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社会科
「市民的資質の育成を目指した社会科学習」 キー・コンピテンシーの概念を取り入れた授業実践 水谷哲郎 本論の要旨 社会科の目標である「公民的資質の基礎を養う」とは,社会認識を形成した上でよりよい社会の 創造に貢献できる「市民的資質」を育成することである。何かを知っている(覚えている)ことを 目的化してはならず,知ったことや考えたことを実社会や生活で生かせる「教養」として身に付け, 「市民」として参画していく意欲も含めた資質が求められる。そのためには社会認識にとどまらず, 社会的事象に関して根拠に基づいて意見を表明し,他者と合意形成していく力が必要となる。加え て,多面的・多角的な思考力と判断力,合理的な意思決定能力こそ,社会科が担うべき市民的資質 だといえる。PISA リテラシーの限界を認識しつつ,読解リテラシーと PISA の上位概念であるキ ー・コンピテンシーの考えを授業に取り入れることで,知識を基盤として実践的意思決定につなが る思考・判断力,他者に発信し提言するための表現力の育成を目指した授業を実践した。 キーワード 市民的資質,PISA リテラシー,キー・コンピテンシー,協同の学び,習得・活用・探究 1.研究主題によせて (1)はじめに 中学校入学後,初めてのテストが終わると何人か の1年生が「先生,社会科はどうすれば覚えられま すか」と聞いてきた。「社会科は覚える教科ではな いよ」と言ってはみたものの至らなさを痛感する。 確かに昨今はやりのクイズ番組で「社会科からの出 題です」といって出される問題は,“知っているか どうか”,“正確に覚えているか否か”を答うものが ほとんどで,考えさせるものは皆無といってよい。 2年生になるとようやく社会科は暗記教科ではない と気づく生徒が増え,「どうすれば覚えられますか」 とは聞いてこなくなる。しかし,生徒全員が机を前 に向け,教師が熱心に知識を伝授し,板書をひたす らノートに写して暗記させる知識伝達型授業を続 け,蓄積した記憶を素早く正確に再生できるかどう かを測るテストばかりをしていては,社会科は暗記 教科という考えを拭い去ることはできない。 今後求められる力は,知識を基盤としつつ,それ らをもとに思考・判断する力であり,他者に発信し 提言するための表現力,そして行動する力である。 中学校社会科の目標である「公民的資質の基礎を養 う」とは,生徒が社会を認識した上で,よりよい社 会の創造に向けて貢献していこうとする「市民的資 質」を身につけることだと考える。 具体的行動や社会貢献を中学生が行うことは容 易ではないが,よりよい生き方に結びつけていける 素地としての思考力,判断力,表現力の育成こそ重 要である。よりよい行動をとるためには公正な判断 をくださねばならない。だが,同じ社会的事象であ っても時代によって価値観は変わり,「どの側面を とらえるか」,「どのような立場でとらえるか」によ って決して絶対的なものとはなり得ず,「判断の公 正さ」の評価は分かれる。そこで本稿では,市民的 資質の育成に焦点を当て,実際の授業の中で市民的 資質を育てるためにキー・コンピテンシーの概念を 取り入れた具体的な実践とその効用について論じて いきたい。 (2)公民的資質と市民的資質 「公民的資質」という言葉は,昭和43(1968)年 度版小学校学習指導要領から用いられた。この公民 的資質という言葉が登場した背景は,「教師が社会 科の基本的性格を明確に把握できず,このことが社 会科の成果を妨げている大きな要因」(1)であるとし て,社会科の目標を明確にするためであった。しか し,言葉の意味が明確でなかったこと,現場の社会 科教師に十分には把握されていなかったことが社会 科授業の混乱を招いたといえる。(2)翌,昭和44年度 の中学校学習指導要領では,公民的資質を次のよう に定義している。 ①社会認識を基盤として民主的な社会を形成するための教養 ②世界におけるわが 国の果たすべき役割を理解し,貢献しよう とする態度 ③変化 が激しい社会にあって,情報を適切に処理し,資料に 基づいて公正に判断しようとする能力と態度 さらに昭和45(1970)年度「中学校指導書社会科 編」には,より具体的に公民的資質の中核として次 の5点を挙げている。 ①国民主権の原則にふさわしい国民になろうとする自覚②自分たちが地域社会および国家の担い手であるとの自覚を 持ち,その発展に尽くそうとする態度 ③政治・経済・社会・国際関係などに関する豊かな教養 ④自由・権利と社会的責任・義務についての正しい認識 ⑤権利・義務の主体者として自主的に行動するための諸能力 このように「公民的資質」は,民主主義社会を担 う主権者としての「公民」を育成することを目指し たものといえる。「自覚」や「認識」に加えて知識 として得たことを活用できるという意味で「教養」 という言葉を用い,能力や実践的行動として態度化 までを視野に入れている。「単にばらばらな知識を 詰め込むのではなく,それが能力となり態度化しな ければ社会科の目的を達成したことにならない」(3) ことを強調しているのである。「公民」は市民社会 の一員としての市民と,国家の成員としての国民と いう2つの意味を持つ(4)とされるが,本稿では, 現実の社会に一市民として生き,よりよく社会を創 りかえていく資質という意味で「市民的資質」の語 を使うこととする。 (3)社会認識と市民的資質 図1は,社会科の目標である「公民的資質の育成」 が「社会認識の形成」の上に「市民的資質の育成」 があって成り立つとの考えに立ち,社会認識を階層 的にとらえている。筆者は,個別事象を事実として 知る①の事実認識,事象間の時間的・空間的関連を 認識し,事象が生起した理由やつながりを解釈し説 明できる②の関連認識,②の認識を法則や他に転移 可能な普遍的理論として一般化し,他地域や別の時 代の事象に置き換えて説明できる③の一般的説明知 識までを社会認識だと考えている。(6) その上に市民的資質として社会的事象の意味や意 義を評価・判断する④本質認識(価値的知識)があ り,さらに知っていてもできなくては意味がないこ とから⑥の実践的意思決定につながる⑤合理的意思 決定力を育てることが重要だと考える。 しかし,従来の知識伝達型授業では,①の事実認 識を中心として,②の関連認識かそれを普遍的に認 識させるまでに止まっていた。しかも①の事実認識 はもちろん,②の関連認識も学説や教師の考えなど, いわば他人の思考・判断に基づいてなされた過去ま たは他人の「解釈」をなぞることに他ならず,そこ に多少の生徒の気づきや思考があるにせよ,すでに 敷かれたレールの上を通らせているようなものであ る。