ルクーとカントとマルクスにおける自由の問題
難な問題を直接追求しょうとするものではない︒
自由の問題は人間存在の言わば重層的複合的構造に基ずいていろいるの観点や次元 や深さにおいて語られ得る︒賀際人間社会の脈史的発展と共に︑またいろいろの思想 の立場や性格の異なるに従つて︑自由が問題とされる場合の主たる隅点や次元等がい ろいると嬰化し相異してくることは周知の事実である︒そこからして今
H
或は宗敦的 自由が語られたり︑逍徳的自由が説かれたり︑或は又政治的自由が重視せられたり︑
経済的自由が強調されるのである°然し今日自由の問題におけるこうした分化や特殊 化が選憾ながら単に分裂や孤立化に陥り︑真の具体的なる統合的媒介を実現していな いのではないかと思う
0
自由は人間存在の板本理念の一つであり︑それは何所までも 生のそれぞれの領域において深く透微滲透すべきものであろうが︑然し又同時に生の 諸領域が元末緊密な統合をなすものである限り︑そうしたそれぞれの領域における自 由も緊密な統合的媒介を保ち︑具体的なる梢造聯関を形成すべきものである°若しそ うした統合的媒介が欠如していたり︑或はそれが浅薄不完全なる場合には︑既にその ことが自由の全き実現を阻害するということにもなる︒そうした意味において我々は 生のそれぞれの領域における自由の完全なる実現と而もそれ等の諸領域における自由 の︑言わば真に自由なる具体的統一を望んで止まないのである︒それがこの小論を支 えている問題揺識なのであるが︑然し勿論この小論はそうした大きな︑多くの而も困
序
と 思
う ︒
こ の 小 論 は 私 が
︑ 上 に 述 べ た よ う な 問 題 意 識 を 背 景 と し て
︑ キ リ ス ト 敢 か ら カ ン ト や ヘ ー ゲ ル を 経 て マ ル グ ス に 至 る 自 由 の 問 題 線 を 追 求 す る こ と を 宿 題 と し て 立 て
︑ 特 に 先 ヤ ル タ ー に お け る 自 由 の 概 念 と カ ン ト に お け る 自 由 の 概 念 の 間 を 行 き つ 戻 り つ し て い る う ち に 得 た と こ ろ の 両 者 の 精 神 史 的 関 聯 と い う こ と に 関 す る 若 干 の 感 想 を 述 べ
︑ 叉 そ れ 等 に お け る 自 由 の 問 題 が マ ル ク ス に お い て 更 に 別 途 の 地 平 に 向 つ て 発 展 し て 行 か ざ る を 得 な か っ た 精 神 史 的 関 聯 に つ い て 簡 単 な 考 察 を 加 え て み た も の な の で あ る
︒ この小論のうち︑ルターにおける自由の概念とカントにおける自由の概念との精神
史的関聯を取扱った第一節から第一
1一節までの部分とマ形クスにおける自由の概念の精
稗史的意義やその諸問題を論じた第四節および第五節の部分とは︑問題のとり上げ方 が相異し︑又少し違った時機に翡かれたものであるため︑全体としては不体裁たも
0
になり︑父紙数の制限や浅学のためいろいるの点において不備なものとなり︑特に第 四節と第五節において註記がいたずらに多くなったが︑これは
l
つにはこの小論が私
にとつてはただこうした問題に関する現在における私の院書ノートの一応の整理とい う怠味でまとめられたものにすぎないからである
0 他 H
尚槻会を得て補つてゆきたい 宗
教 改 革 の 先 駆 者 ル タ ー と 批 判 哲 学 の 創 立 者 カ ソ ト と の 間 に は 一 見 し た と
石
ル ク ー と カ ン ト と マ ル ク ス に お け る 自 由 の 問 題
瀬
秀
治
ー 1 3 1‑
こ ろ 精 神 史 的 に は そ れ 粗 直 接 に 密 接 な 関 聯 が み ら れ な い よ う に 思 わ れ る か も 知 れ な い が
︑ 然 し 両 者 を 緒 神 史 の 深 い 河 床 に お い て 考 察 す る 時
︑ 両 者 に お け る 信 仰 と 理 性 と い う 立 場 の 根 本 的 相 違 に も 拘 ら 中
︑ 両 者 が 直 接 に 極 め て 踪 い 関 聯 を も つ と 考 え ら れ る の で あ る
︒ こ の 事 は
︑ 当 然 の こ と な が ら
︑ カ ソ ド の 理 論 理 性 の 批 判 よ り も 実 践 理 性 の 批 判 に お い て 特 に 顕 著 な の で あ る
︒ と こ ろ で カ ン ト の 倫 理 観 の 全 般 の う ち に プ ロ テ ス タ ン デ ィ ズ ム の 精 神
︑ 特 に ピ エ テ ー
9
ス
ム ス の 精 帥 が 広 く 深 い 影 鴨 を 与 え て い る こ と は 従 来 多 く の 人 々 の 指 摘 し て
( l ) •
い る と こ ろ で あ る
︒ が 然 し
︑ そ れ の み な ら 中
︑ 私 は カ ソ ト の 倫 迎 思 想 の い ろ ー
\ の 語 句 や 思 想 図 式 に お い て 具 体 的 に ル タ ー の 思 想 と の 粽 い 関 聯 を 感 ぜ ざ る を 得 な い の で あ る
︒ 先 中 ル タ ー と カ ン ト と の そ う し た 精 神 史 的 関 聯 を 特 に 自 由 の 問 題 を 中 心 に し て い く ら か で も 明 ら か に し て み る と い う こ と が こ の 小 論 の 最 初 の 課 題 な の
である︒
と こ ろ で
︑ ル タ ー と カ ン ト に お け る 自 由 の 概 念 の そ う し た 精 神 史 的 開 聯 を 追 求 す る に 当 り
︑ こ こ で は 両 者 の 余 り に も 周 知 の 思 想 に 詳 し く 関 説 す る こ と は 避 け
︑ た だ こ の 試 論 の 意 図 に 必 要 な 範 囲 に お い て の み 躙 れ て い く こ と に し た い と 思 う
︒ 先 ず 順 序 と し て ル タ ー の 思 想 を み て お く の が 便 宜 で あ ろ う
