文です。

以下の通り、

朱熹は陸九淵と対立したので、

「陸九淵~の学説を総合」はおかしいですね。

また、

「李贄」は南宋の朱熹よりも後の時代で、明の陽明学左派の学者なので、李贄らの

学説を総合」も時系列が逆です。

(20)

北宋

宋学

※訓詁学からの

脱却

① 宋学=後漢で五経の字句解釈を中心とする訓詁学が成立し、唐で「五

経正義」が編纂されて訓詁学に留まり続ける状況に反発して、理気二

元論に立って新しい宇宙観を探ろうとする儒学

② 祖=

周敦頤

し ゅ う と ん い

→「 太 極

たいきょく

図説

ず せ つ

、道家思想と仏教哲学(禅宗)を導入

しながら、易と中庸に基づく道徳論を宇宙哲学の立場から基礎付けた

③ 発展=

程顥

て い こ う

程頤

て い い

(兄弟合わせて“二程”

)→ 共に周敦頤に学

び、王安石の新法に反対、兄は宇宙の根本原理を「理」とし、弟は「理」

と「気」

(物質を形成する原理)の一致を説く理気二元論を提唱

南宋

朱子学

(宋学の派生)

※知識重視、主

知主義

朱熹

(朱子)=

宋学の大成

者、朱子学の祖

① 性即理

せ い そ く り

説=人間社会の原理「性」は、すなわち、宇宙の根本原理「理」

vs

陸九淵(陸象山)

の“心即理”

※仏教の禅宗の影響

四書(=大学、論語、孟子、中庸)体系化

→「四書集注」で五経(易

経、春秋、書経、詩経、礼記)より四書を評価 → 以後、五経より四

書が重視される

☆読む順番=大学 → 論語 → 孟子 → 中庸(02 慶文)

編集の都合上、以下省略

明代後半

陽明学

ようめいがく

南宋の朱子学が

客観性を重視

し、理論に止ま

りがちだったの

に対し、主観的

な心即理の立場

を取り、実践を

重視

洪武帝が朱子学を官学化、君主独裁体制の基礎に

but

陽明学

by

王陽明(王守仁)

=「伝習録」

① 南宋の陸九淵の影響を受け、心即理

し ん そ く り

(心の動きがそのまま宇宙の

根本原理である)を確立

② 知行

ち こ う

合一

ごういつ

=“知ることは行うことの初め、行うことは知ることの

完成である”とし、認識と実践を一体のものとして捉える

③ 致

良知

りょうち

=人間の心に本来備わる善悪を判断する心の作用(良知)

を徹底的に突き詰めて、事を正す(理想社会の実現を目指す)とい

う考え

④ 日本の陽明学者=★中江藤樹

vs

陽明学左派

by

李贄

り し

(李卓吾

り た く ご

編集の都合上、以下省略

⑤上級「パスパ文字」の写真を選ぶ問題ですが、cです。aは契丹小字、bは女真文字、dは西

夏文字です。

(21)

Ⅴ【ウィーン体制】

設問X:

A・

難問「

(ウィーン)会議を主宰したのは,( A )で当時外相を務めていたメッテルニヒ」

とありますが、メッテルニヒはオーストリアの指導者なので、cの「ハンガリー王国」は

消えます。また、ウィーン会議は1814~15年なので、aの「オーストリア=ハンガリー帝

国(1867~1918年)

