チリ・バチェレ政権の課題と展望 (特集 ラテンア
メリカ現代政治を読む -- 左派政権?反米?反ネオリ
ベラル?)
著者
安井 伸
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
133
ページ
16-19
発行年
2006-10
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00005383
九 ○ 年 の 民 政 移 管 に よ り 誕 生 し た 中 の 政 党 連 合 に よ る コ ン セ ル タ シ オ ン 、 エ イ ル ウ ィ ン 、 フ レ イ 、 ラ ゴ ス の 大 統 領 の 下 に 、 ラ テ ン ア メ リ カ 随 一 し た 経 済 成 長 と 堅 実 な マ ク ロ 経 済 運 っ て き た 。 二 ○ ○ 六 年 三 月 、 チ リ 初 大 統 領 に 就 任 し た ミ チ ェ レ ・ バ チ ェ 領 ︵ 五 四 歳 ︶ は 、 過 去 三 政 権 の 成 果 継 ぎ つ つ 、 男 女 同 数 の 内 閣 を 構 成 す 同 国 の 政 治 に 新 し い 風 を 吹 き 込 も う い る 。 好 調 な 経 済 を 背 景 に 、 市 民 社 加 を 標 榜 し て 誕 生 し た バ チ ェ レ 政 権 年 間 と い う 短 い 任 期 ︵ 連 続 再 選 禁 国 民 の 多 大 な 期 待 に 応 え る こ と が で ろ う か 。
年
目
を
迎
え
る
コ
ン
セ
ル
タ
シ
ン
政
権
七 三 年 九 月 一 一 日 、 ク ー デ タ に よ り ン デ 社 会 主 義 政 権 を 倒 し て 誕 生 し た 権 は 、 左 派 政 治 家 や 労 組 指 導 者 等 に 激 し い 弾 圧 を 加 え 、 大 量 の 死 者 ・ 行 者 を 発 生 さ せ た こ と で 知 ら れ て い る 。 、 軍 事 政 権 に よ る 新 自 由 主 義 経 済 政 策 の 導 入 は 、 一 九 八 ○ 年 代 後 半 に 始 ま る 堅 調 な 経 済 成 長 を も た ら し た 。 チ リ の 民 政 移 管 は 、 こ の よ う な 経 済 的 成 功 を 背 景 に 、 文 民 側 が 軍 政 下 に 制 定 さ れ た 一 九 八 ○ 年 憲 法 の 枠 組 み を 受 け 入 れ る こ と に よ り 可 能 と な っ た 。 そ の た め 民 政 移 管 後 も 軍 の 政 治 的 影 響 力 が 強 く 残 り 、﹁ 権 威 主 義 の 残 滓 ﹂ と 呼 ば れ る 一 連 の 非 民 主 的 制 度 が 温 存 さ れ た 。 し た が っ て コ ン セ ル タ シ オ ン 政 権 の 当 面 の 政 治 課 題 は 、 文 民 統 制 を 回 復 し 、 非 民 主 的 な 一 連 の 憲 法 条 項 の 改 正 に よ り 完 全 な 民 主 化 を 達 成 す る こ と で あ っ た 。 同 時 に 、 国 論 を 二 分 し て き た 軍 政 下 の 人 権 侵 害 問 題 に 解 決 の 糸 口 を つ か み 、 国 民 和 解 を 進 め る と い う 困 難 な 課 題 も 抱 え て い た 。 経 済 面 で は 、 新 自 由 主 義 経 済 政 策 の 継 続 に よ り 経 済 成 長 の 持 続 的 成 長 と マ ク ロ 経 済 の 安 定 に 努 め つ つ 、 軍 政 下 に 深 刻 化 し た 貧 困 問 題 と 不 平 等 の 克 服 を 目 指 し た 。 そ の 結 果 、 こ の 一 六 年 間 に チ リ 経 済 は 年 率 平 均 五 % を 超 え る 経 済 成 長 を 維 持 し つ つ イ ン フ レ の 収 束 を 達 成 す る な ど 、 ラ テ ン ア メ リ カ 随 一 の マ ク ロ 経 済 パ フ ォ ー マ ン ス を 誇 っ て き た 。 