法の適用の理論 : 法の一般理論の研究(I)
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(2) . 第lo巻. 昭和34年7月. 北海道学芸大学紀要 (第一部). 第 1号. 法. 用. 適. の. 理. の. 論. (法の一般理論の研究1) 中. 塩. 屋. 九. 一. 郎. 北海道学芸大学札幌分校法律学・政治学研究室. i i t on of Law Kui ca ro NARASH・OYA : A Theory on the Appl chi. -A Study on the GeneraI Theory of Law -. 1. こ の 稿 の 目 的. 法の適用は, 法の遵守を確 保する仕事である, この点において, 適用こそが, 法学の出発点であ り, その終着点でもあるとい うことができる. してみれば, 法の適用の研究は, 法の解釈の研究に おとらず, 法学研究の重要課題たるを失うも のではない, にもかかわらず, これまでの法学は, 法の解釈については, きわめて, 詳細な論述をするが, そ の適用については, 解釈の論述のアク セサリイに過 ぎない程度の論述しかしないのが普通なようで あ る,. その理由の第一にあげらるべきは, 法の適用の概念とその解釈の概念とが混同して論ぜられてい る こ と で ある, 栗 生 博 士 が, 「解 釈 の 方 は,.法 の 妥 当 な る 適 用 を 目 的 と し, そ の 目 的 の た め に は,. まず, 法の内容を知ろうとするのである. ……解釈の方は, 法の内容を妥当なる適用に堪えうるま ) と して お らる る ごと き, で歪 曲 し, 改変 す るの で あ る.」1. ま た,. 来 栖 教 授 が, 「法 の 解 釈 に当 っ. て, 社会学的方法を一貫す べきであるというとき, 一つ注意すべきことは, 社会の事 象より規範を 導き出すといっても, 矢張り客観的に正しい唯一の法規が, 社会の事象のうちに内在 していると前 ・判断に 提し, それを, 認識のみによって, 探し求めるというだけ でなくて, そこには, 自分の価値 よ っ て, 望 ま しい と考 え る 法 規 を, 具 体 的 に つ く り 出 そ う と す る 意 欲 が 加 わ っ て い る と い う こ と で 2 ) と せ らる あ る.」. 如きである, このように, 本来, 法の適用であると観念せ られるものが, 混同せられて法の解釈の概念と して 論ぜられる以上, そこには, 法の解釈のみが重要な課題 であり, 法の適用 については, 特別に論ず る必要がないと考えるのが, きわめて当然だからである, 第二にあげらるべきは, 概念法学であれ, 自由法学であれ, 法の適用は, 制規の適用であり, 制 規の適用は, 制規の解釈の結果をそのま 適 用 す る こ と で あ る と して い る と い う こ と で ある, 従 っ て, 法学においては, 解釈のみが重要な課題となり, 適用については, 特に論研する必要がない と, ま た, 考 え ら れ る か ら で あ る,. 法の適用と解釈とを区別して論ぜられるのは, 田村徳治博士である, 博士は, 法の解釈と適用と 」 ま た, 最 が, 一 般 に 混 同 さ れ て い る と せ ら れ,つ と に, こ の 問 題 の解 明 に 力 を い た して お ら れ る。 3. 近一円一億教授は, 法の適用と解釈の概念を区別されつつ, 法の適用の理論 を詳細展開しておられ ) Pound も 法 の 適用 の 過 程 が 解 釈 の 過 程 で ある と して 一 般 に 混 同 さ れ て い る こ と を る。 4 , , , , .. - 96 -.
(3) . 中 塩 屋. 九 →郎. ) 指摘す る。 5. この稿では, 適用の過程と解釈の過程とを区別して論ずるという基本的立場にたちつつ, 第一 適用と解釈の概念のそれぞれを明らかにすること, 第二. 適 用 さ るべ き 法 を, も っ と, そ の 実体 に 即 して 検 討 す る こ と,. 第三. 適用の過程を詳かにすること,. 第四. 適 用 の原 則 を確 立 す る こ と,. ′. 以上がその目的である. 2. 適用および法の適用の概念. 適用とは, ある個別具体的事件を処理するときに, その処理の準拠とすべきものとして想定され た‐一般抽象的な規準をそれに当てはめて, 当該事件を処理することである, それ故に, 法の適用と いうときには, その準拠される基準が, 法でなければならないということになる. いずれにせよ, 適用にとっては, 事件の処理が中心とな らなければならない, つぎに, これを分説すれば, 1 ) 適用は事件の処理の一方法である. ( 事件の処理の仕方は, 必らず しも, 適用という形態をとらなければならないとは限らない, 事件 の処理に当って, 何等の一般抽象的基準を立てないで, いきなり, 直赦に解決する場合もある. ま た, 適用といわれ得るにしても, 何らかの革命的原理に則っとって, 事件を処理する場合は, 法の 適用とはいえない, かくて, 法の適用六 :るがためには, その処理の準拠たるべき基準が, 何等かの 意味において, 法といわれ得るものでなければならない, 適用および法の適用は, 事件処理の一方法であるから, 処理にあたっては, 結果の良好への強い 意欲の下に, 特別に, 慎重に考慮してなされる事件処理の方法でなければならない, 元来, 適用という作業は, 本来, 人間の精神活動である, 殊に, 人間の意欲に 基く意思活動に基 く場合が主である. そして, それは, 普通, 裁判や処分のような人間の行為にまで発展してなされ る, しかし, 適用たるがためには, 必らずしも, 人間の行為にまで発展して現われなくても, 純粋 に, その精神の内部活動でも差支えない, 裁判や処方をなす前に, 当該裁判官や行政官が, その裁 判や処分の方法を, あらかじめ, 自己の心中に定めて, 準備しておくが如きである. 従って, 適用 にとっては, それが行為であるか, 内部精神活動であるかは, さして重要性をもたない. しかし, 適用たるがためには, なお, 事件によって促され, それへの解決の意欲を, その前提と してもつも の で あ る こ と を, 忘 れ ては な らな い, ing は, 行為の過程のうちで, 内部的段階は, 「決心, すなわち, 意思がそれ以上の決心を Jher 6 )といっているが, それは, 適用が, 内部の精神 やめ, 不決断を終結させる作業をもっておわる.」 活動である場合をいっているものである,. 2 ) 適用は, 目的意識と不可分の関係に立つ, ( 適用は, 事件の解決という意欲を前提とする, 事件の存在しないところには, 解決や処理の意欲 一定の もないから, 適用という作業も起り得ない, 事件が先在していて, それを解決しようとする‐ 目的をもち, その目的実現のために, 最適な方法を探し出して, それに準拠して, その事件を解決 しようとするとき, はじめて適用という作業が起る, だから, 適用は, あくまで, 事件の解決・処 理という目的意識によって導かれるものであり, この点において, 認識活動である解釈作業と異 る,. 解釈は, 表現ないし表出によせられた意味内容を確定することである, も ち ろ ん, 解 釈 を な す に当っては, 人々は何らかの動機や目的をもつに相違ない, しかし, 解釈に当っては, ただ, 意味 - 97 -.