社会認識を市民的資質につながるものとするた めには,社会的事象の意義を評価・判断することが 重要である。それは「市民的資質」が国際社会に生 きる民主的,平和的な国家・社会の形成者として, 将来に向けて社会と主体的に関わり,よりよい社会 を創り出そうとする資質であり,国家・社会の成員 として求められる知識・理解,能力,関心,態度ま でを含むからである。しかし,市民的資質の育成を 意識することなく,基礎的な知識提供型授業を展開 していては,“知ってはいるけれど,行動できない 市 市 民 民 市 民 的 行 動 的 的 市 ↑ 活 活 民 市 動 動 的 ⑥ 実 践 的 意 思 決 定 民 活 ↑ 的 市 市 動 資 民 民 ⑤ 合 理 的 意 思 決 定 質 的 的 ↑ 資 資 質 質 意 市 ④ 価 値 的 知 識 ・ 判 断 力 ( 価 値 ) 感 民 思 社 社 社 的 ③一 般 的 説 明 的 知 識 ・ 判 断 力 ( 法 則 ・ 理 論 ) 会 会 会 資 情 力 認 認 認 質 ② 個 別 的 説 明 的 知 識 ・ 判 断 力 ( 解 釈 ) 識 識 識 ① 個 別 的 記 述 的 知 識 ・ 判 断 力 ( 事 実 ) D C B A 図 1 社 会 認 識 ・ 市 民 的 資 質 ・ 市 民 的 活 動 の 捉 え 方 の い ろ い ろ(5 )
”ことに陥ってしまう。また根本的な問題として, 社会認識が形成されれば市民的資質が育成されるの かという疑問が生じる。「公民的資質が(よき主権 者の育成とかいうように)何らかの態度育成的側面 を含蓄する概念である以上,これを科学的社会認識 と結びつけるのは,科学的認識から態度形成へと超 論理的飛躍を期待するという荒技でも試みない限り 不可能」(7)だとすれば,「社会認識」の各段階で知 識の習得と併せて「判断力」を中心に据えた思考力 の育成を重視していかなければならないと考える。 (4)行動につながる判断力 市民的資質がよりよい社会を創る力,実際に社会 に貢献し行動する資質であるならば,当然のことと して社会科は暗記教科であってはならない。また, 内容教科,思考教科であるとするのも一面的である。 知っていなければ始まらない以上,内容として個別 知識を知ることは必要であるが,ただ知っているだ けでは無意味である。また,考えただけで終わって しまう思考教科ではなく,考えたことによって新た な知識や方法知が習得され,生徒の内面の構成が変 容する構成主義の立場で社会科学習をとらえたい。 特に,社会的事象の価値や影響を評価したり,合 理的意思決定をしたりする学習活動を通して公正な 判断力を育成すれば,実際の生き方や行動に影響を 与える「実践的意思決定能力」や「市民的行動」に つながると考える。 (5)市民的資質とPISAリテラシー 市民的資質を構成する図1の④価値的知識・判断 力,⑤合理的意思決定,⑥実践的意思決定の底流に は「判断力」がある。社会的事象を評価し価値を判 断するには,情報を適切に読み取った上で事実を比 較・検討したり,社会的事象を多面的・多角的にと らえる能力が欠かせない。この能力は「自らの目標 を達成し,自らの知識と可能性を発達させ,効果的 に社会に参画するために,書かれた文章や図表を理 解し,利用し,熟考する能力」と定義される PISA の読解リテラシーそのものである。また,「根拠に 基づいて」判断したり,結論を導き出したりするこ とに加え,「意思決定」を重視する科学的リテラシ ーや社会参加を明確に示した数学的リテラシー(8) も含めた PISA リテラシーと市民的資質は多くの共 通点がある。 (6)社会科学習に活かせる読解リテラシー PISA リテラシーのうち最も社会科と関連するの は読解リテラシーである。読解リテラシーを社会科 に当てはめると以下のようになる。 「社会的事象から学習課題を見出して追究・解決し, 社会的な見方や考え方を深め,自ら社会生活に生か していくために,資料(文章,グラフ,図表,写真) から必要な情報を読み取り,それらを活用し,社会 的事象の特色や因果関係,社会的な意味(意義),影 響,自分とのつながりや将来あるべき方向性につい て考察する能力」(9) さらにこれを社会科で育てたい能力に対応させる と以下のように考えられる。 ①テキストからの情報の取り出し:社会的事象を示 すテキスト(文章資料,図表,グラフ,地図,写真 など)から,課題を見出したり,問題を追究・解決 したりするためのより重要な情報を見出す能力(抽 出) ②テキストの解釈:抽出した情報を基に推論して意 味を理解する能力(解釈) ③テキストの熟考・評価:情報を自らの知識や経験 と照らし合わせて再構成する能力。(吟味) ④テキストに基づいて自分の意見を記述して論じる 能力(表現)(10) 社会科の授業においては文章資料(連続型テキス ト)や年表,グラフ,地図,統計資料,絵画,写真 (非連続型テキスト)を基に思考する学習活動が欠 かせない。「思考」だけに止まり,内容理解が疎か になったり,考えたことが活かせなかったりしたの では意味がないが,資料を肯定的にとらえて理解す る(情報の取り出し)だけでなく,建設的に評価・ 吟味し意味を解釈し,気づいたことや推測できるこ とを根拠に基づいて論述する活動は,読解リテラシ ーの育成につながる。 (7)読解リテラシーの意義と限界 高度知識社会において社会に参加するための知識 と技能を示したPISA リテラシーは,これまでの学 力観とは異なる斬新な枠組みを示したものとして価 値を持つ(11)。しかし,最低限の学力の基準と内容を 示したものであって「目標」や「到達点」を示した ものではない。(12)そもそも経済システムから教育シ ステムに対して向けられた要求に過ぎないという指 摘もある。加えてPISA は,キー・コンピテンシー のうち,①「道具を相互作用的に用いる」(カテゴ リー1)能力を測っているに過ぎないことも認識し ておく必要がある。それでも義務教育修了段階にお いて社会のすべての成員にこの能力(コンピテンシ ー)を培うことによって世界を変えていくことを目 指したもの(13)といえ,ここに PISA リテラシーや その上位概念であるキー・コンピテンシーを社会科 の授業に取り込む価値がある。 3.研究仮説 キー・コンピテンシーの概念を取り入れた授業を
