One of the major policy trends in recent decades has been the privatization of social services. This trend has also reached Sweden, a welfare state with health care and social service sectors that previously had almost no private providers. This change is monumental, given the social welfare system in Sweden. One of the areas most affected is care for the elderly.
This paper refers to the theories of Drucker, an advocate of privatization. Introducing the potential for marketing and innovation of management is, as Drucker proposed, significant. However, the concept of a tax burden that does not affect society or the economy in accordance with Drucker’s conservative beliefs should be discussed from the standpoint of welfare that seeks to provide for the public. This paper aims to present discussion of the privatization issue in Sweden based on the significance of Drucker’s views and issues with those views.
Key words:スウェーデン、ドラッカー、イノベーション、民営化 福祉国家
Ⅰ はじめに
筆者が今年2月に、十年以上を経て再び訪れた スウェーデンは、社会福祉サービスが大きな変化 をしており、福祉国家スウェーデンの福祉サービ スは、公的部門のみが行なっているという認識を 抱いていた私には極めて大きな衝撃であった。現 在福祉サービス(特に、高齢者支援・保育所など) で民営化が進行しているということであった。現 実に、高齢者の施設や保育園を民間企業が運営し ているということである。無論民間企業の参入を 許可することについては政策的に、長きにわたる 議論があった1)。民営化の進展により、スウェー デンの福祉があたかも崩壊したかのような報告も ある2)。私が過去訪れたときは、公的部門が福祉 サービスを全て提供するというものであり、また ボランティア活動についても対等性を欠くという ことで、極めて消極的であった。 社会福祉のサービス提供者として民間企業が参 入することについての是非について、民営化論者 と 反 民 営 化 論 者 は 一 般 的 に 反 目 す る こ と に な る3)。一方ではニーズに対して柔軟かつ効率的に 対応できる民間企業の参入により、支援を必要と している人々のニーズに応えることができるとい うものである。確かに公的機関が硬直化して、変 更や廃止がなかなかできず、「誰のため」に存在 している機関なのかわからなくなってしまう姿を 見た立場ではそのように感じるだろう。他方で、 公的機関と異なり、民間企業は営利を追求する存 在だから、どこかで利潤追求を第一義にせざるを えず、結果的に支援を必要とする人々のニーズに 十分に応えられなくなる、というものである。確 かに多くの意見として、民間企業の参入に対し て、そのような立場から無意識的に懸念するとい うことが見られる。何か根拠があるというより、 * ほしの はるひこ 文教大学人間科学部人間科学科スウェーデンにおける社会福祉民営化に関する検討
星野 晴彦*
A study of privatization of social welfare ser vices in Sweden
Haruhiko HOSHINO
