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出来事の後で日常を生きるということ : 柳美里『

ある晴れた日に』における時間の形象

著者 鈴木 智之

出版者 法政大学社会学部学会

雑誌名 社会志林

巻 67

号 1

ページ 33‑53

発行年 2020‑07

URL http://doi.org/10.15002/00023387

(2)

1.出来事の後を生きる

 すべての出来事は,起こってしまった後には決してそれ以前に戻ることができないという意味で,

取り返しのつかないものである。したがって,私たちは常に「出来事の後」を生きている。これは,

不可逆的な時間を生きている限り逃れられない事態であるが,幸いにも,そのことが大きな問題と して体験されるのは稀である―「日常性」とは,その「取り返しのつかなさ」が問題化しない形 で推移することを指すのだと言えるだろう。だが,時として,出来事の後になお生活を営まなけれ ばならないということが,苦しみとして立ち現れる。この時,「その後の生」はいかにして可能と なるのか。そこにどのような「時」を形作ることができるのか。その問いを軸に置いて,以下では,

一篇の演劇作品についての考察を進めよう。

2.『ある晴れた日に』を観に行く

 2019年10月31日,筆者は友人とともに,(自宅から)6時間かけて福島県南相馬市小高を訪ね,

翌日帰京するという慌ただしい旅に出かけた。目的は,一本の芝居を観ることであった。

 青春五月党『ある晴れた日に』

 作:柳美里 演出:前田司郎

 出演:浅井浩介,長谷川洋子,前田司郎  La MaMa ODAKA

 2019年10月31日18時00分開演 

 なぜこの芝居が,南相馬市の小高という小さな町で上演されるのか。

 その文脈を理解するためには,2011年の「出来事」に立ち返ってみなければならない。

 2011年3月11日,14時46分,福島県南相馬市では震度6弱の揺れを観測。15時35分頃,津波が 到達(鹿島海岸で遡上高20.8メートル)。翌3月12日,5時44分,福島第一原子力発電所から半径 10キロメートル圏内の住民に避難指示。同日15時36分,福島第一原発1号機で水素爆発。18時25分,

出来事の後で日常を生きるということ

─柳美里『ある晴れた日に』における時間の形象─

鈴 木 智 之

(3)

原発から半径20キロメートル圏内の住民に避難指示。小高区の住人は原町区へ避難する。

 4月21日。原発から半径20キロメートル圏内は警戒区域に指定。22日,計画的避難区域および 緊急時避難準備区域を設定。翌年4月16日,警戒区域,計画的避難区域は,避難指示解除準備区域,

居住制限区域,および帰還困難区域に見直される。

 4年後の2015年7月に避難指示解除準備区域,居住制限区域が解除されるまで,小高地区には 人が住むことができなくなる。

 小高地区の居住人口は,2011年3月11日時点で12842人を数えていたが,2015年までは0人,そ の後,2016年3月31日に1488人,17年同日に2640人,18年同日に3497人,19年10月31日には3635 人と少しずつ回復している。それでも,震災から8年半が経った時点で,元の居住人口の約3分の 1の水準にとどまっている1

 観劇の当日,小高の駅から,駅前通りとその周辺を歩いてみると,既にきれいに整地されて空き 地となっている区画のあいだに,家や店舗が少しずつ再建されつつある様子がうかがえる。夜にな ると,ほとんど街灯が点かない町の闇のなかに,スーパーマーケットや医療機関の「明かり」が,

ぽつぽつと灯る光景が印象的である。

 この町に作家・柳美里が移り住んだのは,2015年のことであった。

 柳は,1968年茨城県生まれ(その後すぐ,神奈川県横浜市に移り住む)。高校中退後,東由多加 が主催する劇団「東京キッドブラザース」に加入。1987年,自らの演劇ユニット「青春五月党」

を結成。

 1993年,戯曲『魚の祭』で第37回岸田國士戯曲賞を受賞。

 1996年,小説『フルハウス』で第18回野間文芸新人賞,第24回泉鏡花文学賞。

 1997年,小説『家族シネマ』で第116回芥川賞を受賞。

 1999年,『ゴールドラッシュ』で第3回木山捷平賞を受賞。

 柳は,「東京キッドブラザース」に入団した直後,16歳の時から東と同棲を始め,その関係は約 10年続く。その後,一旦関係は解消されるが,柳が別の男性とのあいだに子どもを身籠り,その 男性との別れを経験した頃から,再び東との生活が始まる。しかしこの時,東はがんを患っており,

2000年4月に死去。この再度の同棲と死別に至るまでの経過は,柳の小説『命』(2000年)に書き 込まれている。

 2011年には,柳は鎌倉に暮らしていた。しかし,3月11日の後,原発から半径20キロ以内の地 域が「警戒区域」に指定されるという報に接し,その前にどうしても見ておきたいという思いから,

4月21日に原発周辺地域を訪問。以後,くり返し鎌倉から福島に通うようになる2

 2012年3月から,南相馬ひばりエフエムというラジオ局(臨時災害放送局)で,住民の語りを

1 南相馬市HP「旧避難指示区域内住民登録人口と居住人口の推移」(2020年)。同資料によれば,2020年 3月31日時点の「居住人口」は3663人である。

(4)

聞く番組「ふたりとひとり」のパーソナリティを担当(2018年3月まで継続。300組約600人が出 演)。

 2015年4月,小高に転居。2018年4月にブックカフェ「フルハウス」をオープン。この書店の 裏手に,小さな劇場「La MaMa ODAKA」を建て,ここを拠点に演劇ユニット「青春五月党」を 再結成する(La MaMaは東由多加にも関係のある,ニューヨークの劇場の名である)。

 このラジオ番組への出演から,演劇ユニットの立ち上げまでのつながりを,柳は次のように記し ている。

2011年4月から南相馬に通いはじめ,臨時災害放送局の活動を通して住民のみなさんとの関わりを広 く深くしていく中で,この地で青春五月党を復活させたい,という思いが強くなっていきました。思い があっても,なかなか実現できないことも多いのですが,不思議な縁が繋がり,その縁に引っ張られる 形で,青春五月党は復活することになりました。(『南相馬メドレー』176頁)

