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「猿」に関することわざ : 「猿」をどう捉えてきたか

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(1)Title. 「猿」に関することわざ : 「猿」をどう捉えてきたか. Author(s). 馬場, 俊臣. Citation. 札幌国語研究, 22: A11-A22. Issue Date. 2017. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/9602. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 「猿」に関することわざ ── 「猿」をどう捉えてきたか ── 馬 場 俊 臣. 1 はじめに 「ことわざ」は、古くから言い伝えられてきた、教訓・風刺・真理などを含んだ 短い言葉であり、様々な事物に対する人々の見方や捉え方が反映されている。 馬場(2010)~(2016)では、「牛」「虎」「兎」「龍」「蛇」「馬」 「羊」に関する 日本のことわざを取り上げ、ことわざに反映されたそれぞれの動物に対する人々の 捉え方の特徴を見た。本稿では、「猿」に関することわざを取り上げ「猿」に対す るどのような捉え方が表されているかを示したい。 本稿で取り上げることわざは、『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』 (北村(編) (2012))に基づいている。同書「付録全文データ収録CD-ROM」の「見出しキーワー ド」検索によれば、「羊」をキーワードとすることわざは117句(俗信・俗説、言葉 遊び・しゃれ、慣用句、故事を含む)あり、十二支の動物名を含むことわざの中で はやや少ない。 日本にいるニホンザルはオナガザル科の日本特産種であり、屋久島以北の日本列 島に分布し、北限地は青森県下北半島でヒト以外の霊長類の分布の北限地として有 名である。現在の総個体数は4万~5万頭と推定されている。茶褐色の毛で覆われ、 顔と臀部の裸出した皮膚は赤みを帯びている1。 日本人と猿との文化的つながりは縄文時代以前からあったと見られる。縄文時代 の遺跡からは猿の土偶が出土している。また、『万葉集』などさまざまな古典作品 に猿が登場している。さらに、猿は、庚申信仰、馬の守り神、日吉神社の神猿など 様々な民俗習慣や民間伝承などと結び付いていた2。ただし、民間伝承などに登場す さる. る「申」はもともとは中国から伝わったものであり中国における動物観が大きく影 響しており、 「山里の農民たちを悩ませていたニホンザルではない」 (増井憲一 2002:252頁)という指摘がある。「もし庚申のサルがニホンザルに結びついていた ならば、サルの害を防ぎ農作物の無事な収穫を願う豊年の守り神か、あるいは野獣 の狼籍を防ぐ厄除けの神となっていたのではあるまいか。(中略)日本列島土着の 民と渡来系支配者一族とでは動物観が異なっていたのかもしれない。サルをめぐる 1.  この段落の記述は、 『日本大百科全書(ニッポニカ) 』 ( 「ニホンザル」の項目)に基づく。. 2.  この段落の以上の記述は、大貫恵美子(1995) 、濱田陽(2014)に基づく。. - 11 -.

(3) 精神世界と現実世界の分離は相当根が深いといえる。」 (増井憲一2002:252頁)と いう指摘がなされている。 さて、「猿」に関することわざでは、「猿猴が月を取る(分不相応のことをしよう として失敗すること)」など中国の故事に基づく成語も広く知られているが、本稿 では、日本のことわざを対象とするため、中国の故事成語などに基づくことわざは 取り上げない。本稿では、「猿」に関する日本のことわざ3を見ていく。 以下、猿に関することわざにおいて注目された猿の特徴を分類し、ことわざを例 示していく。()内に示した解釈は『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』に基づい ている。関連する情報も随時補う。. 2 猿に関する日本のことわざ ⑴ 知能、感情 (ア)利口だが浅知恵 ① 利口の猿が手を焼く(利口者が自分の能力を過信して難しい仕事を手がけ、思 いのほか難しくて収拾がつかなくなる。) ② 猿が仏を笑う(小利口な者が、深い知恵のある人の真の偉さを分からないであ ざ笑う。) (イ)理性がない ① 猿の狂言/猿の芝居/猿が演じる狂言(芝居)。(辻褄が合わなくて、滑稽な言 動をすること。また、言うこととすることが一致しないで、ちぐはぐなこと。う わべと本心とが反対であること。) ② 猿に剃刀(危険きわまりないこと。) (ウ)人情がない ① 毛のない猿(体に毛が生えていないだけで、心は猿と同じであるということ。 恩や人情のわからない人間のこと。) 猿の賢さに関しては、「実際、サルはネコ、イヌ、アライグマなどよりも大きな 相対脳重4を持っています。ヒトは全哺乳類中で最高値をマークしていて、これが ヒトの最大の特徴の一つだと言えます。ヒトにつぐのは、実はサル類ではなくイル カの仲間です。サルは一般に大きな相対脳重を持っていますが、詳しく調べるとい ろいろ違います。サルの中でヒトにつぐのはチンパンジーです。(中略)ニホンザ ルやアカゲザル、ヒヒも大きい方です。」(京都大学霊長類研究所(編)1992:1363. 『   故事俗信ことわざ大辞典 第二版』に漢籍類及び西洋での出典が示されていない表現を. 日本のことわざとみなす(俗信・俗説等も除く) 。 4.  動物の賢さの指数とされており、 体重と脳重から計算できる(京都大学霊長類研究所(編). 1992:135-136頁) 。. - 12 -.

