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新ケインズ モデルの特色

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新ケインズ モデルの特色

一 は じ め に

新ケインズ。モデルの特色

 現代の先進資本主義諸国において︑共通にみられる経済現象として経済成長の問題とインフレーションの問題が存

在することはすでに周知の事実である︒もちろんこの二つの問題は密接に関連し合っているのであるが︑理論分析の

面では経済成長論とインフレーションの理論はこれまで別個の形で展開されて来た︒これらが つの領域に結合され

るように認識されはじめたのは一流の研究者による貨幣的経済成長論のアタックからである..これについてはトービ

ン︑パテイソキン︑シュタイン︑宇沢︑藤野等があげられる︒

 さて︑貨幣的経済成長論の展開の際において問題となるのは次の二点である︒すなわち︑第一の点は経済成長論の

分野における新古典派成長論とケインジアン成長論との関係づけであり︑第二の点は貨幣理論の分野における通貨主

義と銀行主義との論争である︒第一の点と第二の点は︑実は分離できない関係にあり︑離心︑夫々切り離して論じる

ことはできないのであるが︑これまでは便宜上別々に分析されるのを常とした︒しかし︑貨幣的経済成長論の分野︑       ︵2︶あるいは最近︑話題となっているニュー・エコノミックスとしての﹁新古典派総合﹂の立場からすれば︑上述の二点

を同時に考慮することなしに︑論理を押し進めることは不可能である︒宇沢教授︑藤野教授は経済成長論と貨幣理論

の結合の観点から︑以上のような課題の解明に取組んでいる︒その場合︑宇沢教授は通貨主義に源流を発する貨幣数

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旧説の批判という形でケインジアンの立場からモデルを展開しており︑藤野教授はケインジアンの分析用具の中に貨22      1幣数量説を包合させるという立場︵藤野教授はこれる貨幣数量説と乗数理論の結合と呼んでいる︶から分析を行なっ