展開し,読解リテラシー,思考力・判断力を育てれ ば,市民的資質を育成することができるであろう。 4.研究方法 ①読解リテラシーの育成に焦点を当て,資料を基に 社会的事象を解釈し,多面的・多角的に考察したり, 論述・表現したりする学習の重視 ②社会的事象を熟考・評価することを通し,自律的 に行動し,社会に貢献しようとする市民としての資 質につながる思考力・判断力を育成する学習活動の 設定 ③生徒同士の学び合いを重視した協同型プロジェク ト学習の展開 5.これまでの実践を振り返って (1)社会科教育の課題 観察実習に来た大学1年生に過去に受けてきた社 会科授業について書かせたところ,「説明を受けて 板書を写した」,「重要語句を穴埋めプリントの順に 解答し補足説明を聞いた」,「一方的な授業で教科書 と資料集を読んだ」とその多くは個別の社会的事象 を覚える授業で,社会科を暗記物と刷り込ませるも のであった。中には「面白かった・興味深かった」 というものもあったが,その理由は「先生の話が詳 しくて面白かった」,「先生が持ってきた実物教材が 興味深かった」といったものであった。確かに受験 科目としての社会科で得点をとらせようとするな ら,教科書に記された語句を網羅し,効率よく覚え させようとするであろう。生徒の口から“習わなか った”とは聞きたくないし,“先生が強調していた ところが出た”,“先生が出してくれたテストと同じ 問題が出た”と聞けば悦に入るものである。“受験 圧力”や“内容の多さ”を隠れ蓑にして授業を変え てこなかったことを正当化してきたともいえる。そ のような授業を受けてきた生徒が教壇に立ったとき “暗記物”の社会科授業が再生産されていく。「新 しい学力観」が提唱された際,“知識が軽視されこ れでは思考も成り立たない”との批判があった。知 識偏重からの脱皮ということは決して知識を軽視す ることではなく,断片的な知識だけを重視してはい けないということのはずである(14) 。 社会科教師であれば,一方的な説明だけでなく面 白いエピソードを交えたり,興味・関心をひこうと 実物教材を準備するが,あくまでそれはいかに知識 を覚えさせるかを意識してのことであり,本当の意 味で社会認識を育てたことにはならない。次の文章 は1年生が年度の終わりに書いたものである。 この一年間で私の歴史に関する知識がとても増えた と思います。先生の授業では,ただ年表を覚えるだけと かではなく,予想したり,実物をさわったり,食べたりし てとても覚えやすく楽しかったです。2年生になってもよ ろしくお願いします。 “年表を覚えるだけ”ではない授業が楽しく,来 年もお願いしますと書いてもらえたのはありがたい が,“知識が増えた”,“覚えやすかった”と書かれ ていたのでは心もとない。 (2)生徒アンケートの結果から 次のアンケートは,平成20年9月に2年生120名を 対象に実施したものである。(無記名,数字は実人数) ①社会科の授業は楽しいですか。 ②社会科の授業は好きですか ③社会科の授業は分かりやすいですか。 ④授業には集中できていますか。 「授業が楽しい」,「好き」と感じている生徒は A まったく はい まったく はい まったく はい まったく はい
の「はい」が6割以上,B のどちらかといえば「は い」の生徒も含めれば9割以上の生徒が肯定的にと らえており「分かりやすい」とも感じてくれている。 では,「分かる」とはどのような状況を指すので あろうか。新学習指導要領の歴史的分野では中項目 の目標の語尾が「理解させる」に統一された。ここ でいう「理解」とは,思考や表現の過程なども踏ま えて学習内容を十分に分かりながら身に付けること を意味している。「わかって」いれば自分の言葉で 話せ,長くも短くもできる。また,「身に付ける」 は使いこなせる状態を指す。これは機械的・表面的 な「記憶」だけを表すものではない。よく考えて納 得して身に付けた内容は,単純な記憶やその再生と は違って,焦点や脈絡をもった自分の言葉で表現で きるものである。それはまた,自在に活用できる本 当の意味の「基礎・基本」となるのである。(15) 6.キー・コンピテンシーの概念を社会科に (1)社会科と関連が強い「読解リテラシー」 キー・コンピテンシーのうち,カテゴリー1「道 具を相互作用的に用いる」の「道具」とは,コンピ ュータのような物理的道具だけでなく知識や情報, 技能といった文化的なもの(特に言葉や文字といっ た外部言語)を指す。「相互作用的に用いる」とは, 様々な問題の解決や意思決定の場において,文字や 記号などで示された資料から読み取った情報を,解 釈(理解)し,熟考・評価したことを,根拠に基づ き自分の意見として他者に表現し,解決に向けて活 用することである。読解リテラシーを含むこのカテ ゴリー1は,社会科との関連が特に強い。なぜなら, PISA の読解リテラシーは,文章(連続型テキスト) や表・グラフ,写真,絵画(非連続型テキスト)な ど,複数の資料を組み合わせ,分析して意見を形成 したり,自分の行動を左右する意思決定をしたり, 意見を表明したりするという,従来社会科が育てよ うとしてきた力そのものだからである。 3年ごとに公表される PISA の平均点に一喜一憂 する必要はないが,“以心伝心,無言の伝達は上手 だが,公の場での発言が苦手”,“感想は述べられて も根拠に基づいた論理的な意見が言えない”,“目上 の人の顔色を窺う”,“書かれたことや言われたこと に無批判で従順(特に出所の権威が高ければ高いほ ど)”,といった日本人が持つとされる負の特性を PISA が明らかにしてくれたとはいえる。その結果, 民主主義社会の意思決定に参加できない,建設的な 批判的思考力が育っていないという問題が生じてい る。だとすれば,「社会で生きて役割を担うための 最低限の能力(生きて使える教養)を目指し,コミ ュニティーに積極的に参加することを期待されてい る生徒たちの手段あるいは道具」(16)として読解リテ ラシーを育てることは,社会科学習の責任といえる。 (2)習得・活用・探究をつなぐ言語力 それでは読解リテラシーと言語力とはどのような 関連があるのか。新学習指導要領の社会科全体の改 訂のポイントには,①基礎的・基本的な知識・概念 ・技能の習得・活用・探究,②言語活動の充実,③ 社会参画,様々な伝統や文化,宗教に関する学習の 充実が挙げられている。 ①の「基礎的・基本的な知識・概念・技能」とは, 知識基盤社会において,これらは基盤にしか過ぎず, その習得を目的化してはいけないが,逆にいえば基 盤となるものこそ知識や技能であり,決して軽視し てよいものではないことを意味している。思考の基 となり,学び続ける糧となる知識・技能は確実に習 得させなくてはならず,躊躇なく教えるべきものは 教え指導することが必要である。その際,課題を持 つ生徒に応じた対応,例えば補習や質問教室,テス ト復習ノート(17)による振り返り,机間支援の重要 さが増す。PISA の国家間の平均点より,個々の生 徒の学びの状況や個別の課題に寄り添えるかどうか こそ大切なのである。 次に「活用」とは,知識・技能を「自分のもの」 として使えることを意味する。