生理的に拒否するという心理が働くかもしれな い。また、現実として民間企業の不祥事若しくは 過剰なサービスの押し売りのような事実も無いわ けではない。 国家と市場の二元論的認識で、福祉の民営化を 善悪に二分化するような議論に対して、欧米の福 祉国家を社会民主主義レジーム、保守主義レジー ム、自由主義的レジームに類型化したアンデルセ ン4)はそのような議論を陳腐であり、真実は細部 に宿るとしている。すなわち、もっと現実的かつ 詳細に検討する必要があるというのである。 現実的に議論するためには、この問題について 実はマネジメントの父と呼ばれるドラッカーはす でに、明快な見解を示していたことに着目した い。そしてその見解には意義と課題と思われる。 本稿はドラッカーの理論の意義と課題を踏まえ て、スウェーデンの民営化問題について議論する 視点を提示することを目的とする。これは福祉の 民営化を検討する上で、数多くある側面の一面の みを検討しているに過ぎないのかもしれない。し かし、ドラッカーの理論の意義と課題を踏まえつ つ、ドラッカーの視点を踏まえて福祉の民営化を 考えていくことは、スウェーデンの民営化を検討 する上での重要な視点が提示できると思われる。 なお福祉民営化については、保育所など様々な 福祉領域での展開が見られるであろうが、本稿で は民営化について議論する際、高齢者の福祉サー ビスを取り上げることを、あらかじめお断りして おく。
Ⅱ スウェーデンの福祉民営化の概
観
スウェーデンの福祉における民営化とは、規制 と財政における公的責任は維持したままで、サー ビスの生産部分についてのみ、公的独占状態でな く競争、つまり民間運営を導入する試みである5)。 民営化について議論する際に、影響したと思われ る背景的要因について触れたい。 従来は一元的に福祉サービスを生産供給してき た公的セクターに対して、硬直化、非効率性への 批判が高まった。公的セクター内の介護労働に関 する問題も噴出し、1990年代以降、介護職員の病 気欠勤率が急激に高まり、退職や転職も目立つよ うになった。その理由は十分に明らかにされては いないが、1990年代の構造改革と経費節減で現場 職員への心身負担が大きく増した点が指摘され、 福祉分野での働き方が問われてもいる。スウェー デン経済は91∼93年に3年連続してマイナス成長 が続き財政が悪化した。EUへの加入条件の達成 という要請もあり、政府は財政健全化のため、福 祉分野の財源削減を行わざるをえなかった。特 に、EU加盟とグローバリゼーションの進展は見 逃せない。1995年のEU加盟によりスウェーデン の産業全体に競争導入が強く要求された。医療・ 福祉の分野では今も公的規制が大きく存在するも のの、1990年代前半に何らかの形で競争の導入が 求められるようになった6)。そして、新自由主義 台頭を背景とする諸外国の福祉改革の影響から、 個人レベルでの選択の自由導入という、スウェー デンの福祉制度と理念の根幹に関わる問題も議論 され始めた。 また、92年のエーデル改革で、高齢者の福祉、 医療サービスの供給主体が県から市町村に移管さ れた。社会的入院者の費用を市町村が県に払う制 度ができたため、市町村はケア付き住宅やグルー プホームなど高齢者施設の充実に注力し、社会的 入院者の圧縮を図った。市町村は財政的な制約か ら高齢者施設を充分には準備できず、家族介護に 力を入れるとともに、民間委託を進めてきた。ま たこの政策動向に関して見逃せないのが、戦後政 権党であり続けた社会民主党が政権の座を降りた ことである。1991年より3年間、そして2006年よ り今日まで、中道の右派が政権を担っている。 結果として、在宅で福祉サービスを受ける高齢 者のうち、「市場からのサービス」を受ける者の 割合は90年代初頭の4%から90年代末期に13%へ 上昇した。その一方で「公的サービス」を受ける 者の割合は46%から33%に低下している7)他方 で、「高齢者、障害者」福祉サービス事業の雇用 者のうち民間機関雇用者の占める割合は、1993年 の2.5%から2000年の12.9%へと大きく増加してい る。また、「児童」「教育」福祉サービスと比べ て、民間機関雇用者の割合が高い8)この数値は、他の欧米諸国に比べて実は低い数値である。 また、「利用者選択制度」(準市場的な供給形態 をつくり利用者が自由にサービス事業者を選択決 定できる)が一部大都市で導入される一方、民営 化はほぼ皆無という地方もあり、全国的な差は大 きい。しかし、高齢者福祉サービスにおける実際 の民間供給の割合は、ここ20年弱の間に急激に高 まった。高齢者施設とホームヘルプの運営におけ る民間割合は、1990年4%(ホームヘルプ)、1995 年9 %( ホ ー ム ヘ ル プ )、2000年 に7 % と11 %、 2005年に10%と13%、と顕著に増加している。但 し、ここでは詳細には述べないが他の欧米先進国 に比較すると、決してその数値は決して高くは無 い。また、民間供給全体のなかでも非営利セクター による供給はわずかで、全体の3%程度(2003年) しかない。