ている︒この場合︑一口に貨幣数量説といっても古い歴史を持っておりこれについて︑いちいち説明するだけでも一

冊の書物が必要となろう︒そこで︑ここで貨幣数量説という場合︑現代の島々数量説の旗頭であるM・フリードマン

とその一派の考え方をさすことにする︒宇沢モデルと藤野モデルの比較検討ないつれ稿をあらたに行なうことにし

て︑ここでは︑宇沢モデルを中心にして︑ケインジアンの立場からM・ブリドマソの主張する貨幣数量説を批判し︑

ケインジアン成長モデルの基礎をかためることにする︒

二 M・フリードマン理諭の問題点

 M・フリードマンがタイム誌の記者に語った﹁ある意味ではわれわれはすべてケインジアンであるが︑別の意味で

は誰もヶインジアンでなくなった﹂という言葉は著名である︒これは﹁われわれはケインズの用語と分析用具をもち

いているが︑ケインズの最初の結論を受けいれるものは一人もないとの意味である﹂︒このことは︑ケインズ理論の

中核を形成する投資乗数が不安定であり︑それにくらべて︑貨幣の流通速度の方はかなり安定的であるというテスト

によっているとフリードマンはのべている︒﹁事実︑予測目的のためには︑乗数はかくされた貨幣変化の反映である

場合をのぞいて使用にたえない︑という見解がほぼ証明されたのである︒この論文は多数の経済学者によって批判さ

れ︑われわれは反批判を試み︑さらに反批判がつづいた︒そうして結局のところ︑元来のケインズ説である貨幣は重

要でないという立場からは大幅にへだたることになった﹂とフリードマンは述べている︒このように︑フリードマン

は機会あるごとに︑以上で示したような論点を中心にして︑ケインズおよび︑ポスト・ケインジアンの攻撃を繰返し

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新ケインズ・モデルの特色

ている︒ これにたいする宇沢教授の批判はきわめて明解である︒﹁古典派の考え方の︑いちぼん大きな問題点は︑制度的な

要因について︑ほとんど留意されていないということである︒これはたとえぽ︑フリードマンを中心とするシカゴ学

派に最も端的にあらわれている︒経済的な主体が抽象的な個人であって︑その個人は労働者にもなり︑あるいは資本

家︑経営者でもあり得る︒そして︑ある合理性の基準のもとで︑自由な行動をして︑その結果︑市場価格その他に影

響を与えてゆくという想定が古典派の基礎にある︒したがって︑貯蓄と投資の嘘寝はおきず︑完全雇用の状態が自動

的に実現するという結論が出てくるのである︒﹂

 このことに関しては筆者がさきに設定した〃ケインズ的動態モデルωの問題の所在で示している認識と同一であ

り︑また昨年に書いた〃ケインジアソ成長論の特色にも同様のことが指摘されている︑

 更に続いて︑宇沢教授は烈しく迫る︒﹁古典派のもう一つの問題点は現在の経済社会のなかで︑貨幣がどのような

プロセスで創造されるかという点についてである︒貨幣が︑中央銀行によって︑銀行制度を通じて創造される︒した

がって貨幣と対価されるものとして︑常に金融資産が考えられる︒貨幣の供給量の変動はまず金融資産の価格体系に

影響を与えるという︑ケインズの考えたメカニズムがまったく無視されていることにもなるのである︒この点で︑最

も特徴的なのはフリードマンの考え方で︑そこではケインズ的な貨幣需要関数を想定しながら︑市場調節のメカニズ

ムはあくまでも数量説的な考え方を採用する︒したがって︑貨幣の供給量の変化は︑そのまま︑財の価格の変化にあ

らわれるという結論が出されるのである︒

 以上でみたように︑宇沢教授はケインジアンにたいする古典派の批判をフリードマンに焦点あててきわめて的確に      23問題点を指摘している︒われわれがωで指摘した︑二つの問題点は宇沢教授のここでの指摘で明らかなように密接に ー

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つながって﹂いるのである︒すなおち完全雇用均衡の理論と貨幣数量説は一の系をなすものであり︑有効需要の原理

︵事前的貯蓄・投資の理論︶と流動選好説は一つの系をなすのであり︑前者の特徴を有するのを〃古典派︑後者の

特徴を有するのを〃ケインジアンと宇沢教授は規定しているのである︒したがって︑宇沢教授によるフリードマγ

批判はただ単に宇沢・フリードマン論争という点にとどまらないで︑古典派と〃ケインジアンの論争という大

きな枠の中で問題を処理しなけれぽならないことを示唆しているのである︒われわれが︹一︺において︑フリードマン

批判をケインジアン成長論の立場において︑また︑﹁新古典派総合﹂の角度から位置づけたのはこのような意味合い

においてである︒

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三 ケインズ﹁一般理論﹂の動学化としての宇沢モデル

ここでは︑ケインジアン成長論の基礎としての宇沢モデルを考察する︒

まずはじめに単純化のために次のような諸仮定をもうける︒

①企業と家計の二主体モデル

②企業は投資活動の主体であり︑企業の資金調達は︑内部留保のほかに︑株式︑あるいは社債︑借入金などの負債

 を発行しておこなわれる︒投資水準は投資の限界効率と期待実質利子率との一致する点において決定される︒

③家計は︑労働の所有者であるとともに︑さまざまな資産の保有者である︒その所得は消費支出のほかに資産の購

 入︵貯蓄︶にあてられる︒

④労働市場では労働の需給が貨幣賃金率を通じて調整される︑但し︑貨幣賃金率は下方に硬直的である︒

⑤財市場における価格の調節は︑財市場に対する需給の均衡が失なわれたとき︑価格の変動と︑それにともなう企

(5)

M

L L

    一  一    一  ■   一  一}  }

市場利子率︵i︶

M

貨幣量M

0

\1 よ突資1 員宇菩ざS

第2図

第1図

新ケインズ・モデルの特色

S 1

S

期待実質利子率伽   業部門での生産規模と雇用量の調整はすみやが二行なわれるという  意味において効率的である︒ ⑥金融市場において︑市場利子率体系はその需給がひとしくなるよう  な水準に決定される︒ これは第一図のような形で示される︒第一図では縦軸で市場利子率をとり︑横軸に通貨供給量をとる︒そこにおいてLL曲線は貨幣需要関数を示し︑MM曲線は貨幣供給曲線を示している︒ 以上で示した単純化のための諸仮定を背景にして︑有効需要の決定について︑宇沢教授は次のように考える︒総需要額︵Y︶は投資︵1︶︑消費︵C︶と政府支出︵G︶から構成されている︒すなわち鴫110+一+Oである︒ そこで投資需要︵1は投資の限界効率︵r︶と期待実質利子率︵斡︶の等しい点において決定される︒この場合︑期待実質利子率とは将来の実質利子率が平均してどのくらいであるかに関する期待を意味している︒ 消費需要Cは主として家計部門によって︑家計のもっている時間選好率と期待実質利子率とが等しくなるような水準に現在の消費および貯蓄が決められる︒

 さて︑政府支出は外生的に与えられるものとすれぽ︑有効需要の旧き

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      さは投資需要と消費需要の動きによって決定される︒この過程は第二図に