(4) 137頁)とのことである。 ⑵ 外見、形態 (ア)全体的―貧相・粗末 ① 猿にも衣装(普段は粗末なものを着ている者でも、着るものによっては見栄え がすること。) ② 猿に烏帽子(人柄にふさわしくないこと。外観だけ装って、内面がそれに伴わ ないこと。) (イ)尻が赤い、面が赤い ① 猿の尻笑い/猿の面笑い(猿が自分の尻/面が赤いことを忘れて、他の猿の尻 /面が赤いと笑うこと。自分の欠点を棚にあげて、他人をばかにするという愚さ のこと。) ② 猿の火事見舞い/猿の花見(酒に酔って顔が赤くなっているようす。 ) ③ 猿の霍乱(顔を赤くして苦しんでいるようす。) 猿の尻が赤いことに関して、「どんな種類のサルでも赤いというわけではありま せん。お尻が赤くなるのはニホンザル、アカゲザルなど、性器周辺の皮膚が裸出し ていて色素の沈着がない、わずかの種だけです。それも、性成熟に達した以後のお となでしか赤くなりませんし、おとなでも、赤味が鮮やかになってよく目立つのは 交尾季です。肛門あたりから股にかけての性皮と呼ばれる部分が赤くなり、雄では 陰嚢がとくに目立ちます。そのほか、顔と、雌の乳首も同じように赤くなります。 赤く見えるのは、皮膚にある色素のためではありません。交尾季にとくに赤くなる こと、また雌ではとくに排卵前後に赤味が増すことから、性ホルモンによってそれ らの部分の毛細血管が拡張し、血液の色がよく見えるためと考えられています。顔 や性皮が赤くなるのは、 「交尾の準備ができた」ことを示す視覚サインの意味でしょ う。」(京都大学霊長類研究所(編)1992:35頁)とのことである。 ⑶ 行動 (ア)見ざる、聞かざる、言わざる ① 見ざる聞かざる言わざる/三つの猿(他人の欠点や過ちなど都合の悪いことは、 見ようとせず、聞こうとせず、言おうとしないのがよい。 ) ② 三つの猿より思わざるがよし(「見ざる聞かざる言わざる」 の三つの戒めよりも、 思わざる、すなわち心に妄念を起こさないことが最も大切である。 ) 「見ざる、聞かざる、言わざる」という「三猿」に関しては、「三猿の例は世界 にあり、モチーフ自体は古代エジプトにもある。シルクロードを経由して中国から 日本に伝わったとする説もある。目、耳、口をふさいでいる三猿のほか、ヨーロッ パにはラテン語の格言「聞け、見よ、黙れ。もし平和な暮らしを欲するならば。」 - 13 -.

