九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
人工脂質膜を用いた味センサの実用化に関する研究
池崎, 秀和
九州大学大学院システム情報科学研究科電子デバイス工学専攻
https://doi.org/10.11501/3150883
出版情報:Kyushu University, 1998, 博士(工学), 課程博士
第3章 複数の味の定量化
3.1 まえがき
前章では, 事前に脂質膜を測定を行う食品(ビールを測る場合だとある一般 的なビール)と類似の食品中に浸しておくという操作(プリコンデシ ョニング) を用いた測定方法(プリコン測定)を提案した. 一般に苦味, 渋味, うま味や
酸味を生じる 化学物質は脂質膜への吸着が大きく, データの再現性を著しく悪 くする原因となっている. プリコン測定とは, 予めこれらの吸着物質を膜に吸 着させて, 膜を安定化させてから行う測定であった. 例えば, ビールが測定対 象の場合, 測定の前に実際のビールにセンサを浸けて安定化させ, ビールを基 準液として測定する. この方法により, 実際の測定の際に膜への吸着物質の影 響が少なくなったため, 再現性が非常に良くなりロ ット間差まで識別できる.
これまでプリコン測定はビール[22,23J, 日本酒[24,25J, コーヒー[26J , 牛乳 [27, 28], 味噌[29J , 醤油[30 J等へ適用され, その銘柄差のみならずロ ット (製造工場, 製造日)間差の識別も行うこ とができるようになり, 官能とのマ
ッチングも取れるようになってきている.
しかしながら, このプリコンデシ ョニングは脂質膜に吸着物質を吸着浸透さ せるため膜特性がどの脂質膜も似かよった特性になってしまう. 図 3.1 は, 日 本の代表的な4種類 のビールをプリコンデイシ ョンを行った膜(a)と行っていな い膜(b)で測定した結果を示している(ビールAからの差で示している). 図か らわかるようにプリコンデイシ ョンを行っていない膜を用いた場合の応答パタ ーンの方が起伏が大きく, パターン は 膜のそれぞれの特性をよく反映している ようである. なお, ここで用いた膜および装置については次節で述べる. この 結果は, プリコン測定では 膜の測定時の安定性が上がり高精度な測定が行える ものの, 全体の情報量が減る可能性の あることを示唆する.
4 3
phu
(>E)蜘世争入ギ
× 15
10
5
。
-5
(>E)蜘仙一-hfλギ
15
10
5
。
-10 -10
+
チャ才ÿL心 チャネJレT チャネJレA ( b )プリコン事ィションを行っていない膜 チャ才ÿLベコ
チャネJI,..C チャネJL心 チャねレT チャねレA ( a )プリコン手ィションを行った膜
4種類のピールの測定結果 図3.1
味の数量化を行 まずこの点について確認を行うと同時に
そこで本章では,
味センサの特異性を高め さら なる測定方法の改良を行うことで,
えるように,
改良点は以下の通 情報量を増すことを目的とした研究[32]について詳述する.
脂質膜の洗浄によるくり返し使用時の膜の性能保持を可能 第lは,
りである.
苦味物質ゃうま味物質等の脂質膜への吸着の大きい味物質を感 としたことで
被検j夜を測定する前後での,
第2は,
度良く安定に測定できるようになった.
膜特性の変化を測定することで, 膜の吸着物質のみの影響を測れるようになり 味センサの持つ情報量が これらの結果,
吸着物質に対する特異性が向上した.
基本特性 なら 味の定量化の可能性へ向けて大きく前進した.
飛躍的に向上し,
本測定方法の有効性を びに実際の食品で特異性と情報量の増加の様子を挙げ,
示す.
3.2 実験方法 3.2.1 測定系
測定は図3.2に示すアンリツ製SA401味認識装置を用いた. 本装置は7本の 脂質膜センサ, ロボッ ト及びパーソナルコンピュータにより構成される. セン サは, いくつもの脂質膜センサの中から測定対象に合わせて選択し, 8 本を組 み合わせて使用し, 今回の測定では, 特性の大きく異なる代表的な脂質膜を使
用した (表3.1) 脂質膜の作成は従来通り 支持材料としてポリ塩化ピニルを
用い, 可塑剤 (ジオクチルフェニルフォスフォネート) と脂質を混合したもの である.
る.
膜厚は約200 μmである. 出力は参照電極とセンサ聞の測定電位であ
a
d
Ai
骨
図3.2 味認識装置S A 4 0 1 (アンリツ社製)
4 5
表3.1 使用した脂質膜
チャネル 質
C Dioctyl phosphate
。 Oleic acid
D Decyl alcohol
T Trioctyldimethylammonium chloride A Oleylamine
CT C T = 6 4 CA C A = 8 1
3.2.2 測定方法
図3.3に示すように, サンプルを測定する前の基準液の測定値をVr, サンプ ルの測定値を Vs, サンプル測定後の基準液の測定値を Vr'とする. 基準液は,
人の場合は唾液に相当し, そこからの電位変化が味信号であり, ここでは相対 値(Vs -Vr)と呼ぶことにする. 基準液は, 無味に近く, かつ味センサの出力 が安定になるという2つの条件を満たすものを KClと酒石酸を用いて実験的に
求めた.
基準液測定 Vr
サンプル測定 Vs
基準液測定 V r '
センサの洗浄
図3.3 測定手順
サンプルを測定した前と後での基準液の測定値の変化(Vr' - Vr)は, 膜に呈 味物質が吸着したこと により, 膜の電荷密度や構造が変化したことに由来する と考えられる. 人の場合に置き換えれば, 例えばビールを飲んだ後もしばらく
口の中に苦味が残った結果生じる後味に相当する. ここでは(Vr' - Vr)をCPA (Change of membrane Potential ca used by Adsorption)値と呼ぶことにする.
サンプルを測定した後, 洗浄を行って膜への吸着物質を除去し, 膜のリフレ ッ シュを行った. 再現性よく測定するためには, 用いる洗浄液の種類は脂質の種 類と吸着物質や測定対象食品の種類の組み合わせにより変えなければならない.
この組み合わせは後に述べる洗浄の効果の評価の指標として実験的に求めた.
本論文の基本特性においては, 表3.2 に示す洗浄液を用いた. この一連の測定 を以後 “CPA 測定" と呼ぶ. 各測定値は、 各サンプル液にセンサを入れてから
3 0秒後の値とした。
表3.2使用した基準液と洗浄液
溶液名 対象チャネル 構成成分
基準液 lmM酒石酸+lOmMKCl
洗浄液A C 。 3 0 %エタノール+lOOmMHCl 洗浄j夜B T 30%エタノール+ 1 . 5MKCl
洗浄液C A 3 0 %エタノール+lOmMKOH 洗浄液D その他 3 0 %エタノール
4 7
3.3 実験結果
3.3.1 基本特性
3.4に示す.