言葉や文字を道具と して使い,「説明,解釈,論述,意見交換」ができ ることは,課題を解決するために必要な思考力・判 断力・表現力を包括する言語活動の充実と大いに関 係する。歴史的分野改訂の基本的な考え方は,「言 語活動の充実,思考力・判断力・表現力等の育成を 重視して,歴史について考察する力や説明する力を 育成する」(18)ことである。「活かす」過程で新たな 知識・技能が習得され,「活かせた」という経験や 有用感が生徒の関心を高め,より広く深い内容への 「探究」や学校を離れてから生涯にわたって学び続 けようとする意欲にもつながると考える。 7.読解リテラシーの育成を目指した実践例 (1)目的に応じて理解(解釈)し推測する 「岩に刻んだ勝利」-正長の土一揆碑文から読み取れ る当時の社会の様子を探る-,1年歴史的分野,【形態 :ペア・班】 ①疱瘡地蔵の碑文の拓本を配布し,ペアで何が書い てあるか解読する。漢字と仮名混じりの文章で岩に 刻まれた文字のため苦労するが,最後は OHP を使 って学級全体で確認する。特に「ヲイメ」について は借金であることをとらえさせ,徳政を勝ち取った 勝利宣言であることをおさえる。②碑文の内容から 分かる当時の社会状況を4人班で話し合う。③話し 合いの後,班長に指名された生徒が黒板に書く。 ④発表役の生徒が補足や根拠を説明する。
班 で の 話 し 合 い の 結 果 , 借 金 に 苦 し ん だ 百 姓 た ち が 土 一 揆 を 起 こ し た と い う 事 実 か ら , 多くの生徒が農村に貨幣経済が浸透していたこと, 貨幣を使用する社会=商品経済が発展していたこと を資料集の定期市の絵からつかんでいた。馬借の絵 や車借,問丸の教科書記述から流通業の発展につい ても読み取れていた。さらに,余剰生産物の増加が 非農業人口の増加につながったこと,その根拠とし て以前学習した牛馬耕や阿氐河荘の資料で読み取っ た二毛作の知識と関連させていた生徒もいた。一揆 などの下剋上は,被支配層の団結・強化による成長 と支配層である幕府,領主(公家や守護)の弱体化 が結合した末の現象といえる。これを農業生産力の 増大による非農業人口の増加と商品経済の発展とい う側面から,個別事象を根拠として用いることで多 面的に考察させることができる。個別事象である定 期市や座,馬借,惣の掟,寄合,国人といった語句 を説明していたのでは,同じ文章資料や絵画を用い たとしても“単なる知識の暗記”に終わってしまう のである。読み取りのきっかけは個々の生徒によっ て異なるが,稚拙な気づきであってもそれを認め, 「だから?」,「そこからいえることは」と言葉を継 いでいく支援をすれば,読み取る力を伸ばしていく ことができる。 (2)課題に応じて読み取る(根拠を見つける) 「神になりたかった男 信長の強さの秘密」の根拠を資 料から見つける,1年歴史的分野,【個人・班】 ①信長の強さの秘密として,アイデアマン(独創的), 新しい物好き(革新的),コテコテ(徹底的)の3 つに絞り,それぞれの強さの根拠となる事実を分類 しながら見つける。②個人で見つけた事実を4人班 で交流する。個人で見つけられなかった事実を加え たり,分類が異なったりした場合は根拠を述べて他 の班員と意見交換する。③班長から指名された書き 手 が 黒 板 に 3 つ の 強 さ に 分 け て 記 入 す る 。 ④ 説 明 役 の 生 徒 が 強 さ の 根 拠 と な る 理 由 を 説 明 し , 質 疑 応 答 す る 。 ⑤ 黒 板 に 挙 げ ら れた強さの秘密を基に「信長が最も恐れた敵」を, 各自が根拠も含めてノートに書き,班で交流した後 発表する。 強 さ の 証 拠 と し て 歴 史 的 事 象 を 見 つ け る だ け で あ れ ば , 単 な る 資 料 か ら の 情 報 の 取 り 出 し で あ る 。 分 類 や 関連性の発見には思考とともに解釈(理解)が前提と なる。また,楽市楽座や関所の廃止という政策は, 旧来の幕府や寺社にとって収入源であった座や関所 をなくすという面をとらえれば「革新的」といえる が,商工業の発達,流通の効率化による物資の集積 という面をとらえれば,他の戦国大名にはない「独 創性」ととれる。そのように同一事象であっても見 方を変えれば異なる側面が見えてくる。このような 多面的思考とともに,鉄砲の産地としての国友,加 えて当時は輸入に頼らざるを得なかった火薬原料と なる硝石入手のために港町の堺をおさえたことが, 武器の調達やその財源の確保という面で強さの源と なる複合性に気づくのである。 批判的に資料を読む,吟味するという点では,長 篠合戦図屏風が効果的である。屏風を観察すれば鉄 砲の“三段撃ち”が根拠のない言説であることは容 易にとらえられる。ただ,明らかに武田軍よりも多 くの鉄砲を装備していること,資料集に載っている 江戸時代に描かれた屏風に加え,より合戦時に近い 時期に描かれた屏風(描かれた鉄砲は格段に少ない) に共通して描かれている中央の川(湿地を形成する) や馬防柵(馬の速度を遅くする)に(戦術的な)ア イデアマンとしての信長の一面をとらることができ る。 「最も恐れた敵は」との課題には,足利義昭や本 能寺の変を実行した明智光秀,「戦国最強とされる 騎馬隊を擁していた」,「信長が屏風を贈った」とい う資料集の記述から武田,上杉といった戦国大名, 延暦寺の焼き討ちや石山本願寺で苦戦したことから 宗教勢力が挙げられた。このうち義昭の処分は“追 放”であること,武田も赤備えの家臣たちが滅亡後 も井伊の家臣として彦根藩に仕官している(ひこね ゃんの兜も赤色)ことから適切ではないことに気づ かせた。最終的には“コテコテ”の対処をした宗教 勢力,とりわけ長島,越前で一揆一揆の勢力を恐れ た根拠として“根斬り”,“ナデ斬り”と徹底的に掃 討したことに気づかせた。まとめとして,石山本願 寺城内から信長軍かと見まごうばかりの武者たちが 挟間から鉄砲を撃ち放している『絵本石山軍記』を 提示し,一向勢が単なる宗教勢力ではないこと,そ のような宗教勢力と政治とを分離し新しい世の中を 構想した信長の卓越した先見性を理解させた。(19)
