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第4章 失業保険制度と再就職センター

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第4章 失業保険制度と再就職センター

中国では、1970 年代後半から 1980 年代初頭にかけて、経済改革による経済構造の変化 によって、大量の失業者が発生した。中国の失業問題は、資本主義国家の景気連動型の循 環性失業とは異なって、体制移行の際に生じた構造的な問題である。政府が公表している 失業率はILO基準と大きく異なり、中国の実際の失業状況を示していない。農村部の失業者 を除いても、真の失業率が 10-15%と推測されている1

中国の失業保険制度の発足は 1986 年の「国営企業2従業員待業保険暫定規定」(以下、「待 業保険」とする)である。それは、経済改革当初に発生した国有企業の経営悪化による工 場閉鎖のために現われた失業者に対応する措置として捉えられる[呂・田多(2000)、p.19]。

1993 年には、待業保険の改正が行われた。それは失業者の急増に対して、保険金受給者範 囲を拡大させ、財源を拡充させるという改正であった。現行の失業保険制度が正式に成立 したのは、1999 年の「失業保険条例」によってである。失業保険条例の成立によって、は じめて都市部のほとんどの企業・事業単位の従業員が失業保険制度の適用対象となった。

また、企業、従業員、政府という三者負担の財源調達の仕組みも打ち出された。

本章では、改革開放以降の失業問題を概観し、失業対策としての失業保険制度を分析す る。また、財源調達などの分析を通じて、失業保険制度改革過程は国有企業下崗職工3対策 の一部であることを示したい。

第 1 節 中国における失業問題の概観

本節では、失業率の推移、失業者と失業率の概念、失業の種類およびその形成理由、異 なる種類の失業者への対応策などについての分析を通じて中国の失業問題を概観する。

1. 失業率の推移

図表Ⅳ-1 は 1978 年以降の中国の失業者状況を示している。それによれば、改革開放の

1 重並(2002)、胡(2002)、程(2002)、袁(2002)などを参照されたい。

2 建国から 1990 年代まで国営企業と称していたが、1993 年から全国人民代表大会により国有企業と変え られた。本論文では正式文書(1993 年まで)の名称以外の場合は、「国有企業」としている。

3 企業との労働契約が存在しているものの、実際に一時帰休となっている者は下崗職工と呼ばれている。

下崗職工は失業者とみなされないため「都市部登録失業率」に計算されない。しかし、中国の一時帰休者 はほとんど元の仕事に戻ることができず、失業者とみなすべきだといわれる[丸川(2002)、p.75]。

(2)

初期では大量の「知識青年」が都市に戻ったこと4によって、失業率は 5%台に達し、かな り高かった。その後政府の失業対策によって、1980 年代末までに失業率は 2%前後と低く推 移していた。しかし、1980 年代末から 1990 年代初めにかけて、天安門事件や経済発展の 停滞などの原因によって、失業率は一時 2.6%まで上昇した。1990 年半ばから国有企業改革 の加速より下崗職工が急増し、彼らを加えた実際の失業率ははるかに高いといわれている。

図表Ⅳ-1 中国都市部の失業者数と失業率の推移 年 失業者数(万人) 失業率(%) 年 失業者数(万人) 失業率(%) 1978 530.0 5.3 1991 352.2 2.3 1980 541.5 4.9 1992 363.9 2.3 1981 439.5 3.8 1993 420.1 2.6 1982 379.4 3.2 1994 476.4 2.8 1983 271.4 2.3 1995 520.0 2.9 1984 235.7 1.9 1996 552.8 3.0 1985 238.5 1.8 1997 570.0 3.1 1986 264.4 2.0 1998 571.0 3.1 1987 276.6 2.0 1999 580.0 3.1 1988 296.2 2.0 2000 600.0 3.1 1989 377.9 2.6 2001 681.0 3.6 1990 383.2 2.5 2002 770.0 4.0 出所:『中国労働統計年鑑 2003』p.128 から引用。

2.失業者と失業率の概念

中国の失業率は中国政府が発表している「都市部登録失業率」5である。これはILOが定 めた失業者の概念に従って計算されたものではない。中国の失業問題を分析する前に、ま ず失業者と失業率の概念を明確にしておく必要がある。

周知のように、ILOの失業定義では、一定年齢以上の全ての国民を対象として失業者を 調査する。失業者と認定される状況とは、調査期間中に 1 時間も仕事をせずに、仕事をす ることが可能で、かつ仕事を探していた、ということである。このような状況にいる人を 失業者とみなす。一方、中国では失業者の認定には以下のような相違がある6。第 1 に、中 国は農民の失業を認めておらず7、都市部住民の失業状況しか公表しない。第 2 に、失業者 に関する年齢範囲の設定が独特である。国際的に、失業統計では失業者の最低年齢を設け

4 「知識青年」とは文化大革命時期に、農村に送り込んだ都市部の高校卒若者のことである。文化大革命 が終わった後、1970 年代後半から 1980 年代初頭にかけて、これらの「知識青年」は一気に元の戸籍の所 在地である都市部に戻った。

5 都市部登録失業率の概念は『中国労働統計年鑑』の付録「主要統計指標解釈」に掲載されている。

6 中国の失業者の定義に関しては、胡(2002)、程(2002)、中兼(1999)、丸川(2000、2002)などにお いても論じられている。

7 農民の失業とは都市部で仕事を従事し、暮らしている農村戸籍を持つ人が仕事を失っても失業者として 認められないことである。

(3)

るが、最高年齢を設けない。しかし、中国では、失業者とは男 16‐50 歳、女 16‐45 歳、

かつ都市戸籍を持っている者だけである。第 3 に、中国の失業統計は年末に 1 度しか行わ ない。しかも、それは調査方式ではなく、労働部門の登録失業者8数に基づき計算されたも のである。このような独特な統計方法によって、中国の失業統計の範囲はILOの基準よりも かなり狭い。このような統計方法では中国の失業状況を正しく示すことはできない。

ILO の基準に従えば、中国の失業率の統計に次のような失業者を加えなければならない。

それは、①農村部の潜在的失業者、②都市部の再就職できない下崗職工、③都市部の登録 されていないその他の失業者(例えば、都市部にいる農村戸籍の失業者)、④企業内の余剰 労働力(下崗職工以外の国有企業の潜在的失業者)である。農村の潜在的失業者を把握す ることは難しいが、多くの先行研究は都市部の失業率を推測している。例えば、李・胡・

洪(2001)は 1997-98 年にかけて、失業者に関する全国調査と北京市調査を行った。その アンケート調査に基づく試算によれば、再就職できない下崗職工などを含む都市部失業率 は 10.4%(1998 年)である[李・胡・洪(2001)、p.3]。また、程(2002)は 2000 年の都 市部失業率が約 9%ではないかと指摘している[程(2002)、pp.61-62]。重並(2002)は 再就職できない下崗職工、潜在的失業者を加え、実際の都市部失業率が約 12%になると分 析している[重並(2002)、p.3]。