CPA値の基本味に対する濃度特性を図 脂質膜センサの相対値と
中濃度及び高濃度の3段階に の感じる領域で低濃度,
各基本味物質の濃度はf
プラス電荷の膜,
脂質膜はその脂質のもつ電荷の種類により,
(表3.3) 選んだ
プラス電荷の膜 マイナス電荷の膜及び両者の混合の膜の3種類に大別される.
ここでは,
マイナス膜と呼ぶこととする.
とマイナス電荷の膜を以後プラス膜,
マイナス膜の代表としてチャネル のセンサ,
プラス膜の代表としてチャネルA
混合膜の代表としてチャネルCTのセンサの応答を図3.4に示す.
81----88は表3.3の81----88に対応している.
Cのセンサ,
図3.4中の
50
(〉E)笹山側也令人NV
100
50
(〉E)担絢,U令入相 ...,...
S2 S3 S4 S5 S6 S7 S8
(a) チャネルCの相対値
S1 s4 S5 S6 S7 S8
チャネルCのCPA値 ( d )
> E ) ー10 担 制Etま ー15 令 入 -20 辛J -- S1
S1
品 -5
川 明
∞
(〉医)担絢也hv入伊
S2 S3 臼 S5 S6 S7 S8
(b) チャネルAの相対値
S1 S2 S3 s4 S5 S6 S7 -
S8
(e) チャネルAのCPA値
40
〉E S皇 制目 録 -20 令
�.\ ・40 S1 20 100
50
> E
S望
!4Il tまわ .\
キJ -100 -50
S4 S5 S6 S7 S8
チャネルCTの相対値 ( c )
S1 S4 S5 S6 S7 S8
チャネルCTのCPA値
弓3RM 、、,,,41
内ノ』,,t、
qM
基本特性における相対値と CPA値 図3.4
図3.4より相対値はほとんどの味物質にも応答しているのに対し, CPA値に は特異性が見られることがわかる(図 3.4・a, b,c) . 特にマイナス電荷のチャネ ルCのCPA値ではプラス電荷の苦味物質(キニーネ)に対して特異性があり(図 3.4・d) , プラス膜のチャネルAのCPA値ではマイナス電荷の苦味物質(イソ a酸)と渋味物質(タンニン酸) に対して特異性がある(図3.4・e) . また, 混
合膜のチャネルCTのCPA値では, うま味物質(MSG, IMP及びコハク酸ナト リウム)とプラス電荷のキニーネに対して特異性が得られている(図3.4・f)
表3.3 測定したサンプルの濃度(mM)
基本味 記号 味物質 低濃度 中濃度 高濃度
塩味 S 1 N a C 1 10 100 1000
酸味 S 2 酒石酸 0.3 3 30
S 3 MSG 0.3 3 30
うま味 S 4 1 M P 0.03 0.3 3
S 5 こはく酸ナトリウム 0.3 3 30
S 6 塩酸キニーネ
苦味
0.01 0.1 1
S 7 イソ α酸(注) 3 30 300
渋味 S 8 タンニン酸(注) 0.001 0.01 0.1
(注)単位はイソ α酸はp p m、 タンニン酸は%
3.3.2実際の食品での情報量の増加
情報量を識別分解能の観点から考え, 1本の脂質膜センサの情報量とマル チ チャネ ル全体での情報量を考える. 実際の食品を測定してセンサの持つ情報量 を識別の観点から以下に定義する.
識別分解能=サンプルの違いによるセンサ応答の標準偏差 /くり返し測定の平均測定誤差(標準偏差)
4 9
つまり, サンプルが正規分布と仮定してサンプルの平均部分から中央の約7割
(:!: s) [27Jの部分を何段階に識別できるかを意味する.
実際の食品として27種類のインスタントコーヒーを使用し, 各サンプルを5 回測定した. 各脂質膜センサの識別分解能を表3.4に示す. プリコン測定では,
CPA 測定に比べて全てのセンサが非常に高い識別能力を示していることが分か る. つまり再現性が非常に良いことを意味する. これは, プリコンデイシ ョ ン により味物質が脂質膜に吸着して膜が安定化したものと思われる. 官能評価検 査においても, 微小な差を検知する場合は, 標準サンプルを決めて, この標準 サンプルに十分舌を慣らしてかつ, つねに標準サンプルを試飲しながら行い,
これは, まさにプリコン測定にあたる[34J .
表3.4 各脂質膜センサの識別分解能
C 。 D T A CT CA
プリコン測定
相対値 27 31 42 12 15 27 16
CPA測定
相対値 11 22 10 11 17 13 11
CPA値 5.5 11 3.4 7.7 7. 1 3.4 4.5
次にマルチチャネルセンサ全体での情報量を考察する. 各脂質膜の測定値を 規格化(標準偏差= 1 )として主成分分析にかけた結果を表3. 5に示す. 次元
数を決める目安は, 各主成分の寄与率と識別分解能である. 各主成分に関して,
寄与率が日以上かつ識別分解能が5段階以上を有意な情報があるとした. これ はコーヒーならコーヒーと種類を限定した場合, 官能評価で表せるのは最大で 5段階であるためであり, 従って識別分解能も5段階あれば十分とみなせる か らである.
表3.5 主成分分析の各主成分毎の識別分解能
PC1 PC2 PC3 PC4 PC5
プリコン測定
寄与率(%) 93. 1 6.2 0.5 0.2 0.1 i哉別分解能 38 10 3.4 2.1 0.5 CPA測定
百'実了・一にナ二Tを子7 35.4 28.8 18.0 7.4 5.2
識別分解能 17 15 9. 1 マ.2 5.2
表3.5から分かるように プリコン測定では ほとんど2次元情報である.
これは各脂質膜聞の相関が高いことによる. 本来の脂質膜センサは各々特性が 異なるが, プリコンデシ ョニングにより味物質が脂質膜に吸着して一様な特性 に変化したものと思われる.
他方, CPA測定では, 5次元の情報を持っている. これは, 吸着物質を測定 毎に洗浄することで, それぞれの脂質膜本来の特性が得られ, 各センサの相対 値聞の相関が低いことと, CPA値が吸着物質へ高い特異性をもち かっ相対値 とも 相関が低いことによる. CPA 測定では iつlつの脂質膜センサの識別分 解能はプリコン測定に比べて低いが, 各々の脂質膜センサの相関が低く, つま り独立した情報を持ち総合的な情報量が大きいことが分かる. 味の意味付け(味 の定量化)を行う場合は全体の情報量が多い方が有利である. 例えば重回帰分
5 1
析を用いる場合, 説明変数問で相関が高い場合(多重狭線性)には, 算出され たモデル式は誤差の影響を受けやすい. つまり, 1つlつの説明変数の情報量
(識別分解能)はもちろんある程度必要であるが, 各説明変数の独立性が重要 となる. その点でCPA測定は 味の意味付けには重要な技術であるといえる.
