Nagoya City University Academic Repository
学 位 の 種 類
博士 (薬学)
報 告 番 号
甲第1702号
学 位 記 番 号 第348号
氏 名
小野里 太智
授 与 年 月 日
平成 31 年 3 月 25 日
学位論文の題名
人工多能性幹細胞由来腸管オルガノイドの新規分化誘導法の開発と炎症性
腸疾患モデル系の構築
論文審査担当者
主査: 頭金 正博
副査: 松永 民秀, 湯浅 博昭, 平嶋 尚英
おのざと だいち 小野里 太智 氏 名 学位の種類 博士(薬学) 学位の番号 薬博第 348 号 学位授与の日付 平成 31 年 3 月 25 日 学位授与の条件 学位規則第 4 条第 1 項該当 学位論文題目 人工多能性幹細胞由来腸管オルガノイドの新規分化誘導法の開発と炎症性腸疾患モデル 系の構築 論文審査委員 (主査)教授 頭金 正博 (副査)教授 松永 民秀・ 教授 湯浅 博昭・ 教授 平嶋 尚英 論文内容の要旨 【序論】 新薬開発では、ターゲットの探索・スクリーニングに始まり、非臨床での様々な試験による新薬候補の絞り込みを経 て、臨床試験へと到達する。薬効が高く、安全な新薬を患者により早くかつ、容易に入手可能な状態にするためには、 この創薬プロセスをいかに短くし、新薬探索の成功確率を上げるかが重要である。したがって、探索段階での化合物の 絞り込みを適切に判断する評価手法であるin vitro細胞アッセイの重要度が増してきている。 腸管は医薬品の吸収、代謝、排泄や免疫機能といった様々な機能を有するとともに、難治性腸疾患などの複雑な病態 を有する疾患も多く存在する。特に、クローン病や潰瘍性大腸炎では、未だ完治する治療薬はなく、患者数は年々増加 の一途をたどっている。現在、炎症性腸疾患による消化管障害を模倣した in vitro評価系は存在していないため、新 薬開発が妨げられている。 近年、3 次元組織構造体である腸管オルガノイドは、癌メカニズムの解明、腸の病態モデル作製、薬物スクリーニン グなどの分野における研究材料だけでなく細胞医薬としても注目を集めている。創薬スクリーニングでの腸管における in vitro実験系として、初代の腸細胞や組織由来腸管オルガノイドを使用することが理想的であるが、侵襲性が非常に 高い。特に、医薬品開発では、ハイスループット性が求められるため、大量入手が必要となるが、その供給は困難であ る。一方、最近ではヒト人工多能性幹(iPS)細胞からも腸管オルガノイドの作製に成功している。iPS 細胞は様々な組 織細胞へと分化誘導できるだけでなく、健常人あるいは患者からも作製可能であり、正常な組織細胞や疾患モデルを構 築できる。また、腸組織由来のオルガノイドとは異なり、iPS 細胞由来の腸管オルガノイドでは、腸上皮細胞だけでな く腸管微小環境を構成している間葉系細胞も含まれている。したがって、多能性幹細胞由来の腸管オルガノイドは、よ り生体に近い腸管モデルとして、創薬スクリーニングおよび病態生理を研究するための強力なツールとなりうる。 しかしながら、腸管オルガノイドを培養する際、既存の方法では、均一なサイズの腸管オルガノイドが大量に得にく く、マトリゲル中に包埋するなど煩雑で時間が掛かる。さらに、多能性幹細胞由来腸管オルガノイドは、未成熟な性質 であり、医薬品の代謝や排泄といった薬物動態学的な機能に関する知見が不十分であることが薬物動態解析や薬物スク リーニングに用いるにあたって問題となっている。したがって、in vitroアッセイ系として腸管オルガノイドを使用す るためには、薬物代謝、吸収、排泄および構造的側面などにおいて、これら機能を有する腸管オルガノイドを簡便にか つ大量に作製することが不可欠である。
