氏 名 高 田 啓 学位(専攻分野の名称) 博 士(バイオサイエンス) 学 位 記 番 号 甲 第 663 号 学 位 授 与 の 日 付 平 成 26 年 3 月 20 日 学 位 論 文 題 目 枯草菌における脂質代謝と細胞分裂を共役させるネットワー クの解析 論 文 審 査 委 員 主査 教 授・農学博士 吉 川 博 文 教 授・農学博士 新 村 洋 一 教 授・農学博士 千葉櫻 拓 理学博士 河 村 富士夫* 論 文 内 容 の 要 旨 枯草菌などの原核細胞は,古くから『amorphous bag of enzyme』と呼ばれ,真核細胞と比べその構造は組織 立ったものでないと考えられてきた一方,高分子密度は 大腸菌において 340g/ℓと非常に高いことが分かってい る。このことから,各タンパク質が無秩序に発現・局在 するだけでは効率的に作用することが困難であると考え られる。最適条件において枯草菌の倍加時間は約 20 分 と速く,秩序だったネットワークなしには,この増殖ス ピードを生み出すのは不可能である。近年の分子生物学 的手法の発達により,構成成分や細胞機能の詳細な分子 機構が数多く明らかとされてきた。しかし,細胞の全体 像から個々の様々な現象を俯瞰し,互いの現象がどのよ うなネットワークを持って機能し合っているかという視 点においては,大いに発展性の余地がある。こうした視 点から,網羅的なタンパク質間相互作用解析がポストゲ ノム解析の一貫として行なわれてきた。また,蛍光タン パク質 GFP を用いた解析から,細胞機能の統合が実現 している基盤として,細菌においてもタンパク質が細胞 で特異的な空間配置を取っていることが明らかとなって きた。 原核生物の細胞分裂機構は,チューブリン様タンパク 質である FtsZ が重合することにより Z-ring と呼ばれる 細胞分裂装置の足場として働くことが見出されて以降, 現在まで精力的に研究されてきた。一方で細胞分裂(隔 壁形成)には Z-ring の形成と同時に細胞質膜の合成が 必要であるのは容易に想像できるが,その両者を共役さ せる機構は不明である。 当研究室において,両者を繋ぐ機能的なネットワーク の解明を目指し,Y2H 法を用いた 1 対 1 のマトリック ス解析が行われた。その結果,枯草菌において,脂肪 酸・リン脂質合成の両方に必須な鍵酵素である PlsX が 細胞分裂に必須な FtsZ のアンカー因子である FtsA な ど複数の細胞分裂関連タンパク質と相互作用することが 見出された。 そこで本研究では,脂質合成酵素 PlsX に着目し,脂 質代謝と細胞分裂を共役させるネットワークの解明を本 研究の目的とした。第 1 章では PlsX と細胞分裂因子と の関連性を細胞周期の時系列に従って検証し,第 2 章に おいて PlsX の細胞分裂に対する関与を検証,第 3 章で は plsX 温度感受性変異株を用いた遺伝学的な解析によ り新規の脂質代謝制御機構を探索した。さらに,第 4 章 では新規の緊縮応答制御機構の解析を行い,栄養状態に 応じて細胞膜合成と細胞分裂を共役させる協調システム の解明を目指した。 第 1 章 隔壁形成の時系列に従った PlsX の局在制御機 構の解析 第 1 項 PlsX の細胞内局在の検証 まず,Y2H 法により示唆された PlsX と FtsA の相互 作用を再検証するため,plsX-His×12 株を用いて in vivo pull down assay を行い,質量分析によって PlsX と複合体を形成する因子を網羅的に同定した。この方法 によっても FtsA は検出され,PlsX と FtsA の相互作用 を確認した。次に,PlsX の N 末端に GFP を融合させ た株(NBS800)を作製し,蛍光顕微鏡を用いて,PlsX の細胞内局在を検証した。蛍光プローブ FM4-64(細胞 膜)・DAPI(核様体)を用いて二重染色を行ったとこ ろ,GFP-PlsX は細胞側面や細胞極,そして核様体間に 位置する分裂予定域に局在することが分かった。これら の局在は細胞分裂関連タンパク質のものと類似していた ─ 21 ─ *立教大学名誉教授