3.中国における失業の種類および形成背景

(1)失業の種類

失業の種類は、その形態によれば、顕在的失業と潜在的失業に分けられる、また、その 原因に応じて、摩擦的失業と構造的失業に分けられる。さらに、時期的に考えると、周期 的失業と季節的失業がある。顕在的失業と潜在的失業の定義に関して、中兼(1999)は次 のように指摘している。前者は「労働能力のある人が仕事に就くことを希望しているのに、

実際に職がない場合」であり、後者は「働いているが、その人の限界生産力が賃金以下の 場合、極端にはゼロである場合」である[中兼(1999)、p.179]。一方、摩擦的失業とは、

「地域間における労働移動の困難性とか情報の不足など、労働市場の不完全性に基づく摩 擦的理由によって生じた失業」といわれている[大阪市立大学経済研究所『経済学辞典』第 3 版、p.588]。構造的失業とは、「全般的な需要の拡張によっては取り除くことができず、

8 登録失業者とは企業との労働契約が解除され、都市部の失業管理部門で失業登録を済ませた失業者(男 16-50 歳、女 16-45 歳)である。

(4)

経済社会の構造ないし構造的な変化によって生ずる」失業である[『有斐閣経済辞典』第 1 版 12 刷、p.151]。各々の労働者の観点から見た場合は、個々人の異質性と情報の不完全性 によって、労働供給と労働需要が一致するのに時間がかかる。その過程で起こった摩擦失 業は、一般的に短期的、一時的なものと考えられる。一方、経済全体で考察する場合は、

労働市場をいくつかのセクター(産業、経済所有制)に分けられ、各々のセクターで生じ た失業は構造的失業であり、一般的に長期的なものであると考えられる。

中国の失業問題とは、「登録された、かつ顕在的な失業よりも、むしろ都市および農村 における非登録の潜在的失業、および都市の国有部門を中心とするレイオフ労働力である」

という指摘がある[中兼(1999)、p.179]9。また、丸川(2000)が「中国が直面する失業問 題は、資本主義国の景気後退時に発生するような単なる循環的なものではなく、社会主義 計画経済から市場経済への転換と経済発展にともなって発生した構造的な問題である」と 指摘している[丸川(2000)、p.257]。先行研究で指摘されたように、現代中国で発生して いる失業は非自発的で、かつ構造的なものであり、存在形態として顕在より潜在のほうが 多い。

(2)失業の形成背景

なぜ経済改革後、特に 1990 年代初頭から大量の失業者が発生したのか。胡(2002)は、

「失業者が大量に発生していることは、中国が高雇用モデルから経済発展の段階に適した 正常な雇用モデルへと転換していることを反映している」と失業の形成背景を説明してい る[胡(2002)、p.1]。つまり、前章で分析したように、計画経済において、国有企業は利 潤追求を目的にせず、政府の低賃金・高就業の政策を貫くために、市場経済では余剰とさ れる労働力をためらわずに抱え、社会保障機能を果たしていた。しかし、市場経済になる と、経営自主権が企業に与えられ、企業は本来の生産、投資、資本蓄積の機能に専念する ようになり、利潤追求を経営目的とするようになった。それに加え、政府からの財政支援 が大幅に縮小された。市場化が進むにつれて、企業は生き残るために、これまで社会保障 機能を果たすために抱え込んでいた多くの余剰人員を削減しなければならなくなった。計 画経済期における雇用政策は、今日の潜在的失業者が大量に発生した根本的な原因であろ う。

また、胡(2002)は非国有経済が国有企業からの失業者全員を吸収しきれなかったこと

9 ここでいうレイオフ労働力とは企業の下崗職工のことである。

(5)

と、工業部門における国有企業の資本集約が大幅に上昇したことが大量の失業者の発生原 因であるとも指摘している[胡(2002)、pp.1-2]。

上述したように、計画経済期には、社会主義国家に特有な低賃金・高就業という雇用保 障が行われていたため、失業がほとんど存在しなかった。それゆえ、失業保険が制定され ていなかった。しかし、計画経済期にほとんどなかった失業者が、1990 年代初頭から国有 企業を中心に大量に発生した。これは、計画経済期の就業・生活保障型の社会保障が機能で きなくなったことを意味している。

4.失業問題の対策

大竹(2003)は高い失業率が労働生産性や経営効率性の低下をもたらしているほかに、

GDP を低下させ、人々の所得も低下させると述べている。マイナスな影響しかもたらさな い失業問題に対してどのような対策を講じるべきであろうか。ケインズ経済学では、失業 発生の多くは非自発的なものであると認識し、それに対して政府による有効需要の創出が 重要な手段であると指摘されている。また、当然ながら国が公的な失業保険制度を運営し、

それに対応することも考えられる。

前述したように、中国で発生している失業は非自発的、かつ構造的なものである。この ような非自発的、構造的な失業問題に対して、政府が産業調整を進めながら、新たな有効 需要を増やすべきだと考えられる。また、失業保険制度の充実によって顕在的・潜在的失業 者の基本生活を保障しながら、彼らに対して再就職訓練を行うことも考えられる。後の節 において、中国の失業保険制度および下崗職工対策としての再就職センター10についての 考察を通じて、政府が行った顕在的失業と潜在的失業に対する異なる対策を分析する。

第2節 失業保険制度の歴史沿革と内容

1970 年代末から 1980 年代半ばにかけて、大量発生した失業者の大半は都市部に戻った 知識青年であったが、その一部は市場経済に対応できず倒産した企業からの失業者や経営 自主権の拡大により企業から解雇された余剰人員であった。国有企業から排出された失業

10 再就職センターとは、1998 年の 6 月に中共中央、国務院が公布した「国有企業における下崗職工の基 本生活保障と再就職業務に関する通知」(以下、「通知」とする)によって、急速に整備された組織であり、

企業ごとに設置されている。それは、国有企業下崗職工の基本生活費の支給および、年金・医療・失業等 の社会保険料の納付、そして、下崗職工の転職訓練や教育などの責任を持っている。

(6)

者を受け止めるために、政府は 1986 年に待業保険を公布した。これによって、中国の失業 保険制度は発足した。その後、経済改革の強化にともない、失業者の発生も加速してきた。

それに対応するために、1993 年に待業保険に関する改正が行われた。さらに、地域別の失 業保険改革の実験を重ね、1999 年に失業保険条例が公布され、現行の失業保険制度が正式 に成立した。

図表Ⅳ-2 は各時期の失業保険制度の内容を比較したものである。それを参照しながら、

それぞれの特徴を見てみよう。第 1 は、被保険者の範囲に関してである。1986 年の待業保 険にしても、1993 年の改正待業保険にしても、国有企業の従業員のみが適用対象であった が、1999 年の失業保険条例以降は、都市部のほとんどの企業・事業単位の従業員が適用対 象となった。第 2 は、保険基金の収入についてである。1986 年と 1993 年のいずれも、① 企業が納付する保険料、②保険料の利息収入、③財政からの補助金から構成されていたが、

