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受給動詞の用法の一考察 : シナリオにおける用例 の分析

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受給動詞の用法の一考察 : シナリオにおける用例 の分析

著者 米澤 昌子

雑誌名 同志社大学日本語・日本文化研究

号 10

ページ 1‑20

発行年 2012‑03‑19

権利 同志社大学日本語・日本文化教育センター

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012766

(2)

要 旨

物や行為の授受関係を表す動詞として「やる/くれる/もらう」の三語があり、

それぞれに敬語形が存在する。それぞれを本稿では受給動詞、受給補助動詞と呼 ぶ。これらの動詞が日本語を特徴づけているのは周知のごとくである。本稿では、

2010 年 10 月から 2011 年 10 月の月刊誌『ドラマ』に掲載されたシナリオ 24 作品 を資料対象とした調査を通して、各受給動詞・各受給補助動詞の性格づけを行っ た。考察に際し、先行研究を参考にした 4 つの観点①公的な場面か否か、②話し手・

聞き手と与え手・受け手との関連性とその在・不在、③話し手・聞き手と与え手・

受け手との関連性と主格・ニ格の有無、④発話時から見た行為の既往・未然、に 各語特有の視点を加え、各用例を分析し、考察を試みた。受給動詞・受給補助動 詞は、本来、授受行為において受け手の与え手に対する感謝等を示すことが第一 義であると思われたが、シナリオから見る使用状況では、与え手・受け手の両方、

或いは一方の不在の発話にもその用例が多く見られたことから、その意味用法の 拡大を確認できた。また、今回の調査から採取できた用例数は各語によってかな り異なりがあり、日本語教育において、各語の使用頻度からのアプローチが導入 の順序を考える上での参考になり得る可能性についても指摘した。

キーワード

日本語 日本文化 受給動詞 授受 シナリオ 使用頻度 在・不在 扱い方 

1  はじめに

物の授受関係を表す動詞として「やる/くれる/もらう」の三語があり、それぞれ に敬語形が存在し、三系列七語の体系となっている。また、補助動詞として用いられ るが、その場合、授受関係の対象となるのは具象物ではなく、形としては存在しない 行為である。前田(2001)はこの補助動詞が、心情を多様に表現することを可能にし たと指摘している。そのため、これらの授受関係を表す受給動詞1については、視点や 人称上の制約だけでなく、話し手の心的態度、敬語を含む待遇意識など様々な角度か

受給動詞の用法の一考察

─シナリオにおける用例の分析─

The Use of Donative Verbs

─ Based on the Analyzing of Drama Scenarios ─

米澤 昌子

(3)

らの研究が進められている。本稿では、受給動詞(受給補助動詞を含む)をシナリオ における用例から分析し、使用実態を明らかにする。また、比較的新しい先行研究に おいて指摘されている各々の特徴について、実際の使用状況からの考察を試みたいと 考える。

2  先行研究

物・行為の授受関係を表す受給動詞については、先述のごとく様々な論考がある。

これらの表現は日本語を特徴づける一つでもあることは周知のごとくである。橋元

(2001)は、独自の授受表現が発達した起源を、日本を同質性の高い共同体とした上で、

そのような共同体では心理的恩恵の授受の方向を明確にし、「好意に対する好意の返し」

としての義理が重んじられる傾向があるからだと説明している。また、日本語におい

ては、Leech(1983)が指摘した「気配りの原則」は、「恩義強調の原則(相手が施す

恩恵もしくは依頼者に生じる義理を最大限言明せよ)」で代替原則とすることを提案 している。また山田(2011)では、日本語の「やりもらい」の対立が汎言語的に見て も特異であることを示した上で、補助動詞用法を「ベネファクティブ」の諸形式と呼 び、その機能として、恩恵表示機能、非恩恵表示機能、談話における方向性明示機能 をあげている。方向性明示機能とは、「ベネファクティブ」が持つ機能により、主語の みならず他の談話参与者も名詞句としては表現されずに談話が進むことが少なくない 日本語の談話において、その参与者の追跡がなされることを指している。同じような 指摘として、水谷(2011)は、英文を日本語に訳した場合、本稿でいう受給補助動詞 が付加される率が高いことをあげた上で、例えば、「The way you taught me in New

Hampshire?」を「教えたように」と日本語訳すると、だれがだれに教えたか明確にな

らないが「教えてくれたように?」と訳すことで行為の方向性が明確化するとしている。

本来は恩恵の授受を表す待遇表現とされる「くれる」が構文上の機能を果たしている というのである。ここで、受給補助動詞を付加した意訳をせずに、先の英文を直訳し てみたい。「あなたが私にニューハンプシャで教えたように?」となる。水谷(2011)

が指摘する構文上の機能とは、授受動詞が主格とニ格の省略を補っていることを指し ていることが分かる。これらの指摘は興味深いものであるが、これまでの研究において、

受給動詞の使用実態の中での検討は私見の限りでは見当たらない。本稿では、この点 からも受給動詞の用法を考察してみたいと考える。

熊田(2001)では、「〜てくれる」・「〜てもらう」の両表現の差異を引き起こす要因 の大枠は「恩恵の与え手に対する待遇意識」と「恩恵の与え手が恩恵行為を行うこと に対する配慮意識」に二分されるとしている。前者の意識として「恩恵の与え手と受 け手との人間関係」・「発話の場における恩恵の与え手の在・不在」、後者の意識として

「恩恵行為に対する恩恵の受け手側からの働きかけの有無」・「恩恵の与え手が恩恵の受 け手に対し、恩恵行為を行うことに対する当然性」・「恩恵の与え手が恩恵行為を行う

(4)