 2018年9月,青春五月党復活公演VOL.1として『静物画』を,2018年10月,VOL.2として『町 の形見』を上演(いずれも,作・演出,柳美里)。その他に,NHK「福島発ラジオ深夜便」で2017 年11月に朗読劇『窓の外の結婚式』が放送されている。『静物画』は柳が20歳の時に書いた作品の リメイク,『町の形見』は新作である。『静物画』には,「双葉郡広野町にある福島県立ふたば未来 学園の演劇部の生徒12人と顧問の先生2人」が,『町の形見』には「地元の70代の男女8人と東京 の小劇場で活躍する俳優6人」が起用された(『南相馬メドレー』170頁)。

 『ある晴れた日に』は,再結成後の青春五月党の公演としては3作目。作は柳美里,演出に五反 田団の前田司郎を迎え,小高,仙台,盛岡の3カ所で上演された3。主人公の「女」を演じる長谷 川洋子は,2011年3月11日に,福島県立いわき総合高校の2年生で,演劇部に所属していたとい う(『南相馬メドレー』238頁)。

 この作品・上演が,出来事の記憶をどのような形で形象化しているのか。また,この作品が小高 の小劇場で上演されること,これを小高という場所で観ることの意味はどこにあるか。そして,こ

2 柳は,山折哲雄との対談のなかで,「何故,福島県浜通りの原発周辺地域に通うようになったのか」を 問われ,自分の母親が福島県会津郡で中・高校時代を過ごしたこと,その地域は首都圏に電力を送るため の「ダム」が多数建設され,そのために「美しい村」が「沈められてしまった」歴史をもつことに言及し ている。「子どもの頃に母と共に見下ろした田子倉ダムと,原発事故によって『警戒区域』となった福島 の相双地区が,自分の中で重なったんです。ダム湖に沈んだ田子倉集落は,渇水するか潜水するかしない と見ることは出来ないけれど,原発から20キロ圏内の町は『警戒区域』に指定される前だったら見るこ とが出来る。そう思い,封鎖される前日,2011年4月21日に原発周辺地域を歩いてみたんです」(『沈黙 の作法』19頁)。

3 3カ所での公演は,その結末が異なっているという。残念ながら,筆者は小高ヴァージョンしか観てい ない。また『悲劇・喜劇』(2019年11月号)に掲載された脚本も小高で上演されるためのものと記されて いる。ここでは小高での公演,および『悲劇・喜劇』掲載の台本をもとに考察を進める。

(5)

の文学的事実は,出来事の記憶と時間の社会的配置にどのような関与を示すのか。こうした一連の 問いを念頭に置きながら,作品の読解に進んでいこう。

3.『ある晴れた日に』―場面進行

 舞台は,一軒の家の一つの部屋のように見える。

 中央に2台のベッド。頭の方を接する形で,並んでいる。

 上手のベッドには夏用のタオルケット。下手のベッドには冬用の毛布。

 それぞれに2つの枕。脇に小さなテーブル。目覚まし時計が置かれている。

 上手の前面に円形のダイニングテーブル。テーブルの上に花瓶。白い花が生けられている。

 下手の手前にドア(玄関)。

 舞台の奥は,左右の袖に抜けられるようになっている。

 図式的に再現すれば,以下のような空間でこの作品は演じられる4

4 この図は,筆者の記憶にもとづく概略的な再構成であり,縮尺,比率は正確ではない。ベッドの向きな ども,多少異なるかもしれない。

〔 客席 〕 サイドテーブル

ベッド B

ドア(玄関)

ダイニングテーブル ベッド A

(6)

 <場面の進行> 

 脚本には「場」の切れ目は示されていないし,演出上も場面は切れ目なく進行していく(ただし,

照明と音響の切り替えは行われていた)が,後の考察の便宜上,①~⑨の数字を付す。

 暗転から明転。

① 上手のベッドには,男Aと女が,下手のベッドには男Bが寝ている。

 女が目覚め,目覚まし時計に手を伸ばす場面から始まる。

 女:6時半か… (128)

 女はAを起こそうとするが,男は「あと30分だけ寝かせて」と言って,起きようとしない。

 女が怖い夢を見ていた話をする。

 Aは,「あとで聞くから,ごめん」と言って寝る。

 女は奥の通路から,下手の袖へ。

② 下手のベッドで目覚ましの音。

 女が戻ってくる。Bのベッドに向かって,話しかける。

 女:朝じゃない朝じゃない。 (129)

 女はBに,午前3時であることを告げる。

 「寒い」と言ってベッドにもぐりこむ女。

 男の体に触れて,「熱い」「熱あるよ」と告げる。

 「明日,病院さ行った方がいいんじゃない」と言うが,Bは「明日はがんばって行く」と答える。

 夢の話など,二人の会話が続く。

 雨が降り出したことに気付く。

 「自転車出しっ放しだわ」と言って,女が玄関から出てゆく。

③ 女が戻ってきて,Aの寝ているベッドの方へ。

 「朝だ」「おはよう」

 「水」を持ってきてくれとAは女に頼む。

④ 水を持って戻ってくる女。

 Bのベッドへ。

(7)

 「お水飲んで。脱水になるから」

 Bと女はフレンチトーストの話をする。

 「寝よう」,でも風邪うつるから「手だけ繋いで」

⑤ Aが奥のキッチンの方に向かって,「どうしたぁ?」と声をかける。

 女はキッチンに向かい,コップに水をくんで戻る。

 Aと女はベッドから出て,「ヨガ」を始める。

 ポーズを取りながら,Aは「結婚って,どう」と言う。

 女は,「このままで,いいんじゃないかな」と答える。

⑥ Aはシャワーを浴びに。

 女は,Bのベッドへ。

 映画の話。

 そして,スマートフォンから,オペラ『蝶々夫人』で歌われる「ある晴れた日に」を流す。

 Bは,これを結婚式に流そうと言う。

 結婚式は来月。

 ウェディングドレスは「シーツだっていい」と言うB。

 「まだ返事してません」と笑う女。

⑦ Bが眠り,シャワーを浴びたAが戻ってくる。

 ダイニングテーブルで朝食。

 女は「フレンチトーストが好き」と言い,会話のテーマになる。

 Aは,「フレンチトースト」の話は「地雷」かと尋ねる。

 「ぼくは,きみが,好きだ」と言うA。

 「わたしは婚約してるの。2011年の4月に結婚するはずだったの」と答える女。

⑧ その場面に,Bがフレンチトーストとスープをのせたトレイを持って入ってくる。

 Bには,Aが見えない。Aには,Bが見えない。

 朝食を食べながら,リモコンでテレビをつける。

 2011年3月11日の朝のニュースが流れる。

 Bと女。Aと女の会話が,交互に続く。

 やがて,Aは,「彼がまだ見つからないのは,きみが彼の死に耐えられないからじゃないのかな」と 問いかける。

 女は「しばらく,離れていたい」と言う。

(8)

 Bとの会話に移行。

 Bは,新聞を読む。「津波に警戒強化」という記事。

 Bは,仕事に行く時間になり,着替えて準備。

 女の独白

 女:どうして,熱があるのに仕事行くの止めなかったんだろう?

