1.は じ め に
気象予測やタンパク質の構造解析,複雑な量子多体系 の解析など,私達の生活を取り巻く多くの問題は組合せ 最適化問題と呼ばれ,問題数の増加に対して計算量が指 数的に増加してしまうため,スーパーコンピュータを用 いても厳密解の解析が困難となる.そこで,より大きな 問題サイズの厳密解を正確に求めることができること, 最適化問題の近似解を古典計算機(量子計算機に対比し てフォンノイマン型の計算機のことを総称する)よりも 効率良く求めることができること,という二つの観点か ら,量子コンピュータの実現が期待されている.2013 年, NASA,Google,大学宇宙研究協会(USRA)が共同で 量子人工知能研究所を設立し,カナダのベンチャー企業D-Wave Systemsによる D-Wave Ⅱという計算機を導入
した.D-Wave Ⅱは 512 個の量子ビットを搭載しており 「新たな動作原理による量子コンピュータ」といわれ話 題になっている.果たして D-Wave は量子系を用いた新 たな原理で,どんなに優秀な古典計算機でも実現し得な いようなコンピュータを実現したのだろうか. 1982年に Feynman らは,量子系のような複雑系を シミュレートするには,古典計算機よりも量子系を用い た計算機のほうがより優れている,と量子コンピュータ の存在を予想した [Feynman 82].1992 年には Deutsch と Jozsa による最初の量子アルゴリズム [Deutsch 92], 1994年には Shor の因数分解アルゴリズム [Shor 94], 1996年には Grover の検索アルゴリズム [Grover 96] な ど,代表的な量子アルゴリズムが発見され,その実装の ために,イオントラップや超伝導回路,冷却原子,光子 など,さまざまな物理系を用いて研究が行われてきた. 2012年にノーベル物理学賞を受賞したアメリカ NIST のWinelandとフランスENSのHarocheは,ともに「個々 の量子系の計測と操作を可能にした画期的な手法の開 発」について,量子コンピュータ研究の発展における大 いなる功績を讃えられた.また,量子コンピュータのみ ならず量子乱数発生器や量子シミュレーションなど,量 子性を用いて古典計算機を凌駕する情報処理を行おうと する研究も,活発に進められている.
2.実現が難しい量子コンピュータ
2・1 量子コンピュータの解ける問題とその性能 量子コンピュータのアルゴリズムは,量子力学的な 重ね合わせと干渉効果を効率的に用いて,確率的に解 を求めるものである.通常の計算機では古典 1 ビット が一度に表すことのできる情報は 0 か 1 のどちらか一 通りであるが,1 量子ビットが一度に表現できる情報は |ψ〉=α|0 〉+β|1 〉といったように任意の複素振幅 α, βによる|0 〉と|1 〉の状態の重ね合わせで記述され る.そのため量子ビットの場合,n 個の量子ビットを用 いて一度に表すことのできる状態の数は,実に 2n通り と豊かな表現ができる.ただし古典の並列計算とは異な り,量子並列計算では一度の計算の読出しの結果,2n通 りの計算結果の中から一通りの解だけが読み出される. また,量子コンピュータは汎用計算機ではなく,因数 分解のように量子アルゴリズムが発見されている特定の 問題についてのみ解くことができる.NP 完全問題に対 する量子アルゴリズムは未だ見つかっておらず,量子計 算によってすべての計算問題が P 問題へ帰着させること ができるかという答えは今のところ定かではない.量子 コンピュータが多項式で解くことができる問題は,BQP (Bounded-error Quantum Polynomial time)という計 算クラスに分類され,因数分解などを含んでおりクラスPよりは広く難しいが,NP 完全や NP 困難は含んでい
ないであろうと予想されている.
量子コンピュータの新潮流:
量子アニーリングと D-Wave
The New Trend of Quantum Computing:
Quantum Annealing and D-Wave
宇都宮 聖子
国立情報学研究所情報学プリンシプル研究系Shoko Utsunomiya Principles of Informatics Research Division, National Institute of Informatics.