まとめると, 工程管理のような微小な差を識別することが目的の場合にはプ リコン測定が適しており, 味の差の意味付け(味の定量化)を行う場合は, CPA 測定が適している.
3.3.3実際の食品でのCPA値の特異性
プラス膜であるチャネルTと緑茶及びチャネルAとビールに関するCPA値の 例をそれぞれ図 3.5 と図3.6 に示す. 緑茶の場合, 主要な味は渋味とうま味で あり, その渋味の主要な味物質はカテキン類と呼ばれるタンニンである. タン
ニン量が分かれば, 緑茶の大凡の渋味が分かると言われている[35]. ビールの 主要な味は苦味と酸味であり, その苦味の主要な味物質はイソ α酸である. タ ンニン量は近赤外分光光度計(静岡精機(株)製の茶成分分析計GT- 8)を使 用して求めた. イソ a酸量はEBC苦味価の分析方法[36]に従って求めた. なお
これらのデータは静岡県茶業試験所の中村順行氏より戴いた.
図3.5と図3.6から分かるように, チャネルTのCPA値と緑茶のタンニン量 及びチャネルAのCPA値とビールのイソ a酸量との単相関は高い. 相関係数は それぞれ-0.92, -0.81であった. つまりCPA値自体が緑茶の渋味やビールの苦 味を表現している.
コ・E
主 主
E
互
F 互 互
4
-6 一2
(〉E)坦〈bsトム「J特争ホ
タンニン分本刑直(乾操茶葉中の重量児)
-8
緑茶のタンニン量とチャネルTのCPA値との相関
T41ム
互 互
I
ミE
図3.5
6
4
2
。
(〉E)個←〈-bQ《ム「J特キホ・
22 26
ビール町苦味価
10 -2
ピールのEBC苦味価とチャネルAのCPA値との相関
5 3
図3.6
3.4 検討
3.4.1 洗浄効果の測定
脂質膜をくり返し使用して再現性よく測定するためには, 脂質の種類と吸着 物質や測定対象食品の種類の組み合わせにより洗浄液を変えなければならない .
ここでは, CPA測定を応用して塩, 酸, アルカリ, エタノールについて洗浄効 果を評価した. 測定アルゴリズムを図3.7に示す. 各測定値は、 各サンプル液 にセンサを入れてから3 0秒後の値とした。
基隼j夜測定
Vrサンプル測定
Vs(吸着物質)
洗浄液に5秒間浸積 碁隼液に1分間浸積
基隼j夜測定
V r'センサの洗浄
図3.7 洗浄効果の測定手順
通常のCPA 測定(図3.3)に対し, サンプル測定後の基準液測定の前にセン サを5秒間上記洗浄液に浸ける点が異なる. 5秒間上記洗浄液に浸けることに よりCPA 値の減少具合を調査した. 洗浄液による膜電位の影響を除くために上 記洗浄液にセンサを浸けた後に1分間基準液に浸けてから基準液測定\'r‘を行 った. また比較のために洗浄液の代りに基準液を用い た測定も行った. そこで 洗浄効果の評価として, これら2つの測定による吸着物質の残留率を以下に定
義する.
吸着物質の残留率=CPA値(各洗浄液による5秒間浸積)/
CPA値(基準液による5秒間浸積)
吸着物質の残留率がlの場合は 基準液と洗浄効果は同じことを意味し, 0の場 合は, 5秒間の浸積で膜電位が元に戻った, つまり, 洗浄効果が十分であるこ とを意味している.
吸着物質としてチャネルTではタンニン酸, チャネルAではイソ a 酸, チャ ネルCでは塩酸キニーネを用いた. エタノール, 塩, 酸, アルカリによる洗浄 効果を調べたが, ここでは塩とエタノールの結果を図3.8に示す. 塩による洗 浄が効果的な膜はチャネルT(図3.8-a) , 酸による洗浄が効果的な膜はチャネ ルC, アルカリによる洗浄が効果的な膜はチャネルAとチャネル Tであること が分かった. 塩, 酸, アルカリはチャネルの種類により洗浄効果に違いが見ら れるが, エタノールは上記3種類にチャネルに関して共通に洗浄効果が見られ (図3.8-b) , 特に他の洗浄液との併用にするこ とで, 高い洗浄効果を生む傾
向にある(図3.8-c). これらの結果をもとに以下に洗浄効果の推察を行う.
5 5
0.8
1.0十 丞= 章二重 二 重 ご 事 一 査 一 重一
..1.. __
・
�
--I、\、互
0.6
�様1 5日
銀0.4
圃 チャネルC . チャネルT Â.チャネルA
0.2
0.0 100 1000
K C I濃度(mM) (a)KC Iによる洗浄効果
一\ミ
0.2 0.0
。
10 20 30 40 50 60
エタノール濃度(%) ( b )エタノールによる洗浄効果
1.0
主=ご互一一五一五一企一五一 0.8イ 牟 ~~it~~ 亙 --
--- __互ι I--I_ーー 一
『、、I - -'--- 0.6 �
4話1
304
意"亙0.2 �
100
K C I濃度(mM)
1000
(3 0 %エタノール添加)
(c)KCIとエタノールの混合液による洗浄効果
図3.8 K C 1とエタノールの洗浄効果
3.4.2 洗浄効果の推察
洗浄液と脂質膜の組み合わせと3.3.1のCPA値の基本特性の結果より各種の 洗浄液の効果は以下のように推察できる. 洗浄効果の模式図を吸着物質につい て図3.9に示す.
酸を用いた洗浄は, チャネルC等のマイナス荷電を帯びた脂質膜に有効であ り, 洗浄効果として酸のげによる置換作用が考えられる. チャネルC のCPA値
はプラス電荷の苦味物質(キニーネやCa2+ 等の苦汁)によく応答し, かつ酸洗 浄により良く元に戻ることから, 吸着は脂質のリン酸基へのプラス電荷の苦味 分子のイオン結合によるものであり, 酸洗浄を行うことでH+に置換されて吸着 物質が除かれると考えられる. H+イオンは, CPA値では感度がないことから基準 液中では容易に脂質から分離し, 基準液と同一組成での洗浄液で洗浄(共洗い) することで, 脂質膜は元の状態に戻ると考えられる. チャネルCの場合, 高濃 度のKCl等の塩でも若干洗浄効果が見られるが, 酸に比べて洗浄効果が低いの は, リン酸基への結合力がH+イオンに比べK+イオンが低いことより置換作用が 低く, 洗浄効果も低いためと推定される.
