1. は じ め に 研究室の教育ってこんなものだった のかな? ―そう言い残し,彼女は 研究室を去っていった.彼女は二度 と研究室に帰ってこなかった.彼女 は研究者志望だった.大学院に進学 したのも,研究室に入って研究に必 要な知識や技術などを学ぶためだっ た.しかし,彼女は研究室を辞めた. 彼女は精神的に病んでいるわけでは なかった. これは,我々が大学研究室運営ワー キンググループ(通称「いきいき研究 室増産プロジェクト」)*1を立ち上げた 当初,ある研究室にヒアリングした際 に耳にしたエピソードである.研究者 になりたかった彼女が,なぜ大学研究 室を去るという選択をしたのだろうか. このエピソードからは,大学における 研究室運営の特徴や課題が垣間見える. 大学において研究と教育の実質的な 単位となっているのが研究室である [市 川 95].大学研究室では大学院教育と進 行中の研究とが混じり合って進められ ている.「継続的・集団的な交流」,「家 族主義的な特徴」,「体系的教育」を特 徴とする日本の研究室には教育上の利 点もあるとされる [クラーク 99].一方 で,研究室の閉鎖性や教員個人の経験・ 力量が研究・教育活動の質に影響する 側面もある. 今日,大学教育の充実を目指し,授 業研究やファカルティディベロップメ ントに関する取組みが数多く行われて いる.しかし,知識創造の現場,知識 創造の担い手となる人材を育成する現 場である研究室については,研究室の 運営手法に焦点を当てた議論はほとん ど行われてこなかった.また,教員が 研究室運営の重要性を認識していたと しても,教員同士で議論する機会は少 なく,研究室運営は教員個人の努力に 一任されている現状である. そこで著者らは,いきいき研究室増 産プロジェクトを立ち上げ,研究室に 属する教員・学生の双方がその能力を 最大限に発揮し,お互いが Win-Win の 関係になれる大学研究室の在り方,研 究室運営について検討してきた(図 1). 本稿では,まず 2 章で「いきいき研 究室増産プロジェクト」の紹介を行う. 3章では,大学研究室に配属されたば かりの学生に対する,これまでの講義 中心の学習活動と研究室活動のギャッ プを埋めるための「研究とは何かを学 ぶワークショップ」に関する取組みを 紹介する.4 章では,研究室教育の担 い手である大学教員および大学院生を 対象に,研究室教育に関する前提や価 値観を省察的に振り返ることを支援す るケースメソッドを紹介する.最後に, 研究室において学生と教員が Win-Win の関係を築くために,価値観の部分共 有の重要性について述べる. 2. いきいき研究室増産プロジェクト とは 本プロジェクトは,有志の大学教職 員および大学院研究室卒業生による課 外活動である.3 ~ 5 名のメンバが,
いきいき研究室コミュニケーション
─研究推進と人材育成のポジティブな関係を求めて─
IKI-IKI Laboratory Communication: Towards a Positive Correlation
between Research Activity and Human Capacity Development
山本 祐輔
京都大学学術研究支援室
Yusuke Yamamoto Research Administration Office, Kyoto University. [email protected], http://hontolab.org/
岡本 絵莉
東京大学国際部国際企画課
Eri Okamoto International Affairs Department, International Planning Group, The University of Tokyo. [email protected]
宮野 公樹
京都大学学際融合教育研究推進センター
Naoki Miyano Center for the Promotionof Interdisciplinary Education and Research, Kyoto University. [email protected]
可知 直芳
株式会社 CONNEXX
Naoyoshi Kachi CONNEXX Inc. [email protected]
舘野 泰一
東京大学大学総合教育研究センター
