ルソー−アンリエット書簡(下)
桑 瀬 章 二 郎
以下に訳出するのは,アンリエットという名の一女性読者が,
1764年
3月から
176ラ年
12月の聞にルソーに宛てた五通の手紙と,ルソーの三 通の返事,それに
1770年,パリに戻ったルソーにアンリエットが面会を 求めたのに対し,受け取ったとされる彼からの返事である.翻訳は,
Correspondance complete de jean‑Jacques Rousseau. ed. critique et annotee par R. A. Leigh, Oxford, The Voltaire foundation, 196
ラ ー
1998による.便宜上,原典にはない番号を書簡の最初に付し,( )内に,[書 簡全集』における書簡番号を示した.
書簡の前半部は,『同志社女子大学学術研究年報』汚巻に発表した.
アンリエットからルソーへ
1764年
9月
10日3 ( 3 4 9 4 )
お返事をたまわりまことにありがたく,心よりお礼申し上げます.絶え ずつきまとう不幸のせいで新たな苦境に立たされ,あなた様に申し上げた かったことについて考える時間もなく,また簡単には考えることすらでき ない状態でしたが,そうでなければ,以前と同じ欲望に身を任せ[て,ま た悩みを打ち明け]ていたことと思います.
ょうやくゆっくりできる時聞ができましたので,この機会を有効に活用 しようと思いました.あなた様がご提案くださろうとしたご計画を承るこ とは有益ですし,さらに感謝の気持ちをお伝えしたく,思い切って再びお 手紙を差し上げることにいたしました.あなた様はそのご計画を撤回され るために,「ですから今のところこれ以上先に進まないでおきましょう」
という表現をお使いになられていますが,それがいかなる意味を持つのか
33ご説明くださいますようお願い申し上げることを,あなた様にお許しいた だいたものと考えております.ですから,この点に関して,お仕事とお体 の状態が許すときに,お考えをご説明いただければ幸いです.
ですが,ご厚情たまわりますようお願い申し上げる前に,あなた様が抱 かれている疑念を晴らさせていただかなければなりません.わたくしはい かなる点でもあなた様に自分を偽ろうなどとはいたしませんでした.わた くしは本当に,お話しした通りの普通の女性で,実際にパリに住んで、おり ます.アンリエットという名前しか記さず,姓を伏せておきましたのは,
あなた様のせいではなく,わたくしの手紙がいろいろな危険を引き起こす かもしれないと恐れたからなのです.もしお知りになりたいようでしたら,
信頼の証として,すぐにお教えいたします.しかし,以前書きましたよう に,わたくしはあなた様にお目にかかったことはありませんし,またあな た様のここでのご友人やお知り合いを誰一人として存じ上げないのです.
ご高著を拝読し,あなた様のご性格,お心,ご様子などを思い描いてみる と,ご高見を承りたいという欲求と信頼感が生じたのです.実際にそうす るのに,自分以外の誰にも相談はしておりませんし,その点について秘密 を守っており,従ってあなた様からのお返事についても同様です.あなた 様にしたためたような個人的なことがらは人に知られたいと思いません し,また知られたくない理由がなかったとしても,それをあなた様のご承 諾なしに広めてしまいましたら,お返事をくださったあなた様のせっかく のご好意を踏みにじることになるのではと不安でしょう.人はあなた様が お書きになるものならどんなものでも決して無関心で、おれませんし,ほと んどいつも党派心を持って判断し,嫉みや偏見,自分の意見への執着のせ いで感情が判断を狂わせないなら明らかに正しいと考えるであろうことが らについても異論が生じることをわたくしは存じ上げております.ですか ら,あなた様から頂戴したお返事については,わたくしの個人的な,私的 な用い方しかしたくはありませんし,それ以外には許されないと考えてお ります.
お話しくださったこ計画は,わたくしをたじろがせるはずで,よほど勇 気がないと実行できないだろうとおっしゃいましたが,わたくしが一番恐 れていたことに対して,ほっとするようなこともおっしゃってくださいま したので,たじろぐようなことはありません.確かにあなた様は,自分の 全精神の構造を完全に作りなおすことから始めるようおっしゃりました.
そしてもし,心待ちにしておりますあなたさまからのご説明をお聞きして,
ルソー アンリエット書簡(下)
どうやって自分を救い出せばよいのかがわかるようになると期待していな いようでしたら,最終的にどうなるか見えないままそのようなことを始め るのだと考えるだけで気分が萎えてしまうことでしょう.結局のところ,
どこにでも付いてまわるこの内奥の苦しみを紛らわせてくれる可能性がす べて奪われてしまうことにならないのでしたら,そしてあまりにもわたく し自身の近くへとわたくしを連れ戻すことにならないのでしたら,わたく しはその計画を知りたいと強く願っておりますしそれを恐れてもおりま せん.ですが,お手紙をしたためている間はいつもより穏やかな時間を過 ごしましたという告白からあなた様が導かれた結論からしますと,あなた 様はまさにそうお考えた、ったのではないでしょうか.[そうした時間を過 ごせたのは]あなた様が書かれているように自分のことについてお話しし たからではなく,お話の相手があなた様で,あなた様へのことばで頭がい っぱいだ、ったからだということ点をご理解いただけるなら,そのようにお 考えにならないでしょう.あなた様にお手紙をしたためながら自分の心に 広がっていったさまざまな考えは,あなた様に書くという目的もなしに,
もし自分の心だけを満たしていたなら,自分の境遇についてのこの遺りき れない気持ちをよみがえらせることにしかならなかったでしょう.実際に はあなた様にそうした考えをお伝えしようと夢中で,どんな風に言い表せ ばよいのかをよく考えなければならず,それによってこうした考えに付き まとっている哀しみを紛らすことができたのです.あなた様のお姿を一瞬 たりとも見失うことがありませんでした.暖炉の反対側にいつもあなた様 のお姿が見えておりましたので,わたくしは勇気づけられていたのです.
ですから,わたくし自身へとわたくしを連れ戻すことによってではなく,
それとは逆に,わたくし自身から気をそらせることによって,わたくしが 探し求めている穏やかな,心動かされない状態に,最も近づくことができ
ると思うのです.
