ヴィジョンシステム−文化スーパーヴィジョンに着
目して−
著者
小島 奈々恵, 中岡 千幸, 中島 正雄, 吉武 清實
雑誌名
東北大学高度教養教育・学生支援機構紀要
巻
6
ページ
187-191
発行年
2020-03
URL
http://hdl.handle.net/10097/00127412
1 .はじめに
2015年に公認心理師法が成立し,臨床心理士を含む カウンセラーの質の保証が一層問われている.公認心 理師は公認心理師法第43条において「行為に関する知 識及び技能の向上に努めなければならない」ことを, 臨床心理士は臨床心理士倫理綱領第 2 条において「知 識と技術を研鑽し,高度の技能水準を保つように努め ること」を求められている.つまり,資格取得後も, 資質向上および維持の責務を果たすため,カウンセ ラーは様々な研修を受け続けることが必須とされてい る.鑪(2004)によると,臨床的学習の三本柱は,「知 的学習」「個人分析」「スーパーヴィジョン」である. 「知的学習」とは著書などから学ぶことであり,「個人 分析」とは心理士(師)自身がカウンセリングを受け ることから学ぶことであり,「スーパーヴィジョン」 とは実践に即した臨床的技法を経験者から学ぶことで ある. スーパーヴィジョンは「受けねばならない必須の学 習」であり,スーパーヴィジョンなしに心理臨床を行 うことはクライエントに不利益を与えるという大きな 危険の可能性を含む(鑪,2004).しかし,公認心理 師の認定にも,臨床心理士の認定にも更新手続きにも, スーパーヴィジョンは含まれていない.また,第 7 回 「臨床心理士の動向調査」報告書によると,スーパー ヴィジョンを‘現在受けていない’臨床心理士が 44.8%,‘受けたことがない’臨床心理士が13.7%存在 した(一般社団法人日本臨床心理士会,2016). なぜ,スーパーヴィジョンは臨床的学習方法のひと つとして定着していないのだろうか.平木(2012)は 指導者であるスーパーヴァイザーの不安定さや迷い を,鑪(2004)は指導を受けるスーパーヴァイジーに とってスーパーヴィジョンが脅威となる場合があるこ とを,指摘している.具体的には,スーパーヴァイザー が,①スーパーヴァイザー・トレーニングを受けてい ないこと,②心理療法理論の多様なモデル間の相互交 流が国内では少ないこと,③訓練生と心理職に対する スーパーヴィジョンは異なることに配慮を欠き,スー パーヴィジョン,カウンセリング,コンサルテーショ ンの区別が不明確なまま実践指導を行っていること を,平木(2012)は指摘している. また,スーパー ヴィジョンにおけるスーパーヴァイジーの,①欠点や 欠けたものを指摘されることによる自己評価の低下, ②評価される不安と恐怖,③自分の内面が覗かれる不 安,④私的な内的世界に直面せざるをえないこと,⑤【報 告】
ニュージーランドにおける
カウンセラーのスーパーヴィジョンシステム
-文化スーパーヴィジョンに着目して-
小 島 奈 々 恵
1)*,中 岡 千 幸
1),中 島 正 雄
1),吉 武 清 實
2) 1 )東北大学高度教養教育・学生支援機構, 2 )東北大学工学研究科 *)連絡先:〒980-8576 仙台市青葉区川内41 東北大学高度教養教育・学生支援機構 [email protected] 近年,公認心理師や臨床心理士の質の保証が問われ,臨床的学習の三本柱のひとつであるスーパーヴィジョンが 注目されている.実践に即した臨床的技法を経験者から学ぶスーパーヴィジョンは,「受けねばならない必須の学習 (鑪,2004)」とされているが,13.7%の臨床心理士が‘受けたことがない’と報告している(一般社団法人日本臨床 心理士会,2016).国内のカウンセラー教育の一環として定着していないことを踏まえ,有効なスーパーヴィジョン システムに関する知見を得るべく,著者ら 4 名は,カウンセリングスーパーヴィジョン教育も行っているニュージー ランド北島にあるワイカト大学を視察する機会を得た.本稿では,ニュージーランドにおけるカウンセラーのスー パーヴィジョンシステムに含まれる文化スーパーヴィジョン/コンサルテーションと,ニュージーランドのマオリ文 化について報告する.アイデンティティの抵抗を,鑪(2004)は指摘してい る. つまり,スーパーヴィジョンとは,不安定さや迷い を抱えたスーパーヴァイザーによる実践指導であり, スーパーヴァイジーには脅威な体験と認識されるもの であると言えよう.そのため,スーパーヴァイザーに とっても,スーパーヴァイジーにとっても,スーパー ヴィジョンは負担の大きなものであり,制度的にも必 須要件とされていないこと(鑪(2004)によると「必 須の学習」であるが,公認心理師の認定にも,臨床心 理士の認定にも更新手続きにも,スーパーヴィジョン は含まれていない)等から,国内のカウンセラー教育 に定着していないと推測される.
