権威主義はなぜ続くのか (特集 途上国政治研究の
地平)
著者
中村 正志
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
190
ページ
8-11
発行年
2011-07
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004198
主 義 体 制 が 注 目 さ れ ﹁権 に な い。 し た が っ て、 い く こ と は で き な い。 共有され、権威主義の研究が発展 したのである。 権威主義は多様である。王政や 軍事政権もあれば、議会、選挙と いう政治参加の仕組みをもつもの もある。シンガポールのような高 所得国もあれば、スーダンのよう な最貧国もある。しばしば政変が 起きる国もあれば、何十年にもわ たって特定の個人や政党が支配を 続ける国もある。体制転換が生じ るとき、統治者がなかば自発的に 権力を手放す場合もあれば、大規 模な反体制運動で引きずり下ろさ れる場合もある。 こ う し た 差 異 が な ぜ 生 じ る の か を 説 明 す る こ と が最 近 の 権 威 主 義 体 制 研 究 の 中 心 的 な テ ー マ で あ る 。 そ の なか で も 、 権 威 主 義 が 持 続 す るメ カ ニ ズ ム の 解 明 が 最 大 の 焦 点 に な っ てい る 。 こ の テ ー マ を 軸 に 据 え て 最 近 の 文 献 を 紹 介 す る 。
●国際関係の影響
冷戦終結後、一党体制や個人支 配は減少した。社会主義体制の解 体にともない、東欧と旧ソ連諸国 の多くが複数政党制を導入したた めである。加えて、冷戦後の欧米 先進国は援助対象国への民主化圧 力を強め、これをうけて発展途上 地域、とくにアフリカで政治的自 由化が進んだ。紛争解決に国際機 関が介入する場合にも、暴力によ らない手段での紛争解決メカニズ ムの導入、すなわち民主主義の確 立が目標とされ、ポスト紛争国で 選挙制度が整備された。 しかし、こうした動きが民主主 義をもたらす前に止まってしまっ た例が少なからずある。レヴィツ キーとウェイは、民主主義の制度 をもつものの統治者がルールを頻 繁に破り、選挙が不平等な状態で おこなわれる体制を競争的権威主 義 と 名 付 け た( 参 考 文 献 ⑤ )。 競 争的権威主義は以前から存在した が、多くは冷戦終結という国際環 境の激変の産物である。 一九九〇年代前半に存在した三 五の競争的権威主義のうち、一五 は二〇〇八年までに民主化してい る。レヴィツキーとウェイによれ ば、競争的権威主義が民主化する か否かを決めたのは、経済活動や 移民、留学などを通じた欧米先進 国 と の リ ン ケ ー ジ の 強 度 で あ る。 なぜなら欧米とのつながりは、民 主的価値観の流入や国際NGOに よる支援などさまざまな回路を通 じて、権威主義体制下の民主化勢 力を強化するからである。 欧米とのリンケージが薄かった 国では、安定的な権威主義体制が 続いた国と、体制が崩壊し別の権 威主義体制が築かれるという混乱 を経験した国に分かれた。レヴィ ツキーとウェイはこれらの事例に ついて、組織的権力(政党と治安 機関)の強さが体制の安定度を分 けたと主張する。●
統
治
形
態
に
よ
り
異
な
る
権力エリートの利害関係
体制を維持するうえで組織的権 力が重要なのは、競争的権威主義中
村
正
志
権威主義
は
な
ぜ
続
く
の
か
