指図の法理と指図により構成される諸制度 その一
著者 安達 三季生
出版者 法学志林協会
雑誌名 法学志林
巻 115
号 3
ページ 33‑91
発行年 2018‑03‑20
URL http://doi.org/10.15002/00023091
指図の法理と指図により構成される諸制度 その一(安達)
三三指図の法理と指図により構成される諸制度 その一 安 達
三季生
目 次序説 一 問題の提起 二 大隅史人教授の指摘 三 本稿の構成第一章 総 説 第一節 研究の経緯
1
東大研究生のとき
2
債権譲渡における債務者の異議なき承諾から指図へ
3
さらに手形法へ 第二節「仮定的債務者の処分授権」の内容と根拠 一 問題の所在 二 その外延的意味と内包的意味
第三節 終わりに 第二章 各 論
一 はじめに 二 第一期の研究経緯と主な特色 三 第二と第三の時期の経緯 四 指図 五 商人指図、商人債務証券持参人払債務証券 六 手形・小切手 補説 手形法学における有価証券論の地位づけ 七 債務者の異議なき承諾(以上本号)
八 振込・振替 九 図書券、図書カード 十 プリペイドカード 十一 クレジットカード 十二 デビットカード
法学志林 第一一五巻 第三号
三四序説
一 問題の提起わが国には、指図(
Anweisungn
)に関する明文の規定はもうけられていない。そのためにこれまで指図に関して十分な研究は為されてこなかった。もっとも例外的に主として商法学者によって、荷渡指図書に関連して論じられ、ま
た為替手形の振出の性質をドイツの通説にならって指図と解する説もあった。しかし民法学者でこれを論じる者はほ
とんどなかった。しかし最近になって、振込の性質についてこれを指図と解する説が有力になり、指図の歴史的沿革
やその性質についての説明が少なからず発表されるようになった )
1
(。
わたしは古く五〇年以上も前から指図に関する研究を始め、これに関連する諸制度についての幾多の論文を発表し
た。それらは指名債権譲渡における債務者の異議をとどめない承諾(民法四六八条一項)、ドイツ商法典に定める商人
債務証券、商人指図証券、持参人払債務証券、為替手形、約束手形、小切手、振込、振替に及ぶ。そして重要な部分は、わが国においてのみで無く、ドイツでも発表した。ドイツで発表したのは、「手形・小切手法の一般理論」
Allgemeine Theorie des Wechsel und Scheckrechts 1975
(頁数一七二頁)であるが、ドイツでは期待した以上に高い評価を与えられ、専門誌で書評され、代表的な教科書、コメンタールでも参考文献として挙げられた。ちなみに言わ 第三章 補 論
一
「手形小切手法の一般理論」に寄せられたリットナー教 授のVorwort
序文二 同書に収録の「法解釈学の目的と方法」について
指図の法理と指図により構成される諸制度 その一(安達)
三五 ずもがなのことながら、わが国の丸善などの洋書店でも六千円の定価をつけて売られた )2
(。
以上の研究の大きな特徴としては、指図の重要な特色であり、上記諸制度に共通する原理でもある抗弁切断の法理
について、従来のドイツおよびわがくにの支配的な学説を批判し、ドイツの一五〇年に及ぶ長い学説史で、かつて主
張されなかった新しい見解(「仮定的債権譲渡と仮定的債務者の処分授権」説)を提起し、この概念を基底において、諸制
度を再構成したことである。もっともこの概念を思い付くについては、後に述べるように、かつて田中耕太郎博士が
為替手形の振出(振出人甲がAを支払人とする為替手形を乙に振り出す行為)の性質を、「甲のAに対する実際には存在し
ない債権すなわち仮定的債権を乙に譲渡する行為」と説明された独創的な見解に触発され、これに「無権利者の処分
に対する権利者の同意ないし追認、すなわち処分授権の概念(ドイツ民法一八五条で定める
Verfügungsermächatigung
。 この概念はわがくにでも近時、無権代理の追認に準じるものとして判例、学説上法認されている)」を結合して加工して作られた。ドイツ語ではVerfügungsermächtigung des fiktifen Schudners
と表記する。(この表記については、ドイツでは何等異論なく受け容れられている)
従来、わがくにでは一部を除いて十分に評価されず理解もされてこなかったわたしの指図およびこれに関連する諸
