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「Basic Stuff Series」に関する分析的研究 : アメリカにおける体育の認識学習の展開

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(1)             学位論文. 「BasicStuffSeries」に関する分析的研究. 一アメリカにおける体育の認識学習の展開一. 教科領域教育専攻 生活健康系コース. M87330G  井谷恵子 昭和63年12月20日提出.

(2) 目次. 第3章体育における認識学習の状況と方向…・………・……一・・……一・………・・…一一…30.  第ユ節認識的理:解を重視した体育学習の現状一…………………一………………一一30     第1項 認識的理解を重視した体育学習の様相 ………・・………・・……・…・30     第2項認識的理解を重視する実践・……………一…一…・……・………・……一・31.     第3項認識的理解を重視する実践の特徴・…・……一一……一一…………・……33 第1章 序論 ………一一………唖一・一……………’一幽…‘’. 1. 第2節 体育理論学習の現状 ……・…・………一一・………………一・…………一…一・一一一…36.    研究の目的.    第1項 学習指導要領における記載 ・・………………一一一一…一……一…・…一一36.   、研究方法.    第2項高等学校保健体育教科書の内容…・…・…………一一………………・一38.    用語の限定.    第3項 高等学校保健体育教科書の特徴 ………一・………・……・…………・・一・41.    第4項 体育理論学習の実践上の諸問題 ……一………・…一…………一……・一一43. 第2章体育における認識学習の意義………………一・………一一……・・………………10. 第3節 体育学と実践の関わりについての動向 ・…………一…・一一・……………・・…・・44.  第1節認識の意味……………・一…一一…・一・…………・一・一一…・…………・・………一………10. 第4節 体育における認識学習の方向 ・…一……………一一一一一・一…一…一・…・……・…46.     第1項哲学における認識一…一…………一…………一一……・一………・………・10     第2項教育学における認識……………一一…一………・……一…一…一……一…一12     第3項心理学における認知………………一一一……一・……・∵…一・……一……一一一13. 第4章 Basic S七uff Seriesの出版,並びにその内容一一………・一・……一…一一49  第1節 背景及び理念 ・………………一一……・…………一一……・………・…・……一………49.     第4項 教育実践にみる認識 …………一…・…・……一……・……・………・・……14.     第1項 アメリカにおける教育の近年の動向 ・………………・・一………・…・49.     第5項本研究における認識のとちえ方………………・……………………14.     第2項近年の体育の動向…・・……………・…一・……………・…・………・……・51.  第2節体育の認識的目標一…・…………一一…一一…一…・……一…・…………・…一……一15..     第1項教育の目的と体育の役割…一…一…一……・……………・一…一一一一一………15.     第2項 わが国の学習指導要領にみる認識的目標 ……………∴・…・…・…16.     第3項現行の学習指導要領と今後の展望 ……………一…・……………一…19     第4項アメリカにおける体育の認識的目標………一一………・…一一一……・20 第3節 認識学習の理論的根拠 ・………………・………………一………一………一一一22.     第1項教育哲学に旧い出される理論的根拠………………一…一…………一・23.     第2項体育教育学に旧い出される理論的根拠∵……∴……一…・・………24     第3項心理学に見い出される理論的根拠 …………・……・・………………25     第4項 体育場面での認識と行動の関わりについての研究成果 ・一・一一・・…27.     第5項科学的究明の限界と展望…一………・…・・………………・一一…・…28.     第3項 体育における認識学習の展開 ……………一一一一一一…一一一一…………一一…・・52.     第4項Basic Stuff Seriesの理念・一一………・一…・…一…・一……一・55  第2節 シリーズ1の構成,及び内容,構造 ・………………・一……・…………・・一57.     第1項全体構成一一一…………一………・一一・一・一………一一・………一57     第2項シリーズ1の内容…一一一一……・……・…・……・………一…………一…・…・58.     第3項シリー..一ズ1の構造一一・…一・一・一・一一一一…一一一一一一一・…・66.     第4項構造についての考察………………一…………・・……・…・……・………67     第5項概念について ………………・一一・一’d……・・十・……・・………・………・一73. 第3節シリーズllの構成,及び内容……・…………・一…………・・…………………75     第1項全体構成 ……・・…………・…・………一……・…・…・…………一………一…75.     第2項体育の3目標について ……一一一・…一一…・・……・一……・……一・…77.     第3項提示されている学習モデル・・………………・…・………一…・・…・…81     第4項 学習モテルの構成 ………・…一……・…・一……………一…・・…・…・・……・86 一目.

(3) 第4節Basic Stuff Seriesを導入するための学習計画…一……………一……一90    第1項カリキュラム構成・一……………・……・一………一一一………………・90    第2:項 学習法 ………一…・…・一一…一一…・…一…………一一・一…一一一93    第3項 学習経験 …・……………一………一……・…一………・……一…・・…………・99.    第4:項授業設計のためのi基準と留意点 …・…………一…一…………・………ユ04. 第5節Basic Stuff Seriesの特徴・一…一……一…………一一一一一………………106. 第5章Basic S七uff Seriesの発展………・…・一一…・………“…・……一一・……一…一一108.  第1節Basic Stuff普及実行委員会(BSDIC)の設立,並びにその運営一…・108     第1項普及の程度・・…’…………一一・一一………………一・…………一……一………・108.    第2項 BSD I Cの設立とその運営 ………一・…一一一…一……一……・一……一…112.    第3項Basic StUff Ser三esの促進活動一・……一一…・…一・一…一・一…115 第2節問題と展望……………一一一・…一・…・一一一…一一……一…………一……一………・・117.    第1項Basic Stuff$eriesに関する評価一r一一一…一・…………一……一一117    第2項改訂の概要一……一一・…・…・・一……一…一一・…一一…一…・一一…・・…・120.    第3項問題点と展望…一…・・…・一・…一・…一…・…一一………一…・・……一122. 第3節Basic Stuff Seriesがわが国の体育に示唆するもの一……一一…一一一125. 第6章結論…一一・一・一………一一一一一………一一一一……・・……・一一t一一一・・一…一130.    研究のまとめ.    今後の諜題. 謝辞. 一層一………一一. P32. 図表一覧表 一…一……一一一…一…一一一…一…一一…・……・…∵一・一・・一…一一133.                          り 引用参:考文献一覧 ・…・……………・・……………一・…・…………・…・・ト………・一・…一・・134. 岨辮.