ので,FtsA の N 末端に CFP を融合させたコンストラ クトを NBS800 に導入し,共局在解析を行ったところ, PlsX は FtsA に先立って分裂予定域に局在し,その後 FtsA と共局在することが分かった。この結果は PlsX と FtsA が相互作用する結果と一致しており,隔壁形成 を効率的に進行させることに寄与していると考えられ る。一方で,Z-ring が形成できず細胞分裂異常を示す ftsA 破壊株においても,GFP-PlsX は分裂予定域に局在 することが明らかとなった。この結果は,ftsZ 誘導株 を用いて FtsZ の発現を制限した場合や,FtsZ の重合 阻害因子である MciZ を過剰発現させ Z-ring 形成を阻 害させた場合でも同様であり,PlsX は Z-ring 非依存的 に分裂予定域に局在すると結論付けた。 また,共焦点顕微鏡(LSM710 ZEN, ZEISS)を用い て GFP-PlsX の細胞内局在を三次元像に再構築したと ころ,野生株においては分裂予定域においてリング状の 局在が観察できた。一方で,Z-ring 形成を阻害させた 条件においてはドット状の局在のみが観察でき,これら の結果から通常分裂時,Z-ring を形成していく過程で PlsX が Z-ring 上を移動しリング状に局在すると示唆さ れた。以上の結果を基に,(A)Z-ring 形成非依存的に PlsX を分裂予定期に局在させる機構,(B)隔壁形成が 完了するまで PlsX を隔壁形成面に留まらせる機構の存 在が想起された。そこで,これらの機構に関して検証す ることとした。 第 2 項 Z-ring 形成非依存的に PlsX を分裂予定期に局 在させる機構の検証 DNA 複製は細胞周期において細胞分裂に先立って起 きる現象であり,両者は密接に共役している。そこで, DNA 複製と PlsX の局在が共役しているか検証した。 SirA は DNA 複製開始のマスターレギュレーターであ る DnaA に結合し,複製開始を阻害する。SirA 過剰発 現時の GFP-FtsA の局在を観察したところ,過去の報 告通り,FtsA の分裂予定域への局在が阻害された。一 方で,GFP-PlsX の局在を観察したところ,PlsX の分 裂予定域への局在も阻害された。これらの結果から, PlsX は Z-ring 形成非依存的に分裂予定域へ局在する一 方で,その局在は DNA 複製の進行レベルと連動してい ることを明らかとした。 第 3 項 隔壁形成が完了するまで PlsX を隔壁合成面に 留まらせる機構の検証 上記の機構を検証するため,隔壁形成を遅延させた際 の PlsX の局在を検証した。MinC・MinD は Z-ring 依 存的に局在し,隔壁形成後期の Z-ring 収縮・崩壊に関 与する因子であるため,minCD 破壊株では隔壁形成が 遅延し,野生株に比べ細胞が長くなる。minCD 破壊株 において GFP-PlsX・CFP-FtsA の局在を観察したとこ ろ,ともに次の分裂予定域への局在が阻害されており, 合成途中の隔壁や細胞極に共局在していた。これらの結 果は,隔壁形成が完了するまで PlsX を隔壁合成面に留 まらせる機構の存在を支持するものである。 一方で,minCD 破壊株において MciZ(FtsZ に結合 し FtsZ の重合化を阻害する因子)を過剰発現し Z-ring 形成阻害を誘導すると,GFP-PlsX は分裂予定域に再局 在することから,MinCD は Z-ring の収縮・崩壊制御を 介して間接的に PlsX の局在制御に関与していることが 示唆された。この結果を支持するように,minCD 破壊 の影響が抑圧される最少培地において,GFP-PlsX の局 在パターンは野性株・minCD 破壊株間で差異が見られ なかった。PlsX は FtsA と相互作用する点から,FtsA が PlsX と相互作用し,隔壁合成面に留まらせる役割を していると推測した。この仮説を検証するため,FtsA 過剰発現による PlsX の局在への影響を検証した。FtsA を過剰発現すると Z-ring の過度な安定化が誘導され, 分裂予定域だけでなく細胞極・側面において異常な Z-ring 形成を誘導する。この際,PlsX も FtsA と同様の 局在を示し,両者は共局在した。また抗生物質 3-MBA (FtsZ に結合し,GTPase 活性を阻害することで Z-ring の収縮を阻害する)を添加し,分裂予定域での Z-ring 形成を過剰に誘導した場合でも同様の結果が得られた。 これらの結果から,Z-ring 形成後,FtsA が PlsX と相 互作用し,隔壁形成が完了するまで PlsX を留まらせて いると結論づけた。 