制度すなわち商人指図・商人債務証券・持参人払債券、手形・小切手さらには振込、振替の研究について(十分な評
価と理解を得られなかった主な原因は、わたしの研究が、わがくにの学界における研究の問題関心のレベルから─、ドイツの学会
におけるそれと比べて見たとき─、一歩あるいは二歩、先を進みすぎるものであったためと思っている)ここであらためて振り
返り、より広い範囲の人たちに、とりわけ若い人たちに理解して貰うために、要点を簡明に、なるべくわかりやすく
述べるとともに、若干の加筆訂正を行いたい。さらに昨今、資金決済の方法として、従来の小切手、振込、口座振替
およびクレジットカードの方法と並んで指図法理を用いて、新しく利用されることになった、デビットカード、プリ
法学志林 第一一五巻 第三号
三六ペイドカードなどについても本稿の後半で取り上げたい。(なお「わかりやすくする」目的から、それぞれの問題の執筆の際の問題関心、意図ないし経緯についても説明したい。)
二 大隅史人教授の指摘
ちなみに現時点でのわが国における指図研究の一般的状況を示すものとして、最近刊行された「私法」二七号所収 の隅谷史人教授の論考が参考になるので、以下に要旨を紹介しよう )
3
(。
1
わが国では、ドイツ、フランスと異なって指図に関する成文の規定は存在しない、しかしわが国でも資金移動取引の法的基礎に指図理論を置く見解が見られ、(中略)これはわが国の最近の民法改正に関する提案にも取り上げら
れ、(中略)、指図に関する明文の規定をもうけるべきだとの提案がなされるに至っている。この提案は最終的に立ち
消えとなったが、その理由は「具体的な立法提案は示されておらず、現実的な立法課題とするほどには議論が進んで
いないと考えられる」ことであったと説明される。そして大隅教授のコメントとして、「議論の前提となるべき「そ
もそも指図とは如何なる概念であるのか」という一般論としての指図に関する研究不足そのものが理由とされていた
のである」と指摘される。そして同教授は、このような状況を克服するために、歴史的な研究が急務であるとの考え
から、ドツおよびフランスの指図の規定の沿革をローマ法まで遡って、両国の指図概念を検討される。
以上のような大隅教授の提言およびその研究について、従来指図の研究に携わってきた筆者の立場から意見を述べたい。またとくに今回の民法改正の制定に至るまでの過程で、一昨年の夏頃に、法務省が、その中間案に対する意見
を公募したとき、筆者はそれに応じて(骨折のため入院中のベッドの上で書いた)意見書を提出したが、その中で、指図
の規定を諸外国と同様にわが国でも新設するように、意見を述べた。ちなみにわたしの意見書の中で、新設されるべ
指図の法理と指図により構成される諸制度 その一(安達)
三七 き指図の条文については、『現行ドイツ民法典の条文(全部で一〇ケ条)が良くできているから、それをそのまま採用してよい、』と述べた。
2
さて教授の提言への私の感想は二点である。第一点は、ドイツ、フランスの指図法の歴史的研究の積極的意義である。教授の研究によれば両国の中世以来の普
通法時代から、ローマ法の継受がおこなわれたが、その受け入れ方にはドイツとフランスで共通性と同時に重要な差
異も見られた。それは、指図における支払の側面と、債務負担の側面との両側面の関係について、両国ともに古くは
両者がそれぞれが別個の異なった制度であると考えられていた。その際ドイツでは支払の側面が指図と捉えられたの
に対して、フランスでは債務負担の側面が更改の特殊な形態としての指図としてとらえられたようである。
しかし、まずドイツにおいて、スティプラチオという、別の概念によって捉えられた債務負担の側面が次第に指図概念によって捉えられ、支払指図と共通の性質であると理解され、ひいては両者が一体をなすものとして、従来その 0000
効力が認められなかった 00000000000(しかしその後、成文法としての為替手形法の制定によって認められた為替引受の規定の類推によって、
商人の場合にのみ例外的に認められた 000000000)指図引受 0000が、その後 000一般的なかたちで 00000000承認されるに至り、それが現在のドイツ民
法典に結実したと縷々紹介される。
他方、フランスでは、指図のうち債務負担の側面が(更改の特殊な形態としての)債務負担指図として捉えられ、支
