博 士 ( 水 産 科 学 ) 宋 惠 眞
学 位 論 文 題 名
Studies on growth and reproduction of the Japanese common squid , T 〇 dar 〇 d , eSpaC カた US Cephalopoda : OmmaStrephidae ) ( ス ル メ イ カ の 成 長 と 成 熟 に 関 す る 研 究 )
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
【 緒言】
ス ルメ イ カ は , ア カイ カ 科に 属する 単年 性の汎 外洋性 種であ り, 日本周 辺海域 に広く 分布 し ,季節 的な大 回遊を 行な う。こ のスル メイカ 資源を 支え る季節 発生群 は秋・冬生まれ群であ る 。 秋生 ま れ 群 は , 主に 日 本海 南西部 海域を 産卵場 として ,主 に日本 海の対 馬暖流 に沿 った 索 餌 回遊 を 行 う 。 一 方, 冬 生ま れ群は ,主に 東シナ 海を産 卵場 として ,太平 洋沿岸 に沿 って 移 行 領 域 か ら 親潮 海 域 へ と 索餌 回遊 し,そ の後 日本海 を南下 して産 卵する 。こ のため ,本種 の 成長 速 度 の 違 いや , 成 熟 への エネル ギー 投資配 分とそ のタイ ミン グは, 季節発 生群ご との 回遊 経路で の履歴 水温 や摂餌 によっ て異な るこ とが予 想され る。さ らに,本種の雄は雌よりも 1,20月 先 に 成 熟 し, 産 卵 海 域 と は離 れ た 場 所 で交 接を開 始し, 未成熟 な雌は 精夾 を受げ 取 り,そ の後 成熟・ 産卵し て死亡 する。 雌雄 の成熟 様式が 異なる こと から, 水温や摂餌が体成長 と 成熟 へのエ ネルギ ー投資 配分 に与え る影響 に雌雄 差があ ると 考えら れる。 しかし,スルメイ カ の 生 活史 を 通 し た 体成 長 と 成熟へ のエネ ルギ ー投資 配分関 する知 見と ,それ を適用 した生 活 史・回 遊モデルは構築されていない。
そこ で本 研究で は,回 遊経路 の異な る秋 ・冬生 まれ群 を対象 とし て,異 なる海域で採集され た 秋 ・ 冬 生ま れ 群 の 未 成体 期 の 成 長 履 歴の 比 較 解 析 ,飼 育 実 験 に よっ て 成長と 成熟に 対す る水温 の影 響を調 べ,成 長と成 熟に 適した 水温条 件の特 定,お よび 成長と 成熟のトレードオフ
らは , ふ化 日か ら 採捕 日ま で の日 齢, ペ ンか らは , 採捕日から約1か月前ま でのペンの日間成 長 が 解 析 可 能 で あ っ た 。 解 析 に 用 い た 標本 は, 秋 生ま れ群 は 山陰 沖の 対 馬暖 流域(2008年4 月, 日 水研 提供 ) ,冬 生ま れ 群は 岩手 沖 の沿 岸(2009年5月, 岩 手県 水産技術セ ンター提供)
と, 沿 岸か ら1,000 km離れ た黒 潮 ′親 潮移 行 領域(2009年5月 ,北 水 研提 供)の 計3定点 で採 集 した 。全 標 本の 外套 長 は,66―158mmの 範囲 で, そ の日 齢は86―180日の 範囲であった 。
解 析の 結 果, 平衡 石 によ る日 齢 と成 長の 関 係か ら, ふ 化か ら採 捕 され るま での外 套長の平 均 成 長 速 度 は , 岩 手 沿 岸 域 が1.06 mm/ 日 で あ り , 他 の2定 点 よ り も 速 か っ た ( 山 陰 沖 0.63 mm/日, 移行 領 域:0.70 mm/日 )。 ま た, 再捕 前1か 月 間の ペン の 日問 成長 解析では,
岩 手 沿 岸 の 冬 生ま れ 群が 最も 良 く, その 日 間平 均成 長 率は1.15 mm/ 日 ,山 陰沖 の 秋生 まれ 群 で0.88 mm/日 , 移 行 領 域 で0.73 mm/日 であ った 。 ただ し, 山 陰沖 の標 本 では ,成 長 履歴 の 個 体 差は 冬 生ま れ群 よ り大 きか っ た。 これ ら の3標 本間 での 成 長速 度の 違 いは ,ふ 化 以降 の 水温 と摂 餌 履歴 を反 映 した 可能 性があるが,特定で きなかった。ただ し,本研究から, 平衡 石 によ る 日齢 とペ ン の日 聞成 長 履歴の 解析は,スルメイカ 成長履歴の研究に 活用できることを 見 出し た 。