(3)熟考・評価:読み取った情報を理解し,後世 への影響を評価,「“鎖国”体制の影響を評価する」, 1年歴史的分野,【個人・班】 ①「“鎖国”は本当か」と題し,「ウソ」,「ホント」 それぞれの立場で証拠を見つける。②人数的には「ウ ソ」が圧倒的に多いが,「ホント」とする立場の生 徒が挙げた「貿易や交流が制限されていたから」と の理由を発表させ根拠となる資料も示させる。③4 人班で交流した「ウソ」の根拠を黒板に書かせる。 その際,黒板には日本,中国(明・清),朝鮮,蝦 夷地,琉球,東南アジアの形に切った色画用紙を貼 っておき,地理 的な位置関係に 注意して書かせ る。④書き上げ た 内 容 を も と に,班で影響を 評価し,根拠も 併 せ て 発 表 す る。 “鎖国”がウソかホントかについては,根拠に基 づいて自分の意見を形成するための学習である。多 面的な思考という点から「ホント」という意見も大 切にし,必ず根拠も挙げさせる。資料からは「ウソ」 の証拠は比較的多く見つけられるため,次の課題と して,鎖国に関する事象を解釈した上で,“鎖国” をどのように評価するかに時間を割いた。肯定的な 意見としては,貿易を統制したことによる植民地化 防止と内政的安定が続いたことを挙げた班が多かっ た。前者は江戸末期に危うくはなるものの独立を保 ったこと,後者は天草・島原一揆のようなキリシタ ンによる(との説もある)大規模な反乱が起こらな かったことを根拠としていた。また,異文化の流入 が限られたことでわが国独自の文化が発展したこと を挙げた班もあった。これらは小学校で習った黒船 の来航から倒幕にかけての学習や江戸時代の文化に 関する学習で習得したことを活用したといえる。 (4)「幕政改革~特異人物をさがせ~」:2年歴史 的分野,【個人・班】 ①個人で綱吉,白石,吉宗,意次,定信の改革を調 べ,内容を黒板に書く。②政策をア・歳出削減,イ・ 収入増加,ウ・その他に分類する(班)。③5人の中 から他とは異なる方針で改革を実行した人物を選 び,理由をノートに書く。 幕政改革は財政難克服のために支出を減らそうと したか(倹約),収入を増やそうとしたか(積極策) に分けられる。政策内容を網羅的に教えるのではな く,挙がった政策を分類する過程で生徒たちは政策 の意味を理解し ながら田沼と他 との違いに気づ いていく。資料 集には俵物や銅 棹 の 写 真 が あ り,教科書の「蝦 夷地開拓計画」 の記述など,複数の資料をもとに長崎貿易や商人の 経済力に目をつけた田沼の実像に迫れるのである。 後の天保の改革と西南雄藩の改革の成否を分けた理 由を論述させる際にも享保・寛政(倹約)型か,田 沼(積極策)型かという視点で考えさせることがで きる。さらに,旧来の農業に回帰しようとする政策 が不可能なほど,商業経済が進展し時代が大きく変 わ り つ つ あ っ た こ と を と ら え さ せ ら れ た 。 そ し て,“ワイロ政治 家 ” と は 異 な る 田 沼 の 先 見 性 を 再 評 価 す る こ と ができるのである。 (5)自分の考えたことを簡潔に表現する 「倒幕イメージマップ」:2年歴史的分野,【ペア】 ①江戸幕府滅亡の最終段階である五稜郭の戦いに至 る歴史的事象を資料集,教科書を使ってイメージマ ップ状に A3版のケント紙に表現する。②歴史的事 象の配置は教科書記述のままや直線的な年表順とせ ず,民衆の動きや諸外国の動向とも関連させる。③ 事象と事象を つなぐ線上に 「つなぎのこ とば」を記入 し,つながり や影響をどの ように評価し て配置したの かを明確にす る。④各ペアが順番に前に出て,一つずつ黒板に歴 史的事象を記入し,つなぎの言葉の意味や理由を発 表する。⑤相互評価として,各ペアがケント紙を机 の上に置き,座席順を一つずつずらして他のペアが 評価する。その際,青の付箋紙には「よいと思った 点」,赤の付箋紙には「疑問点」を記入して作品に 貼り付ける。⑥席に戻り,自分たちが見てきた他の ペアの作品や貼ってある付箋紙を見て付け加えや修 正をする。
歴史的事象を 資料から抜き出 すことはさほど 難しくはないの で,特につなぎ の言葉を考える よう指示する。 難しければ「だ か ら 」,「 よ っ て 」 の よ う な 接 続 詞 で も 良 い の だ が , 実 際 に は 歴 史 的 事 象 の 内 容 を 端 的 に 表 現 ( 説 明 ) したもの(水 戸 浪 士 に よ る 暗 殺 ← 桜 田門外の変) が多かった。 2 つ の 事 象 の内容を理解した上で,「抑えきれない」:ええじゃ ないか-大政奉還,といったものもあり,関係性を とらえた表現も見られた。 8.協同の学び (1)カテゴリー2「異質な集団の中で交流する」 キー・コンピテンシーのカテゴリー2は「社会的 に異質な集団の中で交流する」能力である。今より も地球規模の人的交流や情報のやりとりが活発にな れば一層必要とされる能力(20)ではあるが,社会科 授業の中で,日常的に外国人と学習活動を行うこと はなく,外部の講師と触れあうことも限られている。 しかし,普段の授業の中で話し合いや意見交換,相 互評価などの学び合いを通し,異なる考えを持つ生 徒同士が交流する場面を設けることができる。一斉 授業の方が効率がよい場合ももちろんあるが,授業 の中心となる深い思考を必要とする場面で班による 課題探究や討論を重視している。1時間中班の形態 にする必要はなく,隣同士や近くの生徒が相談する 程度のペア学習や「自信がなければ立ち歩いて相談 しに行っても良い」(学校の状況にも依るが),とい うひと言で随分と教室の空気は変わり,他者から学 び合うことができる。 (2)4人班の効用 一旦,個人で思考させた後,4人班で交流すると いう形をとる場合,互いが異なる考えを持ち寄り, 思考の幅を広げたり,深めたりすることができる。 自分とは異なった考えに触れて学び合える以外に, 学力に課題を持つ生徒も一斉形態の時や教師には質 問しにくいことでも,机が合わさっていれば気軽に 聞くことができる。教える生徒にとっても確認,再 思考,表現の機会となる。聞いている残りの2人に も同様の効果があり,やりとりが詰まったり間違っ たりしていれば修正もしやすい。 班を用いる際に最も注意したいのは“お客さん” を出さず,話し合いを活発化することである。生活 班を使うと6人や7人の多人数になってしまい,話 し手と聞き手の位置が遠くなってしまうが,その点 4人班であれば必ず机が合うので話しやすくなる。 また,「田」の字だけでなく,中の2人が机を合わ せ,あとの2人が挟み込むような机の付け方をすれ ば全員の顔を見て話し合うことができる。 (3)学び合いの手だてと工夫 机を合わせたから学び合いができるということは なく,様々な手だてや工夫が必要である。“とにか く話し合いなさい”ではなく,何を話し合うのか(課 題),どのように話し合うのか(方法・手順),どの ように発表するのか(黒板に書く,発表する)を具 体的に指示しておきたい。また,班長(司会,取り まとめ)を輪番で指定し,黒板への書き手,説明役 を班長から指名させれば,役割を明確にでき,班長 としては書きに行く必要も説明する必要もない代わ りに最終的な責任を負うので責任感が増す。 話し合った結果を表現する手段には発表役の生徒 が口頭で発表するという方法もあるが,10班だと時 間的に長くかかってしまう。発表役の生徒を10人立 たせて,「全く同じ意見や根拠の時は座ってもよい」 という手法をとることもあるが,全員が確認できる という意味から,できる限り黒板に書かせるように している。その場合ダラダラと文章ではなく簡潔に 記入させ,その分の補足説明を別の生徒が担うよう にする。記入内容は先に書いた班と関連する内容で あればその近くに書くか線でつながせる。記入役が 書きに行っている間,残ったメンバーは質問を想定 して準備し,机を前に向けてメモするべきものはノ ートに写す。自班と同意見は丸写しせず,判断して 取捨選択させる。全ての班が書き終わった時点で単 純な語句も含めて質問や疑問があれば,黄色のアン ダーラインを引きに来させる。ペアで相談させるか, 誰も出てこない場合,他班の記した内容についても 質問をこちらから投げかけるようにすれば出てくる ようになる。