そこで、本研究では、ヒトおよび創薬研究においてヒトと非常に類似した実験動物として用いられるカニクイザル iPS 細胞から薬物動態学的機能を有した腸管オルガノイドを簡便にかつ大量に作製する新規分化誘導法の開発を行った。さ らに、腸管オルガノイドが薬効評価を可能にした新規in vitro評価系へと応用できるか検証するため、我々はサイト カイン誘導性の消化管粘膜傷害および線維化モデルの構築を行った。 【本論】 第 1 章 iPS 細胞由来腸管オルガノイドの新規分化誘導法の開発 腸管オルガノイドへの分化誘導は、ヒトおよびカニクイザル iPS 細胞に activin A で 3 日間処理することで内胚葉へ と誘導し、さらに 4 日間ヒトでは、CHIR99021 および FGF4 を、カニクイザルでは、CHIR99021、FGF2 を処理することで 中・後腸へ分化させた。その後、EZSPHERE プレートを用い、均一なスフェロイドを形成させた。続いて、腸管への分化 培地に切り替え、分化工程の 19 日目から 34 日目まで低分子化合物を添加することで、腸管オルガノイドの作製を行っ た。その結果、EZSPHERE プレートを使用することで均一なサイズの腸管オルガノイドを簡便かつ大量に作製することが 可能となった。また、浮遊培養させることで、大量に培養することを容易にした。 次に、ヒトおよびカニクイザル iPS 細胞から腸管オルガノイドへの分化誘導の際に添加する低分子化合物の影響につ いて検討した。その結果、A-83-01、PD98059、5-aza-2’-deoxycytidine を添加した群(A/PD/5-aza)で腸管関連遺伝 子や P450(CYP)3A4 をはじめとする様々な薬物動態関連遺伝子の mRNA 発現量が増加した。さらに N-[(3,5-difluorophenyl) acetyl]-L-alanyl-2-phenyl-1,1-dimethylethyl ester-glycine(DAPT)を加えた群(A/PD/5-aza/DAPT) では、ヒト腸管オルガノイドにおいて non treatment 群に比べ CYP3A4 で約 2,000 倍、ペプチドの取り込みトランスポ ーターである SLC15A1/PEPT1 で約 10 倍並びに排出トランスポーターである ABCB1/P-gp、ABCG2/BCRP および ABCC2/MRP2 で各々約 40 倍、50 倍および 125 倍など多くの薬物動態関連遺伝子の mRNA 発現が上昇した。また、腸管を構成している 細胞マーカーである villin(吸収上皮細胞)、MUC2(杯細胞)、chromogranin A(腸管内分泌細胞)、CDX2(腸管系譜の 細胞)、LGR5(腸管幹細胞)は non treatment 群に比べ、同程度もしくはそれ以上の mRNA 発現を示した。一方、カニク イザル腸管オルガノイドにおいてもヒトと同様の傾向を示し、non treatment 群に比べ、CYP3A8 で約 1,400 倍、 SLC15A1/PEPT1 で約 2,200 倍、ABCB1/MDR1 で約 20 倍、ABCG2/BCRP で約 3 倍、ABCC2/MRP2 で約 30 倍など多くの薬物動 態関連遺伝子の mRNA 発現が上昇した。また、villin、MUC2、chromogranin A、lysozyme、CDX2 は non treatment 群に 比べ、同程度もしくはそれ以上の mRNA 発現を示した。したがって、以降の実験では、A-83-01、PD98059、5-aza-2’-deoxycytidine および DAPT を添加して分化を行った。 ヒトおよびカニクイザル iPS 細胞由来腸管オルガノイドは bubble 状の形をしていた。透過型電子顕微鏡の観察から 腸管オルガノイドの内側に腸管刷子縁膜側に存在する微絨毛およびタイトジャンクションの形成が確認された。また、 HE 染色やアルシアンブルー染色の結果から、腸管オルガノイドは分泌細胞を含む細胞集団であることが明らかとなっ た。免疫蛍光染色により、腸管を構成している様々な細胞(吸収上皮細胞、腸管幹細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞、パ ネート細胞、間葉系細胞)のマーカーの発現が認められた。したがって、腸管オルガノイドはこれらの細胞を含む腸管 組織類似体であることが示唆された。 機能的なタイトジャンクションが形成されているか確認するため、まず免疫蛍光染色にて、タイトジャンクションマ ーカーである occludin のタンパク質発現を確認した。この結果から、タイトジャンクションは、腸管オルガノイドの 管腔側に沿って発現していることが示唆された。また、透過型電子顕微鏡の観察から、腸管オルガノイドの管腔内側が 腸管刷子縁膜側に相当することが明らかとなった。