博 士 ( 理 学 ) 鈴 木 マ リ
学位論文題名
Study on the Mechanisms of
Polyglutamine −induced Neuronal Death
(伸長ポリグルタミン鎖により誘導される神経細胞死機構に関する研究)
学位論文内容の要旨
ヒ ト ゲ ノ ム 中 に は 多 く の ト リ プ レ ッ ト リ ピー ト領 域が ある . これ らが 翻訳 領 域内 に存 在 す る 場 合 , 単 一 ア ミ ノ 酸 鎖 を 含 む タ ン パ ク 質を 生成 する .特 に10リ ピー ト以 上 のグ ルタ ミ ン 鎖(polyglutamine: polyQ)を 含 む ヒ ト タ ンパ ク質 は46種類 に もの ばり ,他 の アミ ノ酸 と 比 較 し て 最 も り ピ ー ト 領 域 が 多 い . 一 方 ,1990年 代 か ら9種 の 遺 伝 性 神 経変 性 疾患 の原 因 が , 遺 伝 子 中 のpolyQを コ ー ド す る 領 域 の 伸 長 で あ る こ と が 明 ら か と な った . これ らの 疾 患 は ポ リ グ ル タ ミ ン 病 と 総 称 さ れ , 現 在 で は伸 長ポ リグ ルタ ミ ン鎖 自身 の毒 性 が発 症に 深く 関与 し てい ると 考え られ て いる .し かし , その 神経 変性 機構 は 未だ 解明 され てい なぃ,
本 研 究 は 伸 長polyQに よ り 誘 導 さ れ る 神 経 細 胞 死 機 構 を 明 ら か に す る こ と を目 的 とし ,発 生 過 程 に お け る プ ロ グ ラ ム 神 経 細 胞 死 機 構 と の比 較に よっ て, 培 養神 経細 胞を 用 いて 細胞 死経路の同定を行い, 新しいカスケードの存在を 示した.
発 生 過 程 に お い て , 哺 乳 動 物 の 神 経 細 胞 はそ の約 半数 がア ポ トー シス 機構 に より 脱落 する.アポトーシスに よる細胞死は細胞自身にプログラムされているが,細胞死プログラムの発動 は発生過程の一時期の みに限定され,成体では起 こらなぃ.しかし,病的な状 況ではアポトーシ ス経路の正常な制御が 行われず,プログラムが発 動する可能性がある.第ー章 では,正常発生に 伴 う 神 経 細 胞 死 機 構 と の 比 較 に よ り , ポ リ グ ルタ ミン によ り誘 導 され る細 胞死 機 構と 内在 的 な ア ポ ト ー シ ス 機 構 と の 相 互 作 用 を 検 討 し た. この 目的 のた め ,化 学合 成し た 種々 の長 さ のpolyQペ プ チ ド を ラ ッ ト 上 頚 神 経 節 細 胞 内 に 直 接 導 入 す る 方 法 を 開 発 した . 上頚 神経 節 細 胞 は 神 経 栄 養 因 子 欠 乏 に よ る 細 胞 死 カ ス ケー ドが 詳細 に研 究 され てい るた め ,本 研究 に 適 し た 材 料 で あ る . こ の モ デ ル に お い て ,22残 基(Q22)以 上 のpolyQペ プ チ ド は 神 経 細 胞 死 を 誘 導 し た が ,10残 基(Q10)の ベ プ チ ド は 全 く 毒 性 を 示 さ な か っ た .Q22の 導 入 に よ る 細 胞 死 経 路 を 解 析 し た 結 果 , ア ポ ト ー シス に特 有の 遺伝 子 発現 と, アポ ト ーシ スに 重要 なc‑Junの活 性 化が 確認 され たが ,cytochromecの放 出,caspase−3/7の 活性 化及 び核の 断 片 化 は 全 く 観 察 さ れ な か っ た た め , 誘 導 さ れた アポ トー シス 経 路が 頓挫 する こ とが 示唆 さ れ た . こ の 結 果 はcaspase阻 害 剤 に よ り 細 胞 死 が 抑 制 さ れ な か っ た こ と と一 致 した ,さ ら に , 神 経 栄 養 因 子 作 用に より 誘導 さ れる 生存 シグ ナ ルが 抑制 され た. 一 方, 細胞 内Ca2+ レ ベ ル の 上 昇 , 細 胞 内ATPレ ベ ル の 減 少 , ミ ト コ ン ド リ ア の 膜 電 位 消 失 が 観察 さ れた こと か ら ,polyQペ プ チ ド は ア ポ ト ー シ ス シ グ ナ ル を 惹 起 す る も の の , 最 終 的 に非 ア ポト ーシ ス様の機構により細胞 死を起こすと結論された.
