人類とICTの未来:シンギュラリティまで30年?:2.シンギュラリティと人工知能の将来
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(2) 特集 新年特別企画 人類と ICT の未来:シンギュラリティまで30 年?. てよく取り上げられるようになったのは,最近にな. 3 回目のブームを迎えている.技術的には機械学習,. ってコンピュータが人間の能力に追いつき追い越す. 特に深層学習(deep learning). という事例がいくつも見られるようになったためと. ている.. 3). がブームを支え. 思われる.人工知能の進歩が人間を脅かすかもしれ ないという可能性が現実的になってきたのである.. 汎用人工知能. 人工知能の研究が始まったのは 1950 年代であっ. . たが,その当初はコンピュータの能力に対する過信. 最近になって人工知能で汎用人工知能(Artificial. からブームとなっていた(たとえば 10 年以内にコ. 「汎 General Intelligence=AGI)4)が注目されている.. ンピュータチェスが世界チャンピオンに勝つという. 用」とわざわざ断っているのは,近頃の人工知能が. 今から見れば能天気な予想がされたりした).その. もっぱら「個別」であるという認識に基づいている.. 後進歩が思わしくないために 1960 年代に人工知能. 1950 年代に人工知能の研究が始まってからしばら. は冬の時代を迎えた.1980 年代から 1990 年代に. くの間は「汎用」の知能をコンピュータで実現しよ. かけて人工知能は知識工学,エキスパートシステム. うとしてきた.たとえば人工知能の初期の研究成. というキーワードを伴って 2 回目のブームを迎え. 果として有名な Allen Newell と Herbert Alexander. た.しかしエキスパートシステムが常識の欠如など. Simon の GPS(General Problem Solver= 一般問題. の理由でほとんど実用にならなかったため,人工知. 解決システム)は,人間の「汎用」の問題解決の仕. 能はその後長い冬の時代を過ごした.人工知能は(人. 組みをモデル化したものであった.またプロダクシ. 工知能の研究者からすれば残念なことに)実用にな. ョン・システムや Marvin Minsky のフレーム理論. らない研究の代表格とされていた.. は人間の「汎用」の知識表現の枠組みをモデル化し. それが最近になって人工知能において目に見える. たものであった.しかし「汎用」の知能を実現する. 成果が数多く出てきた.1997 年にコンピュータチ. のは非常にむずかしいことが分かり,その後はもっ. ェスの Deep Blue が世界チャンピオンの Kasparov. ぱら知能の一部の機能を「個別」に実現することを. に 勝 っ た の を 始 め と し て,2011 年 に は IBM の. 目指してきた.ゲームがその典型である.オセロ,. Watson がアメリカの有名なクイズ番組の最強チャ. チェッカー,チェスなどはすでにコンピュータの方. ンピオンに勝利し,2010 年代には Google が無人. が人間よりも強いが,それらのプログラムはそれら. 走行車を数千キロ無事故で走破させたり猫の自動認. のゲームしかプレイできない.チェスと将棋は似た. 識に成功したり Facebook の人間の顔の認識システ. ゲームであるが,チェスのプログラムは将棋が指せ. ムがほぼ人間の能力に追いついたりした.一部の分. ず,将棋のプログラムはチェスが指せない.似たゲ. 野では人工知能が実用レベルに達したのである.. ームも指せないぐらいなので,ゲーム以外のことは. 日本ではコンピュータ将棋がプロ棋士に勝ったと. 何もできない.数学の問題は解けないし,日本語も. いう事件の衝撃が大きかったと思われる.チェスの. 理解できない.人間の場合はゲームの強い人はゲー. 話は日本人にとっては他人事であったが,将棋の話. ム以外のこともできる.たとえば将棋の羽生善治名. は他人事ではないのであろう.もはやコンピュータ. 人はもちろん将棋は非常に強いがチェスも強い(日. 将棋が名人に勝つのは時間の問題である(2015 年. 本トップクラスである).さらにはたとえば旅行の. にはコンピュータの実力が名人に追いつき追い越す. 計画も立てられるし,日本語も流暢に話す.羽生名. と思われる) .これまで地球で最も将棋の強い存在. 人の知能は「個別」なのではなく「汎用」なのである.. であったプロ棋士がその座をコンピュータに明け渡. 人間の知能の大きな特徴はその「汎用」性にあ. そうとしている.. る.しかし最近の人工知能成果である Deep Blue. いまはこのような進歩を背景として人工知能は. も Watson も無人走行車も顔認識システムもどれも. 16 情報処理 Vol.56 No.1 Jan. 2015.