【 成長 と 成熟 に対 す る水 温の 影 響】
本種 が 成長 期か ら 産卵 期に 分 布可能 な5つの水 温区(12,13,15,17,19°C)で,成熟に伴 っ て摂 餌 量や 成長 パ ター ンが 変 化す るの か ,そ のパ タ ーン は雌 雄 と経 験す る 履歴水温で異な る の か を 検 証 し た 。2006‑2010年の 毎年7月か ら9月 の 間, 未成 熟 期の スル メ イカ (計281個 体 ) を 函 館 市 内 の 飼 育 実 験 施 設お よ び臼 尻水 産 実験 所に て 長期 飼育 し ,個 体ご と の日 間摂 餌量 ( 率) ,外 套 長の 日間 成 長量 (率), 成熟度,交接行動の 頻度などを追跡調 査した。実験 個 体は ,飼 育 前に 外套 長 と体 重を 氷温麻酔して 測定し,全個体に外 部標識(リボンタ グ)を取 り 付 け , 個 体 識 別 を 行 っ た 。餌 と して 冷凍 サ ンマ の切 り 身を 与え , 個体 ごと の 日間 摂餌 量
(g/ 日 ) を 測 定 し た 。 な お , 外 套 長 の 成 長 履 歴 を 追 跡 す る た め , 注 射 器 でCongo Red (50 mg/ml)を ペン が形 成 され る外 套 基部 (頭 部 側) に注 入 し, ペン に 飼育 開始 日をマークし た 。 そ し て , 飼 育 開 始 日 か ら 終 了 日 ま で の ペ ン の 輪 紋 数 と 輪 紋 幅 を 測 定 し , 日間 成長 量
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(mm/日) を求め た。実 験中 は,2−3日に1回ラ ンダム に数個体を取り上げ,精密測定した。
12°Cで は11日 間 以 内 に 全個 体 が 衰 弱 死 亡し た た め , 摂餌 ・ 成 長 に 不適 な 水 温 と 判断 し た。ま た, ペンの 輪紋が 日輪で ある こと, 輪紋間 隔が外 套の日 間成 長を示 すこと を,イ カ類 で は初め て証 明でき た。日 間摂餌 量は ,17°C,19゜C( 以下, 高温区 と略 )より も13゜C,15゜C
(以下 ,低 温区と 略)で 多かっ た。 また, 雌は雄 よりも15,17,19゜C,特に15 0Cで有意に多か った。 日間 摂餌率 は,高 温区よ りも 低温区 で低か った。 同化率 は, わずか に高温 区より 低温 区 が 高 か っ た 。 外 套 重 量 指 数( 外 套 重 量X1007体重 ) は , 高 温区 で は 雄 の 方 が雌 よ り 高 か っ た 。肝 重 量 指 数 (肝 重 量X100/体 重 ) は,13゜Cで 雌雄 とも最 も高い 値を示 した 。ペン の日間 成 長輪 紋 幅 か ら 推定 し た 日 問 成 長率 は , 高 温区よ りも 低温区 で高く ,前述 の日間 摂餌 率と同 化率も 低温 区が高 いこと から, 低温 区の方 がより 効率的 な成長 に適 してい ると判 断され た。 た だし, 全個 体の輪 紋成長 幅は, 同じ 飼育環 境にも 関わら ず,ど の水 温区と も個体 差が大 きか っ た。こ の結 果は, 前述し た海洋 での 同じ採 集グル ープ内 でも個 体差 が大き かった ことと 一致 し て いた 。15°C以 上 で は , 雌雄 と も 成 熟 に伴 っ て 成 長 輪紋 幅 が 狭 くな る傾 向が認 められ た。
雄 の 生 殖 器 官 の 発 達 は ,13°Cで 精 巣 は 発 達す る が ,15°C,17゜Cで 付 属 腺の 発 達 と 交 接 行動 が 認 め ら れた 。 ま た ,19°Cで は 逆に 付 属 腺 重 量指 数 ( 付 属 腺 重量X1007体 重 ) が減 少する こと から, その発 達に適 さな ぃと判 断され た。雄にとって,精子形成,付属腺の発達,そ し て交 接 行 動 に は15―17°Cが 最 適 水 温と 判 断 さ れ た。 一 方 , 雌 は13°Cで は卵 巣 は 未 発達 の まま で あ り ,15 0Cで卵 巣 の 発 達 ,17゜C以 上で 輸 卵 管 へ の完 熟 卵 の排卵 が生じ ,19°Cで は顕著 に排 卵が促 進され ていた 。