そこで、非吸収性マーカーである FITC-dextran 4000(FD-4)を用 いた腸管オルガノイド内への透過試験を行ったところ、オルガノイド内への蓄積は認められなかった。この結果から、 腸管オルガノイドは機能的なタイトジャンクションを形成していることが示唆された。また、小腸に特異的に発現して いる SLC15A1/PEPT1 および腸管で主要な排泄トランスポーターである ABCB1/P-gp のタンパク質発現も腸管オルガノイ ドの内側管腔に沿って認められた。さらに、ABCB1/P-gp の基質である rhodamine123 およびその阻害剤である verapamil を用いて、ABCB1/P-gp の機能評価を行った。その結果、rhodamine123 の腸管オルガノイド内への排出が認められ、そ の排出方向の輸送は verapamil により抑制された。このことから、ヒト腸管オルガノイドは、ABCB1/P-gp の機能を有し ていることが示唆された。
次に、CYP3A4/8 の基質である midazolam とその阻害剤である ketoconazole を用いて、CYP3A4 の代謝活性を評価し た。腸管オルガイドにおいて、midazolam の代謝活性が認められ、その活性は ketoconazole の添加により、ヒトでは約 38%、カニクイザルでは約 5%と、有意に阻害された。したがって、腸管オルガノイドでは、CYP3A4/8 の代謝能を有して いることが示唆された。また、CYP3A の誘導剤である rifampicin および 1α,25-dihydroxyvitamine D3(VD3)を用い て、CYP3A4/8 の mRNA 発現および代謝活性の誘導について検討を行った。ヒト腸管オルガノイドでは、コントロール群 に比べ、rifampicin 添加群で約 2 倍、VD3 添加群で約 4.5 倍と有意に CYP3A4 の mRNA 発現が誘導された。一方、カニク イザルではコントロール群に比べ、rifampicin 添加群で約 2 倍有意に誘導されたが、VD3 添加群で 2.0 倍であり、有意 な変化は認められなかった。さらに、その代謝活性は、ヒトでは rifampicin 添加群で約 1.5 倍、VD3 添加群で約 2.0 倍 有意に増加した。一方、カニクイザルでは rifampicin 添加群で約 7.0 倍有意に増加したが、VD3 添加群で約 1.3 倍であ り、有意な変化は認められなかった。 以上の結果より、本研究では、ヒトおよびカニクイザル iPS 細胞から腸管オルガノイドへの分化促進に有効な低分子 化合物の組み合わせを新たに見出すことができた。また、この方法によって作製した腸管オルガノイドは、機能的なタ イトジャンクション、排出トランスポーターの輸送機能に加え、薬物代謝酵素活性および誘導能を有するなど、腸管に 特徴的な様々な薬物動態学的機能を有していることが明らかとなった。 第 2 章 ヒト iPS 細胞由来腸管オルガノイドを用いた炎症性腸疾患モデル系の構築 炎症性腸疾患では、主要なサイトカインである TNF-αや TGF-βにより、粘膜障害(タイトジャンクションの崩壊や 杯細胞の障害)および組織の線維化が起こることが知られている。そこで、炎症性腸疾患モデルとしての有用性を検討 するため、まず TNF-αを分化誘導終了 34 日目から 96 時間添加した。TNF-αを添加することで villin、MUC2 の遺伝子 発現が減少し、TNF-αの発現は増加した。また、その発現変動は抗 TNF-α抗体である infliximab(IFX)により抑制さ れた。次に、免疫蛍光染色にて、タイトジャンクションタンパク質およびアポトーシスマーカーの発現を確認した。TNF-αを添加することでタイトジャンクションタンパク質の局在が崩れている様子が観察された。また、caspase-3 陽性細 胞数も増加していた。これらの変化は IFX 添加群では認められなかった。さらに、タイトジャンクションの崩壊を裏付 けるため、非吸収性マーカーである FD-4 の透過試験を行ったところ、EGTA 処理群同様 TNF-α添加群では腸管オルガノ イド内への FD-4 の透過が確認されたが、IFX 添加群で、その透過は認められなかった。したがって、TNF-α添加によ り、in vitro評価系において、簡便に炎症性腸疾患の病態モデルを作製でき、薬物スクリーニングにも利用可能である 可能性が示唆された。 