(4) . 法 の 適 用 の 理 論. 内容の確立のみが問題であるから, 人々がどのような動機や目的をもつにしろ, それらを離れて, 表現ないし表出に則して, その意味内容を探ることでなければならない, そこには, 当初の問題意 識も, その解決の意欲も, 忘れ去らなければならない, もちろん, 解釈といっても, 特に, 法規の 解釈のような場合にあっては, 種々の問題を想定 し, そのような諸種の問題に対 して, 法規がどの ような解決を欲しているかを検討して, 法規の意味を探るのである, しかし, こ での問題は, た だ, その解釈を正確かつ豊富にするための思惟材料に過ぎない. このような意味において, それを 問題というならば, そこにおいては, 問題は先在するのではなくて, あと から提起されるのであ る, これに反 して, 適用にあっては, 事件や問題が, 必ずその前提として存在 しなければならな い. 問題意識や事件解決の意識のないところ, 適用は決 して起り得ないからである, 特に, 法規の解釈は, 単に, その女言の意味を理解するだけでは足りない, さらに, 法規は一定 の事実に対 して, いかなる法的効果を及ぼす かを定めるものである, 従って, その文言が, いかな る事実を予想し, その事実に対して, いかなる法的効果を欲 しているのかを知ることが, 必要であ る, そして, その事実というのは, 現実に社会に発生しているか, あるいは発生すると予想される 事実なのであるから, 必然に, 現実において, 事実を想定して, その事実が法規の欲する結果の内 にあるか, 外にあるかを, 確かめてみなければならない, この意味で, 法規の解釈は, 具体的事実 を で き得 る 限 り 数 多 く 想 定す る こ と によ っ て, 確 実 と な る も の で ある, しか し, こ の よ うに 具 体 的. 事実を想定することは, 法規の意味を知るためになされる過程である. そ して, このような過程 は, 想定される種々の事件に対して, 法規の適用の結果を想定することに帰着する, ところで, 適用は人間の行為として, 実現されるもののほか, その精神活 動の内部においてなさ れる場合もある, この点において, 法規の適用は解釈と混同されやすい一面をもつ, しかし, 法規 の解釈において, その適用を予想するというのは, あくまで, その法規の意 味内容を確定するため の一つの資料として行うものであって, そこには, 純粋の認識作業があるに過ぎない. すなわち, 法規を適用すれば, その事件は どのように取扱われることになるかという事実を, 認 識 す る こ と で ある. 法 規 は ど の よ う な 適 用 を 意 図 して い る か を, 認 識 す る こ と な の で あ る, 之 に 反 して, 適 用 は, そ の事 件 を どの よ うに 処理 す べ き か を, 決 定 す る こ と で あ る.. 法規を適用すれば, どのような結果になるかを, 知ることではなく, 法規を事件に当てはめて, 解決することである, だから, 解釈にあっては, 結果の良否が, その解釈を左右すべきではないの に, 適用にあっては, 結果の良否の問題が, 適用作業を左右 し,.指導することになる, 結果の良好 を考えるときに, 法規に準拠すべきか否かは, 適用作業が独自に考えるところによるとしなければ ならない, けつきよく,.解釈が没目的的であり, 純粋認識的な精神活動であるのに対し, 適用は, 目的的活動であり, 実践的活動であるとしなければならない. かくて, 適用は単なる認識活動とは異り, 目的のもとに指導され, 目的を達成するための一種の 政策である. ところが, 宮沢教授は, 解釈という精神作用は, 「理論的認識の作用ではなく, 実践 8 7 ) ) とせ られ 長 各 川 教 授は 的 意 欲 の 作 用 であ る.」 , , 「解 釈 は 政 策 で あ る.」 と い い き っ て い る, も. o ) し, 尾高教授9 , 碧海氏l)の如く, 解釈法学を, 理論と実践, また, 科学と技術との混合態である とするならば, その実践的側面を説明するものとして, その限りにおいては, 宮沢, 長谷川両氏の 主張は正 しいと思う. しか し, 私は解釈と適用とは, 区別して論ずべきも のとするが故に, 適用か 政策であるというのは, 正当であると思うが, 解釈が政策であるという説には, にわかに賛しがた . 1 適用は, 一般抽象的な規準を, 個別具体的事件に当てはめて, 処理することである, t 3 まず, 適用はなんらかの規準を, 事件に当てはめて処理することである, 一 98 -.
(5) . 中 塩 屋. 九 一 郎. こ こに, 基 準 と い う の は, つ ぎ の 二 つ の 点 に お い て 特 質 を も つも の で あ る , . g) 規準は, ある覇束的権威をもつものであることを意味する それは 広義の応用の一種であ , , るが, 狭義の広用は, その広用する原理が, 覇束的な権威をもっとは限らないが 適用の場合のそ , の原理は, 必ず従わるべきであるとの権威を備えていることが要求される . 数学の定理, 公理, 論理の法則, および自然法規に関する原理等の基準 は 応用と称すべく 法 , , 規や条文の如き基準は, 適用というのが適切であろう その適用さるべき原理が 覇束的権威をも . , っ て い る と い う 点 に お い て, まず, 適 用 は 基準 へ の準 拠 で ある と い う こ と が でき る , .. ◎. 基準とは, 人々の意図のもつ意味をいうものである, われわれが 法の適用という場合は , , その法は, あるいは, 法規であり, 制定法, 慣習法の如き社会的法規範意識であり あるいは理性 , 法 で ある と な す の で あ る.. しか も,. こ れ ら の も の が, お の お の そ の 実 体 を 異 に す る に か か わ ら ,. ず, 等しく, 法の適用と称せられるのは, 制規, 社会的法規範意識 および理性法のおのおのの意 , 味内容を, 適用するものであること, すなわち, それらのものが あるものの意味内容の適用 であ , る こと に お い て, 一 致 す る か ら で あ る, 基準 と は, このよ う に 人 間 に と っ て 規 則 な い し規 範 で , ,. あると考えられたものの, 意味を指すにほかならない, か く て, 基準 と は, 規 則 な い し規 範 で あ る と す る 「人 々 の 意 図 の も つ 意 味 で あ る 」1 1 . )と いう こ と が で きる, 適 用 が, 基 準 へ の 準 拠 で あ る と い う のは, そ れ が, 覇 束 的 権 威 を も っ も の で あ る と い う こと お , よ び, そ の よ う な も の で あ る と して, 人 々 によ っ て 意 図 され た も の の 意 味 へ の 準 拠 で ある と い う こ と を, 意 味す る も の で あ る,. 適用は, 一般抽象的な基準を,個別具体的事件に当てはめて,処理することである その基準は , , 一般抽象的原理であり, 適用さるべき事件は, 個別具体的なものである , そして, 事件の処理の直接の目標とするところは, 具体的妥当性への合致である しかし それ , , が真に, 具体的妥当性に適い, 結果が良好であるためには, そこに 何らかの普遍的 な原理を発見 , して, それを適用するほかはないのである. 処理すべき事件が重大であればあるほ ど そのような , 事件の処理には, 慎重に考慮され確立された原理の適用としてなそうとするのが 通常である そ , , して, そのような普遍的原理を発見して, それに準拠してなそうとするときにこそ 始めて真に 具 , 体的妥当性をかちとり得るのである, と ころ で, この よ うな 一 般 抽 象 的 基準 は, あ ら か じめ, 制 定 して お か れ る の を 適 当 と す る しか ,. し, そうではなくて, 個別具体的問題に関して, かつて処理された経験に準 拠して 適用をなすと , いう場合もある. しかし, この場合でも, 実は, その具体的な経験を一 つの例と見て そのなかに , 一般的な原理が存するものとみなし, その原理に準拠して 事件の処理をなそうとするものであ , る. そうでないならば, そ こには, 適用といわれ得べき作業は存じ得ないからである , われわれが, 個別具体的事件を処理するに当って, 具体的妥当性を発見しようとし そして 具 , , 体的妥当性をもっものであると考えられたものに従って, 当該事件を処理することも しばしばで , ある. しかし, ただそれだけであるならば, そこには何ら適用といわれ得るような事実は存在し得 ない. その具体的妥 当性が, 何ら .かの一般普遍 性をもつ原理の 基盤の下において考えられ, その原 理から抽出されたものであるとせられるときに, その具体的妥当性をもつ処理が その原理の適用 , で あ る とい わ れ 得 る の で あ る,. ここに, 普遍的妥当性といい, 具体的妥当性と いうのも 実は相対 的なものである 規準には , , , 時, 所を越えた絶対 的妥当性をもっと考えられているものもあれば 時 所の制約をうけて 妥当 , , , すると考えられるものもある, しかも, それらを, なお普遍 的妥当性というのは それらを適用す , - 99 -.