塩を用いた洗浄は, チャネル T等のプラス電荷を帯びる基を持つ脂質に特に 有効であり, 洗浄効果として塩のC1 -イオンによる置換作用が考えられる. チャ ネルTのCPA値はマイナス電荷の苦味や渋味(イソ a酸やタンニン酸)によく 応答し, かつ塩洗浄により良く元に戻ることから, 吸着は脂質のアンモニウム 基にマイナス電荷の苦味や渋味分子がイオン結合し, 塩洗浄を行うことで大量 のC1イオンにより置換されて吸着物質が除かれる. また, C 1 -イオンはCPA値 では感度がないことから, 基準液中では容易に脂質から分離すると考えられ,
基準液と同一組成での洗浄液で洗浄(共洗い)することで, 脂質膜は元の状態 に戻ると考えられる.
アルカリを用いた洗浄は, チャネルTとチャネルAに有効である. チャネル Tの場合, 吸着物質は タンニン酸であり, 上で述べたように脂質のアンモニウ ム基とイオン結合していたものがアルカリにより解離したものと考えられる.
5 7
チャネル A の場合は, その脂質分子にアンモニウム基を持ち, 洗浄効果は, 配 位結合したアンモニウム基のH-自体をアルカリにより取り除く作用である. チ ャネルAはチャネルTと同様にマイナス電荷の苦味や渋味によく応用し, かっ アルカリ洗浄により良く元に戻ることから, アンモニウム基に配位結合してい るH+にマイナス電荷の苦味物質や渋味物質がイオン結合し, アルカリ洗浄する ことでH-が脂質から分離し, その結果吸着物質が除かれると考えられる. チャ ネルAは, アルカリ側ではアンモニウム基に配位結合しているH'が無くなり
センサは負の電位応答を示すが, 酸側にすると容易に正の電位応答に復帰する ことから, 失ったH-イオンは, 基準液と同一組成での洗浄液で洗浄(共洗い)
することで, 元の配位結合をし, 脂質膜は元の状態に戻るのである.
エタノール等の有機溶剤を用いた洗浄はほぼ全ての脂質膜に有効であり, こ の洗浄効果は以下の2つによるものが挙げられる. 1つは, 吸着性物質の中で 疎水性が強 く膜の疎水性部位に吸着する疎水結合を有機溶剤により壊すことに よる洗浄効果である. もうlつは, 味物質が吸着した脂質分子自体を有機溶剤 により膜から取り除くことによる洗浄効果である. センサ の耐久性が数カ月持 つことから前者の可能性が大きいものと推定される. 特に, チャネルTの場合,
塩単独の洗浄だと効果がでないが, エタノールと併用すると塩の効果がでる.
この事実は, 官能基どうしでイオン結合しながらも, 疎水部同士の疎水結合が 強いことを示唆している.
味物質が脂質に吸着した状態
→i抑制耀
リン酸劃旨質+プラス電荷の苦味
f\ 4/ f\ ( /
r '\ー..L... ! j_ /一一 /ぬ\ 、
�R -\ーP /00) I {.
C
-R') + \�/'"
H)' 一一三P��
京-poo)HJ
ì+
浪, -cτ洗浄液
一ーラ� I器隼液による共洗い後の状態
。←合+手にふ→θ
3.5 むすび
Jj+(匂ヤES>H,O
洗浄液
+ R'一CO)
図3.9 各種洗浄液の洗浄効果の模式図
→ �
以上, 本章では, 味の定量化が行えるように, センサの特異性を高め, 情報 量を増すことを目的として, そのための測定方法の改良を行った. 改良点は,
以下の通りである. 第lは, 脂質膜の洗浄を可能としたことで, 苦味物質ゃう ま味物質等の脂質膜への吸着の大きい味物質を感度良く安定に測定できるよう になった. 第2は, 被検液を測定する前後での, 膜特性の変化を測定すること で, 膜の吸着物質のみの影響を測れるようになり, これらの吸着物質に対する
特異性が向上した.
この測定方法を用いて, 緑茶, コーヒー, ビール, 日本酒においてプリコン 測定では情報量が1 --- 2次元であったものが5 --- 6次元に増加し, それら情報 を元に官能評価値の重回帰分析を行うと高い相関が得られるようになった. つ まり, 味センサの持つ情報量が飛躍的に向上し, 味の定量化へ向けて大きく前 進した.
5 9
第4章 食品適用例:緑茶
4.1 まえがき
前章では, 第lに脂質膜の洗浄を可能とし, 第2に膜への吸着物質の効果を 測るというCPA測定を提案した. その結果, センサ 出力から5 --- 6次元もの高い 情報を得る ことに成功した. そこで本章ではさらに進んで, CPA 測定を緑茶へ 適用した 結果[31]について詳述する. 緑茶の品質に重要とされる味(滋味) , 香気, 色(色沢) 及び総合評価 (前記3項目の平均)の官能評価値とこれら 官 能評価値に影響を及ぼすとされるアミノ酸(うま味)やタンニン (渋味)等の
分析値と味センサの出力値との相関を探る.
4.2 実験方法
4.2.1 測定系
測定にはアンリツ製SA401 味認識装置を用いた(図 3.2参照 ). 7本の脂質 膜センサ, ロボット及びパーソナルコンピュータにより構成される . センサは,
いくつ もの脂質膜センサの中から 測定対象に合わせて選択し, 7本を組み合わ せて使用し, 今回の緑茶の測定 では, 表3. 1に示した 脂質膜センサを使用した.
脂質膜の作成は従来通り, 支持材料としてポリ塩化ビニールを用い, 可塑剤(ジ オクチルフェニルフォスフォネート)と 脂質を混合したものである. 膜厚は約
200 mmである. 出力は参照電極とセンサ問の測定電位である.
4.2.2 測定方法
測定の手)11買は前章と 同ーであり, 再掲する (図4. 1) . 各溶液の組成を表4.1 に示す. サンプルを測定する前の基準液の測定値をVr, サンプルの測定値をVs,
サンプル 測定後の基準液の測定値を Vr'とする. ここ で も前章同様(Vs - Vr) を 相対値 , (Vr'- Vr )を CPA(Change of membrane Potent ial caus ed by
Adsorption)値と呼ぶことにする. サンプルを測定した後, 洗浄を行って膜へ の吸着物質を除去し, 膜のリフレ ッシュを行った. 再現性よく測定するために
は, 洗浄液の種類は脂質膜の種類と対象食品により異なる. 緑茶の場合は表4. 1 に示す洗浄液の組み合わせを実験により求めた. 測定値は サンプル液にセン サを入れてから3 0秒後の値とした.