続 い て , 第 一 章 で 見 出 し た 細 胞 内Ca2゛ ホ メ オ ス タ シ ス の 異 常 を 起 こ す 分子 機 構の 解明 を 行 っ た 。 こ の 目 的 の た め 、 ペ プ チ ド 導 入 モ デル に加 え, ハン チ ント ン病 の原 因 遺伝 子で ある 変異 型huntingtin (htt)遺 伝子 を, 培養 下 の線 条体 及び 大脳 皮 質神 経細 胞に 強制 発現さ せる 系を 用 いた .Ca2゛ ホメ オス タシ ス に関 与し ,変 異型htt遺伝 子 導入 によ る細 胞死 を抑制 す る 薬 剤 を 探 索 し た 結 果 , リ ア ノ ジ ン 受 容 体(RyR)の 阻 害 剤 が 神 経 細 胞 死 を 遅 延 さ せ る こ と を 見 出 し た . 次 にRyRか ら 放 出 さ れ るCa2十 量 の 増 加 を 想 定 し ,HEK293t細 胞 にhttと RyR1を 共 発 現 さ せ , カ ル シ ウ ム イ メ ー ジ ン グ 法 を 用 い て カ フ ェ イ ン に よ るRyRlか ら の
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Ca2゛の放出量を測定した.予想に反し,変異型httを発現する細胞では放出量が減少し,最 終的には全く応答が見られなくなった.そこで,イノシトール1,4,5リン酸受容体の阻害 剤の存在下で,小胞体Ca2゛ポンプの阻害剤を投与することにより,基底状態におけるRyRl からのCa2゛放出量を測定した.野生型httとRyR1を共発現する細胞では細胞質Ca2゛レベル の変化は全く起こらなかったが,変異型httとRyR1を共発現する細胞はCa2゛レベルの上昇 を示したことから,変異型httによりRyR1を介した小胞体Ca2゛の漏出が誘導されることが 明ら かとな った,さ らに,RyRlの共発現は変異型httによる細胞死を増加させ,増加した 細胞 死はRyRの阻害 剤により抑制された.これらを支持する結果は,大脳皮質神経細胞を 用いたペプチド導入モデル,及びハンチントン病モデルマウス由来の線条体,大脳皮質神 経細胞においても得られた.以上の結果は,RyRを介した細胞内ストアからの異常なCa2+ の 漏 出 が , 変 異 型htt遺 伝子 発 現 に よる 神 経 細胞 死 の 要因 で あ るこ と を 示唆 し た . 最後に,第三章ではRyRからのCa2゛漏出の原因となる分子機構について検討した. RyR1 の静 止状態 を安定化 する機 能が知ら れてい るFK506 binding protein 12(FKBP12)に着目 し , 変異 型httの発現 が内在性FKBP12に影響 を及ば すか,ま たFKBP12の強 制発現がRyR から のCa2十漏出と 細胞死を抑制するか検討した.野生型httを発現するHEK293t細胞にお いて ,内在 性FKBP12は細 胞質に広 く分布 した.一 方,変異 型httを発現する細胞では,
変異 型httにより形 成され た凝集体 とFKBP12が共 局在した .また それ以外の領域におい ても ,FKBP12はド ット状 ,又はチ ューブ 状の異常 な局在を 示した .よって,変異型htt の 発 現に よ りFKBP12の 局 在 が変 化 し ,そ の 結 果FKBP12のRyRlか らの 解離によ るRyR1 から のCa2゛の漏出 が誘導される可能性が示唆された.さらにFKBP12の強制発現は,変異 型httにより誘導されるCa2゛漏出と細胞死を抑制した.FKBP12の細胞死抑制効果は,線条 体及 び大脳 皮質神経 細胞においても確認された.