   どうして,津波の記事を読んでたのに,高台に避難しなかったんだろう?

   どうして,あの夜,結婚するって言わなかったんだろう? (143)

 B:行ってきます。

 女:行ってらっしゃい。気をつけて。 (143)

⑨  女は泣きながら,ベッドのシーツを引きはがし,ウェディングドレスのように体に巻き付ける。

  テーブルの上の花瓶から白い花束を抜き取る。

 女:ある晴れた日に,わたしは見るの    水平線の遠くに一筋の煙が立つのを    そして 白い船が現れるのを    ほら,見えるでしょ?

   彼を乗せた船が    でも 港へは行かない    ここで待つの

   一人の男が 小さい黒い点みたいに    この丘に近づいてくるのが見える    だれ?

   あなた?

   ほんとに あなたなの?

   帰ってきた!

   あなたは 私の名前を呼ぶ    わたしは返事をしないで隠れる    あなたを驚かすために

   あなたに再会できた喜びで息が止まらない    ように

(9)

   いつか この通りになる    ある 晴れた 日に (144)

  ゆっくりと暗転

 このように,舞台には二つのベッドが並置され,「女」と二人の男と生活が,それぞれに別のも のとして,同じ空間上に進行していく。

 初見の観客にとっては,はじめはこの「二つ」の場面の関係がよく分からない。しかし,次第に,

Aと「女」の場面は「現在時」のものであり,Bとの場面は「2011年3月11日」の朝のことであ ることが分かってくる。Bはその日,熱があるにもかかわらず仕事にでかけ,おそらくはその日,

津波に流されてしまって,まだ遺体も見つかっていない。「女」は現在,Aという別の男と暮らし ているが,同時に,Bの帰りを待ち続けている。結婚しようというAに,私は「婚約している」の だと答え,少し「距離」を置きたいと返す。そして,「シーツをウェディングドレスにして」Bの 帰りを待つ,という結末を迎える。

4.時間の形象化

(1)二つの現在

 この作品のひとつの主題は,「女」が生きている「時間」を形象化することにある。

 では,同じ舞台の上に置かれた,二つのベッドのあいだを往還するというこの劇進行が,いかな る「時」の形を現出させているのだろうか。

 ひとつの解釈の形として,Aとの関係が「現在」の生活時間であり,Bとの場面は,「女」が想 起している「過去」(=回想シーン)である,という言い方がなされうるだろう。しかし,そのよ うに(生活者の)現在と(想起の対象としての)過去を区分してしまうのは,この作品が伝える

「時間」の質感を大きく損なうように思える。

 「女」は過去を想起しているのではない。Bとの関係は,過ぎ去った時間にあるものとして,心 の内に再現されているのではない。そうではなく,「女」は二つの時間を現に生きている。そのよ うに言う方が,舞台の「見え方」に忠実である。

 この点は,演劇というものの形式的な本質に結びついている。例えば,小説や映像(映画や写 真)との対比において,演劇とは,常に「現在」の出来事を現出させるものである。仮にそれが,

過去の日付をともなって(例えば,2011年3月11日の出来事として)上演されるとしても,観る 者は,その場面が今起こりつつあるものとしてこれに立ち会うしかない。「ト書き」の言語表記が 示すように,「○○なになにをする」という現在形の連続としてしか,演劇は構成されない(映像 作品においても,その場面が演じられ,撮影されている時点では,「現在時」の時間が流れるはず である。しかし,それが「上映」された時点で,場面はすでに「過去」として現れる。映像は,そ

(10)

の提示=再現(representation)の遅れによって,常に「過去」を映し出すものとなる)。

 その次元において,「女」が往復している二つの場面は,それぞれが「現在」のこととして立ち 現れる。そして,この演劇的形式がもたらす「現在の並存」が,「出来事の後」を生きる「女」の 時間の様態を端的に表している。彼女にとってBとの関係は過去(過ぎ去ったもの)ではない。そ れは,もうひとつの現在である。そのような時間の形を示す上で,同一の舞台上に並ぶ二つのベッ ドと,そのあいだを行き来してエピソードが演じられるという形式は,この上なく的確である。

 しかし,こうした並列的な時間の存立こそが,ここでは痛みを呼び起こしている。

 というのも,二つの現在は,まったく同列な世界,自在に往還できる時空間を現出させているわ けではなく,それぞれに異なる「傷」を負って,互いに隔てられているからである。

 Bと生きる時間が,今まさにあるものとして現出しながら,それが同時に,「取り返しのつかな いもの」であることを,「女」も,また観客も知っている。それは,すでに失われてしまっている にもかかわらず,「過去」へと過ぎ去ることのない時間である。

 他方,Aと生きる時間は,日常的な意味における「今」を示しており,その形式的可能性におい ては「未来」に開かれている。しかし,そのAとの関係は将来に向けて展開されえない,その意味 で「停滞」するしかないことを「女」は知っている。「結婚しよう」というAの言葉に,「このまま で,いいんじゃないかな」と返す彼女の言葉は,Aとの関係が「今」という時間のなかでしか持ち こたえられないことを表している。

 互いに異なる意味において,「女」が生きている二つの時間は,いずれも未来をもたない。「ある 晴れた日に」男が戻ってくることを待ち受ける,その待機の時間のなかにしか「女」は未来を生き られない。だが,その「男は戻ってこない」ことは,否認できない現実なのである。

(2)「現在」の持続―Aとの日常

 出来事の後にも,生きて遺された者は日常の生活を取り戻していく。食べる,寝る,働く,遊ぶ

…。そして時には,生活を共同化するパートナーが存在する。「女」がAと共に生きているのは,

ここに立ち現れてしまう「日常の時間」である。

 作品の前半部分(①③⑤)では,Aと「女」のあいだには親密な関係が結ばれ,穏やかな時間が 流れているように見える。ぐずぐずとして,なかなか起きようとしないAの性格。「女」がAに教 え,Aがそれにいちいち茶々を入れながら,二人でヨガのポーズをとる場面の楽し気な雰囲気(演 出とともにAを演じる前田司郎が,この日常性を形作る「ゆるい」身体性をうまく引き出している ように思える)。二人の関係は,つまり二人の「現在」は,男が「将来」に何かを夢見る=企てる ことがなければ,ずっと続いていったかもしれない,と思わせる。

 ところが,Aがヨガのポーズの最中に「結婚」を口にしたところから,様相が一挙に変わってい く。

(11)

 A (首を後ろに伸ばしながら)結婚……

 女 え?

