Nagoya City University Academic Repository
学 位 の 種 類
博士 (薬科学)
報 告 番 号
甲第1756号
学 位 記 番 号 第353号
氏 名
近藤 聡志
授 与 年 月 日
平成 31 年 3 月 31 日
学位論文の題名
ヒト iPS 細胞由来腸管幹細胞の維持培養方法の確立と腸管上皮細胞の粘膜
障害作用及び保護作用評価への利用
論文審査担当者
主査: 粂 和彦
副査: 松永 民秀, 山村 壽男, 尾関 哲也
こんどう さとし 近藤 聡志 氏 名 学位の種類 博士(薬科学) 学位の番号 薬博第 353 号 学位授与の日付 平成 31 年 3 月 31 日 学位授与の条件 学位規則第 4 条第 1 項該当 学位論文題目 ヒト iPS 細胞由来腸管幹細胞の維持培養方法の確立と腸管上皮細胞の粘膜障害作用及び 保護作用評価への利用 論文審査委員 (主査)教授 粂 和彦 (副査)教授 松永 民秀・ 教授 山村 壽男・ 教授 尾関 哲也 論文内容の要旨 【序論】 小腸には多くの薬物代謝酵素や薬物トランスポーターが存在しており、肝臓と同様に薬物の初回通過効果に関わる臓 器として非常に重要である。そのため薬物動態に優れた医薬品開発には、早期の段階から小腸における膜透過性や代謝安 定性を評価することが重要である。現在、腸管上皮細胞のモデル細胞としてヒト結腸癌由来の Caco-2 細胞が汎用されて いるが、薬物代謝酵素や薬物トランスポーターの発現パターンがヒト腸管上皮細胞と異なっていることから、腸管での薬 物動態を正確に評価することは困難である。初代小腸上皮細胞の利用が理想的ではあるが、その入手は難しい。そこで、 多分化能とほぼ無限の増殖能を有するヒト人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells:iPS 細胞)から作成さ れる腸管上皮細胞の利用が期待されている。本研究室では、これまでヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞の有用性を報告して きた。しかしながら、iPS 細胞から腸管上皮細胞まで分化させるには多くの時間とコストが必要であり、さらに、薬物動 態試験で利用するためには、大量かつ安定的に供給する必要がある。そこで、第 1 章ではこれらの問題を解決するため、 ヒト iPS 細胞から腸管上皮細胞へ分化させる前段階である腸管幹細胞を維持培養する方法の検討を行った。 また、第 2 章では、ヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞の腸管ムチンの発現量を指標とした毒性評価への利用として、薬物 に起因する腸管粘膜障害作用及び粘膜保護作用の評価細胞としての有用性について検討した。腸管ムチンは主に杯細胞 から分泌される糖タンパク質であり、粘膜上皮を保護すると共に細菌などの外的侵入から生体を守る重要な役割を果た している。腸管ムチンは Mucin 2(MUC2)が主な成分であり、MUC2 の発現量は薬物により増減することが報告されてい る。例えば、抗炎症剤である非ステロイド性抗炎症薬(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs, NSAIDs)は胃粘膜だ けでなく腸管粘膜の障害も引き起こし、腸管粘膜の MUC2 発現量を減少させることが報告されている。一方、レバミピド やイルソグラジンなどの粘膜保護薬(mucosal protective agents, MPAs)は胃粘膜だけでなく腸管粘膜の保護作用も有
しており、腸管粘膜の MUC2 発現量を増加させることが報告されている。これらの評価は主に動物を用いたin vivo試験 であり、in vitro試験で評価された報告は少ない。そこで、ヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞が薬物による粘膜障害や粘 膜保護作用の評価に有用であるか検討を行った。 【本論】 第 1 章 ヒト iPS 細胞由来腸管幹細胞の維持培養方法の確立 1.FBS 及び KSR の腸管幹細胞性及び腸管細胞性への影響