払指図は別の制度と理解され、フランス民法典でも別個の章で、異なった制度として規定された、しかし大隅教授に
よれば、ようやく極く最近になって、すなわち二〇一六年のオルドナンス(
O rdn an ce
)によって両者が指図の章にま とめて規定されることになったと紹介されている )1
の
3
(。同教授の研究を通して、フランスの学説の変遷を見ると、フラン
スの指図理論が(一般に一九世紀中期以降のドイツ法学とフランスの学説の関係について、屢々言及されることがあるように)
法学志林 第一一五巻 第三号
三八ドイツの学説に影響されてきたようである )(
(。
大略以上のような内容で、フランスとドイツの指図法(研究)の歴史が示されているが、フランス指図法がドイツ
のそれに近付いてきたという指摘は、従来わが国の研究者の間で、ドイツ法に詳しい学者とフランス法に詳しい学者
の間で指図の性質についての理解が食い違うところがあり、そしてそれはわが国で、指図の立法化に至るための障害
のひとつだったと思われるが、この分裂を一つに収斂させる方向を示唆するものとして、大きな意味がある考えられ
る。また筆者の研究結果に引き寄せて考えると、後述のように、指図支払と指図引受の関係について、筆者は後者の意義を重要視し、指図を経ない支払を、黙示的な指図引受を経た支払と解することによって、両者を理論的に同列に
扱い、のみならず指図引受を中心にして、指図の性質を考えるべしとする(従来ドイツでも存在しなかった)見解をと
るものであるが、ドイツでこのような考えが思い付かれなかった 000000000重要な理由の少くともその一つが、ドイツの指図引
受の法認が前述のようにドイツ民法典制定の直前の比較的後の段階であり、指図の性質の議論が「指図による支払」
を中心になされていた、そしてそれは現代にも引き継がれていることと密接にかかわることが推測できる。
第二点は、やや辛口な感想であるが、筆者は指図の性質を考えるについては、その沿革を探ることが重要な意義を 有することを否定するわけではないが、その重点はむしろ、紆余曲折を経て現在到達した 000000現行の 000指図制度 0000を中心にお
き、体系的ないし機能的にそれと隣接する諸制度、諸概念との関連性を探求し、その際その差異よりもその共通性に
着目することが大切ではないかと思う(もっともそれぞれの制度、概念はその歴史的背景を抜きにしては正しい理解が得られ
ないわけであるが……)。筆者はそのために為替手形、約束手形、手形理論、処分授権、信託法理、取引安全のための
諸制度などの広い範囲の諸制度、諸概念を総合して、指図の意義と性質を探求し、「仮定的債務者の処分授権」とい
う新しい概念に到達したのであった。ただしこのことは、大隅教授の功績をいささかも否定するものでないことをあ
指図の法理と指図により構成される諸制度 その一(安達)
三九 らためて確認したい )5
(。
三 本稿の構成
第一章 総論一 前述したように、筆者の考えでは、仮定的債務者の処分授権の概念は指図を構成し、したがって
また指図によって構成される諸制度の基本的概念であるが、この概念に到達するに至るまでの研究の経緯を簡単に述
べよう。けだしこの概念はドイツでもわが国でも従来、論じられていなかった新しい概念であるだけに、これに想い
至るまでの経緯について述べることは、この概念が理解されるために有益であると考えるからである。
総論二では、まず「仮定的債務者の処分授権」の概念の内容を述べ、ついでこの概念が一個の法的概念として是認
しうる根拠について説明する。この作業は、隣接諸概念および隣接諸概念との体系的、機能的整合性を論証することによってなされる。
第二章 各論では、この概念によって構成される諸制度を検討する。一の「はじめに」に続いて、二と三とでは各 制度の研究の時期を大略二つの時期に分け、それぞれについて、その経緯を説明する。四では指図
A nw eisu ng
を、五ではドイツ商法典における商人指図と商人債務証券ならびに持参人払債務証券を、六では手形・小切手を、七では
わが民法の債権譲渡における債務者の異議なき承諾と今回の民法改正を、八では振込、振替えを、九では図書券と図
書カードを、十一ではクレジットカードを、十二ではデビットカードをとりあげる(デビットカードについては、わが
