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組踊「執心鐘入」の教材開発

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Academic year: 2021

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組踊「執心鐘入」の教材開発

─沖縄の国語教育を考える (2) ─

Teaching material development of KUMIODORI “Syushinkaneiri"

:National language education of Okinawa (2)

       田 場 裕 規        TABA Yuuki

1.「古典」と「伝統」─芸能を国語科に活かすには─

 「古典」と「伝統」の大きな違いは、その指 し示すものの存在感の濃度の違いとも言えるだ ろう。「古典」は存在論的に「在る」ことを前 提としていて、「伝統」は「伝え統べる」現象 が「在る」ことを前提に捉えることを指すもの と考える。「古典」【図 1】は一点集中的に固有 性を帯び、存在感の濃度を強めるが、「伝統」【図 2】は一点から波及的(広範的)に同系色を拡 散し遍在させるイメージを持っていると考えら れる。ゆえに、『源氏物語』は「古典」として 位置付くが、広範に「伝え統べる」現象として

「伝統」と捉えることは難しい。或いは、盆踊 りなどの芸能は「伝え統べる」現象として捉え ることは可能だが、固有性を帯びた「古典」と しては位置付けられない。

 国語教育において、「古典」を重視する側面 と「伝統」を重視する側面の違いによって、取

り扱う教材に差が出るのは、存在論的に固有性を帯びて「在る」ことを前提としてい るのか、或いは広範に「伝え統べる」現象が「在る」ことを前提として捉えるのかの 違いと考えられる。

古典

【図 1】

伝統

【図 2】

(2)

 このことを前提として、組踊「執心鐘入」の教材性を考えると、琉球の古典芸能と して存在しながらも、日本列島を「伝え統べる」〈道成寺もの〉の一系列をあらわす「伝 統」として様々な可能性を持つ。これは教材として芸能を国語科の中に活かす視点と して重要なことだと考える。

 組踊「執心鐘入」は伝統芸能における所謂〈道成寺もの〉の一系統であり、次のよ うな系列【図 3】[1]の中に位置する。

1.1. 玉城朝薫の「執心鐘入」─列島に点在する道成寺説話の一系統─

 この組踊「執心鐘入」を創作したのは、玉城朝薫(1689-1734)であり、琉球国の 尚敬王冊封の際(1718)、踊奉行に任命され、和文学や大和芸能に通じていたと言わ れる。『球陽』[2]によれば「首里の向受祐(玉城親雲上朝薫)は、博く技芸に通ず。

命じて戯師と為し、始めて本国の故事を以て戯を作り、人に教へ、次年演戯して、冊 封天使の宴席に供せしむ。其の戯、此れよりして始まる(原漢文)」とあり、七宴の内、

重陽宴において組踊(「二童敵討」、「執心鐘入」)を上演した。その後「女物狂」「銘 苅子」「孝行之巻」などを創作した。

【図 3】

道成寺もの

黒髪系

道成寺黒髪 供養

鐘系

後日譚系

「鐘巻」黒川能 能「道成寺」

長唄

京鹿子娘道成寺

地歌・箏曲

新道成寺

新娘道成寺

原説話系

「古道成寺」地歌

義太夫新内 日高川

「紀州道成寺」長唄

「執心鐘入」組踊

(3)

 組踊「執心鐘入」の創作について注目されるのは、〈道成寺モノ〉の一系列にあり ながらも、道成寺を舞台にしたものではなく、沖縄の故事に根ざして創作されている 点である。即ち『おもろさうし』の中にも記述を残す「中城若松(安谷屋若松)」を 登場させている点である。しかし、鐘入り変化する故事のプロットは、能「道成寺」

などの道成寺説話が影響していることはゆるぎない。

 このようなプロットは、玉城朝薫が生涯を通じて七度の上国があったことが影響し ている。七度の上国によって日本本土の芸能・文化と接触していたことの内実は未だ 不明なことが多い。

 尚、最古の道成寺説話は『大日本法華経験記』の中にある「紀伊國牟婁郡悪女」で ある。『今昔物語集』には、「紀伊ノ国ノ道成寺ノ僧、写法花救蛇語」があるが、先行 する『大日本法華経験記』を漢文訓読したものとみてよい。玉城朝薫の「執心鐘入」は、

能「道成寺」同様に鐘の中で蛇体に変身するが、この二つは、従来「籠り型」と言わ れ、男を女が追う際、一旦家に戻り「籠る」ことによって蛇体に変身する。しかし、

後日譚として語られる「道成寺」とは異なり「籠り型」同様の展開を見せるのも「執 心鐘入」の特徴と言える。それは、沖縄の故事に根ざそうとした玉城朝薫の創意工夫 であった。