細胞培養で広く用いられるウシ胎児血清(Fetal bovine serum; FBS)には細胞増殖因子、分化促進因子やホルモンな ど未知の因子が含まれている可能性があり、幹細胞の維持培養には適さないと考えられる。そこで、FBS の代替として ES 細胞や iPS 細胞の培養に用いられる KnockOut Serum Replacement(KSR)を培地に添加し、その影響を検討した。その結 果、腸管幹細胞マーカーとして知られる leucine rich repeat containing G protein coupled receptor 5(LGR5)の
mRNA 発現量は FBS 濃度の増加に伴って減少した。KSR についても濃度の増加に伴う LGR5 発現量の減少が見られたものの、 その程度は小さかった。腸管細胞性マーカーである CDX2 の mRNA 発現量に対する影響には明らかな差はなかった。この結 果から、KSR は FBS に比べて幹細胞性に与える影響は小さいと考えられ、KSR を代替として用いることで以降の検討を進 めた。 2.CHIR99021 及び VPA の腸管幹細胞性及び腸管細胞性への影響 腸管幹細胞の維持には WNT 及び Notch シグナルの両方が重要であることが報告されている。そこで、GSK-3βを阻害し WNT シグナル伝達を活性化させる CHIR99021、Notch シグナル伝達を活性化させる valproic acid(VPA)の腸管幹細胞性 及び腸管細胞性に対する影響を培地に添加することで検討した。その結果、CHIR99021 は濃度依存的に LGR5 及び CDX2 の mRNA 発現量を増加させ、VPA も LGR5 の発現量を増加させた。CHIR99021 及び VPA を併用した場合は、それぞれを単独で 使用した場合と比べて LGR5 及び CDX2 の発現量を増加させた。この結果より、CHIR99021 及び VPA が腸管幹細胞の維持に 有効であることが示唆された。したがって、これら化合物に加え、幹細胞性の維持に重要であることが既に報告されてい るいくつかの因子を使用することで以降の検討を進めた。 3.継代を重ねた際の腸管幹細胞性及び腸管細胞マーカーの発現量評価 ヒト iPS 細胞を腸管幹細胞まで分化させ、様々な幹細胞性を促進する因子を添加した培地を用いて継代を重ねた細胞 における腸管幹細胞性(LGR5, Ki67)及び腸管細胞性(CDX2)マーカーの mRNA 発現量を評価した。その結果、LGR5 及び Ki67 は P7 までほぼ同程度の発現量が維持されていた。CDX2 については P0 に比べ P1 から P7 で高く、発現量は維持され ていた。 4.継代数ごとの腸管上皮細胞における分化マーカーの発現量評価 複数回継代した腸管幹細胞が腸管上皮細胞への分化能を維持しているか評価するため、分化誘導後いくつかの分化マ ーカーの mRNA 発現量を評価した。その結果、P-glycoprotein(P-gp)及び Breast cancer resistance protein(BCRP) はヒト小腸の発現量よりも高く、P0 から P7 ではほぼ同程度であった。Villin、sucrase-isomaltase 及び MUC2 では、P0 から P3 までほぼ同等であった。CYP2C9、CYP2C19、CYP3A4、UDP グルクロン酸転移酵素 1A1(UGT1A1)、ペプチドトランス ポーター1(PEPT1)、有機アニオントランスポーター2B1(OATP2B1)及びグルコーストランスポーター1(SGLT1)は、継 代を重ねるごとに発現量の低下が認められた。 5.継代を重ねた腸管幹細胞から分化した腸管上皮細胞の薬物代謝活性能及び薬物輸送活性能評価 CYP3A4 代謝活性能評価 CYP3A4 は、腸管上皮細胞にもっとも多く発現している薬物代謝酵素であり、多くの薬物が基質となることから、最も 重要な代謝酵素である。そこで、CYP3A4 の代表的な基質であるミダゾラムを用いて CYP3A4 の主要代謝物である 1'-ヒド ロキシミダゾラムの生成量を定量することで代謝活性能を評価した。その結果、1'-ヒドロキシミダゾラムの生成は P0 か ら P3 までの腸管上皮細胞で認められ、その生成量に大きな違いはなかった。 P-gp 及び BCRP の輸送活性能評価 P-gp 及び BCRP は、様々な薬物の腸からの吸収及び組織分布を制限する重要な役割を果たす排出トランスポーターであ る。そこで、P-gp の基質として Rhodamin123、BCRP の基質として Hoechst33342 を用いて P0 及び P3 の腸管上皮細胞にお