国で採用され、その普及が意図されている「Jデビット方式」が、実は指図形式を採っておらず、独特の譲渡方式を採っているた
めに不都合を生じていることを指摘する。そしてそれを通して、ドイツで採用されているような振替形式に近い、指図法理をとり
入れた方式をわが国でも採用すべきことを提案している。)。なお七の「債務者の異議なき承諾」については、これに関す
法学志林 第一一五巻 第三号
四〇る規定を廃止することを決定した今般の民法改正に対する批判を前面に出したスタイルで書いているので、別稿にして発表する予定であったが、時事的な問題なので、なるべく早急に発表したいと考え、本稿に収録することにした。
以上の各論での議論は、仮定的債務者の処分授権の概念を用いることによって、各制度を容易に、かつ簡明に、さ
らに体系的整合性をもって説明しうることを論証しようとするものであるが、このことを通して、逆にこの概念が有
用な法的概念であり、是認さるべき一個の法的概念であることの論証となりうると信じる。
本稿の執筆については、必要な資料の収集について、法政大学在職中わたしのゼミに参加していた伊勢丈夫君(日
本政策金融公庫職員)からひとかたならぬお世話になった。実はわたしは一七年前に脳梗塞に倒れ、爾後半身不随で外
出もままならず、特に長らく独居生活で九〇歳という高齢のため体力の衰えも感じるようになってきており、また一
時は再起不能と諦め、引越の都合もあって蔵書の大半を整理した事情から、研究の再開には著しい困難があったので
あるが、同君の援助と激励を得ながら、なんとか本稿を書きあげることができた。同君に深甚の謝意を表したい。
注(
(
1
) 森田広樹、柴崎暁、瀧久範、藤田寿夫、松井雅彦、藤原正彦、大隈史人、本田正樹諸教授など( き」で紹介している。 か情事の社版出は在現しれた(し入さ版出に年七九九一らでで手書がし困は、同ていつにどな評書「はの難ツイで。ドる)いてっなと
Hochschulschrifeen
か民では、「手形、小切手法の法社的基礎」の表題でた。邦信山文れッ双(ヨーロパ大さ学書)の一冊として出版L an g B er ur n g P ete be rt op er H F rn kf t E ur an ai sc he rL 2
とは社版出) /がるいてし版出てし同共社M二ツイドとスイスのとの(
delegation
ける指図()」とその以降に発表された数編の論文から成る。3
会一〇一六年)があるが、二〇一年論」の「フランスにお学法私(二理でる。なの学会報告要旨であお法同教授には「独仏指図) の3
の1
)2 0 or dn an ce 1 6
い法社志は、同て訳つに邦のの年学69
巻1
つ仏「日会、学法仏日はていに号説解の容内のそた照。ま参法指図の法理と指図により構成される諸制度 その一(安達)
四一 学」の最新号№(
29
所掲の文献参照。( 後の自由な発展が固定化され、ドイツ法の後塵を拝することになったわけである。 述べた見通しが的中したことを思わせる。フランスでは一九世紀初頭に制定されたナポレオン民法典のために、少なくない領域で、以
Recht
の民頭初紀世〇二は典法ツ成イた(ドし調強を性要重のに立ー降ニィヴば、サれみを展発の以し期中紀世九一の法図た)が、指juristen
化典定固を展発の法は定制法し、学の期は、早ーニィヴサの派法説延生曹法てしとるげ妨を成のに法な的機有で然自るよ期(
一九世紀の初頭のドイツで、統一的な民法法典を早期に制定すべきか、否かについてドイツで争われたいわゆる法典論争において、) というべきか、筆者の研究成果の重要な裏づけとなっていることを発見したように思われて喜びを感じる次第である。 法思想史的背景には触れず、実証的な歴史的沿革の研究に徹しておられるように思われる。しかし同教授の実証的研究は、はからずも、 したのであるが、それに対して、大隈教授は、最終的な目標としては、筆者と同様な目標を念頭におきながらも、当面の目標としては、 空を行くがごとしと評されかねないような)自由な発想と構想力を存分に働かせて、仮定的債務者の処分授権という新しい概念に到達Do tik gma 5
え(人して、様々な資料を元に、に目よっては天馬ことひ指をば、筆理者は現代の指図法の論と構成言でとを探) すこ求第一章 総 論
第一節 研究の経緯
経緯
1