(4) 第■:章.  序論.  「遊び」が歴史的文化的背景の中で組織化され,制度化されながら発展 してきたスポーツは,その最も根底となる要素として,当然,このよう. な「遊び」の側面を持っているのである.加えて,スポーツは,学校や  わが国の高度経済成長は,多くの新しい社会的状況を生み出した.こ. 職場,地域といった多くの場で,損なわれ,失われつつある人間的交渉. こ4半世紀にわたって経済成長率は実質10%近くを示しており56),物. の機会を豊富に提供する.そこには,教育としての意義や,人間性回復. 資の充足,雇用・所得の増大といった豊かな局面を国民の生活にもたら. の一方策としての可能性が確かに旧い出される.また,変動する社会に. している.また,経済成長の基盤となった科学技術の発達は,工業の機. より良く順応していくために,健康な身体を育成し,維持するという機. 械化に伴う余暇時間の増大という恩恵をも国民に与えたのである.しか. 能的側面も合わせ持つのである.現代社会の変貌やそこに生きる人聞の. し,一方,職業生活の機械化,分業化,単調化は,人間性疎外をもたち. 価値観の変化に関わってスポーツをとらえなおすと,このように実に有. し,交通機関の発達や家事の機械化などと共に,運動不足を基調とする. 効な機能を再認識するのである.. 健康問題を投げかける原因ともなった.加えて,公害や自然破壊の深刻.  近年のスポーツ文化の展開は,入聞の最高能力の極限を追求する高度. な状況は,これらの人間性疎外現象を克服することの必要を訴えること. 化スポーツとしてのチャンピオンスポーツへの道と,スポーツの普及・. になった.阿部21}は、人間性疎外克服の原点は自然への参加を通して. 生活化をはかる大衆スポーツとしてのレクリェーションスポーツへの道. の人間の内面的な自然性への復帰にあると述べている.この点に回して. の2つである69).中でもスポーツの大衆化は,1975年に欧州議会が. 更に,体育は,人間の何物にも拘束されない自然の要求を入れている限. 「スポーツ・フォア・オール憲章」を採択し,続いて1978年,ユネス. り,人聞の本来的な社会的経験を最も準備している教科であり,自然物. コ総会が「スポーツ国際憲章」を宣言して以来,:大きな流れになってい. と直接関わっていくことの可能性を持つことが示唆ざれている.また,. る.スポーツ国際憲章の条文にも示されるように,スポーツは,個人的. 産業の能率化に伴って年々増加している余暇は、労働から解放された余. 社会的ニーズに対応する.ただ,スポーツの大衆化は,このような憲章. った時聞という意味から,人間の生き甲斐ともいうべき,人聞がその生. によって提案される以前より,一般の人々によって漠然とではあっても. 存をかけて主体的に関わっていかなければならない旧聞とみなす時代へ. その効用が認められてきたことが基盤であることを忘れてはならない.. と変化しつつある.このような時代であればこそ,そこに生きる人聞ば                                ! 「遊び」を人間本来の生き方の一つとする新たな人間観を持つのであろ. もちろん,スポーツ参与者自身の自覚というよりも,レジャー産業やマ スコミの影響による主体性を欠いた関心や参加によると思えるものも多. う.これに関して,小此木110》は,受動的な余暇の過ごし方を離れ,. く見受けられる50)115}.しかし,私達は,スポーツの大衆化,すなわ. 「遊び」を可能ならしめるために,本来の自我に拠りどころをおく新し. ち,スポーツ参与者の増加,スポーツへの関心の高まり53)という否定. い人問像を基礎にした価値観を確立すべきであると提案している.一方.              一1一. できない現象に着目しなければならないのである.                一2一一一.

(5)  教育は変動する社会でより良く生きる力を児童・生徒たちに獲得させ.  上述した激しい社会変化や,マスコミによる健康・スポーツに関する. ることを重要な使命とする.すなわち,教育を生涯に:わたる過程として. 情報があふれる中で,生徒たちに自ら求め続ける意欲と実践力をつける. 考え,学校教育と社会教育とが,基本的に一貫した教育計画として展開. には,彼等の発達段階や欲求に即して,スポーツの価値を認識させ,科. されなければならない21}121).ここかち,教育の二分野としての体育. 学的理解を深めるさせるような体育授業を展開することが必須のように. においても変動の激しい近代社会に適合していけるような生涯スポーツ. 思える.近年,体育教育の目標において,認識的側面の重要性がかなり. の基礎をつくるという不可欠の課題が与えられるのである.即ち,体育. 指摘されるようになっている.中森103)は,「できることを目指す過程. 教師は,生徒たちがスポーツに親しみ,生活の中にスポーツを効果的に. で個々の運動技術やルール,戦術,さらには,その文化の歴史や本質に. 生かし続け,またその実現のためにスポーツへの理解や実践力を養うよ. 対する認識を深めていくことが重要となっている.」と述べ,また,高. う働きかける役割塗担っているのであるβ. 田135)は,「学校体育の方向は,科学の裏づけなしに通ることはできな.  現行の学習指導要領95)96)には,「生涯を通じて,運動を実践する能. い」と主張している.これちは,体育が体育学研究との関わりを持って. 力や態度」の育成という目標が,他の目標とともに記されている.しか. はじめて発展する可能性のあることを示唆していると言えよう.1974年. し,学校体育の現実を見つめると,このような体育の目標は浸透しがた. の日本体育学会では,「体育学と体育実践の関わりについて」が専門.分. く,目標やその具体的展開について議論されることも少なく,個々の体. 科会シンポジウムのテーマとなった47)128)129).以後体育諸科学の新. 育教師が自己の考えに基づいて授業を展開している.すばちしい発想と. しく精選された知見が実践に生かされるべきであり23)52)80》94}111>,. 実践力によって,効果的な授業が成される例も数多い.反面,生徒たち. かつ解り易い体育の知識を生徒たちに学習させ,認識することかち主体. の興味や能力差を考えない強制的で画一的な指導が継続され,結果的に. 的学習の姿勢をつくるべきであるという主張98)104)が多くみられるよ. 体育に背を向ける生徒たちをつくりだす例も多くみられるのである.ま. うになってきた.また,「わかる」と.「できる」の統一をめざす学習. た,「伸び伸びと遊ばせる必要」を理由に,半ば放任のような授業も存. 64)67)など,認識的側面を重視する実践が注目されている.. 在する.このような状況の中で,スポーツに関して乏しい知識しか持た.  しかし,このように体育の認識的側面が重要視されているにもかかわ. ず,偏った考え方を持たざるを得ない多くの生徒たちが生み出されてい. らず,認識することが体育学習においてどのような意義を持つかは明確. るのではないかと懸念するのである.現に,スポーツにまつわる事故,. にはされていない.認識を目指す学習は,従来認められてきた目的であ. 障害,レごきなどの多くの問題が出現している.スポーツの大衆化時代. る体力や運動技術の習得,プレイ教育と相対するものではない.Dewey. にあってスポーツの価値を正しく認識することなく,スポーツを実践す. の認識論は,知識を行動に結び付ける連続性を持ったものを認識として. る能力を持たない生徒たちは,効果的な体育教育を受けたとは言い難い. いる.そして,「活動がより複雑になり,空間的にも時間的にもより多. のではないだろうか.. くの要素を協調させるようになるにつれて,知性はますます顕著な役割.              一3一.                一4一.