2 .視察目的と視察先
「受けねばならない必須の学習(鑪,2004)」であるスー パーヴィジョンが,国内のカウンセラー教育の一環と して定着していないことを踏まえ,有効なスーパーヴィ ジョンシステムに関する知見を得るべく,著者ら 4 名 は,ニュージーランド北島にあるワイカト大学を視察 する機会を得た.1964年に設立したワイカト大学では, マオリ研究が行われ,マオリの人々や文化への理解が 深 く, マ オ リ 学 生 へ の 支 援 が 提 供 さ れ て い る (University of Waikato,2014).また,カウンセリン グスーパーヴィジョン教育も行っている(University of Waikato,2019). 2019年 8 月19日~ 8 月23日の 5 日間,ワイカト大学に てカウンセリングやスーパーヴィジョン教育に従事して いるスタッフ,ワイカト大学にてカウンセリング教育を 受けた卒業生や在校生,ニュージーランドカウンセラー 協会(New Zealand Association of Counsellors,以下 NZAC)のメンバーに,スーパーヴィジョンについてイ ンタビューした.具体的には,スーパーヴィジョンシス テム,スーパーヴァイザーとしての経験,スーパーヴァ イジーとしての経験について回答を求めた.3 .視察の概要
インタビューにより得られた情報や,提示された資 料を通して得られた情報を,以下にまとめる.ニュー ジーランドにおけるカウンセラーのスーパーヴィジョ ンシステムについて中島・小島・中岡・吉武(2020) が報告しているが,本稿では,文化スーパーヴィジョ ン/コンサルテーションと,ニュージーランドのマオ リ文化について報告する. 3.1 ニュージーランドにおけるカウンセラーの スーパーヴィジョンシステム:文化スーパー ヴィジョン / コンサルテーション NZACでは,カウンセラー資格(membership)に 必要なカウンセラー教育基準(Counsellor Education Standards)を設けており,スーパーヴィジョンの元 で行う200時間以上のカウンセリング実習が必須とさ れている(NZAC,2017).また,倫理規範(Code of Ethics)においても,スーパーヴィジョンを継続的に 受けるよう取り決められている(NZAC,2002).また, インタビューした全員が,スーパーヴィジョンは欠か せないものであり,専門家としての成長(professional growth)を支えるものであると説明していたのは印 象深い. そして,文化スーパーヴィジョン/コンサルテー ションについても明記されている.カウンセラー教育 基準においては,実習の10時間以上は,カウンセリン グもしくは心理臨床の実践家であるマオリスーパー ヴァイザーの元で行われるものとしている(NZAC, 2017).倫理規範においては,異なる文化背景を持つ クライエントを支援する際は文化コンサルテーション を受けるよう記載されている(NZAC,2002). 3.2 ニュージーランドのマオリ文化 日本で開催されたラグビーワールドカップ2019は記 憶に新しい.ラグビー強豪国であるニュージーランド のオールブラックスはベスト 4 まで進出した.彼らの 試合前に披露される‘ハカ’はマオリに伝わる戦士の 踊りであり,有名である. 日本の約 4 分の 3 の土地に,約495万人が住んでい るニュージーランドでは,欧州系が74.0%,マオリ系 が14.9%,太平洋島嶼国系が7.4%,アジア系が11.8%, その他が1.7%を占める(外務省,2019).およそ1000 年前,マオリの人々が‘アオテアロアAotearoa(長く 白い雲の土地)’と呼ぶニュージーランドに始めて定住した.その後,1769年にイギリス人キャプテン・ジェー ムス・クックが上陸し,1840年に英国とマオリがワイ タンギ条約に署名したことでニュージーランドはイギ リスの植民地となった.そのため,ニュージーランド はイギリスの影響を多大に受けている.そして,現代 では,先住民マオリの文化も大切にされつつある. マオリ文化が大切にされ,尊重されていることを, インタビュー前の自己紹介において,著者ら自らも体 験した.特に,マオリ系の方とのインタビュー前には, マオリ語で,マオリ文化に基づいた自己紹介がなされ, 歌が歌われた.‘私は○○という土地から来て,私の山 は△△で,私の河は□□です’と自然を中心とした自 己紹介がされ,所属する族を紹介されることもあった. それは,パケハPakeha(ヨーロッパ系子孫)も同様に 行った.