スウェーデンの場合、公的セクター以 外ということで、特に営利・非営利は問わないま まに民営化が進行した。結果、現実には民間主体 の大半は営利企業で、一部の大規模企業の寡占に 近づいている。 そこで民営化によってどのような展開がなされ たのか。サービスの質に関する比較調査ではラグ ナー9)は民間企業によるサービスの方が少ない職 員数で、サービスの質が向上していることを示し て い る。 そ れ 以 外 に も、 い く つ か の 意 見 が あ る10)。民営化によって経費節減や従業員の働く意 識の向上につながったと評価される面もある一方 で、民営化に伴う様々な問題点が指摘されてい る。高齢者福祉の現場では、供給が公的機関から 民間へ移管されても業務内容が削減されることは ない。民間企業は利益増加のため、人件費の節減 を追求し、その結果職員1人当たりの負担が増加 して十分なサービスが提供できない状況が生じて いる。事故や虐待などが報告され、社会問題化し た。 また、労働環境の悪化は、退職者の増加と恒常 的な人材不足を招いている。そのため福祉教育を 受けていない派遣社員などが採用され、十分な介 護を行なえず、入居者の家族の不満が増す悪循環 に陥っているという指摘もある。 ストックホルムなど大都市の病院が病床の一部 を裕福な患者用として確保して利益をあげている ことに対して、貧富の差が福祉の現場に持ちこま れるという批判も出ている。 しかし以上のような見解があるものの今日でも 民間による福祉サービス供給の実態には未知の点 が多く、職員や利用者などにもたらされている実 際の変化について把握が不十分である点が問題視 されている11)。職員の労働環境はコミューン直営 と民間事業者で大差がないともいうアンケート調 査結果もあるが、そうした調査においても、非営 利セクターの事業者は総数も規模も小さく、回答 率も低いため未解明な部分が特に大きいと言う 12)。さらに言えば、民営化導入による費用の差は 見いだせないという報告もある13)。 また現在では委託のための入札選考の基準を財 源削減の視点から、運営費の安さを重視していた が、その問題性も認識されるようになり、近年で はサービスの質を重視するようになり、民間企業 だけではなく、市町村の職員が運営している事業 も落札できるようになってきた14)。 一言で言ってしまえば、民営化による是非は十 分に証明されていないということではないだろう か。またその検討の基準となる尺度も様々あり、 民営化そのものをどの視点から論じるべきなのか ということについて十分にコンセンサスが得られ ていないということではないだろうか。
Ⅲ ドラッカーの言説
ドラッカーの言説は、彼がなぜそのように述べ たのかを踏まえなければ、言葉のみが一人歩きし てしまいかねない。というのは、ドラッカーの影 響を受けたイギリスのサッチャー首相の民営化は 福祉財政の削減という結果に至り、ともすると福 祉の大幅な切捨てというイメージがぬぐいきれな いのである。サッチャー政権の市場主義は改革に より、経済は再生したが、その副作用として多く の社会問題が発生したのである15)。改めて長くな るが彼の言葉を引用してみたい。 ドラッカーは「断絶の時代」で次のように述べ ている16)。 「民営化の目的は政府の再生にある。民営化とは、 現業、事業、成果という実行にかかわる部分は、政府以外の機関が行なうという原則のことであ る。そのためには、まず政府自身が、それら政府 以外の機関がいかに仕事をし、何を行なえるかを 知らなければならない。次いで、それらの機関に とっての機会とするためには、自らの仕事をいか に組み立てなおすかを考えなければならない。 民営化は政府を弱体化しない。その目的は、病 におかされ無能となった政府に力を取り戻させる ことにある。もはや政府に、これまでの旅を続け させることはできない。その道で得られるもの は、さらなる官僚化であって、さらなる成果では ない。」 さらに重要な次の言葉を述べている17)。 「政府の仕事は、社会のために意味ある正しい意 思決定を行うことである。社会のエネルギーを結 集させることである。問題を浮かび上がらせるこ とである。選択を提示することである。換言する ならば統治することである。」 言ってみれば次のようになろう。政府の役割は 『統治』することにあるが、ドラッカーによれば、 『統治する』ことと『実行する』こととは両立し ない。彼は上位機関すなわち意思決定者を『実行』 から分離させなければならないと考え、実行する ものに分権化すべきだと主張している。