[email protected], http://www.nii.ac.jp/faculty/informatics/utsunomiya_shoko/
Keywords:
quantum computer, quantum information, quantum annealing, adiabatic quantum computation,2・2 量子コンピュータに必要なリソース 量子コンピュータを実現するにはどのくらいのリソー スを必要とするのだろうか.量子コンピュータの実装が 極めて難しい理由は,外界との相互作用により,量子ビッ トの豊かな重ね合わせ状態がすぐに崩壊してしまい(コ ヒーレンス時間が短いという),量子アルゴリズムの実 行に必要となる正確な量子ビット演算を現実の物理系で 実装することは非常に困難となるためである.これまで に実験的に成功した量子コンピュータの実装例は,7 量 子ビットの核磁気共鳴などを用いた 15=3×5 の因数分 解 [Vandersypen 01] という規模に留まっている.実際 に量子計算を行うには量子ビットのデコヒーレンス(系 が外界との相互作用により壊れてしまうこと)を修正 するための量子誤り訂正機構が必要となる [Shor 95]. スーパーコンピュータでも解くことができない演算を量 子誤り訂正機構まで含めて量子コンピュータで行った 場合に必要なリソースを見積もった結果がある [Jones 12].それによると,1 024 ビットの因数分解(RSA 暗 号が 1 024 ビットの素因数分解により安全性を保証され ているため)を行うためには実に 108もの量子ビットを 99.9%の精度で個別に制御する必要があるとされ,今の 量子制御技術では実現がとてつもなく難しいと考えられ ている.
3.量子アニーリング
本章では D-Wave の計算機の動作原理となってい る量子アニーリングについて紹介する.最適化問題 に対するアルゴリズムでは,局所解に留まってしま い真の最適解に到達できないことがしばしば問題と なる.Kirtktpatrick らによって提案された焼鈍し法 (simulated annealing:SA)は,金属の焼鈍しという物 理現象にヒントを得たもので,熱的な励起により局所解 から抜け出すことができる.このため,さまざまな問題 に適用できる汎用的近似解法として知られている.ある 問題が,場合の組合せ(この場合は後述のスピン配列) に対して,エネルギーランドスケープとして与えられた 場合を考えてみる.図 1(A)で示す SA は,局所解に陥っ てしまった場合に,その状態から熱的な励起により局所 解から抜け出し,最低基底状態を探索する手法である. 初期状態では,状態をある程度の高温に保ち,徐々に温 度を下げていけば,最終的に基底状態へと到達できると いうものである. 西森らは,局所解から抜け出し最適解を探す方法と して,熱揺らぎの代わりに量子力学的な揺らぎを導入 し,よりエネルギーの低い解を探す方法を,量子アニー リ ン グ(quantum annealing: QA) と し て 提 案 し た [Kadowaki 98].図 1(B)のように,量子揺らぎによっ て起こるトンネリング効果を用いることでポテンシャル 障壁を通り抜けることができ,徐々にトンネル効果を弱 めていくことによって基底状態を探索する手法である. SA・QA の場合,焼鈍しスケジュールを調整することに より,長時間極限において,確率 1 で基底状態に到達で きることがわかっている. 量子コンピュータにより解くことができる問題は因数 分解などの特定の問題のみに限られているのに対して, QAは下記に述べるように NP 完全・困難問題であるイ ジングモデルを対象として構築されているため,他の NP問題を多項式時間でイジングモデルにマッピングす れば,いかなる NP 問題にも適用できるという点で非常 に魅力的である. 3・1 量子アニーリングの原理 ここで,量子アニーリングの計算原理を紹介する.統 計力学の分野で組合せ最適化問題として,スピングラス と呼ばれる磁性体の問題がよく知られている.この問題 のエネルギー関数(ハミルトニアン)は次式で与えられる. (1) イジング問題はσz i=±1 の二つの配位をとるイジング スピンが二次元または三次元空間に配列され,スピン間 の相互作用 Ji, jが与えられたとき,一番低いエネルギー をとる各イジングスピン成分の組合せを求める問題であ る.このモデルは三次元の場合,また二次元でかつ各ス ピン成分にλiで表されるポテンシャル勾配がある場合 に,NP 困難であることが知られている [Barahona 82]. このイジングハミルトニアンの基底状態を求めるため に,QA では量子揺らぎを用いて状態探索を行う.式(2) のように,初期状態として,基底状態にシステムを準備 できる初期ハミルトニアン Hiniを準備する.そこから解 きたい問題(上記のイジング問題)Hfinへと断熱的にゆっ くり時間 T をかけ,システム H(t)を変化させていく. (2) 量子力学の断熱定理より,T が十分に大きければ,シ ステムの状態はゆっくりと変化しながらも常に基底状態 に保たれているため,解きたい問題 Hfinの基底状態を 時間 T 後に求めることができる.時間 T が十分長くな く,状態間のクロストークの大きさが基底状態と第一励 起状態のエネルギー差よりも大きいと,状態変化の際に 励起状態に遷移してしまう.図 2 に示すように,ある 時刻において,基底状態と第一励起状態の間のエネル 図 1 焼鈍し法と量子焼鈍し法の違い λ ini fin (A)焼鈍し法 (B)量子焼鈍し法ギーギャップの狭いところでは,断熱の条件を満たすよ うにゆっくりと時間発展をさせれば,状態は最低基底 状態に留まることができる.システムサイズ N によっ てこのエネルギーギャップは指数的に減少する(gmin∝ exp(-cN)(c は正の定数))ので,QA により最適解を 求めるのには,システムサイズに対して指数的な時間が かかってしまう. 3・2 量子アニーリングと量子コンピュータの計算量 QAの考案とほぼ同時期に,量子断熱計算(quantum
