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市場構造と最適な環境政策手段に関する理論的研究

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

市場構造と最適な環境政策手段に関する理論的研究

森, 大建

https://doi.org/10.15017/1931690

出版情報:Kyushu University, 2017, 博士(経済学), 課程博士 バージョン:

権利関係:

(2)

平成 29 年度博士学位申請論文

市場構造と最適な環境政策手段に 関する理論的研究

九州大学大学院経済学府経済工学専攻博士後期課程

森大建

(3)

ii

目次

第1章 はじめに ... 1

1.1 地球環境問題をめぐって ... 1

1.2 環境政策の歴史と各国における環境政策 ... 3

1.3 研究の目的 ... 9

第2章 環境政策の選択問題に関する議論 ... 13

2.1環境政策に関する諸研究 ... 13

2.2 伝統的なワイツマンの定理 ... 16

2.3 本論文におけるモデル設定 ... 19

第3章 価格規制政策と市場構造 ... 21

3.1 環境政策をめぐる議論... 21

3.2 価格規制政策の理論的分析 ... 24

3.2.1 完全競争市場におけるピグー税とピグー補助金の同等性 ... 24

3.2.2 ピグー的規制の直接規制における優位性 ... 27

3.2.3 価格決定者に価格規制を課す場合 ... 28

3.3 新規参入企業が存在する場合の補助金制度の効果 ... 31

3.3.1 分析にあたって ... 31

3.3.2 分析モデル ... 31

3.3.3 ゲームによる分析 ... 32

3.3.4 社会厚生および企業1の利潤の比較 ... 35

3.4 独占市場における課税政策と補助金政策 ... 37

3.4.1 分析にあたって ... 37

(4)

iii

3.4.2 モデルの設定 ... 38

3.4.3 独占市場における均衡 ... 39

3.4.4 社会厚生の比較 ... 41

3.5 結びにかえて ... 42

第4章 支配的企業モデルにおける環境政策の選択問題 ... 43

4.1 支配的企業モデルの理論 ... 43

4.2. 支配的企業を用いた分析モデル ... 45

4.2.1 Church and Ware (2000)の支配的企業モデル ... 45

4.2.2 市場と企業 ... 47

4.2.3 限界削減費用 ... 48

4.2.4 被害関数 ... 49

4.3 環境政策手段にともなう均衡の導出 ... 50

4.3.1 社会的に最適な水準および次善の生産水準 ... 50

4.3.2 課税政策の場合 ... 50

4.3.3 数量規制の場合 ... 52

4.4 効率性ロスの比較... 52

4.4.1 支配的企業の効率性ロス ... 52

4.4.2 フリンジ企業の効率性ロス ... 54

(5)

iv

4.4.3 総効率性ロスからみる環境政策の選択問題 ... 54

4.5 結びにかえて ... 57

第5章 複数の支配的企業が存在する下での環境政策手段の選択問題 ... 59

5.1 本章の分析にあたって... 59

5.2 モデルの設定 ... 59

5.2.1 市場と企業 ... 59

5.2.2 限界削減費用 ... 60

5.2.3 被害関数 ... 61

5.3 均衡の導出 ... 61

5.3.1 支配的企業における社会的な最適水準と次善の生産水準 ... 61

5.3.2 数量規制実施後に決定される生産水準... 62

5.3.3 課税政策実施後に決定される生産水準... 63

5.3.4 混合政策時に決定される生産水準 ... 64

5.4 効率性ロスの比較による分析結果 ... 65

5.4.1 支配的企業の効率性ロスの比較 ... 65

5.4.2 フリンジ企業の効率性ロス ... 67

5.4.3 社会全体の効率性ロスと環境政策手段の選択問題 ... 69

5.5 結びにかえて ... 74

第6章 結論 ... 76

付録 ... 79

(6)

v

A.3.1 (3.6)式の導出 ... 79

A.3.2 𝜆2の導出 ... 79

A.5.1 支配的企業の限界削減費用および収入関数の導出 ... 81

参考文献 ... 82

図表一覧 ... 85

(7)

1

第 1 章 はじめに

1.1 地球環境問題をめぐって

2015年12月12日,地球環境問題に対する取り組みに関してパラダイムシフトとも言う べきパリ協定に世界中の国々が同意した。この協定は気候変動枞組条約第21回締約国会議

(COP21)で合意された協定であり,196の国や地域が一斉に環境問題解決に取り組むこと を盛り込んだ初めての試みである。パリ協定への合意は,地球環境問題,とりわけ地球温 暖化対策に対し全世界的に取り組む必要性があることを物語っており,先進国のみならず 発展途上国までもが環境問題解決に取り組むという点が注目されている。

地球環境問題は地球温暖化をはじめ,水質汚濁,酸性雤,土壌汚染など多岐にわたる。

個々の環境問題の原因は科学的に立証されており,その解決方法も明らかになりつつある。

しかし,解決のための取り組みを実施するには困難を伴う。その原因は,地球環境が公共 財的性質という特殊な性質を保有しているからである。

経済学において,財は私的財,クラブ財,コモンプール財,公共財の4つに分類するこ とができる。財がどの分類に該当するかは,消費の排除可能性および競合性という 2 つの 性質が伴っているか否かで決定される。これら 2 つの性質について,細江(1997)は以下 のように述べている。

1. 競合性(rivalness):ある財がある経済主体に供給されるとそれ以外の経済主体がその 財を利用できなくなる性質

2. 排除可能性(excludability):ある経済主体に供給された財を対価なしには利用できない 性質

我々が日常生活で購入する財は,対価を支払う(排除可能性を持つ)ことによりその財 の所有権を確保することができる(競合性)。岩田 (1994)によれば,価格は利用権と所有権 を誰かに与える機能を持っていることからも,我々が普段購入している財は私的財に分類

(8)

2

される。一方,公共財は先に述べた 2 つの性質を伴わない財である。排除不可能性と非競 合性を持つ公共財は,財やサービスを享受する者が代価の支払いを避けるというインセン ティヴが働くため,代価を支払うことなしに財を享受しようとするフリーライダーが出現 することになる。地球上に存在する空気や水,さらには美しい景観に至るまで,我々は対 価を支払うことなしにこれらを享受することができる。この点から,地球環境は公共財的 性質を強く持っているということができる。この点について,Kaul et.al (1999)は上述した2 つの公共財的性質に加え,「誰が受益者となるべきか」という点を特に重要視した上で,国 家間や社会的経済集団,あるいは世代間における便益となる財を地球公共財(Global Public

Goods)として定義している。

地球公共財の务化,例えばオゾン層破壊に伴う地球温暖化は,まさに国家や世代を超え た問題である。この点について,誰がフリーライダーとなっているかという議論において は,国家間で立場が異なるであろう。発展途上国の立場からすれば,自国の経済成長が最 優先であり環境保全は高い技術力を持つ先進国が率先して取り組むべきであると考えるで あろう。一方,先進国は途上国にも環境破壊を助長させた原因は存在するとして,全世界 的な取り組みを訴えかける。先進国と発展途上国が環境保全的な技術力を持つか否かとい う問題点は明白であることから,近年では先進国と発展途上国がともに温室効果ガス削減 に取り組むクリーン開発メカニズムや共同実施の在り方が普及しつつある。