1.2.『高校生のための古典副読本 沖縄の文学』

 『高校生のための古典副読本 沖縄の文学』(1970 年)は、米軍統治下の沖縄で出 版され、価格は「五〇セント」であった。沖縄県高等学校教職員組合によって編まれ、

表紙図案には儀間比呂志の版画が使われている。編集委員は次の通りである。

   真和志高校教諭 照喜名繁夫 / 浦添高校 加治工真市 / 浦添高校 島袋宗紘 / 中 部商業高校 喜舎場朝順 / 普天間高校 津波古敏子 / 普天間高校 宜保栄治郎 / 首里高校 野原広亀 / 琉球大学講師 池宮正治 / 国際大学講師 当間一郎(※所 属、職階、氏名表記は初版に拠る)

沖縄学を牽引してきた面々の名前が列なっていることがわかる。改訂版の発行が期待 されていたが実現しなかった。後に、波照間永吉監修『新編沖縄の文学』(2003 年)

が出版された。この書は、沖縄の言語文化を網羅的に編んだことによって、1970 年 版には無かった漢詩文や琉球和文、沖縄芝居なども掲載された。

 組踊「執心鐘入」は、『高校生のための古典副読本 沖縄の文学』(1970 年)と『新

(4)

編沖縄の文学』(2003 年)に共通して掲載されている。

2. 組踊「執心鐘入」と沖縄・高校国語科の現状

 沖縄県では、これまで高等学校の国語科において組踊「執心鐘入」を教材として扱 うことが多かった。それは沖縄県高等学校教職員組合が『高校生のための古典副読本  沖縄の文学』(1970 年)を出版し、その中に組踊「執心鐘入」が取り上げられたこ とが契機となった。また、沖縄県高等学校教職員組合では、組踊部会を設置し、現職 教員がプロの組踊役者から実演を学び、定期的な学校公演を行ったことも、教材化の 気運を高めたと言える。

 しかし、沖縄県の高等学校の国語科において組踊「執心鐘入」を扱うことは徐々に 減少していると言われ、沖縄県高等学校教職員組合の組踊部会は危機感を募らせてい る。そこで、高教組教育資料センター組踊研究委員会は沖縄県内の高等学校の国語科 教員に緊急アンケート調査(2013 年 10 月)を行った。アンケートの質問と結果は次 の通りである。

「組踊」授業実践のためのアンケートのお願い

 組踊研究委員会では、「学校現場における組踊の授業実践」のための学習会や資料 配付を行ってきました。今後も沖縄の伝統芸能「組踊」を国語の教材として取り上げ、

授業実践を充実させていくために、アンケートを実施することになりました。お忙し い折、ご協力をよろしくお願い致します。(高教組教育資料センター組踊研究委員会)

次の問に答えて下さい。

 問 1 あなたの年代に○をつけて下さい。

     ① 20 代   ② 30 代   ③ 40 代   ④ 50 代以上  問 2 「組踊」の舞台公演を見たことはありますか ?

     ① はい    ② いいえ   ③ その他  問 3 「組踊」に関する授業をしたことがありますか。

     ① はい    ② いいえ   ③ その他  問 4 問 3 で「はい」と答えた方へ(省略)

 問 5 国語の授業で「組踊」を扱う事について、どう思いますか。

     ① 是非扱うべきだ

(5)

     ② どちらかというと扱うべきだ      ③ どちらかというと扱うべきではない      ④ 扱うべきではない

     ⑤ わからない

 問 6 「組踊」に関する授業する上での問題や課題は何ですか。(自由記述)

 問 7 (省略)

 組踊を見たことのある教員は全体の(92%)だが、組踊に関する授業をした経験

(68%)は、年齢にバラつきがあり、20 ─ 30 代と 40 ─ 50 代以上との境に大きな差 問 1

年代 20 代 30 代 40 代 50 代以上 全体

人数 47 107 79 37 270

問 2「組踊」の舞台公演を見たことがあるか。

はい 32

68% 103

96% 79

100% 35

94% 249 92%

いいえ 13

27% 4

3% 0 1

2% 18 18%

その他 1

2% 0 0 1

2% 2 1% 未満 問 3「組踊」に関する授業をしたことがあるか。

はい 11

23% 71

66% 71

89% 33

89% 186 68%

いいえ 36

76% 35

32% 7

8% 4

10% 82 30%

その他 0 1

1% 0 0 0

2%

問 5 国語の授業で「組踊」を扱うことについて 是非扱うべき 10

21% 27

25% 25

31% 17

45% 79 29%

どちらかというと

扱うべき 28

59% 61

57% 43

54% 17

45% 149 55%

どちらかというと

扱うべきでない 5

10% 4

3% 2

2% 1

2% 12 4%

扱うべきでない 0 2

1% 0 0 2

2%

わからない 4

8% 13

12% 5

6% 0 22

8%

(6)