ける輸送活性能を評価した。その結果、apical 側から basal 側及び basal 側から apical 側への見かけの膜透過係数(Papp)
値から算出した efflux ratio(ER)は P-gp では P0 及び P3 において 14.6 及び 7.2、BCRPP では 11.6 及び 9.8 であり、 輸送活性能を有することが示された。また、P-gp の阻害剤としてベラパミル、BCRP の阻害剤として Ko143 を用いたとこ ろ、それぞれの P0 及び P3 での ER は 1 に近づいたことから輸送能が阻害されたことが示唆された。以上の結果より、継 代を重ねた腸管幹細胞から分化した腸管上皮細胞においても P-gp 及び BCRP の輸送活性能を有しており、排出トランス ポーターの評価が可能であることが示唆された。 第 2 章 ヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞の粘膜障害作用及び保護作用評価への利用
1.ヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞の MUC2 の発現量評価
ヒト iPS 細胞から分化させた腸管上皮細胞における MUC2 の mRNA 発現量を評価した。その結果、腸管上皮細胞における MUC2 の発現量はヒト小腸と同程度であった。一方、Caco-2 細胞における MUC2 の発現量はヒト小腸の 100 分の 1 以下で あった。以上の結果より、腸管上皮細胞は十分な MUC2 の発現量を有していることが確認された。
2.NSAIDs 及び MPAs の MUC2 の mRNA 発現量に与える影響
腸管上皮細胞の培地に NSAIDs(インドメタシン、ケトプロフェン、メロキシカム)、MPAs(レバミピド、イルソグラ
ジン)又は両薬物(インドメタシン+レバミピド)を添加し、6 日間培養後、MUC2 の mRNA 発現量を評価した。その結果、 NSAIDs 添加群ではコントロール群(媒体を添加)と比較して MUC2 の発現量が減少し、MPAs 添加群では MUC2 の発現量が 上昇した。また、両薬物を添加した群では MUC2 の発現量が低下した。 3.インドメタシン及びレバミピドの MUC2 のタンパク発現量に与える影響 腸管上皮細胞の培地にインドメタシン、レバミピド又は両薬物を添加し、6 日間培養した細胞を用いて免疫蛍光染色を 行い、MUC2 陽性細胞率を評価した。その結果、コントロール群と比較してレバミピド添加群では約 1.6 倍の陽性細胞率 の上昇が認められた。一方で、インドメタシン添加群では、その 2 分の 1 以下に減少した。また、両薬物を添加した群に おいても 2 分の 1 以下の減少が認められた。この結果は、mRNA 発現量の増減と一致した。ラットを用いたin vivo試験
おいて NSAIDs による腸管粘膜での MUC2 発現量の減少が MPAs により抑制される結果が報告されているが、本検討ではイ ンドメタシンによる MUC2 発現量の減少に対するレバミピドの抑制作用は認められなかった。
4.NSAIDs 及び MPAs の COX-2 及びサイトカイン発現量に与える影響
Cyclooxygenase(COX)-2 は炎症時に誘導されることが知られている生理活性酵素である。また、MUC2 の発現は様々 なサイトカインによって制御されていることが報告されている。そこで、腸管上皮細胞にインドメタシン、レバミピド、 両薬物を添加し、6 日間培養した際の COX-2 及び炎症性サイトカイン(IL-1β、NF-κB 及び TNF-α)の mRNA 発現量を評 価した。その結果、COX-2 の発現量はコントロール群と比べインドメタシン添加群で上昇した。一方、レバミピド添加群 ではコントロール群と比べ低い傾向を示した。両薬物を添加した群はインドメタシン添加群と同様に上昇した。IL-1βの 発現量はコントロール群と比較してインドメタシン添加群で大幅に低下し、レバミピド添加群では約 1.4 倍の上昇が認 められた。また,両薬物を添加した場合はインドメタシン添加群と同様に大幅に低下した。NF-κB 及び TNF-αの発現量 は、コントロール群と比較してインドメタシン添加群で低下が認められ、レバミピド添加群ではほぼ同等であった。また 両薬物を添加した群ではインドメタシン添加群と同様に低下が認められた。