」も消えます。さて、

ここからは無理難題ですが、dの「オーストリア

大公国」は1804年まで、bの「オーストリア帝国」は1804年以降なので、bの「オーストリ

ア帝国」が入ります。

B・初級 C・初級「ロシア皇帝( B )」

「プロイセンの首相( C )」

「イギリスのウェリン

トン」とあるので、以下の通り、Bにはcの「アレクサンドル1世」

、Cにはbの「ハルデ

ンベルク」が入ります。

1814~15 ウィーン会議 ∥ フランス革 命・ナポレオ ン戦争後の国 際秩序を再建 するために開 かれた国際会 議。絶対主義 時代を終わら せたフランス 革命やその成 果である自 由・平等をヨ ーロッパ中に 伝播させたナ ポレオン戦争 を否定し、絶 対主義時代へ の回帰を目指 した会議。 ①主催者・議長=オーストリア帝国のメッテルニヒ ※外相(1809~)→ 外相兼宰相(1821~48) 02 慶(文)etc ※↑つまり、1814~15 ウィーン会議中は外相だよ! ②参加国 =オスマン帝国(トルコ)を除く全ヨーロッパ諸国 ③主な出席者=墺メッテルニヒ(外相) 仏タレーラン(外相) 普ハルデンベルク(首相)、フンボルト 露☆ネッセルローデ、アレクサンドル1世(墺と共に主導的役割) 英☆カスルリー(09 青学国政)、ウェリントン(ピット× 14 早社) ④基本原則 1・フランス革命以前の領土を正統とする考え=正統主義 by 仏タレーラン ☆提唱の背景=仏ナポレオンに征服されたヨーロッパ諸国のフランスに対する悪 感情を逸らし、フランスの戦争責任を巧みに回避するため 2・一国のみが巨大化するのを防止する考え=勢力均衡(バランス・オブ・パワー)by 英 ☆提唱の背景=五大国(英仏普墺露)間での均衡をはかることで国際秩序を維持し、 フランス革命の影響を受けた革命や戦争の勃発を防ぐため ○新列強体制=国際政治において力をふるう強国の協議によって、勢力均衡と平和を 維持する仕組み。 ⑤問題点=会議の円満な進行を目指してオーストリア政府が舞踏会や宴会を開くが、領土 問題で諸国の利害が対立し、紛糾、会議が進展せず →“会議は踊る、されど進まず”by★墺リーニュ ↓ 1815 ナポレオンがエルバ島を脱出、パリに戻り、皇帝に復位(百日天下) ☆復位の背景=ウィーン会議の紛糾、新国王仏ルイ 18 世への国民の不満 ☆復位の影響=第五回対仏大同盟の結成へ ↓

(22)

各国が妥協・協調し、ウィーン議定書を調印 編集の都合上、以下省略

D・初級「会議はなかなか進捗しなかったが,ナポレオンが( D )を脱出してパリに戻り,

復位」とあるので、上記の通り、dの「エルバ島」が入りますね。

E・初級「ウィーン議定書の原則は( E )が主張した正統主義」とあるので、上記の通り、

aの「タレーラン」が入ります。

設問Y:

①初級 年代順に並べると、aの「エジプト遠征(1798~99年)→ トラファルガーの海戦(1805

年)→ アウステルリッツの戦い(1805年)→ ロシア遠征(1812年)

」となります。トラ

ファルガーとアウステルリッツは同年ですが、前後関係は押さえておきたいですね。

1805 トラファルガーの海戦=フランス+☆スペイン vs 英ネルソン(英の勝利に導くが戦死) ※at ジブラルタル海峡北西の沖合、イギリス本土上陸を断念、大陸制覇に方向転換 1805 アウステルリッツの三帝会戦at チェコ → 第3回対仏大同盟が崩壊 =仏ナポレオン1世 vs露アレクサンドル1世、☆神フランツ2世(墺フランツ1世) 1806☆ナポリ王国を占領(王=兄☆ジョゼフ) ※↓1799 オランダ東インド会社も解散へ 1806☆蘭で仏の傀儡国家☆バタヴィア共和国(1795~1806)が☆ホラント王国(1806~10)に → 王=弟☆ルイ・ボナパルト(さらに、その子がルイ・ナポレオンで後のナポレオン3世)

②上級「メッテルニヒ」について誤っているものを選ぶ問題ですが、dの「1848年ウィーン

で民衆の蜂起が起こると,メッテルニヒは逮捕され,処刑された。

」が誤文です。以下の

通り、イギリスに亡命しただけで、処刑されていません。

(・_・?)…ん?

1848 二月革命の影響

(=1848 年革命、諸国民の春) 普:1848 ベルリン三月革命=王に憲法制定を約束させ、☆カンプハウゼン自由主義内閣が成立 → フランクフルト国民議会 at☆フランクフルト・アム・マインの☆聖パウロ教会 ※目的=分裂状態であるドイツ連邦の統一と憲法制定を話し合うため ※議員=各邦の普通選挙で選ばれた☆官吏、学者、産業資本家(ブルジョワジー)が中心 ※意義=48☆ドイツ国民の基本法、49☆ドイツ国憲法を作成 ※早稲田(社会科) ※問題点=大ドイツ主義(オーストリア領内のドイツ人地域とベーメンを含めてドイツ統一を志向) vs 小ドイツ主義(オーストリアを除外し、プロイセン中心に ................... ドイツ統一を志向) → 小ドイツ主義が勝利 but 国民主導のドイツ統一を嫌った普王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世 (50☆プロイセン欽定憲法を制定)が戴冠拒否 .... 、国民主導のドイツの政治的統一は失敗に終わる 墺:1848 ウィーン三月革命=自由・憲法を求める蜂起 → メッテルニヒ失脚(イギリスへ亡命) ※意義=ウィーン体制が崩壊、終了 but フランスの六月蜂起の鎮圧後、皇帝と保守派が革命を鎮圧 編集の都合上、以下省略

③難問 誤っているものを選ぶ問題ですが、bの「ドイツ連邦は,ライン同盟成立直前の神聖

ローマ帝国より広い版図をもつことになった。

」が誤文です。

「より広い版図」が誤りで、

ほぼ同じ大きさの版図です。また、他の選択肢は全て正文ですが、難易度が非常に高いの

(23)