東大研究生のとき 学生時代まで遡って説明すると、わたしは旧制中学卒業後入学した旧満州の建国大学に在学中、前期課程一年半後 に終戦になり )1
の
5
(その翌年八月に帰国したが、翌春第三高等学校の三年文甲に編入学を許された。そこで優れた教授たち
の講義を聴く機会にめぐまれたが、他方では、河合栄治郎の著作に惹かれ、その社会思想史に関するすべての著作を
法学志林 第一一五巻 第三号
四二熟読した。これは翌年東京大学法学部の法律学科に入学してからも続いた。それと同時に、当時の学生運動にも触発され、マルクシズムの文献にも関心をもつようになったが、大学の二年頃から日本のいわゆる近代主義社会科学者の
著作に触れ、川島教授の法社会学に興味をもって、同教授のエールリッヒの「法社会学の基礎理論」を読むことを目
指す演習にも参加した(しかし御病気のため二回でとりやめとなった)。三年生になってから将来の就職を考え、司法試
験の受験勉強に集中し、幸いに合格したので司法研修所に入る予定であった。卒業近くなった頃、自分では学者にな
る適性に自信をもてないまま、偶然の機会から、川島・来栖両先生の尽力とご厚意で特別研究生に追加採用されることになり、来栖先生を指導教授として民法研究に専念することになった。
研究室に入ってから、研究のテーマについて、容易に特定できず迷ったが、結局、当時占領軍の権力を背景に進行
中だった農地改革の源流を確かめるために、大正一四年に小作争議を背景に制定施行された小作調停法の制定・施行
の過程を実証的に、当時の膨大な資料を駆使して法社会学的に整理し一定の法則性を見出だす研究を行った(後に川
島、福島、辻、鵜飼共褊の日本近代法発展史講座に収録された。なおこれは川島「法社会学における法の存在構造」の問題提起に
依拠して為された研究であったが、後に、村上淳一教授が加藤編著「法学の歴史」の中で、小作調停法の果たした社会的機能の点
で、安達説が川島説と対蹠的であることを指摘されている。また一〇年以上後のことであるが、ある機会に、東大法学部の法社会
学担当の六本教授から紹介されて、オランダから日本の調停法の研究のため来日し、東大社研に籍をおいている若い研究者の方に
お会いしたが、日本の調停法の歴史の研究のために、安達の研究が最も役に立った、とおっしゃり、後日、オランダ語の著書が贈
られてきた)
四年間東大法学部研究室で特別研究生、ついで助手として世話になった後 )
2
の
5
(、法政大学に就任し )
3
の
5
(、民法債権総論を担
当して以来、法解釈学の論文を書きたいと思い、とりあげたテーマが、指名債権譲渡における債務者の異議なき承諾
指図の法理と指図により構成される諸制度 その一(安達)
四三 の規定であった(債権総論の講義での、通説の公信力説による同条の説明が自ら釈然とせず講義を中断したことがあった。調べてみるとこの規定はわが民法に独特の規定であって、外国に立法例がないことが判明した。それより前、東大の特別研究生に採用
されたとき、研究テーマとして「取引安全の法理」を研究したいと書いて提出したが、この規定がまさに債権譲渡についての取引
安全に関する規定であった)。
こうして指名債権譲渡における債務者の異議なき承諾の本格的な研究に着手し、これが後に指図、手形小切手、振
込、振替の研究に発展することになったのであるが、ここで強調したいことは、その前段階にとりあげた小作調停法
の研究における、法社会学的な手法が法解釈学の研究にも生かされたことである。つまり特定の制度についての研究
は、それに関連する諸制度との関連の中で、実証的にその制度の客観的な本質、法則性を追求すべきであることを教
えられたことであった。そして、法的素材としての法規定、判例、慣習を歴史的な存在として捉えつつ、体系的整合性を追求すべきことを教えられた。
他面では、エアリッヒの「法社会学の基礎」から教えられるところも大きかった。エアリッヒへの接近は先述した
とおり大学二年のときの川島先生のゼミでの購読会から始まるが、研究室に残ってからも、来栖先生の同期の弟子で
ある三藤邦彦君、尾高都茂子さんと三人で購読会を作った。法政大学に就任してからも、原典購読の授業で数年間、
エアリッヒが
Harvard Law Review
(1921. 2
)に寄稿した「珠玉の論文」(京都大学の磯村哲教授の評による)ともいう べき「So cio lo gy o fL aw