(6) を演ずるようになる.」(Dewey34},pp.212−13)と述べている.この. 体育の認識学習には,ほとんど目が向けられていない.スポーツについ. ことは,知性が過去の知識や経験かち現在の状況を的確に把握し,将来. ての三三的理解の必要性が主張されながらも・実践画にはほとんど反映. の見通しを持って行動を決定することに重要な働きをするということで. されていないのである.前田79)は,「高校体育教師の93%が体育理. ある. また,この知性を高める一手段としての科学教育が,人間の行. 論学習を必要と考えているが,体育理論学習の時間設定が曖昧であった. 動を単なる習慣による機械的作業から自己の判断に基づいた合理的な行. り,内容の難しさのために,効果的な実践を困難なものにしている」と. 動へと改変する役割を果たすべきであることを示唆している(Dewey34}. 述べている.また,堀江48)は,体育理論学習に対する生徒たちの印象. pp.212−13).体育において,認識を目指す学習は,Deweyのいう知性.  興味が低く,その原因として,教師の体育理論に対する指導力が乏し. を高める学習である.すなわち,体育の認識学習は,社会における,自. いこと,内容が生徒たちの欲求に一致していないことをあげている.そ. 己におけるスポーツをとらえ,より有意義により効果的にスポーツを実. して,体育理論学習を生徒たちの発達や欲求と一致させつつ,体育実践. 行するという行動までを結ぶ学習ということができる.また,心理学に. の中で有機的に機能するよう位置づけることの必要を述べている,すな. おいても,運動学習理論や認知的不協和理論が認識学習の有用さを示唆. わち,体育の認識学習を阻害する大きな原因は,体育教師にとって新し. している.松田84)は,運動遂行には,状況の的確な認知判断の上で,. く精選された科学的知識を得ることが困難であること,そして,体育学. フィードバックに応じた行動修正が必要でありその進行には,態度や意. 諸分野の知識を効果的に学習させるより良い方法が見当らないことでは. 欲の持続,さらには文化・社会的な認知や価値観が関係すると述べてい. ないかと考えられるのである.. る.一方,認知的不協和理論は,ある認知とこれに関連した認知との間.  アメリカでの体育の認識学習は,1950年代から提唱されているが,急. に不協和があると,不快感や心理的緊張が生じて,これを解消させるよ. 速な展開が見られたのは,大学における体育の学問化の運動が発展する. うに圧力が働くというものである.すなわち,認知の不協和を作り出す. 1960年代からであった(Siedentop123},pp.246−65).この運動は,. ことによって,認知,行動,態度などの変化を生み出ぜるであろうとい. Human Movementを体育独自の研究対象とし,これに関わる諸分野を統. う予測が成り立つ.これらの論は,直接,体育の認識学習を説明する訳. 合し発展させる契機となった.また,1980年代の教育改善運動は,科学. ではないが,その有用性を示唆するに余りあるものがあろう、また,人. 教育が再び重要視され,体育の認識学習を促進する一要素となっている. 間の行動と認知という極めて大きく捉えどころのないものの関係を明ら. と思われる.多くの研究者や体育教師は,学校体育がより科学的になち. かにすることは,現在の科学では困難な対象である.. なければ,学校のカリキュラムに体育が存続することが困難であると考.  では,体育実践の場における認識学習の状況はどのようなものであろ. えている.こういつた社会的背景をもとに1981年,アメリカ健康・体. うか.中学校,高校においては,体育理論学習が必修となっているにも. 育・レクリエーション・ダンス連合(American Alliance for Heal七h,. かかわちず,実践を伴っていないという現状があり,小学校段階では,. Physical Education, Recrea七ion and Dance,以下AAHPERDと略す).              一5一.                一6一.

(7) から,Basic Stuff Series1) 9)が出販された.Basic Stuff Series. くの配慮がなされている.. は,体育の認識学習のための体育学諸分野についての教師用基礎資料と.  体育学習における認識的理解は,重要な側面であり見落とされてはな. 言うべき内容のものであるが,生徒たちの体育学習の場にふさわしい知. らないものと思われる.そして,この認識的理解を促進するためには,. 識が精選され,生徒たちの体育への動機や目的に応じられるような構成. 具体的な学習の内容や方法について明らかにする必要を強く感じるので. となっている.1987年の改定版10) ’18》では,実践編であるシリーズ9. ある.すなわち,Basic Stuff Seriesを分析することによって,わが. が大幅に改訂され,様々な体育の目標に応じた使用ができ,具体的な学. 国での認識学習がより意義のある効果的なものとなるための多くの示唆. 習モデルを数多く含めたより実践的な内容となっている.アメリカ国内. を得ることができると確信するのである.. での反響は大きく,小学校から大学に至る幅広い段階で,目的や生徒の 研究の目的. 能力に応じた利用がなされ,現在,AAHPERDのベストセラーとして発展 を続けている.このようなBasic S七uff Seriesの発展は先に述べた社. 会的背景が大きく影響していると考えられるが,単に社会的要求への適.  本研究は,体育の認識学習の意義と必要性,及び状況を明らかにした. 応として普及しているだけでなく,体育の認識学習自体に含まれる多く. 上で,それらの先駆的資料であるアメリカのBasic Stuff Seriesを,. の価値が受け入れられたものと思:われる.また,Basic’ Stuff普及実行. その背景,理念,内容,構成,構造,特徴,並びにその発展状況につい. 委員会 (Basic S七uff Dissemination and Implemen七ation Commit七ee,. て分析し,わが国の体育の認識学習への示唆を得ることを目的とする.. 以下,BSDICと略す)の精力的な諸活動も大きな効果を生み出している 研究の方法. と言えよう..  わが国における体育の認識学習は,様々な視点かちその必要性が論じ ちれ,また,それぞれの立場で,その展開方法の開発がなされていると. 1 体育の認識学習の意義と必要性を明らかにするために,著作,論文. いう模索期と考えられる.この模索期かち脱皮するにあたって,認識学.   記事,実践記録により考察した.. 習の意義を包括的にと6、え,具体的な学習内容を体系的に構築すること. 2.わが国における体育の認識学習についての状況と問題点を明らかに. が必要となる.一方,B;al si¢Stuff Seriesは,まだ発展段階であり,.   するため,著作,論文,記事,実践記録,高等学校保健体育教科書. いくつかの問題点や可能性を残している.しかし,この企画は,体育学.   を検討した.. 諸分野の知見を精選した上で,認識学習の意義を明確にし,体育に対す. 3.Basic Stuff Seriesの分析は、Basic Stuff Series(初版,改定. る様々な考え方に対応できる学習展開の具体例を多く用意している.ま.   版),著作,Basic Stuff普及実行委員会についての資料,Basic. た,体育の認識学習が生徒たちにとって,効果的なものであるように多.   Stuff Series講習会資料,記事など関係する資料を収集し,検討.              一一 7一.                一8 一一.