1999 年以降は保険料の従業員負担が加えられた。第 3 は、保険料率に関してである。1986 年の待業保険では従業員標準賃金11総額の1%と定められていたが、1993 年の改正では、そ れが従業員賃金総額12の 0.6-1%に変えられた。また、1999 年以降は、企業は賃金総額の 2%、

従業員は本人賃金の 1%を拠出するように定められた。標準賃金と賃金総額は概念上異なっ ている13ため、また経済成長による所得水準の上昇もあったため、1993 年以降の保険料収 入は急速に増加している。第 4 は、保険基金の支出に関する点である。1986 年の待業保険 基金の支出は待業者への支出、保険基金の管理費用、その他の支出からなっていたが、1993 年の改正および 1999 年以降は、その支出項目が徐々に拡大されている。特に、1999 年以 降、基金支出項目に再就職センターへの支出が加えられたことに注目されたい。第 5 は、

給付期間および給付水準に関する相違である。1993 年以前の給付水準は本人失業前の標準 賃金の一定割合となっていたが、1993 年の改正では、当該地域の最低生活保障14金額の 120-150%になった。さらに、1999 年以降の給付水準は当該地域の最低賃金より低く、最低 生活保障水準より高いように、各省・自治区・直轄市政府の設定に任せるようになった。

11 標準賃金は各企業の時間給と出来高給を指している。

12 賃金総額の概念とは一定期間に職工や労働者に給付された労働報酬の総額である。それには、①「時 間給」(労働時間と技術熟練度に応じて支払われる報酬)、②「基礎賃金」(勤労者本人の基本的生活を維 持するための賃金)、③「職務給」(職務の高低・責任の大小、仕事の難度技術水準の高低などに応じて支 給される賃金)、④「計件賃金」(いわゆる出来高に応じて支払われる賃金)等の標準賃金に⑤「ボーナス」、

⑥「諸手当、補助金」、⑦「残業手当」などが含まれる。90 年代に入って、標準賃金が賃金総額に占める 割合が 50%割れの水準となった。

13 脚注 11 と 12 を参照して、賃金総額の概念は標準賃金よりかなり大きいということがわかる。

14 最低生活保障制度は日本の生活保護制度に当てはまる。1999 年に、「都市部住民最低生活保障条例」が 実施され、ようやく軌道にのった制度である。その適用対象とは、社会保険制度でカバーできない特別貧 困家庭や生活困窮労働者などである。

(7)

図表Ⅳ-2 待業保険、待業保険の改正、失業保険条例の比較

項目 待業保険(1986 年) 待業保険の改正(1993 年) 失業保険条例(1999 年)

被保 険者 範囲

国有企業の従業員 国有企業の従業員 ①都市部企業(国有企業、集団 企業、外資系企業、私営企業、

その他の企業を含む)、②都市部 事業単位の従業員

保険 金受 給者 範囲

①破産を宣告された国有 企業の従業員、②破産に瀕 した国有企業の法定整理 期間中の退職者、③労働契 約を停止、解約された国有 企業の従業員、④国有企業 に解雇された従業員

左で挙げた 4 種類の他に、⑤国の 関連規定より廃業解散を命じられ た国有企業の従業員、⑥国の関連 規定により生産停止、業務整理を 命じられた国有企業の従業員、⑦ 法律或は省・自治区・直轄市政府 の規定により待業保険を受けるそ の他の国有企業の従業員

①都市部企業(国有企業、集団 企業、外資系企業、私営企業、

その他の企業を含む)、②都市部 事業単位における失業者

保険 基金 構成

①企業が納付する待業保 険料、②待業保険基金の利 息収入③財政補助金

左に同じ ①企業および従業員個人が納付

する失業保険料、②は左②と同 じ、③は左③と同じ、④法律に 基づくその他の資金

保険 料率

企業は従業員 標準賃金 の 1%に相当する保険料を納 付する

企業は従業員賃金総額の 0.6%~

1%に相当する保険料を納付する ①企業は従業員賃金総額 の 2%

に相当する保険料を納付する、

②従業員個人は本人賃金の 1%

に相当する保険料を納付する 保険

基金 支出

①待業救済金、②待業期間 中の医療費・葬祭費・直系 親族扶養金、③定年退職者 年金、④転職訓練費、⑤生 産援助費、⑥保険基金の管 理費、⑦その他の支出

①待業救済金、②待業期間中の医 療費・葬祭費・直系親族扶養補助 金、③転職訓練費、④生産援助費、

⑤保険基金の管理費、⑥政府が認 めた生活難の解決と再就業に必要 なその他の費用

①失業給付、②失業給付受給期 間中の医療補助金、③葬祭費・

直系親族扶養補助金、④失業者 の就職訓練費、職業紹介費、⑤国 務院の規定或は批准された失業 保険と関係があるほかの費用 給付

期間 およ び 水 準

①勤続 5 年以上の者に最 長 24 ヶ月分給付、最初の 12 ヶ月の給付額は本人標 準賃金の 60-75%、残りの 12 ヶ月の給付額は 50%、② 5 年未満の者に 12 ヶ月分 給付、給付額は標準賃金の 60-75%

給付期間は左と同じ

給付水準は当該地域の最低生活保 障金額の 120-150%に設定

①1~5 年未満の者に最長 12 ヶ 月分給付、②5~10 年未満の者 に最長 18 ヶ月分給付、③10 年 以上の者に最長 24 ヶ月分給付。

給付水準は当該地域の最低賃金 より低く、最低生活保障水準よ り高いように、各省・自治区・

直轄市政府は設定する 出所:呂・田多(2000)、王(2001)を参考にして作成。

これらの変化に関していくつかの事柄を記しておきたい。第 1 に、失業保険の適応対象 を拡大したことは失業保険財政における財源不足に対する財源増収策であるように思われ る。第 2 に、保険料徴収方法の改正はこれまでの政府・企業のみの負担に従業員の負担を 加え、財源基盤の強化を図ったともいえる。第 3 に、1993 年と比べると、1999 年に保険料 が一気に 3 倍まで引き上げられたことは異常だと思われる。それは、失業保険の財源不足 に対して政府が危機感を持っていたか、失業保険財源の拡大によって再就職センターへの 資金確保をしようとしていたと考えられる。第 4 に、再就職センターは潜在的失業者に対 応する組織であるように考えられる。そこに失業保険から資金を支出するということは政

(8)

府が彼らを失業者と認識しているように思われる。第 5 に、失業給付の額は国際的な慣例 である失業前の所得水準によるものではなく、最低生活保障金額の 120-150%であることが 興味深い。中国の失業保険制度は保険というよりは、生活保障としての色合いが強いと考 えられる。