 A 結婚って,どう?

 女 はぁ? なに言ってるの? 三日月のポーズ,わかった?

 A なんとなく……

 女  じゃあ,次のポーズ行くね! 鷲のポーズ! 両脚を肩幅に開いて立ちます。膝を軽く曲げて,

左のふとももの上に重ねます。両腕を前に伸ばして,右腕を左腕の上にのせます。腕をクロスさせ たまま肘を九十度に曲げて,右手の甲と左手の甲を合わせる。合わせた?

 A こう?

 女 ぜんぜん違う。

 A 結婚? (134)

 ヨガの練習の最中,女の指示に従ってくねくねと体を捩じりながら,軽い調子で「結婚」の話を もちだすAに対して,「女」はそれをできるだけ無視しようとしている。

 それでも,「結婚,して,ください」と言い出すAに,「女」は,「朝ヨガの最中にプロポーズな んて」「おかしい」と責める。Aは,「ちょっとおかしいぐらいじゃないと,深刻な話になるから」

と弁明する。そして,沈黙。やがて「女」が,「このままで,いいんじゃないかな?」(135)と返 す。

 ここで不意に浮かび上がってくる二人のあいだの溝。そこで露わになるのは,共有されていたは ずの生活のなかに,二つのまったく異なる時間が配置されているという事実である。Aにとって,

「女」との関係は,「結婚」という将来に向かって開かれたもの。その意味で,たしかな物語性を有 するものであった。「子どもが欲しい」「子どもを育てて,きみと子どもと一緒に暮らしたい」とA は言う。しかし「女」にとって,Aとの関係は「このまま」である限りにおいて保たれうるような,

その意味で未来に向けた進行の余地をもたないものであった。Aは場面⑦で,「フレンチトースト」

の話に続いて,「プロポーズ」も「地雷」(=触れてはいけないこと)だったと表現するが(139),

Aが踏んだ「地雷」は,二人の生きている時間が決定的に異質なものであることを露見させてしま ったのである。

 「女」が,Aの提示する物語にのることができない理由は,この場面の先で,彼女自身がはっき りと言葉にしている。

 女 わたしは婚約してるの。2011年の4月に結婚するはずだったの。 (139)

 「婚約していた」ではない。「婚約してるの」と「女」は言う。その約束は(2011年4月という 期日こそ守られなかったが)まだ生きているのである。「女」は,その婚約者の帰りを待ち続けて いる(Bの遺体はまだ見つかっていない)。

(12)

 一般的に考えれば,Bがまだ発見されていないから「女」は諦めきれないのだと言われそうだが,

Aはその事実について,それは「女」の気持ちの結果であるという解釈を示している。

 A  彼がまだ見つからないのは,きみが彼の死に耐えられないからじゃないかな? だから,彼はま だ海にいる。大きな船に乗って,長い航海をしているみたいに…… (141)

 海に流された者はいなくなってしまったのではない。遠く離れて会えない形で「いる」のだとい う現実。その「現実」は,「死という現実を受容できない心」が生み出しているのだという語り5。 そこには,「彼の死を受け止めて,次のステージに進もう」というAからの呼びかけの意思が込め られている。だが,その呼びかけに「女」は応じられない。「しばらく,離れていたい」「混乱する から」と彼女は言う。「しばらくって,いつまで?」と問い返すAに「彼が,帰ってくるまで」と

「女」は答える(142)。

 Aは,「女」が果たされない約束を待ち続ける時間のなかにいることを十分に知っていたようで ある。そして,それを分かった上であえて,その時間に区切りをつけて,「将来」に向けて歩み出 そうと提案している。だが,「女」はそれを受け入れることができないのだ。

(3)「到来しない未来」の待機―Bとの約束

 「女」がBと過ごす時間。舞台の上に演じられるのは,2011年3月11日の未明(午前3時)から,

Bが仕事に出かけるまでの,おそらくは3~4時間のことである。

 この時,二人はそこでしきりに「未来」のことを話している。それは,病気や事故でBがいなく なってしまうことへの不安であったり,今度一緒に観に行く映画の選択であったり,今夜の夕食の 献立であったりする。そして,そのなかに,オペラ『蝶々夫人』の歌曲「ある晴れた日に」を,歌 手によって聴き比べる場面が挿入される。「レオンティン・プライス」の歌を聴いて,「女」は「あ あ,わたし,このひとの声が一番好きかも」と言う。するとBは,「じゃあ,結婚式に流すか」と 応じる。一月後,桜が満開になったら式を挙げようと言うB。「急過ぎない」かと問う「女」に

「急に決めた方がいいんだよ」と答える男(136)。「まだ返事してません」と「女」は笑うが,二 人は幸福感に包まれている(137)。

 その一方で,この場面には,起こりかねない危機を予感させる不穏な要素がいくつか散りばめら れている。まず,Bは風邪を引いているらしく,熱っぽい。また,「新聞」には「津波に警戒強化」

5 柳によれば,ここでのAの台詞は,宮城県女川町で被災し,両親を津波で亡くした女性(佐々木里子さ ん)の言葉をもとにしている。「母がまだ見つからないのは,私が母の死に耐えられないとわかっている からなのかもしれない。母は,わたしを案じて,帰ってこないのかも……」。この言葉を聞いて涙を流し た柳に,里子さんは「泣いただけでは終わらせないでください。知ることには責任が伴います」と言った という(『南相馬メドレー』250頁)。

(13)

という見出しが掲げられている。

 B  (新聞の見出しを読む)「津波に警戒強化」だって。九日の地震で津波注意報が発令されたべ。消 防団が海浜公園のゲートを初めて封鎖したんだって。冬でもサーフィンとか釣りとかやるひとがい っから,避難訓練も兼ねてんだろうね。九日,十日と地震が続いてっから,非常食とか用意しとい た方がいいだろうな。帰りに適当に見繕って買ってこようか?