さ ら に 、 ラ テ ン ア メ リ カ 域 内 諸 国 に 加 え 、 米 国 、 欧 州 等 の 先 進 国 や ア ジ ア 諸 国 と の 間 に も 次 々 と F T A を 締 結 し 、 輸 出 市 場 の 拡 大 を 図 っ て い る ︵ 日 本 と は 、 現 在 経 済 連 携 協 定 締 結 に 向 け た 交 渉 が 進 行 中 ︶。 経 済 成 長 に 伴 い 貧 困 率 も 減 少 を 続 け 、 民 政 移 管 時 の 約 四 ○ % か ら 二 ○ ○ 三 年 に は 一 八 ・ 八 % に 半 減 し た 。 そ の 反 面 、 軍 政 下 に 悪 化 し た 所 得 分 配 の 改 善 が 一 向 に 進 ん で い な い こ と が 今 後 の 課 題 と し て 残 さ れ て い る ︵ た と え ば 、 上 位 二 ○ % の 高 所 得 層 の 所 得 を 下 位 二 ○ % の 所 得 で 割 っ た 値 は 、 一 九 九 ○ 年 の 一 八 ・ 四 か ら 二 ○ ○ 三 年 の 一 八 ・ 三 と ほ と ん ど 変 化 し て い な い ︶。 一 方 、 民 主 化 実 現 の 道 の り は 平 坦 で は な か っ た 。 と り わ け エ イ ル ウ ィ ン 政 権 期 ︵ 一 九 九 ○ ∼ 一 九 九 四 年 ︶ に は 、 サ ン テ ィ ア ゴ 市 街 で 軍 が 示 威 行 動 を 行 う な ど 、 し ば し ば 民 軍 関 係 が 緊 張 し た 。 ま た コ ン セ ル タ シ オ ン は 一 貫 し て 国 民 の 多 数 の 支 持 を 獲 得 し な が ら 、 野 党 保 守 派 に 有 利 な 選 挙 制 度 や 憲 法 の 定 め る 任 命 上 院 議 員 の 存 在 に よ り 上 院 の 多 数 を 握 る こ と が で き な か っ た 。 そ の 結 果 、 一 連 の 非 民 主 的 条 項 を 修 正 す る 憲 法 改 正 が 実 現 し た の は 、 よ う や く 二 ○ ○ 五 年 の こ と安
井
伸
特集/ラテンアメリカ現代政治を読む 左派政権? 反米? 反ネオリベラル?
で あ っ た 。 人 権 侵 害 問 題 と 民 軍 関 係 の 進 展 も 緩 慢 で あ っ た 。 軍 事 政 権 の 首 班 ピ ノ チ ェ ト 将 軍 は 、 民 政 移 管 に よ り 大 統 領 職 こ そ 退 い た も の の 、 陸 軍 総 司 令 官 に と ど ま り 国 政 に に ら み を 利 か せ た 。 一 九 九 八 年 三 月 に 陸 軍 総 司 令 官 を 退 任 し た 後 は 、 自 己 の 制 定 し た 憲 法 に の っ と り 終 身 上 院 議 員 に 就 任 し 、 訴 追 の 回 避 を 図 っ た 。 し か し 、 一 九 九 八 年 一 ○ 月 手 術 療 養 の た め に 英 国 訪 問 中 の ピ ノ チ ェ ト 将 軍 が ス ペ イ ン 司 法 の 要 請 に よ り 逮 捕 さ れ た こ と に よ り 、 状 況 は 一 変 し た 。 ピ ノ チ ェ ト 自 身 は 欧 州 で の 訴 追 を 免 れ 二 ○ ○ ○ 年 三 月 に チ リ へ の 帰 国 を 果 た し た も の の 、 こ れ を き っ か け に チ リ 国 内 で の ピ ノ チ ェ ト 将 軍 の 影 響 力 は 大 き く 減 退 し 、 そ れ ま で 及 び 腰 だ っ た チ リ の 司 法 も 軍 事 政 権 下 の 人 権 侵 害 加 害 者 の 訴 追 へ と 舵 を 切 っ た 。 ラ ゴ ス 政 権 期 に は 、 軍 の ﹁ ピ ノ チ ェ ト 離 れ ﹂ が 一 気 に 進 み 、 民 軍 関 係 の 正 常 化 が 大 き く 前 進 し た 。 こ の よ う に コ ン セ ル タ シ オ ン 政 権 は 、 軍 政 期 と ほ ぼ 同 じ 一 六 年 間 を か け て 、 よ う や く 政 権 発 足 以 来 の 課 題 で あ っ た ﹁ 権 威 主 義 の 残 滓 ﹂ の 払 拭 に 一 応 の 目 処 を つ け 、 経 済 面 で も 南 米 の 優 等 生 と し て の 地 位 を 揺 ぎ 無 い も の と し て き た 。 