不完全情報のもとでの価格と品質の均衡
山 下 隆 之
目次
序
I.非対称な品質情報 と消費者行動
Ⅱ.垂直的製品差別化 と不完全情報 結び
序
経済的なデータでとらえるとさほど明示的ではないようだが,日常的な感覚 では,我が国の消費者には伝統的に舶来品への強い嗜好があると考えられてき た。百貨店では輸入品はしばしばその生産地を示す小 さな国旗を伴って誇 らし げに陳列され,また,ほぼ同じ製品が海外ブランドの名を刻印されただけで高 い定価をつけられている例 も少な くない。(カメラや自動車などがよく知 られて いる。)戦後の日本経済の記録的な成長や国際化の進展があつても,この傾向に はあまり変化がないようである。いわゆる「舶来品」に,消費者はどのような 特性 を見いだしているのであろうか。
ひ とつ の説 明 は,舶来 品 の異 国情 緒 や高 品質 へ の期 待 が後 方屈 曲型 (backward̲bending)の 需要を形成 しているか らというものであるPなるほ ど,有名ブランドによる服飾品などはこれで説明できそうである。 しかし,日
1)Lincoln(1990),p.81や江 口・ 松 田 (1987),179頁を参照の こと。
(178) 郷
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本の市場 においては,高い価格設定 は必ず しも高品質な輸入品に限 られた話で はない。 むしろ,生産地で本来あるべ き価格帯ではない ところに祭 りあげられ ている製品が多い。他方,日本の消費者 は編 されやすい(gullible)と い う指摘 もある′)日本 の製品が優れている,日本人 には適 してい ると信 じているために, 海外の製品を必要 とは思わない ということである。売れない海外の製品は高い 価格 をつけざるをえない。いずれ にせ よ,輸入製品に関す る情報の多寡 は需要
に影響 を与 えるであろうと推測 され る。
本稿では,このような問題意識 を出発点 として,不完全情報 の もとでの品質 競争 を検討す る。不完全な品質情報の研究 は,従来,Akerlof(1970)の中古車 市場の研究 に代表 され るように売 り手 と買い手 との取引 に関するものが多い。
しか し,本稿では,企業間の不完全競争の枠組みの中での考察 を試 みる。第1
節では,製品の品質 に関す る非対称情報の もとでの消費者の反応が企業の供給 量 に及ぼす影響 を検討す る。第2節では,価格や品質が分散する垂直的製品差 別化 (vertical product differentiation)の 市場で,品質情報 をもたない (知ら ない)消費者の存在が もた らす意図せ ざる結果 について考察 を進 める。
I.非対 称 な品質情 報 と消 費者行動
限界費用ゼロで生産す る2つの企業が品質競争 をしている市場 を考 える。品 質 は価格のみをシグナル として消費者 にその情報が伝 えられ る。高い価格(夕〃
)
は高品質(σ″)であることを伝 え,低い価格(夕 ι)は低品質(σ ι)を反映するもの と仮定する。情報のある消費者が低い価格 よりも高い価格 を好 む とい う行動へ つなが るという点で一見奇妙 にみえるこの仮定 は,品質 に関する多 くの研究の 結果 とは矛盾 していない。 なぜ な らば,高品質の製品の生産 には低品質の製品 の生産 よりも費用がかか ると考 えられ るか らである。消費者 は各企業 に関 して 完全な情報 をもってはいない。情報の不完全性 は価格 を正 し く観察で きない こ ととしてモデルに導入 され る。加 えて情報の非対称性 を仮定する。すなわち,
各消費者 はどちらか一方の企業の製品に関 しての情報 をもうひ とつの企業のそ れ よりも持 っているわけである。
2)Lincoln,ψ.αム,p.85.