第3節 失業保険制度の実態

1.非国有・非集団セクター被保険者数の急増

図表Ⅳ-3 被保険者数と保険金受給者数の推移

出所:1993 年まで p.31 から、

それ以外は各年版の『中国労働統計年鑑』から引用。

表Ⅳ-3 は、失業保険制度の被保険者数と失業給付受給者数の推移を見たものである15。 そ

6 ,9 0 0 .07 ,1 2 3 .0 7 ,4 0 0 .0

7 ,9 2 4 .0 8 ,3 3 3 .1

7 ,9 6 1 .4 7 ,9 2 8 .0 9 ,8 5 2 .0 9 ,5 0 0 .0

1 0 ,1 8 1 .6 1 0 ,3 5 4 .6 1 0 ,4 0 8 .4 9 ,5 0 0 .0

3 5 .0 8 0 .0

1 9 6 .5 2 6 1 .3

3 1 9 .0

1 5 8 .1 2 7 1 .4

3 2 9 .7

6 5 7 .0

4 6 8 .5

1 2 .7 1 7 .3

3 3 0 .8

0 .0 2 ,0 0 0 .0 4 ,0 0 0 .0 6 ,0 0 0 .0 8 ,0 0 0 .0 1 0 ,0 0 0 .0 1 2 ,0 0 0 .0

1 9 9 0 1 9 9 1 1 9 9 2 1 9 9 3 1 9 9 4 1 9 9 5 1 9 9 6 1 9 9 7 1 9 9 8 1 9 9 9 2 0 0 0 2 0 0 1 2 0 0 2 万 人

0 1 0 0 2 0 0 3 0 0 4 0 0 5 0 0 6 0 0 7 0 0 万 人

被 保 険 者 数 保 険 金 受 給 者 数

の被保険者数と保険金受給者数は呂・田多(2000)p.61 と

れよりわかるように、被保険者数は 1990 年には 6,900 万人、当時の国有企業従業員数の 94.5%16であったが、2002 年には1億 182 万人に達し、1990 年の約 1.5 倍になった。1993 年までは、緩やかに上昇してきた被保険者数は 93 年の改正によって、その上昇が一気に加 速し、94 年までの1年間で約 1,600 万人も増え、19.9%の増加率を記録した。その後、受 給者資格の厳しさ、1人当たりの保険金金額の少なさ、保険基金の不正使用などの問題に

15 データが整備されていないため、被保険者数と受給者数は、1990 年と 1991 年以降のものとなっている。

16 『中国労働統計年鑑 1991』表 3-6 に国有企業の従業員数が 7303.1 万人と記してあるため、6,900÷7303

=94.5%。しかし、分子の被保険者の所属は必ずしも国有企業と判断できないため、分母は国有企業従業 員数ではなく、都市部就業者数を採用したほうが比較しやすい。そうすると、その割合は 41.5%になる。

ちなみに 2001 年の同割合は 43.3%である。

(9)

よって、数多くの被保険者が失業保険から離脱するようになった17。1997、98 年には、被 保険者数は 1993 年の 7,900 万人台に戻ってしまった。しかし、失業保険条例の実施をきっ かけに、1999 年から被保険者数が再び上昇傾向になった。1999 年の被保険者数は前年に比 べ 1,924 万人も増え、24.3%増となった。その後、被保険者数はやや伸び悩んでいる。2000 年の 1 億 408.4 万人に比べて、2002 年の被保険者数は約 220 万人減に転じた。1994 年と 1999 年における 2 度の急増は、ともに政策的要因によるものと考えられる。

失業保険制度創設当初では、被保険者は国有企業に限定されていたが、その後の改正お よ

図表Ⅳ-4 所属別被保険者数の推移

98 年以前の資料は整備されていないため、1998 年以降について分析してみる。図表

び地域別の実験によって、徐々に他の所有制企業にも拡大されていった。そこで、保険 基金がどのような被保険者から徴収され、どのような者に使われているかを理解するため に、各種企業における被保険者状況について検討してみたい。

国有企業,5,159.6 国有企業,5,543.7

国有企業,5,957.5 国有企業,6,191.9

国有企業,5,880.1

集団企業,1,210.1 集団企業,1,362.8

集団企業,1,477.5 集団企業,1,472.2

集団企業,1,305.9 その他の企業,240.3

その他の企業,636.3 その他の企業,1,066.4

その他の企業,1,328.5

その他の企業,1,621.5 事業単位,2,006.0

事業単位,2,053.1 事業単位,1,829.5

事業単位,1,476.6

事業単位,300.9 その他の単位,200.0

その他の単位,75.1

その他の単位,77.6 その他の単位,113.6 その他の単位,137.3

0.0 2,000.0 4,000.0 6,000.0 8,000.0 10,000.0 12,000.0

1998 1999 2000 2001 2002

万人

出所:『中国労働統計年鑑』1999~2003 年版に基づき、筆者作成。

19

-4 は 1998 年以降の各種企業における被保険者状況を示している。それによると、1999 年以降被保険者数合計が増えつつある一方、国有企業の被保険者数が減り続いている。特

17 もちろん失業保険に関しても強制加入であるが、地域によって管理体制が整備されず、離脱する現象 が生じている。

(10)

に 2001、2002 年に国有企業の被保険者数が約 800 万人も減少した。集団企業の被保険者数 も 1999 年から 2002 年までに 262 万人減少した。1999 年から 2002 年まで、国有企業と集 団企業における被保険者数合計は約 1,295 万人、17%も減少した。それとは対照的に、外 資系企業を含むその他の企業や事業単位の被保険者数は 1999 年以降大幅な増加が続いて いる。1998 年から 2002 年までに、その他の企業の場合は 240.3 万人から 1,621.5 万人へ と 6.7 倍の増加になっており、事業単位の場合も 300.9 万人から 2,053.1 万人へと 6.8 倍 の増加となった。その結果、被保険者数合計に占める非国有・非集団セクターの被保険者 数割合は、1998 年の 9.3%から 2002 年の 37.4%に急上昇した。それによって、国有・集団 企業の被保険者数の減少が補われ、被保険者数合計も増加傾向にある。後に述べるように、

こうした非国有・非集団セクターにおける被保険者数の増加が失業保険基金の収入増に大 きく貢献していることはいうまでもない。

上述のような変化の背景として、以下の 3 つが考えられる。第 1 に、失業保険条例の実 施

.保険基金収入の増加

念頭に入れながら、失業保険基金収入、特に保険料収入につい て

(1)保険基金総収入の増加

体状況を見てみよう。図表Ⅳ-5 が示しているように、失 業

によって、被保険者範囲が大幅に拡大されたことである。第 2 に、1990 年代後半から国 有企業改革が強化され、国有企業における余剰人員の削減が大幅に行われてきたことであ る。第 3 に、人材の流動性が一層高まることによって、国有企業や集団企業からの人員流 出が大量に発生するようになったということである。第 2 と第 3 の背景から国有企業と集 団企業における被保険者数が 1999 年以降減少していることが理解できよう。

被保険者に関する分析を

考察を行いたい。なお、1998 年以前の資料が整備されていないことと、分析の重点を現 行失業保険が実行された以降におきたいということもあるので、主に 1998 年からの資料を 用いて考察を進める。

まず、失業保険基金収入の全

保険基金収入合計は 1987 年の 5.7 億元から、2002 年に 215.6 億元に上昇した。15 年間 で保険基金収入合計は約 38 倍にも増加した。特に、1998 年以降収入の増加幅が著しい。