」をテキストに使った。また「法的論理」Ju ris tis ch eL og ik
からも学んだ。ローマ法、イギリス判例法、ヨーロッパ大陸の普通法、制定法を素材に、生ける法、慣習法、法曹法、制定法の間の歴史的構造的
な関係が描かれている。わたしにとって彼の主張する創造的解釈学が研究の指針となった )
6
(。
法学志林 第一一五巻 第三号
四四注(
5
の1
)1 9
( 5
年(
8
月ソ聯越境の翌日防衛招集により入隊し、徹夜で戦車濠を掘らされたが、数日後終戦となり除隊した。5
の( る。 われて、岐阜県小鷹利村の入会調査に行ったこと、東大社研の皆さんに誘われて徳島祖谷地方の村落構造調査に加わったことなどがあ しては、私法学会の事業として行われた相続放棄の調査に参加して、長野、山梨、千葉各県の農漁村を廻ったこと、福島正夫先生に誘
2
) 東大法学部研究室では民事判例研究会に出席し、十篇近い判例評釈を法協雑誌に発表しているが、その他印象に残った仕事と5
の( 的学者の名にひかれたのを思い出す。
3
) 先輩の阿利莫二氏(後の法政大学総長)に誘われたのがきっかけであったが、当時の大内兵衛総長、中村哲学部長などの進歩6
) 注 したものと捉えている(磯村「エールリッヒの法社会学」)。 (有斐閣「法律学辞典」)、磯村哲博士は、後者は前者の法発展論を継承しつつ、これと促進派の背景となった啓蒙的法思想とを「総合」(
で引用したサヴィニーの歴史法学とエールリッヒの社会学の関係について、後者は前者を引き継ぐものだとする見解もあるが ここでわたしの研究者としての形成に当たって大きな影響を受けた、川島、来栖両先生の名を挙げないわけにはいかない。両先生から指導を受け、その謦咳に接することができたことによって、法解釈学と法社会学のいずれについても、その奥深い領域に導いていただいた。川島先生については「川島先生を偲ぶ編集委員会」によって一九九四年に刊行された「川島武宜先生を偲ぶ」に「チャレンジングであれ」という表題で、学恩の一端を書かせていただいた。来栖先生については、先生の告別式で、わたしが門下生を代表して弔辞を読ませていただいたが、先生の業績については「法律時報一九九九年一月号」所収の安達「来栖先生を偲ぶ」で、詳しく紹介させて頂き、学恩の数々についても触れさせて頂いている。来栖先生は、昭和二八年の私法学会での、法律家の欺瞞を追及し、戦後法解釈学論争の口火を切った有名な学会報告、丹念な実態調査に基づいて書かれた精密な「契約法」(有斐閣 法律学全集)、法思想家として新しい境地を開いた、畢生の著書「法とフィクション」などによって常に誠実に、マイペースでありながら、学会をリードされた偉大な先生であった。
研究の経緯
2
債権譲渡における債務者の異議なき承諾から指図へ 債権譲渡における債務者の異議なき承諾の理論構成について、わたしはそれがドイツ民法で定める指図の引受に類指図の法理と指図により構成される諸制度 その一(安達)
四五 似することに着目し、異議なき承諾を指図引受であるとの説を発表した。そのため安達説をもって指図引受説と紹介されたこともあった。しかし指図の本質、指図引受の本質を十分理解しないままで指図引受説を主張することに自分でも納得できず、一歩進んで指図、および指図引受の本質を探求することになった。 指図については、有名な伊沢孝平博士の研究があった )1
(。博士は為替手形の振出をドイツの通説にならいこれを指図
と解する立場から、ドイツの指図理論を詳細に紹介しかつ批判された。そしてドイツでの支配的見解である二重授権
説(指図人の被指図人に対する支払い授権と指図人の受取人に対する受領授権の結合と解する見解)を批判して、一重授権説
(指図人の受取人に対する受領授権と被指図人に対する指示)を主張された。しかし同博士の指図の研究は実は指図引受の 00000
研究に及んでおらず 000000000、それが除外されたいる 0000000000という重大な欠陥があった(博士は上掲二論文のはしがきの中で、引受
については別の論文で論じる予定であると断っておきながら、引受について書かれた論文は遂に出されることはなかった、けだし指図の歴史を振り返ると、指図はローマ法に淵源をもつとはいえ、近代にいたって整備された制度であ
り、指図引受はドイツ民法典制定に近い時期にようやく承認された制度であった。そのためドイツでも十分論じられ
ることがなかったことによる。)