滋 (177)
このゲームの複占企業の利潤関数を次のように定義するP η(p)=島Ⅳ・ 場(p) ノ=1,2
″J(p)=Σ Φ(P,s)Zし(S) (1)
ここで,Ⅳ={1,… 。,π}は消費者の集合,竹(p)は価格ベク トルがp=榜,九)
のときに消費者が企業 ノから購入する確率である。また,Φ は情報構造を表 し,
真の価格ベク トルpから各消費者が観察できるシグナルs=榜,九)への確率変 換の関係 を与える。島 は,シグナルを観察 した消費者が どちらの企業から買う かを決定するルールである。非対称情報のもとでの情報構造 Φが次のように定 義される。
CL(2はエラーの確率であり,0≦ cメ+0=1,2)と 仮定する。価格
は,消費者の間に同じ値の均等に配分 されたエラーを伴って発信されることに なる。消費者の企業 ノに関する情報は1‑(プの確率で正 しく, cプの確率で間 違っているということである。もしも,(1>(2であるならば,企業 1は 企業2
と比べて「不明瞭」な企業 となる。(プの値 としては,(1=(2=0が完全情報,
(1=(2=÷が情報の無い状態に対応 している。決定ルール としては,ングナ ルを信 じる中立的なルールを考えよう。各消費者は購入にあたっては,たかだ か1単位を購入する。
島 島
J 折嚇
Φ2<2 fOr for
﹄ ﹄ 旬
s > 月 Φ .
<q ︐ 榜 Φ
%
件 a
(2)
Dl(sl,s2)=
2(s)=1‑
for sr(sz
for sr:&
for sr ) sz
(3)
3)この利潤関数 と情報構造の組み立て方は,Nermuth(1982)Chap.4‑6の 分析 を参考 と している。
(176)2a5
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(1)式の定義 より,
40=Φ
り
,ば,sり)+÷・
bし,ι
,sり)+Φし
,Cs・,sり)]場(p)=1‑続(p) (4)
であるが,これは仮定 され る非対称情報構造の もとでは次のようになる。
角
Oι´り
=(1(1‑c♪ +÷ [(1‑(D(1‑c♪ +(1(』=÷+÷((1‑(♪
η ∽ι
,夕り
=(1(2+÷ [(1‑CD(2+(1(1‑c分 ]=÷((1+(♪
(5)
続 ば
,pり=(1‑cD(1‑c♪十 ÷
[(1(1‑C♪す
(1 CD(』=1‑÷((1+C♪
4ば,夕
り
=(1‑cD(2+÷ [(1(2+(1‑cD(1‑c♪ ]=+―
÷
((1‑C♪(1 (2>0,すなわち企業 1の 方がより「不明瞭」であることを仮定する。
もしも,p=∽ ι,夕 ι
),すなわち両企業 ともに安い価格 シグナルを発信 していれ ば,不明瞭な企業 1の 方がその公正なマーケット・ シェアよりも多 くの顧客を つかむことになる。他方,企業2のシェアは少ない。もしも,p=∽″,p〃),す なわち両企業 ともに価格を高 く設定 していれば,この逆である。 これは,高価 格イコール高品質 と考えている消費者にとっては,シグナルが正 しくない確率 が,価格が低ければポジティブに働 き,高ければネガティブに働 くのであると 考えられる。もしも,二 つの企業が異なる価格を設定すれば,すなわちp=(夕 ι,
夕″),p=(夕 〃,夕ι)であれば,安 い方の企業の市場シェアは平均的なエラーの確
幌 麦
iざ組∬勇 ゝ 蓬難
して もそれ は低価格 の企業 よ りも少 ないので あ るが,品質 へ の嗜好 を加 味 した 筋 (175)
価格競争では逆 となる。利得行列を求めるとわかるが,この品質ゲームは完全 情報のもとの(zl∽〃
,夕〃),z20〃,夕〃
))以外では均衡が確定 しない。 しかし, 少な くとも次のことがいえる。
命題1.ある企業の情報が品質を求める消費者の間で確実なほど,よい品質の 製品が多 く供給される。
[証](1),(3)式 より絶(p)=1‑4(p)である。(1‑(2≧ 0の とき,(5)