1998 年から 2002 年まで保険基金収入の増加は約 147 億元にも達したのである。

(11)

図表Ⅳ-5 失業保険基金の収支状況

図表 基金収入の変化について考察してみよう。1998 年から 2002 億元から 202.4 億元へと急速に増加している。いう ま

注:1998 年以降の数値は図表Ⅳ-5 の資料と同じ。

出所:各年版『中国労働統計年鑑』各年版より作成。

5.7 5.8 6.5 7.4 8.4 11.6 17.4 25.4 35.3 45.2 46.9 68.4

125.2 160.4

187.3 215.6

18.9 27.3 36.3 47.4 91.6

123.4 156.6

186.6

4.7 8.8 13.7 19.2 25.2

41.8 45.2 65.3

86.4 97.0 133.4

159.9 195.3

226.2 253.8

9.4 14.2 2.5 5.1

1.9 1.6 1.7

0 0.9 50 100 150 200 250 300

1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 億 元

基 金 収 入 基 金 支 出 積 立 金 残 高

出所:1993 年以前と 1995 年の資料は、呂・田多(2000)p.55 から引用。1992 年の積立金残高数 は分からない。1994 年の資料は宋主編(2001)p.65 から引用。1996 年以降の資料は『中国労働統 計年鑑 2003』から引用。

(2)保険料収入の増加とその内訳

Ⅳ-6 を参照しながら、

年までの 4 年間で、保険料収入は 60.2

でもなく、保険料収入の急増が基金収入合計の上昇に大きく寄与した。

図表Ⅳ-6 失業保険基金の収入状況 (1998 年以降)

億 元

6 0 .2

1 1 5 .5

1 5 1 .5

1 7 8 .1

2 0 2 .4

5 .4 0 .4 2 .3 6 0 .7 3 .1 5 .9 1 .1 2 .0 4 .6 3 .1 1 .5 3 .8 7 .5 1 .9

6 8 .4

1 2 5 .2

1 6 0 .4

1 8 7 .3

2 1 5 .6

0 5 0 1 0 0 1 5 0 2 0 0 2 5 0

1 9 9 8 1 9 9 9 2 0 0 0 2 0 0 1 2 0 0 2

保 険 料 収 入 利 息 収 入 財 政 補 助 そ の 他 基 金 収 入

(12)

急速に増えつつある保険料収入のほかに、大きな上昇率を見せたのは財政補助である。

1998 年以降、小規模な金額でありながら、財政補助は 1998 年の 0.4 億元から 2002 年の 7.5 億元へと約 20 倍に膨らんだ。特に、2000 年からの上昇幅が大きい。それは保険料未納の 一部を補填するために、財政支出が増加したからであるといわれている。ちなみに、労働 社会保障部失業保険司で行ったヒアリング18によれば、2001 年の未納額は 24.3 億元であり、

前年より 1.6 億元減少したものの、全国の失業保険料収入の 13.0%にも及んでいる。

一方、1998 年に基金収入合計の約 8%の割合を占めていた利息収入は、積立金残高が 250 億元を超えているにもかかわらず、2002 年には 3.8 億元と、合計の 1.8%まで減少した。

それは、1999 年以降における景気浮揚およびデフレ対策として、中央銀行による利下げが 頻繁に行われたことによるものであろう。低金利運用の対応策として、預金と国債運用以

外に うである。

、事業単位、その他の

単位に分けられている。 る。図表Ⅳ-7

によれば、企業の保険料納付金額が 1998 年の 49.7 億元から 2002 年の 140.6 億元へと増加 した。しかし、1998 年に 82.6%であった保険料収入に占める企業の納付金額割合は、2002 年に 69.5%にまで下落した。一方、従業員の納付金額は 1998 年の 10.6 億元から 2002 年

、新たな保険基金の運用方法が求められているよ

図表Ⅳ-7 保険料収入の内訳と構成比

保険料収入 雇用側納付 個人納付

出所:『中国労働統計年鑑』1999-2003 年版より作成。

次は、保険料収入について検討してみる。保険料収入の内訳は企業の納付と従業員の納 付となっているが、両方とも国有企業、集団企業、その他の企業19

まず、企業と従業員の納付状況を全体として見てみ

18 失業保険制度の基本状況を調べるために、筆者が 2002 年 5 月に労働社会保障部失業保険司の Z 氏と、

社会保険所の H 氏にヒアリングした。そのときに得られた情報の一部を本章に用いている。

19 『中国労働統計年鑑 2001』に、2000 年の納付部門別を国有企業、集団企業、外資企業、その他の企業、

       絶       対         値 (億 元)        5.5

  1998 100.0 82.6 79.1 10.7 10.3 ―― ―― 17.6

国有企業 集団企業 その他の企業 事業単位 その他の単位

1998 60.2 49.7 39.3 5.3 5.1 ―― ―― 10.6

1999 11 83.4 ―― ―― ―― ―― ―― 32.1

2000 151.5 107.2 65.8 9.4 13.4 18.0 0.7 44.3 2001 178.1 123.9 72.0 9.9 18.6 21.8 1.4 54.2 2002 202.4 140.6 79.4 10.8 22.0 27.0 1.3 61.8        構       成         比 (%)       

1999 100.0 72.2 ―― ―― ―― ―― ―― 27.8 2000 100.0 70.8 61.4 8.8 12.5 16.8 0.7 29.2 2002 100.0 69.5 56.5 7.7 15.6 19.2 0.9 30.5 2001 100.0 69.6 58.1 8.0 15.0 17.6 1.1 30.4

事業単位、その他の単位に分けて詳細な統計を集めている。しかし、それ以前の年鑑では、納付部門別に ついて、国有企業と集団企業を除き、全部「その他」にまとめていた。

(13)

の 61.8 億元に上昇した。従業員の保険料納付金額が保険料収入に占める割合は 1998 年の 17.6%から 2001 年の 30.5%に上昇し、4 年間で約 13 ポイント上昇した。失業保険条例に より保険料の個人納付が義務付けられたことによって、1999 年以降個人納付保険料の割合 が急速に上昇してきた様子が窺える。それは 1999 年以降、保険料徴収は企業頼りの徴収体 制から従業員側の納付に依存の度合いを強めつつあるといえよう。

さらに、企業の保険料納付を企業別で見てみよう。国有企業の保険料納付額は 1998 年に 39.3 億元であり、企業の保険料納付金額合計の 79.1%も占めていた。しかし、それは 2002 年に 79.4 億元まで増加したにもかかわらず、同割合は 56.5%にまで下落した。集団企業の 場合は、保険料納付額が 1998 年の 5.3 億元から 2002 年の 10.8 億元へと増えた。しかし、