いずれにしましでも,すでにお伝えしましたことについて,あいまいな 部分をそのままにしておきたくはありませんし,そのためにはお話ししな ければならないことがまだ
はなく,哲学者に向かつて書いているわけで、ごさずいます.さらに,あなた
様へお手紙を書き始めたときに立てた目的,そしてあなた様に対して抱く
ことのできた信頼感を鑑みますと,自分自身のことについては沈黙を守る
べしという一般的な札儀規則はここでは当てはまらないと思われるので
す.このように簡単にお詫び申し上げた今,新たに細かな点についてお話
3う
ししますことをお許しいただきたいと存じます.
まず,あなた様が抱かれたように思われる,わたくしが自分を誇示して いたというお考えについてです.知性的な活動にわたくしが執着している ことをご説明申し上げたので,あなた様がそうお考えになったのは当然だ と思います.しかし,その考えを否定させていただきたいのです.お付き 合いしている方々や,普段の物腰を振り返りましでも,わたくしほど自己 顕示欲の弱い人間はおりません.才気で評判の人とはまったく付き合いが ありませんし,才気を持っている,あるいは磨こうとした人はほとんど存 じ上げません.お付き合いのある五
O人ほどの中で,わたくしについて話 すときに,気立てがよいということ以外に何か付け加えようとする方は,
おそらく四人もいないでしょう.人と一緒にいるときに話すことはほとん どありませんし,結局いつも他の人が話し始めることになってしまいます.
何かを決定することはもっと少なく,自分の意見を述べることはほとんど ありませんし,その場合でも,おずおずと述べるのです.実際わたくしは 臆病なのですから.自分の意見が受け入れられないとなるとすぐにその意 見を撤回してしまいますが,実はその意見にこだわり続けています.そし て,毎日,何十回と耳にする,馬鹿げた無礼なことばに少しも反論できな いのです.人と一緒にいるときのわたくしはこんな姿なのですから,自分 をひけらかすことなどまったくないということがおわかりいただけると思 います.さらに,わたくしが才知を重んじることがあっても,それは,仕 方なしに,無理やりその点に注意が向けられて,そうするのだとはっきり
と申し上げることができます.正しい感覚と,本当に温かく誠実な心,そ して思いやりと心遣いを備えていれば,愚かな人間であるはずはありませ んし,それどころか皆から愛され,必要とされるはずだと思います.なぜ なら,心の明敏さは,知性の明敏さよりもはるかに他人にとって有益です しおつきあいの時いつもしなければならなくなる,他人への配慮や親切 という点からみましでも,さらに重要だからです.ご存知のように,以上 述べたような性格の方はたくさんおられますが,それでもやはり,知性が 足りない方よりも真心が足りない方のほうがず、っと一般的です.それゆえ,
社交界にはかくも多くの愚かな人々がおり,本当にまれにしか,真心を持 った人に出会うことがないのです.探し求めようとしても,出会う人の心 はみな,それ自体あまりにも小さく,狭隆にみえるので,結局いつもがっ かりして来た方ヘヲ
lき返すことになるのです.
わたくしはまた,男性のように振舞おうとはいたしておりません.幸せ
ルソー アンリエット書簡(下)
であるなら,男性であろうと女性であろうと同じであるように思えます.
わたくしはただ,自分を孤立した存在と考えたのです.生まれっき定まっ ていた最初の目的地から遠ざかってしまったので,性というものをまった く考えないでおくことができると思いました.いずれの性の義務も,わた くしには果たす責任がないのですから.「ここにいるのです,生きている のです,なぜかはわかりませんが,それでも存在しているのです
J,この ようにわたくしが申し上げてみても,社会はわたくしを必要とせず,わた くしのためにと言って見捨てているのですから,自分のことについては自 分で自由に決め,自分の思うまま存在する権利を社会もわたくしに認めて くれるべきです.社会にとってわたくしは存在していないようなものなの ですから.わたくしは一番苦しくない生き方を探すべきなのだと思います.
男性がいるか,女性がいるか,そしてそれぞれの性がどのような徳と活動 を自分たちの性に割り当てたかなど気にかけず,さらにはわたくしにとっ て何の役にもたたない先入観にとらわれることなく,できる限り徳を身に つけるよう努め,手に入れたいと思う幸福に一番適した活動に携るだけで す.女性との交際よりも,一部の男性方との交際を好むのは,単に殿方の 欠点のほうがわたくしの欠点によく似ており,殿方と一緒のほうが退屈す ることが少なし要するに[女性といるとき]より苦しまずに済むからで す .
あなた様に申し上げていることは,思い巡らしているだけで,どのよう な偏見であれ,実際に声高に批判したことはありません.せいぜい貞淑ぶ った何人かの女性に見ぬかれているかもしれない,という程度です.です が,彼女たちの意見がどんな意味を持つというのでしょう.彼女たちが賛 意を示してくれたところで,それがわたくしの払う犠牲の埋め合わせとな るでしょうか.彼女たちに褒めそやされたところで,さらに困惑するだけ でしょう.
かつて持っていたのと同じ,虚栄心に由来する動機を現在もわたくしが
持っているとお考えになられたのは,おそらくわたくしが,過去と現在と
いう二つの時期をはっきりと区別しなかったからです.このこつの時期は
もうひとつの時期によって切り離されており,その時期にこの上なく悲痛
な出来事が起こって,自尊心によって生じる,ありとあらゆる取るにたら
ぬ関心事から解き放たれたのです.この出来事から,適切な形で心に直接
働きかけるものだけが実際に心を満足させることができるのだと学びまし
た.虚栄心しか満たしてくれないものは修く虚しいということを,こうし
37て感覚として知ることになり,その後よく考えることによって,納得でき ました.こうした激烈な苦痛は,胸のかくも奥深く,かくも長い間記憶に とどまっていたため,わたくしはいわゆる考える力もなくしてしまい,感 じる力にすっかり頼り切るようになってしまいました.そしてそれが習慣 となることによって,生来の感受性がさらに強くなったように思います.