現在の学説でも基本的に同様な状況にあり、指図による支払の無因性を論じた後に、指図引受は支払いの準備であ
り、その前段階であるからという理由で、安易に、指図引受の無因性が導き出されている。
ちなみに「序説」で言及したとおり、大隈史人教授の研究によると、ドイツで指図引受が認められるまでは幾多の
紆余曲折があり、かつてはローマ法にしかるべき法源のないことからその効力は否定されたが、その後手形法令が制
定され、そこで規定された為替手形の引受に類するものとして、例外的に商人間の取引についてのみ認められるよう
になった。さらにザルピウスの論文によって )
2
(、ローマ法源の存在が主張され、また「ドイツ法的発現」として、指図
法学志林 第一一五巻 第三号
四六の一般的な効力としての指図引受が是認さるべきことが主張され、学界に受容されて、ドイツ民法典の指図引受規定へと結実した。このような経緯を見ると、伊沢教授が指図引受についての論文を発表されなかった理由は、指図引受
の議論がドイツでも十分でなく、とくに支払指図との理論的、体系的な関係についての議論が──ドイツ普通法学が
次第に「ローマ法を通してローマ法の上に」(イェーリング)のスローガンの示すようにそれに向かって進みつつあっ
た、ドイツ独自の近代的民法学の構築への目標に照らしても──十分でなく、ひいては伊沢教授が自説を固めるとこ
ろまで至らず、単なるドイツの学説の紹介だけでは満足しない同教授にとっては、指図引受の論文をまとめるところまで至らなかったのではないかと推測される。
三 経緯
3
さらに手形小切手法へ わたしは指図引受の性質を探求するためには、指図から目を転じて、抗弁切断の法理の根拠を論じる手形理論こそ参考にすべきだと気が付いた。手形理論はドイツでアイネルトによる近代手形理論以降二〇〇年近く争われた大問題
である。田中耕太郎博士の「手形小切手法概説」では代表的な手形理論が二〇も挙げられ )
3
(、納富博士の著書では百以
上の学説が紹介されている )
(
(。手形理論はドイツで概念法学の盛んな時代に学者が好んでとりあげたテーマであった。
庄子教授はドイツ手形法学説史に関する千頁を超える大著を出版されている )
(
(。
ドイツで手形学説が隆盛を極めたおもな理由は、思うに、手形制度は、指図と同様に、古くローマ法に淵源をもつとはいえ、近代の商取引に伴って発生した慣習を新たに法認して成立した制度であり、その過程において、ローマ法
的外皮を新たな慣習に被せることが必要であったことによる。けだしローマ法とくにローマ法の「学説彙纂」は、近
代法の整備されるまでの近代初期以降のヨーロッパにおいて、普通法として、実定法としての重要な効力を与えられ
指図の法理と指図により構成される諸制度 その一(安達)
四七 たから、多かれ少なかれローマ法の古い着物を新しい手形の取引慣習に巧みに着せることによってはじめてそれが手形法規として法認されることが可能となったからである。そしてやや乱暴に言えば、その際の粉飾の「巧みさ」の技が争われたのが手形学説の隆盛の原因だったとも言えよう。もっとも実質的には、「ローマ法を通してローマ法の上に」というイェーリングのスローガンのとおりに、ローマ法源の解釈を通して次第に近代的なドイツ法の新しい私法
の体系の構築が目指されたのであったが。
このような状況にかんがみて、田中博士は「新しい酒は新しい器に盛らなければならない」として、従来のローマ
法の伝統に従う既成の法律概念によらずして、新しい事態に則した新しい概念をもって説明すべきことを大胆にも主
張された )
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(。その結果、為替手形の振出の性質を「振出人甲がその支払人Aに対する実際には存在していない債権つま
り仮定的債権を受取人乙に譲渡する行為」と説明し、支払人Aの引受によって仮定的債権は現実的債権に転化すると説明されたのである。
わたしは「仮定的債権の譲渡」という一見奇異な、しかし見逃せない魅力をもった表現に接したとき、最初は戸惑
ったが、反芻してその奥深い意味を理解しえたときの興奮を忘れることはできない。もっとも博士は、なぜ引受によ
って仮定的債権が現実的債権に転化するのかについての理論的な説明はされていないし、また引受以外の他の手形行