場合に生じる負担の程度」・「発話時から見た恩恵行為の既往・未然」を挙げている。

後者四つの分析を、「筆者が実生活において見聞きしたもの 23 例、及び、テレビ(ド ラマ・バラエティー・ドキュメンターなど)から採取したもの 61 例、シナリオから採 取したもの 133 例の、計 217 例」を対象にして行っている。項目に分け、用例を検討 していくため、用例を分析しやすいと思われる。本稿の用例検討の項目の参考とする ため、以下の 1 〜 6 で、まず、熊田(2001)の分析項目を再検討した上で、本稿の分 析の中心とする項目をあげたい。

1 .「恩恵の与え手と受け手の人間関係」の項目で人間関係を「待遇意識をそれほど 働かせなくてもよい相手」・「待遇意識を強く働かせるべき相手」に二分しているが、

熊田氏の主観による判断となるため、不明瞭な印象を与える。そこで本稿では使 用場面で判断することにし、「公的な場面での使用か」・「私的な場面での使用か」

で分ける。

2 .「発話の場における恩恵の与え手の在・不在」について、「てくれる」・「てもらう」

の使用は、数値的にはあまり差が見受けられなかったが、何らかの影響を与えて いる可能性があるとしている。この「何らか」を分析するために、本稿では、授 受関係を表現する際に、「与え手」以外にも「受け手」の在・不在も扱いたい。また、

授受関係を表現する際に、もう一つ重要な要素となる「話し手・聞き手」の存在 を関連付けて検討する。

3 .「恩恵行為に対する恩恵の受け手側からの働きかけの有無」については、「ても らう」・「てくれる」には有効ではあるが、他の授受動詞には有効であるとの指摘 は見当たらないため、今回は項目としては扱わない。

4 .「恩恵の与え手が恩恵の受け手に対し、恩恵行為を行うことに対する当然性」とは、

「一般的な通念から計り、恩恵の与え手が恩恵の受け手に対し、恩恵行為を行うこ とが当然であるかどうかという観点を指す」とあるが、これも判断が主観に頼り がちとなり、危険であるため、今回は、分析項目から外す。

5 .「恩恵の与え手が恩恵行為を行う場合に生じる負担の程度」について、負担が大 きいかの判断も主観となり、危険性があると思われるため、今回の項目からは外す。

6 .「発話時から見た恩恵行為の既往・未然」で、授受動詞の用例を分析しているも のはあまり見当たらない。興味深い項目であり、本稿でもこれにならいたい。

以上の先行研究からの示唆により、本稿では、①公的な場面か否か、②話し手・聞 き手と与え手・受け手との関連性とその在・不在、③話し手・聞き手と与え手・受け 手との関連性と主格・ニ格の有無、④発話時から見た行為の既往・未然、この 4 項目 を主とし、各語特有の視点を合わせて分析を行い、各動詞の用例の考察を進めていく ことにする。

(5)

3  調査対象と用例数

受給動詞の使用実態を 2010 年 10 月から 2011 年 10 月の月刊誌『ドラマ』に掲載さ れたシナリオ 24 作品を資料対象として調査した(作品の詳細は、「調査資料」を参照)。

本稿では、ある程度のまとまった用例の採取、現状把握のため、新しい作品であるこ と、また、考察時に必要な設定場面が分かりやすいことなどから、調査対象を選定し た。アニメや戦隊もの、場面が見えないため説明がセリフの中で多くなるであろうと 予想されるラジオドラマなど特殊な設定のシナリオは雑誌に掲載されていても今回は 対象から除いた。調査の結果、用例数は次の通りとなった。「やる」は本動詞 0、補助 動詞 36 の総用例数 36、「あげる」は本動詞 9、補助動詞 59 の総用例数 68、「もらう」

は本動詞 18、補助動詞 73 の総用例数 91、「いただく」は本動詞 12、補助動詞 39 の総 数 51、「くれる」は本動詞 4 、補助動詞 271 の総数 275、「くださる」は本動詞 7、補助 動詞 153 の総数 160 となった。掲載されていたシナリオの場面設定等の問題もあるだ ろうが、用例数からの授受動詞の性格付けをすると、クレル系の語が用いられやすい ことが分かる。また、今回の調査で用例数が 0 であった「さしあげる」は、日常の中 での会話においては、使用度の極端に低い語であると性格付けられよう。以下、本稿 では、本調査により採取された「やる」「あげる」「もらう」「いただく」「くれる」「く ださる」の用法について、その用例から分析していく。

4  受給動詞の使用状況と性格

先に述べた 4 つの観点からの分析を中心に、各語の性格付けを行っていきたい。ト 書き 3 例は、話し手・聞き手との関連性が検討できないため、①〜③の項目においては、

各語の用例において考察対象から外した。

4-1 やる

「与え手・受け手」といったことが関係なく、話し手の行為遂行の強い意志を示す例 が 4 例あった。これらは、②・③の考察の対象からはずした。

[→姉]オレ、サッカー選手になって、金持ちになってやるよ (迷)

[→同僚]やってやろうじゃないの!? (ホ)

① 公的な場面か否か 

公的な場面での使用は 6 例で、職場の先輩と後輩との会話中、刑事と事件関係者と の会話中などに見られた以外は、圧倒的に私的な場面での用例が多く見られた。

② 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性とその在・不在

まず、「やる」は与え手側からの表現であるため、関係は原則的に、「話し手=与え手・

(6)

聞き手=受け手」となる。この例が 8 例あった。行為の与え手・受け手の在・不在と の関連は以下のようになる。なお、聞き手不在の独話やナレーションは「話し手=与 え手・聞き手≠受け手」に分類した。

与え手在 与え手不在 受け手在 受け手不在

話し手=与え手・聞き手=受け手 8 0 8 0

話し手=与え手・聞き手≠受け手 5 2 1 6

話し手≠与え手・聞き手=受け手 0 2 2 0

話し手≠与え手・聞き手≠受け手 5 7 3 9

「話し手≠与え手・聞き手≠受け手」において、与え手がいるのは、以下のような命 令文において、聞き手が与え手となる行為に対する使用であるためである。

[→職場の後輩] もうちょっと待ってやれ (相)