地球温暖化をはじめとする地球環境問題は,公害のように被害者と加害者を明確に区別 できない点に問題解決の困難さがある。したがって,先進国と途上国で責任の所在を追求 することは建設的ではない。冒頭で触れたパリ協定は,公共財的性質を備えた地球環境を 保全するために世界が足並みを揃えるという,あるべき姿の第一歩として重要な意味を持 つ。堀ら(2016)は,パリ協定において日本は2030年までに35%もの効率改善を行う必要 があるとして,今までにない取り組みを行っていることが求められるとも述べている。こ のことからも,先進国は途上国をけん引すべく,環境問題解決に向けた意識をより一層高

(9)

3 めなければならないことがわかる。

しかし,2017年6月1日,アメリカ合衆国第45代大統領ドナルド・トランプの下,アメ リカはパリ協定からの離脱を発表した。世界一の経済大国であるアメリカが離脱を表明し たことは,環境保全に対する各国のインセンティヴを低下させる恐れがある。パリ協定は 全世界的な取り組みとはいうものの,京都議定書のような義務や罰則を用いておらず,各 国が目標を作成し達成を目指すという自主的な取り組みである。したがって,すべての国 が環境問題解決に向けた目標を設定するという新しさはあるものの,最終的な達成度は各 国の取り組みにかかってくるのである。

環境問題に関する政策を実施したことのない発展途上国にとっては,初期段階における 目標設定や政策の実施手段等,不明瞭な点が多いことが推察される。また,パリ協定は目 標を 5 年ごとに見直す必要性があることから,どのような環境政策手段が効率的であるか を見極める必要がある。この点についてはこれまでの環境政策の歴史を紐解きつつ,環境 先進国であるヨーロッパの取り組みを参考にすることが近道であろう。

1.2 環境政策の歴史と各国における環境政策

地球環境問題に対する環境政策は,産業の近代化と密接な関わりを持っている。1960 年 代に入りイギリスの産業革命が始まって以来,全世界的に工業化の機運が徐々に高まった。

わが国でも1868年の明治維新によって近代化が進み,1876年には近代的採掘手法により貴 重な銅産出地となった足尾銅山にて,国内で初めての公害が発生した1。 その後,1955年 に富山県においてイタイイタイ病,1956 年には公害の原点といわれる水俣病が熊本にて発 見,1961 年に四日市市において喘息患者が急増するなど,国内だけでもカドミウムやメチ ル水銀,大気汚染などいずれも企業が廃棄物排出時に適切な処理を行わなかったことが原

1 本章における環境に関する主要な出来事とその年代については,丹下 (2007) を参照した。

(10)

4 因とされる,人為的な被害が相次いだ。

世界的な歴史から見ても,レイチェル・カーソン (Rachel Carson 1962)による著書,「沈黙 の春」が出版されるなど,1950年代および1960年代は人体に有害とされる化学物質が注目 を集める時代となったが,地球環境への被害を懸念した出来事に関していえば,1948 年の 国際自然保護連合の設立が端を発したと言えるであろう。上述したように,わが国では化 学物質による人体への影響が危惧されるようになったのは1950年代であるが,環境への配 慮を法律化したものとしては,1957年の自然公園法および1967年の公害対策基本法が挙げ られる。これらの法律は,その名の通り生物多様性の確保ならびに公害防止策を目的に施 行されたが,より包括的な地球環境保全を行うため,1993 年に環境基本法が施行された。

この法律により公害対策基本法は廃止,自然公園法も改正となった。このように,政府に よる環境への対応から見るに,保護および保全すべき対象が人類をはじめとする生態系の みならず地球環境そのものへと,時を経てより広範なものに変容してきたことがうかがえ る。

保全すべき環境というものを経済学的に捉える際には注意が必要となる。例えば,新古 典派経済学では需要と供給による均衡の観点から効率性を追求するが,環境という存在は,

しばしばこの均衡下における効率性を阻害する2。経済学において,環境は市場を介さずに 取引される外部性として取り扱われるからである。この外部性に着目し,理論的な分析を 行った最初の人物がピグー (Pigou 1920)である。ピグーは経済理論モデルにおいて外部性を 正しく評価できるよう,ピグー税と呼ばれる課金手法を考案した。この手法は,社会的限 界費用と私的限界費用の乖離分を税金として当該汚染排出主体に課すことで,責任の所在 を明らかにすることを可能としたものである。当然のことながら,ピグーの理論は汚染者 負担原則(PPP)に基づいている。

ピグーが提唱した課税システムに始まり,直接規制に代わって環境税や排出権取引等の経

2 岡 (2006)

(11)

5

済的手段が各国に導入され始めたのは,1990 年以降のことである。代表的な経済的手段で ある税金や排出権取引はヨーロッパが率先して導入を始めたが,各国の政策についてまと めたものが表1.1および1.2である。

表1.1 炭素税導入国の概要

導入年 国・地域 税率(円/t𝐂𝐎𝟐 税収使途 減免措置

1990

フィンランド

(炭素税)

7,640(58EUR)

(暖房用)

8,170(62EUR)

(輸送用)

・所得税の引下げ及び企 業の雇用に係る費用の軽

EU-ETS対象企業は免税

・産業用電力・CHP は減 税,エネルギー集約型産 業・農業に対し還付措置

1991

スウェーデン

(CO2税)

15,670(119EUR)

(標準税率)

12,640(96EUR)

(産業用)

・法人税の引下げ

(税収中立)

・EU-ETS対象企業・CHP は免税

・産業・農業の税率は本 則税率の60%

1992

デンマーク

(CO2税)

3,050(172.4DKK)

・政府の財政需要に応じ て支出

EU-ETS対象企業は免税

2008

スイス

(CO2税)

9,860(84CHF)

・税収1/3程度は建築物改 装基金,一部技術革新フ ァンド,残りの2/3程度は 国民・企業へ還流

・国内ETSに参加企業は 免税

・政府との排出削減協定 達成企業は減税

・輸送用ガソリン・軽油 は免税

2008

カナダ BC

(炭素税)

2,730(30CAD)

・他税(法人税等)の減 税により納税者に還付

・越境輸送に使用される 燃料は免税

(12)

6 2010

ア イ ル ラ ン ド

(炭素税)

2,630(20EUR)

・赤字補填(財政健全化 に寄与)

EU-ETS対象企業は免税

・農業に使用される軽油 は減税

2012

日本

(温対税)

289

・省エネ対策,再生可能 エネルギー普及,化石燃 料クリーン化等のエネル ギー起源CO2排出抑制

・輸入・国産石油化学製 品製造用揮発油等

2014

フランス

(炭素税)