感情が精神よりもはるかに鋭く活発になり,すべてを感じ取り,ごくわず かのことしか思惟しなくなりました.この感受性のせいでたまらなく不幸 なのです.なぜなら,この感受性さえなければ見逃してしまうような,数 え切れないことがらに,気付いてしまうからです.さらにそのせいで好み も難しくなってしまい,自分にふさわしいものなどなにひとつないと思え,
注意を向けようと思うほど気をひくものもなくなり,仮に何かを気に入っ たとしてもそれは手の届かないものなのです.わたくしには何か夢中にな るものが必要で、,いつも強い意志に動かされているのですが,物事の幻影,
空虚,欠乏状態に絶えず嫌悪感を抱かされるので,わたくしの心はたえず 変化し,休まることがないのです.わたくしが研究を再び始めたいと思う のは,自分を自分自身から引き離すため,この内なる感情を紛らわすため,
ぬき
つまり,気を晴らすためであって,注目を集めたり,人より擢んでたり,
名声を得たりするためではありません.こうした考えほど,わたくしの考 えと似ても似つかぬものはありません.確かに,この計画には,自分にあ った幾人かの方とのお付き合いが容易になるという,もうひとつの利点が あると申し上げました.一緒にいて心地ょいと思えるほど気の合う人など ほとんどおりませんし,自分の身分,資産状態,置かれた立場からして,
わたくし自身で人を選ぶことはできないので,彼ら自身が進んでわたくし のところに集まりたいと考えるようにすること,つまり,わたくしが完全 に孤立しており,殿方を惹きつけて,それで自分のことを選んでもらうた めに通常用いられる見掛けのよさをも備えていないにもかかわらず,それ でもこのわたくしを選んでもらえるようにすることは,有益だと考えたの です.こうした点には,確かに慢心や自尊心が認められるかもしれません し,そうした気持ちがわたくしには強いということも否定いたしません.
ですが,わたくしにとって決定的な動機ではないとはっきりと申し上げる
ことができると思います.それはせいぜい二義的なあるいは偶然の産物な
のです.一番の動機はこれまでわたくしを当惑させることしかなかった生
というものを,何かしら意味のあるものにしたい,というものです.どう
か,生きることをお教えください.つまりわたくしが最も幸福に近づける
ル ソ ー
アンリエット書簡(下)
手段というものをお教えいただきたいのです.完全な幸福など存在しませ んし,したがって,幸福は,趣味や性向,情念に左右されるものです.わ たくしの生き方からどんな方針を引き出せるかご判断いただくために不可 欠であると考えましたので,細部にわたってお話し申し上げた次第です.
ご辛抱願ってもう少しお聞きくださりますでしょうか.まったく予期し ていなかったのですが,四ヶ月前にある方が亡くなられ,それからという ものその辛い話題以外のことに関心を持つにはこの上ない努力が必要で、,
秩序立てて物事を考えられる状態にはなく,精神は不愉快な思い出によっ て頻繁にその働きを中断され,やりきれない考えに包まれているのです.
ご容赦願いたく存じます.いつになれば,この話題が頭から消え去るのか わかりませんので,返事を差し上げるのがこれ以上遅れますと,ご好意に 対し感謝していないのではないかとお考えになり,わたくしがあれほど渇 望し,待ち望んで、いるお導きのことばがいただけなくなるのではないかと 恐れております.御助言をいただけるならばおそらく,二重の意味でわた くしにとって有益で、あるでしょう.それが手元に届くとき,わたくしは恐 ろしい危機から抜け出ょうとし,そして,ほとんど精魂が尽きょうとして いて,再び障踏い,憂欝になり,今よりもひどく衰弱した状態になろうと しているでしょうから.欺蹄,苔畜,そして人間の心にある,あらゆる悲 しむべき感情をわたくしは今なお経験しておりますが,それは病んだ心の 苦痛をいや増すことにしかなりません.この心をお憐れみください,そし てわたくしに「幸福,とまではいかないにしても心の平安」へと続く道を お示しください.おっしゃったように,この心はその状態から遠くはない はずです.「わずかですが」わたくしの心には「素質が残っている」と思 いますので,見限らないでいただけますようお願い申し上げます.あなた 様はこの心に恵みを与えてくださることになるでしょうから,ご苦労はき っと報われることと思います.感謝の気持ちについてはなにも申し上げま せん.それはあまりに甘美な感情なので,堂々と口にするのははばかられ るのです.
1764
年
9月
10日,パリにて
敬具 アンリエット
あなた様に最初の手紙をお渡しくださった方へ,別のある方を通じてこ
39の手紙もお送りいただこうとしたのですが,その仲介の方によると最初の 方が今もあなた様にお手紙をお渡しできる状況にあるかどうかわからない そうで,それで手紙を送り返してこられました.お送りする際その方に添 えていただくはず、だった推薦状はございませんが,再びお返事くださるの でしたら,住所は以下の通りです.
ドゥモージヤン様宛,デユ・オセ一夫人宅, トラヴ、エルシエール通り,
クロスジョルジョ通り近く,ピュット・サン・ロッシュ,パリ.
ルソーからアンリエットへ
1764年
11月
4日,モチエ
4 ( 3 6 2 1 )
あなたは手紙を書く時聞がほとんど取れない状態でいらっしゃるという ことですが,わたしはあなた以上に返事を書く時聞が取れない状態にある ということをご理解ください.あなたは身動きがとれないとおっしゃいま すが,それはご自分の問題や大切な人のためです.わたしはというと,あ りとあらゆる問題によって,そしてあらゆる人によって自由が奪われてい るのです.誰もがわたしに自由な時聞があると考え,先占者には権利があ るとでも言うようにわたしを意のままに操ろうとするからです.四六時中 人に付きまとわれ,困り果て苦悩し,あなた以上に悲惨な状態で,残され たごくわずかの時間にやっと一息つくという有様です.忙しすぎて無為に 過ごす時間はありません.ゆっくりとあなたに手紙を書く機会を探してい るのですが,ここ一月というものそんな機会はなかなかやってこないので,
人目を盗むようにして書かなければなりません.あなたにはとても興味を ひかれましたので,返事をせずにはいられないのです.これ以上わたしを 惹きつける人はほとんどいませんしあなたほど心を揺るがせる人はいま せん.