adiabatic evolution: QAE)という手法が Farhi らによっ て理論的に示された [Farhi 01].基底状態が簡単に準備 できるハミルトニアンから出発して,計算したい問題の 答えが基底状態となる別のハミルトニアンへと,断熱的 に状態を変化させていくことで,所望の基底状態を得る ものである.先に示したように QA と QAE は基本的に は同じ計算原理をもつ手法であるが,計算量の問題サイ ズ依存性などを議論するのに QAE はより適している. Aharanovらは,QAE に必要な計算量のクラスは,冒頭 で述べた量子計算機で実現できる計算量のクラス BQP と等価であることを理論的に示した [Aharonov 08].す なわち,量子計算機と同等の計算パワーは,量子アニー リングマシンによっても実現できるということになる.
4.D-Wave について
D-Waveは 1999 年にブリティッシュコロンビア大学 出身の Rose らによって,QA を実装した量子コンピュー タを商品として開発するベンチャー企業として設立され た.2009 年には Neural Information Processing Systems conference(NIPS)において,Google の Neven らが D-Waveの QA を用いて機械学習の最適化(画像認識に おける識別関数の最適化)を行ったという報告をした. QAは計算機の上で量子効果を取り入れる計算モデル として提案されたものであったが,D-Wave は 2011 年 に QA を超伝導量子ビットで実装した実験結果を発表し た [Johnson 11].同年,世界初の商用量子コンピュー タとして 128 量子ビットの D-Wave One を売り出し, ロッキード・マーティンと契約したことでも注目を集め た.同製品はその後南カリフォルニア大学に設置され, Miyazawa-Jerniganモデルとして知られる格子タンパ ク質フォールディングモデルの事例を解くなどの計算が 示され,現在もさまざまな研究者達がその性能のベンチ マークにあたっている.QA マシンである D-Wave を量 子コンピュータと定義するかどうかについては,量子性 が効率良く使われているか,量子もつれ状態が計算に効 果を発揮しているか,などのさまざまな論点から現在も 論争が続いている. 4・1 超伝導量子ビットによるプロセッサここでは,D-Wave マシン(D-Wave One,Ⅱを総称する) に使われているプロセッサについて紹介する.D-Wave マ シ ン は 超 伝 導 磁 束 量 子 ビ ッ ト(Superconducting QUantum Interference Device : SQUID)を搭載する計 算機である.SQUID を安定に動作させるためには,外 部からの電磁波をシールドし,20 mK の極低温まで冷 却する必要がある.このため,1 ブロックが 3 m 四方と なる比較的大型の装置となっている. D-Waveマシンは組合せ最適化問題として,イジング スピングラスモデル(式(1))を実装している.イジン グスピンσizは,SQUID の量子化された磁束量子ビット (磁束量子の向きにより固有状態を|↑〉,|↓〉を表す) によって実装される.SQUID は強い横磁場をかけると, |↑〉と|↓〉の二つの状態の重ね合わせ状態となり, N個の量子ビットで構成されるシステムの全体の基底状 態は式(3)で表される線形重ね合わせ状態となる. (3) 量子揺らぎによるトンネル効果が非常に大きく,図 1(B) の横軸に表されるようなすべてのスピン配列(N 個のス ピンそれぞれが|↑〉または|↓〉である 2N通りの組合せ) に同時に存在している状態に対応する.これをシステム の初期状態として準備する. イジング結合は,量子ビット間に配置された結合用 の別の SQUID を介して実装されている.相互結合の大 きさは,SQUID 間の相互結合インダクタンスの大きさ により正から負へと連続的に変化させることができる. Single Flux Quantum(SFQ)回路により SQUID のイ ンダクタンスへ流す電流値を制御することができ,多 数の局所磁場を独立にコントロールしている.これによ り,イジング結合やゼーマン項の大きさから,個々の 量子ビットの製作段階で生じてしまった微小誤差までを 精密に決定することができる [Harris 10].このように, D-Waveマシンは極めて制御性の高い装置といえる. D-Waveのプロセッサは 8 個の量子ビットからなる基 本ユニットで構成され,各ユニットから左右上下に最大 12本の結合回路が接続されている.結合回路の配置は 単純な規則に従う,比較的シンプルな構成となっている. NP完全問題を解くために完全グラフを構成するには, 自分以外のすべての量子ビットにサイト数 N の 2 乗の 図 2 エネルギー固有値の時間発展 〉 〉