[→娘]お前が手伝ってやれ (マ)

「話し手=与え手・聞き手=受け手」のタイプの用例が少なく、他のタイプでも受け 手が不在となりがちになることがわかる。これは、与え手の行為授与宣言・恩恵授与 宣言とも言える「やる」の使用について、話し手は心的な部分で自身のぞんざいさに 憤りを感じ、受け手がいる場面での使用を避ける傾向があるからではないだろうか。

逆に、怒りを伝えるためには、眼前にいる受け手に対し次のような使用が見られた。

[→彼氏]したわよ!好きだから我慢してやってるわよ! (ホ)

③ 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性と主格・ニ格の有無

主格省略 主格有 ニ格省略 ニ格有

話し手=与え手・聞き手=受け手 8 0 6 2

話し手=与え手・聞き手≠受け手 4 3 3 4

話し手≠与え手・聞き手=受け手 0 2 1 1

話し手≠与え手・聞き手≠受け手 11 1 7 5 用例において、主格・ニ格ともに省略が多く多く見られる。特に、「話し手=与え手・

聞き手=受け手」という、「やる」の原則的な関係において省略されやすいようである。

[→容疑者]正直に喋ったら会わせてやるよ、お袋さんに (相)

[→友人の子]じゃあメシを作ってやるから、二人で風呂でも入っとけ (マ)

④ 発話時から見た行為の既往・未然 

既に完了した行為・或いは継続中の行為に対する用例は 5 例、行為が実現しなかっ

(7)

たことを表す用例が 3 例、残りの 28 例は未だ行われていない行為に対して用いられた ものであった。

この他の特徴として、今回の調査でも、用例は男性の発話に多く見られ、33 例中 27 例が男性の発話であった。ただ、米澤(2001A)に比べ、女性の発話の割合が多かった ので、用例を検討しておく。女性の発話は、3 タイプに分かれた。発話者が男性ぽい性 格である場合、恩恵に関係がなく話し手の行為遂行の強い意志を示す場合、家族への 行為を他人の前で話す場合に見られた。

[独り言]ちっ、また今度にしてやるぜ〜! (ホ)

[→ママ友] 実際、これまで健太を構ってやれなかったのも、知らないことがたくさ

んあるのも事実なんですよね (名)

4-2 あげる

① 公的な場面か否か 

公的な場面での使用は、全用例 68 例中の 10 例で、教師、或いは、保育士の発話であり、

受け手は生徒や子供というものであった。通常は、公的な場面では使いにくい語であ ると言えそうである。

② 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性とその在・不在

まず、「あげる」は与え手側からの表現であるため、関係は原則的には、「話し手=

与え手・聞き手=受け手」となる。この例が 18 例あった。以下、行為の与え手・受け 手の在・不在との関連を示す。なお、聞き手不在の独話やナレーションは「話し手=

与え手・聞き手≠受け手」に分類した。

与え手在 与え手不在 受け手在 受け手不在 話し手=与え手・聞き手=受け手 18 0 18 0 話し手=与え手・聞き手≠受け手 19 0 5 14

話し手≠与え手・聞き手=受け手 0 0 0 0

話し手≠与え手・聞き手≠受け手 28 0 12 16 話し手が与え手ではなく、聞き手が受け手であるというような場面では使用しづら い語のようである。「やる」同様、以下のように、受け手が不在の場面のほうが使用さ れやすいようである。

[→娘](受け手は夫で不在)帰ってきたらのんびりさせてあげようと思ってね (胡)

[→夫](受け手は友人で不在)私がスイミングに連れてってあげるって言ったのに(美)

(8)

③ 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性と主語・ニ格の有無

主格省略 主格有 ニ格省略 ニ格有 話し手=与え手・聞き手=受け手 14 4 12 6 話し手=与え手・聞き手≠受け手 15 4 17 2

話し手≠与え手・聞き手=受け手 0 0 0 0

話し手≠与え手・聞き手≠受け手 22 6 19 9

「あげる」において、「話し手≠与え手・聞き手=受け手」の関係を除いて、どのよ うな関係においても、主格・ニ格が省略されやすいことが、注目される。

④ 発話時から見た行為の既往・未然 

既に完了した行為・或いは継続中の行為に対する用例は 5 例、行為が実現しなかっ たことを表す用例が 3 例、残りの 60 例は未だ行われていない行為に対して用いられた ものであった。

この他の特徴として、「あげる」は「やる」とは反対に、ていねいさを好む女性の使 用が多いが、今回の調査では、米澤(2001A)の調査に比べ、男性発話の用例が増えた ように思われる。用例数は 12 例に上った。ただ、聞き手は女性が多く、男性から男性 への発話中に見られたものは、その受け手が子供や生徒と限定されていた。今回の調 査では、受け手が、子供や生徒、見知らぬ女性、職場の女性に限られ、受け手に制約 を持つ語であることがうかがえた。

[大家の娘→下宿人が預かっている子供]今度、カニさんも作ってあげるよ (マ)

[→同僚の教師]嫌いに○をつけた子のことも考えてあげないと (鈴)

4-3 もらう

「くれる」との差異については、「くれる」の考察の中でまとめて述べることにし、

ここでは、「もらう」に見られた特徴を記しておく。

① 公的な場面か否か

28 例が公的な場面での用例であり、私的な場面での用例は全体の 6 割となった。用 例数だけから見れば、本来、配慮すべき相手が多いであろう公的な場面での使用は多 いとは言えない。

② 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性とその在・不在 

「もらう」は受け手側からの表現であり、原則的に、「話し手=受け手・聞き手=与え手」

となる。この例が 40 例であった。行為の与え手・受け手の在・不在の関係は以下のよ うになる。なお、聞き手不在の独話やナレーションは「話し手=与え手・聞き手≠受け手」

(9)

