孤口難防の詩人・田村隆一
金 光 林
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Tamura R
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Kim Kwang Rim
日本の現代詩人の中で、わたしなりに考えている世界的な詩人を挙げ て見ろと言われたら、先ず田村隆ーを抜かすことが出来ない。そういう 理由で、いつの間にか彼に関する話は、三度目になってしまった。 即ち、最初は「わたしが会った田村隆一
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('93年 8月号『現代詩学J
)
であり、二度目は、同じ誌上で連載した『日本現代詩の散歩』②の「日 常性の拒否と日常の内面化J
('94年10月号)であるo これ位あばき出したら、もうこれ以上語るべき事がなかろうと思われ がちだが、彼には衆口難防でない孤口難防なところがあって、又も巻き 込まれてしまったのであるo 凡そ、田村隆一の詩には日本的なところが殆んど見当らないのであるo たまに日本の地名が登場するが、これは日本的なのをでっち上げる為で はないものと見られるo 今まで田村が出した詩集のタイトルを見てもそうであるo例えばf
四 千の日と夜J
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言葉のない世界J
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緑の思想J
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新年の手紙J
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死語J
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誤 解J
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水半球J
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スコットランドの水車小屋J
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五分前J
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陽気な世紀末jf
奴隷の歓びJ
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毒 杯J
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ヘミングバードj等の代表詩集と、その他『恐 怖の研究J
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腐敗性植物jのような長詩があるが、ここで強いて日本的-167-文 教 大 学 言 語 と -167-文 化 第10号 なのを探し出せと言われたら、処女詩集の『四千の日と夜jを引き出す より仕方がないのであるo この詩集が、敗戦後十一年目に出たんだから四千の日になるわけであ るo ノアの洪水は四十日間続いたそうだが、敗戦後の田村の精神的洪水 は、四千日も続いたという意味ではないだろうか。 日本の戦後の詩壇を代表している一つのグループである〈荒地〉の主 メンバー(木原孝一、黒田三郎、中桐雅夫、鮎川信夫、北村太郎、三好 豊一郎)は、いま呼名した順序に皆逝ってしまったが、今まで、とり残 されたのは田村隆一ひとりだけであるo それで、もっと貴重に感じられるのかも知れないが、田村ほどアンテイ・ パウオの詩人も余り見掛けられない。大方、権力に対してそっぽを向く か、知らん顔をしているのだ。彼は何度も結婚をして居り総理大臣のお 祝いにも接したそうだが、権力にへつらう文は、全く書いていない。所 謂オマジ‘ユ
(hommage)
とは関係のない詩人であった。 ところがどうした弾みか、韓国では著名な詩人になればなる程、オマ ジュを書きたがるようであるoいや、書:きたがるというよりは著名な詩 人であるのを証すために書いているのかも知れないが、とかく権力に付 きまとい勝ちであるo(たまに、博士号を断り、文化勲章も退けたとか 芸術院会員になるのも断った詩人が居るけれど) さいきん、こういうオマジュ族にすっかり嫌気がきしたせいか、わた お ば け しはいっそく陽気な世紀末〉の酒の小鬼が魅惑的な存在になってしまっ た。此の頃彼は、物としての〈奴隷の歓び〉まで言挙げしているo 田村に対して敢えて酒の小鬼と称するのは、わたしなりの基準と二つ の事実に基づいて言っているのであるo ひとつは、白石かずこからきいた話だが、或る雑誌社の要求で彼と対 談するために、連絡をとってから午後遅く出掛けたらしい。そしたら、-168