以上から,FKBP12は変異型htt遺伝子発 現 に よ る 神 経 細 胞 死 の 抑 制 に お い て , 重 要 な 役 割 を 果 た す こ と が 示 唆 さ れ た , 本 研究から ,polyQにより誘導されるRyRからのCa2゛の異常な漏出が,非アポトーシ ス経路による細胞死の主な要因となることが明らかとなった.さらに,この過程において 同時に誘導されるアポトーシス経路は,細胞死の実行には関与しないことが示された.こ れらの結果は,同一の原因から複数の細胞死経路が誘導される場合があるが,その寄与は 全く 異なる 可能性が あるこ とを示し た.ま た,RyRからのCa2十の漏出により誘導される Ca2゛ホメオスタシスの破綻は,細胞内のCa2゛シグナリング全体に影響する可能性があり,
特にin vivoにおいては神経情報伝達に重大な影響を与える可能性がある.したがって,神 経細胞におけるCa2゛ホメオスタシスの正常な制御は,神経細胞の生存と機能維持に極めて 重要であるといえる.また,病的な状態における神経細胞死機構を解明することは,正常 な状態の維持のために何が重要であるかを見出すという観点からも意義があると考えられ る. 例えば ,第三章 で示さ れたFKBP12の 細胞保護的な役割は,本研究により初めて示さ れた,さらに,ハンチントン病に効果的な治療法は未だ見出されていない.細胞死経路の 詳細な分子機構の解明を目指す基礎的な研究は,治療法の開発のためにも重要な位置を占 めると考えられる.
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学位論文審査の要旨
学位論文題名
Study on the Mechanisms of Polyglutamine ―induced Neuronal Death
(伸長ポリグルタミン鎖により誘導される神経細胞死機構に関する研究)
神経系の発達は,非常に高度に制御された「死と生」,「変性と維持」のバランスにより成し遂 げられる.これらのパランスが「死」や「変性」側に傾くことは,様々な神経変性疾患の原因 となると考えられる.本論文はこのような観点より,ポリグルタミン病という神経変性疾患の モデル系を用いて、「生存」と「変性」のそれぞれの分子メカニズムを探り、神経細胞死の機 構の解明を試みている,ポリグルタミン病は、ヒトゲノム中に存在するトリプレット(CAG) リピート領域が異常に伸長し、グルタミン鎖(polyglutamine: polyQ)に翻訳され、polyQを含 むヒトタンパク質が生成することに起因する神経疾患である.
第一章 では, 発生過程 におけるプログラム神経細胞死機構との比較によって,伸長polyQ により誘導される神経細胞死機構を明らかにすることを目的とし,主に培養神経細胞を用 いて細胞死経路の同定を行い,新しいカスケードの存在を示した.この目的のため,化学 合成し た種々 の長さのpolyQベプチドをラット上頚神経飾細胞内に直接導入する方法を開 発した.上頚神経節細胞は神経栄養因子欠乏による細胞死カスケードが詳細に研究されて いるた め,本 研究に適 した材 料である .この モデルにおいて,22残基(Q22)以上のpolyQ ペプチ ドは神 経細胞死 を誘導 したが,10残基(Q10)のペプ チドは 全く毒性 を示さなかっ た.Q22の導 入による 細胞死経路を解析した結果,アポトーシスは誘導っされるものの頓 挫することが示唆された,さらに,神経栄養因子作用により誘導される生存シグナルが抑 制され た.一 方で細胞 内Ca2+レベ ルの上昇 ,細胞 内ATPレ ベルの 減少,ミ トコンドリア の膜電位消失が観察されたことから,非アポトーシス様の機構により細胞死を起こすと結 論された.