に分類した。

与え手在 与え手不在 受け手在 受け手不在 話し手=受け手・聞き手=与え手 40 0 40 0 話し手=受け手・聞き手≠与え手 2 26 28 0

話し手≠受け手・聞き手=与え手 3 0 1 2

話し手≠受け手・聞き手≠与え手 0 17 4 0 行為の当事者の両方、或いは一方が不在する場面での使用が、両方がいる場面での 使用を上回っている。

③ 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性と主語・ニ格の有無

主格省略 主格有 ニ格省略 ニ格有 話し手=受け手・聞き手=与え手 36 4 29 11 話し手=受け手・聞き手≠与え手 24 4 17 11

話し手≠受け手・聞き手=与え手 2 1 3 0

話し手≠受け手・聞き手≠与え手 13 4 10 7 受け手を示す主格の省略は全体の約 85%、与え手を示すニ格の省略は 67%となった。

やはり、与え手を示すニ格より、受け手を示す主格が省略されやすいようである、

[→居候の女性]次郎ちゃんに電話して貰いましょうか? (冬)

[→生徒]警察に迎えに来てもらうから (ぼ)

④ 発話時から見た行為の既往・未然 

未だなされていない行為に対する使用 57 例、行為が実現しなかったことを表す用例 が 3 例、既に行われた行為に対しての用例が 31 例となった。

[→元同僚] なかなかいい返事がもらえなかったんですよ。 (ホ)

[教師→生徒]わかってもらえないもんなぁ、こういうの (Q)

他の「もらう」に見られた特徴的な性格としては、まず、米澤(2001B)で考察した

「話し手本位の行為遂行宣言」としての用例であるが、本調査では 7 例見られた。

[→友人]言わせてもらうぞ (ホ)

[→葬儀屋]いや、栄太の前ではなさせてもらう (り)

[刑事→容疑者]あなたの身を拘束させてもらいます (相)

「てもらう」に見られる受け手側の働きかけについては、数多くの指摘が見られ(佐

(10)

久間(1966)・森田(1977)・益岡(2001)他)、一般的な見方となっている。本調査で 次のような「てもらう」が持つ性格がわかる用例が見られた。

[妻→夫]お隣に駿預かってもらったの (美)

[夫→妻]なんだ、いきなりそんなお願いをしたのか? (美)

「てもらう」という表現から、聞き手が行為の受け手から与え手への働きかけを読み 取る傾向を示している一例である。夫は妻の発言を聞き、お隣が子供を「預かる」ことを、

妻が働きかけた結果実現したと捉えている。実際はそうではないため、妻は夫の発言 を受け、

[妻→夫]ていうか、すごく急いでた時に顔合わせたら、向こうから言ってくれたの (美)

と、夫の誤解を解いている。また、

[刑事→容疑者] しばらくこの部屋で過ごしてもらいます (相)

[刑事→容疑者]じゃあ、皆、自己紹介してもらおうか (Q)

など、もはや、話し手により行為遂行者とされた聞き手に、その申し入れを受け入 れないという選択余地がないような場面での使用も見られ、その働きかけは強制めい た意味合いをも持つことがあり、「もらう」の「働きかけ」の性格を目立たせている使 用例が見られた。

もう一つ特徴的だと思われたのが、行為の与え手の数である。行為の与え手が一人 ではなく、複数、或いは不特定多数である用例が 18 例見られた。全体の 2 割程度であ るが他の受給動詞から見るとこの割合は高い。「てもらう」を用い、一般例を述べる例 も他に比べ多かった。

[校長→教員達]皆さんの意見を聞かせてもらいたい (15)

[→クラスメ−ト]みんなに、ここにお金をすててもらいます (Q)

[→クラスメ−ト]人間には誰にもわかってもらえないことってあるんだよ (Q)

[大家の娘→下宿人] 買ってもらえなくても、「買って欲しい」って言えるのが子供

じゃないですか (マ)

今回は調査できなかったが、聞き手・話し手、或いは、与え手・受け手以外に、話 題の授受行為に関する発話を聞いている人間の在・不在も語の使用に関係があるかも しれないと思われた。

(11)

4-4 いただく

① 公的な場面か否か 

公的な場面での使用は 23 例で、「やる」「あげる」などの語よりも用例が多い。尊敬 語であることを考えると当然の結果であろう。

② 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性とその在・不在

「いただく」は受け手側からの表現であるため、原則的な関係は、「話し手=受け手・

聞き手=与え手」となる。この例が 39 例あり、6 割に上る。与え手・受け手の在・不 在との関連は以下のようになる。なお、聞き手不在の独話やナレーションやト書きの 用例は見られなかった。このことは、対人を強く意識する語であることを示している かもしれない。

与え手在 与え手不在 受け手在 受け手不在 話し手=受け手・聞き手=与え手 39 0 39 0

話し手=受け手・聞き手≠与え手 1 3 4 0

話し手≠受け手・聞き手=与え手 4 0 0 4

話し手≠受け手・聞き手≠与え手 3 1 3 1

「いただく」は与え手・受け手が両方、或いは、いずれか一方がいる場面での使用が 望ましいことが、使用状況から分かる。与え手・受け手不在となるのは、身内の場合 である。

[→部長の娘]部長には、よくして頂きました。 (胡)

[→隣人] 母にまでよくして頂いて…ありがとうございます。 (美)

③ 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性と主語・ニ格の有無

主格省略 主格有 ニ格省略 ニ格有 話し手=受け手・聞き手=与え手 38 1 30 9

話し手=受け手・聞き手≠与え手 4 0 0 4

話し手≠受け手・聞き手=与え手 4 0 3 1

話し手≠受け手・聞き手≠与え手 4 0 0 4

「いただく」も主語・ニ格とも省略されることが多いが、「もらう」同様、受け手で ある主語が明示されるよりも、与え手であるニ格が明示されるほうが多いようである。

[→部長の娘]お母さんから会社に電話を頂きました (胡)