為について、とりわけ約束手形の振出についてこの観念を用いた説明はされていなかった。
わたしは仮定的債権の譲渡の観念から出発して、考察を重ねた結果、この観念にドイツ民法一八五条の処分授権の
観念を結合させることによって「仮定的債権譲渡に対する仮定的際債務者の処分授権(以下簡単に仮定的債務者の処分
授権と称する)」の観念を思い至った。そして約束手形をAが受取人甲に振出す行為は、甲から被裏書人乙への仮定的
債権の譲渡に対する仮定的債務者Aによる、事前の処分 00000授 0権 0としての同意にほかならないとして、約束手形の振出も
法学志林 第一一五巻 第三号
四八同じ概念で捉えうることに考えついた。なお、それについてはかねてから於保博士の「財産管理権序説 )
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(」を通して処分授権に関心をもっていたことが役に
立った。さらに四宮和夫教授が助手論文「信託的行為と信託 )
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(」において、ローマ法、大陸法、英米法における信託法
理の歴史的変遷の研究を踏まえて打ち立てられた信託法理の変遷に関する壮大なシェーマすなわち「信託的行為にお
ける信託目的の保護は、まず信託目的の違反に対する債権的保護つまり委託者による受託者に対する損害賠償請求の
段階にはじまり、ついで物権的保護つまり委託者は受益者に直接、信託行為の無効を主張し得る段階に進み、最後には、信託目的に直接適合する新たな制度が容認され確立するに至る。英米法の信託
trust
はまさにこの最後の段階である」とする主張から大きな示唆を受けた。
この概念によって指図引受の理論的根拠を説明するとともに、指図引受以外の他の為替手形、約束手形の両手形行
為についてもこの概念で統一的に説明することが可能となった。もっともこの概念が端的に表現されるのは、指図な
いし指図引受においてであり、その他、手形では為替手形、約束手形ともに当初の当事者甲、乙、Aのみが登場する
単純なケースであり、裏書きを含めた手形行為一般においては、一個の譲渡に対する一個の授権でなく、「多数の連
続した仮定的債権の譲渡と連続した債務者の授権の結合」から成り立っており、複雑な構造を有する。このことにつ
いては後に述べる。
第二節 仮定的債務者の処分授権の概念の内容と根拠
一 問題の所在
指図の法理と指図により構成される諸制度 その一(安達)
四九 わたしは債務者の処分授権の観念を思い至った後、三鬼周造の「『いきの構造』にならって、同氏のいうこの概念 の内包的意味と外延的意味を明らかにし、これが一個の法概念 )8
(として承認さるべきき根拠を論じ、さらにこの概念を
用いて再構成されるべき諸制度についての将来の研究構想をも述べた。それが志林に発表した「指名債権譲渡におけ
る債務者の異議なき承諾
三」であった。この論文は、当時十数年に続けて私法学会理事長を勤めた我妻博士を継いで二代目の理事長になられたばかりの鈴木竹雄教授の目にとまり、運営委員会(学会の活発な運営のため鈴木先生の発意
により設けられた)の席上、強く勧めて頂いて、一九六九年の私法学会の民・商合同部会で学会報告をさせて頂くこと
になった。司会まで引き受けて下さった。鈴木先生はその数年前に有斐閣の法律学全集の第一巻として「手形法、小
切手法」を発表され、新しい二段階創造説が注目されていたが、わたしの手形理論はこれと異なる主張であっただけ
に、わたしの説を評価して頂いたことを有り難く思った次第であった )
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(。学会報告に手を加えたものが「私法」二七号所収の「仮定的債務者の処分授権について」である。
これはドイツで発表した「手形・小切手法の一般論」でも、またその後日本でも発表した著者「手形、小切手法の 民法的基礎」でも、本論第一篇(
ErsterTeil
)冒頭に「仮定的債務者の処分授権の概念」の標題で説明している。注(
(
1
) 伊沢孝平「指図の本質」(一、二完)、「指図の性質」、「指図の効果」(一、二完)がある。2
) 序説注(
3
所掲の大隅「独仏指図の法理論」一三九頁以下参照3
) 田中耕太郎「手形小切手法概説」六二三頁以下「手形関係の本質」
(