︒
( 1 )
︑ルクーの宗教改革は直接には中世教会によって隈罪のために発行された免
罪符ど偕職売買︵シモニー︑即ち牧入税や袈裟代など︶への抗議に始まったのである
が︑然しそれは更に中世敦會における善行功菊による救済や儀札式典による信仰や律
法主義等の立場を信仰主義や蔦音主義ゃ聖書主義等の立場から烈しく攻撃し︑人
間はただ信仰によってのみ紳の恩寵のもとに義とせられ︑そこにのみ救済を見出し得
るとすることによって︑宗敦における純梓な内面性と︑主体性を洗焼することに突き進
富山大学紀要経済学科論集
( 2
) ︑ 故またルターは︑バウロと同様に︑ あるからである﹂
と さ
れ ︑
ち原罪の故に︑人間の﹁わざ﹂は凡て﹁たとい外的には善らしく思われても︑内的に
( 2 )
は悪しき根を持つ﹂のであり︑良心の眼をいよいよ鋭くしてその内部を根底から見つ
( 8 )
める時︑それは全く﹁汚物でみちみちて﹂いるのである︒従つて﹁陵罪以後の人間の
自由慈志は看板にすぎない 0 自由意志がその力の及ぶ限りの事をやっているかぎり︑
自由意志は死にいたる罪を犯すのである°何故なら自由蹂志は罪の虜であり︑奴隷で
( 4 )
﹁自由意志は全く悪を為すごとに自由である﹂と言われ
る︒かくして人間の自由意志は︑原罪の故に︑正に﹁不自由なる譲志﹂︑あるいは﹁奴
隷的意志﹂と呼ばれ︑人間は凡て﹁堕落せるもの﹂︑あるいは﹁無力なるもの﹂と規定
され︑かくも根深き原罪に繋縛され︑かくも根張き自己愛に浸潤された人間はあげて
罪と死の主体であると告白される︒そこからして︑ルターは﹁原罪は鑽静されはする
が︑然し肉体の死によるの外には全く根絶されることはない
j
と語るのである︒それ 5
﹁律法の行為によりては一人だに紳のまえに義と
K 6 )
せられず°律法によりて罪は知らるるなり﹂とし︑宗教の根本命題を﹁義人は信仰に
て )
由りて生くべし﹂ということ︑つまり信仰による義認ということに求めたのである︒
﹁義人は信仰に由りて生くべし﹂という思想は中世敦會における如き儀式や
羹による信仰︑あるいは功徳ゃ善行や律濫による救済を否定して︑信仰における純梓 志的行為を凡て根深く﹁肉﹂や﹁自己愛﹂ 先ずルターはキリスト教伝来の人間観に某ずいて人間を﹁肉﹂と﹁魂﹂︑あるいは
r うちなる人﹂と﹁そとなる人﹂との厳しく対立する二拿構造において捉え︑然もこの
場合人間の徹底的罪性を強調し︑
f
原罪に人間性の扱本を認めることにより︑人間の意 んでいったのである︒
︵﹁自愛﹂︶に繋縛されたものとする°即
‑ l 3 2 ‑
なる主体性と内面性を強調し︑人間は己れの徹底的罪性を﹁告白﹂
十字架を通して﹁悔改め﹂をなす事により︑つまりただ信仰によってのみ神の恩甑の もとに義とせられ︑そこにのみ救済を見出し得ることを意味する︒律法の立場はただ 人間が罪と死の主体であることに目覺めしめるに過ぎない︒﹁律法の末りしは年口の噌
( 8 )
︵
9)
さんためなり﹂とか︑﹁誡倫きたりし時に罪は生きたり﹂と言われる所以である︒か くして人間は律法を通して罪に目覚め︑罪の目覺めによって誇虚になりて︑悔改めを なさざるを得ないのであり︑紳の愛と恩寵はこうしたおのれの罪悪深軍に懺悔し︑悔改 めをなせる者にのみ奥えられる︒そしてこの場合人間が罪と死に絶望懺悔するのは︑
稗 が 恩 寵 と い う
﹁ 固 有 の わ ざ
﹂ を 行 う た め に
︑ 神 が 人 間 に 加 え る
﹁ 異 な る わ ざ
﹂ に ( l o ) 外ならないのである︒つまり神の﹁固有のわざ﹂は紳の﹁異なるわざ﹂を媒分にして のみ実現されるのである︒稗がその﹁異なるわざ﹂によって人間を罪に対する絶望懺 悔に導くのは正に恩樅という﹁固有のわざ﹂によって人間を高め︑義とせんがために 外ならない︒このように神の愛や恩寵はただおのれの罪に対する徹底的な懺悔という
( 1 1 )
﹁罪の噌すところには恩恵も禰増せり﹂である︒
事なしには逐に不可能なのである︒
この同じ関係は又次のようにも説明されている︒即ち神は先ず﹁怒の紳﹂として人間 の罪を審判するのであるが︑然しその﹁怒の神﹂の審判のうちには﹁稗の愛﹂が隠さ れているのであって︑﹁神の愛﹂はそうした﹁奴心の紳﹂を通してのみあらわとなるの
( 1 2 ) である︒かくして﹁旧人を切り去る恐怖の中に新人を形成する希望が生まれる﹂とも 言われる︒このように信仰とは正に罪の懺悔を通して神の恩寵を受けることに外なら ないが故に︑信仰においては人間は不断に﹁罪人にして同時に義人﹂なのである︒っ まり信仰告白においては﹁罪の告白﹂と﹁主の讃美﹂︑あるいは﹁絶望﹂と﹁希望﹂︑
ルクーとカントとマルクスにおける自由の問題
﹁懺悔﹂し︑受苦と
さらには﹁謙虚﹂と﹁高揚﹂という﹁互に矛盾して一致しない事柄﹂が同時に含まれ
3 ‑ ているのである︒人間はおのれの罪を告白懺悔するという点においては絶望謙虚の結 果卑うせしめられるのであるが︑然し恩寵を与えられるという点においては希望し高 揚せしめられる°信仰は人間を絶望せしめながら希望せしめ︑謙虚ならしめながら高
( 1 4 )
揚せしめるのである°信仰におけるこうした二重構造︑あるいは辮証法はルクーが繰
ルターにおいては律法の行為によっては一人だに肺の前に義とせられる事 はなく︑人の義とせられるのはただ信仰によりてのみなのである︒人間はただおのれ
の罪に絶望懺悔することにおいておのれに死し︑一鵬音を信ずることによってのみ新に
復活せしめられ︑そこにおいてのみ真の浄輻の生命を生きることが出来るのであり︑
ひたすら紳の前に己れの一切を投げ出すことにおいてのみ稗の恩寵が啓示されるので ある︒﹁そのとき霊魂は蹄すべきものを神に蹄し︑委ぬべきものを稗に委ね︑神の塑
( 1 5 ‑ 名を崇め︑紳の欲するままに自からを虞置しているのである﹂°或は又﹁霊魂はその 稗の言棄と合体せしめられ︑しかも全く完全に合体する故に︑紳の言葉による凡ての 徳がまたその霊魂のものとなり︑かくて信仰の故に霊魂は肺の言葉によって聖く義し
( 1 6 ) く真寅に平和に自由となり︑凡ての善に充ちて稗の爽賀な子となる﹂︒つまり信仰にお いては﹁恰も鉄が火中に焙と︱つになるに従って焔の如くに赤熱すると同じく︑霊魂