④ 発話時から見た行為の既往・未然

既に完了した行為・或いは継続中の行為に対する用例は 14 例、残りの 37 例は未だ

(12)

行われていない行為に対して用いられたものであった。

この他の特徴として、相手に強い要求・或いは脅す場面での使用例も見られた。

[→子供に怪我をさせた相手]慰謝料として、一千万円いただきます (さ)

[→借金を返していない相手]あなたの命で返していただきます (へ)

このような場面では相手にその行為を促すものとして、「慰謝料として一千万円くだ さい」「あなたの命で返してくれませんか」よりも、上記の用例の方が確かに相手に行 為を「強いる」という意味合いが強く感じられる。これは、しばしば「てくれる」と

「てもらう」の差異において、「てもらう」の方がより丁寧さを表すことができるとの 指摘があるが(井出(1986)・庵(2000)・熊田(2001)他)、テモラウ系の「ていただ く」がテクレル系の表現よりも却って丁寧さをなくし、相手により強く行為を「強いる」

という機能を持ち合わせていることを示している例であると言えよう。

米澤(2001B)で検討した「(さ)せていただく」における「話し手本位の行為遂行宣言」

に分類できる用例は本調査では一例のみであった。この結果は、今回の調査対象とし たシナリオの場面設定と関係があると思われ、明確な使役行為が存在しない「(さ)せ ていただく」の用法は、その使用にかなり場面の制約があることを示唆しているとも 言えるのではないだろうか。

[相手を脅す場面]南田さん、この待ち時間も借金に上乗せさせていただきますよ(へ)

また、上田(2007)は、補助動詞の一つである「ていただく」は、それ自身は謙譲 語であるが、相手を上に自分を下に位置付ける関係において相手の行為を表すという 点で、尊敬語と共通する機能を持つとし、「ていただく」を「受動型ていただく」と

「使役型ていただく」に二分類し、尊敬語との交換の可能性の検討を試みているが、そ の拡大用法において、特に、恩恵表現よりも待遇表現としての性格を色濃くする「て いただく」の性格付けとして興味深いものである。さらに、もう一つ指摘したい点は、

従来から「ていただく」の一般的な機能として、与え手が配慮すべき人物である場合、

行為内容の負担が大きい場合に使われやすいなどといった機能があげられているが、

今回の使用状況から、話し手の性格によっても、その使用が決定されるのではないか と思われた点である。発話者たちは、本来、「ていただく」を用いる必要がないと思わ れる相手や、行為に対してまで「いただく」を使用する。例えば、作品「相棒」の主 人公は刑事を職業とし上品で冷静な人物として描かれているが、事件関係者のみなら ず後輩にまで「ていただく」を用いることが多い。他にも、お金持ちや上品な女性と して描く場合にも「ていただく」の発話が見られた。

(13)

[→後輩] 車を出していただけますか (相)

[→息子の嫁]帰って頂いて結構よ (冬)

この例からも「いただく」には、行為の関係者や行為自体への敬意や配慮だけでは なく、話し手の品位を保持するという美化語(丁寧語)的な機能が見られるのではな いだろうか。

4-5 くれる

今回の調査で最も用例数が多かった語である。「くれる」は受け手に私・或いは私に 近い人物を置くという視点制約2を持つが、実際には上司と部下、学生と先生、家族、

恋人、占い師と客、先輩と後輩など幅広い人間関係の下、幅広い場面での使用が認め られる語である。以下、用例からうかがえる「もらう」との差異についても言及しつつ、

「くれる」の持つ特徴をあげる。

① 公的な場面か否か

65 例が公的な場面での用例であるが、私的な場面では 8 割となった。用例数から言 えば、私的な場面で使いやすい語だと言えよう。

② 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性とその在・不在 

「くれる」は受け手側からの表現であるため、原則的な関係は、「話し手=受け手・

聞き手=与え手」となる。このような例が 152 例と、過半数に達した。以下、行為の 与え手・受け手の在・不在との関連を示す。なお、聞き手不在の独話やナレーション は「話し手=与え手・聞き手≠受け手」に分類した。

与え手在 与え手不在 受け手在 受け手不在 話し手=受け手・聞き手=与え手 152 0 152 0 話し手=受け手・聞き手≠与え手 6 68 74 0

話し手≠受け手・聞き手=与え手 6 0 3 3

話し手≠受け手・聞き手≠与え手 8 23 24 7 受け手・与え手の両方、或いは一方が不在の場面を、両者がいる場面での使用が上回っ ている。しかし、その差は、「いただく」・「くださる」ほど顕著ではない。

③ 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性と主語・ニ格の有無

主格省略 主格有 ニ格省略 ニ格有 話し手=受け手・聞き手=与え手 129 23 145 7 話し手=受け手・聞き手≠与え手 38 36 62 12

話し手≠受け手・聞き手=与え手 4 2 5 1

話し手≠受け手・聞き手≠与え手 22 9 26 5

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「くれる」の用例数の約 7 割は主格が省略され、約 9 割は与え手の明記がなかった。

会話ということもあるが、「くれる」の持つ視点の制約の強さが、情報の明示を省略し た発話であっても十分伝えたい情報を聞き手に伝えることができることを示している。

[→恋人]あなたが気づかせてくれたのよ (ホ)

[→恋人] パジャマ着せてくれたのか (ホ)

[→母]おばあちゃんがご飯作ってくれたよ (冬)

これらの例は、「くれる」が用いられない場合、「だれを気付かせたのか」「だれにパジャ マを着せたのか」「だれのご飯を作ったのか」が理解しにくくなる。「2先行研究」でも 先述したが、山田(2011)が指摘している補助動詞の方向性明示機能が、シナリオに おける用例でも顕著であることが確認できた。また、山田(2011)では、「てくる」に も同じ傾向が見られるとして、「てくる」を用いた文をあげ、名詞句省略と、これらの 方向性表現との関連性についての研究が期待されるとしているが、非常に興味深い点 である。