(6) . 法の適 用 の理 論 る個別具体的事件との対比において, .そ うい うのである, いずれにするも, 適用とは, 何らかの一般的抽象的な規準を, より個別具体的な案件に当てはめ 2 ) て, 処 理 す る こ と で あ る」, 1. 4 } 適用は, 規準に正確に当てはめて, 処理することである, もちろん, その基準に正確に当て ( は め る と い っ て も, そ れ は, そ の 基準 の わ く の な か に あ る と い う こ と で あ る,. これに対 して, 反対の見解も立てうる, すな わち, 適用は, 適用すべき基準に正確に当てはめて なされなくても, 大体において, その基準に相応している程度であるならば, 満足すべきであると いうことである, 殊に, 適用が, 適用 さるべき法 規の意味内容のままを正確に適用すると, 結果の 不良を生ずる場合に, その法規の意味内容に, ある適用目的の下で修正を加え, かく して, 修正を 加えて作 られた基準を適用 して, なおそれを, その法規の適用であると, いい得るものではないか と い う こ と で あ る, しか し, そ の よ う な 仕 方 は, い ず れ も, 正 しい 意 味で の 法 規 の 適 用 と い う こ と は, で き な い, そ. れらは, 法規の適用の名において, 実は’ その法規以外の何らかの新たな基準を, 適用 しているも の だ か ら で あ る,. この点につき, 田村博士は, 国家は, 昔よ り今に至るまで, 制規の厳用および 条女の正用を標梯 するけれ ども, 実際においては, 制規の活用 のみが行われ, 従って条文の正用のほかに, その変用 3 1 が行われて 来た, 将来もまた, このような情勢が続けられるであろうといわれる。1 私は, 適用の真義は, 博士のい う制規の厳用および条文の正用のみであり, 制規の活用と条女の 変 用 は, こ れに 当 ら な いも の と 思 う,. 法の適用において, もしも, 法規が適用さ れたということに しておかねばならず, しかも実際に は, 法規の内容以外のものを適用 しようとするときには, 人々は法規の解釈を曲げるか, 不当に拡 大するかして解釈を動かす か, それができなければ, 適用の概念をあいまいにするか, 不当に拡大 するかして適用を動かすかの二途のうち, 一途を選ぶほか途はないであろう, しかしそれにも拘ゎ らず, 解釈の真義, 適用 の真義は, 曲げらるべくもない, もしも, 法規の解 釈の結果のままでもなく, 従って, その意 味内容のままでもないも のを適用 したいと欲するなら ば, 人々は, それは, 法規の適用ではないということを, 卒直に言うべきである, 来栖教授が, 法 4 ) 法 の 適 用 に お い て も, 等 しく 妥 当 す る と い の 解 釈 に お い て, こ の こ と を い っ て お ら れ る こ と は1 ,. わなければならな い, 3. 適用される法の実体. 法の適用に当っては, まず, 適用される法が, いかなる実体を有するものであるかが, 確定され なければならない, 何となれば, 法の適用の方法が, 法の実体の異るに従って, おのずから, 異っ て来ざるを得ないからである, と こ ろ が, 一 般 に は, こ の こ と が, 殆 ん ど顧 り み られ ず, ひ と しく, 法 と 呼ば れ な が ら, 実 は,. その実体を異にするも のを, 無差別に取扱い混同するのが, 常である, このような事情の下にあっ て, 法の実体に関して, 最も徹底的に, その解 剖を行い, そこに見出される各種の実体を峻別 し --を正当 て, 論を立てられたのは, 田村徳治博士である, 博士は, 「先ず, 法律の当体--実体一 て に把握」 することが, 何より重要 であるとせられ, そし , 法律なる対象を解明するに当って, 各 種用語, たとえば, 社会生活, 行為, 意識作用, 意識内容, 命令, 強制な ど, 殊に, 規則・規準・ 5 ) 規範・規律な どの用語の整正の必要を説かれる。1 以下, 私は, 博 .土の所説に従い, 法の実体について述べたいと思う, 00 - -1.