では、こ の『実施、活動、成果』といった実行を誰が担う べきなのかということについて、ドラッカーは数 ある組織の中でも『企業』が最も適して18)いて、 その理由として、企業には政府に不可能な二つの ことをなしえるからであると指摘している。 第一に、企業は事業をやめることができる。市 場、特に資本市場に依存しているのであれば、事 業をやめざるをえなくなることがある。…… 第二に、企業は社会がその消滅を許す唯一の組 織である。 さらに次のようにも述べている19)。 「企業は利益をあげることができるからして、損 失のリスクを負う。このリスクが企業の強みにつ ながる。あらゆる組織の中で企業だけが業績の試 練を受ける。利益が企業の評価基準になる。…… これが組織としての企業の良さである。私有が優 れている最大の理由である。確かに資本家は利益 をあげるなとの主張は俗受けする。だが資本家の 本当の役割は損をしうるところにある。その役割 は、リスクを負い損失を被ることである。この役 割を果たしうるものは、政府ではなく投資家であ る。私有であることが重要なのは、社会は、倒産 し消滅しうる組織を必要とするからである。」 極めて明快であり、見方によっては残酷である とも言えるが、説得力のある論述である。法制度 に基づいて作られた公的な組織や事業を廃止する のは容易ではない。些細なことを改善することも 難しくなってしまう。よって、企業になしえて、 政府には実行困難な第一のこととして「事業をや めることができる」というのは、コストに見合わ ない無駄な支出を迅速に減らすことができるとい う意味において大きな役割を果たせる可能性であ る。 民営化を提起したドラッカーの慧眼は当時あま りに当然視されていた、政府が公的サービスを独 占していた状況を踏まえなければ、本質的なもの を見失ってしまうと考えられる。官僚制のもとで 分権化されず、既得権益化し20)、そこで活動する スタッフも本来的な力を発揮できなかった、組織 的弊害に大胆なメスを振るおうとしたことに意義 があることに着目すべきであると考える。まさに ドラッカーの顧客のニーズにしっかりと立脚する にはどうしたら良いのかという視点である。公的 部門のサービスは高コスト体質、独善性と事なか れ主義など様々な構造的問題点を抱えている21)。 ただ同時にこれは政府の本来の使命を放棄させた り、民間企業が行なわない部分を、政府が責任を 持って実施することを否定したりするものではな いと思われる。現にドラッカーは政府に代わって 運営するものがあればという条件を付けているこ とは見逃してはなるまい22)。ここで彼が最も伝え たいことは、公的なサービスは、公的部門が行な うべきであり、他の部門が行なうことはできない し、すべきではないという、広くいきわたった暗 黙の了解に対する問題提起である。マネジメント の観点からは、もっと別の提供主体が提供したほ うが、本当に支援を求めている人々の役に立つか もしれないのにである。もっと更なる可能性を引 き出すための、深い洞察が含まれている考えるべ きであろう。
Ⅳ ドラッカーを支持するための課題
ドラッカーの見解は極めて深遠なものがある が、それを現実的に支持できるようになるには、 以下の三点の課題を挙げたい。民営化が自動的に 有意義な成果を出すということはできない。第一 は、前述した政府のコントロールが機能すること である。第二は、企業が社会的機関として、目的 を社会への貢献に設定しているのかということで ある。第三は福祉国家として国民に対する税負担 をどのように考えるかである。 第一の政府のコントロールについて述べたい。 ドラッカー自身サービス提供者が多様化したとし ても、統治するという機能は、政府が持つ必要が ある、としている。また多様化を理由にして政府 が行なうべきことを放棄してもならないのであ る。ドラッカーは関係者全員を平等に拘束する ルール作りを挙げている23)。キッサム24)の現地調 査によれば、現実的にサービスの監督権を委託さ れている市町村の、サービス提供者へのモニタリ ングが十分になされていない点が指摘された。民 営化が進行するに伴い、行政のモニタリングシス テムが構築されるように求められている。柔軟性 や自立性を損なうような規制は撤廃されるべきで あろうが、サービスの質の向上や利用者の権利侵 害に関して監視する機能は、行政機関が決して 失ってはならないものであろうし、これが前提と して無ければドラッカーの民営化の思想も、福祉 においては逆行してしまうものとなろう。 第二に、経営者の良心・社会的責任の認識の問 題である。ドラッカーは「企業の利潤動機なるも の は 的 外 れ で あ る だ け で は な く 害 を な し て い る。」25)。