こ れ ら の 成 果 が 国 民 の 大 多 数 の 評 価 を 受 け 、 長 期 政 権 を 支 え て き た こ と は 言 う ま で も な い 。 一 方 で 、 持 続 的 な 経 済 成 長 に よ り 国 民 生 活 水 準 の 底 上 げ が 進 ん で い る と は い え 、 一 向 に 所 得 分 配 の 改 善 が 進 ま な い 現 状 が あ り 、 待 ち 続 け た ﹁ 成 功 の 分 け 前 ﹂ に 与 か ら な い こ と に よ る 潜 在 的 フ ラ ス ト レ ー シ ョ ン が 、 昨 今 の 犯 罪 の 増 加 や デ モ 頻 発 の 背 景 に あ る と の 指 摘 も 故 無 し と は し な い 。 さ ら に 、 汚 職 の 蔓 延 や 一 部 の 政 党 エ リ ー ト に よ る 政 治 パ イ の 分 け 合 い と い っ た 、 政 権 の 長 期 化 に よ る 一 種 の 体 制 疲 労 も 目 に 付 き 始 め て き た 。 政 治 家 と し て は 無 名 に 近 か っ た バ チ ェ レ が 初 の 女 性 大 統 領 に 選 出 さ れ た の に は 、 過 去 三 代 の コ ン セ ル タ シ オ ン 政 権 を そ れ な り に 評 価 し つ つ も 、 そ の 刷 新 を 求 め る 世 論 が 背 景 に あ っ た こ と は 疑 い が な い 。 そ れ ゆ え 国 民 が バ チ ェ レ 政 権 に 望 む の は 、 歴 代 政 権 の 成 果 を 継 承 し つ つ 、 政 治 の 刷 新 を 図 る こ と に ほ か な ら な い だ ろ う 。●
国
民
和
解
を
体
現
す
る
バ
チ
ェ
レ
大
統
領
チ リ 最 初 の 女 性 大 統 領 と な っ た バ チ ェ レ は 、 小 児 科 医 の 資 格 を 持 ち 、 三 人 の 子 供 を 持 つ シ ン グ ル マ ザ ー で 、 数 年 前 ま で は ど ち ら か と い う と 無 名 の 政 治 家 で あ っ た 。 空 軍 将 軍 で あ っ た 父 親 は 、 一 九 七 三 年 の 軍 事 ク ー デ タ に 反 対 の 立 場 を と っ た た め 、 逮 捕 さ れ 拷 問 を 受 け た 末 に 獄 死 し た 。 彼 女 自 身 も 一 旦 身 柄 を 拘 束 さ れ た 後 に 、 オ ー ス ト リ ア と 東 独 に 亡 命 し た 経 験 を 有 す る 。 ラ ゴ ス 前 政 権 発 足 時 に 厚 相 に 任 命 さ れ 、 二 ○ ○ 二 年 に は 初 の 女 性 国 防 相 に 抜 擢 さ れ た 。 軍 政 時 代 の 人 権 侵 害 の 被 害 者 で あ り な が ら 、 国 防 相 と し て 民 軍 関 係 の 円 滑 化 に 成 果 を あ げ た 彼 女 は 、 ま さ に 国 民 和 解 の 象 徴 と し て 多 く の 国 民 の 共 感 を 呼 ん だ 。 さ ら に 気 さ く な 性 格 で 庶 民 に 身 近 な 雰 囲 気 か ら 大 衆 的 人 気 を 博 し 、 世 論 調 査 に お い て 、 に わ か に 大 統 領 候 補 と し て 高 い 支 持 率 を 獲 得 し て い っ た 。 た だ し 大 統 領 選 で の 勝 利 は 、 彼 女 個 人 の 人 気 の み に 帰 せ ら れ る わ け で は な く 、 あ く ま で 彼 女 が コ ン セ ル タ シ オ ン 政 権 の 後 継 者 で あ っ た か ら で あ る 。 そ の こ と は 、 彼 女 が 第 一 回 投 票 で 獲 得 し た 四 五 % が 、 同 時 に 開 催 さ れ た 議 会 選 挙 で 与 党 連 合 が 獲 得 し た 得 票 率 を 七 % ほ ど 下 回 っ て い た こ と か ら も 分 か る 。●