(8)   した..          第2章. 4 1及び2,3の分析に基づき,わが国体育の認識学習の問題点や方. 体育における認識学習の意義.   向を考察した.. 第1節 認識の意味 用語の三三.  私達は「認識」という語を「認識不足」とか「認識を深める」という ようにごく一般的に用いており,その意味については一定の了解を得て. 論文の中で使用する用語は、次のような意味を示すものとする.. いるようである.国語辞典117)によれば,「知ること.知識.知識が作. スポーツ. 用よりも主として成果をさすのに対し,認識は作用と成果の両方を指す.  遊戯の性質を持ち,自己または,他者との闘争や自然的要素との対決. ことが多い.」と記述されている.しかし,この語はひとたび心理学や.  を含む身体活動すべてをいう.(国際スポーツ体育協議会による「ス. 哲学の領域に足を踏み入れたなら,複雑で意味深いものに姿を変える..  ポーツ宣言」に定義されている.). 哲学では,時代の変遷や学派の違いによって,「認識」を様々に定義づ. 生涯スポーツ. け,構造化している.認識論は哲学の主要な部門でもある.また,「認.  人聞が生きている限りにおいて,ス)sr 一一ッを生活の中に取りいれてい. 識」を示す英語は,Cogni七ionであるが,心理学での「認知」もまた.  くこと.. Cognitionで表現される.つまり,「認識」とは,漠然と「知る」こと. 体育回忌分野. 全体を示す用語であるが,その意味は多岐に:わたり,統一された定義は.  教育を前提とし,入圃の運動の持つ多様な意味に対応した各研究領域. 存在しないようである49)125》IS3)..  の総称..  体育における認識学習を探求する上で,「認識」という語に対するあ. Hu餓an Move鵬en七. る程度の見解を持つことが不可欠である.ただ,多くの分野で用いられ.  この用語についての統一的な見解はないが,本研究では,アメリカの. るこの語について,すべてを溝足させる統一的な定義を述べることは,.  体育諸科学の存立基盤を表す総称三三として用いた.. 本研究者の力の及ぶところではない.ここでは,哲学,教育学,心理学. 体育理論学習. 各分野の代麹な定義を記述し’体育の.  Il. ユ習eこおける禰」の意.  学習指導要領に示された体育理論に関する学習をいう.. 味を定義づけることを試みるものである.,. 体育の認識学習.  第1項哲学における認識.  体育に関する認識的理解を意図的,積極的に深めるような体育授業を.  哲学において認識は,もっとも広い意味その知識のことである.それ.  包括的にいう.              一9 一一. は,非命題的な理解(知覚,記憶,内省など)はもちろん,このような.                一10一.

(9) 理解をあらわす命題及び判断を含み,意欲,情緒とともに意識の基本的. 一方,東洋においては,陽明学の「知行合一」にみられるように,知と. な側面あるいは機能をなす’25)t認識の方法について相違した考えをも. 行為が別々のものではなくて,本来一つの物であるということが昔かち. つ様々の哲学体系がある.それらの多くは,スコラ哲学をはじめとして. 強調されている.人聞を全体的に理解しようとすれば、この二つの働き. まだ存在しないものの処理に知識が役立つこととは関係なく,知識をた. が人間の申にただ無関係に並んで存在するといえる問題ではない,ここ. だそれだけで完全なものとみなすのである34}(Dewey, p.219).しか. では,認識が行動と複雑に関わり合うことが示唆されるあである.この. し,それちの学派は、知識が今なお進行中のことや,これから行われよ. ような東洋思想の伝統が,行き詰まり傾向をみせる世界の思想界から注. うとしていることを理解したり,それらに意味を与えたりする手段を提. 目されている152》(梅本,p.2).. 供するという有効性を見落としてきた.このために,これらの哲学が反.  第2項 教育学における認識. 映された教育方法では,生徒たちの進行中の経験との実り豊かな関連が.  Deweyは、彼の代表的著作「民主主義と教育」(Dewey33)34))の中. 欠けた授業が展開される結果を招いた.すなわち,学習されるものが,. で,認識と行為,理論と実践の聞の分離,行動の目的及び精神としての. それを発見した人やそれが役に立った経験を有する人にとって,どんな. 心と,行動の器官及び手段としての身体の分離を明言したり暗示する理. 真実なものであろうとも,生徒たちにとっては,それちの知識が経験に. 論の維持しがたい根回を述べている34)(pp.211−14>.そして,プラグ. 生かせるものにはなりえないのである34)(Dewey, pp.215−22).この. マティズムの認識の特徴は,認識と環境を意図的に改変する活動との連. ような認識の方法に対する批判から,William James等によるプラグマ. 続性の維持であることを明らかにしている34》(p.222).さちに,「わ. ティズムの認識論が生まれた.プラグマティズム論者は,心は有機体を. れわれが,環境を自分達の必要に適応させ,また,われわれの目標や欲. して,変化する環境に適応させる,より柔軟な手段として,自然の秩序. 望をわれわれが生きている情況に適応させ』ることを可能にするように,. の中で進化するという進化論的な見解を受け入れる、それは明確に生存. われわれの性向に組織されてきたものだけが,真の知識なのである.知. のための道具であり,それが命ずる教育方法は必然的に実験ということ. 識とは,われわれが今意識しているものだけではなくて,今起こるもの. である.ここでは,心の作用とは,自分を世界によりうまく適応させる. を理解するのにわれわれが意識的に用いるいろいろな性向かち成り立っ. 弾力性のある手段を人間に与えることである.もし心が十分に働かなか. ているのである.作用としての認識は,われわれ自身とわれわれが生き. ったら,彼はこの世界でコントロールを失うことになる.この心は経験. ている世界との関連を心に描くことによって,混乱を整理することを目. を経ることで知識や心理を形成する一助となる.新奇なことが出現する.     1  .. 的として,1われ:われの性向のいくつかを意識させるものなのである.」. 可能性と,その結果起こる世界と人間との関係の不安定さの故に,心は. 34}. 適応性のあるものでなければならないというのである155}.この知識の.  吉本154}は,学習行為を ① 思考・認識の学習行為②表現・製作. 理論は,問題解決のためのDeweyの実験法を導き出すに至っている.              一11一. の学習行為 ③ 練習ドリル・記憶の学習行為に分け,授業過程の場面. ipp.222−23)と述べている..                一12一.