( 1 7 ) も紳の言葉がある如くに言葉に化する﹂のである︒正にそこに﹁基督者の自由﹂が成 立する︒恰もこうした意味においてこそ自由の概念がルクー稗学の根本慨念であり︑
その支柱をなすのである︒この様にルクーにおいては真の自由は決して律法ゃ掟の立 場に成立するのではない
0
律法や掟の立場は原罪に繋縛瓢餘せられた悲惨な奴隷的不
G 3
) ︑ り返し注意しているところである︒
‑ 1 3 3 ‑
自由の立場に外ならない︒そうした奴隷的意志が懺悔により無に蹄して稗の言葉に合
こ
1 8
)
一せしめられる時に始めて真に深い自由があらわとなるのである︒そしてそこにおい
ては正に﹁基督者は凡てのものの上に立つ自由な君主であって何人にも従属しない﹂
のであるが︑然し又﹁凡てのものに奉仕する僕であって何人にも従属する﹂のであ︱
る°信仰における真の自由のうちにはこうした一見矛盾するかに思われる﹁君主﹂と
﹁僕﹂という二つの事柄が言わば﹁君主﹂即﹁僕﹂として統一されてくるのである︒
我々はルターとカントにおける自由の概念の精神史的関聯を追求するに当 り︑先ずルターの思想を特にここに必要と思われる範囲においてのみ簡単に 思い浮べてみたのであるが︑次に節をあらためてカントの思想のうちでこう したルターの思想に直接関獅すると思われるものを若干指摘してみることに
し よ
う ︒
( 2
>
( 3 ) ( 4 ) ( 5 ) ( 6 ) ( 7 ) ( 8 ) ( 9 ) ( 1 0 ) ( 1 1 ) ( 1 2 ) ( 1 3 ) ( 1 4 )
( 1 )
例えば西村貞二課︑トレルチ﹁近代枇界とプロテスタンティズム﹂一四
OI 一四一、一七四—一七五頁参照
蕗田孫太郎諜︑﹁ルター選集 1 ﹂︑ハイデルベルクの宜言︑第五
同 諜 書 ︑ ハ イ デ ル ︑ ベ ル ク の 窪 言 ︑ 第 三
同課青︑ハイデルベルクの窪言︑第一︱
1 ‑
小島潤訳﹁ルタ L 善行論﹂︑一六五頁
新 約 墾 書 ︑ ロ マ 芹 ︑ 一
i一 の
二
0
同書︑ロマ書︑一の一七
同蓄︑ロマ書︑五の二 0
同書ヘロマ書︑七の九
朦田孫太郎訳﹁ルター選集 1 ﹂︑ハイデルベルクの宜言︑第一六
新約聖書︑ロマ書︑五の二 0
藤田孫太郎訳﹁ルター選集 1 ﹂ ︑ 七 つ の 悔 改 め の 詩 篇 ︱ ‑ =
‑ 0
篇
同 上
親鸞における﹁二種深信﹂や﹁槻法一体﹂の思想は等しくそうした信仰の辮
証法を朋らかにするものとして注惹すべきであろう︒ 富山大学紀要経済学科論集
石原朦訳﹁基督者の自由﹂︑第一︱
同訳書︑第一〇
同 訳
書 ︑
第 一
〇
カルヴィンも︑かの厳しい予定説を介してではあるが︑﹁神への服従こそ真
の 自
由 ﹂
S e
r v
i r
e
‑ D
e o
̀
v e
r a
l i b e
r t a s
! で
あ る
と い
う ︒
石原謙訳﹁基督者の自由﹂︑第一
我々は第一節においてルターの思想を特にこの小論の意図に必要な範囲に おいて思い浮べてみたのであるが︑それと同時にここでも我々は余りにも周 知のカントの思想にくど/\`しく関説することは避けて︑たゞカントの思 想のうちルターのそれと直接精神史的に関聯すると考えられるもののみを筒 単に指摘していくことにしよう
0
•
︹ 1)
︑カントは認識の領城において自然に対する自我の自発的立法という性 格を間閲し︑更に続いて道偲の領域において感性的自然に対する理性の自律 としての自由の枯造を開明し︑道徳的自由における純粋なる︑主体性と内面性 を強闘したのである︒即ち先ずカントはキリスト敦的人間観の伝統を背景と して︑人間を﹁感性﹂的にして而も﹁坦性﹂的なる二璽構達をもつものとし︑
﹁感性界に属すると共に而も同時に以知界に属するもの﹂として捉え︑道撼 的自由は拾もこうした二重性格の対立する限りにおいて可能となり︑叉そう した二菫構送においてのみ成立するものと考える︒つまり人間は一面感性的 存在である限りにおいて﹁感性的傾向性﹂に瞬癸され︑﹁自愛﹂へ類落する 可能性を板源的に背負わされているのであるが︑然し叉同時に他面迎性的存 在でもある阪りにおいて傾向性を.否定して︑自らの立法する道徳法則による 自己限定を行う自由の主休なのである︒自由は単に消橙的に感性的自然から の独立性ということに止まらず︑更に積枢的には実践理性の自己立法を意味 する︒従って自由とは感性的自然に対する実践理性の否定的自己限定なので
( 1 9 )
( 1 5 ) ( 1 6 )
g "
[
︶
( 1 8 )
四
‑134 ‑
l v ク ー と カ ン ト と マ ル ク ス に お け る 自 由 の 問 覇 あ る 道億はこうじた自由を存在根掲としてのみ成立し︑こうした自祁こそ 0
凡ゆる道徳律の唯一の原理なのであり︑こうした道億的自由が正に力 y 卜 哲
学全体の﹁要石﹂なのである︒そこからして善悪の概念も実践理性の道徳律
に先き立つて規定されるのではなくして︑却つて反対に道徳律に従って且つ
これによってのみ規定されるべきであるとされる︒即ち感性的自然︑あるい
ほ欲求の対象に全く厨慮することなく︑ただ理性原理のみが意志の規定根拠
となる時︑その意志は善なのであり︑叉欲求の対象が直接に意志の規定根拠
となる時︑それな悪とたる︒かくして感性的にして而も理性的なる二重構造
を有する人間存在においては善の実環は原甥上悪への可能性を否定的に謀介
することにおいてのみ可能となる︒感性的自然や愛着や悪への可能性を否定
的に媒介しないような意志は正に﹁神的意志﹂なのであり︑そうした許志は
人間の有限なる意志ではあり得ない︒それ故人間の道徳的心術は感性と狸性
との﹁闘争﹂の場においてのみ成立し︑道徳の存立する親は廻性的法則によ
る感性的自然の限りない自律的克服という境地に外ならない︒カントにおい
てほ人間はかかる道徳の主体として正に﹁自由に行為する存在者﹂なのでめ
る︒それ故成程カソトはその宗教論においてキリスト教の﹁原罪﹂の思想に
通ヤるものとして極めて含蓄のある﹁根本悪﹂の思想を提出したのではある