式の結果から明 らかに ゎ∽″
,夕・)≧ 場(夕 ι
,夕 ι
)
場0〃,夕〃
)≧ 角0〃,ρ 〃
)
の 2つ の関係が成立する。正 しい情報が伝えられている企業は,価格が高いほ どに需要があり,同じ高価格帯では情報の曖昧な企業 よりも多 くの需要がある。
(部)
Ⅱ.垂直的製品差別化 と不完全情報
第 I節 では,品質競争における価格情報の基本的な役割を示すことができた。
しかし,そこでは価格には品質が「良い」か「悪い」かの二者択―のシグナル としての役割だけしかないために,複数の品質が両立する均衡の存在を検討す ることはできなかった。現実の市場では,品質のよいものは価格が高 く,悪い
ものは安 くという棲みわけで,消費者のニーズを満たしている。経済分析の観 点からは,品質面での製品差別化 は水平的製品差別化 (horizontal product differentiation)と 垂直的製品差別化 とに区分されるが,価格分散・品質分散型 の均衡は垂直的製品差別化で説明される。 この節では,垂直的製品差別化のモ デルを用いて,複数の価格 と品質の組み合わせによる均衡における情報の役割 を検討する。不完全情報に関しては,品質情報の保有者 と非保有者の混在の形 で導入する。情報の非保有者すなわち品質に無知な消費者は「蝙されやすい消 費者」の役割を演 じる。
2つ の企業が,まずスカラー尺度の品質aJ・≧10=1,2)を 同時に決め,
次にその品質を所与 として価格 を決定する,垂直的製品差別化の2段階複 占 ゲームを考える♂ ここでは 魚<り すなわち企業2が高品質な製品を製造・販 (174) 2θ7
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売 しているもの とする。ただし,生産の費用はゼロと仮定する。市場にはⅣ 人 の消費者がいて,両財 (あるいはプランド)の品質 とそのランク付けに合意 し ているが,嗜好は各人各様に異なるものとする。高品質の財 2を 他の財 より好 む嗜好のパラメータ θ([θ ,7],0<θ <フ にしたがって,消費者は市場 に一様に分布 しているものと仮定 しよう。消費者は次の条件付 き間接効用関係 にもとづいて,たかだか1単位の財を買 うものとするP
1/7(夕 ;σ)={(F 夕
′
ノ
=1 , 2 if he buys at price pi,if he does not buy. ( 6 )
消費者の需要を市場の総需要へ と集計するためには,財2と財1とが与える 効用が互いに無差別である限界的な消費者の θに注目すればよい。完全情報の
もとでの複占企業の利潤はそれぞれ次のようになる《
莉 η
=鬱俸巧 )聾 ユ努
i≦九一 θ(の一吼)嶽
(7)「ω
=脩I詳舞 )聾 遊 41珠 サけω
この垂直的価格差別化は,7≧ 2フでかつθ2θ
(の̲。)≦ θらのときに
σJ c[σι
,9〃],′=1,2 において純枠戦略ナ ッシュ均衡 をもつP
4)垂直的価格差別化については,Mussa and Rosen(1978)や Shaked and Sutton(1982) をみよ。
5)θ は,所得 と品質 との限界代替率 と考えることもできる。その場合,高 い θは小さな所得 の限界効用 とそれゆえ高額の所得に対応する。この解釈では,消 費者は嗜好ではな くて所得 で区別 される。GabSzewicz and Tisse(1979)や Shaked and Sutton(1982)の 垂直的製 品差別化の研究は,所得から出発する間接効用関数を仮定 している。
また,高い θをもつ消費者は高品質の財へは低い θの消費者 よりも多 く支払 う意欲があ るのだから,こ れを支払い意欲 とみることもできる。この考えはAnderson,de Palma,and Thisse(1992)Chap.8が 採用 している。 しかし,それ らのモデルの質的な特性は,本節の モデルから得 られるそれ とほとんど同じである。