(10) では,「純粋の」認識過程と「純粋の」練習過程とを区別することがし. 連づけて考えようとする方向にある.. ばしば不可能であるとする.そして,それらの3つの学習行為が,交互.  第4項 教育実践にみる認識. に転換され,子供において統一されることが必要と述べている.ここに.  庄司は,仮説実験授業の研究に伴い論理構造を分析する中で,独自な・. おいても,認識が単なる知識として独立するものではなく,行動と深く. 認識の三段階理論を展開している.ここでは,認識は頭脳の中にすくい. 関わりを持つべき存在であることが暗示されている.. あげる働き(思考)であり,また成果(知識)である.そして,認識は.  第3項 心理学における認知. 目に見えないかち,外側から何とか知ろうとして,返事(音声,言語表.  心理学において認知は,広義には,感覚・知覚・記憶・イメージ形成. 現)・身のこなし(体の表現〉・問題の解決く仕事のしぶり・)などで推.  判断・推理など,生活体が事物・事象についての知識を獲得する際働. し計ろうとする.また,認識の授受は表現を介して行われ,一方には,. くあらゆる過程ないし機能の総称である.狭義には,感覚ないし知覚と. 認識の対象がある.従ってここでは,対象,認識,表現という3つの段. 区別された,より高次の認識の過程とされる.最近では,この用語は,. 階を規定している.さらに,認識の構造として,素朴的段階,過渡的段. 一つの研究領域を示すものとして,生活体の情報処理機能を総合的に扱. 階,本格的段階という3段階を規定し,認識が発展するということをこ. おうとする多くの心理学者によって好んで用いちれる.これは,心理学. の3段階をのぼったりおりたり,さらによごばいしたりの認識運動を繰. の発達やコンピューターによる情報処理システムの応用などが刺激とな. り返しながら,その認識をヨリ確実,ヨリ充実,ヨリ完全なものにして. って,認識機能を総合的に扱うことの必要性が一般に認めちれてきたこ. いく過程であると述べる133》(庄司,pp.13−36). とを背景としている49).梅本152》(p.3)は,認知を簡単に言えば「知.  この説においても,その発端が仮説実験授業であることからも分かる. る」ということであるが,現在では「知る」という行為だけでなく,知. ように,科学的な姿勢をつくるための認識,すなわち,未知の世界を切. ることに含まれ,また,知ることに伴ういろいろな心理的活動をすべて. り開く心理的なかまえという,行動に密接するところの態度に関連する. 含めていると述べている.すな:わち,知覚活動や,そのための注意,記. ものとして認識がとらえちれている133}(庄司,p.97).. 憶,思考,理解,その結果生じた知識も認知に含まれるのである.さら.  第5項 本研究における認識のとちえかた. に,知るという働きだけに限定して考えていたのでは,、認知の本当の姿.  以上に述べた認識あるいは認知についての諸定義は,あらゆる学問分. はつかめず,知識が次に入る新しい情報を受け止め,それを理解し消化. 野を網羅したものではないが,本研究における認識のとちえかたを方向. するための基盤となっているという複雑な仕組みを全体として把握する. づけるに足るものと考えちれる.それは,プラグマティズムの認識論と. 必要のあることを主張している.心理学はその発達により細分化され,. その意味を一にする.その根拠として次のことが考えられる.. 認知と行動を別々の側面としてとらえてきたが,対象とする人間は一つ.  プラグマティズムの教育は,経験の改造と拡大が本質であり,経験と. のものであり,現実とのつながりを持たせる意味でも,認知と行動は関. は不断に改革されるべきものととらえられる.問題解決へ行為を導く思.              一13一.                一14一.

(11) 考も,環境との相互作用であって,行為を離れた思考はなく,この意味. ている,Spencerは知識の機能を,行為を指導する有用さと精神を訓練. で行為は思考の一部なのである125).わが国の教育の目的は,基本的に. する有用さの二種とし,’知的にも道徳的にも身体的にも完全な生活への. は,現代社会でより良く生きるための力を養うことにあり,このために. 準備として機能するとしている.そして知育的知識や体育的知識が必要. は,自己のより良い方向づけを可能とする認識が不可欠である.プラグ. と考えるのがSpencerの論であり,体育における知育と徳育が本質的. マティズムの立場に立って,環境を自分たちの必要に適応させ,また自. でないという主張は,「知・徳・体jの「体」を体育現場を意味する体. 己の目標や欲望を情況に適応させるものとして認識をとちえることを妥. 育との混同かちくる誤解であると述べている.さちに,人間が生きて現. 当と考えるのである.本研究においては,認識をこのような立場からと. 実に活動している限り,そこには常に「知育・徳育・体育」の契機が含. らえ,論を進めることにする.. まれ,体育現場には,独自の知・徳・体が体育独自のシステムとして生 きているはずであると主張している. 現在,わが国の教育において体. 第2笛 体育の認識的目標. 育の役割はどのように考えられているのであろうか.前述した吉本154).  第1項 教育の目的と体育の役割. の論を再び登場させる.そこでは ①思考・認識の学習行為 ②表現・.  三二101)は,教育の歴史において,人々は古くからその身体的・精神. 製作の学習行為 ③練習ドリル・記憶の学習行為 という3つの学習行. 的諸能力の調和的発達を教育の理想として求め続けてきたことを示唆し. 為に分けちれた.そして,それは教科の区分ではなく,どんな教科内容. ている.そして,Rousseauは「農夫のように働き,哲学者のように考. でもそれが習得される際に考えられるべき教授学的分化であるとする.. える人間」を理想像として描き,労働を通して人聞の全面的発達をはか. すなわち,認識と練習は決して教科の特性なのではなく,子供の学習行. ることを期待し,Pestalozziもまた,すべての子供の頭脳と手と心と. 為の特性なのである.そして,それがいかなる教科の場合であれ,3つ. の調和的発達をはかることを求め,そのための労働の役割を強調したと. の学習行為が交互に転換され,子供において統一されることがすぐれた. 述べている.さらに,Robert Owenも,その実践において,生産労働と. 授業を実現する原則であると明言している.. 知的教育と体育とを結合することによって,全面的に発達した個人を育.  これらの論から,近代において体育は,人間の全人的な発達に向けて. てることをめざそうとしたと記している.また,教育の基本を語る時,. 多面的に働きかける役割を持つことが示唆されている.社会的状況によ. 「知・徳・体」というパラダイムがしばしば用い解れる.これは,. り身体的側面を重視した時期は例外として,認識的側面が見落とされて. Herber七SPencerのことばであるが,この「知・徳・体」の「体」を体. はならない体育の一側面として認められてきたことには,疑いがない.. 育が担うと考えることが正しい解釈であろうか.もし,そう考えるなち.  第2項 わが国の学習指導要領にみる認識的目標. ば.知と徳と体はそれぞれ切り離されたものであり,体育では知も徳も.  次に,体育において認識的目標がどのようにとらえられてきたかを,. 培う必要はないことになる.これについて,片岡55,は次のように述べ. 高等学校学習指導要領の変遷から概観する..              一15一.                一16一.