(5) に合わせて、耳をすまし、目をこらして、口だけをつぐんだ三猿がある。三猿の像 はユーラシア大陸やアフリカに広がっていて、コレクションをしている日本人や ヨーロッパ人がいる。(中略)なかには四猿の像もあり、四匹目は股の間に手を置 いて、性への戒めを表していたりする。三猿のモチーフは、サルが太古に絶滅して 歴史年代に棲息していなかった地域にまで広がっている。日本の三猿は、八世紀、 漢語の「不見、不問、不言」を天台宗の僧が訳したことに由来するといわれる。他 の動物たちとちがってサルが手を人間のように操ることができ容貌も人間に近いこ とから、こうしたモチーフが広がったのだろう。加えて、日本の場合は、打ち消し を表す助動調「ず」の活用形「ざる」の発音が動物のサルに近いので、このモチー み ざる きかざる いわざる. そのまま日・ フがいっそう身近なものに感じられる。「見猿、聞猿、言猿」と書けば、 耳・口をふさいだ猿の意味になる。」(濱田陽ほか2014:155頁)とのことである。 また、「三猿」の由来や意味に関しては諸説あるが、 「日本文化における三猿のみ を取り上げてみても、その意味は時代によって著しく異なる。各々の時代において も、いわゆる知識階級と庶民とでは、三猿に対する見方が違っている。ここでは、 近世の庶民階級にとって三猿が担っていた意味に焦点を当てたい。(中略)もとも ママ. とは中国の三諦の教え、すなわち三感を同時に、最大限に使うことにより、われわ れはより深く事物の実体を把握することができるとする形而上学的立場に対する名 マ マ. 称であったが(飯田、一九八三5、一五八頁)、日本に伝わってから、見ザル・聞カ ザル・言ワザルという道徳的意味で使われるようになった。(中略)鎌倉時代まで には、道徳的訓戒を体現した見ザル・聞カザル・言ワザル像は、すっかり庶民の生 活の中に根をおろした(飯田、一九八三、二七―三○頁)。ところがその意味とな ると、前述のように知識階級と庶民とでは、解釈が著しく異なっていた。前者の間 では、元来の中国の三諦に忠実な抽象的哲学的解釈が主であった。(中略)一方庶 民にとって、見ザル・聞カザル・言ワザルの元となった「三諦」は、文字通り「諦 める」ことの賢さを教える道徳律となった。すなわち、 平穏無事に暮らしたいなら、 三猿のごとく体制に逆らわず、不正も見ぬふりをし、不平不満を言ってはならない、 という処世術である(飯田、一九八三、二三―二四、七八頁)。この近世の処世術 を座右の銘にしている日本人は現代では少数派であろうが、三猿自体の意味すると ころはいまも同様である。」(大貫恵美子1995:78-81頁)とのことである。 猿の視覚に関しては、「南米産のサルを除くと、ヒトと他の霊長類では、最も感 度の鋭敏な色や、最もわずかな波長の違いを区別できる色は一致する傾向にありま す。このような色覚は果実食などに有利です。 (中略)チンパンジーやアカゲザルは、 ヒトと同じ視力を持っています。(中略)ヒトとその他の霊長類の視覚の基本的特 性は、大変よく似ているのです。」(京都大学霊長類研究所(編)1992:46-47頁) とのことである。 猿の言語に関しては、「ニホンザルは合計三十数種類という多様な音声をもつこ 5.  飯田道夫(1983) 『見ザル聞かザル言わザル――世界三猿源流考――』三省堂. - 14 -.

(6) とが知られている。しかしその多くは、怒りや恐怖といった激しい感情に裏打ちさ れたもの、あるいは遠距離にいる不特定の仲間に対して発せられるものである。感 情的に平静で近距離にいる1対1の間で発せられるもの、いわばヒトの言語のよう な機能をもつ音声は少ない。そのような機能をもつものは、むしろ音声を伴わない 社会行動であり、そのなかには、はっきりとした行動型と意味内容をもち、安定し た記号性をもつ行動がある。」(「ニホンザル」『日本大百科全書(ニッポニカ) 』 )と のことである。 猿の聴覚に関しては、「ヒトと他の霊長類の視覚が大きくは違わなかったのとは 対照的に、聴覚は種によって異なります。たとえば、ヒトは二〇キロヘルツ以上の 周波数の高い音を聞くことができませんが、ニホンザルでは五〇キロヘルツ、さら に下等な原猿では六〇キロヘルツ以上の音(超音波)を聞くことができます。彼ら はヒトの聞いていない音を聞いているのです。」(京都大学霊長類研究所(編) 1992:47頁)とのことである。 (イ)木登りが得意 ① 猿に木登り(よく知っていて教える必要のない者に教えること。無駄なことを すること。) ② 猿の木登り(物事をやすやすと上手にすること。誤りのないこと。 ) ③ 猿も頼めば木へ登らぬ(こちらから頼んだ事柄は、意地悪くなかなか承知して くれない。) ④ 猿も木から落ちる(木登りの上手な猿でも木から落ちることがある。名人でも、 時には失敗することもあるということ。) ⑤ 木から落ちた猿/木を離れたる猿(頼みにするものを失ってどうしてよいか分 からないこと。) ⑥ 猿の梢を渡る如し(動作が身軽ですばしこいようす。 ) 猿が木登りが得意な理由に関しては、「頭からお尻までの大きさが六〇センチ足 らず、体重は一五キロ前後のニホンザルの体型は、人と比べるとかなり体重比が軽 いといえます。(中略)つまり、体重が軽い分、身軽に動き回れるし、細い枝の先 の方まで生活圏として使え、また枝のしなりを利用して遠くまでジャンプすること ができることになります。(中略)また、サルは手の握力が大変に強いので、人の ようにつかんだ枝から手がスルリと滑って落ちることはまずありません。おまけに 指先には人顔負けの指紋もあり、これが滑り止めの役目も果しています。(中略) おまけにサルは、後ろ足もかなり器用に動いて片足で物をつかむことだってできま す。この後ろ足のお陰で木登りも楽々できますし、木の上でも自由自在のポーズが とれるというわけです。サルの体は、このように樹上生活に適した機能をいくつも 兼ね備えています。ですから、めったなことでは木から地面まで落下することはな いはずなのです。もし、木から地面までバタンと落ちてしまうケースがあるとすれ - 15 -.

(7) ば、それはかなり体の弱った老齢のサルか、母ザルの体にしっかりとしがみつけな いほど病気で衰弱した子ザルか、体のどこかに大きな深手を負ったサル…という具 合にかなり特殊なケースだと考えられます。」(佐草一優1995:108-109頁)とのこ とである。 猿の手足に関しては、 「サルや類人猿では、樹上で枝を握るのに都合がいいように、 足の親指が他の指と離れて外側を向いてついています。」 (京都大学霊長類研究所 (編)1992:34頁)、「サルの仲間の特徴であり、他の動物と大きく違う点が手と足 です。前足(手)はヒトの手と同様に親指と他の4本の指が離れていて、ものをつ かんだり、小さなものをつまんだりできます。ヒトと違う点は後ろ足(足)も親指 と他の4本の指が離れていて、ものをつかんだり、小さなものをつまんだりできま す。手足の平にはヒトと同じように指紋や掌紋(手相?)もあります。木や岩を登 るときの滑り止めになっています。爪もヒトと同じように平爪で、ネコの爪のよう にとがってはいません。」(「地獄谷野猿公苑」http://211.9.219.234/japanese/html/ snowmonkey_form.htm)(2016.8.30閲覧)とのことである。 (ウ)泳ぎが下手? ① 猿の水練、魚の木登り(見当違いやあり得ないこと。 ) 猿は泳げないのかということに関しては、(サルの子どもの遊びについて) 「コド モたちが、習いおぼえた巧みな技を競っています。緑の木かげでは、枝に足をかけ コドモたちが逆さにぶらさがります。池のふちでは、得意の犬かきで、水のなかを 泳いでみせます。」(小田英智ほか2005:22頁)とのことである。 (エ)人真似をする ① 猿の人真似(よく考えもしないで他人の行為を真似ること。他人の真似をして うわべだけ飾ること。) ② 猿が魚釣る(猿がしっぽで魚を釣る。人の真似をして失敗する。 ) ③ 猿が稗を揉むよう(人が稗餅を作るようすを真似て猿が稗を搗くことを知らず に手で揉むことから、訳も分からずに人真似をするようす。 ) ④ 猿が髭揉む(人が髭をなでたりするようすを真似て猿が髭を揉むことから、人 真似をして威厳を繕うこと。) 猿が人を真似ることに関しては、「サルは形態が人と似ていますから、別段まね ようと思わなくても、仕事や行動が人とよく似ているものです。後ろ足だけで歩い たり、前足で人の手と同じようにいろいろな物をつかんだり持ったりもできます。 爪も人と同じ平爪なので指先で上手に小さな物をつまむこともできます。そうした サルの様子を見た昔の人は、サルが人のまねをしていると思ったのも無理はありま せん。では、サルはまったく人のまねをしないか…というとそうでもありません。 - 16 -.