期 (173)
フ≧27 の複占において,以下のような問題を考えよう。消費者の一部分 1‑α (0≦ α≦ 1)は 価格 と品質の組み合わせについて完全な情報 を保有 し ている。消費者の残 りαは品質に関する情報を保有 していない。品質に関する 情報をもたない消費者の最適な行動は価格の安い製品を購入することである。
非対称な情報をもつ消費者が混在するこの市場で,複占企業が期待する利潤は 以下の通 りである。
E(■)=(1‑α)夕1
E(Z2)=(1 α)九
(竜
舞十
‑7)十″
1(7‑7)(7‑三
急 ≡ う │) (8)
これか ら, 価格 ゲームによる均衡価格 を求 める と次の ようになる。
夕1=竿 け ω+可面
̀卜
讐万ァ(フーD192 ω
夕,=午 @一ω+可面爾置=万T(7‑Dけ ω o)
また,供給量 はそれぞれ次の ようになる。
幼∽D=(1‑の ユ三吾≧ヨ十午(フーフ)
物∽,)=(1‑α)2毛■2+廿
(7̲7) (10)
以上か ら,本節の結果 を得 る。
命題2.品質 に関 して無知 な消費者が増 えるほ ど,低品質な財の市場価格 は上 昇す る。 また,低品質な財の供給者の利潤 も増加す る。
[証]し≦1に対 して,(9)式と(10)式の結果か ら,
等 >L#>0
6)2段階ゲームのナッシュ均衡は,品質の差が最大になるとき,すなわち(ら,∂=(″,〆)
のときに得られる。また,もしもフ≦2θのときには,企業1の需要はゼロであり,企業2
による自然独占の状態になると考えられる。
(172) 朋
法経研究42巻304号 (1994年)
子 >L子 <0
である。 また,
夕1(&)幼(e)≧ 夕1(4)均 (釣) for az) ar
であるか ら,品質 に無知な消費者が多いほど低品質 な製品を供給す る企業の利 潤 は大 となる。 (証 終)
価格が品質の指針である市場では低価格 は低品質の しるしとなるが,それ を知 らない消費者の存在 は「高す ぎる」価格 を支 えてしまうのである。そして,供
給者 は品質 を改善す る動機 をもちえない。
結 び
品質の不確実性や非対称 な情報が存在する市場では,その均衡の成立 は一般 にむつか しい もの となる。本稿では,そうした多様 な主題のひ とつを検討 した ことになる。得 られた結果 は次の通 りである。
(1)よい品質の製品の供給 は消費者の もつ情報 に左右 される。
(2)価格が品質 を示す シグナル として機能 している市場では,安い価格 を求め る (通常の)消費者の行為 にはかえって価格 を高めるように働 いて しまう可能 性がある。
(2)の点 に関 しては,た とえば最近の電子機器の市場で,メーカーの知名度 に よ リパ ソコンに価格差が設 けられていた時代か ら,従来 は2流品 と考 えられて いた知名度 の低 い米国やNIESな どの相対 的 に低価格 なパ ソコンヘ と消費者 の需要が移 ってお り,こ の ことが大手 メーカーに逆風 をふかせている。しか し,
これ も価格 ばか りが注 目されている限 りは,期待 される程 には国内市場の平均 的な価格 を引 き下 げはしないのか もしれない。少な くとも海外での販売価格 と の間にはい まだ開 きがあるようである。
不完全情報の分析 に関 しては多 くの課題が残 されているが,今後の課題 とし ては冒頭の輸出入の問題 に戻 って,輸出における戦略 として異質財市場 の低価 格・ 低品質な需要の方か ら参入 した方が よいのか,それ とも高価格・ 高品質な 方か ら参入 した らよいのか という問題 をあげてお く。過去の経験 において,日
21θ (171)
本の企業は前者の戦略で成功 した といわれるが,理論的にその戦略の利点を論 証できるか試みたいと考えている。
(1993年 11月 26日) 参考文献
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