基準液測定 Vr
サンプル測定 Vs
基準液測定 V r '
センサの洗浄
図4. 1測定手順
表4.1 使用した基準液と洗浄液
溶液名 構成成分
基準液 lmM酒石酸+ 10mMK
C 1洗浄液(Cのch用) 30おエタノール+
1OOmM
1-1 C 1洗浄液(その他のch用) 30%エタノール
6 1
4.2.3 測定結果の分析方法
まず味センサの出力を主成分分析して情報量を求めた. そして, 主要な主成 分軸を説明変数として, 各官能評価値を目的変数として重回帰分析を行い, 味 センサ出力から官能評価値がどの程度説明できるかを調べた. 重回帰分析を行 った時の重回帰 式は, 4.2.4節で示す特徴の大きく異なり種類が広範囲に及ぶ サンプルの官能評価値を説明する式であり, 未学習サンプルに対する適合性も
大きい と思われる. 化学分析値においても同様に重回帰分析を行い, 味センサ の出力, 官能評価値及び化学分析値間 の関係を調べて, 味センサで官能評価値 をうまく推定できたことの要因を考察した.
4.2.4 サンプル作成条件
サンプルは, 高級茶葉から, 本来ウーロン茶や紅茶に用いる茶葉を緑茶に加 工したものまで, 広範囲に22銘柄を選んだ. 表4.2に22銘柄の品種名, 官能 評価値及び分析値を示す. サンプルの抽出方法は以下の通りである. 官能評価
②の段階で行った.
①サンプル7g を沸騰した純水500gに入れ , 5回軽くかき回した後, 5分間静
止.
②茶殻を茶 こしでろ過.
③サンプル液を5 ocまで急冷.
④全サンプルが揃ってから純水で3倍に希釈して室温(200C)にして測定.
官能評価値は, 22 銘柄を良いものから順位をつけ, 3人の審査員のつけた順 位を平均化した. つまり, 点数の小さいものほど良い評価の銘柄である. また
総合評価は, 滋味, 香気および色沢の3項目の点数の平均値である. 分析値は 近赤外分光光度計(静岡精機(株)製の茶成分分析計GT - 8) を使用して求め た.
表4.2 緑茶2 2点の官能評価値と分析値(データ提供 ・ 静岡県茶業試験場)
日lf竜名 色沢 実日��同= 滋味 総合評価 全窒素 全繊維: カ7エイン タンニン 7ミ/酸 テ7ニン ピヲミンC
ただにしき 20.80 19.70 13.50 18.00 5.60 16.50 3. 50 16. 70 3.00 1. 45 0.34 ベにほまれ 21.50 20.70 21. 80 21. :{3 5.40 14.60 4. 20 18.10 2.20 1. 09 0.21 かなやみどり(4) 6.10 7. 20 6.80 6. 70 6. 20 16.40 3.20 11.80 4.00 2.14 0.28 ほうりよく 18.00 19.00 15.80 17. 60 6.10 16. 10 3.40 13.40 4.00 2. 09 0.30 さえみどり 10.30 6. 70 10.80 9.27 6.10 16.50 3.20 12.20 4.10 2.25 0. 31 からベに 14.20 11.70 17.00 14.30 5.80 17.20 3.10 13.60 :3. 60 l. 87 0.34 おおいわせ(2) 5.20 12.00 6.30 7.83 6.10 18.60 2.60 11. 70 4.10 2.14 0.40 やぶきた(2) 5.30 9.80 4. 70 6.60 6.00 18. 10 2. 70 12. 00 3.90 2.01 0. 39 あさひ 14.20 14. :W 10.70 I:L 07 6. 20 16.10 3.20 12.80 4.60 2.48 0.40 さみどり 9.70 8.70 9.20 9.20 6.60 15. 90 2.80 13. 60 4.70 2.37 0.61 おおいわせ 6.00 5.30 12.80 8.03 6.30 15.50 3. 40 12. 40 4. 70 2.58 0.32 かなやみどり 5. 50 5.50 14.30 8.43 5.20 19.40 2. 70 14.20 3.10 1. 58 0.40
やぶきた 3.20 2.20 5.70 3.70 6.00 17.20 2.80 12.80 4.20 2. 17 0.46
さわみずか 14.50 9. 00 12.80 12.10 6. 00 16.80 2. 80 14.10 4.30 2. 25 0. 54 やぶきた(仕上) 16.80 13.30 7.80 12.63 6. 10 14.10 3. 60 14.70 4.20 2.22 0.36 やぶきた(4) 6.20 7.00 8.50 7.23 6.50 16.30 3.00 10. 20 4.60 2.45 0.29 いんど 17.30 17. 80 13.70 16.27 5. 50 15.50 3.60 17.90 2. 70 1. 27 0.38 ここう 12.50 14.20 10. 20 12.30 6.20 16.20 2.80 12. 90 4.50 2.39 0.49 たまみどり 17. 80 15.20 19.80 17.60 5.90 16. 20 3. 20 14.00 3.50 1. 84 0. 30 かなやみどり(2) 4. 20 8.20 5. 20 5.87 5. 80 17.90 2. 90 13.00 3. 40 1. 73 0.31 はつもみじ 18.70 18.70 18.80 18.73 5.60 14.90 3.60 17.80 2.80 1. 33 0.36 おぢいわせ(4) 5.QO 7.00 6. 60 6.20 6. �O 17.20 3.00 10.20 4.30 2.38 0. 26 注) ( 2 )は2重被覆、 (4)は4重被覆の意味。 分析値の単位は、 乾燥茶葉中の重量%。
6 3
4.3 実験結果
4.3.1 センサ出力の情報量
7種類の脂質膜センサの相対値とCPA値の計14種類の 測定値を規格化(標準 偏差= 1 )して主成分分析にかけた結果を表 4.3に示す. 各主成分軸毎の識別 分解能の評価は, (22銘柄のバラツキ の 標準偏差)/ (測定のバラツキの標準 偏差)で表している.
第5 主成分(PC5)において, 識別分解能は6.5 であり, 22銘柄の平均値か ら中央の 約7割(:i:s)の部分を約6.5段階に識別できることを意味する. PC1 ---PC4まではそれ以上の 識別分解能 があることが分かる. この定義で5段階の 識別ができれば有意の情報を持っとすると, センサ出力は5次元の情報を持っ ているといえる. そこで, このPC 1 ---PC5 を説明変数として, 各種の 官能評価値 や分析値を目的変数として2次の重回帰分析を行った.
表4.3 味センサの主成分結果
PCl P C2 P C3 PC4 PC5
寄与率(見)
38. 1 25.3 17.8 10.8 5.3識別分解能
17.5 17.8 13.2 11. 6 6.5標準偏差
l. 75 l. 42 l. 19 0.93 0.65測定バラツキ
O. 10 0.08 0.09 0.08 O. 10注)標準偏差は緑茶2 2点の標準偏差。
測定バラツキは3回の測定の標準偏差
識別分解能: (標準偏差) / (測定バラツキ)
4.3.2 分析値とのマッチング
分析値との重回帰分析結果を表4:4に示す. 目的変数をPC1---PC5の 2次式で 表すことを試みた. 緑茶の銘柄の範囲 が広範囲に及び, また官能の基準が絶対 評価でなく順位であることから, 非線形性が高いと思われ, 2次式を用いた .