わたしが差し上げた手紙の中で,あなたの手紙への受け答えになってい
ないところがたくさんあるとお考えのようですが,それは実はあなたとは
別の女性に宛てて書かれたからです.あなたの置かれた状況には,手紙を
受け取ったときヌーシャテルに住んでいたその別の女性の状況に酷似した
点があったので,その手紙が彼女によるものだと信じて疑わず,差出人に
ついてわたしをごまかそうとしているのだと間違って考えてしまったので
ル ソ ー アンリエット書簡(下)
す.ですから,ご自分の性格についてあなたが話されたことよりも,その 女性の性格についてわたしが知っていたことに基づいて話をしてしまいま した.彼女は誰もが知る女学者にして才女なだけあって,自分のことを異 常なほど誇示しようとするので,あなたが詳しく述べられたあの心の不安 の原因も,そういう点にこそあると思えたのです.わたしは彼女の異常な 自己顕示欲をあなたのものであるかのように考えて,これを根絶すること から始めたのです.そしてあなたを[本来の]ご自身に連れ戻すことによ って,自分を誇示しようとする女性の置かれた状態とはまったくかけ離れ ているようにみえる,あの心の安らぎに近づけることになると信じて疑わ なかったのです.
このように人違いに基づいて書かれたわけですから,手紙にちぐはぐな ことがたくさん含まれているのも無理からぬ事です.しかし間違いの中 にも利点があって,この手紙は,その受取人だと思っていた女性の精神状 態を理解するための手がかりとなったのです.その女性の精神状態はこう いうものだとわたしが想定したものを基にして,ご説明のあった苦悩から 今度はあなたを救い出すにはどのような道を進めばよいか,端緒がつかめ たような気がしました.それも,わたしから見れば一時しのぎの緩和薬で すらないのに,あなたが唯一の治療薬であるとお考えになっていた気晴ら しという手段に頼ることなしに,です.ところがあなたは,わたしは勘違 いをしており,自分では理解したと思っていることがなにも理解できてい なかったとおっしゃるのです.あなたの置かれた状態はわたしには想像も つかないものであるのに,どうして治療薬をみつけられるでしょうか.わ たしにとってあなたは謎で,わたしを苦しめ,辱めます.人の心が何たる か解っているつもりでしたが,あなたの心はまったく解りません.あなた は苦しんでおられますが,わたしにはあなたの苦しみを和らげることはで きないのです.
なんということでしょう,あなたは,ご自分に似ていないものにはなに
ひとつ満足できないので,ご自分から逃れたいとおっしゃるのですか.他
人にご不満があり,軽蔑なさっていて,実際その人達は軽蔑されても仕方
がないとおっしゃって,さらにはあなたご自身のお心は尊敬されるに値す
ると感じるからとおっしゃって,それゆえ,ご自分に似ていない他人の心
があなたに抱かせる軽蔑の念については,[そうしたご立派な]心をお持
ちであるというのに,我慢したくはないとおっしゃるのでしょうか.そん
な妙な考えはわたしにはまったく理解できません.理解の範囲を超えてい
41ます.
感受性が強いせいで何かにつけご不満だとおっしゃるなら,それをご自 分の内に閉じこめておくべきではなかったでしょうか.この感受性を用い て,あなたご自身のお心を,気高く甘美な自己愛の感情で、満たしてやるべ きではなかったでしょうか.本来ならそれが,不正に抗する手段になった り,無関心に対する心の慰めになってくれたりするのではないでしょうか.
本物の魂を持った人に出会うことはほとんどない,とあなたはおっしゃる.
その通りなのですが,そういう魂をお持ちの人なら,どうしてそれで自分 に満足できないということがあるでしょうか.他人の魂にあたりを付けて みて,それが狭|溢であると感じれば,嫌になって,そこから離れることに なります.しかし,他人のところでかくも居心地が悪かった後,自分の家
[である自分の魂]に戻ってくることはなんたる喜びでしょう.誰かに愛 情を持ちたいという欲求があって,その対象がみつからないと,感じやす い心を持つ者がどれほど苦しむかわかっていますし,その状態がどれほど 哀しいかもわかります.ですが,それには[感傷的な]魅力もあるのです.
涙があふれ,憂愁の思いに沈む,そういう思いは自分自身の存在の証とな るのですから,避けようとは思わないでしょう.この状態ではまた,孤独 を探し求めることになります.孤独は,愛するのが当然なものいっさいに 固まれて,本当の自分を取り戻す唯一の隠れ家のようなものなのです.何 度でも繰り返し申し上げたいのですが,自分自身から離れてしまうことに よって,幸福や安らぎが得られるとは思いません.逆に,物事から遠ざか り,自分自身に近づくことによってしか,この世では幸せになれないと日 ごと強く感じるようになっています.自分自身の価値を信じるということ 以上に甘美な気持ちがあるとすれば,そしてこうした気持ちを強めること 以上に心地よい務めがあるとすれば,わたしは間違っているかもしれませ ん.しかし,わたしは以上のように考えますし,こうしたことから,わた しがあなたの見解に同意できるかどうか,そしてさらにはあなたの置かれ た状態を思い描くことができるかどうか,ご判断ください.
あなたは不快感の原因について間違っていらっしゃるのだと,そしてそ
の不快感は,ご自身について内省する意識から生じるのではなく,逆に知
らぬ間にあなたを物事に縛り付けている感情から生じており,あなたが物
事から解き放たれていると信じていても,おそらく単にそれを享受するこ
とを諦めているだけなのだとわたしは願わずにはいられません.そうであ
って欲しいと思います.[それだと]わたしは行動するための手がかりを
ルソー アンリエット書簡(下)
見出すことになるでしょう.しかしあなたが正しければ,わたしには何の 手がかりもありません.これを書いている今,眼のまえにあなたの最初の お手紙があり,それについて考えてみる時聞があれば,おそらくはあなた を理解できるようになれるでしょうし,そのためには労を惜しまないでし ょう.というのも,あなたは本当にわたしの心を揺さぶるからです.しか しながら,そのお手紙はたくさんの書類の中に紛れて,探し出すには,わ たしに残された以上の時聞がかかるでしょうから,これは別の機会にゆず らなければなりません.わたしとの手紙のやり取りはむなしいものである にもかからず,お便りをくださることが嫌にならないようでしたら,この 文通によって,おそらくは,最後にはあなたを理解できるようになると思 います.ですが,わたしにできる範囲を超えた正確さで,返事を差し上げ ることはお約束できません.あなたにお約束し,しっかりと守ることがで きるのは,あなたのことをとても気にかけ,生涯あなたのことを忘れない ということです.あなたのこの前のお手紙は,知性のひらめきと内奥の感 情に満ちていて,最初のお手紙よりもさらに深くわたしの心を動かしまし た.そのようなお手紙を書くことができるわけですから,あなたがなんと おっしやろうとも,ご自分に満足し,それによって辛い運命を埋め合わせ るのは,あなた次第であると,これからも考えるでしょう.