(8) 山村の畑では、サルが農作物に被害を与えることがしばしば問題となります。何度 かそういう場所に観察に出掛けたことがありますが、例えばサルがダイコンを引き 抜く仕草や、スイカをヘタからねじ切る仕草などは、農家の人達の収穫の様子をど こからか見ていて、それをまねしたとしか思えないほど人間臭いものです。 (中略) 自然界にはスイカなどの果物はありませんから、サルがその収穫方法を初めから 知っていたとは考えられません。どこかで畑仕事を見ていて、その技術なり知識を 習得したと考えた方が自然な気がします。」(佐草一優1995:110-111頁)とのこと である。 (オ)同じ行動を繰り返す ① 猿が薤(らっきょう)を剝くよう/猿が葱を剝くよう(猿がらっきょう/ねぎ の皮をあるだけむいてしまうように、包んだものを次々に全部むいてしまうよう す。 ) ② 猿に数珠見せたよう(猿が面白がっていつまでも数珠をつまぐるように、果て しがないようす。) 猿は本当に葱を全部むいてしまうのかということに関しては、「ニホンザルは、 指の爪が平爪で指先で小さな物をつまんだりめくったり…という細かい動きが可能 です。枝先の小さな芽を丹念にむしって食べたり、爪と歯で木の皮を剝がしたり、 虫を捕まえたり…といった採食行動に、この指先はとても重要なのです。そんなサ ルのことですから、タマネギの皮を剝くこと自体はそんなに難しいことではないは ずです。では、ことわざ通りに最後まで皮を剝くのかどうか、実験してみたことが あります。(中略)赤ちゃんの頃から一頭で飼われている若ザルに与えてみました。 このサルの場合、周りに競争相手もなく人間に対する警戒もありませんから、じっ くりとタマネギと付き合ってくれました。探求心旺盛な彼は、初めはタマネギを転 がして遊んでいましたが、そのうちことわざ通り、皮をせっせと剝き出したのです。 しかも、タマネギの汁で目をウルウルさせながら… 。最後の方まで剝き終えて、 中に何もないのを確認すると、彼は檻をゆさぶりながら、ホッホッホーツと大きな 声を出して、しきりにこちらに抗議していました。」(佐草一優1995:107頁)との ことである。 (カ)蚤・虱をとる ① 猿が蚤取り眼(猿が蚤を取る時の真剣な目つき。我を忘れて目をきょろきょろ と動かし、物をさがすようす。) ② 猿の空虱(猿はいつも虱を取っているようなふりをしているが実際は格好だけ で取っていないこと。用事や仕事があるふりをしながら実際は何もしていないこ と。 ). - 17 -.

(9) 蚤や虱をとる猿の動作に関しては、以前は、実際に蚤や虱を取っているのではな く毛づくろいをしていると考えられていた。 (「猿の空虱」について)「このことわざには、決定的な誤解があります。一見ノ ミ取りに見えるこの一連の動作は、実は『グルーミング(毛づくろい)』と呼ばれ るサル社会における最も重要なコミュニケーション手段だったからです。つまり、 シラミやノミ取りが本来の目的ではないのです。彼らはお互いにグルーミングとい うスキンシップをし合うことによって、群れの中でのそれぞれの地位や力関係を確 認したり、忠誠を誓ったり、派閥構成を確認したり親子血縁の親愛の情を確認した り異性の気を引こうと恋の駆引きをしたり…と、とにかく様々なコミュニケーショ ンを行なっているわけなのです。(中略)常に森林を移動して歩き回るサルには、 シラミやノミなどの寄生虫はほとんど体に付かないので、取り除く必要がないよう です。もちろんグルーミングの最中に、こうした寄生虫を見付ければ器用につまみ 取ってしまうはずです。」(佐草一優1995:114-115頁)とされていた。 しかし、1990年代以降の田中伊知郎の長野県地獄谷野猿公苑でのニホンザルの行 動研究により、「学習によって獲得される寄生虫除去(シラミ卵処理)技術」 (田中 伊知郎1999:ⅳ頁)であることが明らかにされた。 「ニホンザルが毛づくろい中に取り上げて食べてしまうものの九八・九%がサル ジラミの卵であると判明した。(中略)毛づくろいは、 「シラミ取り」 、正確には「シ ラミ卵取り」でもある。(中略)毛づくろいは社会的機能にとどまるものではなく、 他個体の寄生虫を除去する利他行動でもある。」