以 上 の こ と から , 雌 雄 で は, 回 遊 経 路 を通 した 生息水 温の変 化に伴 って ,それ ぞれ独 自の 体成長 と生 殖腺発 達の問 のトレ ード オフ様 式を持 っと推 定され た。
【秋・ 冬生 まれ群 の生活 史・回 遊モ デルの 構築】
飼育 実験に よって ,スル メイ カの生 活史・ 回遊モ デルのパラメーターを得た。そこで,これら を 用い て , 秋 ・ 冬生 ま れ 群 の 生 活史 を 通 し た異な る回 遊経路 での履 歴水温 と摂餌 環境 に応答 し た 生 活 史 ・ 回 遊 モ デ ル の 構 築 を 試 み た 。 こ れ に は ,3次 元 物 理 ― 生 物 結 合 モ デ ル
(3D‑NEMURO,Aita et aL 2006)の 結 果 を 用 い た 。 ス ル メ イ カ の 想 定 回 遊 経 路 の 水 深50m 深 の 水 温 と , 餌 と し てNEMURO結 合 モ デ ル の 大 型 動 物 プ ラ ン ク ト ン(ZL)の 計 算 値 を 用 い た。また, スルメイカの生活史 を5段階 (幼イカ期,若イカ 期,未成体期,成熟期,完熟期)に区 分 した 。次 に ,秋 ・冬 生 まれ 群の4つの 回 遊ル ート を 設定 し,1988/89年の 海洋 環 境の寒冷一 温 暖 レ ジ ー ム シ フ ト 以 前 と , 以 降 の 生 活 史 ・ 回 遊 モ デ ル の 作 成 を 行 っ た 。 その 結果 , 秋・ 冬生 ま れ群 の異 な る回 遊経 路 に沿 った 餌 密度 の違 い より も, そ の履歴水温 の 違い が体 成 長と 成熟 に 影響 する モ デル が選 択 され た。 体 成長 と生 殖 器官 の発 達 には,それ ぞ れに 適し た 水温 域に ど れく らい 滞 在す るか に 依存 して い る。今 回モデル化した4つの回遊ル ー トの 中で , 秋生 まれ 群 が韓 国東 岸 に沿 って北上し,産 卵に南下するイカ が,最も早く大型に 成長し,成 熟した。また,1986年(寒冷年)と1996年(温暖年)の 生活史・回遊モデル では,明 ら か に 温 暖 年 が 寒 冷 年 よ り も 成 長 も 良 く , 成 熟 へ の 投 資 も 多 く な っ た 。 以上 のよ う に本 研究 で は, 飼育 実 験に より得られた履 歴水温ごとの摂餌 ,成長,成熟のパラ メ ータ ーと , 個々 の発 生 系群 ごと の 回遊 ルートに沿った 水温や餌環境,あ るいは寒冷・温暖レ ジ ーム 期の 生 物学 的測 定 デー タな ど を用 いることによっ て,スルメイカの 生活史・回遊モデル の構築の道 を拓くことができた 。さらに,このモ デルは,地球温暖 化シナリオーの適用 も可能で あ り , 他 の ス ル メ イ カ 類 に も 利 用 で き る 可 能 性 を 見 出 す こ と が で き た 。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨
主査 教授 高津哲也 副査 教授 桜井泰憲
副査 教授 岸 道郎(北海道大学環境科学院)
副査 准教授 綿貫 豊
副 査 准 教 授 バ ウ ア ジ ョ ン リ チ ャ ー ド
学 位 論 文 題 名
Studies on growth and reproduction of the Japanese common squid ,7 `〇くぬr 〇くたSpaC カたuS ( Cepha10poda : OmmaStrephidae ) ( ス ル メ イ カ の 成 長 と 成 熟 に 関 す る 研 究 )
スルメイカは,日本周辺海域に広く分布し,季節的な大回遊を行なう。このスルメイカ 資源を支える季節発生群は秋・冬生まれ群である。秋生まれ群は,主に日本海南西部海域 を産卵場として,主に日本海の対馬暖流に沿った索餌回遊を行う。一方,冬生まれ群は,
主に東シナ海を産卵場として,太平洋沿岸に沿って移行領域から親潮海域へと索餌回遊し,