2次式の項は20種類あり, その中 から重回帰式が十分有意となるように説明変 数を選択した. 具体的には, モデル全体は 有意水準l犯でF検定を行い, 各係数 は有意水準5犯でt分布より検定を行った. つまり, 全体として重回帰式が十分 に有意 であるばかり でなく, 各々の説明変数も十分に予測値に影響を与えてい ることを意味している. また, 多重共線性は無いようにした.
滋味に関係の深いとされているテアニン(うま味)とタンニン(渋味)に関 しては重相関係数( R)は0.98であり, 自由度調整済寄与率( R 2)も 0.93と* いう非常に高い 相関を得ており, 味センサによる, これらの濃度の推定の可能 性の高いことが分かる. テアニンとタンニンについては, 予測値と分析値 の関 係を図4.2 と図4.3に示す. 測定のバラツキ(標準偏差)は, 図中にバーの長 さで表している. 滋味に関係があるとされているカフェイン(苦味)も誤差は あるものの, ある程度の相関が得られている. ビタミン Cは, 味自体に関係な いが(微量すぎて人は感じない), 茶葉が古くなると急激に減少し鮮度と相関 があるとされており, 若干の相関が得られていることから, 鮮度を推定できる 可能性 がある.
表4.4 味センサ出力と各化学分析値との重回帰分析結果
項目 テアニン タンニン カフェイン ビタミンC
重相関係数 iミ 0.98 0.98 0.91 0.71 自由度調整済寄与率R・2 0.93 0.93 0.78 0.42 選択した項(説明変数)の個数 6 8 4 3 分散比F (回帰分散/誤差分散) 49.7 35.6 19.8 6. 0
F値(有意水準1 %) 4.3 4.5 4. 7 5. 1 回帰係数のt {,直の絶対値の最小値 4.2 3. :� 2.2 2.6
L 似(有志水冷5 %) 2. 1 2.2 2. 1 2_ 1
6 5
2.5
坦
川仲 豆
互
I
1.5
きt
��Il日Yキ(標準偏差)
1.0
1.0
テアニン分析値
2.5
図4.2 テアニン分析値との重回帰分析結果
18
16
亙坦14
MF
12
10
至I I;� ド 同 川 ; 浪測 即R則リ
(標準偏差)
12
14 16
タンニン分析値
図4.3 タンニン分析値との重回帰分析結果10 18
4.3.3 官能評価値とのマッチング
分析値の場合と同様の条件で説明変数を選択して重回帰分析を行い, 結果を 表4.5に示す. 特に総合評価に関する官能評価値と予測値との関係を図4.4に 示す. 滋味, 香気および色沢に関して重相関係数 (R)は0.9以上であり, 自由 度調整済寄与率 (R*2)も0.8以上の高い相関が得られた. それら3項目の平均 値の総合評価に関して重相関係数(R)は0.99であり,自由度調整済寄与率(R*2) も0.95のさらに高い相関が得られており, 味センサによる緑茶の官能評価値の
推定ができることが分かる.
表4.5 味センサ出力と各官能値との重回帰分析結果
項目
重相関係数 R
自由度調整済寄与来R• 2 選択した項(説明変数)の個数 分散比F (回帰分散/誤差分散)
F値(有意水準1 %)
回帰係数のt 1!lrの絶対値の最小値
t {fn (有意水準5 %)
総合評自li 滋味
0.99 0.96
0.95 0.87
9 9
45.4 16.2
4.4 4.4
3. 1 2. 7
2.2 2.2
6 7
香気 色沢
0.93 0.93
0.80 0.84
7 4
13. 1 28. 7
4.3 4.7
2.3 2.8
2. 1 2. 1
25
20
、15
{疋漂 パ準 ツ差ラ需 T・4
坦
豆一
件10
5
5
総合評価
20 25
図4.4 総合評価(官能評価値)との重回帰分析結果
4.4 検討
緑茶の味は滋味と呼ばれ, 茶独特の味であり, これは主として渋味を呈する タンニン(カテキン類)とうま味を呈するテアニンに代表されるアミノ酸によ るとされる. ほどよい渋味があり, 後にほどよいうま味を呈することが良いと されており, つまり, タンニンとアミノ酸の含有量のバランスが重要である[35].
一般的に玉露や上級茶では, アミノ酸が多くタンニンが少なく, 低級茶の場合,
アミノ酸が少なくタンニンが多いという傾向があるとの報告がある[38]. 今回 の分析値と官能評価値との関係でも同様のことが言える. 全窒素, アミノ酸及 びテアニンの各々の分析値と滋味とは負の相関(-0.5----・0.6), つまりうま味物 質が多いほど良い評価であり, タンニンとは正の相関(+0.7), つまり渋味物 質が多いほど悪い評価の傾向がある.
また, タンニンとテアニンを説明変数にして滋味を目的変数として重回帰分 析を行うと, 重相関係数で0.7(2次式に拡張すると0.8)と高い相関がある.
説明変数の係数もタンニンが正でテアニンが負で上記の議論と合っている. ア
ミノ酸, 全窒素及びテアニンの分析値は各々高い単相関を示しており� 0.9以上) ,
テアニンのかわりにアミノ酸または全窒素を説明変数にしても同様の結果であ る.
味センサ出力のタンニンとテアニンの分析値に対する重回帰分析は表 4.4か ら分かるように高い相関を示しており, 味センサはタンニンとテアニンによく 応答していると思われる. 味センサ出力が滋味と高い相関があった理由のlつ として, このことが上げられる. 緑茶に含まれるタンニンは, 主としてエピカ テキン, エビカテキンガレード, エピガロカテキン及びエビガロカテキンガレ ードの4種類からなり, これらはマイナスの電荷を持つ. 逆のプラス電荷を持 つ脂質膜センサは, これらに応答する. 実際, プラス電荷の脂質膜センサのCPA 値との相関が高いことから(相関係数で・0.8---・0.9) , プラス電荷の脂質膜セン サへタンニンの吸着がかなり起こっているものと思われる. 吸着することによ り表面の電位がマイナス方向に変動し, それゆえ相関係数が負値となったので あろう. 他方テアニンに文ナしては単相関の高い脂質膜センサはない.
全分析値(表4.2)を説明変数として滋味を表した場合も, タンニンとテアニ ンの2種類を説明変数とした場合と変わらない. しかし, 味センサの場合は,
高い相関を示したことから, タンニンとテアニン(アミノ酸)の他にも, 今回 の分析値で表せない味物質にバランス良く応答しているものと思われる.