4,020(30.5EUR)

・一般会計から競争力・

雇用税額控除,交通イン フラ資金調達庁の一部,

および,エネルギー以降 のための特別会計に充当

EU-ETS対象企業は免税

2015

ポルトガル

(炭素税)

900

(6.85EUR)

・所得税の引下げ

・一部電気自動車購入費 用の還付等に充当

EU-ETS対象企業は免税

(出所):環境省ホームページより一部筆者が編集, アクセス日: 2017/6/5 https://www.env.go.jp/policy/tax/misc_jokyo/attach/intro_situation.pdf

(13)

7

表1.2 主な排出量取引制度の概要

開始年 制度 主な対象者の要件

2005(設備)

2012(航空)

欧州排出量取引制度

(EU-ETS)

【固定施設】熱入力2kW超の燃焼設備

【航空部門】欧州域内のフライト

2008

ニュージーランド排出量取 引制度(NZ-ETS)

・液体化石燃料部門:50,000リットル以上の輸入/精製者

・エネルギー部門:年2,000t以上の石炭輸入者・採掘者等

2009

米国 北東部地域GHG削減イ ニシアティブ(RGGI)

設備容量2.5kW以上の化石燃料発電設備

2010

英国 CRC エネルギー効率化 制度

【強制参加者】中央政府機関等,所轄大臣が参加を義務付 ける公的機関

【的確参加者】特定の測定器に供給された電力が年間

6,000MWh以上となる場合

2010

東京都温室効果ガス排出総 量削減義務と排出量取引制

3 ヵ年連続して燃料・熱・電気の使用量が原油換算で 1,500kl/年以上

2011

埼玉県目標設定型排出量取 引制度

原油換算した使用エネルギーが3年連続で1,500kl以上

2013

カリフォルニア州排出量取 引制度

GHG排出量年間25,000トン以上

(自主参加も可能)

2013 ケベック州排出量取引制度 GHG排出量年間25,000トン以上

2013

中国排出量取引制度(パイロ

ット・北京市の場合)

排出量10,000トン以上

2015 韓国排出量取引制度 最近3年間の平均排出量が

(14)

8

・125,000トン以上の事業者

・25,000トン以上の事業所を有する事業者

2016

豪州温室効果ガス排出削減 基金制度のセーフガード措

年間100,000トン以上の直接排出(Scope1)が発生する施

2017

中国排出量取引制度(全国 ETS)

エネルギー消費量標準炭換算1万トン以上

(出所):環境省ホームページより一部筆者が編集, アクセス日: 2017/6/5 http://www.env.go.jp/earth/ondanka/det/os-info/mats/jokyo.pdf

表 1.1 は各国における炭素税の導入状況をまとめたものである。1990 年代から現在まで 各国が地球温暖化に対する税制を整えてきたことがうかがえる。税率については各国でば らつきはあるものの,使途については他の税率引き下げに用いられるなど,既存税制との 調整に用いられていることが多い。また,減免措置については,排出権取引制度(Emission

Trading System; ETS)の対象企業については,すでに温暖化対策に取り組んでいるため減税

とする国が多い。

表1.2は排出量取引制度の導入状況についてまとめたものである。2005年に欧州連合(EU) が欧州排出量取引制度(EU-ETS)を導入して以降,国レベルから州や県のレベルに至るま で様々な規模で排出権取引が行われていることがうかがえる。注目すべきは,温室効果ガ スを大量に排出していながら京都議定書の加盟国でなかった中国が 2013 年および 2017年 に排出量取引制度を導入していることである。上述したパリ協定の将来的な影響を考える ならば,今後大小様々な国が経済的手段の導入を検討することも想定される。

地球環境問題を解決するための政策手段の導入に際し最も重要なことは,どの政策手段 がもっとも自国にとって望ましいのかを見極めることである。EU加盟国の中には炭素税と

(15)

9

排出量取引制度の両政策手段を導入している国もあるが,2つの政策を同時に導入すること は既存の政策との調整や国民から理解を得ることを考えれば厳しいといえるであろう。仮 に両政策を導入するにしても,段階的に行うべきである。したがって,これまで環境政策 を導入していない国については,まずはどの政策が効率的であるかを検討する必要がある。

炭素税と排出量取引制度を経済理論の面からみると,炭素税は縦軸(価格)の規制,排 出量取引制度は横軸(数量)の規制である。排出量取引制度についていえば,規制当局か らの初期割当ての後,ETS 参加国同士で排出権市場が形成されるため,数量と価格の2つ の側面を持つが,本論文では政策を実施する時点に焦点をあてることとし,価格による規 制と数量による規制のどちらが効率的であるのかを検討することに焦点をあてる。

1.3 研究の目的

価格による規制と数量による規制の効率性に関する研究については,第 2章第 1 節およ び第 2 節で詳しく述べることとするが,環境政策の選択問題に関する伝統的な議論として 挙げられるのはWeitzman (1974) である。理論的考察および理論の有効性については次章の 第 2 節で詳細に注目するが,彼の論文では非常にシンプルなモデルを用いて価格規制と数 量規制の有効性を検証している。価格規制と数量規制のどちらが望ましいかを問う環境政 策の選択問題は,ワイツマン論文において限界削減便益と限界削減費用の相対的な大小関 係で決定することが分かっている。

Weitzman (1974)および後述するワイツマン論文を拡張した論文は,21世紀に入ってから

も40年以上もの間,長きにわたって多くの研究者の関心を集めている。ワイツマン論文を 拡張した論文の多くが様々な条件を付与したものとなっているが(第2章第1節),本論文 もその本流を受け継ぐものである。本論文最大の目的は,ワイツマン論文を現代の環境政 策の枞組みに反映させたとき,環境政策の選択問題における解がどのように修正されるの

(16)

10

かを理論的に解明することである。現在の主流である政策手段に則ったモデルにおいて,

どちらの政策が有効となるのか,その条件を明らかにすることは今後環境政策の導入を検 討する国や地域にとって,政策を決定するための 1 つの指標になることが期待される。特 に,パリ協定が締結された今では,これまで環境政策に関与してこなかった発展途上国を 含めすべての国が環境保全に取り組むことが予想される。これから政策の導入を検討する 国や地域において,先進国の経験則に加え,本研究のような理論的裏付けの提示は最適な 政策決定の手助けとなると考えられる。

表1.1および表1.2の環境政策に目を向けると,特に排出量取引制度に関しては,政策の 対象がエネルギー集約的な企業や施設に限定されていることがわかる。エネルギー集約的 な企業は市場において規模も大きく,他の企業に対して影響力を持つ企業であると考えら れる。経済理論に即して言い換えるならば,表1.2にみられる政策対象は価格を所与とせず 行動するプライスメイカーであるといえる。

これまでの経済学における一般的な理論では,市場に存在するすべての企業に対して政 策を実施することが多かった。また,政策対象となる企業は分析の簡略化のためにプライ ステイカーを想定することが主流であった。すなわち,環境政策の効率性を検討する議論 においても,現実の政策手法に則った理論的な説明は十分になされてこなかったのである。