バ
チ
ェ
レ
大
統
領
の
政
権
構
想
バ チ ェ レ 政 権 の 課 題 は 、 ま ず は 安 定 し た 経 済 成 長 と 堅 実 な マ ク ロ 経 済 運 営 と い う コ ン セ ル タ シ オ ン 政 権 の 成 果 を 引 き 継 ぎ つ つ 、 い か に 社 会 政 策 の 充 実 を 図 り 、 所 得 分 配 の 向 上 と セ ー フ テ ィ ネ ッ ト の 構 築 を 図 る か に あ る だ ろ う 。 そ の た め に バ チ ェ レ 大 統 領 は 、出 価 格 の 変 動 等 に 左 右 さ れ な い 一 % の 構 造 的 財 政 黒 字 の 堅 持 ﹂ げ る 一 方 で 、 幅 広 い 社 会 政 策 の し て い る 。 政 権 発 足 後 す ぐ に 取 の 政 策 を リ ス ト ア ッ プ し た ﹁ 政 プ ラ ン ﹂ に は 、 高 齢 者 や 低 所 得 セ ー フ テ ィ ネ ッ ト の 充 実 、 若 者 援 、 保 育 所 や 託 児 施 設 の 増 設 な ル マ ザ ー な ら で は の き め 細 か い 盛 り 込 ま れ た 。 チ ェ レ が 政 権 綱 領 の 目 玉 と し て 、 年 金 制 度 改 革 と 選 挙 法 改 正 だ は 軍 政 時 代 に 実 行 さ れ た 年 金 制 り 、 そ れ ま で の 公 的 年 金 か ら 民 社 に よ っ て 運 営 さ れ る 完 全 個 人 行 し た 。 こ の 新 年 金 制 度 は 、 チ 場 の 拡 大 に 効 果 を 発 揮 し 国 際 的 た が 、 肝 心 の 年 金 制 度 と し て は 問 題 が 指 摘 さ れ て き た 。 バ チ ェ 足 後 た だ ち に 、 超 党 派 の 専 門 家 年 金 改 革 の た め の 諮 問 委 員 会 ﹂ 同 委 員 会 に よ り 急 ピ ッ チ で 改 革 進 め ら れ て い る 。 し て 軍 政 時 代 に 制 定 さ れ た 非 民 持 つ 選 挙 法 の 改 正 は 、 い わ ば 民 み 残 し ﹂ で あ る 。 政 治 参 加 の 拡 チ ェ レ は 、 選 挙 法 改 正 と 同 時 に 意 で あ っ た 選 挙 登 録 を 自 動 登 録 こ と に よ り 、 若 者 の 政 治 離 れ に か け よ う と し て い る 。 ェ レ は 、 選 挙 前 か ら 一 貫 し て 市 民 社 会 の 政 治 参 加 の 促 進 を 訴 え て き た 。 し か し 、 具 体 的 に ど の よ う に 市 民 社 会 の 政 治 参 加 を 進 め る の か に つ い て は 、 こ れ ま で の と こ ろ 必 ず し も 明 ら か に は さ れ て い な い 。 上 に 挙 げ た よ う な 諸 政 策 を 実 現 す る た め に バ チ ェ レ が 選 ん だ 内 閣 の 顔 ぶ れ は 、﹁ 男 女 同 数 、 新 し い 顔 、 経 験 と 専 門 性 ﹂ と の 公 約 ど お り 、 半 数 が 女 性 で 世 代 交 代 も 進 ん で い る 。 と り わ け 印 象 的 な の は 、 こ れ ま で の 論 功 行 賞 的 人 事 を 排 し 、 党 派 性 が 薄 く 専 門 性 の 高 い 人 材 を 選 抜 し 、 き わ め て 実 務 性 の 高 い 閣 僚 構 成 と な っ て い た こ と で あ る 。 こ う し て ス タ ー ト し た バ チ ェ レ 政 権 の 成 否 は 、 一 方 で ﹁ 堅 実 な マ ク ロ 経 済 運 営 と 社 会 政 策 の 充 実 ﹂、 他 方 で ﹁ 実 務 的 な テ ク ノ ク ラ ー ト に よ る 政 策 運 営 と 参 加 型 の 市 民 民 主 主 義 の 促 進 ﹂ と い う そ れ ぞ れ に 相 反 す る 野 心 的 な 目 標 に い か に 折 り 合 い を つ け る の か に 掛 か っ て い る 。