が︑然し力 y 卜においてはそうした﹁根本悪﹂の所謂﹁根本性﹂は結局は失
われて了 5 ことになってくる︒即ちカントは言う︒﹁この悪は自然的性癖と
して人間の力によっては根絶せられることは出来ない
0
.然しそれでもこの ,
性癖は克服することの可能なものでなければならない 0 何故ならそれは自由
( 1 )
に行為する存在者としての人間において存するのだからである﹂と︒ヵ y ト
が人間を如何にその本性上﹁根本悪﹂に根差せるものとし︑叉如何に深く人
間における﹁自愛﹂や﹁心情の顧倒﹂ということを洞察していたとしても︑
然し尚その根本悪は根絶することは出来ないが︑克服し得るものであり︑畢
覚人間の自力的努力の支配ドにあるものとされたのである°我々は先ず第一
にここでヵ y
卜のこの周知の思想の立場と第一節に挙げたルターの著名な
﹁原罪は鎮静されはするが︑然し肉体の死によるの外には全く根絶されること
五
ばない﹂というあの思想の立場との根本的相異に注意すると共に︑更に然し
何らかの程度においてこうした両者の表現方法の間に関聯を認め︑何らかの
形において前者の思考図式や説明方法が後者のそれに系譜をもつとみてよい
のではなかろうかと思う︒
( 2
こ︑カントにおいては自由は単に消枢的に感性的自然からの独立性と
いうことに止まら中︑更に積極的には実践理性の自己立法を意味する︒'つま
り自由は感性的自然に対する実践理性の否定的自己限定であり︑人間は自ら
のセ法する道徳法則による自己限定を行う自由の主体である︒従つて道徳法
則は次の二重の意味をもつ︒即ち﹁道徳法則は我々における主観的な反抗︑す
なわち愛着に対抗して自惣れを弱らしめることによって同時に尊敬の対象と
なり︑更に一歩を進めてそれを打ちのめし︑屈服せしめることによって最大の
‑ 2 )
尊敬の対象となる﹂°道徳法則が自愛や自負という愛着を否定するというこ
とによって︑我々は﹁謙抑﹂の念を感ぜざるを得ないのであるが︑而も同時
l
にこの遁徳法則による否定の作用そのものが恰も道徳法則に対する﹁尊敬﹂
3 5ー
‑ 8 r
の現れに外ならないのである 0 尊敬は一面において謙抑屈辱の感情であると一
同時に︑他面においては自己の高揚する感情なのである 0
尊 敬
の 感
惰 に
お .
い
て我々は碑性的本来的自己に屈服しつつ︑而もその屈服させるものが自己で
あることにおいて理性的本来的自己にまで高まる︒こうした言わば﹁謙抑﹂
即﹁高揚﹂という対立するものの統一としてのみ道徳的主体における自由
が成立する︒ここでも叉我々はカントの道徳的自由におけるこの﹁謙抑﹂即
﹁商鴇﹂ーという思想が前に述べたルターの宗教的自由︑あるいは信仰告白に
おける言わば﹁罪の告白﹂即﹁︑王の朦美﹂︑あるいは﹁絶望﹂即﹁希望﹂︑さ
らには﹁諜虚﹂即﹁高揚﹂というかの思想を思想せしめることに注意したいと
思う︒勿論カントにおける﹁謙抑﹂即﹁高揚﹂の思想は道徳的自由について
語られているのであり︑ルターにおける﹁謙虚﹂即﹁高揚﹂の思想は宗教的
自内について論ぜられているのであるから︑両者の立場は失張り根本的にそ
の次元あるいは観点を異にするのであるが︑然しここでも我々は前者が何ら
富山大学紀要経済学科論集 かの形において後者にその系譜をもち︑両者の思考図式の間に深い精神史的 関聯があるものと考えてよいのではなかろうか
0 とすれば︑カントはルター
を背景とし参考としながら︑先に述べたように︑宗教上の﹁原罪﹂を追徳 上の﹁根本悪﹂にまで格下げをしたと同様に︑ここにおいても又信仰におけ る﹁謙虚﹂即﹁高揚﹂の笥野法を追徳における﹁謙抑﹂即﹁高揺﹂の閤證法
にまで転位脱化せしめたものと言えるのではなかろうか︒
( 8 )
︑ところで︑カントにおいては自由は積椋的には実践瑯性の自己立 法を意味し︑人間は自らの立法する迫徳法則による自己限定を行う自由の主
体なのである︒だから主休は道徳法則の立法者としてのみそれに服従する︒
つまり実践理性はおのれ自身に対して直接に規定を与えつつ︑而もその規定 においてのみ自ら規定せられるものなのである︒カントはそこに例の﹁定言 命法﹂を作り︑更にこの﹁定言命法﹂から﹁目的の主国﹂の思想を導き出し ているのであるが︑この﹁目的の王国﹂を説咀するにあたり今上に述べた関 係を次のようにも言いあらわしている︒即ち﹁踵性者は成櫻目的の国におけ る普遍的法則の立法者ではあるが︑然し叉自らこれ等の法則に服従もする点 においては︑彼は成員としてこの国に属している︒又自ら立法者となって何
ら他者の音芸心に服従しない点においては元許として属している﹂と︒叉他の
箇所では﹁我々は成程自由によって可能なる道徳の国の立法的部且ではある が︑然し又同時にその国の臣民でもある﹂と述べている︒そして又これらの 思想が﹁定言命法﹂の第二の尊出法式︑即ち﹁汝の人格及びあらゆる他の者 の人格における人性を︑常に同時に目的として取扱ひ︑訣して単に手段とし てのみ取扱わざるように行為せよ﹂という法式と密接な関係に立つことも周 知の事であろう︒とすれば︑我々はここでも又カントにおけるこうした﹁目
的の王国﹂における言わば﹁元首﹂︹﹁立法者﹂︶即﹁臣民﹂"﹁成員﹂︶
や更に﹁目的﹂即﹁手段﹂の思想と先に指摘したルターの信仰における言わ ば﹁君主﹂即﹁僕﹂という思想か極めて類似した思考図式であることに注目
したいと思う 0 勿論ここにおいても︑前者は道篤の領域において語られ︑後者
は宗教の領城において述べられているのであるから︑両者の存立する立場や 次元は根本的に異なる°然しそれにも拘らず矢張り前者が後者に猜軸史的系 譜をもち︑更には両者が精神史的に密接な関聯をもつと推測することは許さ
れるのではなかろうか︒
我々は今までに特に自由の概念を中心にしながらルターの思想とカントの 思息のうち梢誹史的に直接関聯すると思はわれるものを若干指摘してみたの
である 0
勿論両者の思想を一層詳しく比較検討していくならば︑尚この外に
も幾つか関聯するもの︵例えば心術主義︑良心︑主義︑動機主義︑厳粛主義︑
幸料主義の否定等に関する思想︶を挙げ得るかと思うが︑然し今はこの程度 にしておこう︒元来ヵソトはその三つの批判害や宗教論を扱った害物等にお