が見られる。この差は国語科において「組踊」を扱うことに対する意識の違いを生み 出している。その原因は自由記述の問 6(「組踊」に関する授業を行う上で問題や課 題は何か)によって明らかになった。

 問題・課題として最も多かったのは、指導者・学習者が組踊の詞章(琉球語)に関 する知識が不足しているという点であった。このことは、組踊を扱うためには、琉球 語に関する知識が不可欠だとする 教員の意識が認められる。また、

国語科の年間指導計画の中にどの ように組み込むかという点につい ては、国語教科書に添った年間指 導計画への意識が強く、国語科の 教材として「組踊」をどのように 位置づけていいのかが不明瞭であることがわかる。8 割以上が組踊を概ね扱うべきと 回答しているものの、琉球語に関する理解の不足や国語科での位置づけに課題を感じ ている状況が分かる。

 これは古典文学教材として「組踊」を扱う意識が強く、語の理解、文章の解釈、鑑 賞を想定するからこそ提出される課題と言えるだろう。因みに組踊の詞章は韻文的で あり、現代の沖縄方言ではなく、古典語である。琉球の古典語の韻文を扱うことは、

口頭の琉球語(沖縄方言)を扱うことではなく、文字テキストとして扱うことを意味 するので、『源氏物語』や『徒然草』への理解のレベルと変わらないとも言える。

 筆者は、組踊「執心鐘入」について文学教材としての不完全性を指摘[3]し、「古典 芸能であることを考慮すると、組踊「執心鐘入」はテキストのみで、その文学性を保 持しえない側面があると言わねばならない。身体(声)を通して表現される文学世界 であるという認識を抜きにして組踊「執心鐘入」の価値は見い出すことができない」

とした。

 勿論、古典文学教材としての授業実践は、一定の評価があることを理解した上での 指摘ではあるが、学習者の実態や指導者の実態を考慮に入れると、かつて行われた授 業実践に拘泥するのではなく、新設された〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する 事項〕との関係において、組踊「執心鐘入」の教材性を捉えることが有益と考える。

○自分自身の勉強が足りないことと、学ぶ機 会が少ないこと。○方言がわからない(教師 も生徒も)中でどう指導するのか。○教える 側の知識の差がある。○興味・関心の持たせ 方。○芸術鑑賞と組み合わせを考えると毎年 というわけにいかない。○年間指導計画にど う組み込むか、評価方法、教材。

(7)

4.「伝統的な身体文化」から「伝統的な言語文化」へ、そして「古典」へ

 世羅博昭は、「学習者の発達段階を考慮すると、小学校では『古典の原文の持つエ ネルギー』を感得させることに重点を置いて、中学校では『古典の原文の持つエネル ギー』と『内容』を読み味わうこととをバランスよく、高等学校では『内容』を読み 味わうことに重点を置いて、それぞれ指導することが求められる」[4]と指摘した。世 羅は「古典の原文の持つエネルギー」を感得させることの方策として、音読や暗唱を 挙げたが、感得させる方策をさらに深化させるために「伝統的な身体文化」に注目し たい。

4.1.「伝統的な身体文化」から「伝統的な言語文化」へ─組踊の〈唱え〉による学び─

 〈唱えの系譜と種類〉

 組踊の〈唱え〉は能の宝生流の謡と関係があると考えられていたが、矢野輝雄は「謡 と唱えが関係ありとするのは疑問である」[5]と述べている。宮城茂雄は「唱えは謡を ヒントに考案された可能性はあるが、能では老若男女すべてが同じ謡である。それに 対し、組踊は〈若衆・女・男・老人・間の者〉の 5 種類の唱えがあるので、謡と唱え は別物と捉える必要がある」[6]述べている。

 このような組踊の〈唱え〉の中から、代表的なものとして、〈若衆〉〈女〉の唱えを 学習することによって、詞章としての組踊テキストから「古典の原文の持つエネル ギー」を感得させることが可能になる。つまり「伝統的な身体文化」から「伝統的な 言語文化」へとつなげていくことになる。

 上の表は、宮城茂雄[7]考案の〈若衆〉〈女〉の唱えの表を一部改良したものである。

上(ド)・尺(ミ)・工(ファ)・五(ソ)は琉球古典音楽で用いる三弦を本調子に調 弦したとき、琉球古典音楽の楽譜「工工四」における音の符号である。西洋音階では、

上(ド)・尺(ミ)・工(ファ)・五(ソ)に相当する。厳密には開放弦の音高には、様々 な流儀・様式がある。ここでは、「伝統的な身体文化」の学習教材として捉えるため

五 マツィドゥ

工 カグスィクワカ ヤ

尺 ンヤナ ユ

上 ワ ル

(8)