(7) . 中 塩 屋. 九 一 郎. 博士によれば, 法の実体には, つぎの三つがあるとせられる, すなわち, 法規範, 社会的法規範 意識, および制規である, これらが, おのおの, その存在性格を異にするにかかわらず, ひとし く, 法と呼ばれるのは, それらに共通する相互規範かつ必従規範という特質をもつからである, 詳 説すれば, 1 ) 法規範 (. 法規範とは, その実体において, 規範そのものたる性格をもつものである, 理性 法, 自然法, 条理などである, しかし, それは, 実定法または制規の規範内容ない し規範意味を, 法規範という場合のそれとは異る,. 元来, 規範は, ある目的を達成するがためには, 必ず, 従わるべきであるとする関係であって それは決 して, その関係を, 事実現象として見るものではない, それは人間によって, 想定され, かつ創り出されなければならないものである, この点において, 自然法則が, 現実の事実のなかか ら, 発 見 せ ら れ る も の で あ る の と, そ の 性 質 を 異 に す る, 規 範 は, こ の よ う に, 本 来, 人 間 に よ っ て 想 定 さ れ, 創 出 さ れ て 得 ら れ る も の で あ る, しか し,. 規範も, それが, 現実への妥当性を要求し得るものであるならば, それは, 決 して, 架空に想定さ れたものであってはならないことは, 勿論である. それは, 自然的, 社会的現実の諸関係の認 ,誠 に, 立脚しなければならない, そして, 自然およ び社会において, 成立する自然法規を認識 して, それに適合ないしはそれを駆使することによって, はじ .めて, 人々の目的を達するに適する規範た り得るのである, しかし, それだからといって, 自然法則の認識のみから, 規範が生ずるのではな く て, そ れ を 基 礎 に しつ つ, 最 後 に は, 人 間 が 発 明 し, 創 出 す る こ と によ っ て, 得 ら れ う るも の で あ る こと は, 注意 せ ら れ ね ば な ら な い,. ところで, 法規範は, 意思の規範の一種である, それは, 法たる規範であって, 道徳たる規範と は異 る, 法たる規範は, 人々の必従かつ相互規範たる特質をもつ規範である, この点において, 独 自規範たる道徳規範と異る, 佐々木惣一博士が, 「道徳は心術の規範であり, 法は行為の規範であ 6 ’と い わ れ る の も, こ の 意 味 で あ る, る」 1 しか し, 規 範 な い し法 規範 は, 必 ず しも, 価 値 が 内 含 さ れ て いる こ とを 要 素 と しな い, しか し,. 一般には, 人々が, 規範ないし法規範と称するものは, 通常, その目的が価値であると, 前提され ているところのものである, それ故に, 規範ないし法規範は, 価値を実現するためのものであり, 価値と密接な関係をもっものであると言うことができる, 規範ないし法規範は, 人々が, それに気 づくと否とにかかわらず, 存在するという在り方を しているものである, 木村亀二教授は, 「規範 としての法の世界は, 事実の世界ではない, それは意味の世界であり, 観念の世界であり, 理想の 1 7 )といっておられる, 私は, 規範ない し法規範は 意味の世界 観念の世界に属する 世界である.」 , , 前 に, 何 らか の 意 味に お い て, 存 在 す る も の と せ らる べ き で あ る と 思 う.. 規範ないし法規範は, このように, 人々に気 づかれると否とにかかわらず, 存在するものである にしても, 人々に気づかれて, はじめて, 問題となりうる, 従って, 規範ないし法規範は, 人々に よって表象として把持されるか, 規範意識として, もたれることによってのみ, 現実の問題となり う る の で ある,. かくて, 法規範は, 理性法ないし自然法と称するものと, その存在性格を同じくする, その他, 法規範, 道, 道理などとと言われ得るものも同様 である, しかも, これ等は, 単なる規範ではなく て, 佳い規範, 正当性をもった規範を指すことが多い, 殊に 理性法は 合理的な法, 理由のある , , 法という意味をも暗示するものである, さらに, 法規範は 最も一般的抽象的に想定せられる法規 , 範と しても, 成立しうるとともに, 最も特殊具体的に想定せられるものとしても, 成立し得る, し かし, 規範ないし法規範を, 抽象的な内容をもつものに限っていうならば, 余りに具体的なもの - lol -.
(8) . 法 の 適 用 の 理 論. は, これを, 法規範から区別するのが, 適当であろう, 2 ) 社会的法規範意識 これは, 法規範であるとの社会意識である, 制定法, 慣習法, 条理法, { 実定法などと 呼ばれるものである, それは, 社会の人々によって, 気づけれたものであり, 人々を めぐる現実の自然的, 社会的諸条件から, 無制約 には, 成立し得ないものである, これらの点に就 て, 法規範と異る, ところで, ここで, 社会的法規範意識というのは, 社会を構成している人々の, 全部または多数 が共通にもっている意識内容を指す. しかし, 社会の人々が, 人類の一人として, 他人と共通にも っているに過ぎないような意識内容は, いかに共通的であっても, それは, 社会, 意議とは云わな い. た と えを, 人々が人類の一人として, 他の人々と, ほぼ, 同質同量の食慾, 性慾な どを, もっ. ているような場合である, かくて, 社会意識たるがためには, 社会人としての人々がもつ, 共通的 な意識でなければならないことになる. 社会意識の内容は, 感情であり, 観念であり, また, 意思でもあり得る, 従って, その内容が何 れであっても, 社会を構成する人々の間において, 意識の共通さえあるならば, 社会意識というに 妨げない. しかし, 社会的法規範意識という場合の社会意識は, その内容が専ら, 意思である場合 8 ) を い う の で あ る, Stamml er の法の定義は, この事を如実に現わしている1 . ところで, 社会的法規範意識は, その淵源から見て, 制定法, 慣習法および条理法に分けられ る, 判例法は慣習法の一種と見て, ここでは, 特別に説明しない, 制定法とは, 制現を淵源として 生ずる社会的法規範意識である, 通常は, 制規の意味内容を, そのままに内容とするものである が, 制規の意味内容と, 制定法たる社会的法規範意識の意味内容とは, 必ずしも, 完全に一致する と は 限 ら な い, 制 規の 意 味 す る と こ ろ が, 必 ず しも, そ の ま ま に, 人 々 に よ っ て 理 解 さ れ な いこ と. があるからである, 制定法は, 何が制規の指示する意味であるかということに関する一般の人々の 解釈に従って, たえず変遷するものである, 慣習法とは, 慣習を淵源として生ずる社会的法規範意 識である. これも, また, 人々の慣習の変化に従って, 絶えず変遷するものであり, さらに, 前に 慣習法として成立していたものでも, 後にそれが法規範としての拘束意識をもつことを失い, 風習 または単なる慣行 、と化するに至ることもあるのである, されば, 慣習法も, たえず変遷するもので あ る,. ・. 条理法とは, 条理であるとされた社会的法規範意識である, 条理とは, 理性法ないし法規範にほ かならないのであるが, このような条理であるとされた社会的法規範意識は, 何を淵源として生ず るのであろうか, それは, 制規を淵源として生ずることもあれば, 慣行を淵源として生ずることも ある, しかしながら, なお, そのほかに, 輿論や学説や判例な どを淵源として生ずるものもある, そのいずれであるかを問わず, それは, 法規範ないし条理であるとせられた社会意識にほかならな し、 .. それも, また, 絶えず変遷する, いな条理法こそは, 最も流動的に変化するものである, という のは, 条理法は, 元来, その淵源を,f 倒規, 慣行, 輿論, 学説および判例などにもっものである が, それが, 制 規や慣行に, その淵源をもつ場合には, なお, それらによって, ある程度の制約を 受けて, むやみに, それらから逸脱することはあり得 .ない, ところが, それが, 輿論, 学説, 判例 に, その淵源をもつ場合には, それらが一層変化 し易いものであるだけに, 条理法も, また, それ だけ, 流動的になりやすいからである, ところで, 制定法, 慣習法, 条理法もともに, 厳密にいえば, 必ずしも, 正当性をもつものであ ると思惟されたものであることを必要としない. 制定法は, 制現において, 制定者によって命ぜら れるが故に, 必ず従わねばならないとせられる社会的法規範意識であり, また, 慣習法は, 行うに 一 102 -.