ラットを用いたin vivo試験において、NSAIDs による粘膜障害時に COX-2 発現量が上昇することが報告されており、
本検討にいてもこれまでの報告に合致した結果を得ることができた。MUC2 の発現量の増減については、IL-1β、NF-κB 及び TNF-αが影響を与えている可能性が考えられた。
5.NSAIDs 及び MPAs のPappに与える影響
Transwell 上に播種した腸管上皮細胞にインドメタシン、レバミピド又は両薬物を 6 日間添加し、細胞間隙透過性のマ ーカー分子である FITC-dextran (average molecular weight 4,000)の膜透過性を評価した。その結果、コントロール群
と比較してインドメタシン添加群の見かけの膜透過係数(Papp)は増大する傾向がみられ、レバミピド添加群では低下す る傾向がみられた。両薬物を添加した群では、コントロールと同程度のPappであった。この結果から、インドメタシンに よる粘膜障害作用、レバミピドによる粘膜保護作用が示唆され、レバミピドはインドメタシンによって惹起される粘膜障 害を緩和させる可能性が示唆された。 【結論】 第一章では、腸管上皮細胞への分化能を維持した腸管幹細胞の培養方法を見出すことができた。本方法を用いること で腸管幹細胞の増幅培養が可能となり、腸管上皮細胞を多量かつ安定的に供給できると考えられる。また、第二章では腸 管上皮細胞の粘膜障害作用及び保護作用評価への利用の可能性が示唆された。医薬品開発での毒性評価や薬理スクリー ニングへの利用が期待される。
論文審査の結果の要旨 本研究では、ヒト iPS 細胞から分化させた腸管幹細胞の培養方法とヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞の粘膜傷害作用及 び保護作用を評価するモデル細胞としての有用性について検討を行い、以下のことを明らかとした。 1. 生体における腸管幹細胞ニッチ因子とそれらを維持又は増強する因子を用いることで、一定の期間、ヒト iPS 細胞 由来腸管幹細胞の幹細胞性を維持したまま、二次元での培養が可能な方法を確立した。 2. 維持培養した腸管幹細胞から分化させた腸管上皮細胞は CYP3A4 及び P-gp 誘導能、CYP3A4 代謝活性、P-gp 及び BCRP の輸送活性を有しており、確立した方法は腸管幹細胞の分化能を維持させたまま培養可能な方法であることを明らかと した。
3. ヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞における MUC2 の発現量はヒト小腸細胞と同等であり、NSAIDs により MUC2 の発現量 は低下し、MPAs により上昇することが明らかとなった。また、インドメタシンによる膜透過性の増加をレバミピドが抑 制する作用が確認され、ヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞はこれまで報告されている薬物動態評価系としての利用だけで なく、薬物による粘膜傷害や粘膜保護を評価・解析できる系であることが明らかになった。 医薬品開発でヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞を用いる場合、高品質且つ均質な細胞を安定的に供給する必要がある。本 研究において腸管上皮細胞の前段階である腸管幹細胞を維持培養することが可能となったことで、この課題が解決され る可能性が示された。また、ヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞は、薬物代謝酵素及び薬物輸送体の誘導能と活性を有するこ とから、これらの因子を同時に評価できるモデル細胞として非常に有用であることが示された。さらに、粘膜傷害作用及 び粘膜保護作用を評価するモデル細胞としても有用であることが示唆され、ヒト iPS 細胞由来腸管上皮細胞は、医薬品開 発における薬物動態評価への利用のみならず、薬理評価や毒性評価等への利用も期待される。 上記の研究は、ヒト iPS 細胞由来腸管幹細胞の維持培養方法を確立し、さらに、腸管上皮細胞の粘膜障害作用及び保護 作用評価への利用方法を見出したものとして価値ある業績と認める。よって本研究者は、博士(薬科学)の学位を得る資 格があると認める。