この点を明らかにすることに本研究の意義があると思われる。

政策を支配的企業のみに限定するという手法は,政府にとってもすべての企業を対象と する場合と比較して費用が安価になる,その他の中小企業(以下,フリンジ企業)の競争 意欲が損なわれることがない,などの理由からみても合理的である。しかし,このような 政策手法に関する議論を理論的に説明した研究の数は多くはない。したがって,本論文で は支配的企業のみに政策を実施する場合において,どの環境政策が最も効率的な手段とな るかを論じる環境政策の選択問題を理論的に解決する。

汚染による環境被害にみられるような負の外部性は改善すべき問題ではあるものの,原

(17)

11

因を発生させる当事者にとっては,所謂「対岸の火事」のような問題認識でしかない。特 に,市場で高いシェアを誇る支配的企業がこのような認識を抱くことは,社会にとって望 ましい状況とはいえないであろう。何らかの政策によって支配的企業に当事者意識をもた せる(所謂,外部性を内部化させる)ことは社会にとって大変重要である。

生産面においてフリンジ企業より有利な支配的企業に政策を行うことで社会全体に適切 な資源配分を実行させることは,市場に存在する2つの歪み(価格支配力による過尐生産,

外部性による過剰生産)の作用を明らかにし,社会厚生の改善に寄与できると思われる。

これらの点を明らかにするため,本論文は以下のような構成になっている。続く第 2 章で はワイツマン論文を基にした先行研究を紹介した後に,伝統的なワイツマンの定理を紹介 する。また,第 2 章の最後では第 3 章以降に分析するための理論モデルの取り扱いについ て説明する。第 3 章では,典型的な不完全競争市場での価格規制について注目する。完全 競争市場の下では,環境税と補助金は効果の面において等しいという同等性をもつことが 知られているが3,この章では企業がプライスメイカーである場合,税金と補助金の同等性 は保たれるのかという点に注目して分析をおこなう。また,既存企業と新規参入を考える 企業に対し補助金政策を導入する場合の,社会的に望ましい補助金率および市場構造を明 らかにする。第 4 章では,現代の環境政策の実施方法をモデルに反映させた理論分析をお こなう。この章ではChurch and Ware (2000)に紹介される支配的企業モデルにおいて,環境 政策の選択問題を議論する。支配的企業モデルとは市場にプライスメイカーである支配的 企業と多数のフリンジ企業(プライステイカー)が混在している市場のことであるが,第4 章では 1 社の支配的企業と多数のフリンジ企業が存在する場合を想定し,支配的企業のみ が政策の対象となる状況を考える。第 5 章は前章の支配的企業モデルを拡張する。支配的 企業が複数存在し,彼らを 2 つのグループに分けて別々の政策を実施する混合政策の場合 を検討する。また,課税対象となる企業の割合や企業の削減費用が,環境政策における選

3 奥野(2008)

(18)

12

択問題に及ぼす影響についても分析をおこなう。第 6 章では,全体の結論を述べる。計算 過程やその他注記すべき事柄は,末尾の付録に集録した。

本論文で得ることのできた主な結論として,現実に即した環境政策の選択問題を解決す るためには,政策対象となる企業の限界削減費用と汚染による環境被害,そして政策が課 されない企業の限界削減費用の相対的な大小関係を明らかにすることが必要となる。政策 対象企業の限界削減費用が相対的に大きければ課税政策が効率的な政策として決定される。

この結論はワイツマンの定理と一致する。この結論に対し,政策対象企業の限界削減費用 が相対的に小さく,限界被害と比較して非政策対象企業の限界削減費用が相対的に大きく なれば,効率的な政策は課税政策から混合政策,数量規制へと変化する。また,政策対象 企業の限界削減費用が相対的に小さい場合に,当該企業の数が増加すると混合政策実施に よる効率性ロスの期待値が増加してしまう。

理論的分析の結果として,不確実性が存在する下で規制当局が効率的な政策を決定する ためには,政策対象となる大きな市場シェアを持つ企業の動向だけではなく,政策対象と はならない中小企業の限界削減費用にも注目する必要がある。限界削減費用は当該企業の エネルギー効率性を示すともいえる。限界削減費用が大きければ高いエネルギー効率性を 持つことを示しており,環境保全的な技術を既に導入している背景が考えられる。企業が 市場で高いシェアを誇っているか否か,そして,彼らが環境に優しい技術を導入している か否かが,政策決定のカギとなっていることが分析によって確認することができた。

(19)

13

第 2 章 環境政策の選択問題に関する議論

2.1環境政策に関する諸研究

環境政策の効率性を理論的に分析した研究は,先に述べたピグーをはじめ,これまでに 様々な研究者によって行われてきた。本節では特に,Weitzman (1974) による研究およびそ れに基づいた先行研究を概観する。Weitzman (1974) は,限界削減費用と限界削減便益の傾 きの大小関係により,数量規制と価格規制の優位性を分析した。この研究は,限界削減費 用の傾きが限界削減便益の傾きよりも大きい時は数量規制が望ましく,限界削減費用の傾 きが限界削減便益の傾きよりも小さい場合には価格規制が望ましいという結果を導いてい

る。Weitzman (1974) 論文の優れている点は,2つの関数の傾きの相対的な大小関係を比較

することで政策の優位性を判別できるというシンプルな定理を打ち出した点にある。

Weitzman (1974) の研究は,市場構造やプレイヤーの特性,政策の実施方法など,その後

様々な追加的な分析を加えられながら応用されてきた。Krysiak and Oberauner (2010) によれ ば,その研究の多くは以下の2 つのタイプに分類できる。第 1 のタイプは,企業の行動に よって規制当局による政策が調整されていくタイプである。Krysiak (2008) やCollinge and

Bailey (1983) がこのタイプに該当する。しかし,このタイプは政策の実施手段が複雑で政

府の費用もかかり,実際に用いられることは滅多にない。

第 2 のタイプは,規制当局が事前に政策を決定する方法をとるものである。これらのタ イプは,総じて不確実性による社会的費用を削減することに注力する研究が多い。このタ イプには,Roberts and Spence (1976) や Mandell (2008) が分類されるであろう。Roberts and

Spence (1976) はハイブリッド・ポリシーの効率性を提唱した理論的研究の先駆けである。

Roberts and Spence (1976) をはじめ,Unold and Requate (2001) , Collinge and Oates (1982),

Henry (1989) やNewell et al . (2005) らによっても,単純な一律規制よりも効率的であるよう

(20)