(12)  戦後の教育改革の基準として示された「学校体育指導要綱」(昭和23. の価値をよく理解させ,これを家庭生活や社会生活に役立たせるととも. 年8月)は, 「体育は運動と衛生の実践を通して人聞性の発展を企図す. に体育思想を深め,教養を高めるためのものである.また体育理論を,. る教育である.それは健全で有能な身体を育成し,人生における身体活. ただ理論として理解させるだけでなく,これを実際運動に生かして,い. 動の価値を認識させ,社会生活における各自の責任を自覚させることを. っそう合理的・科学的に体育の効果を修め,なお将来における健康生活. 目的とする」とし,具体的には,自己の健康生活に必要な知識,スポー. 設計の基礎に役立たせようとするためのものである」ことを明らかにし. ツの正しい知識,状況を分析して要点を発見する力など,認識的側面の. ている.そして,昭和31年改定の学習指導要領では「体育は運動を手が. 目標が示されている.昭和26年の中等学校学習指導要領においては,身. かりとして行なわれる教育であって,運動を通して行われる学習という. 体発達や社会的態度の発達などとともに,知的情緒的発達が目標として. ことにその特質が認められるのである.しかし,体育の役割と目標の拡. 掲げられている.昭和31年の改定では,「保健と体育の正しい理解と実. 大は経験させなければならない内容を豊富にした.それちは運動を通し. 践に基づき,心身の健全な発達を図り,個人並びに集団生活における保. ての学習では十分経験できない内容にまで及んできたのである、現代の. 健・体育やこれらに関するレクリエーション等の問題を科学的に解決す. 運動の発達はめざましいものがあり,その水準は著しく高くなった.ま. る能力や態度を養うことをめざすものである」と目標が記述された.続. た,現代社会におけるこれらの運動の発達普及も著しい.生徒の望まし. く昭和35年の学習指導要領では,「運動についての科学的理解及び生活. い発達や生活のためには,これちの運動を身体発達との関係や合理的な. における運動の重要性の理解を重視する」という方針で,改定された.. 運動の学習法,これちの運動と社会生活との関係などについての内容を. さちに,昭和45年の学習指導要領では,「運動についての科学的理解に. 学習させることが必要である、このために,これちの内容を基礎的な知. 基づき,合理的な練習によって運動技術を高めるとともに,生活におけ. 識体系として組織したものが体育理論の内容である」として,体育理論. る運動の意義についての理解を深め,生活を健全にし,明るくする能力. 学習の必要性を強調している.続く昭和35年の学習指導要領では「高校. や態度を養う」ことが目標の一つとして重視された58).. 期の発達や生活の特性と運動,運動の技能を高めてそれを生活に活用す.  次に,体育の認識的側面に重要な意味を持つ体育理論が,学習指導要. るために必要な運動についての科学的理解や合理的な練習法,および生. 領の中でどのように扱われてきたかを概略的に示す.体育理論は,高等. 活における運動の意義」などを指導することとしている.そして、、昭和. 学校の保健体育の科目体育ρ四域であり・同様の性質のものが中学校. 45年の改定では,できるだけ運動の内容に関連づけて指導する方針iに沿. では「体育に関する知識」として含まれている、それちの中で,中学校. って,「運動に聴する科学的な理解を深めさせて,合理的な運動練習の. の指導時数は体育の5%,高等学校では5∼10%と規定されている.. 実践ができるようにさせるとともに,現代生活における運動の意義を個. 歴史的には,体育理論は学校体育指導要綱に初めて登場している.昭和. 人的並びに社会的な立場から理解させ,人間生活における体育の重要性. 26年の中等学校学習指導要領では,その性格とねちいとして「三三の真. を認識させること」を基本的なねちいとしている151》..              一17一.                一18一.

