特集にあたって -- 中国の政治的安定性をどう見る
か (特集 中国・胡錦濤政権の課題)
著者
佐々木 智弘
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
157
ページ
2-3
発行年
2008-10
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004901
アジ研ワールド・トレンド No.57(2008. 0)― 2
特
集
に
あ
た
っ
て
─
中
国
の
政
治
的
安
定
性
を
ど
う
見
る
か
佐々木智弘
●
頻
発
す
る
事
件
二 〇 〇 七 年 一 〇 月 に 開 か れ た 中 国 共 産 党 第 一 七 回 全 国 代 表 大 会 ( 第 一 七 回 党 大 会 ) に お い て 、 胡 錦 濤 が 総 書 記 に 再 任 さ れ 、 第 二 期 胡 錦 濤 政 権 が 発 足 し た 。 こ の と き 、 今 後 五 年 間 の 施 政 方 針 が 打 ち 出 さ れ た 。 そ し て 、 翌 年 八 月 の 北 京 オ リ ン ピ ッ ク が 成 功 裏 に 終 わ り 、 政 権 へ の 評 価 が 高 ま っ た 後 、 山 積 す る 課 題 解 決 に 向 け た 取 り 組 み が 本 格 的 に ス タ ー ト す る も の と 思 わ れ た 。 し か し 、 二 〇 〇 八 年 に 入 り 、 オ リ ン ピ ッ ク を 前 に 各 地 で 事 件 が 起 き た 。 三 月 に は チ ベ ッ ト 自 治 区 ラ サ 市 で チ ベ ッ ト 人 の 暴 動 、 五 月 の 貴 州 省 甕 安 県 で 民 衆 の 抗 議 行 動 、 七 月 に は 雲 南 省 昆 明 市 で バ ス 爆 破 事 件 、 八 月 に は 新 疆 ウ イ グ ル 自 治 区 の カ シ ュ ガ ル 市 で 公 安 部 門 へ の 襲 撃 事 件 が 発 生 し た 。 こ れ ら の 事 件 の 背 景 は 複 雑 で あ る 。 地 元 政 府 に 対 す る 貧 困 へ の 不 満 な の か 、 そ れ と も 個 人 が 被 っ た 不 利 益 へ の 不 満 か 、 ま た 党 や 政 府 の 幹 部 の 不 正 に 対 す る 正 義 感 の 表 出 か 。 少 数 民 族 地 域 で の 事 件 も 、 組 織 的 な も の か 、 そ れ と も 個 人 に よ る 突 発 的 な も の か 。 少 な く と も 「 経 済 格 差 が 原 因 」 と 一 言 で 片 づ け ら れ る 代 物 で は な い 。 こ う し た 事 件 が 増 加 傾 向 に あ る こ と は 確 か で あ る 。 各 地 で 発 生 す る 農 民 や 労 働 者 に よ る 集 団 抗 議 行 動( 中 国 語 で「 群 体 性 事 件 」) の 件 数 は 、 二 〇 〇 五 年 の 八 ・ 七 万 件 が 、 二 〇 〇 六 年 に は 一 〇 万 件 を 突 破 し た と の 報 告 も あ る 。 事 件 や 集 団 抗 議 行 動 が 起 き 、 大 き く 報 道 さ れ る た び に 、「 中 国 の 政 治 は 安 定 し て い る か 」 と い う 問 い が 投 げ か け ら れ 、 政 治 的 不 安 定 が 指 摘 さ れ る 。 し か し 、 集 団 抗 議 行 動 の 件 数 が 年 々 増 え て も 、 現 実 と し て 共 産 党 の 一 党 支 配 体 制 は 崩 壊 し て い な い 。 つ ま り そ の 表 層 的 な 出 来 事 に 一 喜 一 憂 す る こ と は 、 中 国 の 政 治 的 安 定 の 本 質 を 理 解 す る 上 で は 意 味 の な い こ と だ ろ う 。 中 国 政 治 の 本 質 は 、 共 産 党 に よ る 一 党 支 配 体 制 に あ る か ら だ 。 共 産 党 の 一 党 支 配 体 制 が 政 治 不 安 定 の 要 因 で あ る と い う こ と で あ れ ば 、 民 主 化 す れ ば 安 定 す る と い う こ と に な る 。 し か し 、 共 産 党 に よ る 一 党 支 配 体 制 は 、 今 後 五 年 か ら 一 〇 年 の う ち に 崩 壊 す る と は 考 え に く い 。 な ぜ な ら ば 、 現 在 の 政 治 体 制 を 消 極 的 に 支 持 す る 人 々 が 多 い か ら で あ る 。 中 国 政 治 の 安 定 性 を 議 論 す る 場 合 、 別 の 視 点 が 必 要 で あ る 。●
一
党
支
配
の
源
泉
と
そ
の
変
容