14

な規制手段が考案されている。一方,Mandell (2008) は汚染主体を2つのセクターに分類,

各セクターに異なる政策を適用するモデルを構築し,一律規制よりも混合政策が効率的で あることを理論的に示した。

Weitzman (1974) や関連する研究を考察するにあたり,看過することが出来ない要素とし

て,不確実性および情報の非対称性が挙げられる。規制当局が何らかの政策をおこなうと き(特に上述した 2 つ目の分類の政策を行う場合)には,対象となる企業の私的情報を正 確に把握できない場合が多い。また,時間的経過に伴い,限界削減費用や限界削減便益も 常に変動する。このような事象を分析に組み込む場合には,不確実性や情報の非対称性が 存在することを想定することがモデルの構築にあたって必要となる。

Collenge and Bailey (1983) は分析に情報の非対称性のみを加え,Montero (2000) では,不

確実性と非対称性の両方を含む研究が行われた。情報の非対称性に注目した研究としては,

Riley (2001) やStiglitz (1977) らが挙げられる。但し,彼らの分析対象は環境問題ではなく,

生命保険など現在のミクロ経済学のテキストで用いられる例の先駆けとなるような研究で あった。これらの研究を環境経済学に拡張したものとしては,Collenge and Bailey (1983), Dasgupta, Hammond and Maskin (1980), Kwerel (1977), Spulber (1988) が挙げられる。また,

Berblann (2012) では情報の非対称性の分析としてWeitzman (1978) の分析を応用し,排出量

における排出権割り当てのパラメータを独自に設定することで,規制当局がファースト・

ベストを達成するためには限界被害の情報のみが必要となるという,非常に簡素化された モデルおよび結果が示されている。

情報の非対称性および不確実性の両方を取り扱った近年の主たる研究としては,Krysiak

and Oberauner (2010) を挙げることができる。この研究は,費用が持つ不確実性や企業の異

質性のみならず,企業間の技術の違いを考慮することでWeitzman (1974) の拡張に成功して いる。

財の特性に注目した研究としては Ambec and Coria (2013) がある。彼らの研究では,

(21)

15

Weitzman (1974) を複数財へと拡張し,それぞれの汚染物質が補完的,あるいは代替的であ

る場合の分析を行っている。

表2.1 ワイツマン論文に関連する先行研究 先行研究 価格支配力 政策の種類 特徴

Mandell (2008) × 混合政策

複数の完全競争的な企業に対し,価格規 制と排出権取引政策を実施する。混合政 策の場合には,規制当局が企業を任意の 2つのグループに分類し,それぞれのグ ループに異なる政策を実施。

Ambec and Coria (2013)

× 一律政策

企業が財を生産する際に発生させる汚 染物質が複数であるモデルが特徴的。

複数の汚染物質が代替的あるか,あるい は補完的であるかにより厚生損失を比 較している。

Mansur (2013) 〇 一律政策

1社の支配的企業と複数の完全競争的な 企業が存在するが,規制当局がすべての 企業を価格受容者として政策を課すと いう点が特徴的。

表 2.1はWeitzman (1974)を拡張した代表的な論文の特徴をまとめたものである。特に,

Mandell (2008), Mansur (2013)は本論文の分析手法と密接に関連する。Mandell (2008)では,

Weitzman (1974)の分析手法に混合政策を導入し,ワイツマンの定理を修正した点が特徴的で

ある。複数企業を任意の 2 つのグループに分類し,異なる政策を実施する混合政策が,完

(22)

16

全競争的な市場においては常に効率的な政策になるという結果を,ボリューム・エラー,

アロケーション・エラーの観点から導いている。尚,本論文の結果では価格支配力という 市場の歪みが発生する場合,混合政策は常に優位な政策とはならず,Mandell (2008)と異な る結論を得ている。Mansur (2013)では,本論文で扱う支配的企業モデルと類似したモデルを 設定しているが,政策を実施する規制当局は支配的企業の特性を観測できず,すべての企 業が価格受容者であると仮定して,課税政策あるいは排出権取引のいずれかを実施してい

る。Mansur (2013)の分析では,排出権取引制度が課税政策と比較して支配的企業の生産量を

増加させるならば,支配的企業の限界被害の傾きが限界削減費用より大きい場合に排出権 取引が効率的な政策となるという結果を得ている。本論文第 5 章の分析結果においては,

Mansur (2013)の分析結果を補完する結論を得ている。

このように,Weitzman (1974)を幹として最適な環境政策手段を模索する研究は,現在まで 多くの枝葉がつけられ続けている。次節では,本論文の結論でも重要な役割を果たす

Weitzman (1974)における伝統的なワイツマンの定理について説明する。

2.2 伝統的なワイツマンの定理

前章で述べた通り,価格規制と数量規制のどちらが効率的であるかを検証することは政 策導入において極めて重要な役割を果たす。ミクロ経済学の理論で基本となる完全競争市 場においては,価格規制と数量規制はどちらも社会的に最適な生産水準を達成させる効果 を持つ。規制当局が企業の限界削減費用曲線や限界削減便益曲線を正確に把握し,社会的 に最適な水準を明らかにすることができるからである。しかし,現実の政策においては規 制当局が企業の私的費用を完全に把握し,社会的に最適な水準を定めることは極めて困難 である。すなわち,現実の政策導入には不確実性が伴うといえる。

Weitzman (1974) は不確実性が存在する場合の価格規制と数量規制の優位性をめぐる理論

(23)

17

研究をおこなった。彼の論文によれば,規制当局の推定精度が政策の効率性を決定すると いうのである。以下に,ワイツマンが発見した定理について詳しくみていく。

特筆すべき点として,ワイツマン論文は環境政策の優位性を検証した論文であると捉え ることができる文言が明示されていない。また,現在の環境経済学の議論では頻出する削 減費用という単語が出現しておらず,環境経済学の議論に応用するためには,著者の意図 を読み取るより他はない。以下は,ワイツマン論文の抜粋である。

“We start with a highly simplified prototype planning problem. Amount 𝑞 of a certain commodity can be produced at cost 𝐶(𝑞), yielding benefits 𝐵(𝑞). The word "commodity" is used in an abstract sense and really could pertain to just about any kind of good from pure water to military aircraft.

Solely for the sake of preserving a unified notation, we follow the standard convention that goods are desirable. This means that rather than talking about air pollution, for example, we instead deal with its negative - clean air. Later we treat more complicated cases, but for the time being it is assumed that in effect there is just one producer of the commodity and no ambiguity in the notion of a cost curve.” (Weitzman, 1974, 479)

上記の文からも明らかであるように,ワイツマン論文において議論の中心となっている のは,清浄な空気のような社会にとって望ましい状況を理想としていることにある。加え て,モデル設定の部分で言及している限界便益や限界費用の形状を考慮すると,ワイツマ ンが数量と表しているものが指すものは削減量であると読み取ることができる。これらの 議論を踏まえた上でワイツマンの定理を図示すると,下図のようになる。

(24)