また,マオリ文化への理解が深い大学であっ たこともあり(ニュージーランドの公用語が英語とマ オリ語であることからも),キャンパス内の標識はどれ も英語とマオリ語の両方で記載されていた(例えば, University of Waikato は,Te Whare Wananga O Waikato). 3.3 文化スーパーヴィジョン / コンサルテーショ ンの理解と重要性 Crocket et al.(2015)によると,文化的に適当な心 理療法の支援と発展のため,‘文化スーパーヴィジョン’ という単語が用いられている.特に,ニュージーラン ドにおいては,相談者がマオリであり,カウンセラー がパケハPakeha(ヨーロッパ系子孫)である場合に 用いられていることが多い.また,マオリの人々や文 化に着目したカウンセリングやスーパーヴィジョンを 通して,文化的交流が行われていることが示されてい る(Crocket, Davis, Kotze, Swann, & Swann,2017). 文化スーパーヴィジョンは,今後も検討が必要なテー マであり,必要なテーマであるとも,NZACメンバー は話した.ニュージーランドには多くの文化が存在す るが,ヨーロッパ文化とマオリ文化の 2 つが大きい. ヨーロッパ系住民が多いので,マオリ文化に比べると, ヨーロッパ文化が強い.マオリ文化にも着目すること で視野を広げ,両者にとって良いものとなることを期 待する.そして,マオリ文化の大切さについて学ぶこ とを通じて,自文化についても考えるようになる.自 文化をどのように大切に思い,受け入れていくのかに ついて考える(how to embrace our own culture). NZACのカウンセラー教育基準において必須とさ れているマオリスーパーヴァイザーによる文化スー パーヴィジョンではあるが,その呼び方についても 様々な考えがあるようだ.NZACの倫理規範には, スーパーヴィジョンは継続的に行われるもの(regular and ongoing supervision) と さ れ て い る(NZAC, 2002).そのため,コンサルテーションという表現の ほうが適切だと思われることが説明された.また,倫 理規範には,スーパーヴィジョンの取り決めにおいて, 文化スーパーヴィジョンやマオリという単語は用いら れておらず,カウンセラー自身と異なる文化背景を 持った方との臨床においては文化コンサルテーション を受けるよう努めるべきである(Counsellors should seek cultural consultation to support their work with persons who have different cultural backgrounds from their own)と記載されることに留まっている (NZAC,2002). 3.4 文化スーパーヴィジョン事例 中国にもキャンパスを開校しているイギリス系の大 学で勤務していたカウンセラー Aの事例である.A は,NZACメンバーであったこともあり,メンバー資 格を維持するためにも,NZACスーパーヴァイザーに よるスーパーヴィジョンを受ける必要があった.その ため,中国で勤務しながら,スカイプを用いてニュー ジーランド在住のNZACスーパーヴァイザー(以下, SVor1)とのスーパーヴィジョンを継続することとし た. また,中国文化や勤務先である大学システムの理解 に問題を感じていたAは,他 2 名からのスーパーヴィ ジョンを受けることとした. 2 人目のスーパーヴァイ ザーは,ニュージーランド生まれの,ニュージーラン ドでカウンセリング教育を受けた中国人女性であった (以下,SVor2).SVor2は,中国の大学でカウンセリン グ教育に従事しており,中国での生活も長かった.A が持つヨーロッパ文化背景について理解し,中国文化 にも理解のあるスーパーヴァイザーであった. 3 人目
は,イギリスのキャンパスに勤務する上司(以下, SVor3)であった.Aの仕事に対して明確な責任を負 う管理型スーパーヴィジョン(managerial supervision) (Hawkins & Shohet,2007)が,SVor3とは行われた. SVor1とSVor3とは 2 週間に 1 回,SVor2とは月に 1 回のペースでスーパーヴィジョンが行われ,その料 金は全て勤務校によって支払われた.勤務校とスー パーヴァイザーとの間で契約が交わされ,勤務校もし くはスーパーヴァイザーが,Aの臨床に疑問を抱いた ときは 3 者面談をすることも契約に含まれていたが, 面談が必要とされることはなかった. SVor2との文化スーパーヴィジョンを通して,相談 者の中で何が起きているのかについて,より理解する ことができたとAは言う.