       N    示される︒投資需要と︑消費需要はそれぞれII曲線︑SS曲線によっ

      て︑期待実質利子率︵eρ︶の関数としてあらわされている︒雇用量Nの増加

       図  によって︑この場合︑SS曲線は右方にシフトするものとされている︒財       ヨ       第  市場が均衡するような期待実質利子率と雇用量Nとの関係は第三図のIS

      曲線によって示される︒LM曲線は貨幣市場が均衡しているような利子率

      と雇用量との組合せである︒

       いま期待実質利子率が与えられるとき︑有効需要あるいは雇用量はIS

 .︑μ       曲線から決定される︒一方︑金融市場の調整過程を通して市場利子率がこ

の雇用水準Nに対応して決定される︒

 さて︑このモデルの特色は企業における投資需要は将来の利潤に対する期待のほかに︑期待実質利子率にも依存し

て決定されるが︑市場利子率には直接関係しないという仮設にあるといえる︒これまでは通常ケインズモデルにおけ

る投資関数は一11H︵一︶という形で示されていたのであるが︑宇沢モデルではこれが一隠H︵︑Φ︶として規定される︒

この相違は次の式によって示される

 b11齢識○細漉置申風

 一11缶部越細儀 −ひ書自旨釦憐

 希口盗勲漏鴻謹申楓

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新ケインズ・モデルの特色

  も一一為

  希11勲為−希︶

   但しβは調整係数である︒

したがって︑市場利子率が一定であっても物価が変化すると実質利子率が変化し︑そして︑期待実質利子率がそれに

適応するよう変化し︑その結果︑投資需要は変化することになる︒このようにして︑宇沢モデルでは︑市場利子率の

決定とともに︑物価水準およびその変動の決定が重要な役割を果たすことになる︒

 以上のような特色を持つ宇沢モデルとフリードマンを中心とするシカゴ学派の貨幣数量説との相違をみてみよう︑

たとえぽ貨幣の供給量にまったく変化がない場合に物価の上昇が起こるかどうかである︒いま期待実質利子率が高か

くて︑不完全雇用のもとで市場均衡が実現し︑しかも︑このとき︑市場利子率が期待実質利子率よりも低くなってい

るとする︒この場合は期待実質利子率が減少しつづけ︑それにともなって︑有効需要︑雇用水準は増加し︑同時に物

価も上昇する︒なぜならぽ︑雇用水準が増大すれば限界主要費用が増加するからである︒この状態は期待実質利子率

が現行実質利子率が等しくなるところまで続いてゆく︒このように︑貨幣の供給量にはまったく変化がないにもかか

わらず︑物価は絶えず上昇し続けるという現象が起きることになる︒このような結論は価格水準︑あるいはその変動

は貨幣の供給量の変化と直接結びつけている貨幣数量説とはまったく異なったものとなる︒

四 むすびにかえて

 近年︑新ゲインズ経済学というテーマでの研究が一つの潮流になろうとしているのであるが︑それは一方では現代

の資本主義経済にみられる共通の現象である物価問題のアタックとという現実的要請と︑他方では種々の形で存在し

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ている〃ケインジアソ理論に統一的見解を与えようとすることを狙っているといえよう︒この種々な形で存在して 28       1いる〃ヶインジァン理論の統一ということに関連して︑新古典派モデルとの関係が問題となてくる︒ケインズ.モ

デルを新古典派モデルの中に包摂しようとする﹁新古典派総合﹂がこれである︒新ケインズ経済学にしろ︑﹁新古典

派総合﹂にしろ︑いまだ︑研究の時日が浅く︑確立されたものとはいえず︑これからしぼらく試行錯誤の過程が続く

ものと思われる︒筆者自身のこれにたいする考え方は稿を改めて次号で発表することにする︒

 参考文献

ぐ7) (6} (5) @) 〔3) (2) (1)

宇沢 弘文

藤野正三郎

  〃田村 貞雄

  〃M・フリードマン

﹈≦・男ユ2β餌︒﹃ω9象Φωぎ島oO葛馨ξ日冨︒蔓︒団寓︒器団﹄〇三〇餌αq餌 〃クリーピング・インフレーションの分折エコノミスト三月二〇日号〃成長とインフレ抑止の条件同上〃貨幣的経済成長論の展望季刊理論経済学︾口ゆq・日O刈O〃ケインズ的動態モデル一橋論叢Zoく●H㊤①bo〃ケインズ文献解題小泉・宮沢編﹃ケインズ一般理論研究﹄所収筑摩沓房  ﹃インフレーションとドル機危﹄日本経済新聞社︑新開陽一訳

参照

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