(9) . 中塩屋 九一郎 慣れているが故に, 必ず従われねばならないとせられた社会的法規範意識である, 条理法でさえ, ある 何 らか の 保身 の 必要 か ら, 生ず る に 至 る こ と も, あ り得 る, しか し, 大 体 か ら い え ば, こ れ ら 9 ) の も の は, す べて, 正 当 性 を 内 容 と す る と考 え ら れ て い るも の で あ る。1. このようャ こ, 制定法も, 慣習法も, 条理法も, それらは, みな, 社会の変化に従って, たえず変 化するものであるがそのなかで, 条理法こそは, 最も, 流動的に変化するものであるということが でき る,. さいごに, 実定法という場合, その実体は何であるかは, 人々によって異る意味に解せられてい るが, 私は, それを, 社会的法規範意識と解する, 今日, 国家は, おびただしい制規を発布 して, 社会生活を規制しようとしている, そのため, 社会的法規範意識は, また, 制規の圧倒的多量に基 いて, 制定法でもって代表せられる, しかも, 制定法の意味内容は, 制規のそれと同「であるとせ られるから, 制定法は, また, 制規と混同せられる, しかし, 制規と制定法は, その実体を異にす べきものと思う故に, 混同すべきではない. 何となれば, 制定法は, 社会的法規範意識であり,′ じ の在り方をする存在であるに反 し, 制規は, 制定者によって制定され, 何らかの冊束的意義をもつ ものとして, 表出された意思表示である, 従って, 物たる在り方をする存在だからである, 1 制規 制規とは, 制定者によって, 稲束的意義をもっものであるとして, 表出された意思表 ( 3 0 )法規, 法典, 条文などである 扇束的意思表示として あらかじめ定められているも 示をいう.2 , , . のは, 規則と称せられる, そして, 国家および地方団体の制定する規則に限って, これを制規と称 することができる. 制規は, 今日多く, 女字的言語の形 式に於て, 表示せられるのが通常であり, その内容は法規範であるのが普通であるが, 道徳規範であっても妨げない, ただ 制定者によっ , て, 制定された規則であるという点に着目 して, そう呼ぶのである ここでは 法規範たる内容を , , もっ制規が主であるから, それは, 法規範と呼ぶべきであろう, 元来, 制規は, 人間の作出にかかるものであり, 従って, 人間の意思表示であり, 人間の作品と いわれる性質をもっものである, この点, 社会的法規範意識が人間の意識であり, 心たる在り方を しているのに対し, 制規は, 物たる在り方をする存在である. それ故に, 制規は一旦出されると, それが改廃されるまでは, 決 して変化することはない, これ に反して, 社会的法規範意識は人間の意識 であるから, 改廃がなくとも, たえず変化するものであ る,. 以上を, いま一度要約して見よう, 制規の実体は, 意思表示であり, 規則である. それは, 人間 の作品であり, 物たる在り方をする存在である, 社会的法規範意識は, 規範意識であり, 心たる在 り方をする存在である, この点において, 両者は異る, しかし, 両者は, ともに歴史的社会的生成 に属し, 歴史的社会的現実といわれ得るものであり, ともに実有の世 界に属する. 法規範は, その実体において, 規範であるから, 英有ではなくて, 当為の世界に属する, それ は, 時と所との相違に従って, 個別に, 想定せられるべきものであり, 時と所との制約の下に変遷 するものではなく, それゆえに, 歴史的社会的現実であるとは, いわれ得ない, 制規も社会的法規 範意識も, ともに, 人間によって気づかれたものであるが 法規範は 人間によって, 気づかれる , , と否とに拘らず存在すると考えられるものである, このように, 制規, 社会的法規範意識, および法規範が, その存在性格を異にするに拘らず, そ れ等が等しく法と呼ばれるのは, 相互規範および必従規範という共通の特性を, それらが もって , い る か ら で ある,. - 103. -.
(10) . 法の適用の理論 4. 法の適用の過程. 法の適用とその解釈とを, 区別す べきことは, 前に述べた, しかも, 適用は, 制規の解釈の結果 を, 適用すべきであるとするならば, 適用の過程 の論述においても, なお, 解釈の作業をも, 無視 することはできない. いま, 法の適用の関連するすべての過程を, つぎのいくつかに分けて考察し よう, しかし, これらの過程の段階が, 時間的に, はっきりと, 前後を区劃してなされるわけでは ない, これらを交互に, 関連させて行いながら, その作業を, 順次完成させて行くのである, すな わち, 1 ) 事実の確定 事実の確定は, 法的意味ある事実の確定である, ところで, 事実の確定は, ま ( づ, われわれの五官と称するものによって, 外部的現象として認識されなければならない. しか 二るがためには, さらに, われわれの内部 知覚に媒介されて, その法 し, それが法的意 味ある事実六 的意味が理解された事実でなければならない, すると, 法的事実の確定は, 実は理解ないし解釈の 作業にほ かならない. しかし, それは, 制規の解釈 ではなく, 自然に生起する外部的事実そのもの の, 法の観点からの解釈である. それは, われわれが, その外部的事実を推断して, その法的意 味 を取り出した事実であるから, 外部的事実のすべてでもなく, また, 外部的事実そのままでもな い, 従って, 事実の認定が, 人々によって, 灘酷を来す場合もあり得る, しかし, 事実の確定は, たとえ, 法的事実の確定であるにせよ, 客観的事実である, だから, われわれが, その外部的事実 に忠実に即して, その意味を確定しようと努めるならば, それは, 本来, 一に帰すべき性質のもの で ある,. 2 1 適用さるべき法規の発見 事実が確定されたならば, つぎに適用さるべき法規を, 発見しな { ければならない, しかし, この間に, 時間的前後の段階があるというのではない, 事実の確定 は, その適用 さるべき法規への照合に おいてなされねばならず, しかも, その法規を発見するがために は, その解釈が前提とされねばならないからである. かくて, 適用の過程としての作業 に お い て は, 各段階の作業は, 相互に, 関連させて行わなければならない. ところで, 適用 さるべき法規の発見は, 果して, 制規の規定する法規なのか, それとも, 制規に かかわらず, 当該事件について, 何等か適当であると考えられる法規を発見することなのかが, 問 題 で あ る, Pound は, 一次的には, 制規の規則を適用 し, もし, 制規の諸規則にして, 適用すべ 2 1 ) きも の のな い場 合 は, 新 た に, 規 則 を つく り 出す こ と だ と, な して い る。. しかし, 法規の発見というのは, 通常は, 一応, 制規の規定の発見であり, その解釈であるとせ ら れ てし・る, こ の こ と は, ま た, 概 念 法 学, 自 由 法 学 と も に, 等 しく 認む る と こ ろ で あ る,. 適用さるべき法規が発見せられたならば, それを解釈して, その意味内容を確 定しなければならない, 法規の解釈は, 法規の外形によせられた, その意味内容を確立することで あるが, それには, 当該法規, または, それに関連する他の法規を一層深く解釈 して, 果して, 何 い かようにして, 順次, その事 れが, 適用せらる べきものであるかを, ,再吟味しなければならな , 件に対 して, 最も正確に合致す る法規を確定するのである. だから, 法規の発見 と, その解釈と は, 交互に行われるわけである, そして, この過程において, なされる作業は, 法規の解釈そのも 圏. 法規の解釈. の な の で あ る,. 4 ) 適用者の目的実現のための操作 解釈された法規を, 適用して然るべきであると考えるとき ( に は, 何 人 も, そ の ま を適用するであろう. しカ し, そのままを適用すると, 悪い結果が生ずる と 考 え られ る場 合 に は, 人 々 は, し ましば, 法規の解釈に, 何らかの工作を施して, 法規の意味内 容を, なるべく, 良好なものたらしめんと企図するであろう. そこでは, 法規の真の意味がとりつ 04 - -1.