とした上で、「企業は社会の機関であり、 その目的は社会にある。企業の目的の定義は一つ しかない。それは顧客を創造することにある」26) そして顧客の創造に関して基本的に二つの機能が あり、それがマーケッティングとイノベーション であるというのである27)。そして企業の第二の機 能としてイノベーションを新しい満足を生み出す こととしている28)。そして、企業そのものはより 大きくなる必要はないが常により良くならなけれ ばならない29)、とも述べている。ここで重要なの は、企業の顧客のニーズを把握し、それを充足す るために迅速かつ適切に取り組む姿勢が示唆され ている。ともすると、民間企業は利潤の追求する ものと捉えがちであるが、それ以前にイノベー ションを起こす潜在的能力が示されている。吉 岡30)はスウェーデンにおけるフィールド調査で 非営利組織・株式会社が双方とも、公的機関では 提供しえないサービスを提供していることを示し ている。まさにイノベーションをなしえているこ との証左である。しかし、現在の企業の不祥事を 見ているとこの精神がどこまで浸透しているの か、不安がよぎってしまうことも決して間違いで はないだろう。また前述したように企業は消える ことができることがメリットであるとしている が、経営的に組織を維持できなくなれば、その サービス自体を引き上げるということになるだろ う。果たして福祉サービスはそれでよいのであろ うか。また、ドラッカーは企業が社会に対して果 たすべき役割について論じているが企業の良心に 対する強い信頼を前提にしている。特に大企業が 社会的責任を認識することがきわめて重要であ り、また国民もそれを希望していると述べてい る31)が、その信頼はどこまで現実的なのだろう か。ドラッカー自身も現実の企業が社会的な責任 を果たしていない事実を認識していないわけでは ない32)。 また、他方で入札の選考基準が経費支出の低さ ではなく、サービスの質を確保しているかという 視点に変更することによって、公的部門の事業者 が落札する事例もある33)。言ってみれば、民間企 業の参入により公的部門のサービスも触発され、 活性化したということであろう。 現実に上記のような企業の責任に対して、企業 の力を生かしつつ政府の役割を果たすことを提唱 しているのが、ギデンズである。彼は日本にも 「第三の道」を紹介したことで有名である。彼は 次のように述べている。 「市場主義改革は無差別に競争原理を導入すると いった破壊的なものであってはならない。この改 革は自由競争の仕組みを選択的かつ多層的に導入 することにより活性化とイノベーションを促し、成長と上方スパイラルを生み出すものであるべき だ」34)と述べている。すなわち、計画的な民営化 により、その企業のイノベーション力を導入して いくというものである。これは陳腐化した公的 サービスにはなし得ないことである。 以上のように考えると企業の福祉領域に参入す ることの意義が、マネジメントの視点から認める ことができる。しかし、そこで同時に大切なのは 企業経営者の社会的責任の認識がどのように根付 いていくかについて検討していくことであろう。 企業の福祉領域に参入するにあたって、社会的責 任がありえないというのであれば、そもそも支援 を必要とする人々への権利は保障されなくなって しまうのである。 第三に福祉国家が国民への税負担をどのように 考えるかである。筆者がドラッカーに対して感じ た唯一の疑問は、ドラッカー自身35)は租税国家 における陥穽として税金の取り分が国民総生産の 一定割合を超えると税に対する強力な無言の反乱 が始まるとしており、その一例としてスウェーデ ンを挙げている。そしてスウェーデンの高率の税 に対して疑義を投げかけている。確かに福祉国家 の類型として、スウェーデンは高福祉・高負担で あり、アメリカのように新自由主義的福祉国家と は趣を異にする。ドラッカーは社会や経済に影響 を与えない程度の税徴収が望ましいと述べてい る36)。ドラッカーが重要視する自律性という観点 からは受け入れがたいかもしれない。また、国際 市場における競争力を低下させてしまうことにも な り か ね な い で あ ろ う37)。 考 え て み れ ば、 ス ウェーデンでもその傾向が認められ、現実的に社 会民主党が政権党を維持できなくなったことも一 つの証左といえるかもしれない。しかし、今日ま で福祉国家として平等主義を貫いており、また国 民もそれが本質的に効率的で公平であると38)納 得してきた経過を考えると、ドラッカーには極め て違和感があったかもしれないが、福祉に関する 高率の税を賦課することは、必ずしも否定される べきことではないように思われる。