(田中伊知郎1999:198-199頁) 「毛 、 づくろい、すなわちシラミの卵取りは、一方でシラミという昆虫を食べる昆虫食で もある。 (中略)つまり、ニホンザルは、毛づくろいをすることで、昆虫という、 蛋白質や脂肪の多い食物を得ることができる。 (中略)毛づくろいは、 する方の個体、 つまり、行為者にとっても、報酬がある。寄生虫除去行動のような利他行動は、行 為者に利益がないため、だんだんその行為をする個体がいなくなると考えられる。 つまり、進化における自然選択においては、残りにくい行動である。ところが、行 ママ. 為者にとっても利己的な利益があれば話しは別である。毛づくろいは、他個体から シラミ卵を除去し、食べてしまう行動である。つまり、相手にとって、吸血昆虫を 排除してくれる利他行動であるだけでなく、行為者にとって、昆虫を食べる利己的 行動でもある。この利己的側面のおかげで、利他的側面もあるシラミ卵取り行動 (毛 づくろい)が自然選択の中でも残る可能性を増大させたと考えられる。 」 (田中伊知 郎1999:202-203頁)とのことである。 (キ)(すぐに)食べる ① 猿が人参を貰ったよう(猿が人参を好むことから、自分の大好物を贈られた時 に嬉しがるようす。) ② 猿が柿あわす(気が早くて完成まで待てない。)(猿が、柿の渋が抜けるまで待 てないで途中で何度も食べてしまい、結局甘い柿が得られないという昔話に基づ - 18 -.

(10) く。「あわす」は渋柿の渋を抜く意。) ③ 猿が餅/猿の餅買うよう(猿に餌を与えるとすぐに片端から食べ尽くしてしま うようす。片方の手で銭を渡し同時に他方の手で品物を受け取るようす。右から 左に物が渡っていくようす。) 猿の採食・食物に関しては、 「採食は午前と午後に2回集中的に行い、 果実、 若芽、 種子などの植物性食物を中心に、昆虫、クモ、カニ、鳥の卵のほか、海岸にすむも のは貝も食べる。積雪地にすむものは、厳寒期には、もっぱら樹皮に頼っている。 」 ( 「ニホンザル」『日本大百科全書(ニッポニカ)』)とのことである。 猿はバナナが好きだと言われることに関しては、「動物園ではエサとしてバナナ をあたえていますが、野生のサルたちは木の葉や木の実、 昆虫などを食べています。 バナナが好きなのは甘いからだと思われます。」(「サルに関するよくある質問 - 日 本モンキーセンター」(www.j-monkey.jp/curator/faq/) (2016.8.30閲覧)とのこと である。 すぐに食べてしまうことに関しては、(サルは)「ナワ張りの中を移動しながら、 必要な餌をとって歩くのが通常のパターンである。肉食動物のように、狩りに成功 したときに、思い切り食べて休息に入る、というようなことはないが、採食できる ときに、食べておくというのは、鉄則である。従って、餅でなくとも、入手できる 餌は、速やかに口に入れるというのは、多くのサルにも見られる現象である。しか し、いっきに食べてくれる量は限界がある。そのため、サルの頬内部には、「ほお ぶくろ」と呼ばれるポケット状のものがあり、これが餌の一時的な貯蔵場所になる。 サルが、餌を与えられると、すぐに食い尽くすように見えるのは、このほおぶくろ につめこむからである。」(中川志郎1988:221頁)とのことである。 (ク)踊る ① 鼬笛吹く猿奏ず(鼬が笛を吹き猿が舞う。動物同士でもそれなりの楽しみがあ ること。) 猿の二足歩行に関しては、「野生のサルが二本足で立ち、歩くことは、しばしば 観察されています。 (中略)また、多くのサルは訓練すれば二足歩行ができます。 しかし、彼らの歩き方は直立二足歩行ではありません。股関節と膝関節が一八〇度 まで伸びることがないからです。彼らの胴は、いつも前に傾いています。(中略) ヒトが歩くときの股関節は、一八○度よりもさらに大きく伸びる時期があります。 このために、大きな歩幅で歩くことができるのです。」 (京都大学霊長類研究所(編) 1992:37-38頁)とのことである。 猿の踊り、すなわち猿回しの起源に関しては、 「もともとは馬の守護役である猿に、 病気の馬の治癒や平生の無病息災を祈って厩舎で舞いを舞わせたことから始まり、 それが次第に形を変えていったものである。したがって本来はきわめて宗教的意味 - 19 -.