Yoshikazu Tateno Center for Research & Development of Higher Education, The University of Tokyo. [email protected]
*1 いきいき研究室増産プロジェクト HP, http://www.ikiiki-lab.org/
2006年 3 月から継続して活動している. プロジェクトのビジョンは,全国の大学 研究室における研究・教育活動の質的 向上に寄与することである.これまで の主な活動内容は以下のとおりである. 全国の大学研究室の運営手法に関 する実態調査 研究室での研究・教育活動に役立 つツールの開発 [宮野 08, 宮野 10] 研究室運営について教員・学生が 省察するきっかけとなる研究室内 コミュニケーション教材の開発 [岡 本 11] 大学教員が研究室の運営手法に ついて議論する交流会・フォーラ ム*2, *3の開催 活動初期は,さまざまな大学や分野, 学部,職階の大学教員と交流し,教員 同士では普段話す機会のない研究室の 運営方針や人材育成方針など,研究室 運営に関わる具体的な問題点と対策に ついて議論してきた.具体的に取り上 げてきたテーマ例を以下に記す. 卒業論文・修士論文の位置付け問題 研究室における世代間ナレッジ共 有の問題と対策 研究室文化への参入と,新入生を 巻き込む研究室文化づくり 大学院生の進学および就職に関 する現状と教員・学生の認識の ギャップ 研究室におけるうつ,引きこもり の原因・予防・対策 企業組織のチームビルディング論 に基づく研究室運営論 研究室への参加と越境から考える 研究室コミュニティ論 これらの議論を通じて,大学教員が 直面する具体的な悩みの根底にあり, かつ大学研究室に比較的共通する,以 下のような問題が明らかになっている. 大学(研究室)と社会,教員と学 生の意図には,本来すれ違いがあ る.しかし,研究室内ですり合せ を行う機会が存在しない. 研究室の大きな特徴は,構成員の 多くが比較的短い期間で入れ替わ る点である.しかしこれを建設的 に活用した,あるいは前提にした 運営を行っている研究室は少ない. 研究室は研究・教育という役割を 担うため,構成員の間には多様な 力関係・責任関係が発生する.そ のため,研究室内部に特殊な人間 関係が形成され,研究室間の障壁 が高くなっている. 現在では上記のような問題を検討・ 解決するために,大学研究室の教員・ 学生が交流する場を設ける一方で,他 組織や各学問分野での知見を参考にし ながら,研究室運営の質的向上に資す るツール・メソッドの開発およびワー クショップの開催などを行っている. 3. 「研究とは何か」を学生に伝える 学部で体験してきた座学中心の「学 習活動」と自ら問いを立てなければな らない「研究活動」の間には大きな ギャップが存在する.研究室に配属さ れた学生の多くはこのギャップに苦し むことが多い.一般に,新しく研究科 や専攻に配属される学生に対しては, 各研究科や専攻単位で,各種の事務手 続きや学内設備の使用方法,メンタル ヘルスケアに関するアナウンスなどが 行われている.しかし,個々の学生の 研究活動に対する支援はほぼ存在しな い.そのため研究室に配属された学部 生や大学院生が研究を進めるうえでの 実質的な教育は,各研究室に委ねられ ている.すなわち,研究室に配属され た学部生や大学院生は,研究室におけ る日常の研究活動に取り組む過程で, 学術研究の価値観やそれに求められる 態度や規範を慣例的に習得せざるを得 ないのが現状である. そこで著者らは,新たに研究室教育 という場に参画する学生(学部生・大 学院生)を対象に,擬似的な研究体験 を通じて「研究とは何か?」を伝える ことを目的とするワークショップを開 発し,立命館大学,東京工業大学,豊 橋技術科学大学など全国のさまざまな 大学で実施してきた [宮野 10].以下で それらを紹介する. 3・1 ワークショップ内容 本ワークショップでは冒頭に 40 分程 度の導入講義を行い,グループワーク で取り組む課題内容の説明・グループ 分けの後,各グループでのディスカッ ションをする.グループには複数の学 科,専攻,研究室の学生を混同させる. なお,ファシリテータの数が足りない といった事情がある場合には,修士課程 2年生や博士課程の学生をグループに参 加させ,各グループの議論進行を補助 *2 研究推進と人材育成のポジティブ な関係を考えるフォーラム,http:// goo.gl/JloKrR *3 研究室当事者による研究室経営論を 考えるフォーラム, http://goo.gl/ tE5XwC 図 1 大学研究室運営ワーキンググループ(通称いきいき研究室増産プロジェクト)の 活動概念