ラ ( 3986) アンリエットからルソーへ
1764
年
12月に書き始められ,
176ラ年
2月う日に完成
お手紙を拝受したとき,わたくしは病気でした.何日も苦しみと無為と 孤独の中でくらし,そのせいでいつも以上にあの哀しい思いに捕らわれ,
苦痛のあまりそれに打ち克つ気力さえ出ない状態でした.あなた様のこと を思い起こせばたまらなく嬉しくなり,そしてわたくしがこの先差し上げ るかもしれないお手紙にお返事をくださるとお約束してくださいましたの で,わたくしの心は目覚め,それを覆い隠していた陰欝な雲から逃れ出る ことができたのです.本当にどうしても手にしたいあの心の安らぎを,あ なた様のお導きのことばによって手に入れることができるのではないかと 思うと,わたくしと幸福との間に横たわる途方もない距離が縮まったよう に思われました.ご親切をいいことにご迷惑をおかけしたりしませんし,
43
あなた様がお許しをくださったことに,無遠慮に付け入ろうとは思いませ ん.あなた様からどれほどお返事がいただきたいと熱望していようと,お 返事がどれほど遅れようとも,不平を言う資格があるなどとは決して思わ ず,待ちつづけます.あなた様が休息にあてられるかもしれない時間の一 部をわたくしのためにお割きくださるのはとても嬉しく,常に感謝しなが
ら,恩恵のようなものとしてお返事を拝受いたします.
わたくしが置かれた状況についてさらに詳しくお話いたしますことをお 許しくださいましたので,続けさせていただこうと思います.あなた様に とってわたくしが「謎で,あなた様を苦しめ,辱め
jることになるのでは と恐れることはもうありませんので,いっそう自信を持ってお話すること ができます.あなた様は,わたくしの中にあらわれる矛盾の原因をご指摘 くださいました.わたくしは自分では物事から解き放たれていると信じて いるのに,ある隠された意識がわたくしの中にあって,そのせいで知らぬ 聞に物事に縛り付けられてしまっている.あなた様はそうお考えですが,
わたくしが自分の中に見出すのも,およそそうしたことです.
わたくしの頭の中では,解き放たれているというのは,自分が望んでい ないすべての物事から解き放たれているという意味です.虚栄心や世の関 心の対象となるこうしたむなしい物事すべてからという意味で,そうした 物事は心に何のとっかかりも与えませんし,関心を惹くことも,それを満 たすことも,何かする気にさせることもできず,心はそのまま放っておか れるだけなのです.幸福を引き立ててはくれるでしょうが,決してその代 わりになることはできません.
自分の心に聞い,心をよく調べてみましたが,こうした物事への欲望は まったく見つかりませんでした.心を苦しめ,苛むのは,生きる理由がな にもなく,生きることに自分をつなぎとめる緋がなにひとつないというこ となのです.自分にまったく価値がなく,何に対しでも執着がなく,逆に 執着してくれる者もなく,ひとことで言えば理由もわからずに生きている というのはおそろしい感覚で,幻影を抱いて和らぐときもありましたが,
その後にはいっそうはっきりとした感情になっていつもわたくしに付きま
とい,逃れようとしても絶えずそこにあるのです.若くもなく,母でもな
く,妻でもないわたくしには,自分の行動を決定するはっきりとした義務
もなく,心を動かし,目的を与えてくれるような関心事もまったくないの
です.こうした生活に関わる物事にまで関心を抱くようになるには,それ
だけ大きな関心を,何かに愛着を持つことによって手に入れなければなり
ルソー アンリエット書簡(下)
ませんが,それは非常に難しいことで,いとも簡単に対象を間違ってしま いますし,しかも実際に間違ってしまったわたくしとしましては,それは あまりにも辛いことでした.財産と人望があれば,善行を施し,不幸な 人々の役に立つ喜びが,甘美な気持ちで心をいっぱいにしてくれ,心の糧 となって,他の関心事を必要とせずに生きることができるでしょう.不運 にも,わたくしにはそうした手段がありません.わたくしは誰の役にもた てず,この世で誰一人としてわたくしを必要としてくれないわけですから,
誰にも気付かれずに,自分が望むときにこの世を去ることができるのです.
それなら,どうしてこの世に留まっているのでしょう.自分でも困惑いた します.
以上がわたくしのあらゆる病の原因です.そうなのです,これが原因で,
他に理由を探しではならないのです.これまでのお手紙で申し上げたこと で明らかになっていると思いますし,繰り返しになってしまいますので,
ここではなにひとつ付け加えません.それでも,わたくしの中にある,明 らかに矛盾していることがらの説明としては十分でしょう.自分を愛し,
評価していながら,どうして今の自分から逃れる必要があるか,説明する ためには十分でしょう.
自分から遠ざかろうとするとき,それはわたくし自身が評価しているわ たくしからではなく,否定されたわたくし,つまり,意志の対象となるも のを手にすることができず,無数の陰惨な思いに引き裂かれ,身を貫くよ うな悲痛な考えに苦しめられ,苦しみを感じることによってすっかり姿を 変えてしまったわたくしからなのです.満ちたりた幸せなわたくしからは 逃れようとは思いませんし,喜んで自分を見つめようとするでしょう.他 人もより感じのよいものに思えるでしょうし,幸せだと感じることによっ てすべてが美しく見えるでしょう.わたくしも以前は,満足すればするほ
ど,気難しいところはなくなったのですから.
従って,心が倦怠と苦痛に満たされてしまうのは,生きることへの関心 がこのようになくなってしまうからに他ならないのです.心というものは,
自らの世界,自らの環境を離れると気詰まりをおぼえるもので,わたくし の力ではそう感じないようにさせることはきません.子どもたちに食べさ せるものがないとき,父親はお伽噺を聞かせて早めに寝かし付けようとす るではないでしょうか.ですからわたくしはそれに倣おうとしたのです.
つまり,わたくしはお伽噺のかわりに研究を置いたのです.