企業の保険料納付金額合計に占める割合も国有企業と同様に 1998 年の 10.7%から 2002 年 に 7.7%まで下落した。一方、非国有・非集団セクターの場合は、保険料納付金額が 1998 年の 5.1 億元から 2002 年に 50.3 億元まで約 10 倍の大幅な増加となった。また、企業の保 険料納付金額合計に占める割合を見てみると、1998 年の 10.3%から 2002 年の 35.8%まで 大幅に上昇してきた20。失業保険基金収入の構成に関するこのような変化は、次のような ことを示している。つまり、保険料の主要な収入源として国有・集団企業からそれ以外の 企業およびその従業員に移行している傾向が現われている。このような傾向はいうまでも なく国有・集団企業の被保険者数の減少と、それ以外の企業や事業単位の被保険者数の増 加と密接に関連していると考えられる。このような傾向はこれからさらに強まっていくだ ろう。今後、外資企業を含むその他の企業、事業単位、その他の単位が失業保険において 果たす役割はますます注目されていくに違いない。

企業と同様に、従業員個人の保険料納付も企業別で見てみたいが、残念ながら資料不足 のために、それらを分析することができなかった。

3.非国有・非集団セクターの拡大の背景

これまでに明らかになったことを簡単にまとめると、以下の 4 つになる。①保険基金収 入は 1998、99 年を境にして、そこから大幅な増加が続いている。②被保険者範囲と被保険 者数も同時期から拡大と増加の傾向になっている。③保険基金収入増には、非国有企業か らの保険料収入の急増が大きく貢献している。④保険料の従業員個人納付も保険基金の収

20 1999 年以前と 2000 年以降の統計分類方法が異なっているため、2002 年の非国有・非集団セクターの 数値は図表Ⅳ-7 のその他の企業、事業単位とその他の単位の合計である。

(14)

入増に大きく貢献している。

なぜ、このような変化が 1998、99 年あたりに生じたかを考えると、それが失業保険条 例の誕生と強く関連していることはいうまでもない。そこで、なぜ 1999 年 1 月に失業保険 条例が登場したかを考えてみたい。失業保険条例の誕生は、そもそもそれ以前の社会・経済 状況に原因があったと考えられる。経済改革が加速した 1992 年以降、とりわけ 1990 年代 半ば頃、破綻企業や赤字企業の急増により失業者が大量に発生した。さらに、1998 年に朱 鎔基氏が首相となり、国有企業改革の一層の推進が図られた。その結果、国有企業から排 出

なっていた。

そのような状況によって、財源を確保することが緊急課題となっていた。財源を確保す の拡大、給付の引き下げという 3 つの方法が 考

2002 年に 143.9 億元に上昇し、失業保険基金支出合計に占める割合も 77.1%まで上昇した。

される失業者が急増し、失業給付支出の増加が著しくなった。地域によって、基金収支 が赤字になり、従来の制度を維持することさえ困難に

るには、保険料率の引き上げ、被保険者範囲

えられる。経済成長のおかげで所得ならびに生活水準が上昇したため、給付水準の引き 下げは考えられないであろう。増えつつある失業者に給付を行うためには、被保険者を非 国有・非集団セクター従業員まで拡大するとともに保険料率を引き上げる以外に方法はな かった。こうして 1999 年 1 月に新たな失業保険として登場したのではなかろうかと考える。

.保険基金支出の変化

1998 年以降、失業保険改革と国有企業改革の促進、または失業保険基金収入の急増につ れて、保険基金の支出も、①基本生活水準を保障する、②就職を促進する、③効率性を保 つという 3 つの原則21に基づいて急速に増えている。1998 年以降の支出内容は失業者への 支出、再就職センターへの支出、契約制農民工への支出とその他の支出から構成されてい る。

(1)失業者への支出

前掲図表Ⅳ-5 が示しているように、失業保険基金支出合計は、1987 年から 2002 年に かけて、0.9 億元から 186.6 億元へと 200 倍以上増えた。全体支出の増加にともない、失 業者への支出も増加してきた。図表Ⅳ-8 によれば、1998 年に失業者への支出は 28.7 億元 であったが、失業保険基金支出合計に占める割合は 55.3%しかなかった。しかし、それは

21 毛主編(2001)、pp.7‐8 がこのように指摘している。

(15)

1980 年代後半に失業保険基金支出が極めて少なかった背景に、①失業者への給付が国有 企業のみに限られていたこと、②失業にさせたくなく、ほかの方法で救済していたことが 考えられる。また、21 世紀に入ってから失業者への支出合計が大幅に増えたとはいえ、1

低い水準である。これについて後に説明する。

図表Ⅳ-8 失業保険基金の支出別状況

基金と称しな 再就職センターへの支出は同年の失業者への支出より多かった。2000 年から同支出

の基金 持している。

1998 られていること

が明ら

5.失業給

く依存して 人当たりへの支出額はまた

注 :1998 年の 51.9 億元の合計支出に管理費の 4.5 億元が含まれている。

出所:『中国労働統計年鑑』1999-2003 年版の資料に基づき、筆者の計算である。

(2)再就職センターへの支出

次に、再就職センターへの支出状況について見てみる。再就職センターへの支出は国務 院の決定22に従うものであり、国有企業下崗職工の基本生活を保障するための「三三制」23 資金の一部である。図表Ⅳ-8 に示されているように、この支出は 1998 年に 14.6 億元だ ったが、1999 年には 2.8 倍の 40.9 億元まで急増した。1999 年に、失業保険

がら、

支出合計に占める割合は減少してきたものの、支出合計の約 2 割を維 年の「通知」以降、失業保険制度が国有企業下崗職工対策として用い

かとなる。

付受給者数の増加と失業給付水準

いうまでもなく、失業保険基金の支出の動向は、受給者数と給付水準に大き

1998 年 6 月に国務院が公布した「国有企業における下崗職工の基本生活保障と再就職

(以下、「通知」とする。)を指している。

22 これは 業務に関

する通知」

23 再就職センターにおける資金調達の方法である。それは財政から 3 分の 1、企業自身から 3 分の 1、失 業保険基金を含む社会から 3 分の 1 のことを指している。

2000 123.4 68.0 48.7 1.5 5.3

2001 156.6 101.7 44.8 1.5 8.5

2002 186.6 143.9 34.5 1.9 6.4

      構       成       比 (%)      

55.3 28.1 ― ― 8.5

1999 100.0 44.4 44.7 0.9 10.0

6 28.