する役目を与える.ディスカッション を 2 ~ 3 時間程度行った後,中間発表 として任意に選出した二,三のグループ に口頭で発表を行わせる.その際,大 学教員を含む参加者全員で質疑応答を 行い,その結果を受けて,再度各グルー プでディスカッションを実施する.そ の後,図 2 のように全グループが最終 発表を行う. § 1 導入講義 導入講義は,本ワークショップに意 欲的に取り組めるよう,参加者らを動 機付けることを目的としている.その ため,導入講義は以下のような内容で 構成されている. 研究への姿勢の問直し 社会で求められる能力の提示 研究で身につく能力の提示 導入講義の最後で語られる「研究で 身につく能力」については,著者らが 事前に大学教員に対して実施したアン ケートの回答結果を提示する.ここに は「研究に一生懸命取り組むことで身 につく能力とは?」という質問に対す る回答がまとめられている.例えば,「隠 れた前提条件と実際の現象を結び付け る力」,「前提条件を共有し人とより良 いコミュニケーションをする能力」,「行 詰まりから脱出路を見つける力」,「も のごとを単純化して考える力」,「情報 と人脈を活用する力」,「自分の長所・ 短所についての理解」などの内容が記 載されており,これらと社会人基礎力 の項目との対応を明示している.これ によって,参加者らが取り組む研究活 動は,成長の機会にもなり得る可能性 があることを示唆している.そして最 後に,本ワークショップで研究の擬似 体験を行うことを説明する. § 2 グループワーク グループワークの目的は,異なる意 見・価値観をもつ人とディスカッショ ンを行う機会を参加者に提供すること である.本ワークショップでは,グルー プごとの人数は,深い議論を行うのに 適した 4 ~ 6 名程度としている.グルー プには複数の学科,専攻,研究室の学 生を混同させ,価値観の違いや多様な 意見を踏まえてディスカッションを行 えるよう設計した.また,グループワー クの課題は,個々の参加者の知識に依 存しないものを選び,参加者がディス カッションそのものに集中できるよう に配慮した.例えば,「暴力的なテレビ 番組は子供に悪影響を与えるのか? 検証の実験を計画しなさい」といった 課題にすることで,機械,材料,化学 といった理工系分野の学部生・大学院 生らが偏りなく平等に議論することが 可能になっている.この課題を全グルー プに与え,発表時に相互に評価できる ようにした. § 3 中間発表・最終発表 グループワークの間に,中間発表と 最終発表をそれぞれ 1 回ずつ行った. これら二つの発表の目的は,論理ツリー を活用した課題に対するアプローチの 整理方法を確認し,発表内容の論理的 な矛盾を学生同士で指摘し合い,綿密 な計画立案の重要性について認識させ ることである.中間発表ではランダム に選ばれた二,三のグループが 2 ~ 3 分 で発表を行い,大学教員を含む参加者 全員による質疑応答を行う. § 4 まとめの講義 本ワークショップで体験した内容・ 学んだ内容は,参加者が今後研究に取 り組むうえでも重要であるため,積極 的に活用するよう促す.その際,論理 ツリーを研究計画書に利用した例を 示し,参加者に本ワークショップを生 かして今後の研究を進める具体的なイ メージをもたせるように工夫をしてい る.最後に,本来の研究とは自ら「問い」 を立てることであることを伝え,「自分 がこうありたい研究者像」をイメージ して研究に取り組むことができるよう, いくつかの研究キャリア事例を口頭に て紹介する. 3・2 ワークショップの効果 これまで,上記のようなワークショッ プを学部生・大学院生に行ってきたが, そもそも研究とは何なのか,どう 取り組めばよいのか,それを考え る良い企画だった (研究室で先生が教えてくれない) 研究を進めていくのに必要な考え 方やアプローチの仕方が学べた 研究室配属の時点で(ワークショッ プに)参加したかった といった意見に代表されるように,本 ワークショップの目的である「研究と は何か」を伝えることが概ね達成でき たことが確認できている.