それでもわたくしの選んだ、手段が間違っているとお考えでしたら,わた
45くしはこれ以上主張いたしませんし,その手段も捨て去ります.研究にこ だわっているわけではなく,あくまでその効果に期待しただけですので,
より我慢しやすい他の手段でこれと同じ効果が得られるようにしていただ けるのでしたら,わたくしはその手段を用いるでしょうし,怠惰なわたく しにはそちらのほうが合っているでしょう.
このようにお約束はいたしますが,あなた様がご教授くださるその手段 を使っても,わたくしがもっと本来の自分に近づくよう強いられたりしな いことを期待しております.ただしそれと同時に,元の自分と一緒になっ ても,その姿を見たり感じたりしないで済む秘訣をお教えくださるなら話 は別なのですが.しかし身に染みついてわたくしを変えてしまっているも のをすっかり断ち切ってしまうことなど,どうしたらできましょう.
考えれば考えるほど,自分の中に閉じこもり,自分とだけ向き合い,自 分だけを愛することに本当に幸福があるとは思えなくなるのです.それは 自然に反しており,それゆえに耐えがたく,辛い状態であるように思える のです.もっと悪い状態に陥りはしないかという心配からこうした態度を 取ることはあるでしょうが,それはどれほど小さくてもやはり病であるこ とに変わりありません.いくら自分を楽しむといっても,人は自分だけを 心の糧に生きるようにはできていないのですから.心は,自分のなかに閉 じこもり,自分を褒め称えようとしても無駄で,そんなことをしてもやは り自ら望むものが欠けているのを感じてしまうものなのです.一人でいた り一人きりで考えたりすることには往々にして魅力がある,ということは よくわかります.しかし不幸にも,この先も一人きりで思考するしかない のだと考えてしまうようなことがあれば,この魅力はすぐさま哀しみに変 わってしまいます.そのことに気付かないようにしなければなりませんし,
それにいつの日か,誰か他の人と共に考えるであろうという希望が心の内 奥になくてはならないのです.
自分と向き合い,自分と一緒にいて心地ょいという言い方がありますが,
もちろんそれは,自分ひとりきりでいるのにひとりではない,という意味
ではないと思います.それだと自分が二人いて,二つのわたくしという実
体があるようだからです.それが意味するのは後悔することがなく,自分
を答め立てするところもなく,自分の意図や考えや感情が人にどう理解さ
れているかについて不満がない,ということだけです.つまり,自分に満
足し,自分を評価できる,ということなのです.これが幸福にとって不可
欠な状態で,これなくして真の幸福はありえません.しかし,自分を評価
ルソ一一アンリエット書簡(下)
できるとしても,それだけで幸福になれるでしょうか.つまり,自分が好 み欲するものが欠けているということに無関心になれるほど,十分に幸福 になれるでしょうか.そのためには,自負心が,こうした好みや欲望を打 ち砕かねばならないでしょう.それでは,この自負心は,揺れ動く心をも 充足させることができるでしょうか.それだけで自足し,自分にとっての すべてとなることができるでしょうか.心は打ち解けようとしますし,思 いを伝え広げようとするのに,自分自身のなかだけで,どうやって思いを 広げることができるでしょう.液体で一杯になってしっかりふたの閉まっ た容器に,さらにもう一杯分その同じ内容物を注ぐなどどうすればできる でしょう.液体が多いと,容器は割れてしまいます.ですから,自分の考 えや心の動き,感情に広がりをもたせ,外部へ出してやり,他の考えや感 情に触れさせてやりたいというのは,自然な欲求であるように見えます.
それはまた,ょいところを強固にし,欠陥のあるところ,悪いところを取 り除き,さらに何かを手に入れるための手段でさえあります.こうした信 頼と友情の交わりの中でこそ,精神は安らぎ,休息し,心はその渇きをい やし,力を取り戻すのです.
我が身を愛さなければならないということはよくわかります.人が自分 を愛するのは当然ですし,まず自分を愛することから始めるのでなければ,
何も愛することはできないでしょうから.ですが,他のあらゆる情愛の根 源にも自己愛があるからといって,わたくしたち自身が,こうした情愛の 対象の代わりとなれる,ということになるでしょうか.この愛を自分にだ け向けようとすることは,川の流れを水源へ逆流させようとするようなも のではないでしょうか.
つまり,人の心は自分だけを愛し,自足するようにはできていないよう に思えるのです.自分だけでなく他のものをも愛そうとし,そして心がそ れ自体に示す愛情よりも,他の人の心が示してくれる愛情の方によりいっ そう満足で、きる,このように思えるのです.自分に示す愛情も必要ですが,
心はそのことで感謝することも,満足することもできません.
この点についていろいろと申し上げるのは,もちろんあなた様に反論す
るためではなく,自分の中にあった異論がなにひとつないようにするため
なのです.自分が間違っていればと思いますし,それと同じだけ他の人が
正しければと思います.しかしながら,そうした願いにもかかわらず,自
分の言い分は,より説得力ある他の人の言い分によってしか論破されるこ
とはないと感じております.一人きりで考えるという長い間の習慣で,自
47分の考えに執着するようになってしまいました.常に自分の考えを自分だ けの秘密にしておき,自分の中に閉じ込めてしまうのは不幸なことで,そ のためにこの考えは,熱を帯び,沸き立ち,力をつけてしまうのです.で すから間違った考え方をしても,誰もそれを指摘してくれないのです.
ああ,わたくしが幸せで、ないのは,まったくわたくしのせいで,これか らでも幸せになれると納得させていただくことができましたら,それだけ で、幸福へ近づくことになるはずなのですが.
恐ろしく面倒で、煩わしいことが度重なったせいで,この二ヶ月の問書き かけのままだ、った本状に,ょうやく再び向かい始めたのですが,この間わ たくしは,なんと不幸だ、ったことでしょう.考えすぎることで,苦しみは どれほど耐えがたいものになったことでしょう.考えすぎることによって 激しさを増すことがなければ,それは単なる苦しみでしかなかったのでし ょうが.わたくしを苛むこの内なる感覚のどれほとミ残酷だ、ったことでしょ うか.他人がいてくれなければならないという不幸,これに伴う嫌悪感や 倦怠感がこの感覚のせいでどれほど増したことでしょう.すでにょいとは いえないこの状態をなんとか維持するだけでも自分に必死に働きかけねば なりませんが,この感覚のせいで,自分のとったあらゆる処置が,苦痛を 避けることでしかなし幸福のためになることはなにもなかったと思えて しまうのです.こうした辛い物思いをしてはたびたび肩を落とし,何事も 決めきれずに揺れ動きながら,人に付き従うことへの怖ろしさと,決して 自分は幸せになれないのだという絶望の聞を行き来するのでした.ときに は,自分は自由でいれるのだという思いに勇気付けられるのですが,自由 といっても何の役にも立たないのだと考えるとがっかりするのでした.と いいますのも,することもなければ,見るものも,聞くものも,感じるも のも,味わうものも,心を満たすだけの関心を引くものは,なにひとつな いのですから.このようなわたくしが活力を取り戻すためには,打ちひし がれた心を激しい憤りで揺り動かす必要があったのです.