数の結合をつくる必要があるが,D-Wave では相互結合 回路の煩雑化を防ぐため,マイナーエンベッディングと いう手法を用いている [Choi 10].この手法を用いると 実装サイズ N に対して√-N の完全グラフを実装できるた め,512 量子ビットを搭載する D-Wave Ⅱでは 20 サイ ト程度の組合せ最適化問題を扱っていることになる. イジングハミルトニアン以外の問題を D-Wave Ⅱで解 く場合は,任意の問題をイジングハミルトニアンの形式 にマッピングするためのブラックボックスが用意されて いる.イジング問題に多項式時間でマッピングできる問 題であればどんな問題でも D-Wave マシンで解くことが できるという点で,量子コンピュータよりも汎用性が極 めて高いといえる.また,D-Wave マシンには量子コン ピュータで重要となる量子誤り訂正機構がない.そのこ とが D-Wave マシンの計算の性能にどう影響するのかは 今のところはっきりとはわかっていない. 4・2 D-Wave に量子性はあるのか D-Waveマシンを量子コンピュータと位置付けてよい のか,その計算機構に量子性はあるのか,Aaronson ら を中心に D-Wave の信憑性に関してさまざまな論争が続 いている [Aaronson].そんな中,D-Wave が本当に QA を実装できているのか,Troyer らは 108 量子ビットの D-Wave One(DW)と,計算機による量子アニーリン グ(SQA),焼鈍し法(SA),スピンダイナミクス(SD) を用いてイジングスピングラスモデルを解いた解の特性 を比較し,その性能評価を行った [Boixo 13]. イジングモデルのさまざまなインスタンスを実装し, その成功確率のヒストグラムをプロットすると,DW と SQA,SD はやさしい問題(成功確率が 1 に近い問題) と難しい問題(成功確率が 0 に近い問題)に高い確率分 布が集中する二峰性の特徴を示した.一方,SA の場合 は 0.5 付近の成功確率(普通の問題)に最も多く確率分 布が集中し,そこを中心に簡単な問題と難しい問題の方 向へ確率が減少する(単峰性)異なる特徴を示している. それぞれ四つの手法で同じ問題を解いてその成功確率を 比較した結果を見ると,DW と SQA は同じ問題に対す る成功確率が似通っており,DW と SD では,同じ問題 に対して DW のほうが高い成功確率を出している.DW と SA の比較に関しては,SA の繰返しの回数が多くなる ほど SA のほうが成功確率が高くなる傾向を示している. また,QA の計算を有限時間τの間に計算を終わらせ る際に得られた答えが,最適解にどのくらい近いか(残 留エネルギーという)を見積もることが,現実的な計算 では重要な評価手法となる.各インスタンスについて, その成功確率と残留エネルギーの分布を比較したとこ ろ,DW と SQA ではその分布が似通っていて,DW と SA,SD とは異なる分布形状を示しているとの結果が示 されている. また,DW,SA,SQA に対して問題サイズ √-N に対 するアニーリング時間のスケーリングが示されている. 厳密解法のスケーリングは exp(c√-N)(cは定数)より は悪くならないことが知られており,SQA の場合も同 様な結果が示されている.DW の場合は,同じ問題につ いて何度か試行を行い,正しい解を見つけるのにかかっ た試行回数とアニーリング時間の積から計算時間のス ケーリングを求めている.99%の確率で正解を求める場 合は問題サイズに対する計算時間の発散が見られるが, 50%程度の成功確率だと SA,SQA と同等のスケーリン グを示している.これらの結果から,D-Wave の特性は 他の手法に比べてかなり QA に近い特徴を示していると 結論付けられている. 一方で量子ビットの基本的な特性として評価される量 子もつれ(エンタングルメント)などの実験的証拠が十 分に示されていないことから,D-Wave マシンではきち んと量子性が使われているのかという懐疑的な指摘があ る.また,SQUID のコヒーレンス時間はせいぜい 1 ~ 10 nsであり,アニーリングに必要な時間よりも短いこ とから十分な量子効果が使われているのかを疑問視する 声もある.それにもかかわらず,先に述べたように DW の特性として QA に近い結果が出されていることは興味 深い.また,実際には D-Wave を稼働する際は有限の温 度揺らぎや位相揺らぎなどのシステムノイズが存在する ため,それが理想的な QA を実装した場合に比べてどの ように作用しているのか,などの問題は検討されるべく 残されている. 4・3 D-Wave のベンチマーク
D-Wave社の相談役である McGeoch らは,D-Wave
が古典計算機に比べてどのくらい早く計算できるかと いうベンチマークテストを行った [McGeoch 13].比較 対象とした古典計算機のアルゴリズムは CPLEX,AK という厳密解法,TABU search というメタヒューリス ティック解法の三つであり,これらと 512 量子ビット の D-Wave Ⅱを比較している.比較に用いた計算問題 は,W2SAT,QUBO,QAP という三つの NP 困難問題 で,これらを解いた際の計算時間を比較している.古 典計算機として使用したマシンは七つの Lenovo Think Station S30 0568 workstation で,それぞれが Intel Xeon E5-2609 /2.4GHz Quad-Core with 16GB RAM を 搭載している(OS は Ubuntu 64-bit 12.04 LTS).