18

図2.1 ワイツマンの定理図解

今,企業が財の生産過程において汚染物質を発生させ,環境に被害を与えている状況を 考える。規制当局はこの企業に対して課税政策あるいは数量規制政策のいずれかを実施す るものとする。図2.1のMBは限界削減便益,MCは限界削減費用を表している。横軸は排 出削減量,縦軸は限界削減便益,限界削減費用をとる。ここで,規制当局は企業の削減費 用について正確な情報を入手することができない不確実性が存在する状況を仮定する。規 制当局が推定する企業の限界削減費用を𝐸,𝑀𝐶-と表す。社会的に望ましい生産水準は企業の 限界削減便益と限界削減費用が一致する点,すなわち𝑀𝐵 = 𝑀𝐶となる𝑞である。

一方,不確実性の下で規制当局が推定する次善の水準は𝑀𝐵 = 𝐸,𝑀𝐶-となる水準𝑞𝐸である。

水準𝑞𝐸を達成させるため,規制当局は課税政策あるいは数量規制の環境政策手段を企業に 課す。課税政策の場合,規制当局は𝑀𝐵 = 𝑀𝐶となる最適な税率𝑡を企業に課すことで𝑞を 達成することが出来る。しかし,不確実性が存在する場合には,規制当局が設定する税率 は𝑀𝐵 = 𝐸,𝑀𝐶-となる税率𝑡𝐸となる。税率𝑡𝐸が課されると,企業は自身の限界削減費用と税 率が一致する点で生産水準を決定する。すなわち,課税政策における水準は𝑡𝐸= 𝑀𝐶となる 𝑞𝑡である。

数量規制を実施する場合,規制当局は次善の水準𝑞𝐸を企業に順守させる。課税政策の水

𝑞 𝑞𝐸 𝑡𝐸

𝑡

𝑀𝐵 𝐸 𝑀𝐶

𝑞𝑡 𝑞 𝑞𝐸

𝑡𝐸 𝑡

𝑀𝐵

𝑞𝑡

価格による規制が望ましいケース

(限界削減費用曲線の傾きが急)

量による規制が望ましいケース

(限界削減費用曲線の傾きが緩やか)

排出削減量 排出削減量

𝑀𝐶

𝐸 𝑀𝐶 𝑀𝐶

(25)

19

準𝑞𝑡と数量規制の水準𝑞𝐸の下での厚生損失が図2.1の三角形で描かれている。図2.1左側の 図は限界削減便益曲線より限界削減費用曲線の傾きが急であることを示し,右側の図が限 界削減費用の傾きが相対的に緩やかであることを示している。左側のケースにおいては,

課税政策による厚生損失の方が小さく,右側の図においては数量規制による厚生損失の方 が小さくなっている。この特性から,ワイツマンは限界削減便益曲線と限界削減費用曲線 の傾きの相対的な大小関係が,不確実性の下での政策の選択問題を解決する手掛かりにな ることを理論的に解明した。Weitzman (1974)では図2.1のような直観的な図解は示されてお らず式のみの説明となっているが,限界削減費用が相対的に大きい(小さい)場合に課税 政策(数量規制)が望ましいと示したことにより,環境政策の選択問題における解を得る ことができたのである。

2.3 本論文におけるモデル設定

本論文ではWeitzman (1974)の分析を拡張し,主に価格支配力を持った企業に対して政策 を実施した場合における環境政策の選択問題を考える。第3 章から第 5 章の理論モデルに おいては章ごとに市場構造は異なるものの,いずれも価格支配力を持つ企業に対し,価格 規制あるいは数量規制が実施される。本論文の分析を通して,企業は財を生産する過程に おいて汚染物質を発生させ,この汚染物質が環境や周辺住民に対して被害を与えている。

本論文では,企業から排出される汚染物質は財の生産に伴う投入物や技術の違いから,被 害の種類が異なり,規制当局も汚染物質による被害の種類については観測可能であるとの 仮定をおいている。被害関数の形状については,各章のモデルで詳細に説明することとす る。

環境政策については,補助金政策,課税政策,数量規制,課税政策と数量規制を組み合 わせた混合政策を検討する。第 3 章では価格政策(補助金政策,課税政策)の選択問題を

(26)

20

中心に分析を行っているが,第 3 章での補助金政策は価格支配力による過尐生産性を改善 するための政策として実施し,課税政策は環境被害という外部性による過大生産性を是正 するための政策として実施する。第 4章,第 5章では課税政策と数量規制を取り扱うが,

いずれの政策も規制当局が定めた次善の生産水準を達成するために実施される。

第 3 章では補助金政策と課税政策の選択問題を,どちらが社会厚生を高めるかで判断す る。第 4 章,第 5 章では一律規制(課税政策,数量規制)あるいは混合政策を実施するこ とにより生じる効率性ロスが小さい方を効率的な政策として判断する。

(27)

21

第 3 章 価格規制政策と市場構造

3.1 環境政策をめぐる議論

理論的な分析を開始する前に,環境政策を取り巻く議論について,環境問題の観点を踏 まえ概観する。1992年6月に国連環境開発会議,通称「地球サミット」がリオデジャネイ ロで開催され,環境と開発に関する問題が全世界的に認識されることとなった。さらに,

森林原則声明の採択や生物多様性の調印と合わせて,気候変動枞組条約(UNFCCC)の調 印がなされることにより,締約国会議(COP)が開催されるはこびとなった。温室効果ガス の削減に関する数値目標が具体的に示された京都議定書は,このCOP3で採択されたもので あることは周知の事実である。

21 世紀に入り,地球環境問題は深刻化の一途をたどっている。砂漠化や干ばつ,酸性雤 や大気汚染など多様な問題が地球環境を変化させているが,特に世界的に地球温暖化が危 惧されるべき問題として捉えられているのは,COPでの調印の内容からも明らかである4

これらの環境問題で興味深い点は,人間の経済活動がトリガーとなっていることである。

例えば,1988 年に発生したバングラデシュの大洪水は,上流部のヒマラヤ水域における環 境影響を無視した乱開発の歴史と密接に関係している。このような災害を,Lester R.Brown は「人災的天災」としている。

また,わが国においても,2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震により,原子 力発電所が壊滅し未曽有の大災害をもたらした。この災害も,原子力反対の立場の人々か らすれば,被害は軽減することができたと思われるであろう。このように,人間の生産活 動が自然環境のバランスを損なっていることは明白である。

地球温暖化問題も同様である。大気には水蒸気と二酸化炭素(以下,CO2)が存在し,こ

4 古林(2005)

(28)

22

れらの物質は大気中での放射伝達の役割を担う。地球の温室効果はこれらの濃度が重要で あり,例えばこの2つの濃度が極端に低ければ,大気に遮られず宇宙へ放出される。逆に,

濃度が極端に高ければ,物質が大気にトラップされ大気を暖める。暖められた大気は,上 方に向かってエネルギー放出されると同時に,地表にも放出される。上方の大気にも CO2 と水蒸気が存在するので,放射エネルギーは再びトラップされ,大気を暖める。これが,

地球の温室効果の理論である5

地球温暖化問題は,二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスが原因である6。これらの物 質は人間の生産活動により排出過多となり,今や自然のサイクルでは浄化しきれないほど になっている。