というのは、 そもそも、各事業者の自助努力だけでは経営基盤 の安定と競争の促進は不可能なのである39)。事業 者の自助努力のみで福祉サービス供給に要する費 用を削減することには限界がある。これを強要す れば福祉サービスがきわめて劣悪なものとなり、 支援を必要としている人々の生活する権利が保障 できなくなってしまうのである。民営化の効果測 定指標として、しばしば福祉予算削減が挙げられ る。しかし、非効率的なシステムを改善できたと しても、今後の高齢化社会を想定したとき、個人 や家族に全ての責任を担わせるわけにもいかない ということを考えれば、むやみに福祉予算を削減 することを考えることは現実的ではないと思われ る。適切な公的な助成ができるような税制という ものも求められるのではないだろうか。そしてま た政府の費用削減を第一義にして、企業などに支 払う報酬単価を削減する方向で検討しないように することも求められるのではないだろうか。 スウェーデンでは脱中央集権化と民営化の傾向 が見られるが、これは新自由主義的市場化とは異 なる。与党は現在でも福祉国家の継承を標榜して いる。そして全ての福祉サービス提供者は中央で 決められた厳格な規制に従い続けているし、かか る動きは効率性の基準の観点によって、また多様 なクライエントの要望に対応させる観点によって 動機付けられている40)。ただし、現在の国際経済 情勢下で、福祉国家継承と打ち出されたものが福 祉財政において現実的にどのように展開していく のか見守っていく必要があろう。
Ⅴ おわりに
本稿では、スウェーデンにおける民営化を考え るためのいくつかの検討材料が、提示できたので はないかと思われる。筆者には国際的な経済競争 力が求められること、どこかで国民が税金の高さ に対して抵抗感を抱きつつあること、それに伴い 福祉予算の削減が求められ、公的部門の非効率性 への批判も手伝い、福祉サービスの民営化が検討 されること自体は、自然の推移と捉えられる。 ドラッカーの洞察を本稿に導入するならば、国 家と市場の二元論的認識で、福祉の民営化を善悪 に二分化するような議論をすること自体が、いか に無意味であるかがわかる。硬直化した公的部門 のサービスや経営体質を自助努力で改善することには、あまりに根深い構造的欠陥を内蔵してお り、それを内部から変えることは至難の業であ る。住民に対する直接的サービスはやはり民間で やれるものは民間に任せるべきである、というド ラッカーの発想はそこに依拠している。福祉サー ビスにとって最も大切なことは、ドラッカーも述 べているように顧客の満足であり、利用者の利益 である。 ただし、福祉分野において効率性を考えること も大切であるが、過度な効率性の追求は利用者の 利益を軽視して、サービスの低下を招く危険性を 内包している。効率性の追求に陥ることを防ぎ、 公益性や安全性・安心を維持する仕組みづくりは 欠かせない。民営化を安易に推奨するのではな く、国家の責任を政府がどのように認識している のか、民間企業が自分たちの社会的責任を認識し ているのか、福祉国家として税をどれほどの率で 徴収するのか、経済効率性のみに着目しないこと などが、検討材料となろう。現在的な意味で捉え なおして、この民営化を考えることは、上記の安 易な二元論を克服する一助になると思われる。他 にも様々な視点はあるかもしれないが、マネジメ ントの観点から民営化について論じたドラッカー のマネジメント視点からの洞察は極めて示唆に富 むと思われる。特にマーケッティング・イノベー ションなどの視点は「本来サービスは誰のために あるのか」を問い直す良い契機になると思われ る。組織が設立されると、その存続自体が目的と なり、本来の存在意義を見失ってしまいかねない 公的機関のサービスへの鋭い警鐘となると考えら れる。 本稿は福祉民営化を論じる視点を提示したに留 まり、スウェーデンの福祉民営化の是非について 十分論じることができなかった。現在は実験的導 入の段階であり、今後ともどのように展開してい くのかを見守っていく必要がある。そしてその際 に民営化を生理的に拒否するというものではな く、複合的な視点から総合的に検討していくこと が求められると考えられる。
注
1 )秋朝礼恵「スウェーデンの福祉サービスにお ける選択の自由に関する一考察」『北ヨーロッ パ研究』第6巻,2009 2 )武田龍夫『福祉国家の闘い』中央公論新社 2001 3 )G. エスピン-アンデルセン『アンデルセン、 福祉を語る』京極高宣監修,NTT出版,2008, p38 4 )前掲3,p38 アンデルセンは北欧型の社会民主主義レジーム を支持している。それに対して、ドラッカーは 自由主義的レジームを支持している。 5 )斉藤弥生「スウェーデンにみる高齢者介護の 民営化とその動向」,『ボランティア人間科学紀 要』Vol. 3,大阪大学大学院人間科学研究科ボ ランティア人間科学講座,2002,pp. 89―116 6 )斉藤弥生「スウェーデンにおける介護サービ ス供給の多元化に関する研究」,『日本の地域福 祉』第17巻,2003,pp. 23―357 )Ministry of Health and Social Affairs 2001の資 料による