一 九 八 〇 年 以 降 の 改 革 ・ 開 放 、 そ し て 市 場 経 済 化 に よ っ て 、 そ れ ま で 共 産 党 が 直 面 し た こ と の な い 問 題 が い く つ も 出 現 し て い る 点 に 注 目 し な け れ ば な ら な い 。 例 え ば 労 使 紛 争 、 職 場 を 中 心 と し た 都 市 社 会 の 管 理 シ ス テ ム と し て の 「 単 位 」 の 崩 壊 、 土 地 を 含 む 個 人 財 産 権 の 保 障 要 求 と い っ た 問 題 で あ る 。 こ れ ら は 計 画 経 済 シ ス テ ム 期 に は 起 こ り え な か っ た 。 こ う し た 問 題 は 経 済 発 展 に 伴 い 多 元 化 し た 社 会 と 一 党 支 配 体 制 と い う 国 家 体 制 と の 矛 盾 か ら 生 じ た も の で あ り 、 統 治 の 不 安 定 を も た ら し て い る 。 そ し て 共 産 党 は 対 応 を 迫 ら れ て い る 。 中 国 国 民 党 と の 内 戦 に 勝 利 し 、 一 九 四 九 年 一 〇 月 に 中 華 人 民 共 和 国 を 建 国 し 、 一 党 支 配 を ス タ ー ト さ せ た 共 産 党 に は 、 中 国 を 統 治 す る 上 で 必 要 不 可 欠 な 要 件 ( 統 治 の 要 件 ) が あ っ た 。中
国
・
胡
錦
濤
政
権
の
課
題
特
集
特
集
中国・胡錦濤政権の課題
―アジ研ワールド・トレンド No.57(2008. 0) 統 治 の 要 件 と し て 挙 げ る こ と が で き る の は 、 都 市 の 管 理 、 農 村 の 管 理 、 労 使 関 係 、 民 族 統 合 な ど で あ る 。 こ う し た 要 件 を 満 た す た め に 、 建 国 当 初 よ り 都 市 に は 職 場 を 中 心 と す る 「 単 位 」 社 会 を 構 築 し 、 住 民 を 管 理 し た 。 農 村 で は 土 地 の 集 団 所 有 制 を 実 施 し 、 そ の 後 人 民 公 社 を 設 置 す る こ と で 、 土 地 所 有 を 管 理 し た 。 社 会 主 義 の 象 徴 的 な 存 在 で 、 中 国 経 済 を 長 く 担 っ て き た 国 営 企 業 で は 、「 労 働 者 は 国 家 の 主 人 公 」 の 原 則 の 下 、 労 使 関 係 は 存 在 し な か っ た 。 ま た 五 六 の 民 族 を 有 す る 多 民 族 国 家 ゆ え に 、 漢 族 を 除 く 五 五 の 少 数 民 族 を 統 合 す る た め に 、 民 族 自 治 区 域 を 設 置 し た 。 こ う し た 国 家 統 治 の た め の 措 置 は 、 社 会 主 義 の 理 念 に 沿 っ た も の も あ れ ば 、 中 国 の 特 殊 事 情 へ の 現 実 的 な 対 応 で も あ る 。 い ず れ に せ よ 、 計 画 経 済 シ ス テ ム 期 に お け る 共 産 党 の 一 党 支 配 の 下 で の 政 策 で あ る 。 言 い 換 え れ ば 、 こ れ ら の 政 策 は 共 産 党 が 一 党 支 配 を 維 持 す る た め の 源 泉 で あ っ た 。 し か し 、 一 九 八 〇 年 以 降 、 国 有 企 業 改 革 や 、 私 営 企 業 、 外 資 企 業 が 登 場 し た こ と で 企 業 の 所 有 制 が 多 様 化 し た 。 農 村 で は 、 人 民 公 社 が 廃 止 さ れ 、 各 農 家 を 生 産 単 位 と す る 農 家 生 産 請 負 制 が 導 入 さ れ た 。 中 央 政 府 は 地 方 分 権 を 進 め 、 地 方 政 府 が 経 済 発 展 の け ん 引 車 と し て の 役 割 を 期 待 さ れ た 。 そ し て 国 際 社 会 で は 冷 戦 構 造 が 崩 壊 し た 。 こ う し た 変 化 に よ り 、 都 市 で は 「 単 位 」 社 会 が 崩 壊 し 、 農 村 で は 土 地 所 有 制 が 混 乱 し た 。 企 業 で は 労 働 者 の 立 場 に 大 き な 変 化 が 起 き 、 労 使 関 係 が 発 生 し 、 尖 鋭 化 し て い る 。 地 方 政 府 が 分 権 化 に よ り 経 済 力 を 高 め る 一 方 、 中 央 は 地 方 の 統 制 力 を 低 下 さ せ て い っ た 。 ま た 民 族 問 題 は 複 雑 化 、 国 際 化 し て い る 。 こ の よ う に 共 産 党 は こ れ ま で に な い 変 化 に 直 面 し て い る 。 し か し 、 統 治 の 要 件 が 変 わ っ た わ け で は な い た め 、 共 産 党 は 新 た な 状 況 下 で そ れ ら の 要 件 を 満 た す た め の 政 策 を 見 い だ さ な け れ ば な ら な い 。 つ ま り 一 党 支 配 の 源 泉 を 再 設 定 す る 必 要 に 迫 ら れ て い る 。 し か し 、 そ の 再 設 定 が う ま く い っ て い な い 。 そ の こ と が 政 治 的 不 安 定 を も た ら し て い る と い え る 。