ですから,毒を撒き散らし,周りにあるものすべてを哀しみ一色で包ん
でしまう,かくも抗いがたい感覚,楽しいはずのことからもその甘美さを
奪い去り,辛いことにはよりいっそうその苦しみを与え,重圧で我が身を
押しひしぐこの感覚から解き放たれるにはどうすればよいのか,ご教示い
ただきたいのです.この感情をどうやって克服すればよいかお教えいただ
きたいのです.心からお願い申し上げるのですが,忘れないと約束してく
ださったわたくしのことを,ときには思い出していただきたいのです.約
ルソ一一アンリエット書簡(下)
束してくださったことがわたくしには本当に嬉しかったので,あなた様に こうやって思い出していただこうとするのです.耐えがたいものであって も,わたくしがそれに値するのなら,本当のことをお話しいただきたいの です.断固たる態度で,病の源をすっかり取り除いていただき,わたくし を癒してくださいますようお願い申し上げます.わたくしは希望を持って おりますしあなた様の教えによって,はるか以前から熱望している,心 の安らぎを手に入れることができると信じております.この安らぎを手に 入れ,自分の中に幸福の曙光がさすのを感じるとき,いったいどれほどあ なた様に感謝しなくてはならないでしょう.平穏な日々を送ることができ ましたら,それはあなた様のおかげでしょうし,毎日この上なく誠実な感 謝の気持ちを感じることでしょう.お許しくださる限り,その気持ちをお 伝えしたいと思うでしょうし,これほど嬉しいことはないで、しよう.
敬具
176
ラ年
2月ラ日パリにて
お返事をいただくためにわたくしがお伝えした住所をなくされたかもし れませんので,もう一度お伝えいたします. ドゥモージャン様宛,デユ・
オセ一夫人宅, トラヴ、エルシエール通り,クロスジョルジョ通り近く,ビ ユット・サン・ロッシユ,パリ.
アンリエットからルソーへ
176ラ年
3月
28日6 ( 4 2 0 9 )
一年ほど前からわたくしの頭を離れなかったあの哀しい話題は,今やわ たくしにとっては過去のものとなりましたことを,お伝え申し上げます.
それはすでに過去のものとなり,後は忘れるだけです.この点についてだ けは心の平静を取り戻せたとはっきりしておりますが,これからは,それ 以上に切に望んでおりますあのもうひとつの心の平静を取り戻すために,
あなた様のご協力を必要としております.身を持って知りましたこの苦し みのせいで,わたくしはこの上なく辛い錯乱状態に落ちてしまいました.
苦悩の種類を替えることにしかならなかったとは,なんと残酷でしょう.
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休息を渇望していながら,それによって暇ができることが怖いのです.不 幸の連続によって心にかくもはっきりと刻まれた,あの哀しみの記憶につ
きまとわれて,自分自身と再会することを恐れているのです.
六週間後,ここを発ち,田舎でひと夏を過ごす予定です.午前中は自由 ですから,散歩するか,一人で過ごすことだけに充てようと考えておりま す.そこであなた様のお導きのことばについてゆっくり考えることができ ればどんなに素晴らしいでしょう.その教えをどれほど必要としているで しょう.このときを待ちこがれております.今度の滞在では,すばらしい ことがわたくしを待ち受けているように思えるのです.生まれ変わり,新 しい生活を始めるはずです.気持ちのよい朝,陽光を浴びて緑輝く木々の 下で,新鮮な空気を胸いっぱい吸い込みながら,あなた様の教えを繰り返 すと,今までのわたくしはゆっくりと消えていき,新しい人間に生まれ変 わることでしょう.しかしおわかりのことでしょうが,あなた様[の教え]
がなければ,苦しみにうめき,苦痛を糧にすることを止めようとしないこ の心には,空気も,太陽も,緑も何の役にも立ちません.この心を動かせ るのは,あなた様の論理の力だけなのです.ですから,この心にほんの少 しでも言葉をかけてやっていただけないでしょうか.心を苛むこの苦痛か ら救い出してやってください.気晴らしとなるような活動と,十分に関心 をひく対象を,与えてやってください.この世にないものは必要とせず,
存在するものだけで満足できる方法を教えてやってください.少しも深め ではならないような見せ掛けの友情,示されでも嬉しくないようなありふ れた好意,厳しく試すようなことがあってはならない友人,さしたる印象 を残さずすり抜けていくような娯楽,なにひとつ心動かさない楽しみで満 足する術を教えてやってください.
わたくしの心は,ねたみや嫉妬といった陰欝な情念とは無縁で,ぜいた くをしたいとも,名誉を得たいとも望んでもいませんのに,そうした感情 に支配されている方々よりも,どうして幸せになれないのでしょう.わた
くしを幸せにできるのは,あなた様なのです.待ち望んで、おります.
折あしくお便りしたのではと案じておりますゆえに,お尋ね申し上げる のですが,あなた様が今いらっしゃる国を離れようとお考えになっている というのは本当なのでしょうか.パリで話されていることすべてを信じで はならない,ということは承知しておりますが,その話題が,自分の関心 あることについてであれば,不安にならずにはいられません.あなた様の
『山からの手紙』を拝読したばかりなのですが,他のすべての著作と同じ
ルソ一一アンリエヅト書簡(下)
魅力を感じました.このようにお書きになれるのは,そして心と理性に同 時に語りかけることができるのは,あなた様だけです.
敬具
アンリエット
176
ラ年
3月
28日,パリにて
すでに閏舎に向けて発った後でしか,お返事をいただけないようでした ら,お手紙を転送してもらい,田舎でも受け取ることができますので,ご 安心ください.