に限った話ではない。どんな独裁 者も、たった一人で国家を運営す ることはできないから、統治のた めの組織を必要としている。あら ゆる非民主体制において、統治者 を支える組織の性質が体制の持続 性を左右することになる。 ゲッデスは、統治の形態によっ て権力エリート間の利害関係や受 益者層の厚みに差異があり、これ が体制の持続性に影響をおよぼす と 主 張 し た( 参 考 文 献 ③ )。 彼 女 はまず、 権威主義体制を軍事体制、 個人支配体制、単一政党体制(優 位政党体制を含む)の三種に分類 し、軍事体制とその他の体制では エリート間の利害関係のあり方が 異なると指摘する。 軍内部の各派閥は、政治に介入 するにせよ撤退するにせよ、全軍 が一致して行動することを重んじ る。軍人には指揮にしたがうとい う 規 範 が す り 込 ま れ て い る う え、 もし軍が分裂すれば内戦という深 刻な災厄が生じかねないからであ る。加えて、政治から撤退しても 軍には国防という仕事が残ってい る。一方、個人支配体制と単一政 党体制の権力エリートは、誰もが 政権維持に利益をみいだす。ただ し、個人支配体制では少人数の集 団 が 権 力 を 牛 耳 っ て い る の に 対 し、単一政党体制ではより広く利 権が分配される。 これらの違いは、体制の持続性 と 体 制 移 行 の モ ー ド を 規 定 す る。 軍事体制は、経済危機におちいる などの失敗が生じ、組織内で政権 維持への懐疑論が出始めると、内 部対立の激化を回避すべく比較的 早期に政治からの撤退を決める傾 向にある。よって軍事体制はもっ とも持続性が低く、反体制勢力と の交渉による権力委譲が体制移行 の一般的なモードになる。 もっとも持続性が高いのは、受 益者層が厚く、かつ誰もが政権維 持に利益をみいだす単一政党体制 である。受益者が少ない個人支配 体制の持続性は、軍事体制と単一 政党体制の中間となる。個人支配 体制の権力集団は、政権を失った ときの損失がきわめて大きいため に い つ ま で も 権 力 に し が み つ く。 そのため反体制勢力との闘争は苛 烈なものとなる。この種の体制で は、体制移行はしばしば統治者の 殺害や反体制勢力による反乱、武 装蜂起といった形態をとる。
●
ラ
イ
バ
ル
を
い
か
に
統制するか
ゲッデスによる三類型の特徴づ けは、一般的な傾向としては妥当 といえるだろう。しかし、軍が常 に 協 調 行 動 を と る と は 限 ら な い し、個人支配の権力サークルや優 位政党の内部において権力闘争が ないとも限らない。独裁者が側近 の部下に殺害されたり、組織内の ライバルによって放逐されたりす る例はいくらでもある。統治者が 権力を維持するためには、部下の 反逆を防ぐことが最重要課題とさ えいえる。 ヘイバーは、統治者がライバル の台頭を抑止する策には経験的に みて三種あると指摘する(参考文 献④) 。ひとつは恐怖政治である。 統治者は、秘密警察を用いて統治 機構の幹部を監視し、ときに粛正 を実行する。幹部は相互不信にお ちいり、団結して反逆するのが困 難になる。二つめは経済権益の分 配 に よ る 幹 部 の 懐 柔 で、 こ れ が も っ と も 一 般 的 な 手 法 と い え る。 三つめは組織の拡散である。権威 主義体制の統治者は、しばしば政 治組織や執行機関を複数設置して 権力のありかを分散させる。これ により、小さな権限をもつ権力エ リートが数多く生み出されること になり、統治者に反逆するために 必 要 な 協 調 行 動 を と り づ ら く な る。 ヘイバーによれば、三つの手段 のうちのどれを統治者が選択する かによって、その後の経済発展が 規定される。恐怖政治のもとでは 統治者の行動にまったく制約がな い。これは誰の財産権も保障され ていないことを意味する。そのた めに投資が抑制され、小規模な農 業や商業のほかには、天然資源の 採掘・精製のように特別な技術が 必要で、かつ統治者にとって死活 的 に 重 要 な 産 業 し か 発 展 し え な い。レント分配によるエリートの 懐柔が選択された場合、短期的に は経済成長が実現することも少な くない。しかし長期的には、資源 の非効率配分と国内市場の狭小化 により成長が阻害される。組織の 拡散が選ばれた場合に、もっとも 幅広く財産権が保障され、高度な 産業発展が可能になる。●権力を与えて生き残る
では、統治者が権力エリート層 の内部にいるライバルを統制して 生き残るためには、どんな手段を 選 択 す る の が 有 利 な の だ ろ う か。権威主義はなぜ続くのか