(11) . 中 塩 屋. 九 一 郎. くるわれ, 歪曲される, このような 操作は, 法規の工作ないし法の適用馴致作業と呼ばれている , そして, このような作業は, 解釈の結果に対 し, 何等かの行為の基準を確立しようとする一つの思 惟作用にほかならない, それは, 適用に最適であると考えられるものを, 法規の名において, 言わ ぅとするために,\法規に制約されて, それと妥協しつつ, 適用すべき規準を確立しようとするに至 2 )け れ ど も そ れ は 解 る 作 業 で あ る. そ して, 人 々 は, こ の 作 業 を も, ま た, 解 釈 と 呼 ん で い る2 , ,. 釈とは, 別個の作業である, 田村博士は, この作 業を, 特に, 問題とせられ, これを, 法律の適用 3 馴致作業または制規の工作と称して, これを, 解釈および適用の作業から区別せられる。2 )しかる に, これまで, 人々は, 法規の工作もしく は法律の適用馴致作業たるものを, 正当に認識すること がなかった, そこで, この作業の性質を見よう, 法の工作ない し法律の適用馴致作業は 法律の適 , 用の如くに, ただ, 国家もしくは地方団体によってのみなされ得るものではなくて 却って 解釈 , , と同様に, 何人によってもなされ得るものであり, また, 適用の如くに, その結果が 直接に 行 , , 為もしくは事務処理として, 現われるものではない. 却って, 解釈と同様に その行為もしく は事 , 務処理の前提たり得べき, 一つの思惟過程にほかならない, しかし, 条女の工作ないし法 律の適用 訓致作業は, 決 して, 条文や法規の解釈そのものでもあり得ない 条女ないし法規の解釈は 必ず . , しも, 適用を考えないでも行われ得るもの であり, 否, 適用を考えないで行 われるものを 純粋で , あるとするが, これは, 必ず, 適用を考えて行われるものであり, のみならず条女ないし法規の解 釈は, 条文ないし法規の意味内容を確立するものとして行われるが, これは, 条文ないし法規の意 4 」 味 内容 が, 確 定 した も の に 対 して, 行 わ れ るも の で ある か ら で あ る。 2. 要するに, 法の解釈と法の適用馴致作業とは, その精神活動の面において, 問題とするならば , つぎの点に相違が存する, 解釈は法の意味内容の確立という精神活動であり, 法の適用馴致作業 は, 適用の基準を確立するために, 工夫するところの精神活動であり, 法の適用は 確立された規 , 準を用いて, 問題の具体的事件を, それに当てはめて処理するという精神活動である , このよう に, これら三者は, 等しく, 精神活動と して問題とせられ得るか故に, かれこれ混同されるの であ る, しかし, これら三者は, 厳に, 区別すべきである, 解釈においては 目的は 全く介入せしむ , , べきではなく, 適用馴致作業および適用にあっては その適用目的によって指導せられるべきもの , である, 前者は, 没目的的な認識活動であるに対し, 後二者は 目的的 実践的活動 である そし , , , て, 後二者のうち, 最初のものは, 常に, 精神活動としてのみ有するものであるに対 して 最後の , も の は, 通 常 は, 行為 と して 実現 さ れ る に至 る も の で ある,. ) 法の適用 法の適用馴致作業によって, 具体的事件の解決に 最も ぴったりと当てはまる ( 5 , , べき基準を発見して, それに準拠 して, 当該事件を処理しなければならない , 5. 法の適用の原則. 法の適用の原則を述 べる前に, 法の適用の方法に関する論点を 明かにしなければならない すな . わち,( 1 )凡そ, 法の適用といわれ得るためには, 制規 社会的法規範意識 理性法のいずれかでな , , け れ ば な ら な いこ と は, い う ま で も な い, と こ ろ が 法 の 適 用 と い う と き は 普通 制 規 の そ れ を , , , い って いる と い う こ と で あ る, こ の こ と は, 概 念 法 学 で あれ 自 由 法 学 で あ れ と も に 等 しく 認 , , , め て 来てし・る,. では, 人々は何故, かく制規に拘束されるのであろうか, 元来 法の適用 は 事件処理の良好な , , 結果を目指しているものである, 原理や原則は, 良好な結果をもたらすものとして 予め 作られ , , て い るも の で あ る か, そ の 際 に案 出 さ れ る も の で あ る か で ある こ の よ う に 事 件 の 処理 の 目 的 , . , と す る と こ ろ は, 等 しく, 結 果 の 良 好 に あ る の で あ る しか し 結 果 が 良 好 で あ る と い う こ と は , , ,. - 105. -.
(12) . 法 の 適 用 の 理 論 必 ず しも, す べ て の 人 々 に, 納 得 さ れ て, 支 援 さ れ る と は 限 ら な い, こ と に, 今 日 の よ う な, 経 済. 的利害を異にする階級の, はげ しく対立する場合には, 一方において良好な結果はデ 他方にとって は, 却って不良な結果とせられるからである, このように, 何が良好な結果であるかについて, 見 解の相違があるならば, 事件の処理は, 満足と不 満足との絶えざる争いの渦のなかにおかれ, その 結果, 社会の安全と秩序とは, 容易に保たれ得ないであろう. このような事情の下においては, 予 t め規則を制定 して, 支配階級であれ, 被支配階級であれ, ともに, その規貝 lによって, 爾後発生す る事件を処理しようとするに至るものである, 制 規は, かくて, それが, 爾後の事件の処理に最適 であるように, 慎重に熟慮され決定されて, 制定されたものである, だから, それは, 本来, 改廃 さ れ な い 限 り は, そ の ま ま が 適用 さ れ ね ば な ら な い と せ ら れ る と こ ろ の も の で あ る,. 2 1法の適用は かくて, 法の適用は, 一応は, 制規を適用することであるとしなければならない,( があるという 制規の適用であるとしても, 制規の規定のなかに, 何らの規範をも定めていない場合 ことである. まず, 制現が, 明示的または黙示的に, 行為の規範を定めている場合 であるが, この ときにも, なお, その制規に従って適用さるべきものであるか否かを, 確定しなければならないと いうことである, そ して, 法の適用の一般的原理を確立するに当って, この問題か, 最も重要な論 点 で あ る こと は, い う ま でも な い. 制 規 の な か に, 何 ら の 規 範 を も 定 め て い な い 場 合 と い う の は,. その制規の規定する具体的もしくは抽象的な意味内容の範囲内, つまり制規のわく内において, な おかつ, さらに具体的にいかに処理すべきかを問題とする場合である, かくて, 法の適用を論ずる )制視の規定の存在する場合に於ける法の適用の問題と, ◎制規の規定の存 に当っては, 論点は, g 在しない場合に於ける法の適用の問題との二つになる. さて, 以上見たように, 法の適用が制規の適用であるとせられるにせよ, いまわれわれの問題と す る とこ ろ は, そ れ が 実 質 的 に 何 の 適 用 で あ る か, ま た あ る べ き か と い う こ と で あ る, そ して, そ. れは, 制規の適用でもなく, また社会的法規範意 識の適用でもなく, けつきよく, 何らかの意味に お い て, 理 性 法 と い わ れ 得 る も の の 適用 で あ る と い うこ と で あ る,. ところで, 一般に規範には, 内容規範と方法規範とでも称すべき二つのものがある. 前者は, 各 当事者に対 して, その行為の内容に関して, これを規制するものとして, 考えられる規範であり, それが, 実現さるべきであるとの要求をもっものである. 後者は, 内容規範をそのまま解釈に施し て しかる べ き か, 否 か, を 決 定 しよ う とす る 立 場 か ら な され る も の で あ り, そ の 意 味に お い て, そ. れは, 内容規範の実現の方法に関する規範であるということができる, 制規や社会的法規範意識や理性法も, 法である限り, それぞれの主張する内容規範と方法規範と の二つを, もっている, だから, もし, これら三者の主張する内容規範が, それぞれの具体的内容 において一致するならば, べつに適用の方法を考 える必要はないであろう. しかし, これら三者に は, 多少の相違があるのを普通とする. しかも, これら三者の主張する適用方法にも, 相違あるこ とが, しばしばである, ここにおいてか, 法の適用に関して, 一般的な原理を確立する必要があ る, そして, それは, 理性法の立場においてすべきであると, いわなければならない, しからば, それは, いかなる種類の理性法による立場であろうか, ところで, 理性法といっても, つぎの三つがある, 内容理性法, 狭い立場における適用理性法, および広い立場に於ける適用理性法とがこれである, 内容理性法は, その主張する内容規範を定立 する理性法であり, 狭い立場に於ける適用理性法は, 制規や社会的法規範意識とは無関係に, それ らを顧慮することなしに, ただ理性法限りの立場において考えられた適用原則であり, その意味に おい て, 理性法の見地に純粋に則って定立されたものである, だから, 理性法としては, 最も行わ れる価値をもつ適用原則だと考えられる ところのものである, これに対し, 広い立場における適用 - 106 【.