次に、炎症性腸疾患において慢性的に引き起こされる炎症によって進行する組織の線維化をin vitroで再現するた め、TNF-αと TGF-βを分化誘導終了 34 日目から 48 時間添加した。TNF-αと TGF-βを添加することで、線維化マーカ ーであるα-SMA、vimentin、fibronectin、collagen type 1 の mRNA 発現が増加した。一方、上皮細胞マーカーである E-cadherin の発現は減少した。さらに、これら線維化マーカーの発現変動は、TGF-β阻害剤である SB431542 により抑 制された。免疫蛍光染色より、α-SMA、vimentin 陽性細胞が上皮まで侵食している様子が観察された。また、上皮細胞 において caspase-3 陽性細胞も観察された。これらの結果から、TNF-αと TGF-βを添加することで、上皮間葉転換が再 現できる可能性が示唆された。さらに、全コラーゲン量の定量解析を行ったところ、vehicle 群と TNF-αと TGF-β添加 群では全コラーゲン量に有意な差はなかったが、SB431542 を処理した群で有意に全コラーゲン量が減少していた。以上 の結果から、TNF-αと TGF-βの添加により、線維化症モデルの作製が可能であることが示唆された。 以上の結果より、我々が作製した腸管オルガノイドでは、炎症性腸疾患や線維化モデルをそれぞれ疾患の要因となっ ている主要なサイトカインを添加することで作製でき、これら病態に対する薬物スクリーニング系としても有用である 可能性が示唆された。 【総括】 ヒトおよびカニクイザル iPS 細胞から腸管オルガノイドへの分化促進に有用である低分子化合物の組み合わせを新 たに見出すことができた。また、浮遊培養により、均一な腸管オルガノイドの培養に成功した。この方法によって作製 した腸管オルガノイドは、機能的なタイトジャンクション、排出トランスポーターの輸送機能に加え、薬物代謝酵素活
性および誘導能を有するなど、腸管に特徴的な様々な薬物動態学的機能を有していることが明らかとなった。さらに、 炎症性腸疾患や線維化モデルをそれぞれ疾患の要因となっている主要なサイトカインを添加することで作製でき、これ ら病態に対する薬物スクリーニング系としても有用である可能性が示唆された。 論文審査の結果の要旨 近年、腸管オルガノイドは、癌メカニズムの解明、腸の病態モデル作製、薬物スクリーニングなどの分野における研 究材料だけでなく細胞医薬としても注目を集めている。創薬スクリーニングでのin vitro実験系として、初代の腸細 胞や組織由来腸管オルガノイドを使用することが理想的であるが、侵襲性が非常に高い。一方、最近ではヒト人工多能 性幹(iPS)細胞からも腸管オルガノイドの作製に成功している。iPS 細胞は様々な組織細胞へと分化誘導できるだけで なく、健常人あるいは患者からも作製可能であり、正常な組織細胞や疾患モデルを構築できる。また、腸組織由来のオ ルガノイドとは異なり、iPS 細胞由来の腸管オルガノイドでは、腸上皮細胞だけでなく腸管微小環境を構成している間 葉系細胞も含まれている。したがって、多能性幹細胞由来の腸管オルガノイドは、より生体に近い腸管モデルとして、 創薬スクリーニングおよび病態生理を研究するための強力なツールとなりうる。しかし、近年報告されているマトリゲ ル包埋法では、医薬品開発で求められるハイスループットのための大量供給が困難である。 本研究において、腸管オルガノイドへの分化促進に有用である低分子化合物の組み合わせを新たに見出した。また、 浮遊培養により、均一な腸管オルガノイドの培養に成功した。この方法によって作製した腸管オルガノイドは、機能的 なタイトジャンクション、排出トランスポーターの輸送機能に加え、薬物代謝酵素活性および誘導能を有するなど、腸 管に特徴的な様々な薬物動態学的機能を有していることが明らかとなった。さらに、病態に対する薬物スクリーニング 系としても有用である可能性が示唆された。 上記の研究は、ヒト iPS 細胞から薬物動態学的機能を有した腸管オルガノイドを簡便にかつ大量に作製する新規分化 誘導法を開発し、サイトカイン誘導性の疾患モデルとなり得ることを示したものとして価値ある業績と認める。よって 本研究者は、博士(薬学)の学位を得る資格があると認める。