参加者は, 自分にとっての研究の位置付け,捉え 方やその進め方,そして研究に必要な 技能や能力といった観点について学ん でいたと考えられる. 本ワークショップでねらいとしてい た,学生自身が研究とは何かを考え, 研究そのものやその進め方,そこに必 要な技能や能力について学ぶという機 会は,本来大学研究室の日常的な活動 の中に埋め込まれているべきものもあ る.このことを考慮すると,上記のよ うなワークショップを必要に応じて教 員自らが実施できるような仕組みをつ くることも重要であろう. 4. 研究室がうまくいかないのは誰の せい? 理工系分野の大学院教育では,講義 よりも研究室における徒弟的な教育(研 究室教育)が,研究と教育の実質的な 図 2 「研究とは何かを学ぶ」ワークショップの様子
単位となっている.しかし研究室の教 育・研究活動は専攻や教員の方針によ り異なり,教員の指導能力に依拠する 部分も大きい.また,日本の研究室制 度自体が閉鎖的であるといった問題な どから,研究室教育において重要な役 割を果たす大学教員が,他の教員の研 究室教育の方法について知る機会が不 足している.その結果,多くの教員は, 自分の経験に基づく試行錯誤の研究室 教育をせざるを得ない.つまり,多く の教員には,自分自身の教育・学習経 験を通じて形成された価値観や無意識 の前提を吟味する機会がない.そこで 著者らは,教員や大学院生が研究室教 育に関する自らの前提や価値観を省察 的に振り返ることを支援するケースス タディを開発した [岡本 11]. 開発したケーススタディは,理工系 研究室におけるコミュニケーションの 問題に焦点を当て,大学院生が自身の 研究のやり方・進捗に悩みを抱える状 況を扱っている(図 3).なぜなら,理 工系の研究活動の成否にとって重要な 要素であるためである.また,うまく いかない事例を取り上げて理由を考え ることは個人の信念を扱う手法として 有効とされている [Tatto 98].ケースス タディで用いるケースの抜粋を図 4 に 記す*4. 4・1 ケーススタディを用いたワーク ショップ 著者らは開発したケーススタディを 用い,さまざまな大学やシンポジウムで ワークショップを開催してきた.ワーク ショップの具体的な流れを表 1 に記す. ケーススタディ参加者は上記ケース を読んだ後,以下に示すタスクを行い, その結果をグループ,参加者全体で議 論する. 課題 1 登場人物の中で,昌子の研究が うまく進まない原因になっている人 物を責任順に並べてください. 課題 2 登場人物の問題点を付箋に書き 出してください. 課題 3 昌子の状況を良くするアイディ アを付箋に書き出してください. 4・2 ケーススタディの効果 幸いなことに,ワークショップは開 催ごとに盛り上がりを見せ好評を博し ている(図 3 参照).参加者からは, 研究室内での学びを考えるうえで 役に立った 自らの研究室の学びに対する考え 方に気付くうえで役に立った 研究室の問題について多面的に捉 えられるようになった 研究室内の立場によって「研究室」 というものの捉え方が大きく異な ることが実感できた などケーススタディ実践に関する満足 度や,自らの研究室教育に関する価値 観の相対化に関する意見が多かった. また「うちの研究室の教授も参加して ほしい」といったように,自身が所属 する研究室の中でケーススタディを実 践したいという要望も多かった.一方 で,ケースの内容にあまりにもリアリ 表 1 ケーススタディを用いたワーク ショップのプログラム構成 図 3 ケーススタディの様子 *4 ケーススタディの完全版は,以下か らダウンロード可能,http://goo. gl/ddeEN8 広尾研究室は,超伝導の分野で有名な研究室の一つである.広尾研究室は学部生を 9 名, 修士 1 年・2 年を各 6 名,博士 1 年を 2 名,博士 2 年を 1 名,博士 3 年を 2 名,そして合計 5 名の研究員,2 名の助教を抱える比較的大きな研究室である. (中略) 修士課程 1 年の大木昌子は,学部生のときから助教の斎木が率いるグループに所属してい る.同じグループ内には同学年の俊也と博士課程 2 年の和樹がいる.昌子は最近,二つのこ とで悩んでいた. まず一つ目は,研究室,特にグループ単位の研究活動への関わり方である.昌子は大学の アカペラサークルを大学院進学後も続けており,毎週火曜日と金曜日は練習のために夕方 16 時半に研究室を出る.