緑茶の香味は, 100---200種類の香り物質からなり, そのバランスにより香り の質が変わり, また各々の濃度は ppb オーダーであり化学分析が難しいとされ ている. 今回味センサでは香味に対して高い相関が得られ, かつ, 香気と滋味 との単相関係数は 0.6とあまり高くないため, 味センサ自体が香り成分を拾っ ている可能性が十分に考えられる.
また緑茶の色沢は, 品質チェ ックに重要であるとされる. 色沢と滋味の単相 関係数は 0.8と高く, また味センサと滋味との重相関係数が高いことから, 味 センサは直接色沢は拾っていないものと考えられる. 色沢の緑色はクロロ フィ
ルとの説もあるが, 解明されていない.
6 9
4.5 むすび
本章では, 緑茶に関して, 味センサ出力と官能評価値及び化学分析値との関 係を調べ, 緑茶の味の定量化の可能性を探った. 主成分分析により5次元の情 報があることが分かり, この PCl----PC5を説明変数として官能評価値及び化学 分析値に対して2次の重回帰分析を行った. 官能評価値では滋味, 香り, 色と 総合評価(前記3項目の平均)及び化学分析値では テアニンとタンニンの各々 に対して高い相関が得られ, 数量化の可能性が得られた. しかも, 高級茶葉か ら, 本来ウーロン茶や紅茶に用いる茶葉を緑茶に加工したものまで広範囲での 適応可能性が得られた. 従って, 今回得られた官能評価値を推定する重回帰式 は, 未学習サンプルに対して適合性が大きいと思われる.
官能評価値との相関が高い理由の1つは, 緑茶の評価に 重要とされているタ ンニン(渋味)とテアニン(うま味)に味センサの感度が良い点である. さら に, タンニンとテアニンのみでは官能評価値を十分説明できないところがあり,
味センサは, これら以外の緑茶中の重要な味物質にも応答していると思われる.
これらの結果から, 味認識装置による分析結果と官能評価値を照らし合わせ た味の標準軸を作ることにより, 主観的な感覚である味覚を客観的に判断する ことが可能になるであろう.
第5章 甘味物質の選択性向上
5.1 まえがき
前章までは、 従来の脂質膜センサを用いて味を再現性よくかっ高精度で測定 できるかについて、 測定方法の開発を述べた。 本章では, 脂質高分子膜の電荷
密度を調整することで, 非電解質である甘味物質に対する選択性の向上を目指 した. 従来の脂質高分子膜の電位測定では, 非電解質の甘味物質への感度は,
電解質の味物質の感度に比較して 1/5--- 1/10と低く 両者が混合されたサンプ ル中では, 甘味の信号を特徴抽出することが難しかった. 他方 脂質高分子膜 のインピーダンス測定では, 脂質高分子膜を用いた非電解質の検知の可能性が
示唆されたものの, 応答再現性の点で課題が残っている[16,17J. 本研究では,
膜電位計測を用いて, 膜中の脂質の量と各基本味物質の感度の関係を調査し,
甘味物質に対する選択性向上の可能性を探った[44J.
5.2 実験方法
5.2.1 測定系
測定にはアンリツ製SA402味認識装置を用いた(図5. 1) . 本装置は検出部,
オートサンフラ一部及ぴデータ処理部により構成されている. 検出部では, そ れぞれ脂質高分子膜を貼ったセンサ プローブと参照電極とのセンサ部により脂 質高分子膜の膜電位を検出する. オートサンプラ一部では, パソコンからの制
御により自動測定を行い, 測定精度を高めている. データ処理部では, 検出部 からの信号をA/D変換してパソコンに取り込む.
脂質高分子膜は脂質とその支持材としてのポリ塩化ピニル 80m gをテトラヒ ドロフラン 10m 1に溶かし, シャーレ上で乾燥させた. その結果, 厚み10μm の無色透明の フィルム上のものが得られた. 脂質高分子膜の略称、, 使用した脂 質及び混入量を表1に示す. 従来我々が使用している脂質高分子膜では, 可塑
7 1
剤としてジオクチルフェニルフォスフォネートを用いているが, この可塑斉IJ中
こは電荷を持つ不純物があり, この不純物により膜の特性が影響を受けること が分かっている[39-41J. そこで今回は, この影響を除くため敢えて可塑斉IJを 使用しないで膜を作成した. また, 膜のインピーダンスを下げて膜の安定性を 図る目的で, 従来我々が使用している脂質高分子膜の約1/10--- 1/20の厚みにし た. この膜の強度を保つ目的で , 膜のプローブ内部側に膜の補強剤として多孔 質フィルタを装着した(図5.2)
センサプロープの構造を図 5.2 に示す. センサプローブはプローブ本体, 脂 質高分子膜, 多孔質フィルタ(脂質高分子膜の支持用) , Ag/AgC 1電極,
内部液(3.3M K C 1飽和Ag C 1 )から構成されている. 参照電極は, 一般 のp Hメータに使用されているものと同様の機構であり, プロープ本体, A g / A g C 1電極, 内部液(3.3M K C 1飽和Ag C 1) , 3.3M K C 1寒天から 構成される.
図5.1 味認識装置S A 4 0 2 (アンリツ社製)
表5.1 使用した脂質
略記号 脂質名 混入量
T Trioctyl methyl ammonium 5 m g chloride
C Dioctyl phosphate 5 m g B T:C=1:2 5 m g
Ag/AgCl電極
脂質高分子膜
多孔質支持材
図5.2 センサプロープ断面図
5.2.2 測定条件
表5.1 に示す脂質を用いて, 膜中の脂質含有量をパラメータとして各基本味 に対する感度比較を行う. 人の感じる領域は味物質毎で異なり, その領域でセ
ンサの応答を調べた. 応答感 度 をこの 領域の中間の濃 度における “感 度 (mV/decade) " で評価した. 感度は最小二乗法でグラフの傾きより求めた.
用いた基本味物質と感度を評価した濃度を表 5.2に示す. シ ョ糖以外は全て電 解質の味物質である. なお, 渋味は厳密にはいわゆる基本味ではなく広義の味 に属するものであるが, 食品の味の重要な要素なので, 渋味物質に対する測定
も行った. 膜中の脂質の含有量は, 表5.1に示す量に対して1倍, 1/10倍, 1/100 倍, 1/1000倍の4段階に変化させた.
7 3
表5.2 使用した基本味物質
味 j容j夜 感度測定点濃度(mM) 甘味 シ ョ糖 300
塩味 N a C 1 100
酸味 酒石酸 3
旨味 MSG 3 0 苦味 キニーネHCl o .1 渋味 タンニン酸
5.3 実験結果
5.3.1 脂質の含有量の最適化
膜中の脂質の含有量に対する各味物質の感度の変化を図 5.3に示す. シ ョ糖 以外の電解質への感度は, 脂質の濃度を下げると急激に下がる傾向が見られる が, シ ョ糖の感度の減少は緩慢である. そこで 各基本味毎の感度を規格化し
て, シ ョ糖の感度とその他の電解質の味物質の感度の比較を行う. 規格化は,
各基本味毎の感度の絶対値の( 6つの味質にわたる)和を1とした. その結果 を図 5.4に示す. シ ョ糖に対する規格化した感度がlに近づく程 シ ョ糖に対 する特異性が大きいことを意味している.