(3) 2.シンギュラリティと人工知能の将来. それだけしかできない「個別」のものである.「個. 棋士を評価するのか,コンピュータは将棋界の行く. 別」の知能の探求も重要ではあるものの,それだけ. 末に大きな影響を及ぼしつつある.まさに実社会の. を積み重ねていても人間のような「汎用」の知能を. 問題となっているのである.. 実現することはできない.そのような考え方のもと. コンピュータが人間の仕事を奪うという指摘があ. に,いわば人工知能研究の原点に返って「汎用」の. 5 る .確かにこれまでの人間の歴史を見ても科学技. 知能の実現を目指すのが汎用人工知能である.汎用. 術の進歩によって人間の仕事が変化してきた.18. 人工知能によってフレーム問題や記号接地問題など. ∼ 19 世紀の産業革命では蒸気機関などの発明によ. 人工知能の難問も解決されると期待されている.詳. って人間がやっていた肉体労働の一部が機械にとっ. 細は文献 4)などを参照されたい.. て代わられた.仕事を奪われた労働者の一部がラッ. 汎用人工知能は人間の知能を超える「超知能」を. ダイト運動と呼ばれる機械打ち壊しを行った.以前. ). 実現するための具体的な方法の. は人間の仕事であったそろばん. 1 つと考えられている.ただし. や活字拾い,あるいは電話交換. 汎用人工知能の研究は今後の進. なども科学技術の進歩に伴って. 展を待つ必要がある.たとえば. 仕事としては成立しなくなって. 人間の脳の全体をシミュレーシ. いった.人工知能の進歩によっ. ョンする試みなどが進められて. ていまや頭脳労働の一部が機械. いる.. にとって代わられようとしてい る.アメリカでは人工知能の成. 人工知能と社会とのか かわり. 果として便利な会計システムが 作成されて数万人の会計士が 職を失ったと報告されている.. かつての人工知能はもっぱ. 21 世紀のネオ・ラッダイト運. らおもちゃの「積み木の世界. 動とも言うべき反人工知能の動. 」で遊んでいて (blocks world). きも始まっている.昔は若いと. 実社会を対象にしていないと批. きに何らかの技能を身につけれ. 判されていた.当時のハードウ. ばほぼ一生その技能で食べてい. ェアとソフトウェアの技術水準からすると積み木の. くことができたが,現在は科学技術の進歩が早くて. 世界を対象とせざるを得なかったのであって好んで. 年をとってからも新しい技能を身につけないと若い. 遊んでいたわけではないが,実社会と乖離していた. ときに身につけた技能は時代遅れになって食べてい. のは事実である.それが人工知能の進歩によって実. けなくなっている.人工知能の進歩によって人間の. 社会とのかかわりが徐々に深くなってきている.た. 仕事が奪われているということではなく,仕事の内. とえば将棋それ自体は人工的なゲームで実社会とい. 容が変化しているということである.また人工知能. うより積み木の世界に近いかもしれないが,将棋を. の進歩によって人間にとって新たな仕事が生じるこ. 食べる手段としているプロ棋士がいて数多くのファ. とも期待できる(たとえばプログラマという人間の. ンがいるという意味で実社会に根を生やしている.. 仕事は科学技術の進歩でコンピュータが発明された. いまのようにコンピュータ将棋がプロ棋士に勝つよ. ことによって生じたものであった).産業革命がそ. うになると,プロ棋士の生活は今度どうなっていく. うであったように,中期的には一部の人間が影響を. のか,将棋のファンは強さを重視してコンピュータ. 受ける可能性はあるものの,長期的には人間にとっ. 将棋を評価するのかあるいは人間性を重視してプロ. ていい方向へ進むものと考えている.. 情報処理 Vol.56 No.1 Jan. 2015. 17.
(4) 特集 新年特別企画 人類と ICT の未来:シンギュラリティまで30 年?. 情報化社会と言われるようになってかなりが経つ. 工知能より全体としてはまさっているいまのうちか. が,社会が真に情報化されたとは言いがたい.やり. らしっかりと議論しておく必要がある.人工知能学. 方は変えずに,単に人間がやっていたものをコンピ. 会では倫理委員会(仮称)を設けてこれらの議論を. ュータがやるようにしただけというのがほとんどで. 開始している.人工知能の将来を明るくするのも暗. ある.真の情報化はやり方自体を変えることにある.. くするのも人間次第なのである.. たとえば,人間が手書きで書いていた書類をコンピ ュータで書いて印刷するのは情報化ではない.コン ピュータを使ってそのような書類がなくても済むよ うにすることこそが情報化である.シンギュラリテ ィに向かう人工知能の進歩に伴って真の情報化社会 が実現されることを期待している. シンギュラリティ後の「超知能」と人間が共存す る社会をことさら楽観すべきでもなく,ことさら悲. 参考文献 1)レイ・カーツワイル 著,井上 健 他 訳:ポスト・ヒューマ ン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき,NHK 出版 (2007). 2)松田卓也:2045 年問題 コンピュータが人類を超える日,廣済 堂出版(2012). 3)神嶌敏弘,松尾 豊 編:連載解説 Deep Learning(深層学習), 人工知能学会誌(2013-2014). 4)山川 宏,市瀬龍太郎 編:特集「汎用人工知能(AGI)への招待」, 人工知能学会誌,Vol.29, No.3, pp.226-267(2014). 5)新井紀子:コンピュータが仕事を奪う,日本経済新聞社(2010). (2014 年 10 月 30 日受付). 観すべきでもない. 「超知能」はあるとき突然生じ るのではなく,人工知能が連続的に進歩した結果と して生じるはずである.人工知能を進歩させる主体 はあくまで人間であり,人間がどう進歩させるかに よってどういう「超知能」が生じるかが決まる.人 間と人工知能はどう付き合うべきか,社会において 人間と人工知能はどのように役割分担をすべきか (何を人工知能に任せるべきか),人間と人工知能の 境界はどこにあるか,人工知能がやったことの責任 は誰(何)が負うのか,などについてまだ人間が人. 18 情報処理 Vol.56 No.1 Jan. 2015. 松原 仁(正会員) [email protected] 1986 年東大大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了.同 年通産省工技院電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)入所. 2000 年公立はこだて未来大学教授.専門は人工知能.人工知能学 会会長.本会理事..
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