基 金 支 出 合 計

失 業 者 へ の 支 出

再 就 職 セ ン タ ー へ の 支 出

契 約 制 農 民 へ の 支 出

そ の 他 の 支 出       絶       対         値   (億 元 )      

1998 51.9 28.7 14.6 ― ― 4.4

1999 91.6 40.7 40.9 0.8 9.2

1998 100.0

2000 100.0 55.1 39.5 1.2 4.3

2001 100.0 4.9 6 1.0 5.4

2002 100.0 77.1 18.5 1.0 3.4

(16)

いる。

いたことが考えられる。1999 年から 2002 年までの場合は、再就職セ ターの下崗職工を失業保険制度の保障対象に統合させていく動きが顕著になってきたこ 増えたとはいえ、全体から見た場合、2001 年

(2)まだ低い失業給付水準

が図表Ⅳ-9 である。それは失業給付、医療補 助

後に国有企業下崗職工に対する保障と対比させながら詳述する。

本項では、失業給付受給者数の推移と失業給付水準について考察する。

(1)失業給付受給者の急増

前掲の図表Ⅳ-3 に失業給付受給者数の推移が示されている。失業給付受給者数は 1990 年の 12.7 万人から、2002 年の 657 万人に達し、12 年間で約 52 倍まで急増してきたことが わかる。失業問題が深刻になりつつあることによって失業給付受給者数も急増しているこ とが窺える。被保険者数の推移と同様に、受給者数も 1993 年から 1994 年、1998 年から 1999 年まで、2 度急増した。2 度の急増に、失業保険の範囲が拡大されてきたという共通の要因 があるが、その後の持続的増加にはそれぞれの背景もある。1996 年までの急増は、1993 年から 1996 年にかけて、赤字国有企業が急増し24、国有企業における余剰人員の大規模な リストラが行われて

とが考えられる。しかし、失業給付受給者数が の受給率は 42.5%25にとどまり、また低い。

失業者への支出を内容別に分類したもの

金、葬祭費、職業訓練補助金、職業紹介補助金の 5 つからなっている。失業者の基本生 活に直接に関連する項目は失業給付と医療補助金である。この 2 つの支出の割合は 1998 年の 73.4%から、2002 年の 86.7%まで上昇してきた。しかし、1 人当たりへの給付水準を 見ると、それがまだ低いといわざるを得ない。

調べたところ、1998 年に 1,289.7 元しかなかった 1 人当たり失業給付は 2002 年に 1777.8 元26へと約 38%上昇したにもかかわらず、同年の全国平均賃金と比べるとかなり低い水準に ある。統計資料によれば、2002 年の全国平均賃金が 12,422 元[『中国労働統計年鑑 2003』、

p.33]であったため、同年の1人当たり失業給付金額が平均賃金の 15%未満の水準であった。

現実には、給付水準が低いだけではなく、失業給付の受給率もかなり低い。これについて、

24 このようなことについて、小宮(1999)p.10 の表 1-1 を参照されたい。

である。

25 この受給率は、2001 年の月平均受給者数が 2001 年末の登録失業者数に占める割合である。ちなみに、

2000 年の受給率はわずか 31.6%であった。

26 1 人当たり失業給付金額は図表Ⅳ-3 と図表Ⅳ-9 に基づき、計算したもの

(17)

図表Ⅳ-9 基金から失業保険受給者への支出

合計 失業給付 医療補助金 葬祭

出所:『中国労働統計年鑑』各年版により作成。

2001 101.70 83.30 4.90 0.10 8.20 5.30

2002 143.88 116.80 8.00 0.22 8.00 10.86

       構       成         比 (%)        

1999 100.00 78.25 3.44 0.07 11.24 7.00

2001 100.00 81.91 4.82 0.10 8.06 5.21

これまで見てきたように、失業保険制度、特に 1998 年以降の失業保険制度は、非国有 企業・集団セクターから財源の増収を確保してきた。その財源を用いて、都市部の登録失 業者、すなわち顕在的失業者に対して失業給付を支給し、再就職訓練や再就職斡旋などの 支援も行ってきた。しかし、1998 年以降、失業保険資金の不正使用、再就職センターへの 巨額な資金支出などによって、再就職訓練や再就職斡旋事業への出費は減少した。失業者 への失業給付の受給率や給付水準の低下によって、本来期待されている失業者の早期再就 職の役

1.

(1

前述し 規

模の余 工は国有企業に限らずすべての企業か

発生している。しかし、国有企業下崗職工数は圧倒的に多い。各年版の『中国労働統計 年

図表Ⅳ-10 を参照すると、年末の下崗職工数合計が 1997 年の634.3 万人から 2000 年の

職業訓練補助金 職業紹介補助金

       絶       対         値 (億 元)       

1998 28.74 20.39 0.71 0.04 6.60 1.00

1.40 0.03 4.58 2.85

2.48 0.05 4.58 4.69

1998 100.00 70.95 2.47 0.14 22.96 3.48

2000 100.00 82.65 3.65 0.07 6.74 6.90

2002 100.00 81.18 5.56 0.15 5.56 7.55

1999 40.73 31.87 2000 68.00 56.20

割も限定的といわざるを得ないような状況になっている。

第 4 節 下崗職工と再就職センター

再就職センターの整備

)下崗職工の規模

たように、1990 年代後半から国有企業改革が促進されるにつれて、企業から大 剰人員が下崗職工の形で現れてきた。下崗職

鑑』によれば、再就職できた者を含むすべての下崗職工数は、1995 年の 564 万人に対し て、1998 年には 1,734 万人、1999 年には 1,652 万人、2000 年に 1,454 万人と増えている が、その約 7 割が国有企業から発生したのである。

911.3 万人に増加したことがわかる。2000 年末、下崗職工数は都市部従業員数合計の 8.1%

(18)

27を占めていた。2000 年の登録失業者が 600.0 万人であったので、規模から見ると、下崗 職工の方が登録失業者よりはるかに大きい。2002 年になると、下崗職工数は大幅に減少し たが、登録失業者数は 770 万人に上った。

図表Ⅳ-10 再就職センター人数および保障待遇の受給者数の推移

保障は

28 革の重要措置である。このような措置は市場 経済体制確立への過渡期に位置している。下崗職工は中国の体制移行によって発生した潜 在的失業者であり

1998 年以前は、再就職センターが正式に設けられていなかったため、国有企業下崗職工 に対応する基本生活保障は主に企業内部で行われていた。張紀潯(2001)が指摘したよう に、1997 年以前における下崗職工の再就職ルートのうち、企業内部ルートが 3 分の 2 を超 えていた[張紀潯(2001)、p.303]。しかし、1996、97 年になってくると、国有企業では競

注1:全額受給者とは基本生活費を受給した者である。保険料の代納は含まれていない。1998 年について受給者数合計のみわかる。

注2:1997 年に再就職センターが設置されていなかった。下岡職工に対する生活などの 主に各企業が行っていた。

出所:『中国労働統計年鑑』1999~2002 年版から筆者作成。

(2)

国有企業の人員削減の受け皿

下崗職工の大量発生は 1993 年以降のことである。1993 年以降、国有企業改革が強化さ れた。「減員増効、下崗分流」 は国有企業改

、経済改革の過渡期における問題であると考えられる。

27 2000 年末の下崗職工数は『中国労働統計年鑑 2001』の表 8-1-2 から得られたものであり、同年末の都 市部職工数は同年鑑の表 3-2 から得られた全国在崗職工数である。本文中の 8.1%は前者を後者で除した

 再就職センター人数合計  保障待遇の受給者数合計

下崗職工

数合計

額受給 数(注

非全額受 給者数        絶       対         値 (万人)       