また,温室効果ガスを大量に排出する米国が議定書を批准していないことや,温暖化の 原因となる国と被害を受ける国の因果関係が曖昧であることから,単なる環境問題として 解決することは困難である。したがって,地球温暖化の原因が温室効果ガスのみであると 仮定するならば,温室効果ガスの排出削減方法に関して経済的に分析することが望ましい。

その代表的な方策として,環境税があげられる。環境税は1990 年のフィンランドの導入 に始まり,オランダ,スウェーデンなど,欧州各国で積極的に導入が進められてきた。環 境税は,環境に負荷を与える物質に課される税であり,汚染物質の排出量に応じて課税さ れるため,汚染者に対して排出削減インセンティウ゛を持たせることが容易な政策である。

加えて,わが国でも平成23 年度税制改革大綱において「地球温暖化対策のための税」が具 体的に盛り込まれた。これにより,今後もわが国において環境税制改革がますます推進さ れることが予想される。したがって,温暖化を抑止するための政策を詳細に分析すること は有益であると判断した。

本章では,主に環境税と補助金の理論的側面に焦点をあてる。価格規制の面から環境政

5 岩坂(2003)

6 京都議定書によれば,CO2,メタン,亜酸化窒素,ハイドロフルオロカーボン(HFC),パーフルオロカ ーボン(PEC),六フッ化硫黄(SF6)が温室効果ガスと定められている。

(29)

23

策を扱う多くのテキストや論文は完全競争市場を想定して議論を進めている。しかし,完 全競争市場は決して現実的とはいえず,その理論は現実社会に反映されにくい。松枝(2005) が示すように,経済学者が市場志向型の環境政策の優位を主張する際に根拠としてきた理 論的分析のほとんどが,企業が活動する市場を完全競争的とする幾分非現実的な過程に基 づいているため,このような結果になったと考えられる。

不完全競争市場を想定した環境政策の研究の数は決して多くはない。Buchanan (1969) や Barnett (1980) が先駆けとなり,近年ではBovenberg and de Mooij (1994) やSchoonbeek and de

Vries (2009) が独占市場における環境税について研究を行っているが,未だ最適な課税手法

については,研究の余地があると思われる。また,環境税は分析の中心となっているが,

不完全競争市場における補助金制度の効果はあまり注目されていない。

本章では,現実により近い形である不完全競争市場を想定した上で,Schoonbeek and

deVries (2009) の研究をもとに,限界被害の大きさに伴う市場構造と最適な環境政策との関

係性を理論的に分析することを目的とする。

経済学に外部性という概念を最初に持ち込んだ人物はマーシャルであるが,外部不経済 については,ピグーが『厚生経済学』(1920) の中で最初に議論している。奥野 (2008) によ れば,外部不経済とは,ある経済主体の行動が,市場での取引を通じることなく,別の経 済主体の効用関数または生産関数に悪影響を与える場合,としている。ピグーは,この外 部不経済を課税という形で内部化することにより,社会的費用と私的費用の乖離を是正で きると考えた。この考えには,根底にいわゆる市場の失敗がある。

ピグー税においては,外部不経済の存在による市場の失敗を,課税により政府が調整す る。すなわち,市場の力に加えて政府が適正税率を課すことにより,外部不経済の問題を 解決するのである。この考え方に対し,政府は介入する必要はないという考え方を提唱し た人物がコースである。いわゆるコースの定理とされる,所有権アプローチである。

奥野 (2008) によれば,コースの定理とは,外部性の出し手と受け手との間で交渉が行わ

(30)

24

れれば,それが理想的な形で機能する限り,授権のあり方に関わらず常にパレート効率的 な資源配分を実現できるというものである。

つまり,外部性の出し手と受け手のどちらに交渉権があろうが,もう一方に対し適切な 補償をおこなえば,政府が介入することなく社会的に効率的な資源配分が達成できるとい うことである。しかし,コースの定理は,取引費用がゼロであるという仮定の上に成立す る議論であり,現実的な解決方策ではない。

古典派経済学の市場原理主義ではカバーすることのできない問題の1つが外部不経済で あるが,政府の出番を待たずして,市場内のプレイヤー同士でも外部不経済という問題を 解決できるということを理論的に示した点において,コースの定理は優れているといえる。

また,植田ら (1995) によれば,カップは市場経済社会の仕組みそのものが私的費用とし て内部化しえない不経済を生み出していると考え,ピグーの議論を批判した。カップは社 会的費用を「私的経済活動の結果,第三者あるいは一般大衆が蒙るあらゆる直接間接の損 失を含むもの」としているが,ピグーは経済主体の費用不払いによる第三者での社会的損 失の発生をあくまでも市場経済の例外的現象とみなしたのに対し,カップは,社会的費用 は資本主義経済の発展に伴って累積的に増え,将来は経済の再生産を不可能にするもので あるとした点が特徴である。

この外部費用の考え方をめぐっては多くの議論が重ねられているが未だ外部不経済を正 確に把握し,是正するための理論的根拠は見つかってはいない。本章の理論的分析では,

外部不経済の原因を企業の生産活動に伴い発生する汚染物質が社会的に不効用をもたらす という前提の下で議論を進める。

3.2 価格規制政策の理論的分析

3.2.1 完全競争市場におけるピグー税とピグー補助金の同等性

(31)

25

はじめに,経済理論の前提となる完全競争市場において,ピグー税(Pigouvian tax)とピ グー補助金(Pigouvian subsidy)の同等性を示す。ピグー税は,理論的には社会的限界費用 と私的限界費用の差を税率によってゼロにするというものである。社会的限界費用と私的 限界費用の乖離をなくすと,どのようなことが生じるのであろうか。

ここでは,カップの社会費用論には基づかず,社会的費用は市場経済におけるイレギュ ラーな産物として議論を進めることとする。ピグーは,ある種の産業活動は企業がその私 的費用しか負担しないことによって最適水準を越えて拡張されてしまうため,政府がその 産業活動がもたらす社会的費用と企業が負担している私的費用の乖離を埋めるべく課税す べきであると考えた。

需要曲線と私的限界費用曲線が交わる点を均衡とした場合,厚生損失が発生してしまう。

すなわち,私的限界費用曲線に基づく均衡では社会的に最適な財の需給がなされないとい うことである。ここで,社会的限界費用と私的限界費用の差を課税により補填することに より,企業が社会的限界費用を負担することで外部費用が市場機構に組み込まれ,厚生損 失が消失する。これがピグー税の理論である。

しかし,この議論は市場が完全競争,すなわち需要サイドも供給サイドも価格受容者で あり,価格に対する影響力がないことが前提となっている。さらに言えば,市場の普遍性 や凸環境の条件が満たされなければ,価格メカニズムは正しく機能しない。社会的に最適 な需給が達成できない要因はイレギュラーな社会的費用の存在のみであるという仮定によ り,外部性の内部化が達成できるわけである。このような環境税の仕組みを理論的に説明 する。