第 2 章 PlsX の細胞分裂に対する関与の解析 次に,PlsX の細胞分裂への関与を検証すため,PCR を用いた人為的変異導入法により,plsX 温度感受性変 異(plsX103)株を取得した。制限温度下において pls X103 株は分裂異常を示した。また,plsX 発現誘導株を 用いて解析したところ,plsX の発現を抑制した場合に おいても細胞分裂異常に観察された。この時,FtsA, FtsZ に GFP を融合させ経時的に観察したところ,これ らの細胞分裂異常は Z-ring 形成阻害を伴ったもので あった。この際 FtsA-GFP の量が著しく低下しており, PlsX は FtsA の安定性に寄与していることが考えられた。 また plsX103 株において,DNA 分配と隔壁形成の共役 関係が異常な場合に観察できる CUT(Cell Untimely Torn)phenotype が見られ,PlsX が正常な細胞分裂に 必要であることを示している。一方で,他の脂質合成酵 素である PlsC の温度感受性変異株や,PlsY の発現を ─ 22 ─
制限した場合においては,細胞分裂異常は観察されず, PlsX 特異的な現象であることが示唆された。 第 3 章 遺伝学的な解析による新規の脂質代謝制御機構 の探索 plsX103 株より制限温度下で生育を示す温度感受性抑 圧変異株を取得し,次世代シーケンサーによるマッピン グ解析により抑圧変異の同定を試みた。同定した抑圧変 異のうち relA にマップされた relA691 に着目した。 RelA は環境適応機構の 1 つである緊縮応答に関与して おり,この機構の中心物質である (p)ppGpp などを合 成・分解する酵素である。枯草菌において (p)ppGpp の 細胞内濃度は RelA に加えて,合成のみを行う YwaC, YjbM によって調節されている。GTP や GDP の アナ ログである (p)ppGpp は細胞の ATP 量の上昇と GTP 量の低下を引き起こし,アミノ酸代謝を促進する一方 で,RNA 合成・タンパク質合成・DNA 複製を阻害す るため,relA を破壊すると (p)ppGpp の蓄積による顕 著な生育遅延を示す。relA691 株も同等の生育遅延を示 すことから,(p)ppGpp の分解活性が低下していること が示唆された。トランスクリプトミクス解析の結果, relA691 株は野生株と比較し,アミノ酸代謝系の遺伝子 が顕著に誘導されており,メタボロミクス解析よりシス テイン・アスパラギン・アルギニンを除く各種アミノ酸 の蓄積が確認できた。一方で,(p)ppGpp の蓄積は見ら れなかった。そこで HPLC を用いて細胞内ヌクレオチ ドを詳細に分析したところ,ppGp/pGpp の蓄積が誘導 されていることが分かった。枯草菌や大腸菌おいて (p) ppGpp ではなく ppGp/pGpp こそが緊縮応答の中心物 質であるという学説もあり,今回の結果はこれを支持す るものである。relA691 変異を plsX103 株に導入した ところ,温度感受性を抑圧した。relA691 による抑圧効 果は,他の脂質代謝酵素の変異株(plsC・fabF 温度感 受性変異株)でも同様に確認でき,緊縮応答制御下にこ れら酵素が存在していることが伺える。 第 4 章 新規の緊縮応答制御機構の解析 枯草菌において RelA の活性調節機構の知見は乏し く,生育環境に応じて ppGp/pGpp の合成・分解のバラ ンスを調節する機構は不明である。relAG691V の変異 個所である ACT ドメインは,アミノ酸などの低分子と 結合して酵素活性を制御するドメインであることから, RelA の活性調節に寄与していると考えられた。relA 破 壊株とは異なり,relA691 株に ywaC,yjbM 両破壊カ セットを導入しても生育遅延が抑圧されず,RelAG691V は ppGp/pGpp 合成活性を保持していることが示され た。変異部位である G691 は二次構造間のリンカー領域 に位置し,ACT ドメインとリガンドとの結合に重要な 役割をしていることが報告いる点から,RelAG691V は リガンドとの結合性が低下していることが考えられた。 実際に,ACT ドメインを欠失した relAΔACT 株は分解 活性を消失した relAR44Q 株と同様に relA691 株より さらに顕著な生育遅延を示すことが分かった。これらの 点から,何らかの低分子が ACT ドメインに結合しppGp/ pGpp 分解活性を正に制御していると仮説を立てた。 