1997 634.3 70.3 55.6 ―― ―― 324.8 ―― ――

582.6 90.7 9.4 524.9 ―― ――

623.3 83.0 9.0 658.3 568.9 89.4

591.0 ―― ―― 597.4 580.6 16.8

.8 463.6 ―― ―― 476.6 471.5 5.1

国有企業 都市集

団企業

その他の 企業

1998 876.9 682.7 1999 937.2 715.5 2000 911.3 614.4 2001 741.7 485

2002 617.7 348.2 338.6 ―― ―― 343.4 343.4 0.0

       構       成         比 (%)       

1997 100.0 11.1 79.1 ―― ―― 51.2(注2) ―― ――

1998 100.0 77.9 85.3 13.3 76.9 ―― ――

1999 100.0 76.3 87.1 11.6 92.0 86.4 13.6

2000 100.0 67.4 96.2 ―― ―― 97.2 97.2 2.8

2001 100.0 65.5 95.4 ―― ―― 98.1 98.9 1.1

2002 100.0 56.4 97.2 ―― ―― 98.6 100.0 0.0

割合である。ちなみに、登録失業率の分母は表 3-2 の在崗職工数に表 4-10、表 5-5、表 6-5 の不在崗職工 数と表 7-1 の城鎮私営企業・個人企業就業者数、さらに登録失業者数をたしたものである。このような計 算方法は同年鑑の定義に従っているが、登録失業率は公表されたものより高く、3.4%である。

28 企業が抱えていた余剰人員を削減し、経営効率を上げることと、一時帰休の措置をとり、再就職を図 ることによって、潜在的失業者を企業から分割することを指している。

(19)

争激化や経営悪化のため従業員の削減がより厳しく行われるようになった。下崗職工数は 急速に増加し、再就職率も低くなった。大量の下崗職工に対して、これまでのように企業 内部では対応できなくなった。しかし、彼らがそのまま失業者になると、政権に大きなダ メージを与えかねないと考えられた。そこで、再就職センターの整備によって、彼らに対 して、期間限定の救済を行う政策が出されたのである。

1998 年 6 月には国務院が「国有企業における下崗職工の基本生活保障と再就職業務に関 する通知」を公布した。これに「再就職センターの設置は、国有企業における下崗職工の 基本生活を保障することと、それらの再就職を促進することに有効な措置である」と書か れてある。1998 年 6 月の通知以降は、再就職センターは急速に整備され、1997 年には約 10 倍の下

重点をおいた の企業における下崗職工が再就職センターに入るこ っていなかった。1998 年以降再就職センターに入っている者は下崗職工全体の 7 割

29であり、国有企業下崗職工がその 9 割前後を占めている。このような事実から、再就職 センターの本質は国有企業改革に淘汰された余剰人員の受け皿ではないかと考えられる。

(3)国有企業下崗職工に対する万全な保障体制

過渡期にお ける潜

再就職センターが「当企業における下崗職工の基本生活費の支給および、年金・医療・失 業等の社会保険料の納付に責任を持っていなければならない」ことと、「下崗職工の増加の 抑制および転職訓練や教育を行う」ことである。さらに、再就職センターに所属している 下崗職工に関して、在籍年数や給付について次のように定められている。下崗職工が再就 職セン

医療・失業などの社会保険料の代納である。1998 年 6 月の「通知」は、再就職センターが 崗職工がそれに入るようになった。しかし、再就職センターの設置は国有企業に

ため、依然としてすべて とにな

以下、再就職センターの整備とその業務内容に関する分析を通じて、政府が 在的失業者である下崗職工にどのように対応したかを検討する。

1990 年代半ばから、都市部登録失業者に対応する失業保険制度と国有企業下崗職工に対 応する基本生活保障制度という 2 つの制度が並存していた。登録失業者に比べ、国有企業 下崗職工に対する保障は手厚いものである。

再就職センターの責任について 1998 年 6 月の「通知」には以下のように書かれてある。

ターに 3 年間まで在籍することは認めるが、3 年を超えて再就職できない者は失業 保険の対象になる。再就職センターに在籍している期間中の給付は、基本生活費と年金・

29 張紀潯(2001)が指摘しているように、1997 年ではこの比率はわずか 1 割しかなかった。

(20)

下崗職工の基本生活費と代納する社会保険料のための資金について、「三三制」で調達する と定めている。それは財政予算が 3 分の 130、企業自身が 3 分の 1、社会が 3 分の 1 という ことである。社会から調達する 3 分の 1 のうち、失業保険基金からの調整金が大きな割合 を占めている。1998 年 8 月に、労働社会保障部等はさらに「国有企業における下崗職工の 管理および再就職センターの建設の強化に関する通知」を公布した。この 2 つの通知によ って、1998 年後半に国有企業に設けられている再就職センターが、潜在的に失業者とみな される国有企業下崗職工の再就職と基本生活保障において大きな役割を果たした。

2.再就職センターにおける資金の収支状況

明らかにするた め

これまでの分析で 1998 年以降、失業保険制度と再就職センターとの関係が強く結び付け られていることがわかった。失業保険制度と再就職センターの関係をより

、再就職センターにおける資金の収支状況を見てみよう。

(1)再就職センターの資金調達

図表Ⅳ-11 を参照することによって、再就職センターにおける資金調達について次のよ うなことがわかる。まず第1は、再就職センターにおける資金調達の規模が失業保険基金 収入より大きかったことである。再就職センターにおける資金調達の期末合計は、1998 年 には 131.2 億元で、同年の失業保険基金収入の 1.9 倍となっていた。同金額は 2000 年には 235.4 億元に上昇したが、2002 年には 178.6 億元に下落し、2002 年の失業保険基金収入の 83%に縮小した。これは、基本生活保障を受ける再就職センターの下崗職工数の減少と関連 していると思われる。第 2 は、再就職センターの資金調達合計額において失業保険基金か らの調整金が大きな割合を占めていることである。その割合は、1998 年には 11.1%であっ たが、1999 年以降は 20%台を維持している。第 3 は、再就職センターの資金調達合計額に おいて財政補助が半分以上の割合を占めていることである。1998 年には 68.4 億元、資金 調達期末合計の 52.1%を占めていた。2002 年には 116.5 億元に上り、割合も 65.2%まで 上昇した。

失業保険給付には財政補助がまったくないのに、再就職センターに対しては財政補助が 財源の 6 割をも超えている事実から、政府が一般失業者よりも国有企業下崗職工を積極的

30 中央に属している企業の場合は中央財政からの調達であるが、地方に属している企業の場合は地方財 政からの調達と規定している。但し、財政力の弱い地域に関して中央財政からの支援が行われる。

参照

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介護保険制度の被保険者 第1号被保険者 第2号被保険者 対 象 者 65歳以上の者 40歳から64歳までの医療保険加入者

=基礎控除額(33万円)+呈三五巴×

資料:静岡県 国民健康保険事業状況

表1 失業保険法案変遷一覧(その2) 資料出所:菅沼隆(1991)「日本における失業保険の成立過程」『社会科学研究』東京、43-2・4・5 保険制度 適用方法