その後日本海を南下して産卵する。このため,本種の成長速度の違いや,成熟へのエネル ギー投資配分とそのタイミングは,季節発生群ごとの回遊経路での履歴水温や摂餌によっ て異なることが予想される。さらに,本種の雄は雌よりも1 ,2 ケ月先に成熟し,産卵海 域とは離れた場所で交接を開始し,未成熟な雌は精夾を受け取り,その後成熟・産卵して 死亡する。このように雌雄の成熟様式が異なることから,水温や摂餌が体成長と成熟への エネルギー投資の配分にも雌雄差が生じるものと考えられる。しかし,スルメイカの生活 史を通した体成長と成熟へのエネルギー投資配分関する知見と,それを適用した生活史モ デルは構築されていない。また,レジームシフトを想定した温暖年と寒冷年による生活史 の変化も不明である。
そこで本論文は,回遊経路の異なるスルメイカの秋・冬生まれ群を対象として,異なる
海域で採集した秋・冬生まれ群の未成体期の成長履歴の比較解析,飼育実験によって成長
と成熟に対する水温の影響を調べ,成長と成熟に適した水温条件の特定,およぴ成長と成
衡石とベンの輪紋は日 周輪と判断され,平衡石からはふ化日から採捕日までの 日齢が,ペ ン から は採 捕約 1 か月 前までのペン の日間成長率の推定が可能となった。解析に用いた標 本 は, 秋生 まれ 群は 山陰 沖の対馬暖流域(2008 年4 月),冬生ま れ群は岩手沖の沿岸(2009 年 5 月 ) と , 沿 岸 か ら 1 , 000 km 離 れ た 黒 潮 / 親 潮移 行領 域(2009 年 5 月 )の 計3 定 点で 採 集し た。 全標 本の 外套 長範囲は66 ー158 mm ,日齢範囲は86 一 180 日であった。日間成長 率は,冬生まれ群の岩 手沿岸の群れが最も高く,次いで冬生まれ群の移行領域 群,秋生ま れ群の山陰沖の順とな った。
【成長と成熟に対する 水温の影響】
本成長期から産卵期に分布可能な5 つの水温区(12 ,13 ,15 ,17 ,19 ゜C) で,成熟に伴って 摂餌量や成長パターン が変化するのか,そのパターンは雌雄と経験する履歴水 温で異なる の かを ,飼 育実 験に よって検証し た。その結果,12 °C では11 日間以内に全個体が衰弱死 亡 し, 摂餌 ・成 長に 不適 な水 温と 判断 した 。 13 °C と15 ゜C で は17 °C と19 ゜C よりも日間 摂餌率と同化率,日問 成長率が高く,成長には効率が良い水温であった。雄の生殖器官は,
130C で精巣は発達を開 始するが,精子形成,付属腺の発達,そして交接行動には15 ―17 ゜C が 最適 水温 と判 断さ れた。一方, 雌は130C では卵巣は未発達,15 °C で卵巣の発達が始ま り,170C 以上で輸卵管 への完熟卵の排卵が生じ,19 °C では産卵可能な完熟状態に至った。
以上の飼育実験結果か ら,スルメイカは雌がより高温で成熟し,雌雄それぞれ の成長と成 熟に適した水温条件を ,初めて明らかにした。
【秋・冬生まれ群の 生活史・回遊モデルの構築】
飼育実験によって 得たスルメイカの生活史モデルのパラメーターを用いて ,秋・冬生ま れ群の生活史を通し た異なる回遊経路での水温履歴と摂餌環境に応答した生 活史モデルの 構 築を 試み た。 この 解析には, 3 次元物理一生物結合モデル (3D −NEMURO) を適用し,秋・
冬 生ま れ群 に4 つ の回 遊経 路を 設定 した 。さ らに ,1988/89 年の海洋環境の寒冷一温暖レ ジームシフト以前と ,以降の生活史モデルをそれぞれ作成し,比較した。そ の結果,秋・
冬生まれ群の異なる 回遊経路に沿った餌密度の相違よりも,その水温履歴の 相違が体成長 と成熟に影響するモ デルが選択された。っまり体成長と生殖器官の発達には ,それぞれに 適 した 水温 域に どれ くらい滞在 するかに依存している。今回モデル化した4 つの回遊ルー トの中で,秋生まれ 群が韓国東岸に沿って北上し,産卵に南下するイカが, 最も早く大型 に 成長 し, 成熟 した 。ま た, 1986 年( 寒 冷年 )と1996 年( 温暖年)の生活史・回遊モデ ル で は , 明 ら か に 温暖 年の 方が 寒冷 年よ りも 高成 長で , 成熟 への 投資 も多 くな った 。 本研究は,成長履 歴解析へのペンの輪紋の有効性と,摂餌,成長,成熟に 及ばす水温の 影響を定量的に推定 し,スルメイカの生活史モデルを構築しており,今後の 本種の生態・
資源研究に大きく寄 与するものと評価した。よって審査員一同は申請者が博士(水産科学)
の学位を授与される 資格のあるものと判定した。
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