(13) . 中 塩 屋. 九 一 郎. 理性法は, その準拠すべき価値から見れば, む しろ不純であり, 第二次的であると見られるであろ うが, しかし, 制規, 社会的法規範意識, および狭い立場に於ける適用理性法をも, 無視すること ができないという実際的な考慮の下に, それらを綜合勘案して, 最終的に適用原則を決定しようと す る 立 場 の も の で あ る,. 法の基準を決定するに必要 なのは, 適用理性法である。 しかし, それは, 狭い立場に於ける適用 理性法ではなく, それは, 実に, 広い立場における適用理性法そのものでなければならない, で は, なぜだろうか, この問題に答えんがためには, いま一度, 制規, 社会的法規範意識, および理 性法のそれぞれの適用主張を見なければならない, 1 制規の適用原則 制規の適用原則は, 一般的にいえば, 制規が行為の規範であるとして, 具 体 的 に 規 定 す る 内 容 規 範 を, そ のま ま に, 適 用 す べ き で あ る と, して い る と考 え ら れ る. しか し,. 仔細に検討するときは, 必らずしも, そうではないとも考えられる, 制規は, 人間の制定にかかる も の で あ る か ら, そ れ を, い かよ う に でも 規 定 す る こ と が で き る, 制 規 は し ば し ば, つ ぎの如 く 規. 定することがある, 「民事ノ裁判二成女ノ法律ナキモノハ習慣二依り習慣ナキモノ ハ条理ヲ推考シ 2 6 ) と か, 「成 女 法 ハ, ソノ 用 語 マ タ ハ 解 釈ニ ョ リ 規 定 ノ 設 ケ ラ レテイ ル ス ベ テノ 法 テ 裁 判 ス ヘ シ」 律事 件 二適用 セラ レル, 成 女法 が 規 定 ヲ設 ケ テイ ナイ 場 合 ニ オイ テ ハ, 裁 判 所 ハ, 慣 習 法 ニ ョ リ, マ タ 慣習 法 モナイ 場 合 ニ オイ テ ハ, 裁 判 所 が 立 法 者 デ ア ッ タ ナ ラ バ 制 定 シ タ デ ア ロ ウ トコ ロノ 規 定 2 7 ) ニ ョ ッ テ裁 判 ス ベ キ デア ル. 右ノ 場 合 ニ オイ テ ハ, 確 定 シタ 学 説 オ ョ ピ判 例 ニ 従 ウ モ ノ トス ル」. とかである, これらの場合には, 制規の内容規範を適用せよ となすことは明かである, しかし, 制 規が, みずからの規定のなかに, そのような適用規定を定めないときは, 法の適用が, 常に必ず制 規の内容規範の適用であるとは断定し得ない, しかし, それにしても, 制規の存在意義を高く評価 1 1である すれば, 制規の規定するところを, 適用すべきであるというのが, 制規の一般的な適用原貝 としなければならない. 2 社会的法規範意識の適用原則 これも, 一般的には,.みずからが内容規範であるとして規定 . するところが, 適用せらるべきであるとなすであろう 元来, 規範は, それが適用さる べきである という要求をもつものだからである, だから, もしも, 制規が, 社 会的法規範意識の把持する規範 内容と異ることがらを規範内容としていても, 社会的法規範意識は, 制規のそれを適用すべきでな くて, みずからのそれを適用すべきであると主張することが, 通常である, しかし, そうでない場 合も少くない. このように, 社会的法規範意識の適用主張は, その時々の実際によって, これを見るべきであっ て, 実は, そこに一定した適用原則を立言することは, 困難のようである. こ適 含 狭 い立場における適用理性法の適用 原則 これは, 内容理性法の規範内容を, そのままを 用せよと主張する, それは, それ以外に, 何らの異つた適用主張を交えることがない, 内容理性法 は, 当該の問題に関して, 人間の行為を規制すべき最も正常な規範であり, このような規範を適用 性を最も純粋に, 実現され得るからである, この意味におい せよと主張することは, 結果の合理. て, 狭い立場における適用理性法の適用主張は, 理論的には, 最も理由あるものと認めらるべきで あ る,. 以上制規, 社会的法規範意識, および理性法のそれぞれの適用主張をみた, ところで, これら三 者の適用主張において, 一致するならば問題はないが, しかし, 問題は, これら三者の主張が相互 に相反する場合である, そして, この問題の解決は, もはや狭い立場における適用 理性法の主張に よってはこれをなすことを得るものではなく, それは, 広い立場における適用理性法の解決すると こ ろ によ らオ蝕まな ら な い,. - 107 【.