第二章 では,Ca2+ホメオス タシス の異常を 起こす分子機構の特定を行った。この目的の ため、ペプチド導入モデルに加え,ハンチントン病の原因遺伝子である変異型huntingtin 遺伝子を,培養下の線条体及び大脳皮質神経細胞に強制発現させる系を用いた.Ca2+ホメ
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郎 央
男 明
達 明
範 敏
池 野
木 田
小 浦
鈴 幸
授
授
授
授
教
教
教
教
査
査
査
査
主
副
副
副
オスタシスに関与し,変異型huntingtin遺伝子導入による細胞死を抑制する薬剤を探索し た結 果, リア ノジ ン受 容体(RyR)の阻害剤が神経細胞死 を遅延させることを見出した.
さら に野 生型huntingtinとRyR1を共 発現 する 細胞 で は細 胞質Ca2+レベルの変化は全く 起こ らな かっ たが ,変 異型huntingtinとRyR1を共発現する細胞はCa2゛レベルの上昇を 示し たこ とか ら, 変異 型huntingtinによりRyR1を介した小胞体Ca2+の漏出が誘導され ることが明らかとなった.さらに,R・yR1の共発現により変異型huntingtinによる細胞死 が増加し,増加した細胞死はRyRの阻害剤により抑制された.これらを支持する結果は,
大脳皮質神経細胞を用いたペプチド導入モデル,及びハンチントン病モデルマウス(R6/2 マウス)由来の線条体,大脳皮質神経細胞においても得られた.以上の結果は,R,yRを介 した細胞内ストアからの異常なCa2+の漏出が,変異型huntingtin遺伝子発現による神経 細胞死の要因であることを示唆した.
第三 章ではRyRからのCa2゛漏出の原因とな る分子機構について検討した.RyRlの静止状 態を 安定 化す る機 能が 知ら れて いる イム ノフ ィリ ン であ るFK506 binding protein 12 (FKBP12)に着 目し ,変 異型huntingtinの 発現 が内 在 性FKBP12に影響を及ばすか,また FKBP12の 強制 発現 がRyRから のCa2゛ 漏出 と細 胞死 を 抑制 するか検討した.その結果、
FKBP12は変異型huntingtin遺伝子発現による神経細胞死の抑制において,重要な役割を果 たすことが示唆された.
本論文により示された 結果は,以下の3点において 特に有意義であると考えられる.
(1)ペプチド導入法という新しいアプローチによって ポリグルタミンにより誘導される
「生存」と「変性」シグナルの動態を明らかにしたことである.この過程で、アポトーシス経 路は誘導されるが、途中で頓挫し、最終的に非アポトーシス経路により細胞死が起こることが 明らかになった.(2)Ca2゛ホメオスタシスの破綻の主要な原因に関し,ポリグルタミンに より誘導されるRyRからのCa2十‑induced Ca2十release(CICR)が異常に活性化するためである ことを世界で初めて明らか にしたことである.異常なCICRは細胞内のCa2゛シグナリング 全体に影響すると考えられ ,細胞死のみならず、神経情報伝達に重大な影響を与えると考 えられる.したがって,神経細胞におけるCa2゛ホメオスタシスの正常な制御は,神経細胞 の生存のみならず,機能維持にも極めて重要であるといえる.(3)イムノフィリンFKBP12 によるポリグルタミン毒性 に対する細胞保護的な役割を初めて見出したこと.細胞死経路 の詳細な分子機構の解明を目指すこの基礎的な研究は,ハンチントン病をはじめとするポリ グルタミン病の治療法にっながる非常に重要なものである.審査員一同は本論文が神経生物学 及び神経病理学領域の発展に重要な寄与をなすものと考えた.よって著者は、北海道大学博士
(理学)の学位を授与される資格があるものと認める.
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