 女 いいよ,病人なんだから。真っ直ぐ帰ってきて。 (142)

 ここには,将来の良き出来事(食事,映画,結婚…)を心待ちにする思いと,将来に起こりうる 悪しき出来事(事故,病気,地震,津波…)に備える心理とが同時に働いている。良きことを願い,

悪しきことに備える。そこには,ごく当たり前の物語性と日常的な時間性がある。

 しかし,3月11日の出来事は,この日常の時間を断ち切ってしまう。作品中唯一,「女」が回想 のモードで語る台詞(独白)では,このリスクに備えられなかったことへの悔いが語られる。

 女  (独白。喉で血液が脈打つのを感じながら)どうして,熱があるのに仕事行くの止めなかったん だろう。

  どうして,津波の記事を読んでたのに,高台に避難しなかったんだろう。

  どうして,あの夜,結婚するって言わなかったんだろう。 (143)

 「どうして~しなかったんだろう」のリフレインは,仮定法的な問いを通して,その出来事が

「取り返しのつかない」ものであることを表す。かくして「女」は,「来月結婚しよう」という男の 言葉によって宙づりにされたまま,どこにも動き出すことのない「時間」のなかに投げ出されてい る。

 「ある晴れた日に」「白い船」に乗って帰ってくる「男」を待ち続けるという「待機の時間」だけ が残されている。だがそれは,果たされることはないと分かっている約束への期待,到来すること のない未来への待機である。「女」がその後の日常のなかで誰に出会い,どれほどの時間をすごし ても,そこには未来に向けて開かれることのない「現在」しか存在しないのである。

5.分裂する現在―「解離的時間」と「悲劇的時間」

 「時が止まっている」。3月11日の地震と津波,それがもたらした破壊と死別,その出来事を語 る際に,しばしばそんな言葉が聞かれる。だが,「時が止まる」とはどのような事態なのか。それ を一義的に論じることはできそうにないが,ひとつの様相として,「過去」の一時点に位置するは ずの出来事が,「現在」において想起する「私」の物語的時間の内に統合されていない,というこ とが言われているのだろう。「物語的統合形象化」(ポール・リクール)によって,出来事は想起の

(14)

対象としての「過去」となり,「現在」に連なる時間を構成する一要素となる。そうすることで,

「過去」は「現在」から遠のき,かつ「現在」につながる。「私」は,かつての経験からの連続の上 に「今」を生きることができる。翻せば,「過去」にあるはずの出来事がこうした物語的統合を拒 む形で「現在」に現出する時,それは「過ぎ去っていく時間」のなかに位置づかない記憶となり,

「時が止まっている」と感じさせるのである。

 『ある晴れた日に』における「女」もまた,(Aと共にある)現在の生活時間のなかに,(Bと過 ごした)過去の記憶を統合しきれず,それゆえに分裂した時間を生きている。そのように見る時,

私たちはこの「時の形」が,「トラウマ後」を生きる人々の「解離的時間」に通じる一面をもつこ とに気づく。だが同時に,ここに演じられた「時間」をどこまで「解離」という概念に引き寄せて しまってよいのかという疑念も沸く。さまざまな苦しみの経験を「トラウマ」という言葉で括って しまうことによって,逆に語りえなくなってしまうこともある。だから逆に,「解離」という言葉 で精神病理学的に語られる状態との対比によって,この「女」の生の形を考えることができるかも しれない。

 「トラウマ」概念は,19世紀末に「外傷性記憶(traumatic memory)」の発見を起点として医学 と心理学の交接点に浮上してきたものであるが,その後,様々な文脈で顕在化する「PTSD」など の病態への対処(治療と研究)が進むにつれて,「トラウマ的体験」が特異な時間性を構成するこ とが明らかになってきた(松嶋 2018:447)。

 トラウマ的体験が作り出す記憶(外傷性記憶)は,「通常の記憶と違い,まったく記憶から排除 されてしまうか,逆に極端な鮮明性で蘇ってくる」ものであり,「内容の変化や忘却といった時間 による影響を受けない」(同:456)とされる。それは言い換えれば,外傷性記憶が「非文脈的」に,

変わることなく,前後関係の特定と時空上の定位が不可能な形で反復されるということである。

「それは鮮明性を特徴とするがその代わり言語化が困難であり,いつもすぐ隣りの『控え部屋』に いるようにそっくりそのまま出てくる」(同:456)。その典型がPTSDに見られる「フラッシュバ ック」であり,それは(ピエール・ジャネ以来)心理システムの破壊を伴う出来事の痕跡が「清算 されない意識下の固着観念としてとどまり,(…)強迫観念や身体反応として」回帰してくる現象 として理解される(同:457)。松嶋健は,外傷性記憶の時間性に関する知見を整理した上で,次 のように述べる。

外傷性記憶の大きな特徴は,過去の出来事が今ここで起こっていると感じられるような鮮明性,不変性,

反復性にある。ただしそれは,過去の出来事が現在において反復しているというよりも,過去における

「現在」が現在においてもそのまま「現在」として経験されるといったほうが適切であり,その時間性 はいうなら圧倒的な現在性にある。この圧倒的な現在性は,別の言い方をすれば,そもそも時間化され ていないということではないか。つまり外傷的記憶の時間的特徴は,その非時間性にあると言える。解 離のようなかたちでの忘却もまた,時間のうちに定位されないということであるから非時間的な特徴を もっていると言えよう。(同:458-459)

(15)

 「すぐ隣りの『控え部屋』にいる」かのような記憶。「過去の出来事が今ここで起こっているよう な鮮明性」。「過去における『現在』が現在においてもそのまま『現在』として経験される」という あり方。こうした特徴を拾うと,「外傷性記憶」という言葉は,『ある晴れた日に』において「女」

が生きている時間の形を的確に表現してくれるようにも思える。

 では,この作品は,震災経験,津波による死別経験を「トラウマ的出来事」として位置づけ,そ の後の生を心的外傷後の臨床像として描き出しているのだ,と言ってよいだろうか。たしかに,過 去が「過去のもの」として現在を生きる「私」の物語記憶に統合されないという点,過去であるは ずのものがそのまま「現在」として経験されているという点において,両者には形式的な通底性が 認められる。しかし,「女」の生を「トラウマ後」という括りのなかに置くことには,いささかの 違和感が残る。

 その理由のひとつは,「女」の生きている時間が,「解離的」と呼びうる不可解な分断の感覚をも たないこと,「自己の中心を欠いている」ような印象を与えないことにある。言い換えれば,「女」