(中略) 二つ目の悩みは,自分の研究の進捗についてである.昌子はこの悩みは一つ目の悩みより も深刻であると感じている.昌子の研究は当初の予定よりも大幅に遅れており,グループミー ティングで進捗を報告するのが辛いと感じている. (中略) 昌子がグループでの研究の進め方について悩んでいることを知った後,広尾教授は斎木助 教と科研費申請に関するミーティングを行い,その際に昌子についてそれとなく話した.(中略) 一方昌子は相変わらず,今の状況をどうすれば良いのか分からず悩んでいる.昌子はこれま では,平日は朝早くから研究室に行っていたが,最近は朝起きるのが辛くなってきた. 図 4 研究室内コミュニケーションに関するケース(抜粋)
ティがあるすぎるため,利害関係者が 集まってケーススタディを実践するこ とは難しいとの声もあった. ケーススタティの目的は,具体的な 事例を通じて研究室の構成員が研究室 を理解・議論するための土台とするこ とであった.研究室の環境は大学の規 模,地域,分野によってさまざまである. それによって研究室観も多様となる.研 究室をいきいきとしたものにするには, 研究室をどのように「運営」すべきか ではなく,どう「理解」するかがファー ストステップとして重要であろう. 5. 価値観の部分共有 いきいき研究室増産プロジェクトの 活動をしていると,学生から「もう研 究室を脱出したいです.何とかしてく ださい」,「研究者になろうと思って研 究室に入ったのに,教員は何も教えて くれないし,学生を駒だと思っている. 研究室にがっかりしたので,もう大学 を辞めようと思っています」といった 声を聞くことがある.一方,教員から も「最近の学生は就職活動ばかりに目 が行っている.全く研究に集中してく れない.どうしたらよいのだろう…」 といった声を聞く.教員にとって研究 室は研究を行う場である.一方,学生 にとって研究室は学習・鍛錬の場であ り,学生が社会に飛び出す前の最後の 砦でもある.このように研究室は大学 において極めて重要な場所であるにも かかわらず,研究室に対する悩み・不 満の声が教員・学生の双方から上がっ てくるのはなぜだろうか. 大学法人化以降,大学教員は特に忙 しい.研究を生業にするために大学教 員になったにもかかわらず,教育や大 学運営,研究を推進するための外部資 金活動などに忙しい(図 5 参照).残っ た時間で研究をしているという現実が ある.結果,いつの間にか「研究以外 はすべて雑用」,「時間さえあればもっ と良い研究ができるのに…」と考えて しまっている教員も少なくないのでは なかろうか. 本来大学の使命は研究,教育,社会 貢献である.さらに,運営費交付金の 削減,大学教育に対する社会的要請の 増大といったように,大学の研究・教 育を取り巻く状況は目まぐるしく変わ りつつある.一昔前のように「好きな 研究だけしていればよい」,「研究者に なりたいやつは俺の背中についてこい」 という考え方は今や通用しなくなりつ つある. では,研究と教育を両立させる研究 室運営方法はないのだろうか.我々が 提案したいのが,研究ドリブンの研究 室運営から人材育成ドリブンの研究室 運営への転換である.図 6 のように, 人材育成(教育)を通じて研究室とい う組織を活性化させるのである.組織 の活性化させるアプローチとしては, 組織論やコーチング理論など,さまざ まなものが考えられる.いきいき研究 室増産プロジェクトでも,そのような 分野の知見を活用してワークショップ や教材開発を行ってきた.しかし,研 究室活性化のための最も重要なヒント は価値観の部分共有にあると考える. 研究室に所属する学生のモチベー ションは多様である.研究をやりたい, 学問を修めたいという学生もいれば, バイト,就職,卒業,仲間・思い出づ くりといったモチベーションで活動し ている学生が多数いるのも事実である. ところが,学生に対する大半の教員の 理想は「研究」である.それゆえ,以 下のような方便を用い,学生を研究に 向かわせようとする. 卒業させんぞ! 学生たるものしっかり研究しろ! がんばれば特許が出せるよ うまくいけば歴史に名を残せるよ 就職活動のために学会発表した方 がいいだろ? 