彼は彼女の来訪を待ちながら朝から飲みはじめた酒に酔ってしまって、 これから対談をはじめようとしたら、ごろりと寝転んでしまったらしい。 彼女もつい矩健の暖みに引き込まれてうとうとしたらしいが、同行の記 者がこの呆れ果てた光景を見守っていたとの事であるo もうひとつは、彼がわたしとの対話中に語った打ち開け話だが、酒の 病で度々病院通いをしているのかと訊いたら、病院には病気に羅る前に 行くとのことであった。健康状態のチェックもしてもらい、外部からの 何等の干渉も受けずに静かに独りで居るのが良いと言っていた。 どうやら又とない飲酒癖の言い訳であるというよりは、敢えて酒小鬼 の哲学であると言えそうだ。 わたしが挨拶を兼ねて彼に韓国の訪問を勧めたところ、すかさず〈イ デオロギーが嫌で行きたくない〉とのことo しかしく済州島の酒飲みた ちが招いてくれたら行く〉と言っていた。田村はイデオロギーが嫌なも んで、いっそ物としての奴隷を讃える(? )ようになったのかも知らん。 そういえば、ギリシャのパルテノン神殿とか、インドのタージ・マハ ルを始めとして、これはと言わんばかりの世界的文化遺産はすべて奴隷 の産物であるのを想い起す時 こういうパラドックスが成り立ちそうだ。 4 ・ 品
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な る ら れ な さ ば 知 れ 認 ふ J こ な が 的 で る 会 具 あ 社 道 で 的 な 問 問 問 問 律 用 人 人 人 人 い 法 有 的 的 的 的 な が ず 物 治 済 念 は 隷 ま 生 政 経 観 で 奴 物文 教 大 学 言 語 と 文 化 第10号 としてである おれは「物jだから 夏休みはいらない 人類には夏はつらいだろう 七月八月の二カ月くらいは 人類はたっぷり夏休みをとるべきだ 「物
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と遊べ 「物J
から学べ 「物J
の意味 その光とリズムが分ったら 一一一「物J
の一部 人間存在の悲惨と滑稽とが身にしみるだろう 「物J
は悲惨と滑稀そのものだが 身にはしみない 「物」は歌うだけだ 光を放つだけだ 一一一「冬休み」の一部 詩集『奴隷の歓びjに出て来るく物〉という言葉は、あらゆる意味に おいて受けとらねばならないだ、ろう。テクノロジーの支配下に身を任せ て生まれ、人工的なメセージを付与された商品としての〈物〉と〈物〉 が、物に付着された記号の過剰によって、物そのものにならない時代を 考えなければならないのであるo 〈物〉が主人公であるf
奴隷の歓びjでは、巻頭の詩「物J
で、すか さずく奴隷が/法律的社会的に認知されるのは/物/としてである〉と-170
吐きかけているo ここで田村は、古代ギリシャ以来の〈文明〉と〈奴隷〉の関係を述べ ているが、彼の話によれば〈物〉として存在していたく奴隷〉が解放さ れて、人開化することによって、人間としての悲惨が加えられたものと 見ているようだ。<物の歓びは人間の悲惨〉であると絶叫しているので も、それが窺えられるo 今日のような物質万能時代は、どうも奴隷が溢れている時代であると しか見られない。日IJち、奴隷が物であるというのは、実は悲惨と諾諾の 中の人間存在を語ることになるのであるo ここで語っている〈物〉とは、 どうやら人間存在を真似たものじゃなし、かと見られるo 詩「冬休み」は〈物〉が語っているが、これはどこまでも真似をして いるのに過ぎないと思われる。但し詩人の声を〈物〉のトオンで色染め してく物〉のエネルギーでもって力を加え、声が物にならない窮みまで 追い詰めて、詩人の見えない労働(実は詩人の労働はどうやら反労働の 意味を持っている)が終わる時、精いっぱい遊び散らかそうとしている ものと見受けられるo 田村隆一はく物〉それ自体になりたいとし寸欲望を見せびらかしては いるが、実はそれをあくまでもやり通そうとするのではなく、どこまで も声を保ちながら真似ごとにとどまっているようだ。いっそく物〉の意 味が自分の声の行方に従って、勝手に水位を変えている中に詩を発見し ているのでないだろうかD 田村の詩集『スコットランドの水車小屋jに出て来る詩 r1999J を見れば、次のような句に出会うo たった二時間だけ目をさましていて たっぷり二十二時間眠りこけている
文 教 大 学 言 語 と 文 化 第10号
f1999J
という詩集が出してみたい もしそれまで生きていられたら たっぷり十八年間ぼくは 蛾のように限っていて 黙々と餌を運びつづける一匹の蟻の 精神異常の診断書を書いてみたい これから先、二十世紀も二年ちょっとばかり残っている。1999
年 は直ぐ目前に迫っている。この詩を書いた当時の間村は、十八年をどう 生き延びるべきか懸念したかも知れない。それで蟻のように永らく眠り こけたいものと願ったたようだが、これからf1999J
という詩集を 出すには、何等のわだかまりも問題もなさそうだ。その証拠として、彼 はさいきん張り切って綜合文芸誌f
すばる jに(1999)
を連載して いるo 夢はきまって居酒屋で 死んだ仲間にはなかなか会えない 女性も出てこない ただ 酔って偶然出会った酒飲みとクダをまくだけ 宿屋にも行き所がなくなって泊まることがあるか その場所も宿の名前も知らないものばかり 一一一「鬼号」の一部こうなったら酒小鬼と言われでも、むしろ当り前になってしまう。 連載中の