脂質の含有倍率が1の場合は, シ ョ糖の感度は他の味物質に比べ低いが, 含 有倍率が0.1以下からこの関係は逆転する. 特にT膜中の脂質含有倍率が0.1 の場合, シ ョ糖に対する特異性が大きいことが分かる.
15 Î 。 A
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話
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口\=\ 〉 。
マ マ
ε ) マ
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也 創世純直
5 笹回
豊
一51E-3 0.01 0.1 1E-3 0.01 0.1
C膜中の脂質含有倍率 B膜中の脂質含有倍率
. サyカロース
o � u ロ 』昆 o NaCI
• A酒石酸
\l MSG
B 楽キニーネ
E
ロルニン酸
�-20 割制E 官担
起一30
L
。1E-3 0.01 0.1
T膜中の脂質含有倍率
図5.3 脂質含有倍率と応答感度
7 5
幽0.3
題
0.2・J
jJ 0.1
謹報0.0
0.5 0.4
題
蜘0.10.3 。2止コ手0.0 翌一0.1+併に
-0.2 -0.3 -0.4 -0.5 0.5 0.4
世0.2随 制.U O. 1
也ムJ
逗0.0
眠
守h-0.1 0.3
-0. 1
-0.2 0.001 0.01 O. 1 1
C膜中(マイナス電荷)の指質含有倍率 -0.2
O. 001 O. 01 O. 1
B膜中(両極電荷)の脂質含有倍率
カ 酸
酸
ツ 引石G
.平日ノ サ陥酒船仁め
・圏一呂田一蹴一幽
0.001 0.01 0.1
T膜中(プラス電荷)の脂質含有倍率
図5.4 脂質含有量と規格化した応答感度
5.3.2 官能評価値との比較
T膜中の脂質含有倍率が0.1 の膜を用いて, 代表的な甘味物質3種に関して
濃度に対するセンサ応答を図5.5に示す.人の感じる領域は数十mM以上であ り[43], 図5.5 よりセンサの応答領域は人とよく一致していることが分かる.
加えて3種類の甘味物質に対して官能評価を 行 った結果 センサ出力は人の
味覚とよく一致していることが分かった. グルコースとフラクトース各々に対 して, 300mMのシ ョ糖と同等の甘さを感じる濃度を官能検査をして求めた. 同 様にしてセンサでは, グルコースとフラクトース各々に対して, 300mMのシ ョ 糖と同じ出力が得られる濃度を図 5.5 より求めた. その結果を表3に示す. 官 能検査は 10人で行い, 平均値を採用した. 10人のばらつき(標準偏差)を表 中の±で示した. この結果から高い相関(相関係数0.90 )があり, センサ出力 は官能検査とよく一致していることが分かった.
従来の可塑剤入りの脂質高分子膜に比べると, 今回開発した電荷密度の小 さい膜では, 全般に約1/10 の感度であるが, 繰り返し測定誤差の標準偏差はO.
02m V程度である. また, ジュースや日本酒に含まれるシ ョ糖 濃 度は約300 mM前後であり, この膜は300mM前後で1m Vの応答がある. 従って約2 %
程度の誤差率であり, 十 分な情報が得られているといえる.
7 7
4
3イ 一・-クルコース-・-ショ糖
〉 -Aーフラクトース
E
--- 2 / =*
制日 七三 中
,\
キJ 1
。
10 100 1000
濃度(m M)
図5.5 甘味物質に対する応答
表5.3 300mMショ糖に相当するグルコースとフラクトースの濃度(mM)
センサ
イ一…一…
グルコース フ一4-3 ラ一5一8 舟ノ一円U一ハU ト一+一一+一 一一2一3 ス一O一O
官能検査
ハU-ハuq4-A±一+一ハU-ハU口内u-円/】phu-ハhU
5.4 検討
図5.4より3種類の膜で共通に言えることは, 脂質の電荷の種類に関わら ず膜中の脂質含有量が0.01以下だと, 類似のパターンを示すことである(相 関係数0.98以上) . つまり, M S G以外の味物質にはプラスに応答し, M S Gでマイナスに応答している. この事実は, 用いた膜にマイナスの電荷を帯 びた不純物が含まれていることを示唆する. ポリ塩化ピニルの製造工程にお いてカルボキシル基が微量残留するとされており[42], この影響と考えられ る.
今回の条件下では, 膜中の電荷密度がある程度低くなると, 塩とシ ョ糖への
特異性が高くなる傾向が見いだされた. また, 塩感度は一般にプラス電荷とマ イナス電荷により打ち消しあうことから, プラス電荷の脂質の量を調整するこ とで, シ ョ糖に対する特異性を上げることが期待できる. T膜中の脂質含有量 0.1の場合がこれにあたる. 実際T膜では脂質含有倍率lでは, プラスの荷電を もっ脂質膜としての応答を示しており, これは脂質Tがプラスに荷電している ことから妥当な結果である. 他方, 前述のように脂質含有倍率を下げると マ イナス荷電をもっ膜としての応答を示している. 膜の電荷密度のプラスからマ イナスへの変化が, 脂質含有倍率0.1 付近で生じているものと考えられる. つ まり脂質含有倍率0.1付近で膜電荷密度がほぼゼロとなっているものと推定さ
れる. 以上まとめると, シ ョ糖の応答特異性を上げるためには, ある程度脂質
の含有量を下げておき, プラス電荷とマイナス電荷を中和させるとよいものと 結論される.
5.5 むすび
表 5.1 に示す脂質を用いて, 膜中の脂質含有量をパラメータとして各基本味 こ対する感度比較を行った結果, 膜中の電荷密度をある程度下げ, かつプラス 電荷とマイナス電荷を中和させるとシ ョ糖に対する応答特異性が上がることが 分かった. 今後, さらに最適な脂質の濃度を調査する予定である.
従来の可塑剤入りの脂質高分子膜に比べると, 本研究で用いた電荷密度の小 さい膜は, 全般に約1/10の感度であるが, 繰り返し測定誤差の標準偏差は0.02 mV程度であり, シ ョ糖の出力が数mVに対して約2 %の誤差率であり, 十分 に大きな応答とみなせる.
3種類の甘味物質に対して, センサ応答は官能評価とよく一致しており, 甘 味センサとしての可能性が高いことが分かった.
また電解質の味物質への脂質高分子膜応答とシ ョ糖への応答のメカニズムは 異なると思われ, 脂質高分子膜のシ ョ糖への応答メカニズムの解明が今後の課 題である.
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