国際会議で発表すると海外に行け るよ しかし,このようなアプローチでう まくいかないこともあるのではないか. これまでの活動の中で「先生は国際学 会に行けるよと言うけれども,飴を見 せて研究させようとセコい手を使うの が余計に嫌だ」と言う学生がいたが, 上記のような方便が学生を研究に向か わせるうえで逆効果になる事例もある. 大学研究室は企業とは違うので,研究 室に所属するメンバは必ずしも方向性 が一致しないし,一致することを強制 することもできない. そこで,図 7 のように研究を通じて 学生のモチベーションを達成させてあ げるというアプローチに変えてはどう か.例えば就職や企業をモチベーショ ンにしている学生の場合,研究を通じ て論理思考能力や計画能力,プレゼン テーション能力を高められるよう指導 する.結果,学生は企業の一線で働け る能力を身に付けるべく研究に集中し, 第一希望の企業への就職が可能となる. どんなモチベーションであれ学生が研 究に前向きになれば,教員の研究推進 にポジティブな結果をもたらす(図 8). これこそが人材育成ドリブンの研究室 運営である.研究室における人材育成 図 5 大学教員の悩みの例 図 6 研究ドリブンの研究室運営と人材育成ドリブンのそれの違い
のエッセンスは,教員の研究理念(価 値観)の浸透と部分共有にある.教員 と学生が Win-Win の関係になり,研究 室が「いきいき」とするためにも,教員・ 学生を含む構成員同士の価値観を部分 的に共有することが重要であろう.これ を行うためのヒントとして,最後に「大 学研究室の歩き方講座」を紹介しよう. 大学研究室の歩き方講座は,研究室 における教員と学生のより良いコミュ ニケーションのためのコンテンツであ る.同コンテンツでは,教員も学生も 思わず「あるある」とうなずいてしま う場面を「教員がガックリくる言葉」, 「教員の理不尽な言動」などのカテゴ リーに分けて,研究室での意思疎通を 円滑にする方法を提案している.大学 研究室の歩き方講座は,いきいき研究 室のホームページから閲覧することが できる*5, *6(図 8 も参照のこと). 6. ま と め 近年,大学教育の充実を目指し,授 業研究やファカルティディベロップ面 に関する取組みが数多く行われている. しかし,知識創造の現場,知識創造の 担い手となる人材を育成する現場であ る研究室については,その運営は教員 個人の努力に一任されている現状があ る.著者らが行っているような実践活 動によって,研究室運営に携わる教員 同士が交流し,多様な研究室観を「理解」 し,研究室運営の質的向上につながれ ば幸いである. ◇ 参 考 文 献 ◇ [江原 09] 江原武一,馬越 徹:大学院の改革, 東信堂(2009) [市川 95] 市川昭午,喜多村和之:現代の大 学院教育,玉川大学出版部(1995) [クラーク 99] バートン・クラーク 著,潮 木守一 訳:大学院教育の研究,東信堂 (1999) [宮野 08] 宮野公樹,岡本絵莉,可知直芳, 山本祐輔,草間亮一:トライ & エラー を加味できる研究推進と人材育成に最適 な研究計画書の作成,日本金属学会講演 概要(2008) [宮野 10] 宮野公樹,岡本絵莉,可知直芳, 山本祐輔:「研究とは何か」を伝えるこ とをねらいとする理工系学生向けワーク ショップの開発と実践 , 科学教育学会論 文誌,Vol. 34, No. 2, pp. 167-176(2010) [岡本 11] 岡本絵莉,舘野泰一,宮野公樹, 可知直芳,山本祐輔:研究室内コミュニ ケーションに関するケーススタディ教材 の開発と実践,日本教育工学会第 27 回 全国大会講演論文集(2011)
[Tatto 98] Tatto, M. T.: The influence of teacher education on teacher’s beliefs about purposes of education, roles and practice, J. Teacher Education, Vol. 49, No. 1, pp. 66-78(1998) 2013年 11 月 18 日 受理 図 8 研究を通じた学生のモチベーションアップ *5 大学研究室の歩き方講座,http:// www.ikiiki-lab.org/category/ arukikata/ *6 コンテンツをまとめた冊子を希望の方 は京都大学学際融合教育研究推進セン ター(075-753-5338)まで. 図 7 研究を通じた学生の モチベーションアップ