そこで relA691 株より生育遅延を抑圧する抑圧変異 株を取得し,次世代シーケンサーによるマッピング解析 により,ppGp/pGpp の分解活性制御に関与する因子の 同定を試みた。その結果,アミノ酸飢餓時に誘導される メチオニン代謝関連酵素遺伝子 mtnA の ORF 内にフ レームシフト変異を同定した。mtnA 破壊カセットの導 入により relA691 株の生育遅延が部分的に抑圧される 一方で,メチオニン代謝において MtnA の上流に位置 する MtnK,下流に位置する YkrVWXYZ の遺伝子破壊 カセットを導入しても抑圧されなかった。また,relAΔACT 株に mtnA 破壊カセットを導入しても,生育に変化は 見られなかった。relA691/mtnA 株におけるトランスク リプトミクス及びメタボロミクス解析の結果は本変異株 の表現型と一致した。また,HPLC 解析により,ppGp/ pGpp の蓄積が誘導されないことを確認した。RelA 活 性調節に対する ACT ドメインの機能を確かなものとす るため,PCR を用いた人為的変異導入法により,生育 遅延を示す relA 変異株を複数取得したところ,それら 全ての変異が ACT ドメイン内に同定された。また,こ れら変異株は全て mtnA 破壊カセットの導入により生 育遅延が抑圧された。以上の結果から,MtnA が触媒す る反応の基質となる MTR-1P が RelA の ACT ドメイン に結合し,ppGp/pGpp 分解活性を正に制御すること で,緊縮応答時の ppGp/pGpp の蓄積量を調節している ことが示唆された。一方で,relA691/mtnA 株に plsX103 変異カセットを導入したところ,再び温度感受性を示す ことが分かり,plsX103 の温度感受性に対して,mtnA 遺伝子破壊と relA691 変異は拮抗的に作用することが 明らかとなった。 総括・展望 栄養状態に応じて細胞膜合成と細胞分裂を共役させる 協調システムの解明の端緒として,本研究では脂質合成 酵素 PlsX が,細胞分裂因子 FtsA などを接点として, 細胞分裂・DNA 複製の進行と協調的に局在するよう制 ─ 23 ─
御されていること,さらに正常な細胞分裂に必須である ことを明らかにした。これらの結果は,バクテリアの隔 壁形成において,脂質代謝酵素の関与を初めて組込むも のである。また脂質代謝酵素と緊縮応答制御因子の遺伝 的関係性を立証し,緊縮応答の中心因子である RelA の 活性制御物質として MTR-1P を同定し,RelA の生物学 的機能を理解する上で重要な知見を提供した。これらの 結果を統合すると,環境状態に応じて栄養を感知する ネットワークとして「メチオニン代謝系と RelA」,感 知したシグナルを細胞増殖制御に伝達するネットワーク として「ppGp/pGpp と PlsX」,そして細胞膜合成と細 胞分裂装置(Z-ring)の形成・収縮を共役させるネット ワークとして「PlsX と FtsA」,という一連の流れが見 えてくる。これらのネットワークは PlsX という 1 つの 鍵酵素に焦点を当てた結果であり,栄養状態に応じた細 胞膜合成と細胞分裂との間における協調的ネットワーク の一端を明らかにした。本研究で得られた知見を端緒と して,未だ不明な点が多く残されている各機構について 再度検証しながら,詳細な遺伝学的・生化学的解析を行 うことにより,細胞機能ネットワークの全貌解明に大き く貢献することが期待できる。 審 査 報 告 概 要 平成 26 年 2 月 10 日(月)午後 3 時から,本専攻が 11 号館 2 階バイオサイエンス専攻大講義室にて開催し た学位請求論文の公開本人口頭発表会で,学位請求者 高田 啓 氏は,40 分間の口頭発表を行い,その後 20 分間の質疑応答を受けた。発表会終了後,主査,副査と 専攻委員による審査会議を開催し,提出論文の内容と本 人発表ならびに質疑応答について慎重に審査した。その 結果,学位請求者の経歴や学術業績が学位記申請の要項 を満たしており,質疑に対する応答が適切だと判断され た。また,公表論文に関与した共同研究者との間で学位 取得に関して問題が無いことを確認した。さらに,学位 記請求論文を中心として,一カ国以上の外国語を含む最 終試験に合格していること,当該学位請求論文の内容が 学位授与に相当することを全員一致で評決した。 よって,審査員一同は博士(バイオサイエンス)の学 位を授与する価値があると判断した。 ─ 24 ─