アンリエットからルソーへ
176ラ年
12月
18日7 ( 4 9 0 8 )
もう何度目かになるのですが,一年ほど前にアンリエット宛てにくださ った最後のお手紙を,読み返したところです.決して忘れないとお約束し てくださったので,アンリエットのことをもう一度思い出していただこう と,勇気をふるってお願い申し上げようと思うのですが,当時のわたくし について記憶を呼び起こしていただこうとしますことに,お気を悪くなさ らないで下さればと思います.アンリエットは,夏の問ずっと,一通でも お手紙をいただけるのではと期待し,また,あなた様にご迷惑をおかけし たのではと不安でした.ですが,最近になって,あなた様がベルリンにい らっしゃること,そしてどのような理由でそこにお出で、になったのかを知 り,お返事をいただけなかったのは,ご用事,ご病気,そしてご旅行のせ いで,少し落ち着かれた今,お時間をいくらかでもわたくしに割いていた だけるのではないかと,あえて期待をいたしております.
わたくしが必要とし,心から渇望しているご助言をいただけますよう,
あなた様にご説明いたしましたことがらを,すべて繰り返し申し上げよう
とは思いません.その点について,おおよそのことは,そしておそらく十
分なほどに,ご理解いただいていると存じますし,意味もなく同じことを
繰り返して,あなた様をうんざりさせはしないかと心配です.さらに申し
上げれば,わたくしは相変わらず昔のままで,同じように弱く,悲痛な感
ラl
情に支配されつづけている自分を恥ずかしく思うのです.ああ,理性によ って感情を支配することができるのでしたら,どこから始めればよいか,
そしてどんな風に支配すればいいのかお教えいただきたいのです.
心が深い憂欝に沈んでいるのは,わたくしが孤立して誰の役にも立たず,
何に対しでも執着がなく,自分のためだけに生きなければならないと信じ 切っているからだという点はよくわかります.自分は他人のために生きて おり,他人は白分のために生きているというのは,なんと甘美で魅力的な 幻想でしょう.それは人生の数ある不幸を乗り越えるには最適な方法で,
またこれによってのみ,生への執着も生まれるのでしょう.しかし,この 幻想は打ち砕かれております.わたくしにとっては,永遠に打ち砕かれて いるのです.ですから,一体何がわたくしをこの人生につなぎとめるとい うのでしょう.生きるためにはすることがなければなりませんが,誰がそ の動機を与えてくれるでしょう.どんなことをすればよいのでしょう.わ たくしが関心を持つことなどなにもありませんから,自分の置かれた状況 から気をそらすのに最も適した活動を探し求めるしかありません.幸せに なれそうもない,なんとも哀しい選択理由です.人生に執着がないのに生 きなければならないとは,食欲もないのに食べなければならないのと同じ くらい辛いものです.
絶えずお返事をお待ち申し上げておりますが,女性が学聞をすることに 否定的な,あなた様のご意見に従うことにいたしました.一時しのぎのた めに,わたくしは読書し,まったく初めての楽器を習うことにいたしまし た.容易くはないので,もっと心を集中できると思ったのですが,誰のた めに,そして何のために習っているのか,習ったところでどうなるのだろ
うと思うと,すぐに嫌になってしまうのです.
自分がとても惨めで,あなた様をとても困惑させ,お邪魔になっている かもしれないことはよくわかっております.ですが,迷惑だとお考えにな るよりも,己の存在にこの世で一番煩悶している者を手助けしてやりたい と,お考えくださるのではないかと願っております.生きなければならな い訳ですから,どのように生きればよいかお教えください.あなた様にで きないのなら,一体誰にそれが可能でしょう.あなた様の知性に望みをか けて,我が身を支えております.あなた様以上に,人を納得させる才能を お持ちの方はおりません.自分という存在に耐えられるようにしていただ けるなら,どれほど感謝しなければならないで、しょう.
あなた様から頂戴したお手紙について秘密を守ることを改めてお約束い
ルソ一一アンリエット書簡(下)
たします.欲望に目がくらんでしまうことは決しでありません.
敬具
アンリエット
176ラ年12
月
18日,パリにて
お伝えした住所をなくされたかもしれませんので,もう一度記しておき ます.
モージャン様, トラヴェルシエール・サントノレ通り,デユ・オセ一夫 人宅.アンリエットに,と封筒に記していただければ,確実に届きます.
ルソーからアンリエットへ 2 ラ
t リにて
17‑70108 (6801)
ずっと以前から繰り返し波乱に巻き込まれ,記憶からたくさんの思い出 が消えてしまいました.アンリエットという名前,それから彼女からの手 紙について,ぼんやりとは覚えているのですが,それだけではお会いした いとは思いません.一体どんな方なのか,何をお望みなのか,どうしてか くも永い間消息がなかったのか,どうして突然,かくも熱心に再びわたし の前に現れようと思われたのか,十分に説明していただくまではお会いし たいとは思いません.
悲惨な経験を通して,自分が相手にしている人聞がどんな人間なのか,
そしてわたしを欺こうとして彼らが用いる,いかにも彼らにふさわしい手 段がどのようなものなのか,わたしにはよくわかったのだということをご 理解ください.
アンリエットが誠実で徳高き方であるなら,術策と二枚舌を嫌悪するな ら,わたしがお話に耳を傾け,興味を持つに値する方であるなら,これは わたしが経験することになった不幸な出来事のせいでいまや不可欠なので すが,彼女についてのあらゆる情報をいただきたいと思います.次にわた しがゆっくりと時間をかけて情報を集めるのでお待ちいただきたいのです が,知られて恐れることはなにもないはずです.
その結果,もしわたしが満足すれば,わたしのほうから彼女に立ち戻り,
う
3今彼女がわたしに対してしているように,わたしのほうから彼女に対して 接近することになるでしょう.このような場合,わたしは彼女のことを決
して忘れないであろうと確信していただけるはずです.
わたしは彼女以上に友人を必要としていますが,友人のほうから選ばれ たくはありません.わたしのほうから選びたいのです.こんなお手紙を差 し上げたにもかかわらず,アンリエットがわたしの都合を気にせず\自分 に都合がよいからといって,あくまでわたしに会いに来ようとされるなら,
彼女はわたしの判断を受けるでしょう.すなわち彼女を拒みます.今や,
彼女は自分にふさわしい態度を決めることができるでしょう.
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ルソー4