④ 発話時から見た行為の既往・未然 

未だなされていない行為に対する使用が 145 例、実現しなかったことを表す用例が 15 例、既になされた行為への使用が 115 例となった。「くれる」においても未だなさ れていない行為に対する使用の方が多いが、その割合は「もらう」に比べると少ない。

未然の行為に対する用例のうち、依頼文を除くと 49 例となり、既に行われた行為への 使用の半数にも満たない。一方、「もらう」では、未然の行為のうち、1/3 の依頼文を 除いた後も、未だ行われていない行為への使用が、既に行われた行為への使用を上回っ ている。大江(1975)は「くれる」の特徴を、積極的に行為の実現を目指すのではなく、

言わば与え手本位の行為への「感謝・期待」という感情の表現であるとしている。本 稿の調査で「もらう」よりも「くれる」の方が既になされた行為への使用が好まれる 傾向が見られたことや、過去において自分が「期待」した行為を得られなかった場面 での「もらう」の使用が 3 例であるのに対し、「くれる」の使用が 15 例見られたこと からも、大江(1975)による両者の差異の説明は納得いくものである。

[→娘] 言ってくれてれば… (り)

[→義弟]何で、あの時連れてってくれなかったのよ!! (花)

[→妻]矢野さんが水臭い、お前を頼ってくれないってのが気に食わないんだろ?(美)

この他の特徴として、「もらう」では、与え手が複数である用例が、全体の 2 割ほど 見られたが、「くれる」では、全体の 0.4 割程度の使用例しか見られなかった。このことは、

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「もらう」が与え手を一人に特定しづらい場面や、先述の如く、一般例を相手に伝える 場面に用いやすい性格を有することを示しているのではないだろうか。

本調査の観点における補助動詞用法を中心とした「もらう」・「くれる」の差異を以下 にまとめておく。①公の場面では「もらう」のほうが使用されやすい。②話し手・聞き 手ともに行為の受け手・与え手である場面での使用は「くれる」のほうが多い。受け手・

与え手の在・不在については、「くれる」の方がそれぞれ数値的には 10%程度上回る結 果となった。③主格・ニ格の省略のそれぞれの総数における割合は、以下となった。

主格省略 ニ格省略 もらう 84.23% 66.05%

くれる 72.70% 89.38%

省略の四項目のうち、「もらう」のニ格の省略が少ないことが分かる。一つの理由は、

先述のごとく、「もらう」の使用場面が「話し手=受け手・聞き手=与え手」の場面で よりも、「話し手=受け手・聞き手≠与え手/話し手≠受け手・聞き手=与え手/話し 手≠受け手・聞き手≠与え手」の場面での用例数が上回っているためだと考えられる。

そのため、特に、だれに(から)その物・行為を受けたかを示すニ格が省略されにく いためだと思われる。さらに詳しい調査が必要な部分である。④発話時から見た行為 の既往・未然についてであるが、依頼文を除いて考察すると両者の性格はさらに明ら かになる。「もらう」が依頼文を除いても、なお未然の行為に対する用例が多いのに対し、

「くれる」は既に行われた行為や行為が行われることを希望していたにも関わらず行わ れなかった場合での用例が多い。ここに、「くれる」の性格があることは先に既に確認 した。

この「てくれる」と「てもらう」の差異に関する論述は、先行研究であげた研究を はじめ、多く見られる。米澤(2001A)においても、これらの語の発生時期及び発生時 期の意味用法といった通時的な観点から一つの解釈を示した。また、伊藤(2010)は、

「てくれる」と「てもらう」の丁寧さを知るために、「教えてくれませんか」と「教え てもらえませんか」について、どちらをより丁寧に感じるかをほかの表現の丁寧判断 と合わせ、質問紙による調査を実施している。結果、両者の違いが生じる要因をⅠ(語 のレベル)、Ⅱ(構文のレベル)、Ⅲ(形式の有する諸側面のレベル)に分け、Ⅱの方 がⅢよりも多く作用した場合は、「てもらう」の方が丁寧と感じ、Ⅱ=Ⅲの場合は丁寧 度の差はなく、Ⅲの方がⅡよりも強く作用した場合は「てくれる」のほうが丁寧に感 じると指摘している。丁寧さを判断形式で説明し、さらに、被験者の上下意識を絡ませ、

考察を加えている点が興味深い。(「てもらう」の方が丁寧だと感じる人は、「上下意識」

志向が有る人では 73.5%、無い人では 58.6%であることが報告されている。)

(16)

4-6 くださる

その使用はほとんどが依頼の場面であり、命令形である「ください」の形で使用さ れる。「ください」は敬語形であるといっても命令形であるため、依頼時の恩恵の意識 や相手への配慮は強くはなく、行為を依頼された相手が必ずその行為を遂行せざるを 得ないような指示表現として、或いは、客が何かを購入する際の決まり文句として使 用されている場合も多い。

[職場の後輩→先輩]白石さんたちは、日高を追尾してください (絶)

[テレビ局のスタッフ→番組参加者]手を離してください (ギ)

[→夫の両親]駅についたら電話くださいね (美)

さらに、「ください」はしばしば、シナリオにおいて「くれる」「もらう」「いただく」

よりも「!」とともに表記されている。「!」は、話者の強い気持ちを表し、相手には しばしば負担となりかねない。その使用が認められるということは、依頼時において 相手の行為遂行への負担をも顧みない自身の行為遂行への願いの強さを表す自身中心 の表現となっていることを示しており、そういう意味では丁寧さにかけるとも言えよ う。

[→先生やクラスメート]本当です!俺じゃないんで!信じてください! (鈴)

[→義理母]片付かないから早く食べて下さい! (さ)

一方、「くださる」の語形で使用された場合は、その用例全てに恩恵意識が見られた

[→父の元部下]ご挨拶に来て下さったの都築さんだけですから (胡)