(13)  以上のような変遷を概括すると,小学校および中学校については省略. できる能力の育成を重視すること」すなわち,自己教育力の育成の重視. したものの,どの時期においても体育の認識的側面が重要な側面として. を掲げている68).ここでいう自己教育力については,多くの人が様々. 認めちれてきたことは否定できない.体育理論学習についても,その性. な見解を示している.木下60)は,これを「学習への意欲」「学習の仕. 格は情報としての知識にとどめるか,あるいは実践に役立つ体育理論学. 方の習得」「生き方の探求」としてとちえ,決して「態度づくりj「意. 習とするかのはざまを揺れながちも,体育が単なる身体活動にとどまら. 欲づくり」「学習の仕方の伝授」に偏ってはならないと述べている.厨. ないという姿勢が保たれ,体育の認識的側面の重視が汲みとれるのであ. 73}は,体育における自己教育力を「運動に親しみ,生涯にわたって健. る.戦後40数年にわたって,体育理論学習が実践を伴わないまでも学習. 康生活を設計し,生活内容として運動やスポーツを生かし続け,自ら求. 指導要領に明示されてきたのは,体育の認識的側面が見落としてはなち. め続ける意欲と実践力」ととらえている.またその具体例として,梅本. ない一面として認められ,守られてきたことの所産であるとも言えるの. 15ωはJf自分自身の健康・体力の現状を認識し,それに応じて健康・. ではないだろうか.. 体力づくりのための運動処方の能力を体得させる’ アと」などをあげてい.  第3項 現行の学習指導要領と今後の展望  現行の高等学校学習指導要領における「体育」の目標は,第一の観点 として,ただ単に運動を行わせるだけでなく,各運動の科学的理解や自 己の体力の現状の理解に基づいて運動を学習させて強健な心身の発達を 促すこと,第二の観点は運動の持つ生活技術としての役割を強調し,そ のため運動技能を合理的に身につけさせることに重点をおき,広く社会 的な立場かちの運動への理解も含めて,生涯にわたって楽しく豊かな生 活ができるよう運動実践の能力や態度を育てること,第三の観点は,克 服場面,競争場面,協同場面などを通して,公正・協力・責任などの社 会生:活にも栖値ある行動のしかたを学習させ望ましい人間形成へ導くこ. とをあげており95),体育理論学習によって体育の目標がより良く達成 されることを仮定している..  一方,教育課程の基準の改善について審議を行っている臨時教育審議 会では,他の諸点とともに「自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応.              一19一. る.すなわち,自己教育力には,体育・スポーツと自己との関:わりをと. らえること,個人や社会におけるスポーツの意義を認識すること,健康 やスポーツと関わって自己評価できること,スポーツを自己の生活に有 意義に取り入れる能力や態度を養うこと,スポーツを個人の生活に有効 に生かし続ける能力を養うこと,といった認識的側面の重要さが見いだ されるのである.このように,臨時教育審議会の答申から体育の将来を 推察するにあたっても,体育の認識的側面はますますその比重を増すで あろうと考えられる..  第4項 アメリカにおける体育の認識的目標  アメリカは,州によって教育目標や,それに基づいた体育のあり方が 様々に存在する.それゆえに,カリキュラムや教育目標に関する研究が                       ゼ 盛んに行われている,Bloom 28)(p.398)の目標分類体系においては,. 教:育目標を a 認知領域 b 情意領域 c 精神運動領域 の3つ に分類している.さらに,aの領域は,知識,理解,応用,分析,統合 の5つに分けられる.そして,各領域がそれぞれ別々に機能するのでは.                一20一.

(14) なく,例えば,運動技能行動から情意的行動や認知的行動が完全に分離. る風潮が伺える.Donna Mae Miller 91)は,生徒の精神は教室で,身体. した形で生じるということもほとんどない.すなわち,教育においては. は体育館でという一般的な理解を強く批判し,身体活動のプログラムが. これら3つの要素がその営みの中で互いに関連し合いながら,子供たち. 精神的能力に役立つと主張し,「読解法」コースという独特なプログラ. の学習過程をかたちづくっているのである28》(Bloom, p.457).. ムを発展させている..  では,体育においてはどのような目標分類がなされているのであろう.  そして,本研究において分析を試みるBasic Stuff Seriesも,この. か.Siedentop 122)は,小学校における体育の機能として「身体発達の. ような認識的側面重視をさちに強め,公然とそれを推進する試みと言え. 機能」「社会的道徳機能」「情緒発達機能」「文化伝達機能」「認識発. る.このような傾向の現れる歴史的背景は,後の章で述べるとして,ご. 達機能」をあげている.Anthony A.Amarino 22》は,体育の諸側面とし.                         ざ こでは,アメリカに現在,体育の認識的側面を重視する大きな一つの流. て「身体的側面」「心理運動側面」「認識的側面」「情意的側面」をあ. れがあることを確認するにとどめる.. げ,諸要素が総合的に機能するようなシステマティックな学習過程を展 開する必要を述べている.. 第3節 認識学習の理論的根拠.  従来,体育の認識的目標は,身体三牲や技術,社会的発達とともに体.  わが国では,体育における認識的目標が,以前より体育目標の主たる. 育の主要目的に含まれてきた。しかし,その認識的側面はほとんど明確. 要素として掲げられ,最近では,社会的趨勢からその重要性が増してい. にはされず,技術,身体適性,社会的発達と同等の地位にありながら,. ることを前節で確認した.しかし,現実には,認識的側面が軽視された. めったに同じ活力で取り組まれてはいない123)(Siden七〇p, p.247−48). り,理念だけに終わり,実践に結び付かないという否定的状況がある..  しかしながら,近年において認識的目標を重視する主張が多く現れて. この矛盾を解決し,体育の認識学習を確信に満ちた効果的なものにする. いる.Siedelは,Bloom学派の教育目標の分類学を受け入れ,体育目. ためには,体育における認識の意味と意義が明確にされねばなちない.. 標を「運動」「情緒」「認識」の3領域でとらえている.彼の著書であ.  現行の学習指導要領の目標として「各運動の科学的理解や自己の体力. る「スポーツ技能一意味のある運動への概念アプローチ」からも推察で. の現状の理解に基づいて運動を学習させ,強健な心身の発達を促す」ま. きるように,認識的目標に重きをおいている137》.Journal of. た,「運動学能を合理的に身につけさせることに重点をおき,広く社会. Physical Educa七ion, Recreation and Dance (AAHPERDの定期刊行物. 以下,JOPERDと略す)の”Profiles In Excelence”という優秀な教育. 的な立場からの運動への理解も含めて,生涯にわたって楽しく豊かな生               1 活ができるよう運動実践の能力や態度を育てる.」という記述がある.. 実践を集めた特集には,Judith H.Placekによる「概念に基づく体育プ. ここでは,理解することが運動学習の基本となり,そして心身の発達へ. ログラム」112),Michael J.Stewar七による「概念アプローチの実践」. とつながること,また,運動への理解が生涯にわたる有意義な運動実践. 127,が,掲載されていた.ここでも,体育の認識的側面が重視されてい. に結び付くことが何の疑いもなく述べられているようである.人間の理.              一一 2 1一.                一22一.