で、確信を持って正解に至った受験生は皆無でしょう。

1815 ウィーン議定書 ①ブルボン朝復活 = フランス(ルイ 18 世復位)、スペイン(★フェルナンド7世復位)、ナポリ王国(前 王が復位、翌年シチリア王国と合併し、両シチリア王国に) ②ワルシャワ大公国 → ポーランド(立憲)王国に(ロシア皇帝が王位を兼任) ※前者はナポレオンがプロイセン領ポーランドに建設していた国家。後者は事実上 ロシア領に。 ③ロシア → スウェーデン領だった☆フィンランドを正式併合、★モルドヴァ公国領だった☆ ベッサラヴィア get、ポーランド立憲王国の王位を兼任 ※ベッサラヴィア=露との国境に位置するルーマニア北東部 ④プロイセン → ラインラント、☆(北)ザクセン get ⑤オーストリア → 北イタリアのロンバルディア&ヴェネツィア get ※前者はかつて北イタリアに王国を築いたゲルマン人の一派ランゴバルド(ロンバ ルド)人に由来 ⑥オランダ → ナポレオンの支配が廃止され、オランダ(立憲)王国に(このとき、オランダは 1714 ラシュタット条約以来オーストリア領だった南ネーデルラント(ベルギー) を併合) ⑦イギリス → フランス領だったマルタ島 get オランダ領だったセイロン島(現スリランカ)&ケープ植民地 get ⑧スイス → 22 州からなる(武装)永世中立国に ⑨スウェーデン → デンマーク領だった☆ノルウェーget、同君連合を形成 ⑩サルデーニャ → ☆ジェノヴァ get ⑪ライン同盟 → 1815~1866 ドイツ連邦に(35 君主国+4自由市から構成される) ※ライン同盟はナポレオンが神聖ローマ帝国を消滅させて組織した連合国家。ドイ ツ連邦の議長国はオーストリア。プロイセンも加盟。構成国代表からなる連邦 議会はフランクフルトに設置。

④難問 誤っているものを選ぶ問題ですが、dの「ポーランドは,ロシアの主張に従って,ロ

シア貴族を国王にいただく立憲君主国となった。

」が誤文です。上記の通り、

「貴族」では

なく、皇帝です。

すると、

「皇帝も貴族なんじゃないのか?」といった意見が出そうですが、フランス革

命のアンシャン・レジームでは、王、聖職者、貴族、平民とランク分けされていて、王は

貴族(第二身分)に分類されていませんでした。よって、王・皇帝と貴族は別です。とい

うのも、

そう考えないと、他の選択肢が全て正文なので、正解がなくなってしまうからで

す。

⑤初級 誤っているものを選ぶ問題ですが、dの「1848年,ドイツ統一と憲法制定のためフラ

ンクフルト国民議会が招集され,プロイセンを中心とする大ドイツ主義によってドイツ帝

国成立を目指した。

」が誤文です。以下の通り、

「大ドイツ主義」ではなく、小ドイツ主義

です。

(24)

【1848 二月革命の影響】 普:1848ベルリン三月革命=王に憲法制定を約束させ、☆カンプハウゼン自由主義内閣が成立 → フランクフルト国民議会at☆フランクフルト・アム・マインの☆聖パウロ教会 ※目的=分裂状態であるドイツ連邦の統一と憲法制定を話し合うため ※議員=各邦の普通選挙で選ばれた☆官吏、学者、産業資本家(ブルジョワジー)が中心 ※意義=48☆ドイツ国民の基本法、49☆ドイツ国憲法を作成 ※早稲田(社会科) ※問題点=大ドイツ主義(オーストリア領内のドイツ人地域とベーメンを含めてドイツ統一を志向) vs 小ドイツ主義(オーストリアを除外し、 ........... プロイセン中心 ....... に . ドイツ統一を志向) → 小ドイツ主義が勝利but国民主導のドイツ統一を嫌った普王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世(50 ☆プロイセン欽定憲法を制定)が戴冠拒否 .... 、国民主導のドイツの政治的統一は失敗に終わる

【講評】

Ⅰの「古代オリエント史」は、ウルナンム法典、ハットゥシャ、メソポタミアの原義「川と

川の間の地域」

、アッカド王国の建国年号、マルドゥク神、カデシュの戦いの詳細で差がつ

きそうです。

Ⅱの「現代史、戦後史」は、特需、設問Yの①、信託統治、サンフランシスコ平和条約での

南樺太の放棄で差がつきそうですね。

Ⅲの「中世ヨーロッパ、絶対主義時代」は、設問Yの⑤のような問題は苦手な受験生が多い

印象を受けます。

Ⅳの「モンゴル史」は、早稲田らしい正誤判定問題。誤っている箇所は意外に見つけやすい

かもしれません。

Ⅴの「ウィーン体制」は、設問XのAは難問。設問Yの②は正解を取りたい問題。同じく、

③と④は難問で、明確な根拠を見つけづらいと思います。

※全体として難易度は例年並み、初級・中級レベルをしっかりと得点していけば、確実に合

格圏には入れます。

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