[→刑事]矢部教授は鑑定した 24 点すべて本物だと太鼓判を押して下さいました(相)

① 公的な場面か否か

73 例が公的な場面での用例であり、私的な場面での用例数とさほど違いはなく、両 方の場面での使用が認められる語である。

② 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性とその在・不在

「くださる」は受け手側からの表現であるため、関係は原則的に、「話し手=受け手・

聞き手=与え手」となる。この例が 147 例あり、9 割にのぼる。行為の与え手・受け手 の在・不在の関連は以下のようになる。

(17)

与え手在 与え手不在 受け手在 受け手不在 話し手=受け手・聞き手=与え手 147 0 147 0

話し手=受け手・聞き手≠与え手 3 6 9 0

話し手≠受け手・聞き手=与え手 0 0 0 0

話し手≠受け手・聞き手≠与え手 1 0 1 0

圧倒的に、与え手・受け手が「在」つまり、いる場面での使用であることがわかる。「話 し手=受け手・聞き手≠与え手」の「与え手不在」が見られるが、与え手が神様、或いは、

聞き手の家族である例がほとんどであった。

[独り言] ドキドキする私をお許し下さい (ホ)

[→雅美の主人]雅美さん…(略)すごく優しい言葉を掛けてくださって… (名)

③ 話し手・聞き手と与え手・受け手との関連性と主語・ニ格の有無

主格省略 主格有 ニ格省略 ニ格有 話し手=受け手・聞き手=与え手 129 18 138 9

話し手=受け手・聞き手≠与え手 6 3 5 4

話し手≠受け手・聞き手=与え手 0 0 0 0

話し手≠受け手・聞き手≠与え手 1 0 1 0

「くださる」の用例が、「話し手=受け手・聞き手=与え手」の場合での、聞き手へ の依頼或いは、指示の場面で多く見られたため、わざわざ、与え手となる主格・受け 手となるニ格を明示する必要がない。

[ママ友→ママ友]もし良かったら色々教えてください (名)

[警察→事件関係者] 出来るだけ自然に接触して下さい。 (絶)

与え手・受け手が、だれかまぎらわしい場合や、協調したい場合は、明示されてい る用例も見られた。与え手は、呼びかけの形で示されていることが多い。

[→職場の先輩] 白石さん、もう少しそこで粘って下さい。 (絶)

[→職場の上司]室長…ハンコください。 (対)

[→恋人の兄]私に任せてください (冬)

[→先生]オレに聞かないでください。 (Q)

④ 発話時から見た行為の既往・未然 

既に行われた行為に対しての用例が 5 例、未だ行われていない行為に対しての用例 が 155 例である。用例のほとんどが、「ください」の形で依頼文であることを考えれば

(18)

当然の結果である。

[→上司]今日は早退させてください (マ)

[→保護者]もう少し冷静になってください (鈴)

5 まとめ

以上、本稿では、様々な場面や人間同士の会話のおける使用例を採取できると思わ れたシナリオを対象として、その用例を以下の 4 つの観点①公的な場面か否か、②話 し手・聞き手と与え手・受け手との関連性とその在・不在、③話し手・聞き手と与え手・

受け手との関連性と主格・ニ格の有無、④発話時から見た行為の既往・未然、に各語 特有の視点を加え分析し、各受給動詞の性格付けを行った。各語の考察については各々 の項に述べたのでそちらを参照されたい。最後に、今後の課題と日本語教育における 受給動詞の扱い方の課題について今回の調査結果から分かる範囲で私見を述べておき たいと思う。益岡隆志(2001)は、「雨が降る」という中立の事態を例にあげ、当事者 が好ましいと受け取れば、「雨が降ってくれた」と表現することができ、好ましくない と受け取れば「雨に降られた」と表現することができるとし、受給動詞は事態に対す る好ましさを表現する傾向が強い日本語の特徴を色濃く持つことを指摘している。本 調査でも、無生物を与え手とする以下の用例が見られた。

[→上司]あの憎っくき扉が支えてくれたおかげで、我々は助かったと… (対)

[→友人] 雪の下に閉じ込めてくれる感じ… (夜)

本稿では、これは「支える」・「閉じ込める」という現象が「受け手」にもたらされ たと考えたが、益岡(2001)が指摘するように、事態に対して話し手が好ましいと考 えていることが表現されたマーカーだとも考えられる。このような視点から、受給動 詞の用例をとらえ直すことは興味深いと思われる。今回の調査で、主格・ニ格の省略 を考察項目に加えたが、省略される場面と省略されない場面の詳しい比較まではでき なかった。益岡(2001)の指摘する主観のマーカーという捉え方とあわせて、今後の 課題としたい。また、庵(2011)では、その論考のまとめとして、日本語教育での受 給動詞の提出順について述べている。本動詞用法の「やる」は、使用域を狭めつつあ るので、少なくとも初級で導入する必要はないとし、まず「あげる」と「もらう」を 導入し、その後「くれる」を導入したほうがよいとしている。また、補助動詞用法では、

「てあげる」は適切に使うことが難しく、また、必要だとも言えないため、導入は、中 級以降に回す方がよいとする。「てもらう」は恩恵を表すのはもちろんだが、ボイス的 な機能も重要であるので、使役や間接受け身を扱う際に併せて扱うのが望ましいと述 べられている。つまり、「てもらう」のボイス的用法を恩恵的な用法とは別の場所で扱

(19)

うことを提案しているわけである。「あげる」「くれる」「もらう」の三者を同時に導入 しないという態度は、シナリオにおける用例数の偏りから見ても納得のいくものであ る。本稿の調査から受給動詞の使用実態が明らかにできたと思われるが、「さしあげる」