(11) の強いものであった。町の辻や家々の門口で猿廻しが芸を見せるようになったのは 後代になってからのことである。しかしどのような形に変わろうとも、猿廻しは本 質的にはその宗教性をつい近年まで保っていた。山王の使わしめとしての猿の舞い は、福をもたらす神の訪れの表象であったのだ。」(大貫恵美子1995:95-96頁)と のことである。 (ケ)その他―座る、手を揉むなど ① 夫婦喧嘩に猿の割り膝(夫婦喧嘩の際に妻がとって付けたように行儀をつくろ うようす。) ② 猿も揉み手(人に対するには何事も下手に出るのが賢明であるということ。 ) ③ 猿が筍を折ったよう(自分のした行為が思いがけず大変な結果になったことに 驚くようす。) ④ 猿の豆拾い(もどかしがること。) 猿が座ることに関しては、 「ニホンザルのお尻には肛門の左右両側に楕円形の『尻 だこ』がついています。これは骨盤の座骨結節の先端から出ている丈夫な堅い皮膚 です。かなり不格好な代物ですが、サルはこの尻だこをうまく利用してどんな狭い 場所でも安定して座ることができます。よくサルが木の枝の上で座ったまま食事を したり、グルーミングをしたり、寝ていることさえありますが、そうした樹上生活 にはこの尻だこも一役買っているというわけです。」(佐草一優1995:113頁)との ことである。 ⑷ 相性 (ア)犬と相性が悪い ① 犬と猿/犬猿の仲(仲が悪いこと。) ② 猿の犬を見るが如し(相手をかたきのように見て憎むこと。 ) ③ 姑と嫁は犬と猿(姑と嫁はとても仲が悪いこと。) ④ 当住と隠居とは犬と猿(寺の新しい住職と前の住職は仲が悪いこと。 ) (イ)馬と相性がよい ① 馬と猿(仲のよいこと。) ② 猿に絵馬(取り合わせのよいもの。) 猿と馬との繫がりに関しては、「サルは縁起のよい動物である。昔は正月に猿回 しがまわってきたものである。今はこの風物詩もほとんどみられなくなった。この 風習は、そもそもサルが馬の守護神であるということから起こったものだという。 古くから中国に「厩にサルをつないでおくと馬が病気にかからない」という伝承が あり、これがいつのまにか日本にも伝わり民間信仰としていきわたっていった。江 - 20 -.

(12) 戸時代には武士の屋敷によくサルが飼われていた。だからといって、すべての厩に サルをつなぐことはとうてい無理なことから、猿舞が五節の行事になり、馬の壮健 を祈願して猿回しが各厩をまわるようになった。この風習が後に、猿回しの大道芸 として残ったというのである。サルを馬の守護にする風習は今でも絵馬にみること ができる。絵馬には駒ひき猿のほか、三猿、桃抱猿、御幣猿、くくり猿などサルだ けの絵馬も各地でみることができる。」 (石島芳郎2006:115-116頁) とのことである。. 3 終わりに 猿は日本人にとって身近な動物である。「猿」を含むことわざは、猿のさまざま な点に注目している。利口だが人と比べて知恵が浅いことや人情味が乏しいこと、 尻や顔が赤いことなど人間の外見との違いなども取り上げられる。特に「猿も木か ら落ちる」など猿のさまざま行動に関わることわざが多い。また、「見ざる、聞か ざる、言わざる」「馬と猿」など、中国から伝わったとされる思想や習慣、民間信 仰などに関わることわざも広く知られている。 猿は、世界中に広く生息しており、 『世界ことわざ大事典』 (柴田ほか(編) (1995) ) によると、さまざまな言語や文化圏にも「猿」に関することわざは数多くある。日 本での捉え方と似たことわざも多くある。「猿に烏帽子」に似たことわざとして、 猿はどんな服を着せても、しょせんは猿」(セルビア)、「猿が指輪をしても、猿は 猿だ」(南アフリカ)、「絹をまとっても、猿は猿」(ニカラグア)があり、いずれも 外観だけ装って内面がそれに伴わないことを表している。「猿の尻笑い」と似たこ とわざとして、「猿は自分の尻を見ず、他人の尻を見るのみ」 (スワヒリ) 、 「赤く剝 けた尻を馬鹿にする猿がいるだろうか。」 (セネガル)、 「猿は自分の尻尾は見えない、 見えるのは他人の尻尾だけ」(ニカラグア)があり、自分の欠点を棚にあげて他人 をばかにする愚かさを表している。「猿も木から落ちる」のように名人でも失敗す ることを表すことわざとして、「猿はどんなに賢くても、ときには騙される」 (フィ リピン)がある。「犬と猿」のように相性が悪いことを表すことわざとして、 「二人 さが. は犬の性と猿の性」(ハウサ)がある。 『世界ことわざ大事典』には、インド、アフリカ、中南米の地域に、「猿」に関 わることわざが多く挙げられている。「耳に猿の小便(大声で話しかけても返事を しない人。インドの俗信では耳に猿の小便が入ると耳が聞こえなくなると信じられ ている。 ) 」 (インド)、「ハチに刺された猿(元から落ち着きがない猿が、ハチにさ されるとさらに御しがたい。)」 (インド)、 「猿の手を食べながら、 自分の手を見る(今 日他人を襲った不幸が、明日は自分を襲うこともありえる。コートジボワールの一 部の地域では猿を食べる。)」(コートジボワール)、「猿の全財産はほお袋のなかに ある(自分の財産は手元に置いておいたほうがよい。 ) 」 (セネガル) 、「猿の尻のよ うに、臭いもしなければへもひらない(猿のお尻は本当に臭くないと言われる。 ) (メ キシコ)、「猿がどこで糞をするかまで知っている(物事を良く知っている。 )」(ベ - 21 -.

(13) ネズエラ)などのように、多様な捉え方が表されている。 以上、本稿では、「猿」に関することわざを示しながら、 「猿」に対する見方や捉 え方の特徴を見た。 参照文献 飯田道夫(1983)『見ザル聞かザル言わザル――世界三猿源流考――』三省堂 石島芳郎(2006)『十二支の動物たち』東京農業大学出版会 大貫恵美子(1995)『日本文化と猿』平凡社 小田英智・津田堅之介(2005)『ニホンザル観察事典』偕成社 北村孝一(編)(2012)『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館 京都大学霊長類研究所(編)(1992)『サル学なんでも小事典 ヒトとは何かを知る ために』講談社 佐草一優(1995)『ウソ・ホント? 動物ことわざ事典』ビジネス社 柴田武・谷川俊太郎・矢川澄子(編)(1995)『世界ことわざ大事典』大修館書店 田中伊知郎(1999) 『「知恵」はどう伝わるか――ニホンザルの親から子へ渡るもの』 京都大学学術出版会 中川志郎(1988)『日本の風土を伝えることわざ 動物』創拓社 馬場俊臣(2010)~(2016) 「「牛」に関することわざ」 「 「虎」に関することわざ類」 「「兎」に関することわざ」 「「龍」に関することわざ」 「 「蛇」に関することわざ」 「「馬」に関することわざ」 「「羊」に関することわざ」 『札幌国語研究』15~21(北 海道教育大学国語国文学会・札幌) 濱田陽(2014) 「日本十二支考〈猿〉 〈鶏〉 〈犬〉」 『帝京大学文学部紀要 日本文化学』 (45)、帝京大学文学部日本文化学科、pp.99-152 濱田陽・李珦淑(2014)「日本十二支考〈猿〉〈鶏〉〈犬〉現代文化篇」 『帝京大学文 学部紀要 日本文化学』(45)、帝京大学文学部日本文化学科、pp.153-191 増井憲一(2002) 「コラム5 ニホンザルに関わる民俗」大井徹・増井憲一(編著) 『ニホンザルの自然誌 その生態的多様性と保全』東海大学出版会 『日本大百科全書(ニッポニカ)』(ジャパンナレッジ版) 「ニホンザル」の項目 付記 本稿は、平成28年度北海道教育大学札幌校公開講座「文学に見られる動物た ち(Ⅹ)――猿―― 第4回 日本語と猿」(平成28年9月24日)の講演資料の 一部に修正を加えたものである。. - 22 -.

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参照

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