いて直接ルターに関説することがなく︑従って恰もカントがヒュームやルソ
ー等から深い影胃をうけた場合のように︑カント自身からルターからの影轡 や思想的系譜を證明する言葉を知ることは出来ないのである°然し私は︑上
6 3 に指摘してきたように︑カントはプロテスタンティズムや更にはビエティス ー ムスという精神的基調においても、又さらにはその箇々の思想や思考図式に—
おいてすら︑案外に多くのものを直接深くルターから受けついでいるのでは ないか︑従ってルターとカントとの精神史的関聯は意外に密接なものではな いかと推測せざるを得ないのである°勿論叉カントの思想や思考図式のうち
に如何にルターのそれに密接したものがあるとしても︑寧ろそれは単にキリ
スト教一般やプロテスタ y ティズムや更にはピエティスムスの神学に基ずく
のであり︑カントにおけるルター的要素は単にそうした一般的な神学の教養 のみによるものであって︑決して直接深くルターに結びつくのではないのか
も知れない 0
私は今それを何れかに決定する丈の力
4 自信もない 0
然しそれ にも拘ら中私は矢張りカントの道偲論や宗教論はプロテスタンティズムや特 にルターの精神に対する深い沈潜に基ずくものであり︑ルターの思想とカン トの思想との直接の精神史的関聯を認め得るのではないかと臆測されてなら
ないのである 0
勿論こうした主張はルターとカントに対する一層厳密周到な 研究によってのみ始めて正当な根掲あるものとなるのであって︑上に述べた
六
J V タ ー と カ ン ト と マ
J V クスにおける自由の問悶
ところのみをもつてこうした主張をなすのは安易軽卒の謗を免れないであろ
う 0
更 に は 又 そ う し た 問 題 に も 既 に 当 然 多 く の 文 献 の あ る こ と と 思 わ れ る が︑それについては浅学にして殆んど知るところがないため︑何ら参考にす
k "
る便宜を得なかったことも遺憾という外はない
0
然しそれにも拘らず私はカ ントにおけるいろいろの思想が意外に深くルターに関聯し密接しているので はないかと思われてならないのである︒そしてカソトが自らルターとの関係 について何ら語るところがないのは︑恰も我々にとつて余りに身近なものが 却つて特に取りたてて宣識されたり問題とされることが少ないのと同様に︑
カントにとつてルクーが極めて身近に密接していたからではないかと臆測す ることも出来るのではなかろうか︒こうした感想が一体何所まで正しいもの であるかは大方の厳しい批判と教示にまちたいと思う︒
私は今までカントの思想とルターの思想とのうち精神史的に密接に関聯す ると思われるものを若干指摘してみたのであるが︑然し叉他方私は︑既に折 々注意しておいたように︑両者の立揚や次元が根本的原理的に極めて相異し︑
全く遠く離れたものであると考えざるを得ないのである
0
次に両者の関聯の 遠い所以を一層明らかにしておきたいと思う︒
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( 6 )
態 野 義 孝 氏 に よ る と ︑ カ ー ル ・ ホ ル
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はカントの﹁逍徳形而上学の基
礎ずけ﹂の由来をルターの義認論に見出していると言われる︒︵態野義孝著
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マ ル
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ル タ
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七三頁︶尚同氏から直接敦示を得たところに
よると︑それはホルの
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Bd• 国 S.546ff. に 述 べ ら れ
ているとのことであるが︑私は遺憾ながら未だそれを読む機会を得ない︒
七
自由の概念は︑前に述べたように︑ルターにおいてはその神学全体の根本 概念であり支柱をなすに対し︑カン
F
においてもその哲学全体の﹁要石﹂を な す の で あ り
︑ 両 者 に と つ て 等 し く 中 心 的 な 基 礎 概 念 と な っ て い る の で あ
る 0
然しながら自由の概念に対する両者の立場はその観点や次元を全く異に する︒前節に指摘したように︑ルターとカソトの間にどれ程直接の密接なる 精神史的関聯が認められるとしても︑両者の立場におけるそうした根本的相 異は薇うべくもない︒それで次にカントにおける神や宗藪に関する規定を吟 味することによってこの辺の事情を少し見ておきたいと思う︒
カントにおいては自由は感性的自然に対する寅践理性の否定的自巳限定であり︑逍
徳的心術は感性と理性との闘争において成立する︒ところで又カントにおいては心術
l7 3 ー 一 と逍穂法則との完全なる合致において成立する﹁稗聖性﹂は寅賎的課題として人間に
必然的に課せられているのであるから︑人間は無限にこの合致を目指して進まねばな
らないが︑然しこの﹁肺迎性﹂としての﹁景上善﹂は感性界における有限な理性的存
在者にとつてはその存在の如何なる瞬間においても実現の不可能なるものである︒そ
れは唯同一の理性的存在者が無限に持続する存在と人格を有すること︑つまり霊魂の
不死を前提としてのみ可能なのである︒かくして所謂﹁最裔善﹂はこの雲魂の不死を必
然に要求し︑そこから霊魂の不死が寅践理性の﹁要請﹂とされる︒然し・﹁晟高薯﹂は単
に心術と逍循法則との完全なる合致のみを内容とするのではなく︑更に徊と幸輻との
合致をも要求する︒最上の術に最も完全な幸駕が与えらるべきことも賀践理性の必然
的課題として要請される︒然し幸福とは理性的存在者がその存在の全体において凡ゆ
るものを意のままになし得る如き世界の朕態であり︑従つてそれは自然と碑性的存在
富山大学紀要経済学科論集