は「複数の時間の分裂」を「ひとつの自我」において受け止めて生きているように見えるのだ。

 精神医学者・大饗広之は,臨床的事例の読解を通じて,悲劇的な出来事の「後」を生きる人々が その体験を「物語」の内に統合しきれなくなっていく状況の広がり,すなわち外傷性記憶の遍在化 を見通しながら,「物語の裂け目をぬって」衝動的行動が突出してくるメカニズムを「解離」とい う言葉でとらえている。それによれば「解離とは,もともと自分の一部であった心的部分(過去の 記憶,感情,身体機能など)が自分の知らないあいだに統合を失い,自分から切り離されてしまう ことをいう」(大饗 2009:88)。解離性障害の極端な病態が「人格の複数化」であるが,それは,

個人の生活史の内に「物語の屈曲」があまりにも急激な形で生じたことによって,様々なエピソー ドを一本の糸につないで物語的自己同一性を保つことができなくなり,複数の「時間」が分裂する ところに生じる。

 この時,「屈曲前のモードは単に忘却(抑圧)されるのではなく,まったく別の系列(アイデン ティティ)として並存する」ことがありえ,そこに「複数人格」の並存が生じるのである。ここで 重要なことは,極端な「解離」的な状況のなかではこうした人格的分裂が「葛藤」として意識され なくなるということ,「内的葛藤が存在しないこと」がむしろ「解離の本来の特徴」(同:94)だ という点にある。

 大饗は,フラッシュバック記憶の反復を特徴とするPTSDのような症状を,「耐えがたいエピソ ード」の痕跡が生活史に統合されずに残存するもうひとつの(多重人格障害とは別様の)記憶の形 としてとらえている。それによれば,PTSDの戦略とは「心的外傷を水平方向にスライドさせるこ と」(同:171)にある。

耐えがたいエピソードは主体の全体性(時間的統合)から外されて外部へと押し出される。押し出され たエピソード(外傷記憶)はもはや記憶の階層秩序(生活史)のなかに属さないために,記憶表象とし

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ての形式からも外れてしまう。外傷体験がフラッシュバックしているとき,彼らは単にそれを想起して いるのではない。PTSDにおいて本質的なことは,そのとき突然,彼/彼女がそこからいなくなること である。(同:171-172)

 多重人格障害においては,つながりをもっていた「自己」の一部分が自己から切り離され,別様 の生活史的時間を生きてしまうのであるが,PTSDにおいては,孤立した単独の「エピソード」が 生活史的記憶の外部に押し出され,今現在を生きる「私」が突然その記憶の現前に晒されてしまう。

そして,大饗によれば,このような形での「記憶のトラウマ化」が,(地震や津波のような)重大 事に限らず,日常的に現れる様々な出来事にまで広がっているところに,現代の重要な傾向が確認 される。こうした「解離的な時間性」の日常化のなかで,「人格の中心を欠いている」と感じさせ る個人が,いたるところに現れるのである。

 この大饗の臨床的な時代診断がどこまで妥当であるかについては,ここでは立ち入らない。本稿 の文脈において重要なことは,大饗が記述する「解離的」な存在に見られるような「断ち切られた 時間性」と,『ある晴れた日に』に登場する「女」の時間的な分裂の様態には,ある落差が感じら れるという点にある。

 「女」は,隣接する複数の現在を生きつつも,「解離的」ではない。彼女は,二つの時間の並存を 確実に意識しており,その両立不可能性,架橋不可能性を正確に見すえている。ある時点で「いず れかの時間を選ばなければならない」ことを「女」は知っているのであり,その選択を引き受ける

「主体」として「葛藤」を経験している。彼女は,いずれの「現在」を選んでも,「未来」をもちえ ない。その分裂状況を克服する術をもたないかもしれないが,もうひとつの現在を「抑圧」したり,

「外部化」したりするような「解離的戦略」を取っているわけではない。

 だからこそここには,「悲劇的」な「緊張」が生じているのであり,それが『ある晴れた日に』

という作品に,古典的とも形容できるような「演劇性」を付与している。そこに現出する生の様相 は「悲劇的時間性」と名づけることができるだろう。そして,その悲劇性の維持そのものに,「女」

の,ある種の精神的な勁さが感じられるのである。

 悲劇とは,破局的結末の到来を予見または予感しつつ,そこに生じる緊張を引き受ける主体が,

不可避の道筋をたどって,ついには破滅に至る物語であると言えるだろう。そして,悲劇の主人公 もまた,しばしば二重の,引き裂かれた時間を生きている。オイディプス王は,「父を殺し,母と 交わった」男を探し出して,テーバイの国を救うという物語に乗り出していくのだが,それは,そ うとは知らず父であった先の王を殺害してしまった自分自身の罪を糾明することにつながる。捜査 の時間と犯行の時間。二つの物語的時間をひとりの人物が生きていることが,やがて真実として浮 かび上がる。分裂した時間の露見が,この悲劇の核心的な構成要件となっている。だが,オイディ プスは決して解離的ではない。物語の最後に,彼は自らの眼を突いて,この国を去っていく。その 決断に至るまで,オイディプスは二つの矛盾する物語を生きる「主体」としての強度を失っていな い。

(17)

 このギリシャ悲劇の主人公と,震災後の「今」を生きる「女」を並べて置くことは無意味だろう か。必ずしもそうではないはずである。決して両立しきれない二つの時間の並存を,ひとりの人間 として生きているところに「女」の悲劇性があり,そこには,「トラウマ後」に顕著な「生の中心 の不在」は感じられない。そして,オイディプスと同様に,その分裂した時間の両立不可能性が露 見してしまった時,「女」はもうこの「町」の「生活者の共同体」のなかに居場所をもてなくなる ように見える。その結末(運命)もまた,彼女が自ら選択し,引き受けている。「女」は悲劇的生 を生きる主体である。

6.孤立する記憶―記憶の共同体の不可能性

 二つの時間の分断を一主体として,悲劇的状況として生きているからこそ,「女」の姿は痛切性 を帯び,ある意味での共感可能性(観客がともに苦しむことを可能にするような)を生み出す。そ の意味で(その限りで)『ある晴れた日に』は,記憶の共同性を生み出す装置として機能する。

 しかし,舞台の上に描かれるのは,「女」が二つの時間を統合して「自己の生活史」をひとつな がりのものとして生きることの困難であり,その「女」の状況を他者が分有することの不可能性で もある。

