周知のごとく、法華経の薬王品には法華最第一なるこ とを善えた歎法体の十噸と、法華経の抜苦与楽の利益を 唱えた歎法用の十二噸とがある。前者は十種称揚とも言 われ、法師品の已今当三説超過が縦に法華経の最尊なる を示すのに対し、横に法華経の最上なるを説示するもの と言われている。この薬王品の十噸について、天台と 伝教の解釈の相違を少しく考察してみると、まず智顔 は﹃文句﹄十下と﹃玄義﹄一上において十職を論じる中 で、五時八教判による法華醍醐思想に基づき、諸経と法 華経の勝劣に関する事細かな解説を示されている。一 方、最澄は﹃秀句﹄﹁仏説十嚥校量勝﹂で、第八噛中 の経文﹁有能受持是経典者亦復如是、於一切衆生中亦為 第一・﹂の文に着目し、法華宗の他宗に対する優位性を 明らかにしている。つまり、天台は所依の﹁経﹂の勝劣 判に、伝教は能依の﹁宗﹂の勝劣判に立脚していたので
日蓮聖人における
薬王品十瞼の解釈について
高森大乗
ある。これは、天台と伝教では破折の対象と目的が異なっ ていたためと推察でき、特に伝教の立場は後世の日蓮聖 人に影響を与えたと思われるのである。 聖人は佐前・佐後を通じて、天台の解釈と同様、薬王 品の十職を法華最勝の証文とされており、時には末法為 正の根拠として用いられている。このことは十嚥に基づ く経の勝劣判が聖人の生涯全体を通じて一貫したもので あったことを窺わせる。ところが佐後になると、これが 行者の勝劣判にも用いられるようになり、殊に﹃大田殿 許御書﹄︵八五四頁︶﹃四条金吾殿女房御返事﹄︵八五 六頁︶﹃撰時抄﹄︵一○五八頁︶等では、すでに第八職 のみならず、十職全体が教経勝劣の意から行者勝劣の意 へとその意義を転換されている。かくして薬王十職は経 典所説の元意に則って引用されたことが明らかであり、 聖人は天台・伝教らの釈義を踏襲しながらも末法の今と いう時代に立ってこれらを再び咀囎しなおし、自らの内 証と重ね合わされて、法華経に説かれる釈尊の御心を読 まれたものと拝受することができる。特に佐後において は、聖人の行者意識の高揚とも関連してか、第八職の二 十二字をもって行者最勝の証文とされるに至り、十輸を 経の浅深ではなく人の高下を判釈する物差しとして捉え (192)﹃法華秀句﹄に示される最澄の即身成仏の最大の特徴 は、﹃観普賢菩薩行法経﹄の記述を展開して、上品利根 は一生、中品利根は二生、下品利根は三生迄に成仏する、 と規定し、隔生後の即身成仏をも認める点であろう。一 方天台は.生入住﹂を正意とし、普賢観経の三生に就 いての解説は見られない。更に、最澄には秀句以外にも 三生成仏の説示があり、その場合は必ずしも普賢観経を 典拠とするわけではない。即ち一般に三生成仏と言った であるかを披瀝されたのである。 に明かされる救済の世界をこの末法に具現する導師が誰 が位置付けられるのであり、これをもって聖人は法華経 度法華最勝が立証されるという構図のなかで薬王品十聡 者が最勝であり、その行者の出現と受難色読によって再 直されている。法華最勝なるが故に末法名字即凡夫の行