者の意志の蜆定根闊との合致に華ずいてのみ可陣となる︒ところが自然界は道徳怯則による意志の規定と
は無閃係に成立するが故に︑道碑と幸福との合致を生砂如何なる根饂も直接には存しない︒こ A に 幸 福 と
道偲との正確な合致の懇礎となる如き存在︑つまり一方自然の最詞の原因であると共に︑他方そ仇を道偲
渋則の実現に遁応して調整し得る如き存在が要請される︒それが無限なる﹁叡智印意志﹂としての神なの
である︒つまりカントにおいては神の存在は﹁最高匹﹂が可加となるための条件として要請されたのであ
る︒神の存在は罪論理性にとつては﹁仮謡﹂に過ぎないが︑然し実践胴には緯粋理性を諒泉とする﹁迎性
信仰﹂であるとされる︒かくしてカントにおいては﹁最高睾この犀念を媒介にして直徳は必然に宗教へ導
( l )
くというのである︒そしてその曼"宗教とは﹁凡ゆる義窃を袖の命令として認識すること﹂であり︑成は
( 2 )
叉﹁我々が神を凡ゆる我々の立怯者として見跛すという紅に成立する﹂ものである︒従つてカントにおい
ては﹁徳より思虚へ﹂進むのが咄一の正しい道であって︑﹁忍輝より偲へ﹂の道は沢して岬されないのであ
る︒この様に罪性の翫学者カントにとつては神は直節の立間からの単なる﹁要請﹂とされ︑宗教は畢詞
﹁単なる理性の限界内﹂において捉えら仇たのである︒こうしたカントの江謁は疑もなくルターのそれと全
く根本的に相異する︒ルターにおいこほ神は訊して単なる要請というものではなく︑堕爵実在者として
( 4 )
の恩霞の神に外ならない︒だから例えばルターの宗敦が﹁良心宗教﹂と呼ば仇るとしても︑それは︑恰も力
ントの﹁混性信叫﹂が信仰ぱ理住の仰間内に成立するものであるとする該味におけるように︑宗教が単に
良心の範凹内の出番悶止まるというのでは決し瓦生い︒ルターにおいては這徳や善紅の立場は一応宗教
翌璽全く根本的に異なる︒勿論ルターにおいては但間は良心を媒介にし︑又良心や道喜憂は本質
羹術に欝仰や宗教の誓へ転入せざるを得ないのであるが︑然しそれはカントの滋偲は必然に知救へ導
くとする意味とは全く相異する︒そして又カントにおいては﹁筐より恩霞へ﹂進むのが咄一の正しい道で
あって︑﹁恩瓢より訳へ﹂の灌は昨されないのに対し︑ルターにおいては偲より恩寵へ突破せざるを得な
いのであり︑而も又息寵によってのみ偲か成就され︑恩虚より徳への道によってのみ匹行も全きを得るの である︒神の恩寓に浴し︑神の言葉と
lつになれる者にしての厄真に自由なる者として習行の全き成就者
となる︒だからルターにおいては偲より恩寵への迅と恩瞑より飼への道とは不可分にして︑閏者の道は相
互に転人し合うという閃倍にありへこの間者の道が互に他の迫を媒介にすることにおいてのみ全き自由が
あらわになる︒つまりルターにおいてほ自由は何所までも倍仰における自由として神と人間との間りとい
ろ謁のうちにのみ可鮨となるのである︒然るにカントにおいては神は佃所までも実践罪性の﹁要請﹂であ
り︑宗教は臨くまでも﹁単なる頸性の限界内﹂のこととされ︑自由は神との関係を離れ︑何所までも人と
人との閃飴における実践罪性の肖律としてひとり人間りうちなる理性と感性との閃りという易のうちに捉
えられた︒もとよりカントが道殴の尊眠や厳粛を深く実感し︑そうした道碑の顧埠を庫立せんとした功績
と襄謳は何人も否定することの出来ないところであり︑更に又その宗教論における﹁根本悪﹂の棚念が宗
教の本質に極めて接近したものではあろうが︑然し畢蒻ルターの信皿とカントの迎匹の立謁の根本的相異
ぱ疑うべくもない︒従つてカントにおける﹁信に所を与えるために知に限界を設ける﹂という意図は勿論決
して単に知識を励眼すること尼けで信皿を成汀せしめ得るとするものではなく︑信仰が認匹印自我の否定
を意味する道総印実践の﹁要諮﹂として成り立つと考えたものであり︑それは理性の自立匹の硫立した時代
において侶仰の四宕を年かさんとした言わは調倅の結果であろうが︑然しカントにおける上述の立嶋にお
( 5 )
いては偉仰に虞に允会な所が与えられたとは仄して言えない︒カントにおいては︑ジュプランガーなども
( 6
言っように︑宗教は結局道総竺附属闘︑あるいは間励腿念となつているのであ召
若し西洋における中世の麟帥と近匹の間抑の扱本印相虞が帥を中心にし℃人間と世界を見る精神と人閻
( 7 )
言心にして世界及び神をも見る精神との祖異として表現され得るならば︑ルターは喜しく中世精雙の
( 8 )
系統に属し︑カントは明らかに近世精帥の系統に属する︒隅者は栢もコペルデクス的な転回によって速く
隔つているのである︒私が如仰にルターとカントとの精抑史的図聯を饂躙したとしても︑それはこっした
璽葛根本的祖異を認めた上でのことである︒然し又勿論カントが十八世紀の四蒙期において既に近世的
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統 このようにルターとカントが精詞史の上からみて言わば極めて遠くして而
も近く︑或は叉極めて近くして而も遠いということ︑そして特にその場合カ ントがルターに極めて近く密接していると思われる点を若干指摘することに より出来うるならばカント狸解への一つの通路をいくらかでも明らかにして みようということが︑この試諭の一つの謀題だったのである︒
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著 ﹁
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.次にこの小論の第二の課題としてこょで︑上述の如きルターとカソトにお ける自由の概念に対する謬しい批評は控えるとしても︑それ等が自由の問題 史に苓いてもつている意義と限界をそれ人\簡輩に回顧し︑併せてそれ等が マルクスにおいて更に別途の次元や地平に向つて発展して行がざるを得なか
冨山大学紀要経済学窟論集
九
った精誹史的意義と更にはその隕界をも簡皐に見通しておきたいと思う︒ 先す我々はルターが一方人間の自由を深く宗教的生の地平にまで堀下げて 捉えたことを高く評価せざるを得ないのである︒宗数は成程近批以来ますま す厳しい懐疑や批判や更には否定にさらされており︑それ等のうちの多くの