計算時間を固定して問題サイズを変化させたときに, 各アルゴリズムが求めることのできる解の良さが比較さ れている.QUBO 問題を解いた場合,D-Wave Ⅱのア ニーリング時間 491 ms に合わせて同じ時間後に他のプ ログラムが最適解を発見する確率を比較したところ,N= 400まで問題サイズを増やしていくと,四つの手法を比 較すると,ほぼ 100%の確率で QA が最も良い解を求め ることに成功している.また,問題サイズを N=439 に 固定し,100%近い確率で最適解を求めるのに必要な時
間を比較したところ,DW は CPLEX の 3 600 倍速い 0.5 sの時間で最適解を求めている.これらの結果により, ある特定の条件下で DW は古典計算機の性能を上回るこ とが実験的に示された.SA と QA ではそれぞれに得意 な問題,不得意な問題が違うように,いくら優れた計算 機でも汎用性をもたせると,特定の問題を解くことに特 化したデバイスよりも性能が劣ってしまう.そのため上 記の比較は必ずしも DW と古典計算機の正当な比較とは いえない,という指摘もある.
5.ま と め
D-Waveマシンに対する見解はさまざまであり,現在 も計算機科学の理論研究者らを中心として論争が続いて いる.D-Wave 社の最も目を見張るべき点は,量子コン ピュータのアルゴリズムが発見されて以降,世界中の 研究者がハードウェアの実現に苦戦してきた中,早い段 階で QA という別の量子計算機の実現方向に舵を切り, 500量子ビットという従来の 30 倍以上も大きな規模の 量子ビット演算を製品という形で実現させた点であろ う.D-Wave 社の扱う超伝導量子ビットの技術は,専門 家の間でも高く評価されており,その計算機としての真 偽性は,現在も慎重に議論され続けている. 量子コンピュータの実現における最大の敵であるデ コヒーレンスを克服する手段として,量子誤り訂正表面 コードなど,ユニバーサル量子計算を実装技術に近づけ る手法が考案されている一方で,QA のように新たな量 子計算の概念が注目され始めた.量子計算に本当に必要 なのはエンタングルメントなのか,それとも全く異なる 量子効果なのか.大規模なシステムサイズで動作できる 量子計算機を実現するためには,実世界の物理系と相性 の良い量子効果を効率的に利用することが鍵となるであ ろう.量子計算の基本原理が再び議論の中心となる大き な転換期に差し掛かり,量子計算によって開かれる計算 のパラダイムは,さらなる可能性が期待されている. 謝 辞 本稿の執筆に際しご協力をいただきました東京大学 中村泰信氏,国立情報学研究所 山本喜久氏,理化学研究 所 玉手修平氏,東京大学 高田健太氏に,心より感謝申 し上げます.◇ 参 考 文 献 ◇
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[Vandersypen 01] Vandersypen, L. M. K.: Experimental realization of Shor’s quantum factoring algorithm using nuclear magnetic resonance, Nature, Vol. 414, pp. 883-887 (2001) 2013年 12 月 25 日 受理 宇都宮 聖子 国立情報学研究所,情報学プリンシプル研究系,特 任准教授.2008 年東京大学大学院情報理工学系研 究科博士課程修了.光半導体の物性やレーザを用い た新しいタイプの量子コンピュータの開発研究に従 事.