8 )Government Offices of Sweden (2002): The Balance Sheet for the 1990s, Welfare in Sweden, http://social.regeringen.se/propositionermm/ ds/pdf/2002/ds2002_32b.pdf
9 )S. Ragnar (2011) Privatization of social ser vices, Social Science & Medicine vol72―4, pp560―567
10)山方俊彦「福祉事業の民間委託とサービスの 維持―スウェーデンにおける高齢者福祉から」, 『ニッセイ基礎研REPORT』2003.2,p24 11)Gustafsson, Rolf Å & Szebehely, Marta (2005):
Arbetsvillkor och styr ning äldreomsorgens hierarki. Stockholms Universitet. Institution för
socialt arbete Socialhögskolan. p9 12)前掲8,p19
13)奥村芳孝『スウェーデンの高齢者・障害者ケ ア入門』筒井書房,2005,p86
15)アンソニー・ギデンズ『日本の新たな第三の 道』ダイヤモンド社,2009,pⅲ 16)P. F. ドラッカー『断絶の時代』,上田惇生訳, 2011,p248 17)前掲12,p238 18)前掲12,pp243∼244 19)前掲12,p244∼245 20)P. F. ドラッカー『新しい現実』,上田惇生他 訳,1990,p88 21)塩見義彦「県立障害者福祉施設の存在意義と 今後の可能性」『新潟医福誌』3(2),p44 22)P. F. ドラッカー『新しい現実』,上田惇生他 訳,1990,p94 23)前掲16,p94
24)S. Kissam (2004): The impact of privatization on the social welfare state, The Michigan journal of public af fairs, volume1, University of Michigan, p11 25)P. F. ドラッカー『マネジメント』,上田惇生 編訳,2002,p12 26)前掲17,p13 27)前掲17,p13 28)前掲17,p19 29)前掲17,p20 30)吉岡洋子「スウェーデンの非営利セクターと 福祉に関する研究」『大阪大学大学院人間科学 研究科紀要』34,2008,p77 31)P. F. ドラッカー「大企業の使命」『P. F. ドラッ カー経営論』ハーバードビジネスレビュー編集 部編訳,ダイヤモンド社,2006,p150 32)前掲31,p132 33)前掲13,p86 34)前掲11,p18 35)前掲16,p103 36)P. F. ドラッカー『新しい現実』,上田惇生他 訳,1990,p101 37)前掲31,p120 38)前掲1,p29 39)山田雅穂「介護サービス提供主体の多様化の 機能及び継続性に求められる条件整備」『社会 福祉学』51―4,p148 40)エスピンーアンデルセン『転換期の福祉国 家 』 埋 橋 孝 文 監 訳, 早 稲 田 大 学 出 版,2003, p23 [抄録] 世界的に福祉の民営化は、大きなトレンドの政策となっている。このトレンドはスウェーデンにも影 響を及ぼしている。福祉のシステムとしてほとんど民間企業は参入していなかった。現在スウェーデン で最も影響を受けているのが高齢者福祉領域であろう。 民営化について議論するために民営化の提唱者であるドラッカーの考えを本稿では取り上げる。そこ には、マネジメントのマーケッティングとイノベーションの可能性を導入する意義がある。しかし他方 で、彼自身の保守主義的発想による社会や経済に影響を与えない程度の税の徴収という発想は国民の生 活を保障するという福祉の立場からは課題があると思われる。本稿はドラッカーの見解の意義と課題を 踏まえて、スウェーデンの民営化問題について議論する視点を提示することを目的とする。