ものは一面極めて正当たものを含んではいるが︑然じ宗教は︑その古来からの
諸種の形態や褻展にも拘らす︑もと人間の生の板源にまつわる永遠なる有眼 性あるいは限昇境位としての死と悪という原事賀の主体的自覺に基すくもの であり︑そうした主体的自覺により人間の生が日常常住確宜なるものとして 依攘せるものーが凡て累りない奈落深淵に挫折崩壊していくとこらに生する人 間の生そのものの根源的な空無性や無常性や更には無根抵性の主体的体験に
か 4
わる問題なのである︒従つて人間の自覺が真に深くなる程︑それは当然 そうした主憫的体瞼の自覺を含み︑人間の自由の自覺も必然にそうした宗教 的自由の地平にまで到らねばならないと恩う︒それ故ルターの宗教的自由に 関する恩想は依然として意義と筐値をもつと言つてよい︒
然し叉他方ルターは人間の徹底的罪性を強謁するの余り︑理性をも原罪に よって汚されたものとみる結果︑理性における固有の価値と自主性との正嘗 な評価において決して充分であるとは言えないのである︒つまりルターは成 程宗数的自由に封しては深い洞察を奥えてはいるが︑然しその反面理性をも 罪性に翌縛されたものとかることによってその固有の債値と自主性を否認す るに至り︑その結果道徊的自由に対しては兎も角としても︑特に言わば科學 的理性の立場に封する無垣解を示しているのである︒そしてルターにおける この限界は正しくカソトの現性批判によって柚なわれ︑カントにおいてそう した廻性の自立性や主体性は明確に某礎すけられるに至ったのであるが︑然 し又カソトにおける自由は全く郡性の範閉門においてのみ取扱われること
4
なり︑この点においてそれは綽つて自由の間題点を検瀕に引上げたことにも なったのである︒即ちカントは成程自然科學的理性や道徳的自由の普遍的原 理に対しては比類なく深い洞察を示しているが︑然し特にカントの道徳的自 由はキリスト数における宗教的自白の脱化転位として成立しているのであっ
‑ 1 3 9 ‑
て︑その詰呆逆に宗教に一rt当ナ広場所を輿えることが出来なかったのである︒
従つてこの点においては凡ターが自由の間図寄宗敦的生の珀聾にまで堀下げ
て捉えた︑あの深さが泣︶に叉丘‑つてカソトのそうした限界を開う暫椋として
回翫さるべ者である︒哀々は︑カソトと災に︑詞誡詞性について忍実弩呉忙 について恣︑その門而の自立性や︑主体性を主狐しなければならないが︑然し 又ルターに茶けるようにその加氾的なる有阪性や限界を応.
9 ‑
四に承氾し文け
ればならないと思う︒従つて自由の間四に開し︑ルターとカン︑とはそ仇'[︸
汎極めて精極的なる汽羨と共に又限昇をも持つのであるが︑島しその
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相互に他の忍のによって一忍煎い合わされ得るとこるかある'ぐ息う︒
然 し 又 衣 々 は ル タ ー や 刃 ン 加 は 共 紅 豆 二 つ の 大 合 パ
□
仕的い見がおる ことを忍見送すことが出来ない︒即ち例えはカントに拾いては成程江性刀人
格的主体の立場における管〗的形式閲原類が比:ごなく明仄にさ九、その宜践
哲學は正しく記念砕的意義をもつのであるが︑然し又そ汎応けに迎仇の主休 としての﹁人格﹂が啓宋時代の
5 早に誓氾的抽象的なる﹁人間筐﹂一般という
謡念においてのみ捉えられているのであり︑その瓜り已謡べるように︑そ礼 は 未 た 具 盟 的 と な っ て い な い の で あ る
° 十 九 担 記 に お け る 市 民 革 命 ゃ 璽 塁 命の完成や夏には三本主義の十干九慌口や二十歯臼に苓ける危没嘉門賽言さる 人格慨念如そうした掠象的已氾証の段陪に止まったのは蓋し営然であるう︒
そ こ に 自 由 言 喜 塁 へ
r ゲルを経てマルグスに主で引含涙されて其休化
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さ れ て い か ね ば な ら な か っ た 必 然 性 が あ き 其 故 ル タ ー や ヵ
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る 回
顧は同時に更にヘーゲルを弩てマルクスに至る発展のい望に宣すけられねは ならないのである︒つまり自由の閏題はルターに茶ける宗敦やカントに応け る道徳の領域を差てヘーゲルに茶ける肥史やマ
グスにおける鍔惰社命日の領 J V
域にまで行きつくのであり︑その意味においてそ汎は更に麿史と祉会という 方向に具体化されていくのであろ︒そしてこうした自由の間四の具体化は恰
もルター以後ヵルヴィンの立場が祠による汀定の信仰に緊めら汎た言心をも
つて現呻長の共俗社会に討ける社會的誨間的活動に進出すべきことを説ぎ︑更 に後にこの晨から英鳳にピュリタ~――スムが生れることによって、それがデモ 富山大学紀要経済学封論集
クラシヽーの宗政的諒泉となり}̀︑同時に又この派の僻廷が︑ミヴクス・ウェーバ
ーやトレ沙テ簿の説くように︑近代賽本主亨の成立を促す︱つの原因となっ ているという靡史的社會的茫尼に此胴するのである︒
元翌卓貨粽脚の特徴である自由
5 似念は︑平等や友髪の概念と芸に︑買ば
キリスト敦徒における祝の在り方を示す号峠采たったので応る︒即ちそれにお いては人間は粋の恩飼いによつて祠の生倫と合一することにより置后自己の最
1 ︐深い訳底に且入し︑一切の翌粋を仄して真に自白であり︑叉罰の前におい
て平簿であり︑夏に叉約の愛をうけて翫口に一つであり︑薗の戸に革アいた・・
友 ぶ 鼠 り 立 つ と さ 虹 た
︒ こ う し た 京 敦 的 民 主 ず 芯 の 麟 詞 と し て の 自 由 が 平 芍や友愛と共に近直切期から一八廿`までの辰史の門に辺利的人間の自由や 平等や友愛という政治的社會的昆主土三の精蘭正蒻化し︑更には七れが現代
までのうちに登済的民主主二に向つて虹︿休化せんとして来ているのである︒
そしてそうした捏済社会に沿ける白由と午笠と友愛の廻想を打學的に比類な く強
□