9.「明治維新を評価する」の実践 (1)単元設定の理由 本単元では近代日本の幕開けとなった明治時代, 特に,富国強兵・殖産興業政策,文明開化などを通 して新政府による改革の特色を理解させる。複雑な 世界情勢の下,明治維新によって近代国家の基礎が 整い人々の生活は大きく変化した。これは,近世以 降の経済発展や教育の充実,政府の諸政策によると ころが大きい。また近代国家形成に伴う,税制・兵 制・学制の改革はその後のわが国や現代にも大きく 影響することとなる。一方,急激な変革や過重な負 担に耐えかねた農民たちによる改革反対の一揆や, 藩閥政治を批判する人々による政府批判は自由民権 運動や憲法制定を求めるうねりとなり,日本をアジ ア初の立憲君主制国家へと変貌させていく。 この明治という変革期を,第Ⅰ期(1868~1883年) 「国の仕組みをつくっていく時代」・「新しい時代の 基礎をつくる時代」,第Ⅱ期(1884~1893年)「国の 政治を整えていく時代」・「国をまとめていく時代」, 「国会を開くための制度や憲法をつくる時代」,第 Ⅲ期(1894~1912年)「外国との関係を改める時代」 ・「外国と対等な立場を目指す時代」・「外国と戦い を交える時代」の3期に分け(21),このうち,第Ⅰ 期に焦点を当て,新政府の政策を吟味・評価してい く。現代の価値観からすれば,江戸時代と変わらぬ, またはより一層の負担を人々に課すことになる改革 は合理的な判断の結果とはいえない。しかし,視点 を「国家」と「国民」,「近代化」と「前近代」とい う座標軸でとらえれば,新たな視点で事象を評価す ることとなり,多面的・多角的な思考が期待できる。 政治史や社会状況だけでなく,民衆の思いや政治を 担った人々の思いを多面的・重層的に考えていくこ とは,歴史をとらえる上で意味のあることだと考え る。また,現代の感覚とは異なる決定や行動をさせ たものは何だったのかを探究することで,単なる過 去の指導者への批判に終わらせることなく,多角的 な探究型学習を通して歴史の学びを未来の生き方や 思考に生かせるようにしたい。 (2)生徒観 生徒たちは歴史的分野の学習は過去の事実認識に 重きを置き,語句や年代の記憶には熱心でも,歴史 を大きな流れとして理解したり,歴史的事象を深く 探究し解釈したり,自分の言葉で論述・評価したり することには慣れていない。社会認識の手段に過ぎ ない知識の習得が目的となってしまい,人々の思い を現代や自分の未来に生かそうとする姿勢も十分で はない。本学年の生徒たちは,課題に対して意欲的 に取り組み,着眼点が鋭く豊かな発想をすることが 多い。これまでの学習では,実物や写真・絵画,統 計資料を用いて興味・関心を高め,個々が考たこと をペアや4人班で話し合わせたり,自分の考えや発 想を論述させたりすることに時間を割いてきた。思 考・判断力や資料活用能力に関しては,文意の理解 や統計資料の読み取りに終わらせず,時代背景と関 連づけたり,読み取ったことから類推したりする場 面を意図的に多用している。今回の学習では,当時 の人々の政策をランキングする活動を通し,歴史的 事象を多面的・多角的にとらえさせたい。 (3)指導観 明治時代初期の政策ランキングや座標軸に配置す る活動を通し,政策が意図する国家像を様々な視点 からとらえ,多面的・多角的な社会認識力を形成し たい。明治維新については小学校でも学習している が,学び直すことによってより深く基礎的・基本的 知識・概念の習得を図らせたい。また,小学校の学 習は維新の功労者の苦労や結果としての人々の生活 の変化に焦点を当てたものが多い。そのため中学校 の学習では,意思決定者としての新政府の中枢を担 った人々が「なぜ」そのような政策を推し進めたの か,その政策はその後のわが国にどのような影響を 及ぼしたのかといった視点で評価させたい。また, 評価の基準や政策の位置づけを交流することで他者 との学びを深め,この時代に関連する県内の歴史に ついても『12歳から学ぶ滋賀県の歴史』を活用して 関心を高めさせたい。 (4)学習の概要 第1次の1時間目は明治新政府の方針を,五箇条 の御誓文(大名,公家や諸外国向け)と五榜の掲示 (民衆向け)を対比してとらえさせ,2時間目は地 券に記載されている内容の読み取りをもとに,地租 改正から殖産興業に至る新政府初期の重要政策の関 連をおさえた。第3時はダイヤモンドランキングに 慣れさせる意味もあって明治初期の対外政策を重要 度でランキングさせた。 第4時は生徒個々が重要と考えた明治新政府の政 策を挙げ,重要度が高い順に9つに絞って「ダイヤ モンドランキング」をした。ダイヤモンドランキン グとは,菱形の頂点に最も重要度の高い政策を置き, 2段目の左側に第2位,右側に第3位,最も下に第 9位と,政策を 重要度順に配置 していくもので ある。次に4人 班になって評価 基準を決めて政 策や順位を話し 合い,班として