参 考 文 献 ⑧ )。 ラ イ ト メ ン ト 問 題 と い う。 長 期 的 な 視 野 の も と、 っ か い な 問 題 に な る。 ゆえに選挙は、離党を予防すべく 党幹部を厚遇するインセンティブ を統治者に与える。すなわち、選 挙が党幹部の身分保全に寄与する のである。このように、潜在的ラ イバルにあらかじめ制度的な対抗 手段を与えておくことは、統治者 の コ ミ ッ ト メ ン ト 問 題 を 解 決 し、 ライバルにとっての服従の利得を 高める。 さらに、与党が選挙に圧倒的な 優 位 で 勝 利 で き れ ば、 統 治 者 に とってはなお都合がよい。ライバ ルが離党して統治者に挑戦しても 勝てる見込みが薄いため、党内の 結束を維持しやすくなるからであ る( 参 考 文 献 ⑦ )。 つ ま り、 暴 力 と金だけで支配するより、選挙を 実施して完勝するという手続きを 踏む方が、潜在的ライバルの自発 的な服従を調達しやすく、統治者 の座は安全になる。
●反対勢力の懐柔
このように権力エリートの統制 は、統治者にとってきわめて重要 な課題である。だが、それを果た せば十分とは限らない。下からの 圧力で権威主義体制が崩壊した事 例が少なからずある。反対勢力を も含む、より幅広い層を体制側に 取り込まなければ安定を確保でき ないこともある。 ガンディーは、こうした幅広い 層の懐柔に議会と政党が役立つと 主 張 す る( 参 考 文 献 ② )。 政 党 と 議会、選挙は、反対勢力の政策的 要求や彼らへの支持の強さに関す る情報を統治者に与える。この情 報をもとに、統治者は政策面での 譲歩と利益分配を通じて反対勢力 の懐柔を図る。 その際に統治者は、 反対勢力の強さと、反対勢力を罰 する自らの能力に応じて、政策的 妥 協 の 幅 と 利 権 の 分 け 前 を 決 め る。こうして権威主義体制におけ る政治参加の制度は、統治者が反 対勢力を懐柔するための道具とし ても機能する。●エリート連合の起源
では、権威主義体制のエリート は、体制内のライバルや反対勢力 を統制する手段をどのように決め て い る の だ ろ う か。 政 党 や 議 会、 選挙が体制の生き残りに役立つの なら、これらの制度を設けようと しない統治者がいるのはなぜなの か。 ガンディーによれば、統治者が 懐柔のための制度をどの程度もつ かは、必要性の程度、すなわち自 身と他者の相対的な力関係によっ て決まる。 この仮説にしたがえば、 政党や議会の存在は統治者の弱さ を反映したものなのだから、これ らの制度の有無は体制の強靱性の 目安にはならない。 ガンディーは、政治参加の仕組 みの発達度と権威主義体制の持続 性は無相関であることを、大規模 データセットを用いた計量分析で 示している。しかしゲッデスやマ ガローニは、同じく大規模データ セットの分析によって、優位政党 体制がほかの体制より持続するこ とや、選挙が体制維持に寄与する ことを示しており、この問題には 決着がついていない。 またガンディーのような考え方 とは異なり、エリート連合の形態 や強度が歴史的経緯に規定された ものであることを強調する論者も いる。彼らはエリート連合の起源 に着目する。ブラウンリーは、権 威主義体制の創成期にエリート間 の対立を調停できた国で優位政党 が発達し、この優位政党の存在が 体制の持続性を高めたと主張する (参考文献①) 。 スレイターは体制構築に先立つ 時代に着目し、この時期にどのよ う な 反 体 制 運 動 が 行 わ れ た か によってエリートの凝集性が決まっ た と 主 張 す る( 参 考 文 献 ⑨ )。 ス レイターはまず、心理学の知見を もとに、利益を共有するための協 力関係より共通の敵からの防衛を 目的とする関係の方が強固だと述 べる。そして東南アジア諸国の比 較歴史分析にもとづき、都市で激 しい階級闘争が行われた国で強い 国家と強固な与党が形成されたと 指摘した。他方、反体制運動が弱 かった国では国家の能力とエリー トの凝集性が低くなり、運動が地 方反乱の形態をとった国では軍事 体制が構築された。