(14) . 法 の 適 用 の 理 論. つぎに, このことを, 制現の規定の存在する場合と制規の規定の存在しない場合とに分けて, 論 証しよう, H 制規の規定の存在する場合 この場合, さらに二つに分 けて, 見なければならない, 1 制規の適用主張と狭い立場に於ける適用理性法の適用主張とが異る場合, 元来, 適用は事件の処理である, 従って, その目的とするところは, 良好な結果の獲得である, この点において, 狭い立場における適用理性法の適用原則は, 具体的に最も良好な結果が得られる ように考えられた適用 の方法である, それ故に, これは, 個別具体的事件の解決に対しては, 理論 的にも, 最も理由のある方法でなければならない, しかし, これは, 正当に知られうるという保証 を も た な い も の で あ り, 何 が 理 性 法 で あ る か は, 人 々 に よ り ま ち ま ち で あ り, 帰 一 す る と こ ろ が な い, も しも, この よ う な も の に, 事 件 の 解 決 を ゆ だ ね る な ら ば,つ ねに 紛 争 の た え ま が な く,そ の 結. 果社会の安寧は保たれ得ないであろう. 之に反し, 制規は, 人間の制定にかかるものであるから, 完全なも のではないが, その制定に当っては, あらかじめ時間をかけて, 多面的な観点から慎重に その草条を練る余裕が与えられている, しかもi 制規は, 制定されると固定され, かつ, それは, 通常文字の形において表示されているが故に, それを解釈によって把握することは, 理性法に比し て, 比較的容易であるとしなければならない, その意味で, 今日の人類の女化の段階に於ては, 次 善の策として, 制規を公布し, それに事件の処理をゆだねているということができる.・ かくて, 法の適用の原則としては, 狭い立場における適用理性法の適用原則に従うべきではなく て, 制規の適用規定に従うべきであり, 制規が別段に適用方法を規定していないときには, 制規の 規定する内容規範を適用すべきであるとせねばならない, そ して, このような制規の規定に従わね ばならないとなすのは, すなわち, 広い立場における適用理性法の適用原則である. 2 制規の適用主張と社会的法規範意識の適用主張とが異る場合, 社会的法規範意識は, 社会事情の変遷に応じて, たえず変化するものである. その意味におい て, 制 規 に く ら べ て,. よ り法 規範 に 近 似 す る 可 解 性 を も つ も の で あ る と い う こ と が で き る,. しか. し, これは, 確定されるに困難であるのと, 社会のその時々の主張によって変転するものであるが 故に, かかるものに, 事件の処理を委ねることは, 制規の適用規定にまかせるよりは, 不適当であ 1 )の 場 合 と 同 様 で あ る. る と い わ ざ る を 得 な い こ と は, (. かく て, この場合も, 制規の適用主張を, 社会的 法規範意議の適用主張に優先せしめなければな らない, そして, このように決定することが, また, 広い立場における適用理性法の適用原則であ る.. 回 制規の規定の存在しない場合 ここにいう, 制規の規定の存在しない場合とは, 全然制規が存在しないというのではなく て, 制 規は存在するが, それが, 単に, 抽象的なわくのみを与え, その範囲内に於て, 法の適用を当事者 の任意にまかせている場合を意味することは, 前に述べた, このような場合の法の適用は, もは や, 制 規 と は 無 関 係 に, 当 事 者 の 自 由 に こ れ を な して も, そ れ は, そ のわ く 内 の こ と で ある か ら,. なお制規の適用たるを失わない, しかし, 制規のわく内で, 事件を処理する場合でも, 最も良好な 結果をうるようにしよ うとするのは, 人情の常である, 殊に制規が, 漠然とした定めをなし, その 大綱の達成のみを欲し, 細目的な状況に, 無関心でいるときには, なおさらである, これらの場合 には, もはや制規を問題とすることはできない, それは, 制規と無関係に考え得られるものであ る, かくて, 問題は, 社会的法範意識の適用主張に従うべきか, 狭い立場に於ける適用理性法の適 用主張に従うべきかの問題に帰着する, この問題に解決を与えるためには, 社会的法規範意識の麦 - 108 一.
(15) . 中 塩 屋 九 一 郎. 持が生ずるであろうとの見込において, その限度にまで, 理性法の規範を実現するということであ らね ば な ら な い.. かくて, 制規の存在しない範囲における法の適用の原則は, 適用の結果に対して, 社会的法規範 意識の支持が得られうる限度において, 狭い立場における適用理性法の適用主張を実現するという ことでなければならない, そして, このように決定することが, 広い立場における適用理性法の原 則にほかならないのである, かくて, 広い立場における適用理性法は, 法の適用の最終的の基準を決定するものであって, こ れこそが, 法の適用原則なのである, 6. 結. 要するに, 法の適用の原則は, けつきよく, 広い立場における適用理性法の適用原則であるとい うことである, 換言すれば, それは, 制規の存在する範囲においては‘ 制規の解釈の結果得られる 制規の規定のままを適用すべきであるということ, そして, 制規の存在しない範 囲--制規のわく 内一一においては, もちろん, 制規には拘泥せずに適用せらるべきものであるが, 適用の結果に対 して, 社会的法規範意識の支持が得られる限度において, 狭い立場における適用理性法--内容理 性法の規範内容を適用せよという--を適用すべきであるということである, ) 栗生武夫 法の変動 3 註 1 7頁. 2) 栗栖三郎 「法の解釈と法律家」 (私法1 1号)23頁.・ ラ) 田村徳治 「法律体系論」 上巻,230頁, 241一242頁, 一円一億 法の解釈と適用 13一1 4頁. 4) 一円. 前掲 特に1 60頁以下. i l 5) Roscoe Pound, An lntroduct on to the Phi osophy of Law,1954 . .48 ,p f von Jher ing 6) Rudol , Der Zweckim Recht . ,IBd ,1923 . .15一16 ,S 潮見, 唄共訳 法における目的 46頁, 7) 宮沢俊義 「法律における学説」 (法学協会雑誌54巻1号)6-7頁. 8 ) 長谷川正安 「新憲法と裁判」 (ジュリスト 68号)20頁, 9 3頁, ) 尾高朝雄 法哲学概論 39 10 ) 碧海純一 「解釈法学の科学性」 (神戸経済大学創立五十周年記念論女集 法学篇)365頁以下. 11 1頁, 一円. 前掲 1 68頁. ) 田村. 前掲上巻 39 12 ) 峯村光郎 法律学序説 129一130頁. 13 ) 田村. 前掲上巻 ラ9 7頁以下参照. 4) 来栖, 前掲 23一2 1 4頁. 15 ) 田村. 前掲上巻 8-19頁, 28一29頁, 389一39 6頁. 一円. 前掲 61頁. 16 ) 佐々木惣一 日木憲法要諭 6-7頁. 17 ) 木村亀二 法哲学 39 4頁, f stamml 18) Rudol l er Lehrbuch der Reeht e 1頁. sphi osophi g .54f ,S . 栗生. 前掲 1 19 ) 田村. 前掲上巻 2 56一2 68頁, 472一473頁等. 一円. 前掲 71一7 2頁. i 20) Er i i hrung in d ie Recht ch Danz sprechung , Binf .69 . 一 円. 前 掲 74頁, ,1912 ,S i 4 「 21) Roscoe Po 8 t 星野共訳 法律哲学概論 北川 o c und p 」81頁. 一円, 前掲 178頁. p , . . ,. . .. 3一39 4頁. 22 ) 粟生. 前掲 37頁, 尾 高, 前掲 ヲ9 23 86頁註20参照. ) 一円, 前掲 1 24 ) 田村, 前掲 409頁, 5頁. 一円, 前掲 237一238頁. 2 5) 田村. 前掲 ,514一51 26 ) 太政官布告第一〇三号, 裁判官事務心得第三条. 2 7 ) 一九〇七年スイス民法第一条,. - 109 -.
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