の「ダイヤモンドランキング」を検討させた。各班 にA3版のホワイトボードを渡し,政策名と重要だ と考えた根拠を付箋に記入し,重要度が最も高いと 判断した政策は赤の付箋紙でダイヤモンドの頂点に 貼り,他の8枚は黄色というように区別させた。 第5 時は各 班の ランキ ングの 交流と 相互 評価を 行った 。各班 4人 のうち 2人が 残り, あと の2人 は他の 班に席 を移 してラ ンキン グの説 明を 受け, 質疑応 答や評 価の 基準, 順位の 根拠を 論じ 合い, 多面的 な視点 や考 え方を 学び合 った。 この 相互評 価を4 回繰り 返し ,各自 聞き役 と説明 役を 2回ず つ体験した。 (6) 生徒の ラン キング とその分析 交流では同じ政策でも 異なる 順位に 位置 づけら れてい たり, 重要 だと考 えた政 策がな かっ たりし た班の 生徒同 士が 活発に 議論する場面が見られた。 五箇条 の御誓 文と いった 大綱的 な事柄 をラ ンキン グの上 位に置 いた 班もあ れば, 地租改 正や 廃藩置 県など の実質 的な 変革を 伴う政 策を重 視し た班も あり, 他の政 策へ の影響 や関連 の広が りを 重視す るか, 実際の 変化 に重き を置く かで討 論が 交わさ れた。 交流 の際, 納得 できた 点や学 べたこ とは 青,課 題やア ドバイ スは 赤の付 箋で相 手の班 のホ ワイト ボード に貼ら せ, 後のラ ンキン グの再 検討 の際に 参考にさせるようにした。 その後 元の班 に戻 り,評 価基準 やラン キン グを再 検討し た結果 ,大 きな修 正をし た班に 理由 を発表 させた 。ラン キン グの根 拠を説明することで政策内容を再度習得し,説得力 を増すための基準や適切な配置を考えさせることが できた。また,付箋を使ったことで配置換えが容易 になり,ランキングからもれた政策や10位以下の候 補を欄外に残しておくことができた。このほか,変 学習過程(第5時) 学習内容・活動 指導・支援事項(◆:評価) 導1.前時の振り返り ○前時に検討した政策 ・各班が選択した新政府の政策を確認させる。 入 ランキングについて振り ・ホワイトボードに配置した政策ランキングを準備さ 返る。 せる。 2.本時の内容 ○本時が「政策評価」の ・根拠となる資料の追加や,郷土の歴史に関する資 交流であることを知る。 料の活用を促す。 3.班内討議① ◯政策ランキングを検討・政策ランキングを検討させ,根拠となる価値基準を 展 政策ランキングの し,もととなる事実の確か 明確にさせる。 確認 さと配置の根拠について◆意欲的に話し合っているか。(観察) 確認する。 【関心・意欲・態度】 4.ランキング結果 ○ランキング結果を交流 ・単なる事実の配置や資料の紹介に終わらないよう と理由の交流 し,探究の深さや論拠の 注意させる。 確かさを評価し,疑問点 ・選択した政策と評価の違いに着目させ,どのような や気づいたことを指摘し 価値基準で配置したのかを中心に討議させる。◆ あう。 理由や根拠を明確にしている。(発表内容,ノート記述) 【思考・判断】 A:質問や反証に対する準備をしている。 B:根拠を明確にして発表している。 C:政策が与えた影響について考えるよう促す。 ・交換している意見内容は適切か。 (観察)【思考・判断,表現の技能】 開5.班内討議② ○交流した結果を基に ・他班からの指摘や新たに得た視点や評価の観点 班内で再度話し合い,政 を基に,必要な資料や根拠の補充をさせる。 策ランキングを再検討す ◆再評価のために資料を補充・活用している。 る。 (発言内容)【思考・判断,資料活用】 6.討議結果の発表 ○再検討した結果と交 ・他の班から学んだ点や気づいたこと,変更した理 流から学んだことを発表 由を中心に発表させる。 する。 ◆変更した理由は妥当か。 (発言内容,ノート記 述)【思考・判断】 ま7.本時のまとめと ○本時の学習内容を整 ・重要度によるランキングは,立場の違いによって限 と 新たな視点による 理し,座標軸を用いた 界があることを伝え,座標軸を使った平面上に政策 め 座標軸の考案 新たな視点を考える。 を配置する新たな視点を考えさせる。(時間に余裕 がなければ次時までの課題とする) ・郷土の歴史に関する内容の追加や根拠となる資 料の活用について助言する。 他の班は,明治新政府の政策をどのように評価したのか交流しよう。 重要度のランキングとは異なる視点で政策を評価してみよう。
更の 軌跡 が たど れる よう 矢 印を 記入させたので, 交流 や再 検 討後 の入 れ替 え や思 考の 変化 を たど ることができた。 明治新政府の政策 略称 個 班 班 人 前 後 ① 五箇条の御誓文 五箇 61 56 57 ② 五榜の掲示 五榜 15 11 11 ③ 版籍奉還 版籍 29 45 21 ④ 廃藩置県 廃藩 52 63 65 ⑤ 地租改正 地租 73 76 81 ⑥ 貨幣制度 貨幣 3 17 12 ⑦ 殖産興業 殖産 32 46 29 ⑧ 学制 学制 57 56 52 ⑨ 徴兵令 徴兵 62 67 56 ⑩ 官営工場 官営 35 19 33 ⑪ 郵便制度 郵便 14 38 9 ⑫ 岩倉使節団 岩倉 73 66 62 ⑬ 日朝修好条規 日朝 65 40 31 ⑭ 日清修好条規 日清 45 30 21 ⑮ 樺太・千島交換条約 樺太 14 3 3 ⑯ 蝦夷地の開拓 蝦夷 6 0 0 ⑰ 琉球処分 琉球 15 4 0 ⑱ 鉄道 鉄道 20 32 18 ⑲ 四民平等 四民 46 27 45 ⑳ 解放令 解放 22 18 14 上の表は,個人,交流会前後の班でのランキング で挙げられた政策の頻度の推移である。岩倉使節団 や日朝修好条規,日清修好条規といった明治初期の 外交に関するものが多いのは,ダイヤモンドランキ ングの練習をさせた影響と思われるが,岩倉使節団 の減り方が小さいのは,欧米諸国の視察を通し,後 の近代化につながったという理由である。実質的な 大変革といえる廃藩置県,富国強兵・殖産興業の財 政的裏付けとなる地租改正の評価が高いのは,交流 を通してより思考が深まった結果といえる。 (7)座標軸による新たな評価 交流を通して個々の政策を評価する視点や基準が 異なれば位置づけが違ってくることや異なる基準で 議論を続けても限界があることを指摘し,新たに座 標軸(縦軸と横軸の二次元)に政策を配置する評価 基準を考えさせた。横軸は「国家」「国民」どちら のためになったかを評価基準として示し,縦軸は各 自で新たな基準を考えさせた。次の時間に縦軸とし て考えてきた基準を交流させたところ「現在にも影 響を及ぼし,役割を果たしているか」「近代化を進 めたか」などの意見が挙がった。政策を2本の座標 軸で区切った平面上に配置する作業はランキングの ような順位ではなく,多面的・多角的な思考・判断 が求められる。この場合の多角的な思考とは,横軸 の「国家・国民」という異なる立場からの評価,個 々の政策の意味や他の政策との関連や現代につなが る影響の評価は多面的な思考といえる。前時に評価 が割れた実質的な変化を伴わない五箇条の御誓文と 岩倉使節団,大きな変革である地租改正と廃藩置県 が座標軸上の近い位置に置かれたことは,多面的・ 多角的な探究活動の成果といえる。 (8)成果と課題 今回の学習では,近世から近代への転換点で,ど のような政策が何を目的に進められ,どのような影 響を与えたのかについて考えさせることができた。 評価という価値判断が求められる思考を繰り返すこ 1.今回の学習に 興味・関心を持っ て取り組めました か。 2. 明 治 維 新 の政 策 内 容 に つ い て 理 解 で き ま し た か。 3.政策のつなが りや影響を考えて ラ ン キン グし まし たか。 4.他班のランキン グについて質問・ 討 論 で き ま し た か。 5.他班が選択した 政 策 に つ い て 理 解できまし たか 。 まったく はい まったく はい まったく はい まったく はい まったく はい