今,政府と企業の間には情報の非対称性が存在しない,つまり完全情報を仮定する。企 業の生産量を とし,その生産に伴う汚染物質による外部被害を𝐷( )と表す。完全競争市場 のため,ここでは生産物の価格 は所与とする。また,企業の生産にかかる費用を𝐶( )とお く。このとき,企業に対して規制や罰則が存在せず,企業が自身の利潤を最大化するよう

(32)

26 な行動をとると,最大化問題

𝐶( )

を解き,この解である は1階条件

= 𝐶( ) 𝐶 ( ) =

を満たす。次に,外部被害を考慮にいれた,社会的総余剰が最大化される式は,

𝐶( ) 𝐷( )

であり,その解となる は,1階条件

= 𝐶( ) 𝐷 ( ) 𝐶 ( ) = 𝐷( ) (3.1)

により得られる。この外部性を内部化するために,政府は,企業の汚染排出1単位に対して 税率tを課すと,企業は以下の最大化問題を解くことになる。

= 𝐶( ) 𝑡

𝐶( )

𝑡 =

これより,

= 𝐶( ) 𝑡 𝐶 ( ) = 𝑡 (3.2)

(33)

27

となり,定める税率を限界外部被害に一致させる𝑡 = 𝐷( )とすればよい。次に,ピグー補 助金について説明する。今,政府が企業に対して から生産量を減尐させると1単位あたり sの補助金を与えるとする。このとき企業は以下の最適化問題を解く。

𝐶( ) 𝑠( )

となり,その解 となる1階条件は

= 𝐶 ( ) 𝑠 𝐶 ( ) = 𝑠 (3.3)

であるため,𝑠 = 𝐷( )とすれば,社会的に最適な資源配分が実現される。(3.2)式と(3.3)

式より,𝑡 = 𝑠 = 𝐷( )となり,ピグー税とピグー補助金の同等性が示させる。このピグー

税およびピグー補助金の理論的枞組みは,企業の限界費用を均等化できるという点で直接 規制よりも優れている。この点を次に示す。

3.2.2 ピグー的規制の直接規制における優位性

次に,上述したピグー的規制が,完全競争市場の下では直接規制よりも優れていること を示す。今,企業が2社(企業A, 企業B)しか存在しない市場を仮定する。この2つの企業 は同質的な財1つをそれぞれ𝑞 𝑞 だけ生産する。市場全体の生産量は (= 𝑞 𝑞 )であり,

この市場において最適な総排出量 を達成したいとする。A社の限界削減費用を𝑀 𝐶 , B社 の限界削減費用を𝑀 𝐶 とし,削減にかかる費用が異なるとする。

(34)

28

図3.1 直接規制の効率性とピグー的課税の優位性

社会的に最適な削減量 を達成させたいとき,政府は両企業限界削減費用が等しくなる ような税率tを課せばよい。これにより,各企業において限界削減費用が均等化される。し かし,両企業に同様の削減水準 2を強要してしまうと,社会的に最適な水準よりも総削減

費用が過大になることが分かる(図3.1の斜線部分)。このように,単純な直接規制では効 率的な削減水準は達成できない。したがって,短期の生産活動においてはピグー的な課税 政策および補助金政策の方が直接規制よりも効率的であることが示される。

3.2.3 価格決定者に価格規制を課す場合

環境政策を理論的に議論するのであれば,完全競争市場という極めて限定的な土台の上 で政策を論じることは非現実的である。現実の社会では,市場価格を所与とせず,個別企 業の行動が市場価格に無視できない影響力を持つ企業も尐なからず存在するからである。

完全競争市場の下でのピグー税とピグー補助金は,生産量を社会的に最適な水準まで減 尐させるために導入される。しかし,価格決定者は自らの限界収入に基づいて生産水準を

𝑀 𝐶

𝑀 𝐶

2 𝑞

𝑞

(35)

29

決定するため,社会的に最適な生産水準と比較すると過尐になってしまう。したがって,

不完全競争市場で課税政策を導入すると,生産水準はさらに縮小し社会的に最適な水準と 乖離する。

一方,補助金制度は企業が決定した過尐な生産水準から社会的に最適な水準まで生産量 を増加させることで効果を発揮する。本章の補助金政策は生産量を増加させるための政策 であり,完全競争市場におけるピグー補助金とは異なるという点に注意されたい。つまり,

不完全競争市場における課税政策と補助金政策の導入は,企業が決定した生産水準を軸と して逆方向に作用する性質を持つ。

今,企業の生産量をQとし,その生産に伴う汚染物質による外部被害を𝐷( )と表す。独占 市場を想定し,逆需要関数を ( ) = とする。企業の収入関数は ( ) = (𝑞) である。

また,企業の生産にかかる費用を𝐶( )とし,限界費用 ( )

= は であり一定である とする。政府は,企業の汚染排出1単位に対して税率tを課すことにする。ここで,企業は以 下の最大化問題をとく。

= ( ) 𝐶( ) 𝑡

𝑀 ( ) 𝑡 =

𝑀 ( ) = 𝑡 (3.4)

となる。これに対して,ピグー補助金は,企業自らの限界収入と限界費用が一致する生産 量 から生産量を増加させると1単位あたりsの補助金を政府が与えるとする。この時,企 業は以下の最適化問題を解く。

(36)

30

( ) 𝐶( ) 𝑠( )

となり,その解 がみたすべき1階条件は

𝑀 ( ) = 𝑠 (3.5)

である。(3.4)式と(3.5)式からも分かるように,不完全競争市場の下では税率と補助金 率の与える影響は異なり,結果としてその効果における同等性は満たされない。したがっ て,不完全競争市場では,完全競争市場とは異なり,課税政策か補助金政策のどちらを実 施するのかを適切に見極める必要がある。

松枝(2005)によれば,政府が独占企業に対して効率的な水準を達成させるためには,

ピグー税政策に加え,社会的に最適な生産水準における逆需要関数と限界収入の乖離分に 相当する差額を補助金として企業に与えることが必要となる。このケースにおけるファー スト・ベストの政策とは,ピグー的な環境税と補助金の導入という,ポリシーミックスと なるような政策となる。

2つの政策を同時に導入する背景には,価格支配力による過尐生産と,生産活動による外 部不経済の発生という2つの市場の歪みを是正しなければならない点があげられる。この問 題点は,Barnett (1980) においても指摘されているところである。

しかし,ピグー的な環境税に加え,補助金を導入するというファースト・ベスト解を実 現するための政策は現実には困難であるといえよう。ピグー的な環境税は財源を必要とし ないが,補助金政策は既存の税制との調整において,財源を調達することが不可欠となる からである。したがって,税制度か補助金制度のどちらかの政策を実行することが社会的 に望ましいかを正確に把握する必要がある。次節では,先行研究をもとに,既存企業と新 規参入を考える企業に対して補助金政策を実施する状況を理論的に考察する。価格支配力

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