 現在時の生活を共にするAは,「女」が,流されてしまった男Bの帰還を待ち続けていることを 知っている。その上で,その死を「受け入れ」,自分たちの新しい時間を生きようと呼びかけてい る(結婚の申し込み)。しかし,Aは,「女」の生きている時間を共に生きることができない。

 場面⑧では,リビングルームで,BとAがともにテーブルにつき,双方がそれぞれに「女」との やりとりをくり返す。しかし,AからはBが,BからはAが見えない。その声も聞こえていない。

Bと共に生きている「女」の姿は,Aには,理解することはできても,経験において共同化できな いものとしてある。つまり,「女」の時間は現在時の生活のなかでは共同化されえない。そのこと が,同一の空間における二つのリアリティの分裂的共在という形で示されている。

 Bと共にある時間が,Aとの関係性のなかには立ち現れない。それは,Bとの時間が孤立した現 実となっていることを示している。現在時を共に過ごす親密な他者をもちながら,同時に圧倒的な 孤独を生きている。こうした「架橋しえない複数の時間」の並存として,「女」の現在はある。

 しかし,そのような「女」の姿は,必ずしも特異なものではなく,出来事の後を生きる人々のも とでは,いたるところにありうるのではないだろうか。地震と津波,そして原発事故。それは,個 人を襲った災厄ではなく,少なくとも同じ地域の人々が同時に被った出来事,共同の破局的体験で ある。人々はその記憶を共有しつつ,その後の生活の再建(復興)に向けた物語を共に作り上げよ うとする。震災から復興へ。それは「共同体の物語」として語られる(C. カルースの言う「トラ ウマ的共同体」)。しかし,その出来事は,一人ひとりの生活の文脈において,固有の経験を生み出 している。そして,個別的な体験は時として,その後の生活の文脈のなかでは表出もされず,分有 もされぬままに,他者から隔絶された記憶のうちに「孤立した時間」を持続させている。

(18)

 その孤立した時間を抱えながら,その後の生活を営む。そこには,その「生活」を共にしようと する他者が現れる。その他者とのあいだに,否応なく日常的時間が形作られていく。それは,孤絶 した時間を生き続ける者にとって,悲劇的緊張を高めこそすれ,和らげることはない。複数の現在 は,並存したまま持続し,時にその両立不可能性が露見する。そうした「時の分断と葛藤」が,出 来事の後に生きる人々のあいだには,いたるところに生まれる。その後の生において,新しい生活 の時間が立ち上がってしまうこと。それ自体が孤独を深める。『ある晴れた日に』が伝えるのは,

その事実であるように思える。

 だが,生活のほかに,「その後の生」を支える拠り所となるものがありうるだろうか。両立しが たい複数の時間,複数の他者との互いに分裂した時間を抱え込んでいるとしても,それが奇跡的な 解決によってひとつに統合されるとは思えない。「その後」を生きる人々は,日々の生活のなかに その緊張をなじませていくしかないだろう。柳も,生活こそがただ一つの道だと見ているようであ る。

 わたしは47歳にして初めて自分を生活者として位置付けている気がします。

 いま,小説に書きたいのは,日々繰り返される生活です。

 生活の中にこそ,絶望を擦り抜ける小道がある。

 私は今日も台所の正方形の窓から庭を眺めています。

 (『南相馬メドレー』24頁)

 だからこそ,その生活の論理と言うべきか,日々の営みのなかで他の人々とのあいだに作られて いく秩序が,どうしてもその外部に置き去りにしてしまう「孤立した時間」が生まれる。そのこと もまた,「生活」の傍らで正視し続けなければならない現実であると,この作品は教えている。

7.「記憶の場」としての劇場,「記憶の集団」としての町

 その認識は,この作品が上演されている「町」の見え方に影響を与える。

 「町」のなかの,ある小さな劇場で,共同化されえぬ記憶を舞台化する作品が上演される。そこ には,少なからぬ町の住人たちが観客として集っている。このささやかな出来事は,「町」と「人」

のつながりをどのように生み出しているのだろうか。

 地震と津波,そして原発事故。その破局的な出来事を地域的なつながりにおいて共有する集団を,

仮に<小高>と名づけよう。

 そこには,震災を「記念」し「記憶」する様々なメディアが立ち上がり,コミュニケーションが なされ,文字通り「集合的記憶」と呼ぶべき「共有された記憶表象」と「想起の枠組み」が成立し ているだろう。だが,言うまでもなく,「出来事」の痕跡のすべてがそのようにして共同化され,

集合的記憶に包接されるわけではない。共に語りうる記憶の傍らに,他者との分有を拒む,言葉に

(19)

されぬ,他者からは見えない記憶が,過ぎ去ろうとしない過去として,隣接的に持続する。

 <小高>という空間のなかに,この作品の上演を,あるいはこの小さな劇場を置いて見た時,そ こには,小さな孤立した記憶の明かりが灯るような印象がある。

 『ある晴れた日に』は,<小高>の記憶の一部であり,人々があの日,「出来事」を共に経験した 場所で上演されるからこそ,その「共鳴」の度を高める。私たちのように,他の地域から訪れてこ の作品を観る者も,それを「この町」の事として,この空間のなかで,この風景のなかで出来事に 立ち会うことができる。だが,舞台の上に私たちが見るのは,今現在の生活を共にする人々のあい だには現出しようのない,孤立した記憶を生きる人の姿である。

 少なくとも小高ヴァージョンでは,「女」はAとの生活を選択しない。

 Aは「女」の苦しみを「理解」しえても,彼女の生きている時間を共にすることはできない。

<小高>はその意味で,共同の物語を生きる記憶の共同体ではない。その共同化の不可能性を,こ の地域の劇場で演じていくことには一面の背理があり,またそれゆえに強い触発性がある。

 周知のようにピエール・ノラは,生活者たちの共同体がその生活の内部に「記憶」を保持し続け ること―「記憶の集団」であり続けること―が困難になり,過去を表象し,記念し,想起する ための特別な空間―「記憶の場」―が分化していくことを,近代社会の一傾向としてとらえて いた。このノラの概念を援用すれば,<小高>は,こと「震災の記憶」に関しては,いまだに濃密 な「記憶の集団」であり続けているだろう。しかし,すでに「震災の記憶」は生活の文脈から少し ずつ離れ,「展示スペース」「記念館」などの「記憶の場」に移植されつつあるとも言える。「劇場」