に簡易的に示しておく。

 唱えの技法については、専門的には「掛け・掬い・強吟・底吟・和吟・含み」等、

六種類の技法があると言われているが、ここでは細かな技法については言及しない。

次に示す詞章は〈若衆〉の唱えの例で、組踊「執心鐘入」の中の詞章である。

  【若衆「執心鐘入」若松詞】

  わ(わんやなかぐすぃく)

ぬや中城(8 音) 若(わかまつぃどぅやゆる)

松どやよる(8 音)

  み( め で い ぐ と ぅ あ て ぃ ど ぅ )

やだいりごとあてど(8) 首( し ゅ い に ぬ ぶ る )

里にのぼる(6)

  廿(ふぁつぃかゆぬくらさ)

日夜の暗さ(8) 行( い く さ ち や ま ゆ て ぃ )

先やまよて(8)

  こ( く と ぅ に や ま み ち ぬ )

とに山路の(8) 露( つ ぃ ゆ ん し じ さ )

もしげさ(6)

  あ( あ ぬ む ら ぬ ふ ぁ ず ぃ り )

の村のはづれ(8) 火(ひぬふぃかりたゆてぃ)

の光便て(8)

  立( た ち ゆ や い く ゆ い )

ち寄やり今宵(8) あ( あ か し ぶ し ゃ ぬ )

かしぼしやの(6)

 組踊の詞章は基本的に(8・8・8・6)の韻律をもち、琉歌形式を踏襲している。学 習者は(8・8・8・6)の韻律にのせた詞章を〈声〉の「伝統的な身体文化」として学 ぶことによって、琉歌形式の韻律のもつ伝統性と言語を結びつけていくことができる。

琉歌形式の(8・8・8・6)が、「文字文化」の対極に位置づく「声の文化」を形成し てきたことは、明治期において「つらね」[8]という(8・8 調)の長歌体の琉歌を生み 出していったこととも関係する。特に、沖縄芝居における『泊阿嘉』のクライマック スの場面で登場人物の伊佐思鶴から阿嘉樽金にあてた「つらね」の遺言は反響を呼び、

明治期(1898 ‐ 1917)の新聞紙上で盛んに投稿があったことを仲程昌徳[9]は明らか にした。(8・8 調)の「声の文化」は恋を歌う形式の代表となり、さらに恋文の形式 に変化していったことは、(8・8 調)の韻律による「伝統的な身体文化」を見いだす 視点になるものと考える。

5. おわりに

 今日における、組踊「執心鐘入」の教材性は、「伝統的な身体文化」としての〈唱え〉

の持つダイナミズムを捉える視点が重要になる。「伝え統べる」〈声〉の文化を「伝統 的な言語文化」に切り結ぶことが内在していることに注目し、今後も芸能の教材化を 追求していきたい。

(9)

[1]吉川英史「道成寺もの」の美、『道成寺絵解き本』(道成寺護持会発行)PP68-69 一部加工して掲載。

[2]『球陽』1743-45 年(寛保 3 ~延享 2)に編述された琉球の歴史書。本巻は正巻 22、付巻 4 からなり、

外巻は正巻 3、付巻 1 からなる。全文漢文で記されており、琉球王国の正史を代表するものである。外 巻はとくに「遺老説伝」の名でよばれる。

[3] 田場裕規「第三章 国語科における沖縄古典芸能の教材化の視点と意義─「伝統的な身体文化」と「伝 統的な言語文化」─」『沖縄から考える「伝統的な言語文化」の学び論』(村上呂里・萩野敦子編)溪水 社、2014 年 2 月、pp111-148

[4]世羅博昭「『伝統的言語文化』に親しむ指導の視点と方法」月刊国語教育研究 2010 年 8 月 第 460 号、

pp4-9

[5] 矢野輝雄『組踊への招待』琉球新報社、2001 年 8 月、p111

[6]宮城茂雄「組踊〈唱え〉の研究」『南島文化』35 号、2012 年 3 月、p113

[7]前掲、p115

[8]つらね「連 チラニ。歌劇や狂言の中に出てくる八・八調の定型律でつづられた台詞で、心に積る思い を表白するときなどに、いちだんと高潮した節まわしでのべる。長歌体の琉歌といえよう。よみつらね た歌の意味である代表的なつらねに歌劇『泊阿嘉』や『薬師堂』がある」『沖縄文化史辞典』東京堂出版、

1972 年 3 月

[9]仲程昌徳『つらねの時代』ひるぎ社文庫、1990 年 5 月

参照

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