とで,他者を納得させるだけの根拠を見出し,異な る見方や考え方に接したことで視野も広がり,より 物事を公正に判断する力につながったと考える。 生徒たちもたいへん意欲的に探究し,班で検討し たランキングを根拠に基づいて説明し,説明や交流 を通して再度知識を習得し,より説得力を増すため の評価基準や適切な配置を考えていた。 ただ,滋賀県で起きた歴史的事象を根拠に含めた ものが少なく,中央集権体制下,地方に政策が浸透 したことを郷土史と関連づけて気づかせたかった。 今後,キー・コンピテンシーの中核をなす熟考, や言語力,表現力の育成をさらに進めていきたいが, 授業を成功させる最大の要因は,生徒の関心を育て られるかどうかにある。その意味で授業改善は,単 に方法の工夫だけに陥ることなく,内容について関 心が高まるよう,教材開発,教材研究を充実してい きたい。併せて,今回は課題を教師側から提示した が,生徒自身に課題そのものを設定させるような単 元開発をしていきたい。 (1)伊東亮三「公民的資質とは何か」『社会科における公民的資質 の形成』,日本社会科教育学会編,東洋館出版社,1984,p.18 (2)阿部隆幸「社会科教育と民主的態度育成との関係に関する一 考察」-提案する社会科を素材にして-,福島大学大学院教育 学研究科修士論文,1999 (3)谷川彰英「公民的資質」『社会科教育事典』,日本社会科教育 学会編,ぎょうせい,2003,p.55 (4)谷川彰英,同上書,p.54 (5)水山光春,平成20年度滋賀県中学校教育研究会社会科部会 夏季研修会講演配布資料,2008,8.5に一部加筆修正 (6)詳しくは拙稿『滋賀大学教育学部附属中学校研究紀要第50 集』滋賀大学教育学部附属中学校,2008,p.23を参照されたい。 (7)小西正雄「総合的学習の登場で社会科研究のどこを変えるか 提案する社会科からの提言」『教育科学社会科教育』No.471,199 9,pp.64-66 (8)2006年PISAの科学リテラシーは,「疑問を認識し,新しい知識 を獲得し,科学的な事象を説明し,科学が関連する諸問題につい て証拠に基づいた結論を導き出すための科学的知識とその活 用。科学の特徴的な諸側面を人間の知識と探究の一形態として 理解すること。科学とテクノロジーが我々の物質的,知的,文化的 環境をいかに形作っているかを認識すること。思慮深い市民とし て,科学的な考えを持ち,科学が関連する諸問題に,自ら進んで 関わること。」と定義されているが,2003年PISAの科学的リテラシー の定義には「自然界および人間の活動によって作りかえていった 自然の変化について理解し,意思決定するために科学的知識を 活用し,課題を見つけて根拠に基づく結論を引き出すことができ る能力」と,市民として課題に対処するための「意思決定」が明記 されていた。傍線筆者 (9)安野功『社会科授業力向上5つの戦略』,東洋館出版社,200 6,pp.117-118 (10)「平成19年度宮崎大学教育文化学部附属中学校研究紀要」, pp.21-22 (11)松下佳代「数学リテラシーと授業改善」『リテラシーと授業改 善』,日本教育方法学会編,図書文化,2007,p.52 (12)佐藤学,「リテラシー教育の現代的意義」,『リテラシーと授業 改善』,日本教育方法学会編,図書文化,2007,p.17 (13)松下佳代,同掲書,p.55 (14)佐伯眞人「これからの社会科学習指導の在り方[社会]」,『中 等教育資料NO.867』,文部科学省教育課程課編,2008 (15)中尾敏朗「歴史的分野における「理解」の意味」『中等教育資 料NO.874』,文部科学省教育課程課編,2009,pp.48-49 (16)「生きるための知識と技能②」OECD生徒の学習到達度調査 (PISA)2003年調査国際結果報告書,国立教育政策研究所編,ぎ ょうせい,2004,p.16 (17)テスト後に授業ノートとは別に問題用紙,解答用紙,解答例 を貼り付け,間違った箇所の復習と感想を書かせるノートを提出さ せている。復習内容は,問題文や解答例を写すのではなく,関連 項目を調べたり,なぜ間違ったのかを分析したりするよう指導して いる。3年間続けると,Webページを写していた生徒が,自分の言 葉に直したり,表を作成したりイメージマップで表現したり,分析と して「知らなかった,覚えられていなかった」と書いていた生徒が 「◯◯があったから~なった」と関連性や影響に触れて考え方を書 いてくるようにもなる。散逸しがちなテスト問題を保存できるだけで なく,どのような問題をなぜ間違えたか,その後にどのように改善し ようと考えたのかを振り返らせることができる。 (18)中尾敏朗「歴史的分野改訂の基本的な考え方とその学習の 中心」『中等教育資料NO.867』,文部科学省教育課程課編,200 8,p.56 (19)『絵本石山軍記』を用いた授業は,中尾俊朗『生徒の心を揺 さぶる社会科教材の開発』三晃書房,2006,PP.128-129及び,平 成20年度滋賀県中学校教育研究会社会科部会研究発表協議会 における中尾先生の講演を参考に実践した。 (20)キー・コンピテンシーが経済的要求に基づくとされる理由は, カテゴリー2が事業を世界規模で展開する企業やEU統合を目指 す欧州諸国にとって必要な労働力,市民像と重なるからである。 (21)向当誠隆『協働の実践を省察,再構成する力を培う社会 科』,福井大学大学院教育学研究科,学校改革実践研究報告N O.8,2005,pp.39-40 【参考文献・資料】 ・向当誠隆,永田賀保「探究するコミュニティの創造」(5年次),福 井大学教育地域科学部附属中学校研究紀要第35号別冊,2006 ・国立教育政策研究所編「生きるための知識と技能」③PISA2006 年調査国際結果報告書,ぎょうせい,2007 ・田中耕治「PISA型読解力はどのように位置づけられるべきか」 『現代カリキュラム研究と教育方法学』-新学習指導要領・PISA型 学力を問う-,図書文化社,2008 ・中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会(第27回 (第3期第13回)2005,9,26,議事録・配付資料 「OECDにおけるキ ー・コンピテンシーについて」