した心のがマルクスであると思う︒然し今こ
4
ではマルクスのそうし一 た思想ーを直接謬細に分折吟味することは止めて︑マルクスのそうした思想に
1 4 0 ついて私が學んたもののうち且屈賛詞し得たものを参考にして資本︑主義的市一 民吐臼における日白の間四に間する若干の感想を述べ︑贔ねてマルキシズム の精詞史的意姜に囚汎るということにしたいと息う︒
近代社合は大体十六抵紀に始まり︑阿副宗敦改革や市民革命や崖喉革命を 塁 十 九 粧 紹 に 至 つ て 完 成 し た 忍 の で あ る が
︑ 政 治 的 に は 民 主 主 義 を 棋 榜 し︑鰐済的には自由主義的久本主義のもとに褻匹して来た忍のであることは 周仰の遁りである︒ところがこの民主主義と資本主義とは資本主義の上昇期 においてはその生西力の目畳し竺認進によって一應調和し両だし⁝来たので あるが︑然し特に十九批紀の中葉頃から二十性紀へ進むに従ってこの自由主 義的宍本喜義の機泊が大なる竺賓的不平等と不自由をかもし出し︑貧困︑
塁業、恐直、獨占、舷級の分化 •l 闘争、帝鳳主義的な政策や戦苧簿々のいく たの矛屑欠陥の発生激化を生み出し︑その結呆目由︑
1
七義的脊本主義における
十
富山大学紀要弩済学科諭集
糎済的不平等や不自由はついに政治的民主主義における口由と平尊の珪芯を も諒外するにいたっているのである︒今日においては庁記﹁見えさる手の詞
和﹂や更にはマソドヴィルの﹁私的な忌戸は公的な[[い利﹂︵響藝の寓語︶な
どというあの物語はもはやとても真己目には語り得ないぶのであり︑従つて
資本主義と民主主義との間の予い猛喪い﹂という臼心訟も飼に﹁匂劣な一片の形
‑ 5
而上學的思翔﹂に外ならない
Q で度る︒樅つて蜆衣戸*主ぐ国家においては︑ ラスキなどが繰返し述べているように、蚊治的及主主正が〗二本主義を克服す
るか︑或は逆に贅本主義が政治的民主主義を否定するかという髪革や危観が
切迫しているのであり︑叉トイ/>﹂ー江︑との謡いているように︑訊代ヨーロッ
パの危槻は資本主裟と民主主義との不均詞にあると一言えよう︒言うまで︐もな
く︑焦産者の生存権が有茫者のそ汎と綺しく宕質的にも公在に位閻せられな
いところにおいては、民主主義応〗旱たる空名に退きす、形式的たるに止まる
のである︒既に古くプラトンが謬ったように︑貧官の奢しい不平・竺があると ころでは︑刷家は一個の屈象ではたく︑二個のい家
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即ち賛者の麟家と官者 の國家であり︑そしてこ仇等は同じ冒に住註つ
4 ぶつねに互い加い丑合い︑
( 7 )
詞略を弄し︑反抗を企てているということにさえ次るであろう︒とこらで今 日政治上や法律上の民主主義む合ではそ四
□
し忍江念芦る口白や平[汀は沢して
賀質的に侃証せられないことは厨髪の始りである︒わ汎/\は従来の丁史に
おいて今日の民主主応にと人 ILlo 白[やい翫戸屈`"〗している忍の』を臼らない
のであるが︑然しそれに以しこ虹程それ
" 1 }
?い査的い口悶的にふ合にじつてい
るものをも知らないと言わ訊はほらないのである︒貧[‑て今日民主土口が皐 に政治上や法律上の形式的な間恥とし文で麟なしに︑万人の基本叫晶.ー
f ‑ 9
‑ 1
する平等な梱詞の変求を悲含むところの実質的な閂巳として︑応るいー︑︳
i ) 9
り近代市民革倫の完成のために主弘誓ら汎るへ百である限り︑そ虹は伺程か の生産手段の社會化や杜会的訂訳のための︵摩なる有以訳羞のためにではな しに︶計画的な生応と
J 入刀や旦には諮々の礼会いいい訊区の節立などを必須不
( 8 )
可眠とするのである︒個人に応ける氣阪の営利の追求や利いの狡料を訳本原 珪 と す る 醗 代 の 空 本 主 義 的 莉 益 社 合 に お け つ か の 忌 わ し い テ 庁 や 麟 餡
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例えば先に言ったような︑伶面
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失業︑恐仮︑獨占︐鬱級の女化と四争︑帝固
主義的な政貸や戦争︑︱臼こには拝金平亨
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拝︑人格の商晶化や咄物主︳︱[化︑人間閃仰の親令化や非情詞化筈な︵つまり
人枯の物質化と的質の人格化︑目的の手段化ふ手段の日的化︑価伯の罰倒︶
はそうした恨本原詞に四する修正交炉︑従つて政沿が皐に怒済の従麟こたる のではなしに︑芦沿が万人の記
[ :
ためにい極的に面息ハ正に鰐済を計回統 Q
糾することによっての今ビ克される紐左見記すであるう︒
夏するに︑戸木主二はその上杵製にお竺ては民完主義と即自的に結合して いたのであるが︑それの下院期に人ると共に闘われて来た生茫力と生酔田條
とのマ否加に羞すく諸々の観陥の戸めに︑遂に民主︑主義と尉自的に分裂するに
至り︑民主︑=三琴はその賓質的完成戸ぐ匝宮さ汎て皐なる形式的なものたるに追
ぎたくなって来たのであろ︒従つて我々が忌忙の三段誼送に則つて︑民主主 義の犀咸あるいは人間
Q 目白乎尊の位に砂立ど︑いう大的提から出役し︑民主
主義を文字珀り貫に民象
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の︑しか心その鱈鍔の一人に至るまでのもの
たらしめんとする二り、そうした:本主二的牛炉〗土パ條 0 い史的脅三と菜紐を
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めながらも︑然しその修正賢年以外に新しい道がないことを卒直に結疇せ
ざるを得ないのである︒?̲'︐平三的牛い四條に灼する修正髪誓こいう言葉は 籾めて沢然としてはいるが、こ\では咄、そ虹が如釘なる罰いや t[ 〗虞におよ
ぶらのにも忙よ︵そ虹はそ汎︐ぃ\のい羹竺
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