(15) 解や知識といった認識が,直接発達や行動という現象につながると考え. ている.さらに,教育課程における科学について次のような見解を示し. てよいものであろうか.学習指導要領ばかりでなく;多くの識者が体育. ている.「科学を教育的に用いるという問題は,人間の営みを独力で指. に関わる正しい認識が効果的な実践力を生み出すと述べている.例えば. 導することができるという信念に満ちた知性を創り出すことである.教. 佐伯116)は,「生涯におけるスポーツ生活を設計し,望ましく建設しよ. 育を通して習慣のなかに深くしみ込んだ科学的方法は,実地の経験から. うとする協同の営みに参加する能力は,スポーツの知的・理性的理解を. 得た方法やそういう大ざっぱなやり方かち生じたきまりきった機械的作. 欠くことができない1」と主張する.体育における認識学習の必要性を. 業からの解放を意味する.」34}(Dewey, p.51)これちは,認識が新た. 説く筆者にとって,それらの見解はそのまま賛同したい思いにかちれる. な経験を計画し,統制し,意図的に追求することに大きな役割を果たす. ものであるが,一方,明解に言い切れる理論的根拠を用意する必要があ. ことを示唆しているのである.体育学習の場においては,広い田野での. るように思われる.ここでは,認識と行動を結ぶ理論について,教育哲. 認識が関与することに疑いはない.しかし,これまでの多くの体育学習. 学,心理学の知見から探求しようとするものである.. の認識的側面を評するならば,数学や理科の詰め込み教育に類似した,.  第1項 教育哲学に旧い出される理論的根拠. 単なる身体運動の繰り返しであったり,単なる情報としての知識に終わ.  プラグマティズムの認識を取り入れることの妥当性はすでに述べた.. ることが多かったのではないだろうか.Dewey以前の哲学がいうところ. 現代のアメリカの教育にプラグマティズムの教育の影響を色濃く残すこ. の経験的知識,すなわち,どの事例についてもその原理の知的洞察を得. とに貢献したDeweyは,その著「民主主義と教育」で次のように述べ. ることなく,ただ多数の過去の事例を積み重ねることによって蓄積され. ている.「目的をもって行動することは理知的に行動することと全く同. た知識34》(Dewey, p.52)が,もたらされたにすぎないのではないだろ. じことだ,ということである。行為の終着点を予見すれば,対象と我々. うか.Deweyのこれらの哲学的論理から,認識が個人の行動を改変する. 自身の能力とを,観察し,選択し,配列するための基準を持つことにな. 役割をもつ根拠を見い出すことができる、. る.これらのことを行うことは、ある意思を持つことを意味する一とい.  第2項 体育教育学に旧い出される理論的根拠. うのは,意思とは,まさに諸事実とそれち相互の関係の認識によって統.  アメリカの体育分野において多大な影響を及ぼしたEleanor Metheny. 制された意図的で有目的的な活動力にほかならないからである.」33). 88・は漣動の持つ願を次のように述べている・吻体運動の学習場. (Dewey, p.166) そして「認識が神経組織と関連しており,神経組織. が新たな情況に対処するために活動を不断に再調整することに関連して. 面において,人間はパターン学習を機械的に行うのではなく・パターン を_つの全体として操作している.ここで1ま・・ある事態に接してそこに. いるという事実の十分な意味を真に理解している人はだれでも,認識が. 意昧をいわば・読み込む・のであり読み込まれ臆味が人固の行動に. すべての活動から孤立した,それ自体として完全なものではなく活動の. 現れてくるのである一]さらに,f学習者1ま渤きつつ学び・学びつつ. 再編成に関係することを疑わないだろう」34)(Dewey, p.212)と記し.              一23一. 動く,8いうことができる.つまり,学習者1ま・n分の躰を動かすこ.                一24一.

(16) とによってのみ,運動を調整することを学習するのである.ただし,学. ある.一般に行為には,目的,意図,プランなどがあり,それは結果の. 習者が体育の授業で学ぶことは,単なる技にとどまらないということも. 予測を含んでいるj」と述べ,Miller等のTOTEモデルが,フ。ランに. 確認しておく必要があろう.」と述べる.ここでは,身体運動と認識が. よるコントロールを情報処理理論で説明することに成功していることを. 不可分のものであり,認識が行動を全体としてコントロールすることを. 付加している.. 示唆するのである.この点に関しては,前述した吉本の「認識と練習の.  一方,運動心理学においては,運動学習について次のような知見を得. 統一」に見られる論と同じ意味を持つと思われる.そしてまた,認識が. .るに至っている.身体運動は,単なる筋の反応のみならず,状況に即し. 行動という形で表されてはじめて,本物の認識となるという論でも一致. た感覚,知覚あるいは認知など,あらゆる心理要因が関与している.こ. している.. のため,運動学習は,感覚運動学習,知覚運動学習,あるいは,心理運.  第3項 心理学に見い出される理論的根拠. 動学習とも呼ばれている82》(松田ら,p.79).伝統的な学習理論が運.  認知も行動もともに,複雑で不可解な人間全体を考える時,あまりに. 動場面における学習を十分に説明し切れないが,新しい運動学習理論は. 広いテーマである.このために,心理学が発達すればするほど,認知と. 有効な理論の展開を示している.Adamsの閉回路理論は,サイバネティ. 行動をばちばらに細分化して研究する方向にあった.しかし,人間にと. ックスの考え方を取り入れ,情報処理というかたちでの中枢のプロセス. ってこの認知と行動はともに重要な働きであり,互いに複雑に関連して. を重視している.すなわち,刺激の認知や反応の選択,決定Jさちには. いるという見地から,人聞を全体的に理解することの必要性が強調され. その背後にある記憶やイメージや注意などが重要な問題として取り上げ. るようになっている.近年,このような見解から認知科学の分野におい. られている.また,Schmid七のスキーマ理論は,認知心理学において実. て,認知と行動の関係についての研究がなされるようになってきた.こ. 験的な根拠を持つスキーマという概念を持ち込み,運動学習を説明しよ. れちの知見をもとに,現段階で体育学習の認識と行動がどのような関:わ. うとした,この理論では、① 初期条件 ② 反応明細 ③ 感覚経過. り『を持つかを推察する.. ④ 反応結果という4種の情報が貯えちれ,それらが一般化,抽象化さ.  梅本15z}(pp.19−53)は,一般的な認知とパーフォーマンスの関係の. れて再認スキーマ及び再生スキーマを形成していくと想定するのである. 側面を,① 認知の指標としてのパーフォーマンス,② 認知によるパ. 82}(松田ら,pp.134−141).これらの論は,認知のとちえかたに差が. ーフォーマンスのコントロール,③ 認知とパーフォーマンスの発達,. あり,体育に関わる知識や理解のみならず,広い意味K“ op認知がその対. ④ 動因としての認知とパーフォーマンス,の4点をあげて,それぞれ. 象である.このために,体育に関わる認識的理解が直接行動にむすびつ. の関係についての実験的成果の代表例を説明している.この中で,表象. くことを説明するわけではないが,運動場面においては,理解や知識を. 的認知によるコントロールについてJ「意図やプランといわれているも. も含む認知が深く関与することを示すものである.. のによる直接的なコントn一ルと,知識による聞i接的なコントロールが              一一25一. 一26一.

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