そして,Aが提供する支援 内容の変化にも繋がったとも話した.例えば,ヨーロッ パ文化において,何を学習するのか,どのような職業 に就くのか,誰と結婚するのか,などは若者個人が選 択することのできる事柄だという強い考えがある.し かし,中国文化においては,それらの選択は保護者に よって行われる.若者は自由に選んでよいと言われて いたとしても,保護者がどのようにしてほしいのかを, 若者は考える.つまり,若者自身には,選択すること ができないこと,若者の保護者の期待に応えなければ ならないという文化を,文化スーパーヴィジョンを通 して理解することができたと話した. 興味深い話があると,Aはスーパーヴァイザーを試 したこともあったと話した.中国人の若い女性が,‘良 い学生’であることに疲れたので‘悪い学生’になる という実験をするというエピソードをSVor2とSVor3 の両方に同じように伝え,スーパーヴァイザーの反応 をAは窺った.‘悪い学生’とは,金曜〆切の課題が あり,既に終えているにも関わらず,敢えて月曜に提 出し,〆切を守らないということだった.SVor3は, すぐに‘それは素晴らしい!(Oh, I love it!)’と言っ た け ど,SVor2は,‘ そ れ は 間 違 っ て い る(That’s wrong)’と言った.それぞれの反応の理由について は覚えていないが,この反応の違いを体験したことは とても興味深かったと話した. Aにとって,スーパーヴィジョンは,必要要件 (requirement)というより恩恵(privilege)であると 話したのは印象深い.そして,専門家としての継続的 な発展には必要不可欠なものであるとも話した.
4 .おわりに
本稿では,ニュージーランドにおけるカウンセラー の文化スーパーヴィジョン/コンサルテーションと, マオリ文化との関係について報告した.先住民マオリ の文化についての学びを通して,自文化についても他 文化についても,考えを深め,理解していくプロセス が文化スーパーヴィジョン/コンサルテーションなの であろう.Aの事例からも分かるように,文化スーパー ヴィジョンを行うのは,マオリスーパーヴァイザーと は限らない.しかし,ニュージーランドにおいてマオ リ文化は重要とされていることから,NZACのカウン セラー教育基準においてはマオリスーパーヴァイザー による文化スーパーヴィジョンが必須とされているの であろう. 日本におけるカウンセラーのスーパーヴィジョンシ ステムを構築していく中で,文化スーパーヴィジョン /コンサルテーションは必要なのだろうか.日本の教 育機関においては外国人留学生の受け入れが積極的に 行われ,人材不足を補うためにも外国人労働者の受け 入れも積極的に行われ,東京2020オリンピック・パラ リンピックの開催に伴い外国人観光客も増えることが 期待されている.日本国内に,様々な文化が持ち込ま れており,多文化に対する理解は必須となっていると 言えるだろう.特に,高等教育機関の外国人留学生支 援において,外国人留学生が抱える問題は多岐にわた り,文化や文化差,異文化適応に関する知識や理解の 必 要 性 に つ い て 指 摘 さ れ て い る( 小 島 他, 2013; Kojima,2016;小島他, 2016).今後,カウンセラー が自身の専門性を発展・維持させるためにも,様々な 文化背景を持った相談者に適切な支援を提供するため にも,カウンセラー自身が不安なく支援提供できるた めにも,文化スーパーヴィジョン/コンサルテーショ ンは必要であろう. 謝辞 本研究は日本学術振興会科学研究費基盤研究(C)(課 題番号17K04400;研究代表:中島正雄)の助成を受けて行いました.今回の視察の実現にご尽力,ご支援いた だきましたダイバーシーティ・カウンセリング・ニュー ジーランドの国重浩一先生,ナラティブ実践協働研究 センターの横山克貴氏に深く感謝申し上げます.そし て,私たちの訪問を手厚く迎えていただきましたワイ カ ト 大 学 のKathie Crocket先 生,Elmarie Kotze先 生,Paul Flanagan先生,インタビューにご協力いただい たワイカト大学やNZACの皆さまにこころより感謝申 し上げます. 参考文献 Crocket, K., Davis, E., Kotze, E., Swann, B., &Swann, H. (2017) Moemoea: Maori counselling journeys, New
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