の用例が全く見られなかったこと、「やる」・「いただく」の用例数が他に比べ少なく、

使用場面が限られていることなどから考えるとこの三語の導入は急がなくてもいいの かもしれない。「てあげる」であるが、用例数からはその導入は初級の段階からか中級 の段階からが望ましいのか判断は難しいところではあるが、考察した用例において受 け手が女性や子供に限られていたことは、「あげる」の導入時の場面設定の参考になる と思われる。さらに、本調査では「てくださる」は恩恵を表すとはいえ、そのほとん どが「ください」の形で用いられているため、依頼表現或いは指示表現として別の場 所で導入することを提案したい。庵(2011)3は「くれる」の導入を「もらう」よりも 後にすることを提案しているが、本調査では「くれる」の用例数が「もらう」の約 3 倍となった。7 つの受給動詞の体系の中で導入した場合、学習者の混乱を招きやすいの がこの「くれる」である。そこで、授受体系の中で「くれる」を導入するのではなく、

益岡(2001)で指摘されているように、事態を「好ましい」ととらえる話し手のマーカー として、授受関係を示す表現とは別の場所で導入することは考えられないであろうか。

以下のようなA・Bの二つの文を示し、その意味の違いから「くれる」の機能を導入する。

つまり、

A 彼が話した。

B 彼が話してくれた。

において、Aは「彼が話す」ということを行ったことをただ表現しているだけであるが、

Bは「彼が話す」ということを行ったことと、話し手(書き手)がそれを好ましい事 態と思っていることの二つが表されているといった形での導入である。AもBも動作 主が変わらないため、構文的な混乱は避けられると思われる。このような導入が可能 かどうか、有効かどうかについてはまだまだ検討が必要であると思われるが、これら についても引き続き、使用状況の実態を調査したうえで、考察を深めていきたいと考 えている。 

1  授受動詞と呼ぶこともあるが、拙稿ではこのテーマに取り組み始めた米澤(1996)にならい、

宮地(1965)による受給動詞と呼ぶことにする。

2  大江(1975)・久野(1978)などで話し手の視点や日本人の主観性により、動詞の再検討が なされているが、その中で授受表現についても論じられている。

3  庵(2011)では、「もらう」にあたる動詞がない中国語では、「あげる、くれる」を先に導入 することを提案している。

(20)

参考文献

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庵 功雄・高梨信乃・中西久美子・山田敏弘(2000)『初級を教える人のための日本語文法ハン ドブック』スリーエーネットワーク.

庵 功雄(2011)「日本語教育から見たやりもらい表現」『日本語学』30 巻 11 号 明治書院,

pp.50-58.

伊藤博美(2010)「授受構文における受益と恩恵および丁寧さ−『てくれる』文と『てもらう』

文を中心として−」『日本語学論集』第 6 号pp.132-151.

上原由美子(2007「『ていただく』の機能−尊敬語との互換性に着目して−」『Scientific approaches to language』6 号 pp.185-207.

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久野 暲(1978)『談話の文法』大修館書店.

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橋元良明(2001)「授受表現の語用論」『言語』30 巻 5 号 大修館書店,pp.46-51.

前田富祺(2001)「『あげる』『くれる』成立の謎−「やる」「くださる」などとの関わりで−」『言 語』30 巻 5 号 大修館書店,pp.34-40.

益岡隆志(2001)「日本語における授受動詞と恩恵性」『言語』30 巻 5 号 大修館書店,pp.26-32 水谷信子(2011)「日英語の談話の展開の分析−立場志向性を中心として−」『明海大学大学院 

応用言語学研究』13 号 pp.105-117.

宮地 裕(1965)「『やる・くれる・もらう』を述語にする文の構造について」『国語学』63 集.

森田良行(1977)『基礎日本語』角川書店.

山田敏弘(2011)「授受表現の語用論」『日本語学』30 巻 11 号 明治書院,pp.4-14.

米澤昌子(1996)「受給動詞の史的変遷」『同志社国文学』第 45 号 pp.73-87.

米澤昌子(2001A)「待遇表現としての受給動詞−受給動詞の使用状況と話し手の心的態度の考察−」

『同志社国文学』54 号 pp.20-29.

米澤昌子(2001B)「待遇表現としての使役形を伴う受給動詞−『〜(さ)せていただく』の用法 の考察を中心に−」『同志社大学留学生別科紀要』創刊号 pp.105-117.

調査資料

『ドラマ』映人社 2010 年 10 月号〜 2011 年 10 月号 に掲載された 24 作品。本稿中に紹介し た用例は、以下の作品からのものである。

(ホ)「ホタルノヒカリ 2」『ドラマ』2010 年 11 月号 

(Q)「Q10」『ドラマ』2010 年 12 月号

(15)「15 歳の志願兵」2010 年 12 月号

(ギ)「ギネスにかんぱい!」『ドラマ』2011 年 1 月号

(さ)「さよならロビンソンクルーソー」『ドラマ』2011 年 1 月号

(対)「対策室〜アンダーサバイバル」『ドラマ』2011 年 1 月号

(夜)「夜明けのララバイ」『ドラマ』2011 年 2 月号

(美)『美しい隣人』『ドラマ』2011 年 3 月号

(冬)「冬のサクラ」『ドラマ』2011 年 4 月号

(21)

(相)「相棒」『ドラマ』2011 年 2 月号・5 月号

(名)「名前をなくした女神」『ドラマ』2011 年 6 月号

(ぼ)「さよならぼくたちのようちえん」『ドラマ』2011 年 6 月号

(マ)「マルモのおきて」『ドラマ』2011 年 7 月号

(花)「花の冠」『ドラマ』2011 年 8 月号

(り)「リンドウの花」2011 年 8 月号

(異)「異心伝心」2011 年 8 月号

(胡)「胡桃の部屋」『ドラマ』2011 年 9 月号

(鈴)「鈴木先生」『ドラマ』2011 年 10 月号

(絶)「絶対零度」『ドラマ』2011 年 10 月号

参照

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