は,<小高>という記憶の集団の器官であるが,同時に記憶の場のひとつとしても位置づけること ができる。人々は日常の生活を離れ,時々劇場に集まり,日頃は面と向かって振り返ることのない

「過去」を想起する。あるいはその上演=再現に立ち会うのである。

 だが,柳が準備した記憶の場(劇場)には,狭い意味での「集合的記憶」ではなく,「生活の共 同性」のなかには包摂されない「孤立した記憶」「断絶した時間」が現出する。『ある晴れた日に』

書店フルハウスと La MaMa ODAKA

(2019年10月31日,筆者撮影)

(20)

は,「記憶の共同体」を創設するのではなく,<小高>が無数の孤立した記憶の交差の上に立つ,

危うい組織体であることを教えている。

 しかし,記憶がつながりを生むとすれば,それは,「共有経験」として組織されるものの傍らに,

無数の「共同化されない出来事」が潜んでいることを,人々が互いに認め合うところにしか成立し ないのではないだろうか。

 Aが「女」との生活を持続できなかった理由があるとすれば,それは「女」に対して,Bの「死 を受け入れて」次の物語へ進もうともちかけてしまったことにあるだろう。過去を整理して新たな 関係性のなかでその後の生を実現することへの呼びかけ。どれほどの誠意と共に語られていても,

それは,共同化されえぬものを共同化せぬままに承認することには繋がらない。Aの言葉が,分裂 した二つの時間の内の「あれかこれか」の選択を「女」に迫ってしまったことは,物語が示した通 りである。

8.死者と共にある現在

  ―無数の現在に引き裂かれながら,共在する空間としての「町」

 複数の現在を生き続けるということ。それは,言葉を変えれば,「死者を葬り去らない」という ことかもしれない。取り返しのつかない形で失われてしまったものを,「もう取り返しがつかない のだから」といって「過去」のものにする。それが葬送の儀礼の役割である。その「葬り去る」と いう身ぶりによって,「死者」はもういない者となり,生者たちはその後の生活を歩み始める。

 だが,「女」の傍らにBはいる。その端的な事実を否認することの方に無理があると思える。「女」

は死者とともに現在を生きている。

 落日の中にも死者の声は響いている。風の音にも,波の音にも,鳥や虫の声にも,むしろ聴く耳があ れば賑にぎやかなほどに。死者の声というのは時と共に薄れ,いつか消え入るのではなく,響き続けるもの なのではないでしょうか。(柳・山折 2019:40)

 これは,山折哲雄との対談のなかでの柳美里の言葉である。「絶句した後に,いかなる言葉も続 かない出来事,言葉で表すことが相ふ さ わ応しくない出来事,自分の内側から言葉の形で持ち出すことを 憚はばか

られる出来事」(同:37)は自分の人生にもあるという話の流れのなかで,「死者の声は響き続 ける」と柳は語る。彼女は,現世的な言葉,生活の言語の外で耳に届く「声」を聴こうとしている。

そのふるまいが,震災後という文脈のなかで強い意味を帯びていることは確認するまでもない。

 しかしここで,『ある晴れた日に』という作品が,震災後の東北・福島・小高という地域的な文 脈に根を下ろしている一方で,柳美里個人の生活史を映し出すものでもあることに言及しておいて よいだろう。AとBという二人の男,二つの現在,死別という出来事とその後の生活という二つの 現実を生き続ける「女」の姿は,東由多加の死後を生きる柳自身の姿を思わせる。あるいは,東の

(21)

死だけではないのかもしれないが,「出来事の後で日常を生きる」ことの困難という主題は,震災 を経験した地域の人々の生を映し出すとともに,作家の個人史的状況からモチーフを得ているもの でもある。この重ね合わせは,『ある晴れた日に』を,ローカルな文脈のなかに置いたまま,作品 の構造に普遍性を獲得させる。私たちは,この「女」の物語,「町」の物語を,遍在する生の現実 として受け止めることができるのである。

 では,そこに現出しているのは,どのような世界だろうか。

 それは,私たちの生きている現在という時間が,複数の他者,そして死者とのあいだで,複数の 時間に層をなして持続する世界の様相である。

 私の世界には,生きている者たちとすでに死んでいる者たちがいる。

 時として,死んでいる者たちの存在は周辺的で,ほんの時折しか姿を現さないかもしれない。し かし,しだいにその均衡は変わり,感覚的に言えば,死んでしまった者たちと生きている者たちが,

入り混じって私の世界を構成するようになる。私は死者と共に生きている。死者に呼びかけ,彼ら の声を聞きながら,私は日々を過ごしている。だが,それはどうしても,二つの(あるいは,いく つかの)異なる時間を同時に生きることになる。生きている者たちと共にある時間と,死んでしま った者たちと共にある時間。しかし,そのような複数の時間の並走こそ当たり前の姿であるという ことを,単純に認めてよいのかもしれない。

 だがそれと同時に,死者は決定的な形で「不在」である。もういない者と共に現在を生きている。

その時間のなかには修復されることのない亀裂が走る。その事実もまた,「ある晴れた日」を待ち 続ける「女」が,私たちに教えていることである。

<テクスト>

柳美里(2019)「ある晴れた日に」,『悲劇・喜劇』早川書房,2019年11月号

<参考文献>

Halbwachs, Maurice(1925)Les Cadres sociaux de la mémoire. (鈴木智之訳,『記憶の社会的枠組み』青弓社,

2018年)

松嶋健(2018)「トラウマと時間性―死者とともにある<いま>」,田中・松嶋(編)『トラウマを生きる』

京都大学出版会

Nora, Pierre(1984)Lieux de mémoire, (谷川稔監訳『記憶の場』第1巻,岩波書店,2002年)

大饗広之(2009)『「豹変する心」の現象学 精神科臨床の現場から』勁草書房 田中雅一・松嶋健(編)(2018)『トラウマを生きる』京都大学出版会

渡辺一枝(2020)『聞き書き南相馬』新日本出版社 柳美里(2020)『南相馬メドレー』第三文明社

柳美里・山折哲雄(2019)『沈黙の作法』河出書房新社

南相馬市(2020)「旧避難指示区域内住民登録人口と居住人口の推移」

(22)

    (https://www.city.minamisoma.lg.jp/material/files/group/11/kyojyuujinnkousuii_020331.pdf, 2020 年5月4日最終閲覧)

参照

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